伊勢ケ浜古墳群

宮崎県日向市 2017年2月訪問

全景、海水浴場駐車場背後にある、説明板があるがかなり消えかかっている


5号
道路脇にある高まり、標柱がないと分からないレベル


6号
隣に6号、墳頂が窪む、何故か富高古墳になっている、富高古墳群はかなり離れた場所にあるそうだ


7号
横穴式石室
位置:32°24′39″N 131°39′21″E
更に東側、林際に墳丘


石室は前部、天井部壊失


奥壁は角状石材を積み上げる


側壁奥壁は基部だけやや大きな石材


板石を使った袖石


(見学記)
日向市日知屋、伊勢ケ浜海水浴場北側の丘陵麓辺りにある古墳群で4-7号が現存しています。海水浴場北側に駐車場がありそこに説明板が立っていますが文字は殆ど消えかかっています。説明板の背後、高さ10m辺りにあり道路沿いに5,6号の標柱が立っています(でも伊勢ケ浜じゃなく富高古墳となっているのが宮崎県のややこしい所)。5号は僅かな高まり、墳丘なのかと思うくらい、6号は低い高まりと墳頂が窪んでいて少しは古墳っぽい。東側の林の中に入ると7号、天井壊失前部もかなり破壊されています。巨石は使われていませんが結構大きな石室です。左側に薄い板石が立っていて袖石でしょうか。道路北側に4号があるはず、開けた場所になっていますがそれらしいのは見当たりません。
[ 2018年04月12日 19:00 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

鈴鏡塚古墳(草場古墳)

宮崎県日向市 2017年2月訪問

円墳、R20、6C前半
位置:32°25′29″N 131°37′26″E
住宅街の中に保存、説明板が何故か道路側でなく家のある北向き、思うに日光で文字が消えるのを防ぐためか


県内で唯一の八鈴鏡出土、名前も変更、とは言え面白みのない円墳


(見学記)
富高古墳群北側200mの場所にありますが狭い道路を大廻りする必要があります。当然歩いてゴー、墳丘だけなので遠くはなれていたらパスしていただろうな。名前の通り獣文八鈴鏡が出土しています。説明板が立っているが何故か道路側ではなく民家側に向いている。説明板の方が古そうなので立てた当時は民家がなかったのか、それとも北向きにして日光で文字が消えないように配慮したのでしょうか。
[ 2018年04月12日 18:59 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

富高古墳群

宮崎県日向市 2017年2月訪問

前方後円墳1、円墳1

公園案内図


1号
円墳、R50、6C
位置:32°25′20″N 131°37′27″E
大型円墳、下側も墳丘なのかな


案内図の右上側から、上に神社


2号
前方後円墳、TL80,437,FW24、4C末~5C初
1号から見た2号、100年くらいの時代差がある


前方部斜め前から、全体に低い墳形


低平な前方部


前方部から後円部


後円部から前方部


(見学記)
日向市富高、若宮近隣公園内にある前方後円墳1、円墳1からなる古墳群です。1号が計50mの円墳で上に若宮神社があります。背も高くとにかく巨大です。2号は南側にある前方後円墳で全長80m、前方部側面が少し削られていますが状態は良さそうです。こちらは4C末~5C初、1号は6Cで前方後円墳の方が先行しています。体積比からすれば1号の方がずっと大きい。前方後円墳と円墳1基づつの組み合わせは時々見かけますが円墳の方が大きいのは少ないですね。住宅街の中で公園駐車場がなく一苦労、北側にお寺があり(寺らしくありませんが)そこから真っ直ぐ南に伸びる道が行き止まりなのでそこに駐車出来ました、結果的には1号の真下になりました。しかし駐車場がないので利用者は当然近隣の人だけでしょうね(それで近隣公園か(違))、ウイークデイということもあって人っ子一人いませんでした。県史跡。
[ 2018年04月12日 18:59 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

