横尾古墳群

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問、16年3月再訪

石室墳50基以上
(古墳番号、数値はHP「古墳奮闘」に従う)

2号
位置:34°43′17″N 133°49′55″E
石室前に石碑と石灯籠、神社として使われていたのかもしれない


石室前部は崩壊


横から見ると全体が前に傾いているような


羨道、左右で石組みが大分異なる


玄室は右側壁がやや崩れ天井が傾く、奥壁は三角状の巨石のようだ


奥から外、両袖式


羨道奥から、群集墳で長い羨道が残っているのも珍しい


4号
僅かな高まりが残る


天井石が一部露出


隙間開口


石室はやや埋まるも意外とよく残る


5号
これも低い高まり、右側に斜面をカットした跡が残る


天井石露出


石室前に盗掘跡


石室後部、内部埋没


6号(仮称)
倒木に覆われているが天井石露出


内部は半ば埋まるが意外と良好


8号
墳丘目立たず天井石露出


ここも隙間開口


思いがけず良好な石室、奥壁は1枚石


11号(仮称)
露出した天井石


隙間から撮影、石室自体は良さそう


12号(仮称)
分かりにくいが天井石露出


これは天井石後部


隙間撮影、意外と良好


13号(仮称)
位置:34°43′34″N 133°49′47″E
山道脇に高まりと石材露出


反対側に回るとハッキリ石室と分かる


側壁上部が露出


南側に開口


楽々入室可な開口部、予定外のサービス石室(笑)


細長い石室、左から右に圧迫されている


奥から外、入れるよと言う程度


14,15号
見つからず


(続く)

(見学記)
(15年)
北区横尾、山間部にあるやや広い谷筋周辺の丘陵一体に分布する50基以上からなる県内でも有数の古墳群です。それにしても現在でも小さな田圃が広がる程度の場所で当時も大きな生産力があったとも思えずこれ程の古墳群が長期間築かれたのか不思議です。しかも群集墳にありがちな小型の石室ばかりではなく28号などは大型石室で単独で名前が付いてもおかしくないような石室です。56号は無袖式の長い石室がありこの古墳群の中でも最後発組でしょうか。古墳群全体がかなり広い場所に散っているので全部見るのは困難、特に14,15号や43-45号などはかなり離れています。43-45号なんて別の古墳群としてもいいんじゃないかと思うくらい離れてますね。横尾公民館や溜池脇などそこかしこに駐車可。

(16年)
昨年訪問しきれなかったので再訪、なんとか探し終えました。でも14,15号は探しだせずかまどねこさんに応援を頼みましたがそれでも分からず。6年前の訪問だそうなので植生が大きく変わっているのかもしれません。でも捜索の過程で新たに3基の古墳を見つけたからまーいいか、あまり状態は良くないですけどね。あらためて分布図を見ると谷状地形の周囲丘陵に小グループがまとまって存在していて専門家なら細かく支群に分けそう。溜池際にあるのもあってひょっとしたら水没している古墳もあるかもしれません。そんな中で28号や56号は単独で存在していて石室規模も大きく盟主墳でしょうね。それならば横尾大塚古墳や才ノ神古墳も横尾古墳群に入れてもよさそうですけどね。長坂古墳群は横尾の他のグループと違って横に並んでいるし尾根筋南側で谷が見えないから別の古墳群でもいいかな。となると横尾43-45号も別の古墳群でいいかなとも思いますけどね。ここはかまどねこさんの分布図を持っていけば極端に難しい場所はなく中に入れる石室も幾つもあって探しがいのある古墳群です。
[ 2017年09月21日 19:01 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

