温之浦古墳群

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

5基、現存3基、積石塚横穴式石室
位置:32°11′34″N 130°06′50″E

全景:手前1号、奥2号、右奥3号


1号
小さな湾に面する丘陵斜面に立地、開口部は湾の方に向いている


積石塚で状態は良い、背後に専用駐車場、ここまでの道路は大変狭い


開口部正面、羨道は天井を失うもよく残る


玄門、正面の石は閉塞石でしょうか


玄室は奥行きがあまりない


縦位置、大きな鏡石、上に薄く割った平石を重ねる


右側壁、下部は巨石


左側壁も同様


奥から外、両袖式でまぐさ石がある、袖石は板石で左右の幅が大きく異る


左袖石、薄い板石なのが分かる


2号
背後上方から見た積石塚、天井部は復元だそうだ


1号と反対側に開口している


羨道も割と残る、玄門は柱状袖石を立てる


左側は玄門からやや離れて立柱石が埋め込まれている


右側は玄門と立柱石の間に隙間がない


玄室は基部に巨石、上部に平石を積み上げたドーム状


〃縦位置、どこまでが復元なんでしょうね


左側壁


右側壁、1号より大分洗練されてきています


奥から外、両袖式で幅はほぼ同じ、板石を使ったまぐさ石もある


3号
上方から見た様子、上部は破壊され復元だそうです


結構斜面に立地しているのが分かる、開口部は2号の方を向いている


石室正面、羨道は下部が残る


玄門に閉塞石、1号と似ている


巨石の腰石、上部は平石積み


〃縦位置、これもどこまで復元か


ドーム状の天井


幅広の袖石を使った両袖式、1号に比べて板石が厚そう


奥から見た側壁、板石が厚い


反対側、大きな平石があって構造がだいぶ違う


(おまけ)
その1
敷地内にある古墳もどき、移築でも復元でもありません


奥壁を重ねているようなあり得ないパターン


もう機械で切っているような石材


反対側側壁もあり得ない重ね方


その2
もう1基、見かけは古墳らしく作られているんですけどね


前のよりは少しはマシ、でも奥壁も側壁もいかにも機械で切っている


天井は一応ドーム状


見学記
小さな湾に面した南向き斜面に立地した古墳群で現存3基でどれも積石塚、4,5号は史跡指定前に破壊されたそうです。1号は南南西に開口、羨道天井は殆ど失っているが全体に良好、玄門前に平石が立っていますが閉塞石でしょうか、まぐさ石も平石が立っています。玄室は平石袖石を立てた両袖式ですが左右の大きさが極端に違い3倍位の差があります。奥壁は巨石1枚石(多分薄い)を据え上部に平石を重ねて持ち送り状に少しずつ突き出して天井を支えています。側壁は左右とも巨石を据え上はやはり平石を重ねるがそれ程持ち送りはない。全体になんともチグハグな印象を受けます。言うなれば横穴石室が流行っているので自分たちで見よう見まねで作ってみた、と言った感じでしょうか。2号は西北西向き、こちらも羨道天井は失っていますが他は良好、柱状石を立てた両袖式ですが右側壁壁面に柱状石が埋め込まれ左側壁には少し離れてより細い柱状石が埋め込まれています、複室の可能性もあるのかな。玄室は奥壁側壁とも基部に大型石材を据え上部は小型石材小口積み、やや持ち送りがあるがそれ程高くはなく天井部も広くドーム状と言う程ではありません。3号は南東に開口、明らかに2号の方を向いていています。こちらも羨道天井を失った石室、玄門前には閉塞石の板石が残っています。やはり板石を使った袖幅の広い両袖式、2号と同様の石室構造ですがより洗練されてきているような。やはり1,2,3号の順に構築されたんでしょうね。専用駐車場あり、でもここまでの道は細く行きづらい。町史跡。ちなみに読みは”ぬくのうら”です。
(追記)HP大和國古墳墓取調室によると2号は天井部破壊されていて推定復元、3号も上部が破壊されていたので復元だそうです。