移築石棺

宮崎県延岡市 2017年2月訪問

位置:32°33′53″N 131°38′31″E

公園の一角に保存、でも草茫々


西階公園出土石棺
凝灰岩製刳抜式、手前が丸くなっている


樫山古墳群出土石棺
結晶片岩組合式箱式石棺


小口部が3重になっている


赤城遺跡出土石棺
凝灰岩組合式箱式石棺・・・なのだがもはや窪みしか見えない


(見学記)
西階公園内にある児童公園西側の高まりに市内から出土した石棺3基が移築保存されています。説明板が立っていますがもう草茫々でよく分からない状態。右側のが西階公園で出土した凝灰岩製刳抜式石棺の身、刳抜式である証拠に水が溜まっています。真ん中のが樫山古墳群から出土した箱式石棺、結晶片岩製なので残りは良い、小口部の板石が3重になっている。左のが赤木遺跡から出土した箱式石棺ですが凝灰岩製なので状態はよくありません。
[ 2018年04月12日 18:58 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

南方古墳群

宮崎県延岡市 2017年2月訪問

総数40基程、5支群に分かれ全て国史跡

今週追加野田支群、大貫支群(クリックでジャンプ)


天下支群)(あもりしぐん)
1号(天下神社古墳)
前方後円墳、TL71,R35,RH5.1,FW19
位置:32°34′08″N 131°37′59″E
低い丘陵上に立地する、鳥居から後円部が見えている


後円部正面、上に神社、頂部広く平ら


前方部から後円部、柄鏡型前方後円墳


前方部隅から後円部


低く細長い前方部


2号
円墳、R25
1号東、社殿裏にあるがかなり削られている


横穴石室と思われる巨石露出、割りかけた矢穴が残っている


3号
円墳、R14
1号後円側に低い墳丘、主体部は箱式石棺


4号
3号側に同規模の墳丘、こちらも箱式石棺


10号
前方後円墳、TL79,R52,RH5.2,FW28,FH3.6
位置:32°34′14″N 131°38′01″E
1号からの遠望、ほぼ同じ高さの丘陵上に立地


右が後円部、左に前方部が伸びているようだ


吉野・今井支群
14号
円墳、R22
舟形石棺
位置:32°33′48″N 131°37′22″E
道路脇に小さな案内板、奥に墳丘が見えている


大きな墳丘が良好に残る、宮崎県だから復元ではなく元のままだろうな


南側から見ると頂部が大きく抉られている


覆い屋の中に細長い舟形石棺を安置


蓋石小口部に太い縄掛突起


反対側の突起は形が随分違う、突起と言うより蓋石隅をカットしたような


15号
14号西側に小さいが形のいい墳丘


民家で少し削られているかも


石棺材でしょうか、HP「大和國古墳墓取調室」のと比べると少し違うような


これもそうでしょうか、少し埋まっている


今週分

野田支群
37号
刳抜式家形石棺
位置:32°34′22″N 131°38′24″E
道路脇に説明板、空き地の奥に石棺


阿蘇溶結凝灰岩製刳抜式家形石棺


蓋石側辺に2対、小口部にも1対の縄掛突起、蓋石一部が割れている


身小口部にも縄掛突起、反対側は無さそうだ


反対側とは縄掛突起の形状が微妙に違うような気がする、こちらは屋根部斜面まで流れているような


蓋石中央部に対の彫り込みがあります、当時のものなんでしょうか


野地支群)?
32号
円墳、R18,H2.2
位置:32°34′00″N 131°38′47″E
大きな説明板が立つが墳丘はずっと上、低平なようでわざわざ行く程でもない


33号
位置:32°34′10″N 131°38′46″E
丘陵上住宅街の中に保存


周囲が大分削られているようだ


大貫支群
24号
円墳、R21
横穴式石室、全長9.2m、玄室長4.36,幅1.58-2.13,高2.2-2.52m
位置:32°34′03″N 131°39′03″E
東西に長い尾根状丘陵頂部に立地


