瓢塚古墳

佐賀県唐津市(旧呼子町)2014年3月訪問

前方後円墳、TL18.5
位置:33°33′43″N 129°53′09″E

小さな島の中にある前方後円墳、牛の放牧場の中にある


左が前方部でしょうか、何とか形がわかる


一応墳丘は鉄条網で囲まれているけど見学は危険


前方部から後円部


後円部から前方部


横穴石室だそうでこれは天井石でしょうか、くびれ部にあるので動かされているかも


見学記
唐津市呼子町加部島、島北部海に面した高台に立地した前方後円墳で全長18.5mと随分小型です。横穴式石室があるそうですが埋め戻されているようです。県内で島にある前方後円墳はここと小島古墳だけだそうですがもともと小さな島に前方後円墳がある事自体珍しい。現在は灯台南側の牛の放牧地内にあります。地元の方に場所を聞いた時中に入ってもいいよと言われたので入って行きましたが牛が近寄ったりして落ち着いて見学できなかった、ある意味日本一見学が危険な古墳かも(笑)。石室は見られないし裸の状態なので柵外からでも十分かな。数台分の駐車場あり。県史跡。
[ 2015年03月19日 08:01 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

夏崎古墳

佐賀県伊万里市 2014年3月訪問

墳形不明、5C末~6C初
横穴式石室、玄室長2.1,幅1.9,高1.9m
位置:33°16′47″N 129°51′24″E

殆ど基壇しか残ってないような墳丘


上にかろうじて玄室を覆う程度の墳丘が残る


南西に開口、羨道は基部しか残っていない


板状閉塞石が二つに割れて倒れている、袖石に嵌めこむ溝が彫られているようだ


玄室完存、大型石材を据え上に平石小口積み、唐津市樋の口古墳で同様の構造が見られる


〃縦位置、持ち送りはそれ程なく天井は広い


奥から外、板状袖石を立てた両袖式、下が写っていないが床面が一段下がる


奥から左方向


〃右方向


玄室左側に屍床


薄い板石で区切っているだけ、側壁下部の石材も厚みは薄そうだ


見学記
伊万里市東山代町日尾、海岸堤防沿いの道路から見えています。現状では低い土壇状の高まりの上に小さな墳丘が乗っかっている状況で元の墳形は不明です。南西に開口する石室、羨道は基部しか残っていませんが玄室完存、玄門は板石を立てた両袖式手前には半分に折れた閉塞石も残っています。玄室は床面が一段下がり長2.1m幅1.9m高1.9m左側に板石で区画された屍床があります。壁面は基部に大型石材(多分薄い板石)を据え平石を小口積み、天井も薄い板石を架けています。九州ではあまり見かけない構造ですが近くの唐津市樋の口古墳が同様の形式です。すぐ側の道路に駐車スペース有り。市史跡。
[ 2015年03月19日 08:00 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