指江古墳群から国道を更に北上すると道の駅長島の向かい側に歴史民俗資料館があります。ここに古墳があるということなので行ってみました。確かに2基あるけど撮っている内に違和感ムンムン、石材に統一感がないし、それなら補修ということも考えられるけど構造もどうもおかしい。名前も説明板もないので館の方に聞いてみたらあれは移築でも特定の古墳をモデルにしたのでもなくある建築業者が古墳を破壊したので懲罰的に造らせたものだとか。なんとはた迷惑。この後訪問した温之浦古墳群で2基が業者によって勝手に破壊されたそうなのでひょっとしたらその代わりかもしれません。せめて石室図や写真でもあったらもう少しまともな復元が出来たかもしれないけど記録が全く残っていなかったのでしょうか。でもここにはこの後行く明神下岡遺跡28号の石棺が移築されています。また「ふるさとの文化財」200円を購入できます。駐車場あり、でも館への入り口がちょっと分かりにくい。
[ 2016年05月19日 07:46 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

浜漉横穴墓

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

1基のみ
位置:32°11′52″N 130°07′29″E

県内で2ヶ所しかないという横穴、海岸近くに立地


左右にまだ余裕があるのにこれ1基のみ


額縁型の開口部


内部は特に複雑な構造はなさそう、鏨の削り跡が残っている


見学記
平尾、ここも場所がピンポイントでは分からなかったけど鹿児島県唯一の横穴墓ということなので探してみました。公民館の近くということだが事前に公民館が分からずとりあえず現地に行ってみたら公民館はすぐ分かりました。その北側に神社がありその西方に説明板が立っていて何とか分かりました。結局海岸堤防沿いの道をくればすぐ見つけることが出来たかな。横穴といえば普通多数ありますがここは単独で存在、しかも海岸近くにあるというのも珍しいかな。説明板を見ると県内には志布志町に六月板横穴墓というのがあるそうです。残念ながら少し高い場所にあるので内部を除くことも出来ません。出土遺物は全く知られていないそうで後世の可能性もなくはないでしょうが額縁状の入り口はやはり古墳時代のものでしょうね。しかし両側に幾らでも横穴を掘れるスペースがあるのに1基で終わったのは集団そのものがいなくなったんでしょうか。前に駐車可。町史跡。
[ 2016年05月12日 07:39 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

明神下岡遺跡

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

1C~6Cの埋葬遺跡群、確認30基
位置:32°10′29″N 130°06′03″E

道路脇に説明板、この道路も遺跡の一部破壊


林の中に埋葬施設密集、標柱が倒れたり無くなったりしているのも多い


1号
6Cの須恵器が出土、群中では新しい


巨大な蓋石だがこれ1枚では長さが足りないかな


左右小口部は1枚石のようだ、奥と手前の側壁は構造が違うような


右は板石で左は小口積み、竪穴と箱式石棺を合わせたような構造


6or8号
蓋石が割られている


四角い石組みがあるようだ


11号
蓋石の下に石囲いが見えている


大きな蓋石、2枚あるが割られているかも


15号
細長い小型石室


16号
これも小型石室


17号
割られた蓋石と石囲いが見えている


標柱は多分動かされている


21号
林に入るとすぐ目にする大きな箱式石棺


こちら側の小口部は大きな隙間


反対側の小口部は壊失


石棺内部、天井石や側壁は1枚石、奥の小口部は小型石材を組み合わせている


28号
歴史資料館内に移築


大きな箱式石棺


蓋石はかなりの巨石


見学記
明神古墳群のすぐ上にありこちらも案内表示があります。林の中に入るとすぐ目に入るのが21号、石棺か石棺式石室か。狭い範囲に古墳が密集していますが良好なのはこの21号くらい、石材が散乱して石室かどうか分かりにくいのも多く標柱も立っていますが倒れて移動しているのも多い。26号からは1Cの土器、1号からは6Cの須恵器が出土し地下式板石積み石室の祖形と考えられるそうです。500年くらいにわたって営まれた墓地のようで4,50基あるそうですがそれにしても何でこんな狭い範囲にと思わずにはいられません。
[ 2016年05月12日 07:39 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

