西都原古墳群

宮崎県西都市 2001年5月訪問

前方後円墳32基、方墳1基、円墳277基、他地下式横穴墓
4C~7C前半
「風土記の丘」第1号

男狭穂塚古墳
帆立貝式古墳、R130,RH18
全国最大の帆立貝式古墳
女狭穂塚古墳
前方後円墳、TL177,R97,RH15,FW109,FH13
九州最大の前方後円墳

墳丘脇の模型、本体は陵墓参考地で見学不可


1号
前方後円墳、TL50,R28,RH4.7,FW22,FH2.3

初期の前方後円墳はみな崖際にあり側面を平野部に向けている


13号
前方後円墳、TL80,R44,RH7.2,FW27,FH4.8

復元された墳丘、後円部で主体部が公開されている


礫槨、この倍の長さがある


35号
前方後円墳、TL70,R37,RH6.5,FW20,FH3.1、4C後半

最古の前方後円墳の1基


46号
前方後円墳、TL70,R44,RH7.7,FW29,FH5.7

前方部が発達しかけている、前方部を平野側に向ける


56号
前方後円墳、TL37,R24,RH3.5,FW16,FH2.1、4C

群中最小の前方後円墳


72号
前方後円墳、TL79,R50,RH7.4,FW39,FH4.6、4C後半

奈良県行燈山古墳と同一設計


83号
前方後円墳、TL80,R40,RH5.7,FW25,FH2.2

典型的な柄鏡型


88号
前方後円墳、TL40,R21,RH3.3,FW16,FH2.2



90号(大山祇塚古墳)
前方後円墳、TL96,R51,RH4.1,FW31,FH3.8、4C
位置:32°07′04″N 131°23′39″E

群中3番目の規模


91号
前方後円墳、TL91,R43,RH6.2,FW20,FH2.3



95号
前方後円墳、TL53,R29,FH3.4,FW20,FH2.8



99号
前方後円墳、TL55,R31,RH3.5,FW15,FH2



100号
前方後円墳、TL59,R33,FW18,FH2

発掘中、全面に河原石が葺かれている


109号
前方後円墳、TL67,R37,FH4.2,FW26,FH3.7



111号
円墳

地下式横穴墓を有する


169号(飯盛塚古墳)
円墳、R44,H7、5C前半
位置:32°07′07″N 131°23′05″E

全国唯一子持ち家形埴輪が出土、後方の森が男狭穂塚古墳


170号(雑掌塚古墳)
円墳、R45,H1.8、5C前半

極端に平べったい墳形


171号
方墳、L23,H4.5、5C前半

群中唯一の方墳、右後方の森が女狭穂塚古墳


202号(姫塚古墳)
前方後円墳、TL52,R28,RH6,FH30,FH5
位置:32°06′36″N 131°23′38″E

群中最後の前方後円墳


206号(鬼の窟古墳)
円墳、R37,H7.3、6C後半~7C初
外堤、2重周溝、群中唯一の横穴式石室
横穴式石室、全長12.3m,玄室長4.8,幅1.8~2.5,高2.2m
位置:32°06′50″N 131°23′33″E

墳丘、外堤


外堤上から見た墳丘


玄室、解体復元された


265号(船塚古墳)
前方後円墳、TL58,R34,RH5.9,FW38,FH5.9
位置:32°07′26″N 131°23′22″E

前方部が発達した墳形、姫塚と同じく最後の前方後円墳


酒元ノ上横穴墓群
10基、7C初
平成6年発見、西都原古墳群最後の造墓
発掘当時のまま建物の中に保存されている
緩斜面に墓道を彫り込み奥に横穴墓を構築、右手にも横穴墓がある



(見学記)