南側に開口、市内最大の石室


柵はあるが鍵はかかっていない


羨道まで良好に残る、明るいせいか苔が生えている


巨石石室、奥壁は3段積み、左側石材が明らかに土圧で突き出ている


〃縦位置、最奥の天井石が一段下がる


奥から外、柱状袖石を立てた両袖式


〃縦位置


石材表面を削った跡がよくわかる、石材それぞれで随分違いがある


25号
24号西側、墓地の中


26号
25号南側、割と背の高い墳丘


27号
低平だが割と大きな墳丘


29号
竹藪の中に墳丘


30号
円墳、R18
位置:32°34′02″N 131°38′59″E
雰囲気良く残る墳丘


39号(浄土寺山古墳)
帆立貝式、TL58,R35,FW20
位置:32°34′05″N 131°39′05″E
後円部、前方部は確認できず


(見学記)
延岡市内にある古墳群ですがあちこち散らばっている上にほぼ市街地なので車で訪問するには厳しい場所です。今井支群(7),天下支群(11),大貫支群(11),舞野支群(6)に別れています(数は現地説明板による)。一括して国史跡。
今井支群
延岡道路西側を平行して走る市道を南下していくと小さな案内表示がありそこから墳丘が見えています。見えていたのが14号で径22mの大きな円墳、南側が削られて刳抜式舟形石棺が露出覆い屋で保護されています。かまぼこ型の蓋石は両端小口部左右がカットされて縄掛突起のように加工されています。直ぐ側にある小さな墳丘が15号、こちらは民家で少し削られています。板状の石がありますが石棺材でしょうか、民家側にも半ば埋まった石材がありこちらは元位置のままでしょうか。

天下支群
14号から北上して最初の交差点を右折、600m程行くと右手高い場所に天下神社があります。境内に4基の古墳があります。1号が前方後円墳で上に社殿が建っています。墳丘は状態がよく後円頂部が平らで広く前方部は細長く如何にも古式な前方後円墳です。本殿の裏側にあるのが2号でだいぶ削られていて巨石が露出、横穴石室だそうですが石室を思わせる状況にはありません。矢穴があって割られかけたようです。側に3,4号があり主体部は箱式石棺だそうですが見られません。道路を挟んで北側に前方後円墳の10号があります。近寄ってみましたが上部が削平されているのかな。神社東側にもあるようだが分からず。ちなみに天下の読みは”あもり”です。

野田支群
天下神社から更に東に行き野田町5303にあるのが37号(途中の野田神社に38号があるがパス)、広い道路から狭い道路に入る必要がある。説明板が立っていて空き地に刳抜式家形石棺が完全露出、阿蘇凝灰岩製、大きさ2.7m程、蓋に短い縄掛突起2対、小口部に1対がありますが削られているようでわかりにくい。身小口部に1ついていますが反対側は無いか削られたか。蓋石上部に1対の彫り込みがあります。熊本県の石棺で見られた縄掛け穴にも似ていますが貫通はしてないし当時のものかどうかは分かりません。

野地支群?
西階町に西階運動公園があります。ここの遊泳場がある東端にあるのが32号、取り残された丘の下に説明板が立っていますが墳丘は頂部にある、道もないしわざわざ登る程のものでもありません。北側300m丘陵上の住宅街の中にあるのが33号、車で行くのも面倒なので歩いていきましたがあるのは裸の墳丘だけでした。周囲が大分削られているようです。

大貫支群
32号から東500mの丘陵上にも幾つかまとまっています。丘陵上が墓地になっていて南側にあるのが24号、ちょうど所有者さんらしい夫婦が農作業をしていたので挨拶して見学。墳丘もよく残っていて南側に石室開口こちらも羨道玄室とも良好です。袖石を立てた両袖式で奥壁は3段積み、最後部の天井石が明瞭に一段下がっています。側壁には鏨で削った後がハッキリ残っています。この丘陵は最頂部が平坦になっていてその端に立地しています。石材はどうやって運んだんでしょうね、この丘陵にはなさそうですけどね。更に西側の4基の古墳、その先の竹林の中にも6基あるそうですがこれはよく分からず。墓地の東端にも39号があり前方後円墳だそうですが後円部は残っていますが前方部はよく分かりません。ここも道が狭いので32号から歩いていきましたが南側住宅街の中で道に迷ってかえって遠回りしてしまった。帰りは北側を通る広い道路を通ったけど結果的にはこれが一番短かったかも。丘陵東端にコンビニが有りそこから墓地に至る道があります。南側からの道は狭いのでこれが一番楽かもね。
[ 2018年04月05日 19:02 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