明神古墳群

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

砂礫帯上に約30基、積石塚
1号:竪穴、2-5号:横穴系竪穴、6号横穴式石室
位置:32°10′27″N 130°06′04″E

古墳群入り口、標柱と説明板


1号
石室正面、手前の石は天井石でしょうか、積石塚ですが周りの様子から天井は初めから露出していたような


天井石2枚残存


斜め後方から


石室一端に小さな仕切り石、幅も少し広くなる


石室内部


反対側、特に変わりなし


2号
手前2号、奥に3号


中央部にくびれがあり2室あるようだ


反対側から


主室、奥がやや広くなる


副室側、間にあるのは敷石でなく倒れた閉塞石でしょうか


石室真上から


3号
手前3号、奥に4号


石室内部にはっきりした仕切り石


斜め前から


天井石は2枚残存


石室真上から、くびれは無くほぼ長方形


4号
細長い石室、天井石1枚残存


中間に仕切り石と言うより閉塞石になっている


石室上横から


副室側から


小さな副室、閉塞石が2重になっているような


閉塞石の前に敷石


手前の側壁は通路状になっている


5号
細長い石室、右側壁はほぼ真っすぐだが左は曲がっている


斜め前から、天井石2枚残存


上と反対側から


斜め後方から


天井石の間に閉塞石、天井より高くここの天井石はどう架けていたんだろ


閉塞石の手前にも小さな仕切り石


仕切り石、左側にも他とは違う石がある


仕切り部分から主室側


6号
これは横穴石室だそうですが入り口はあったんだろうか


奥に玄門と閉塞石


ここが玄室なんでしょうけど手前側より狭い


斜め後方から


板石を使った玄門、左右の幅が異なる


?号
標柱がなく番号不明


露出した側壁、元々ここに積石はあったのかな


指江古墳群でよく見られた井戸状の石室


1-6号とは全く違う


見学記
白金古墳と小浜崎古墳の中間辺りから海岸に降りていく道があり案内板も立っています。指江古墳群と同様砂礫帯に立地する積石塚群で規模は大分小さく30基程ですが竪穴系や横穴系などここも興味深い石室が多く見られます。良好に見られるのは1-6号ですが微妙に構造が変遷していく様子も見られます。側に駐車スペースあり。県史跡。
[ 2016年05月05日 07:50 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