ここはあまりにも有名なので個々の細かな説明は省略します。国道10号から案内板が出ているのでそれに従って行く。西都市街地を通り広い台地の上に上がるといきなり鬼の窟古墳が右手にある。外堤を持つ円墳で群中唯一の横穴石室がある。さすがに大きな外堤があると豪壮に見えますね。一部をカットして断面が見えるようになっています。石室には柵に鍵がついているが常時開いているようだ。石室は解体復元している。それ程大きな感じはしない。更に行くと男狭穂塚女狭穂塚がある。深い林の中で共に前方部がかろうじて見えるのみ。左手の道を資料館の方に行くと171号がある。群中唯一の方墳で一部葺石が復元されている。更に行くと170、169号がある。前者は規模の割に背が極端に低くまるで煎餅のような墳形。後者は全国唯一の子持家形埴輪や舟形埴輪で有名、トレンチが入っていて発掘中のようだ。資料館(入館料200円)は出土品や古墳群模型の展示が主、線刻壁画を持つ土器田横穴墓の実物大レプリカが面白い。古墳関係の資料はあまりない。鬼の窟まで戻ると西側に建物が見える。これが平成6年に発見された酒元ノ上横穴墓群の保存施設で遺跡を発掘当時のまま保存している。2,6号では墓道の中まで入って見学できる。古墳群最後の造墓。南東に前方後円墳がポツンとある。柄鏡式の前方後円墳が多い中で前方部の発達した墳形で古墳群最後の前方後円墳です。この東側に古墳が密集している。前方後円墳は台地の端に側面をさらしているのが多い。35号で墳丘復元、竪穴石室と礫槨が公開されている。更に北側崖沿いに前方後円墳が並んでいる。殆ど柄鏡式でどれも保存状態が良く美しい墳形を横たえている。北側の100号が発掘中、全体にシートが懸かっているが隙間から河原石の葺石が見えている。谷を挟んだ北側に船塚がある。周りが円墳だけの中で1基だけポツンと存在、これも前方部の発達した後期型。それにしても古墳の多いこと、特に前方後円墳の状態が良く殆どが裸の状態でよく観察できる。幸か不幸か日程の一番最後だったので足早に見て回ったがじっくり見ていたら丸1日はかかりそうだ。全国にある風土記の丘第1号で全体が特別史跡となっている。
[ 2013年01月26日 10:48 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

持田古墳群

宮崎県高鍋町 2001年5月訪問

前方後円墳11,円墳76
4C~6C

分布図


1号(計塚古墳)
前方後円墳、TL100,R59,RH11.7,FW31,FH7
位置:32°08′55″N 131°31′02″E

群中最大、前方部が細長い、手前に円墳が幾つか見えている


9号
円墳

群中では大型の円墳


15号(石舟塚古墳)
前方後円墳、TL45,R25,RH4.5,FW22,FH4.4
位置:32°08′50″N 131°31′11″E

墳丘側面


後円部頂の舟形石棺、内部に朱の跡が残っている


26号(山の神塚古墳)
前方後円墳、TL46,R26,RH5.5,FW27,FH5.7

周囲がかなり削られている


_2:石舟塚から見た山の神塚方向、円墳も10基以上写っている


34号
前方後円墳、TL60,R32,RH5.7,FW30,FH4.8



61号(亀塚古墳)
帆立貝式、TL50,R39,RH7,FW29,FH3
位置:32°08′21″N 131°31′58″E



台地直下の平地に立地


(見学記)

前方後円墳11,円墳76基からなる古墳群で大半は台地上にあるが一部は平地に立地している。国道10号から県道に入り鬼が久保バス停から台地上の道に入っていくと広い畑の中に古墳が点々と何十も見えてくる。右手にあるのが主墳の計塚(1号)で全長100m、後円部径59m、前方部幅31mで前方部の細長い姿をしている。民家の敷地内なので墳丘上に上がるのは遠慮したが外からでも十分姿を見ることが出来る。畑の中に説明板と分布図がある。15号石舟塚だけ案内表示があるのでなんだろうと行ってみたら墳頂に舟形石棺があった、納得。蓋石が半分程度架けているが小口部や側面の2個ずつの縄掛け突起があり内部には赤い顔料の痕も残っている。ここだけでなく他の石棺でも縄掛け突起だけ削られているのをよく見かけるが突起の石に何かお呪い的意味を持たせようとしているのだろうか。もう1基固有名が付いているのが26号の山の神塚古墳、周囲が削られて崖のようになっている。状態の良い前方後円墳が多い中でちょっと痛々しいがそれでも他県の古墳に比べたら十分状態はよい。国道に戻って台地から下の平地に下りると東側に古墳が見える。これが61号の亀塚古墳で全長50m、後円部径39m、前方部幅29mの帆立貝式。水田の中にあるが形のいい姿を見せている。
[ 2013年01月26日 10:44 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