カケ古墳群

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問

横穴石室7基

1号
位置:34°42′59″N 133°49′27″E
良好に残る墳丘


斜面をカットした跡も残っている


殆ど埋まっている開口部、奥は埋まっていないようだ


2号
横穴石室、長4,幅1,高1.3m(現状)
ここも墳丘良好


開口部、羨道は殆ど破壊


石室正面


良好に残る玄室、幅は狭い


奥壁は同大の石2段積み、天井石が一段下がる


奥から外、天井が一段下がった無袖式かな


3号
石室開口部、羨道殆ど破壊


石室正面、内部の期待が高まるけど


殆ど埋没、奥壁は僅かに見えているかも


4号
横穴石室、長3.5,幅1,高1m(現状)
石室開口部


石室正面、楽に入れる大きさ


玄室良好、石材は全体に小型


小型鏡石を左右に並べ上はジグソー状態


奥から外、ここも無袖かな


5号
横穴石室、長2.2,幅0.8,高0.6m
巨大な天井石がずり落ちた状態


盗掘跡の奥に開口


開口部、石室半ば辺りか


下がやや埋まるも玄室良好


奥壁は鏡石+平石3段、平石左右端を揃えればスッキリするのにね


6号
崩壊石室、少し離れているので見学パス

7号(仮)
露出天井石が一直線に並ぶ、7号ですがこれが一番最初に目に入る


僅かに膨らみがある墳丘


天井横から、最奥のだけ厚い板状に加工


玄室後部が残っている、2m程度、奥壁2段積み、左右の側壁がやや窄まっているようだ


おまけ
多分炭焼き窯


見学記
石子山とは反対に小川を下って行くとすぐ北側に谷筋があります。初めははっきりした道はありませんが最初の古墳7号(資料には載っていないそうだ)辺りから山道が出てきます、と言っても殆ど廃道状態、所々で消えたりしますが。古墳は7基、ほぼ直線状に並んでいるので何号だろうかと迷うことはありません。4基で石室開口、1基で奥壁が見えているから石室率は良い。そのまま行くと長坂古墳群に行き着くそうだけど車に戻らなければいけないしあの廃道を歩くのはしんどいしな、ということで一番奥の6号は状態は悪いしパスしました。その後横尾方面から長坂古墳群を探したけどあんなに苦労するとは思いもしなかった(汗)
[ 2016年12月29日 21:49 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

石子山古墳群

岡山県岡山市北区2015年4月訪問

見学可能石室2基

2号
横穴式石室、玄室長3.2,幅1.4,高1.5m(現状)
位置:34°42′55″N 133°49′30″E
大きな墳丘が残る


石材露出、羨道石材のようだ


墳丘上の方で開口


天井が一段下がる、無袖式の玄門のようだ


良好の残る玄室、側壁は一様に傾く、奥壁前に石棺材散乱


1枚石+平石の奥壁


4号
横穴式石室
こちらも大きな墳丘が残る


羨道天井石露出、動いているかも


玄室後部の天井石が抜かれて開口


腰石石の上に石材を積み上げた奥壁


奥壁と側壁、玄門撮るのを忘れた、埋まっているけどね


他1
割と残る墳丘、石材散乱


巨石露出、石室材でしょうか


他2
大きな盗掘跡、石材散乱


側壁の一部が僅かに残る


見学記
湯船谷古墳群入り口から市道を更に600m程上って行くと石碑がありそこに駐車スペースがあります(と言うかここしかない)。ここから斜面を下ると(ゴミがいっぱい)小川があります。小川沿いに上って行くとほぼ突き当たり辺りに2基の古墳があります。西側が2号、東側が4号、ともに割と墳丘が残っていて2号は南側に開口、まぐさ石が一段下がった無袖式のようで羨道は大分埋まっていますが玄室は良好のようです。カメラを突っ込んで撮影すると奥壁はほぼ1枚石、手前に箱式石棺のようなものが見えています。4号は天井石が抜かれて開口、奥壁が見えています。ちょっと背が高くて入るのは断念。周辺にも破壊された石室を持つ墳丘が幾つか見えています。
[ 2016年12月29日 21:49 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

湯船谷古墳群

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問

小川沿い斜面に16基
(番号はHP「古墳奮闘」に従う)