小浜崎古墳群

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

6基

鬼塚1号
円墳、R11、6C後半
横穴式石室
位置:32°10′22″N 130°06′30″E

南向きに開口した石室、墳丘は残るも石室かなり露出


石室正面、前部石材散乱


幅が広く羨道というより前室でしょうか


両袖式の玄門、天井石は意外と薄い


玄室内部、落下した天井石が凄く邪魔


奥から外、両袖が撮れません


石室後ろ上部から、天井石が割れて落下


側壁奥壁天井石とも巨石1枚のようで鬼の岩屋式石室でしょうか


鬼塚2号
箱式石棺、2×1m

1号東50mに箱式石棺露出、3号も箱式石棺ですが埋戻し


厚い板石で構成、内部は平たい石で2つに分けられているそうです


後方に1号


小浜崎1号
円墳、R4.6,H1.2、5C
竪穴式石室、2.4×1.8m
位置:32°10′16″N 130°06′10″E

白金古墳からの遠望、右積石塚が1号、左墳丘が2号


竪穴石室を持つ積石塚、左の巨石は天井石でしょうか


墳丘規模の割に石室が大きい


小口積み竪穴石室、竪穴だが再埋葬が行われた形跡があるそうです


小浜崎2号
円墳
復元墳丘、石室を持つも埋戻し


白金古墳
積石塚
横穴式石室、全長7.3m
位置:32°10′20″N 130°06′20″E

海を望む高台に築かれた積石塚、遠方の島は天草諸島最南端辺り


真横から、手前の立柱石は元のでしょうか


石室斜め前から


石室正面、西向きに開口、側壁もかなりの巨石


複雑な構造の玄門、本来の袖石の手前に立柱石が2本ずつある


最後部を除いて天井を失った玄室、奥壁は巨石腰石+平石積みと平凡ですが


左側壁は何故か巨石1枚石、奥壁として使うには巨大すぎたのでしょうか


右側壁は奥壁と同様の構造、下部の巨石も厚さは薄そうです


奥から外、両袖式、まぐさ石が残る


石室真上から


奥後方から見た玄門辺り


見学記
蔵之元、6基からなる古墳群ですがここが長島町のメインの古墳群でしょうか。案内もあちこちにあって力が入っています。ただそれぞれが多少離れているので多少時間がかかります。国道に案内表示が出ているのでそこを曲がって行く。
鬼塚古墳
最初に出会うのがこれ、封土は多少残っているが殆ど石室露出、石室前には石材散乱、玄室は比較的良好だが天井石が割れて内部に落下、石室内の写真が撮りにくい。全体に巨石だが大きさの割に薄く板状に加工されています。玄門前に平石があるが閉塞石かもしれない。南東50mに2号があり箱式石棺が露出しています。3号も箱式石棺だが埋め戻されています。1号前に駐車スペースあり。県史跡。
白金古墳
更に行くと白金古墳があります。最近整備されたばかりのようで広い駐車場があります(ここが満車になることがあるのか他所事ながらちと心配)。古墳はほぼ天井を失った石室露出、背後から見ると積石塚のようにも見えます。羨道側壁も板状ですがかなりの巨石、玄門は袖石を立てた両袖式ですが羨道側にも右に1、左に2の袖石と同様な立柱石が立っています。玄室は奥壁側壁とも基部に巨石を据え上部は小型の石材を積み上げています。持ち送りはそれ程なさそうだ。県史跡。
楽平古墳
白金古墳南東にあるということなので段々畑になっている場所を探してみましたが見つかりませんでした。「ふるさとの文化財」に写真が載っていたのでそれを参考にGooglemapで探してみたら畑の中に写っていました→ここ。小型の石室が完全露出ですが藪古墳にもなってないようでちょっと残念。更にストリートビューを見てみると案内板もありました、事前にその存在を知っていなかったから見逃しているな。町史跡。
小浜崎1、2号
白金古墳から小浜崎の方を見ると大きな墳丘が見えているのでてっきりそれが1号かと思ったら2号でした。石室は埋め戻されているようです。1号の方は側にあるすっかり露出した竪穴石室でした。竪穴らしい小口積みですが周囲も石が積まれ積石塚風、天井石でしょうか大きな平石も転がっています。竪穴なのに再葬が行われた形跡があるとか、どうやって遺体などを入れたんでしょう。道路行き止まりに駐車場あり。1号が県史跡、2号が町史跡。
[ 2016年04月28日 07:41 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

指江古墳群

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

約140基、砂礫帯上の積石塚、6C後半~7C
位置:32°08′58″N 130°07′05″E

今週24号以下追加(←クリックでジャンプ)