祇園原古墳群

宮崎県新富町 2001年5月訪問

前方後円墳14,方墳1,円墳138以上

47号(機織塚古墳)
前方後円墳、TL51,R25,FW30
位置:32°05′55″N 131°25′59″E

前方部が発達


48号(弥吾郎塚古墳)
前方後円墳、TL90,R52,RH8,FW46,FH8.2
位置:32°05′45″N 131°25′49″E

群中最大


52号
前方後円墳、TL55,R38,RH7,FW30,FH7



56号(水神塚古墳)
前方後円墳、TL49,R22,FH6,FW30,FH4

前方部の発達した非常に美しい墳形


百足塚から


58号(百足塚古墳)
前方後円墳、TL77,R35,RH5,FW45,FH6

発掘中、形象埴輪が大量出土


59号から、奥に48,52,56号が見えている


59号
前方後円墳、TL68,R38,RH5.6,FW40,FH6.6

一段上の段丘上に立地


68号
前方後円墳、TL57,R30,FW49



92号(大久保塚古墳)
前方後円墳、TL84,R47,RH6,FW46,FH5
位置:32°06′10″N 131°25′38″E





(見学記)

遺跡としての登録名は新田原古墳群だが現在各支群は独立して考えられ祇園原地区のはこの名で呼ばれている。前方後円墳14,方墳1,円墳138基、他に周溝だけ確認された円墳が36基あり規模の大きな古墳群で更に最近横穴古墳も発見されている(円墳群がのっている斜面の下に開口していた)。更にここも4グループに分かれているが北東側のグループに大型の前方後円墳が集中している。柄鏡型はなく前方部の発達した後期型が多い。どれも形よく保存されていてため息が出そう。平成10年から58号百足塚で発掘が行われていて周溝や大量の形象埴輪が出土している。宮崎県で埴輪が確認されている古墳は僅かに32基、その中で形象埴輪が出ているのは10基のみ。横穴石室があるそうだが盗掘を受けているらしいとのこと。外見上はとてもそのようには見えないが。ちょうど草刈りを行っていて専門家の方と話をしている内に発掘報告書を貰った、ラッキー。すぐ西側に56号水神塚古墳がある。まん丸い後円部、きゅっと締まったくびれ部、末広がりで三角形とも言って前方部と非常に美しい姿をしている。まるで復元したような墳丘で(他も対外はそうだが)今回一番のお気に入り。すぐ北側には1段段丘上にある59号がある。ここからは下位段丘上にある古墳群が一望できる。見学される方はここがお勧めです。
[ 2013年01月26日 10:42 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

千畑古墳

宮崎県西都市 2001年5月訪問

前方後円墳、TL60m
横穴式石室、全長9.2m,玄室長5.4,幅2.9,高2.8m
位置:32°08′12″N 131°24′17″E

石室正面、日向では珍しい横穴式石室


玄室


両袖式


(見学記)

千畑集落内東側、台地端の急傾斜地に立地している。遺跡としての登録は円墳だが実際は前方後円墳、しかし樹木に覆われて墳丘は殆ど視認できない。後円部に日向には珍しい横穴式石室が開口している。全長9.2m、玄室長5.4m、幅2.9mで割石巨石を使った両袖式、やや持ち送りがあり奥壁上部も内側に傾いている。国史跡。
[ 2013年01月26日 10:40 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

松本塚古墳

宮崎県西都市 2001年5月訪問

前方後円墳、TL104,R61,RH7.6,FW79,FH8
位置:32°05′55″N 131°22′37″E

台地直下の平地に立地、前方部が発達した墳形


西側に5基の円墳がある


(見学記)

全長104m、後円部径61m、前方部幅79mの前方後円墳です。台地直下の平地に立地し前方部の発達した美しい姿を横たえています。この地域の古墳によくあるように木一本生えていない。西側に5基の円墳があり古墳群を形成している。
[ 2013年01月26日 10:38 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

