梅木平古墳

広島県三原市(旧本郷町)1988年4月訪問、2015年4月再訪

墳形不明、7C初頭
横穴式石室、全長12.8m,玄室長7,幅3,高4.2m
位置:34°24′18″N 132°58′09″E

(2015年)
下から見た様子、お堂の下に墳丘


28年ぶり、初心者の頃でもここは真っ先に訪問


開口部、前が急斜面なので正面から撮れない


長く大きな羨道あるいは前室、説明板には特に複室とは書かれていない


袖石を建てた玄門、まぐさ石も一段下がる


巨大な玄室、広島県では最大級、左側壁が孕んできているが28年前のと比較するとそれ程変化はないような


〃縦位置、背も大変高い


奥壁は3段積み、左に詰石があるので捻れたような印象を受ける


左側壁、石材は意外と薄いかも


右側壁、4段積みで各石材の高さが揃ってる


奥から外、両袖式、まぐさ石も2段


〃縦位置


天井(ストロボ無し)


前室奥から、羨道にしては袖石やまぐさ石があるな


〃(ストロボ無し)


西側から見ると多少墳丘が分かる


2号
麓民家敷地内に2号があるそうですがこれでしょうか、見学するのは難しそう


(1988年)
分かり難いが左側に開口している、県内で最大規模の石室


羨道、前室、板石を突き出して区画している


玄室


奥から外、複室構造が分かる


奥から前室、入り口の天井石が一段下がる


(見学記)
(2015年)
実に27年振りの訪問、石室も周りの環境も殆ど変わりないですが改めて石室の巨大さを堪能してきました。以前は複室席室の可能性が言われていましたが説明板にはそれには全く言及されておらず実際前室というには大きすぎるので普通の単室石室でしょうね。内部に照明施設がありこういうのは故障しているのが多いのですがここのは大丈夫でした。入り口が大きいので無くても全く問題ないのですがストロボ無しで写真撮影するのに役立ちました。他に音声案内もあります。再訪した理由は「探訪・広島県の考古学」に2号墳が載っていたこと。下の方の民家敷地内にあるそうですがそこはお屋敷風の建物で訪問は憚られる。西端に墳丘らしきものがありましたが墳丘にしてはちときれいすぎるかな。半壊した石室があるそうですが見学は無理っぽいです。梅木平古墳東側の神社前に駐車可。県史跡。

(1988年)
本郷町役場西方約2km、丘陵南側麓近くの斜面に位置する横穴石室墳です。本郷中学校の北東に山王社の鳥居がありそこから西側に石室が見えています。墳丘は斜面が多少突き出ている程度でかなり変形していますが石室は良好,県内最大級の石室です。現存長13.25m、玄室長6.3m、幅3m、高4.2mと畿内の石室にも匹敵する大きさで中に入るとその大きさが実感でき,これくらい背が高いとさすがに奥壁も3段積みです。玄室羨道幅がほぼ同じで袖石を突き出させた両袖式の玄室ですが石室入り口部分にも袖があって複室構造とも考えられています。石棺はありませんが当然あってもおかしくない規模です。県史跡。
[ 2017年02月09日 18:53 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