石碑と説明板
中央辺りにある、概ね北側からナンバーがふられている


1号
石室の側に標柱が立っているので助かる


2室あるようで手前が羨道風、奥が玄室風、間に袖石風の立柱石がある


玄室側から


羨道風と言っても入り口はありません


玄室真上から、奥が広がっている、床面には小石の敷石


2号
横穴石室風


床面には扁平な石の敷石


真上から


一応こちらが奥壁か、基部の大型石材も横穴石室っぽい


反対側、石材の積み方が異なる、岩手県北上市猫谷地古墳の積み方に似ている、列島の南北両端なのにね


3号
埋まっていてよく分からない


4号
まず標柱をとっておかないと後の整理に困る


細長い小型石室、内部に敷石


5号
細長い石室、手前のは天井石か


左(海側)の方が幅が狭い、内部敷石


こちらが奥壁か


6号
横穴らしい石室


天井石1枚残存、内部敷石


7号
やや短く幅はやや広い


真上から、片胴張り風


8号
小口積みの石室


最上部の石は幅広


床面には扁平な平石敷石、砂礫帯には天井石に使えそうな石はなさそうですが


真上から、入り口があれば普通に横穴石室ですが


9号
奥が海側、どの古墳も反対側の陸側斜面に築造


小型石室だが内部は深そう、天井石が残る、手前のは動かされているんでしょうか


10号
まぐさ石?が残る石室、他の天井石を外したとして何故これだけ残した


手前側の敷石が大きく他の敷石は小さい


まぐさ石の下には袖石のような石


石室内部


11号
小型の石室だけど標柱が離れているから手前に埋まっている部分があるかも


幅の狭い石室、手前に天井石が残る


反対側から


石室内部、奥が奥壁のように見える


12号
これはもう完全に横穴石室


石室後部


袖石らしいのが立ってます


幅が広く天井石はあったんでしょうか、内部に敷石


石室真上から、横穴と言っても入り口はなさそう


13号
小型石室


円形でまるで井戸のよう


これで上に板石があったら地下式板石積石室だな


14号
小型だがやや幅広


床面に敷石


左側が曲がっていて副室のように見えます


15号
細長い石室


右側に袖石のようなのが2本あります


袖石と言っても入り口の機能はなさそう


16号
上部の石組みがよく分かる石室


斜め前から


真上から、内部に大きな敷石


20号
割と大きな石室


内部の石は敷石それとも割れた天井石


反対側から


斜め横から


21号?
石室部分が2つありますが一つの石室でしょうね


横から、一見T字型石室


奥から


22号?
標柱がないので推定


左は幅広く右は細まっている


真上から、片胴張りのような石室


23号
横穴とも竪穴ともとれそうな石室


斜め前から


真上から、内部に仕切り石、平石は何かの台でしょうか


副室でしょうか


奥がL字型に曲がって敷石がある


こちらが一応奥壁側でしょうか


(今週追加分)

24号
正面から見ても手前が曲がっているように見える


やはり曲がってます、床面に敷石、左側壁に膨らみがあるような


25号
小型の石室


手前が窄まっている


この群の中では大きな天井石が残る


奥にも構造があるのかな


26号
窪みが分かる程度


27号
石の集積状態


丸い窪み


28号
手前も古墳石材でしょうか


T字型と言うか副室のある石室と言うか


奥の石室、側壁は丸みを帯びた細長い石


真上横から、副室のほうが底が浅そう


奥上から


29号


2室かな


30号
横穴とも竪穴とも言えそう


斜め前から


内部に平石敷石、奥に仕切り石


真上から、左側が幅広くなっている


副室部分にも敷石


31号
割と深い石室、奥に特徴的な積み方、何故か1枚しか撮ってないな


32号
はっきりした石室


割と深そうです


35号
標柱がないと分からないレベル


36号
標柱がないと無理


37号
細長い石室


副室が3つくらいありそうな


38号
奥が曲がった奥壁風


奥壁のある窪み風となんとも風変わり


40号
手前まで積石塚


長方形の窪み


41号
手前まで積石が広がっている


奥の方に小型石室


2室あるような


42号
標柱がないと分からないレベル


43号
ギリギリ分かるレベル


44号
はっきりした石室、周辺の石材が積石塚と分かる


手前の側壁にやや膨らみ、右側にも構造があるような


45号
周囲の石材がやや大きい


側壁が落ち込んでいるんでしょうか


46号
なんとか石室と分かる程度


47号
利用しにくい土地だから残ったんだろうなと思うレベル


48号
窪んだ石室


真上から、やや四角く内部は敷石


49号
小型石室


傾斜面に立地、上部構造はどうだったんでしょう


51号
石室としても分かりづらい


53号
大きな窪み


これで普通の天井は無理っぽいな


?号
入り口標柱辺りにあった


2部屋あるように見える


見学記
指江、海岸の砂礫堆に築かれた約140基からなる積石塚群です。長崎市にある曲崎古墳群と全く同じですがあちらは石室が殆ど確認できなかったのに対してこちらは多くの石室が確認できるので遥かに見応えがあリます。町役場指江庁舎前の国道389号に案内板がありそこから海岸に降りていく。現在防風林になっていてその中に多数の古墳、盛り上がっているようなのは殆どありませんが主な石室には標柱が立っていて確認しやすい。これがないと後の整理が大変なんだよね。概ね北からナンバーがふられていて石室らしい石室も北側の方が多いようです。全部撮っていたらきりがないので標柱が立っているのだけ撮ったけどそれだけでも40基くらいあります。全般に細長い石室系と丸い窪みのような石室があるようだ。石柱と説明板があってそこに駐車可。県史跡。
[ 2016年04月21日 07:41 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