児屋根塚古墳

宮崎県西都市 2001年5月訪問

前方後円墳、TL110,R64,RH7.5,FW61,FH7.15C
位置:32°07′42″N 131°26′14″E

左手が後円部


茶臼原古墳群(前方後円墳2,円53基)、の中で突出して大型


(見学記)

全長110m、後円部径64m、前方部幅61mの前方後円墳です。台地上の畑の中に均整のとれた姿を見せている。前方後円墳2を含む全55基からなる茶臼原古墳群の主墳でこの周りにも幾つかの円墳がある。主墳だけが突出して大きく他は小型。
[ 2013年01月26日 10:35 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

常心塚古墳

宮崎県西都市 2001年5月訪問

方墳、L24,H3.3、外堤一辺40m
位置:32°04′09″N 131°19′44″E

墳丘西側、手前が外堤


墳丘北側外堤から、内側の周溝は狭い


(見学記)

一辺24m、高3.3mの方墳で周りを一辺40mの外堤が巡っている。共に良好に残っている。横穴式石室を持つが今は全く見ることは出来ない。古墳の名前はこの中に入って入滅した僧の名前からきている。広い畑の中にポツンとあるが孤立した存在ではなく三財古墳群中の1基だそうだ。国史跡。
[ 2013年01月26日 10:33 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

下北方古墳群

宮崎県宮崎市 2009年12月訪問

前方後円墳4、円墳12、地下式横穴墓4

1号
前方後円墳、TL68,R36.5,RH6,FW30,FH6
位置:31°56′20″N 131°24′54″E

ほぼ裸の状態の墳丘


住宅に取り囲まれているが状態はよい


前方部から後円部


後円部から前方部



2号
庭の築山となっている


3号
前方後円墳、TL66,R32,RH6.4,FW36,FH6.6

前方部隅から後円部


前方部から後円部


後円部から前方部


後円部正面


7号
9号北側、左手にももう1基


9号
墳丘良好


高さ4mくらいと背が高い


(見学記)

宮崎市下北方町、生目古墳群から大淀川を挟んだ東側丘陵上にある前方後円墳4,円墳12からなる古墳群です。1号(「前方後円墳集成」では6号)しか所在が分からなかったので取り敢えず行ってみたがすっかり住宅街になっていて道が狭く車を止める場所がないので近くのあまり長居できない場所に車を止めて歩いて捜索(結果的に1号脇に止められたかな)。1号は全長68mの前方後円墳で周りを住宅に取り囲まれているけどそこは宮崎県の古墳、状態は大変よく墳丘もほぼ裸の状態で後円部前方部ともほぼ同じくらいに規模の様子をよく観察できます。ここから北西100m程の場所に前方後円墳の3号(「前方後円墳集成」では5号)があります。1号とほぼ同規模でこちらも住宅に取り囲まれていますが墳丘良好、裸の状態です。1号から100mほど西の民家敷地内に2号がありますが築山と化しています。更に50mほど西に行くと9号があり背の高い墳丘が良好に残っています。この北側にも2基の墳丘があるが古墳犬がうるさくて近寄れず。北側の平和台公園にも最大の前方後円墳があるようですがパスしてしまった。県史跡。
[ 2013年01月26日 10:32 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