西都原古墳群

宮崎県西都市 2001年5月訪問

前方後円墳32基、方墳1基、円墳277基、他地下式横穴墓
4C~7C前半
「風土記の丘」第1号

男狭穂塚古墳
帆立貝式古墳、R130,RH18
全国最大の帆立貝式古墳
女狭穂塚古墳
前方後円墳、TL177,R97,RH15,FW109,FH13
九州最大の前方後円墳

墳丘脇の模型、本体は陵墓参考地で見学不可


1号
前方後円墳、TL50,R28,RH4.7,FW22,FH2.3

初期の前方後円墳はみな崖際にあり側面を平野部に向けている


13号
前方後円墳、TL80,R44,RH7.2,FW27,FH4.8

復元された墳丘、後円部で主体部が公開されている


礫槨、この倍の長さがある


35号
前方後円墳、TL70,R37,RH6.5,FW20,FH3.1、4C後半

最古の前方後円墳の1基


46号
前方後円墳、TL70,R44,RH7.7,FW29,FH5.7

前方部が発達しかけている、前方部を平野側に向ける


56号
前方後円墳、TL37,R24,RH3.5,FW16,FH2.1、4C

群中最小の前方後円墳


72号
前方後円墳、TL79,R50,RH7.4,FW39,FH4.6、4C後半

奈良県行燈山古墳と同一設計


83号
前方後円墳、TL80,R40,RH5.7,FW25,FH2.2

典型的な柄鏡型


88号
前方後円墳、TL40,R21,RH3.3,FW16,FH2.2



90号(大山祇塚古墳)
前方後円墳、TL96,R51,RH4.1,FW31,FH3.8、4C
位置:32°07′04″N 131°23′39″E

群中3番目の規模


91号
前方後円墳、TL91,R43,RH6.2,FW20,FH2.3



95号
前方後円墳、TL53,R29,FH3.4,FW20,FH2.8



99号
前方後円墳、TL55,R31,RH3.5,FW15,FH2



100号
前方後円墳、TL59,R33,FW18,FH2

発掘中、全面に河原石が葺かれている


109号
前方後円墳、TL67,R37,FH4.2,FW26,FH3.7



111号
円墳

地下式横穴墓を有する


169号(飯盛塚古墳)
円墳、R44,H7、5C前半
位置:32°07′07″N 131°23′05″E

全国唯一子持ち家形埴輪が出土、後方の森が男狭穂塚古墳


170号(雑掌塚古墳)
円墳、R45,H1.8、5C前半

極端に平べったい墳形


171号
方墳、L23,H4.5、5C前半

群中唯一の方墳、右後方の森が女狭穂塚古墳


202号(姫塚古墳)
前方後円墳、TL52,R28,RH6,FH30,FH5
位置:32°06′36″N 131°23′38″E

群中最後の前方後円墳


206号(鬼の窟古墳)
円墳、R37,H7.3、6C後半~7C初
外堤、2重周溝、群中唯一の横穴式石室
横穴式石室、全長12.3m,玄室長4.8,幅1.8~2.5,高2.2m
位置:32°06′50″N 131°23′33″E

墳丘、外堤


外堤上から見た墳丘


玄室、解体復元された


265号(船塚古墳)
前方後円墳、TL58,R34,RH5.9,FW38,FH5.9
位置:32°07′26″N 131°23′22″E

前方部が発達した墳形、姫塚と同じく最後の前方後円墳


酒元ノ上横穴墓群
10基、7C初
平成6年発見、西都原古墳群最後の造墓
発掘当時のまま建物の中に保存されている
緩斜面に墓道を彫り込み奥に横穴墓を構築、右手にも横穴墓がある



(見学記)