加世堂古墳

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

6C後半~7C初
横穴式石室
位置:32°07′40″N 130°10′41″E

道路脇に案内板、古墳は奥の林の中


小さな湾をを見下ろす丘陵斜面に立地


手前に羨道基部が残っているんでしょうか


風変わりな玄門、左右に幅広の袖石、その前に立柱石


奥壁は1枚石、鏡石らしい形状


左側壁


右側壁


奥から外、開口部は築造時から狭かったんでしょうか


背後上からみた天井石


背後から見た墳丘、積石塚のように見えます


発掘時の写真(説明板より)、大分解体したんでしょうか


見学記
山門野、小向江古墳から更に北上するとすぐ右側に案内表示があるのでそこを曲がり次の案内表示の場所で大きく右に曲がって100m程、左手の林の中に古墳が見えています。石室周囲はまるで積石塚のよう、羨道は基部しか残っていませんが玄室完存、でも説明板の写真を見ると発掘の際天井石等が動かされているようです。板状袖石を立てた両袖式ですがその前にも立柱石があります。入り口幅が狭く横向きにならないと入れない。玄室奥壁は1枚石、側壁もほぼ1枚石で上に重ねた石がないので背はそれ程高くはありません。新旧二つの説明板があり古い方では帆立貝式となっていますがさすがに無理だろ、新しい方では張り出しのある円墳となっています。道路を少し行った所に駐車スペースあり。県史跡。
[ 2016年03月31日 08:01 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

渕ノ尻古墳

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

6C後半
横穴式石室
位置:32°05′26″N 130°10′01″E

大きな説明板の側に小さな石室が残る


石室後方上から、前は崖、元は急斜面だったんでしょうか


斜め後方から、天井石1枚残存、手前のは側壁のようです


柱状袖石が残ってより石室らしく見える


奥壁と天井石


右側壁


奥壁は1枚石だけど背は高くない


玄室床面に薄い板石で区画した石障2


見学記
山門野、国道389号ガソリンスタンド脇に案内表示があるのでそこを曲がりその後も2ヶ所で案内表示があります(ただ最初の曲道で右折しないとわからないかも)。民家脇に大きな説明板が立っていて上部を失った石室露出、天井石が1枚残っています。羨道壊失玄門袖石は切り石状の角柱です。玄室床面に右側壁と奥壁沿いに薄い板石で区画された石障があります。古墳脇に駐車可。町史跡。
[ 2016年03月31日 08:00 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

小向江古墳

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

地下式板積石室
位置:32°07′56″N 130°10′31″E

建物の間に移築保存


3基中保存は1号だけ、正確には小向江1号ですがでいいでしょう


このタイプのはどこのもよく似ています


でも保存されている以外なかなかお目にかかれない


見学記
山門野、工事で地下式板石積み石室3基発見、2,3号は状態が悪く1号だけが公民館脇に移築保存されています。石室は方形タイプで内法の長さ125cm、板石がなければ箱式石棺と思いそうです。公民館前に駐車可。町史跡。
[ 2016年03月31日 08:00 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)

新田ヶ丘古墳群

鹿児島県阿久根市 2015年3月訪問

4基、2基は埋戻し

1号
横穴式石室
位置:130°12′14″N 32°04′48″E

低い丘陵端に築かれている


石室完全露出、玄室辺りしか残っていない


正面から、右側のは側壁でなく天井石とのこと、右奥に2号がある


斜め前から


後方から、奥壁は幅広い


2号
横穴式石室
位置:32°04′47″N 130°12′17″E

こちらも石室完全露出、手前が開口部で仕切り石があるのかなと思ったのですが


西側から


北側から


形からして右側の石が奥壁っぽいし、だとすると反対側の石は閉塞石としても巨大すぎるし


内部にも石材が落ち込んでいるようです


見学記
阿久根市脇本、三笠中学校北方150m、4基からなる古墳群ですが3号(地下式板石積石室)、4号(箱式石棺)は埋め戻されています。三笠中前の国道389号を北に曲がると案内板があるのでそこを左に曲がって100m程、一見新興住宅地を思わせる名前ですが畑の中に1号石室が完全露出しています。奥壁と側壁が1枚ずつ残存、右手前のは側壁のように見えますが奥壁が転落したものだそうです。東50mの所に2号があります。ここも天井席を失った石室が完全露出、初めは南に開口で手前に仕切り石があるのかと思いましたが右側の石が上部が尖っていてむしろそちらの方が奥壁っぽい、内部にも石材があって正直良くわかりません。
[ 2016年03月24日 08:01 ] カテゴリ:鹿児島県 | TB(-) | CM(0)
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平家蟹

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