生目古墳群

宮崎県宮崎市 2009年12月訪問

前方後円墳8基、円墳25基、地下式横穴墓50基以上
前期~中期

立体模型


1号
前方後円墳、TL125,R75,RH12,FW40,FH7
位置:31°56′54″N 131°23′09″E

2号から見た後円部、右側が崖で一部崩壊


後円部から前方部、前方部端が撥状に広がるそうだ


前方部から後円部、丘陵頂を目一杯利用して構築


2号
円墳、R27

1号後円部に接して構築


1号から、左側が崖で崩壊


3号
前方後円墳、TL140,R80,RH11,FW40,FH5
位置:31°56′49″N 131°23′13″E

_1:前方部端、群中最大の前方後円墳


_2:左側に周溝と言うか土取りの跡


_3:前方部隅から後円部、非常に状態がよい


_4:後円部脇から前方部


_5:巨大な後円部


_6:前方部から後円部


_7:後円部から前方部


4号
円墳、R21
_1:3号側

5号
前方後円墳

墳丘復元、全面に葺石


前方部隅から後円部


奥の林が3号、3号と平行に構築


後円部側面


後円部正面、緩斜面に構築


上側に外堤、手前の穴は19号地下式横穴墓


19号地下式横穴墓
レプリカ、実物はこの下に埋戻し


横穴内部


7号
前方後円墳、TL48,R22,RH3.1,FW22,FH3

09年発掘中、左が後円部


葺石が見えている


斜面を掘りこんで墳丘下部を構築しているようだ


9号
円墳、R34

円墳の中では最大


11号
円墳、R10


12号
円墳、R12


13号
円墳、R11


14号
前方後円墳、TL63,R38,RH3.6,FW20,FH1.6

大きさの割に背の低い墳丘


前方部隅から後円部


前方部から後円部


後円部から前方部


15号
円墳、R11
_1

16号
円墳、R16


17号
円墳、R14


18号
円墳、R17


21号
前方後円墳、TL33

発掘の結果前方後円墳と判明、手前が前方部


周囲に地下式横穴墓があるそうだ、奥の林が22号


22号
前方後円墳、TL100,R61,RH9.6,FW35,FH4
位置:31°56′34″N 131°23′20″E

前方部隅から後円部、墳丘良好


後円部


後円部側から前方部


前方部から後円部


後円部から前方部


23号
前方後円墳、TL58,R30,RH4,FW10,FH2

良好に残る後円部


左側に前方部、後円部に比べて小さい


後円部から前方部


(見学記)

宮崎市跡江、平坦な丘陵上にある前方後円墳8,円墳25,地下式横穴墓50基以上からなる前中期の大古墳群です。公園化されたと聞いて行ってみましたが整備されていたのは麓の生目の杜遊古館と駐車場、一部の古墳と遊歩道くらいでまだ発掘中の古墳もありました。上が平坦で歩きやすく見学しやすいです(1,2号を除く)。上の駐車場の側で21号が発掘中、以前は円墳だと思われていたが発掘の結果前方後円墳と判明、群中最小の33mです。周溝内から地下式横穴墓も発見されているが見た感じでは全然分からない。このすぐ西側にも前方後円墳の22,23号があり非常に姿のいい形を残しています。遊歩道を北に行くとすぐ左手の前方後円墳の14号、これも姿がいいが全体に背が低い。ここも発掘されたのか一部ブルーシートがかかっていました。更に北に行くと丘陵中央部辺りに幾つか円墳が密集ここも発掘が行われていました。その中で9号が径34mあり一番大きな円墳みたい。そのすぐ北側に前方後円墳の7号がありここも発掘中、前方部に葺石が見えています。墳丘は斜面を掘りこんで下部を作っているようだ。このすぐ北側に最大の前方後円墳3号があります。全長140m復元墳丘かと思うような極めて良好な姿を残しています。西側に周溝というか土を掘った跡が段差になって残っています。3号東側に前方後円墳の5号、これは前方後円墳集成には載っておらず以前は前方後円墳と認識されていなかったのでしょうか。現在は葺石に覆われた墳丘を復元しています。ここも緩斜面で上側に周溝と外堤があります。3号との間を区画しているんでしょうか。外堤には19号地下式横穴墓があり現在は埋め戻されてレプリカが展示されています。地下式横穴墓はなかなかお目にかかれないからレプリカとはいえ貴重。更に北に降りていくとそちらにも駐車場があります。その北側に半独立丘陵がありその上に1,2号があります。ただし登る道はないので無理矢理登山、と言ってもそれ程困難ではありません。1号は古墳群の中で最初に造られた前方後円墳で全長125m、丘陵頂を目一杯利用して造られています。奈良の箸墓の1/2スケールで造られているそうで前方部端は撥型に広がっているそうだ。そう言われてみれば広がっているようなないような。後円部に接して円墳の2号がありこれも径27mと結構大きい。後円部と共に崖で少し削られているのが残念。この側の崖際にも盛り上がっているのが幾つかあるがこれは古墳ではないみたい。石室はないけれど良好な前方後円墳を堪能できる古墳群でした。国史跡。
[ 2013年01月26日 10:30 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