ここはあまりにも有名なので個々の細かな説明は省略します。国道10号から案内板が出ているのでそれに従って行く。西都市街地を通り広い台地の上に上がるといきなり鬼の窟古墳が右手にある。外堤を持つ円墳で群中唯一の横穴石室がある。さすがに大きな外堤があると豪壮に見えますね。一部をカットして断面が見えるようになっています。石室には柵に鍵がついているが常時開いているようだ。石室は解体復元している。それ程大きな感じはしない。更に行くと男狭穂塚女狭穂塚がある。深い林の中で共に前方部がかろうじて見えるのみ。左手の道を資料館の方に行くと171号がある。群中唯一の方墳で一部葺石が復元されている。更に行くと170、169号がある。前者は規模の割に背が極端に低くまるで煎餅のような墳形。後者は全国唯一の子持家形埴輪や舟形埴輪で有名、トレンチが入っていて発掘中のようだ。資料館(入館料200円)は出土品や古墳群模型の展示が主、線刻壁画を持つ土器田横穴墓の実物大レプリカが面白い。古墳関係の資料はあまりない。鬼の窟まで戻ると西側に建物が見える。これが平成6年に発見された酒元ノ上横穴墓群の保存施設で遺跡を発掘当時のまま保存している。2,6号では墓道の中まで入って見学できる。古墳群最後の造墓。南東に前方後円墳がポツンとある。柄鏡式の前方後円墳が多い中で前方部の発達した墳形で古墳群最後の前方後円墳です。この東側に古墳が密集している。前方後円墳は台地の端に側面をさらしているのが多い。35号で墳丘復元、竪穴石室と礫槨が公開されている。更に北側崖沿いに前方後円墳が並んでいる。殆ど柄鏡式でどれも保存状態が良く美しい墳形を横たえている。北側の100号が発掘中、全体にシートが懸かっているが隙間から河原石の葺石が見えている。谷を挟んだ北側に船塚がある。周りが円墳だけの中で1基だけポツンと存在、これも前方部の発達した後期型。それにしても古墳の多いこと、特に前方後円墳の状態が良く殆どが裸の状態でよく観察できる。幸か不幸か日程の一番最後だったので足早に見て回ったがじっくり見ていたら丸1日はかかりそうだ。全国にある風土記の丘第1号で全体が特別史跡となっている。
[ 2013年01月26日 10:48 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

持田古墳群

宮崎県高鍋町 2001年5月訪問

前方後円墳11,円墳76
4C~6C

分布図


1号(計塚古墳)
前方後円墳、TL100,R59,RH11.7,FW31,FH7
位置:32°08′55″N 131°31′02″E

群中最大、前方部が細長い、手前に円墳が幾つか見えている


9号
円墳

群中では大型の円墳


15号(石舟塚古墳)
前方後円墳、TL45,R25,RH4.5,FW22,FH4.4
位置:32°08′50″N 131°31′11″E

墳丘側面


後円部頂の舟形石棺、内部に朱の跡が残っている


26号(山の神塚古墳)
前方後円墳、TL46,R26,RH5.5,FW27,FH5.7

周囲がかなり削られている


_2:石舟塚から見た山の神塚方向、円墳も10基以上写っている


34号
前方後円墳、TL60,R32,RH5.7,FW30,FH4.8



61号(亀塚古墳)
帆立貝式、TL50,R39,RH7,FW29,FH3
位置:32°08′21″N 131°31′58″E



台地直下の平地に立地


(見学記)

前方後円墳11,円墳76基からなる古墳群で大半は台地上にあるが一部は平地に立地している。国道10号から県道に入り鬼が久保バス停から台地上の道に入っていくと広い畑の中に古墳が点々と何十も見えてくる。右手にあるのが主墳の計塚(1号)で全長100m、後円部径59m、前方部幅31mで前方部の細長い姿をしている。民家の敷地内なので墳丘上に上がるのは遠慮したが外からでも十分姿を見ることが出来る。畑の中に説明板と分布図がある。15号石舟塚だけ案内表示があるのでなんだろうと行ってみたら墳頂に舟形石棺があった、納得。蓋石が半分程度架けているが小口部や側面の2個ずつの縄掛け突起があり内部には赤い顔料の痕も残っている。ここだけでなく他の石棺でも縄掛け突起だけ削られているのをよく見かけるが突起の石に何かお呪い的意味を持たせようとしているのだろうか。もう1基固有名が付いているのが26号の山の神塚古墳、周囲が削られて崖のようになっている。状態の良い前方後円墳が多い中でちょっと痛々しいがそれでも他県の古墳に比べたら十分状態はよい。国道に戻って台地から下の平地に下りると東側に古墳が見える。これが61号の亀塚古墳で全長50m、後円部径39m、前方部幅29mの帆立貝式。水田の中にあるが形のいい姿を見せている。
[ 2013年01月26日 10:44 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