すべり石古墳

広島県福山市 1998年4月訪問、2015年4月再訪

円墳、R13、6C後半
横穴式石室、全長9.5m,玄室長5.5,幅2.5,高2m
位置:34°28′22″N 133°18′19″E

(2015年)
丘陵中腹に立地


石室正面、羨道前部はかなり破壊、98年当時と比べると左側にあった岩が転がり落ちている


羨道奥は残る、まぐさ石はなさそうに見える、玄室にはかなり土砂が流入


巨石で構成された玄室


石棺でしょうか、蓋石それとも底石、ピンホールカメラのように自分自身の影が映る、邪魔なんですけどね


奥壁はほぼ巨石1枚石、右側壁が少し前に出ている、築造当時からなのかな


天井石は2枚、手前のが特に巨石


奥から外、袖石を立てた右片袖式、奥から見るとまぐさ石はハッキリ


奥から左、一部側壁が抜けているようだ


奥から右、隙間がかなりある


(1998年)
石室開口部、南に平野を望む丘の中腹に立地、現地の標柱ではすべり岩古墳となっている


巨石を使った玄室、積み方はやや粗い感じ、近くに石切場があり現在も巨石がごろごろしている


右片袖式


(見学記)
(2015年)
山中東古墳群を訪問した序に再訪してみました。前の見学記では赤坂遊園なんて書いてますがそんなもの何処にあったかな、な状態。県道378号沿いの石材店の所に案内表示がありそこから山道を10分程です。途中所々にも案内があり迷うこと無く行くことが出来ますが10分ではちときついかな。石室自体は特に変わりないですが98年当時の写真と比べると正面左側の羨道側壁が落下して入口前に転がっています。地震のせいなのか、でもここ20年で広島県内でそんなに揺れた地震があったかな。ここで一番疑問だったのはすべり岩かすべり石かの表記の問題、どうやらすべり岩と書いて”すべりいし”と読ませるようで説明板にルビがふっていました。これで長年の疑問解決、再訪した甲斐があった(笑)。混乱しているのは私だけではないようで途中の案内板もすべり岩だったりすべり石だったりしています。入り口西側のゴミステーションにごみ収集後なら駐車可。県史跡。

(1998年)
備後赤坂駅北東500mの丘陵上にある古墳です。赤坂遊園(閉鎖中)西側から墓地に至る山道がありそこを過ぎると採石場跡巨石がごろごろしていて如何にも石室がある雰囲気,その先に古墳入口の標柱がありそこから急な山道を登っていくと古墳にたどり着きます。墳丘もある程度残っていて南側に石室が開口,玄室羨道共良く残っていて全長9.5m玄室長5.5mと大きなもので巨石を使った片袖式,玄室天井の石は長さ4mはあろうかという巨大なもの,また袖部は石柱のような石が立てられていて袖を明確にしています。登るのはきついですがこれだけはっきりした道があれば楽々,眺めが大変いいので例によってここで昼食。 市史跡。なお「本」では「すべり石1号」となっています,現地の標柱は「すべり岩」。
[ 2017年02月09日 18:51 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

イコーカ山古墳

広島県福山市 2015年4月訪問

円墳
位置:34°28′12″N 133°18′33″E
すべり岩古墳からの眺め


割と大きな円墳のよう


見学記
備後赤坂駅北東にある古墳で市の史跡になっているせいでしょうか地図にも載ってますがわざわざ行くほどのものでもないのですべり岩古墳からの遠望に留める、これで十分。割と大きな円墳のようですけどね。
[ 2017年02月09日 18:49 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

山中東古墳群

広島県福山市2015年4月訪問

2基

1号
横穴式石室
位置:34°27′45″N 133°17′37″E
墓地に登る道に石室開口


正面から、羨道は右側僅かしか残っていない


玄室は完存、とは言え明らかに右に歪んでいる


天井石は巨大な1枚石


ほぼ真四角な鏡石、他は平石


奥から外、袖石を立てた両袖式


奥から左、入り口下部の石が上から押されて傾いている


奥から右、左に比べて石材が小型


2号
1号近く、表示版がないと分からない状態


正面は天井石、左は側壁でしょうか


見学記
福山市神村町、赤坂町との境界近くの墓地内にある2基からなる古墳群です。2年前古墳関連のローカルニュースで説明板が整備されたのを知り探していましたが神村町以外は全く分からず場所が不明でしたがやっと分かって訪問してみました。県道54号と378号が交差する場所から東に50m民家の間の細い道を登っていきます(止まれの足跡マークがあるのが目印)。案内があるかと思ったが全くなし。1号は羨道壊失も玄室完存、南向きに開口する右片袖式、奥壁はほぼ真四角な鏡石を据え左と上に小型石材を積んでいます。石室全体が下方側に傾いていて右側壁は下部が腰折れ状態です。2号はすぐ東側にありますが標柱が立っていないと石室とも分からない状態です。県道378号は狭くて駐車無理、近くのコンビニに停めて見学しました。
[ 2017年02月02日 06:57 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