小島古墳

佐賀県伊万里市 2014年3月訪問

前方後円墳、TL40,R22,RH5.2,FW25、6C後半
横穴式石室、羨道長6.5m、玄室高3.8m
位置:33°19′09″N 129°49′00″E

前方部端、丘陵頂部に位置し墳丘良好、小さな島に前方後円墳がある事自体珍しい


前方部から後円部


後円部から前方部


後円部南向きに石室開口、墳丘が削られ羨道上部も壊失しているようだ


長い羨道、後部がよく残る、持ち送りがあリ背の高い羨道、玄室ならともかく羨道では珍しい構造


玄室も良好に残る、基部に大型石材を据え上部は小口積み、近くの夏崎古墳と似ているといえば似ている


玄室上部、持ち送りが強いドーム状


狭い天井、一部欠損


奥から外、袖石を立てた両袖式


〃縦位置


奥から左側、袖石は板状


〃右側、こちらの袖石は切石状


羨道奥から


陪墳
前方部下方にある


古墳でしょうか


見学記
伊万里市山代町久原、かっては文字通り伊万里湾に浮かぶ小島でしたが今は陸続き国道204号から久原大踏切を渡ると案内表示が出ています。丘陵頂部に築かれた全長43mの前方後円墳で墳丘も良好に残っています。後円部南南東に石室開口こちらも極めて良好です。幅の狭い羨道ですが左はほぼ直線なのに右は手前がやや広がり玄門辺りも幅が広くなっています。意図的なのかそれとも工事が雑だったのか。玄室は背の高いドーム状天井石は2枚のようですが1枚抜かれています。基部に大型石材を据え(でも多分薄い)上部を小口積みにしています。玄門は袖石を立てた両袖式。これだけの石材をどこから運んだかと思ったけど海岸に露出している岩盤を見ると島自体が岩山のようで石材も島内で調達できたかな。前方部下方に大きな盛り土があるけど陪墳でしょうか。全体が公園になっていて駐車場あり。県史跡。
[ 2015年03月12日 09:57 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

坂口古墳石棺

佐賀県伊万里市 2014年3月訪問

箱式石棺、長1.58,幅0.62-0.48,高0.6m
位置:33°16′26″N 129°52′55″E

城山公園内に移築


蓋石側板小口板も板石に加工された石材


手前が頭部側、幅が少し広くなっている


石棺内部


見学記
伊万里市松島町、城山公園に移築された箱式石棺です。板石で構成され長さは1.58m頭部の方がやや幅広くなっています。そちら側に装飾用の扁平な石が並べられていたそうな。公園には駐車場がありません、ナビの指示通りに走ったら上の方まで入って行きましたがそこで作業していた人の話によると一般車は本来入ってはいけないそうな(汗)。市文化財。
[ 2015年03月12日 09:57 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

鎮西山南麓古墳群

佐賀県上峰町 2014年3月訪問

横穴石室多数も良好なのは多分1基のみ(番号は仮)

1号
横穴式石室、玄室長1.7,幅1.5
位置:33°21′21″N 130°25′17″E

植え込みに囲まれているが道路脇で直ぐ分かる


石室正面、狭い開口部


短い羨道、玄門には構造らしきものがない


玄室は小型で玄門からでも殆ど奥壁しか撮れない


〃縦位置、小型ながら一応ドーム状


奥から外、両袖式、袖石は殆ど置いているだけ


2号
僅かな高まりに石材露出


奥の方が何とか残る


奥壁


3号
墳丘は割と残る


開口部、内部は埋没


4号
はっきりとした墳丘が残る


開口部


多少埋没するも石室は良好のようだ


5号
基部だけ残った石室


右が入口側でしょうか


6号
石室だなと思う程度


7号
ここも基部だけ残る


8号
基部だけ、左が羨道右が玄室か


奥壁


9号
畑段差部分に露出、袖石でしょうね、大きさからして1号より規模が大きそう、側壁も一部残る


見学記
上峰町堤、船石遺跡から県道46号を北上、高速下を潜ると鎮西山公園の案内があるのでそれに従って行きます。途中に駐車場更に行くと登山口駐車場更に車で入っていくと左側にやや開けた場所がありそこに4基の古墳があります。植え込みに囲まれているのがあり小型石室が残っています。玄室は長1.7幅1.5m程、両袖式ですがまぐさ石はなく羨道天井が一段下がっています。石室に入れるのはこれだけ、すぐ上に上部を失った石室露出更にその上に2基ありますが隙間から覗ける程度です。登山口駐車場に戻って西側の竹林の中に4基並んでいますがどれも石室がかなり破壊されています。更にその手前水田段差部に石材露出、柱状の石と大型石材が見えていますが石室のどの辺りなのかな。
山を超えて下った麓に奥の院古墳群があるそうですがあまり状態は良くないようなのでパス。
[ 2015年03月05日 08:00 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

東尾大塚古墳

佐賀県みやき町(旧北茂安町)2014年3月訪問

円墳、R24-25,H4.3、5C中~後半
横穴式石室
位置:33°19′44″N 130°27′29″E

南北に伸びる低平な丘陵上に立地


大きさの割に背の低い墳丘、上に桜の古木


北西側に小石室がある(石碑足元辺り)