本庄古墳群

宮崎県国富町 2009年12月訪問

50数基残存、全て国史跡

分布図(説明板より)


13号(観音山塚古墳)
前方後円墳、TL73,R28,RH7.2,FW5,FH2
位置:31°59′06″N 131°19′57″E

町中心部に残る


後円部は大きな墳丘が残る


軽トラがいる辺りがくびれ部、切断、左側に低く細い前方部


15号(東銚子塚古墳)
前方後円墳、TL73,R35,RH5.3,FW12,FH1

後円部


右側が前方部だがはっきりしない


17号
駐車場の中に残る


18号(西銚子塚古墳)
前方後円墳、TL80,R38,RH5,FW3,FH1.8

樹木に覆われた墳丘


26号(25号?)
前方後円墳、TL60,R30,RH5.7,FW35,FH6
位置:31°59′03″N 131°19′49″E

西側から、手前が前方部


後円部


後円部から前方部


28号(前掘塚古墳)
前方後円墳、TL40,R20,RH5.6,FW30,FH5.8

西側から、前方部端が少し削られているかも


北側側面、左が後円部


29号(下長塚古墳)
前方後円墳、TL60,R30,RH6.8,FW33,FH6.6
位置:31°59′04″N 131°19′42″E

小学校校庭脇、右が後円部


前方部隅から後円部


前方部から後円部


後円部から前方部


30号
小学校校庭に保存


31号
割と大きな円墳


状態もよい


34号(義門寺山内塚古墳)
前方後円墳、TL57,R24,RH1.8,FW26,FH2.4
位置:31°59′08″N 131°19′33″E

墓地の中に細長い高まりが残るだけ


上もすっかり平らになっている


48号
前方後円墳、TL52,R25,RH4.7,FW15,FH2.7
位置:32°00′09″N 131°17′45″E

畑の中に裸の墳丘が良好に残る


墳丘側面


_1と反対側から


49号から


前方部から後円部


後円部から前方部


49号
48号北側、左奥に50号


大きさだけなら48号後円部より大きいかも


50号
49号から


てっきり前方部が削平された、前方後円墳かと思ってしまった


52号
49号から


大きさは5,6mくらい


53号


54号
小さな墳丘が残る、よく残ったな、残したな


48号付近全景
左50号、右49号、奥48号


西側からの遠景、右から53,48,49,54,50号


(見学記)

道路地図に載っていたので国史跡だし現地に行けば説明板くらいあるだろうと全然調べずに行ったのが失敗。現地に行くと確かに宮崎らしい状態のよい裸の状態の前方後円墳が1基(本庄48号)と中型円墳2基、他に小型円墳3基が畑の中にあったが説明板の類は一切無し。番号からしてこの程度じゃないだろうと思ったけど全く分からない状態で探す気にもなれず帰りに町の中心部を通っていたら大きな墳丘があったので慌てて側のコンビニに車を止めて見学したらここに説明板があった。分布図も載っていたけど町の中心部故車をゆっくり止めておくことも出来ず駆け足で前方後円墳を中心に見学。一度撮り始めると分布図のこともすっかり頭の中から消え去ってかなり見逃したな。それでも前方後円墳7基をはじめ幾つか見学できました。分布図があったのは13号で大きな後円部が残っているけどくびれ部が切断され前方部も小さく細長い。これが元々の状態だったかどうか不明。ちょうど神主さんが祝詞をあげていたので今でも信仰の対象になっているのかと思ったら墳丘上の樹木が大きくなりすぎて倒れる危険があるので切り倒すため安全を祈っていたとか。他に小学校にある28号が非常に状態がよく見学もしやすい。それにしても分布が町の中心部と重なっているけどよく保存されているもんだ。むしろ48号辺りは2km以上離れているけど同じ古墳群としていいのかな。国史跡。
[ 2013年01月26日 10:24 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)
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