向田古墳群

広島県福山市(旧新市町)2015年4月訪問

2基

1号
横穴式石室、全長4.1m、玄室幅1.1,高1.0m
位置:34°35′33″N 133°15′06″E
ほぼ石室が露出


横から、申し訳程度に土が残る


石室正面


こんな状態にかかわらず内部は意外と良好


奥壁は一部抜かれてかなり危うい状態


奥から外、無袖式


奥壁外側から、内側からのと比較すると重ね具合がよく分かる


2号
すっかり裸の状態、石材見られず


ギリギリまで削られている、左後方に見えているのが1号


見学記
常権現古墳群南側にある2基からなる古墳群でこれも案内が出ています。民家脇にあるのが1号で細長い石室がほぼ露出、内部もそれ程埋まっておらず良好ですが奥壁にも隙間がありわざわざ入るほどではありません。すぐ側に2号の墳丘、完全裸の状態ですが石材が僅かに露出している程度です。ちなみに読みは”むかぁーだ”です。
[ 2017年02月02日 06:56 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

常権現古墳群

広島県福山市(旧新市町)1996年4月訪問、2015年4月再訪

13基

(2015年)

(全部ではないですが見学路が出来たので見学順に並べています)
分布図(説明板より)見学路は3,12,4-8号沿い


1号
円墳、R11,H5
横穴式石室、玄室長5.8,幅1.8,高2.3m
位置:34°35′40″N 133°15′12″E
墳丘背後から、丸い墳丘


横から、斜面に立地している様子が分かる


石室正面、前面が削られている


石室前上部が壊失も概ね良好、全国唯一メジャー付きの石室


巨石石室、背が高いと一層大きく感じる


奥から外、側壁もほぼ垂直に立ち上がる


奥から左側


奥から右側、隙間の小石もよく残る


13号
_1:良好に残る墳丘、石室見られず


2号
道路脇に案内板、古墳はフェンスに囲まれた場所


さすがにこれでは案内がないと分からない


石垣に開口、石室奥しか残っていない


鏡石らしい形の奥壁


3号
僅かな高まりがあるだけ、見学路は矢印で示されている


小さな天井石が露出、左右に側壁が見えている


内部は殆ど埋没、奥壁が僅かに見えているかな


調査中その1
石室かどうか微妙


12号
標柱がないとわからないような状態


手前が石室先端辺り


天井石らしい加工された平石


左が奥壁、右が側壁


左側側壁


4号
標柱の奥に天井石露出


左が石室先端でしょうか


6号
本格的な石室露出


でも石室内部は埋没、羨道先端まで残っているようだ


天井石も1枚抜けているかな


重量感のある天井石


7号
石室天井石が露出


斜め前から、2,3番目は動かされているようだ


何とか奥壁が見えている、2段積みかな


8号
急斜面に立地


天井石露出、隙間あり


右が側壁、天井はずり落ちかけている


調査中その2
これは石垣の可能性が高いかな


5号
6号に似た本格的石室


やはり状態はあまり良くなく


内部に土砂流入


中間の天井石壊失


玄室奥、ほぼ埋まり奥壁は見えず


9号
横穴式石室、残存長1.9,幅1,高1.1m
位置:34°35′38″N 133°15′03″E
見学路を外れて道路沿い、石垣に開口


これも石室後部しか残っていない


ほぼ1枚石の奥壁、側壁は平石形


10号
右が10号、左が11号、9号から20mくらいしか離れていないが前に竹林があって見えなかったんだろうな


石室内部に大きな木が生えている


横から


石室内部は埋没


天井石は最後部1枚しか残っていない


11号
石室正面、こちらも前部はかなり破壊


こちらも半ば埋まる


何とか奥壁が見えている


一応鏡石らしい形の奥壁


(1996年)
1号
円墳、R11,H5
横穴式石室、玄室長5.8,幅1.8,高2.3m
位置:34°35′40″N 133°15′12″E

墳丘背後から


石室正面、前面がすっかり壊失


背の高い玄室


9号
横穴式石室、残存長1.9,幅1,高1.1m
位置:34°35′38″N 133°15′03″E

玄室後部がかろうじて残っている


玄室内部


(見学記)
(2015年)