玄室天井部露出、短い羨道があるが埋まっているようだ


ほぼ方形の玄室、小型ながら奥壁1枚石、奥壁手前に石材がある


左側壁はほぼ1枚石


右側壁も1枚石、石室自体が小さいので見た目程巨石ではない


見学記
みやき町東尾、北茂安中学校南西300m辺り、やっと見つけた東尾大塚、場所が分かりづらい上に道も狭く古墳近くは未舗装の道路です。背振山山系から南に伸びた低い台地上に立地、墳丘も良好に残っていて現状径24m高4.3m。墳丘西側に偏った辺りに只字式石室(説明板のママ)、言わんとすることは分かるけどあまり使われないような語句は使ってほしくないな。北西に開口していて石室自体もかなり小型奥壁や側壁は積み重ねがなく1枚仕様です。説明板によれば三角縁倣製鏡(神獣鏡とは書いていない)や短甲等が出ているそうで(多分この石室ではないだろ)5世紀の古墳だろうけど石室自体は7世紀仕様な様相、石室の位置自体も中心から大きくずれていることを考えると古い墳丘を再利用して新しい石室を造った可能性は考えられないかな。奈良のホケノ山古墳でもそういう例があるしね。一応古墳側まで入っていける。町史跡。
[ 2015年02月26日 08:01 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

船石遺跡

佐賀県上峰町 2014年3月訪問

古墳2、支石墓2

古墳1
横穴式石室
位置:33°20′20″N 130°25′43″E

神社境内にある、遺跡自体は低い舌状地形の先端にある


石碑の土台や左の石も石室石材のようだ、奥に船石


墳丘背後


僅かに石材露出


隙間から撮影するもかなり困難、切石石室でしょうか


古墳2
社殿脇に天井石が残る、鼻血石と呼ばれている


支石墓1
船石と呼ばれている巨石


まさしく船の形


下部に支えている石もある


支石墓2
_1:古墳1の墳丘にあり亀石と呼ばれている


見学記
上峰町堤、佐賀東部中核工業団地東方にある船石神社境内にある支石墓2古墳2からなる遺跡です。いかにも舌状台地の先端といった場所です。境内に巨石が有りそれぞれ亀石船石鼻血石と呼ばれていますが亀石船石が支石墓です。特に船石はいかにも船といった格好ですこぶるつきの巨石下には支石も残っています。亀石は大分小さく古墳の墳丘に寄り掛かるような状態ですが動かされているのかな、あの位置では墳丘に取り込まれてしまうよね。社殿脇にあるのが鼻血石で石室天井石だそうです。はっきりした高まりがあるのが古墳で背後で一部側壁が露出しています。内部を覗くも隙間が狭くて狭くてよく分からないけど巨石を使った新しい感じの石室です。床面にプラスチック波板が敷かれているけどかっては中に入れたのかな、今はそれらしい開口部は全く見当たらないんですけどね。県史跡。
[ 2015年02月26日 08:00 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

城山古墳群

佐賀県神埼市(旧神埼町)2014年3月訪問

3基残存(番号は仮)

1号
複室石室、前室長1.8,幅1.8m、後室長2.2,幅2.2m(測定値)
位置:33°20′09″N 130°21′28″E

墓地の奥にあるが樹木に覆われて分かりにくい


横から見ると割と墳丘が残る


石室前で羨道天井石がずり落ちている


開口部、複室でここは前室玄門


前室(縦位置)