祇園原古墳群

宮崎県新富町 2001年5月訪問

前方後円墳14,方墳1,円墳138以上

47号(機織塚古墳)
前方後円墳、TL51,R25,FW30
位置:32°05′55″N 131°25′59″E

前方部が発達


48号(弥吾郎塚古墳)
前方後円墳、TL90,R52,RH8,FW46,FH8.2
位置:32°05′45″N 131°25′49″E

群中最大


52号
前方後円墳、TL55,R38,RH7,FW30,FH7



56号(水神塚古墳)
前方後円墳、TL49,R22,FH6,FW30,FH4

前方部の発達した非常に美しい墳形


百足塚から


58号(百足塚古墳)
前方後円墳、TL77,R35,RH5,FW45,FH6

発掘中、形象埴輪が大量出土


59号から、奥に48,52,56号が見えている


59号
前方後円墳、TL68,R38,RH5.6,FW40,FH6.6

一段上の段丘上に立地


68号
前方後円墳、TL57,R30,FW49



92号(大久保塚古墳)
前方後円墳、TL84,R47,RH6,FW46,FH5
位置:32°06′10″N 131°25′38″E





(見学記)

遺跡としての登録名は新田原古墳群だが現在各支群は独立して考えられ祇園原地区のはこの名で呼ばれている。前方後円墳14,方墳1,円墳138基、他に周溝だけ確認された円墳が36基あり規模の大きな古墳群で更に最近横穴古墳も発見されている(円墳群がのっている斜面の下に開口していた)。更にここも4グループに分かれているが北東側のグループに大型の前方後円墳が集中している。柄鏡型はなく前方部の発達した後期型が多い。どれも形よく保存されていてため息が出そう。平成10年から58号百足塚で発掘が行われていて周溝や大量の形象埴輪が出土している。宮崎県で埴輪が確認されている古墳は僅かに32基、その中で形象埴輪が出ているのは10基のみ。横穴石室があるそうだが盗掘を受けているらしいとのこと。外見上はとてもそのようには見えないが。ちょうど草刈りを行っていて専門家の方と話をしている内に発掘報告書を貰った、ラッキー。すぐ西側に56号水神塚古墳がある。まん丸い後円部、きゅっと締まったくびれ部、末広がりで三角形とも言って前方部と非常に美しい姿をしている。まるで復元したような墳丘で(他も対外はそうだが)今回一番のお気に入り。すぐ北側には1段段丘上にある59号がある。ここからは下位段丘上にある古墳群が一望できる。見学される方はここがお勧めです。
[ 2013年01月26日 10:42 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

千畑古墳

宮崎県西都市 2001年5月訪問

前方後円墳、TL60m
横穴式石室、全長9.2m,玄室長5.4,幅2.9,高2.8m
位置:32°08′12″N 131°24′17″E

石室正面、日向では珍しい横穴式石室


玄室


両袖式


(見学記)

千畑集落内東側、台地端の急傾斜地に立地している。遺跡としての登録は円墳だが実際は前方後円墳、しかし樹木に覆われて墳丘は殆ど視認できない。後円部に日向には珍しい横穴式石室が開口している。全長9.2m、玄室長5.4m、幅2.9mで割石巨石を使った両袖式、やや持ち送りがあり奥壁上部も内側に傾いている。国史跡。
[ 2013年01月26日 10:40 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

松本塚古墳

宮崎県西都市 2001年5月訪問

前方後円墳、TL104,R61,RH7.6,FW79,FH8
位置:32°05′55″N 131°22′37″E

台地直下の平地に立地、前方部が発達した墳形


西側に5基の円墳がある


(見学記)

全長104m、後円部径61m、前方部幅79mの前方後円墳です。台地直下の平地に立地し前方部の発達した美しい姿を横たえています。この地域の古墳によくあるように木一本生えていない。西側に5基の円墳があり古墳群を形成している。
[ 2013年01月26日 10:38 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)
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