新市町大字常、案内が整備されたというので再訪してみました。こんな山の上だったかなというのが初めの印象。県道26号から入って行きましたが途中の道が狭く苦労しました。上の方はそれ程でもないんですけどね。金毘羅神社前に説明板と分布図があり分布図を載せた用紙もありますがこれらが必要ないほど案内が充実しています。まずはメインの1号を見学、墳丘背後はよく残っていますが前部が削られ石室も前部は壊失しているんでしょうね。その分石室の背の高さが強調されています。大きさを示すため石室前や床面に物指が置かれています。整備された石室は多く見てきましたが物指が置かれているのは初めてかな。奥壁はほぼ巨石1枚石です。他の古墳に比べて1号だけが墳丘石室とも突出した規模です。少し奥に入った所に13号、この古墳群の中では一番良好に墳丘が残っていますが石室は全く見られません。神社に戻って東側民家の前に2号があります。石室後部が残っているだけ。普通ならこういう民家敷地内は入って行きにくいのですがちゃんと見学路が整備されています。この北側に3,12号、神社西側に4-8号がありますが林の中で見学路は整備されていますが石室が露出するも内部は埋まるなど状態のいいのはありません。神社前の道路を西に200m程行くと9号、石垣の中に開口していて石室後部が残存。更に西側竹林の中に10,11号があります。竹林が伐採されて見学しやすくなっています。どちらも殆ど石室露出、10号は天井石を殆ど失った石室で内部埋没、11号は小型ながら比較的状態がよく内部は多少埋まるも奥壁まで見えています。前回訪問の時注意していればこれは発見できたかなと思ってしまった。古墳群が見学しやすいよう整備されるのはよくありますがここまで充実しているのはそうそうありません。関係者各位に感謝感謝です。神社前に駐車可。

(1996年)
神社脇に分布図があって13基の古墳が見えていますが,容易に見られるのは1,9号だけです。1号は民家の裏にあって墳丘前部は削られていますが玄室および背後の墳丘はよく残っています。石室は奥壁,天井石に巨石を使い長さ5.8mあります。9号はため池北側林の中にあって,小型の石室のみが残っています。
[ 2017年01月26日 18:59 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

ヤブ口古墳

広島県福山市(旧駅家町)2015年4月訪問

横穴式石室、全長6.2m、玄室幅1.53-1.8,高1.65m
位置:34°33′50″N 133°17′47″E
産廃処理場一角林の中にある


林の中に入るとすぐ石室に出会う


墳丘殆ど流失、石室前部露出


石室正面、背後が崖でこれ以上下がれない


終末期石室、側壁石材はほぼサイズが揃う


ストロボ撮影


奥壁はほぼ1枚石、側壁とほぼ同大


奥から外、無袖式、天井石が外に向かってやや高くなっているそうだ


奥から左


奥から右



見学記
駅家町大字新山、大佐山古墳群の北側に単独で存在する古墳です。南側からしか行く道はなさそうですがナビが南側の集落までしか案内してくれない。集落内の道も狭いし南側の老人集会所辺りに車を止めて歩いて偵察してみましたが集落北端の神社から先は道が広そう、でも更に歩いて溜池まで行って今更引き返すのも面倒だし結局歩いて訪問2kmも歩いてしまいました。しかも本に載っていた地図だと山道すぐ脇のようなので行けば分かるだろうと安易に考えたのが失敗、現地は産廃処理場になっていてすっかり様子が変わっている。取りあえずは奥の尾根筋を捜索、すぐ破壊されたような石室っぽいのがあったがさすがにこれじゃない、痕跡道もあったのでたどってみたが石室見つからず。諦めて帰ろうかなと思いましたがもう一ヶ所の尾根を探そうと近づいてみたら人が入ったような痕跡がある、これはと思って入って行ったら案の定石室がありました。南に開口した細長い石室無袖式かな、奥壁は1枚石、左右側壁も上に重ね石が殆ど無い1枚石を並べられています。切り石状石室だそうです。産廃が本格的に稼働し始めると見学困難になるのでしょうか。産廃入り口まで車で通行可。
途中に大佐山古墳群に登っていく道があります。今まで大佐山には2度歩いて行っているけどこんなとこに車で通れる道があったのか。これではナビでもないと(あっても)分かるわけないな。もう行くことはないだろうけど今頃見つかってもな。
[ 2017年01月19日 19:15 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