後室、あまり奥行きはない、奥壁基部に巨石を据える


〃縦位置、ドーム状それ程高くはない


狭い天井、天井石は1枚


奥から外、袖石を立てた両袖式


前室奥から、袖石が後室のより不揃い


墓地にあった石材、石室の石材でしょうか、円文(画像右下に拡大)があるけどさてどうでしょう


2号
天井部が露出した石室、かなり破壊


石室内部、左が奥壁かな


3号
お寺の背後にある


上部を失った石室露出、石材は大型


見学記
神埼市神埼町城原、日の隈公園北方にある種福寺周辺にあり3基見学可能ですが良好なのは1基のみです。寺西側に墓地がありその中にあるのが1号(数字は全て仮)、南に開口する複室石室ですが羨道は壊失天井石が倒れている(墓地内にも天井石らしきものあり)。前室後室は完存、前室は1.8m四方と結構大きい。後室はそれより一回り大きい程度の2.2m四方、奥壁は2段積み天井はそれ程高くはないがドーム状天井石は1枚です。内部に畳藁がしかれているのが残念。墓地の中に石室石材かなと思われるのが立てられていて線刻円文がありました。古墳時代のものかどうかは不明ですがこの円文しかないというのがいかにも怪しい、でも単純な線刻だと時代判定が殆ど不可能ですね。その東側に2号、石室後部が露出内部も前部は埋没後部が僅かに見える程度です。寺背後の斜面にあるのが3号、天井を失った石室後部が残存していますがかなりの巨石です。石の祠が2基置かれています。寺駐車場あり。
墓地はかなり古いようで江戸初期の年号が入った墓石も有りました。時代とともに墓石の形も変遷しているのがわかって墓石ファン(いるのかな、いるだろうな)には面白いかもね。
[ 2015年02月19日 08:00 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

伊勢塚古墳

佐賀県神埼市(旧神埼町)2002年4月訪問、14年3月再訪

前方後円墳、TL78,R36,RH7,FW28、6C中
装飾横穴石室、全長16.7m,玄室長3.8,幅3.2,高4m
位置:33°20′36″N 130°23′00″E

(14年)
一見二段築成の円墳に見えるが後円部


長い羨道、左右の側壁は巨石、多分薄いのだろう左側壁が少しせり出している


背の高い玄室、奥壁は基部に鏡石を据える


狭い天井、天井石は1枚


奥から外、袖石を立てた両袖式、まぐさ石はそのまま羨道天井石になっている


袖部左側、袖石は薄い板石のようだ、側壁基部の石がすこぶる巨石、奥壁鏡石よりずっと大きい


反対側、こちらの袖石も板状だが大分厚い、こちらの側壁基部も巨石


羨道奥から


(02年)
後円部西側、かなり削られている


石室正面、羨道途中に柵がある


羨道、玄門


背の高い玄室、赤い円文があるそうだが全く分からない


奥から外


墳丘図(説明板より)、くびれ部が県道で切断されている


(見学記)

県道31号を西に行って東背振村から神埼町に入ってすぐ右側に大きな墳丘が見えてきます。これだこれだと思い墳丘を越えていったら何のことはない西側に入り口があった。円墳が良好に残っているなと思ったけど説明板によれば全長78mの前方後円墳でくびれ部が県道で切断されているとのこと、二度びっくり。西向きに石室が開口、墳丘が削られているので羨道も少しは短くなっているかもしれないがそれでも割と良好に残っています。羨道も立って歩けるほどの大きさ、途中に柵がありますが玄室には内部照明がついています。奥壁に赤い円文があるそうだが全く確認できなかった。帰り際に県道の反対側に行ってみると前方部の端が確かに残っていました。説明がないとここが古墳だとは全く分からなかったでしょうが。県史跡。
[ 2015年02月19日 07:50 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)

男女山古墳群

佐賀県佐賀市(旧大和町)2014年3月訪問

100基以上、実質残存1基だけか

複室横穴式石室
位置:33°18′52″N 130°14′02″E

遠望、右手石碑の立っているのが古墳


背後から見た墳丘、石碑(天皇関連)があったから助かったか、あるいはその逆か


羨道天井石がずれ落ちている


開口部正面、前が急傾斜で下がれない


羨道後部が残る、その奥に前室後室


巨石鏡石を据えた奥壁


〃縦位置、最上部が抜けているので明るい


奥から外、両袖式、左袖石のほうが大きい


板状の袖石、上の石を側壁に食い込ませている


反対側も同様


前室奥から


前室側壁、基部に大型石材、その上の積み方は粗い


反対側も同様、左上の石だけ随分異質


露出した天井石


隙間から見た後室内部


見学記
佐賀市大和町大字久留間、丘陵中腹にある男女山神社周辺に100基以上有りましたが果樹園開梱などで殆ど消滅、現在見学可能なのは神社前にある1基のみです。墳丘の上に石碑が立っていて南側に開口、複室石室ですが羨道は殆ど壊失ですが前室後室はよく残っています。前室は結構横幅がある。後室石材はかなりの巨石奥壁も下部に巨石を据えています。玄門は板状の石を立てた両袖式。ここも奥壁に隙間があって内部は明るく見学しやすい。神社に駐車場あり。
[ 2015年02月12日 08:01 ] カテゴリ:佐賀県 | TB(-) | CM(0)
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