大迫金環塚古墳

広島県福山市(旧駅家町)1988年4月訪問、2015年4月再訪

墳形不明
石室長12,玄室長5.6,幅2.5,高2.7m
位置:34°33′48″N 133°18′54″E

(2016年)
石垣と化した横穴石室、説明板は大迫古墳となっている


石室正面


長大な石室は良好に残る


左右に袖があるのがわかる、羨道天井も一段下がっている


巨石を使った玄室


奥壁はほぼ1枚石


奥から外、両袖式、まぐさ石の屋根型模様は偶然かな


奥から左


奥から右、隙間にセメントが入れられているのは致し方ないか


羨道奥から


(1988年)
墳丘消滅、石室が石垣の一部と化す


切石の巨石を使った玄室


奥から外、両袖式、見事な石組み


(見学記)
(2015年)
駅家町大字新山、若宮神社西側50mの距離にあり案内表示も出ています。これも序に再訪、石垣の中に開口している石室は時々ありますがこれ程長大なのはそうそうないでしょうね。巨石で構成された石室、側壁側が露出しているので内側石組みの隙間がセメントで補強しているのはいたしかたないですね。地下水が滲み出してくるのか床面は何時もジメジメしています(2回しか行ってないけど)。まぐさ石に屋根型のような模様があるけど単なる汚れなのか溝があったのか今回も確認してないな。

(1988年)
横穴式石室のみが残存し,側壁は畑の石垣の一部となっています。巨石を使った石室は全長約11m、玄室長5.6m、幅2.5m、高さ2.7mと大きなものです。
[ 2017年01月19日 19:13 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

刈山古墳群

広島県福山市(旧駅家町)2015年4月訪問

3基、残存1基のみ

1号
横穴式石室
位置:34°33′28″N 133°18′54″E
小さな谷に面した斜面に立地、石室完全露出


石室正面


石室後部しか残っていない


こちらから見ると2枚の天井石の形状が随分違う


斜め後方から


石室内部殆ど埋没、掃除する気にもなれない


見学記
駅家町大字新山、服部大池西側を通る道路に案内板がありそこを西に曲がって次の急カーブの所に小さな案内板があります。そこから小道を100m程行くと畑があり奥の斜面に古墳があります。墳丘流失石室ほぼ露出、内部もかなり埋まっていて奥壁が僅かに見えている程度です。他にも2基あったそうで古墳群を形成していますが残存は1号だけかな。2番目の案内板の所に駐車可。
[ 2017年01月19日 19:11 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)

安光古墳群

広島県福山市(旧神辺町)2015年4月訪問

7基?(1号以外番号仮称)

1号
横穴式石室、全長7.4m、玄室幅2,高2m
位置:34°34′10″N 133°21′53″E
墓地手前の斜面上に開口、これが最初に出会う


石室正面、羨道上部を失う


玄室完存、天井石に大きなヒビ、石仏2体が祀られている


奥壁は不定形だが鏡石らしい巨石


奥から外、左片袖ははっきりしているが右は不明、右上側に江戸時代の文字が彫られている


奥から左、大中小と3段積み


奥から右、前に角柱


佐賀の石室でこのようなのがありましたがこれはどうなんでしょう


2号
天井石が露出


玄室後部残存、奥壁3段積み


奥壁左側


3号
小さな墓地の背後に開口


小型の石室


小さな奥壁、浮き彫りのようなのがあるのが風変わり


4号
細長い石室、後部は天井が倒れている


右側が袖石なんでしょうか


5号
石室後部残存


正面から、奥壁2段積み


斜め上部から、小型ながら本格的な石積み


見学記
神戸町西中条、大坊古墳南西500m墓地の中にある古墳群です。狭い道を通って行くと右斜面の上に石室が開口これが1号です。石室前上部が破壊されていますがそれ以外は良好、小さな袖石を立てた左片袖式、奥壁は不定形の鏡石+上部に小型石材です。石室が何らかの宗教的施設として使われていたのでしょうか江戸時代の文字があちこちに彫られています。玄室半ば辺りに佐賀県の石室で見られた短い立柱石があるけど古墳時代のものなんでしょうか。すぐ右側にある墓石の背後に小さな石室が露出これが3号、更にその上に2,4,5号があり4,5号で奥壁辺りが残っています。6,7号はよく分からず。それにしても割と急斜面なのに石室密集状態、これで墳丘を考えるともう殆ど重なり合っている状態だったでしょうね。墓地に駐車場あり。
[ 2017年01月12日 06:29 ] カテゴリ:広島県 | TB(-) | CM(0)
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