その1
位置:34°43′15″N 133°49′18″E
良好に残る墳丘、この古墳群は全般に墳丘の残り具合が良い


斜面をカットした様子、右が墳丘


大きく盗掘され石材散乱


その2
横穴式石室、玄室長3.3,幅0.9,高1m(現状)
これも墳丘良好、石室があればOKだが墳丘が残ればなおいい


石室開口、前部は盗掘で破壊


天井石は平石に加工されているようだ


玄室も良好に残る


奥壁はほぼ1枚石、鏡石らしい上部が丸みを帯びる


奥から外、左側側壁は崩壊への序章


その3
横穴式石室
墳丘残るが手前に巨石天井石落下


開口部は殆ど埋没、隙間から奥壁が見えるそうだ、残念


その4
これも良好に残る墳丘


下側から、石室は見られず


その5
横穴式石室、玄室長2.8,幅0.9-1.1,高1m(現状)
斜面に穏やかな高まりが残る


石室開口部


内部はやや埋まるも良好


奥壁は同大の石2段積み、隙間両側の小さな平石がオシャレ、左側壁が少し狭まっているようだ


その6
大きな墳丘が残るが石室未開口


その7
斜面に僅かな高まり


その8
見落とす

その9
横穴式石室、玄室長5,幅1.8,高2m(現状)
大きな墳丘が良好


これだけ残れば申し分なし、この辺りはやや平坦になり墳丘が密集


大きく盗掘され奥に石室が見える


狭い開口部、入れないことはないけどね


玄室は良好に残る


複雑に組み合わせた奥壁


その10
横穴式石室、玄室長3,幅1.2,高1.3m(現状)
これも良好な墳丘、邪魔な藪が無いのがいい


上の方に石室が見えている


羨道は盗掘で破壊されているようだ


開口部、ここは楽勝


良好に残る玄室


奥壁は鏡石+平石、奥の天井石が切石状で一段下がる


奥から外、無袖かな


その11
横穴式石室
良好な墳丘


でも山道で大きく削られている


墳頂部に僅かに石室露出、ここも隙間から奥壁が見えているようだ、失敗


その12
横穴式石室
盗掘跡の奥に石室開口


最奥部しか残っていない


下が埋まっているが1枚石の奥壁かな


見学記
法源寺塚前の市道から100m程東に行くと左に入っていく道があります(車は通れない)。谷筋の北側斜面に分布する16基からなる古墳群です。杉林の中までは何とか道がありますがその先は廃道状態です。この古墳群の特徴は斜面にもかかわらず墳丘の残り具合が良いこと、その分石室の露出具合は少ないですが奥壁まで見えているのが5基あります。特に一番奥にある9号が墳丘石室とも良好です。こういうのが一番初めにあったりすると他の状態の悪いのはパスなんてこともあるけど一番奥にあるから嫌でも他の古墳も見学することになります(笑)。市道入り口辺りに駐車スペースあり。
[ 2016年12月22日 18:34 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

法源寺塚古墳

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問

横穴式石室、現存長3m程度
位置:34°43′09″N 133°49′02″E

お寺の裏の林際に開口、民家のように見えますがお寺です


手前の巨石は天井石でしょうか


石室後部しか残っていない、墳丘もあまりなさそう


石仏が並べられお堂として利用


石仏の為奥壁は殆ど見られず、石室は何はなくても奥壁か玄門だよね(笑)


見学記
北区下足守、国道429号から龍泉寺に向かう市道(かな)沿い、寺の背後に石室が開口しています。寺と言っても無住で普通の建物だし全く寺といった雰囲気はありません。石室も前部壊失、後部が残っている状態、奥壁前には石が積まれ石仏が幾つも置かれて奥壁は殆ど見えません。見学しがいのない石室、石室はやはり最低限でも奥壁か玄門が残っていないと面白くないわ。序でだから訪問したけどね。
[ 2016年12月22日 18:34 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

最上稲荷奥の院古墳群(仮称)

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問

最上稲荷遠望:南東大平山からの眺め
最上稲荷奥の院古墳群は山頂近くの緩斜面に密集


横穴式石室墳15基
(番号は「古墳奮闘」に従う)

1号
割と墳丘が残る


古墳群は下草があまりないので割と観察しやすい


石室正面、右側の石は墳丘列石でしょうか


大きな開口部


良好に残る玄室、側壁はほぼ垂直、目地が塗られているが他の石室も同様


四角い鏡石+平石の標準タイプ、右奥の側壁だけが背が高い


奥から外、無袖かな


2号
石室露出、樹木が入り口塞いでる


隙間から内部撮影、割と残っている、奥壁は標準タイプ


3号
天井石露出、開口部は見えず


天井石が動かされている


横から、内部は殆ど埋没


石室後方から


4号
前部が崩壊した石室


天井石も今にもずれ落ちそう


石室後部はよく残る


鏡石は四角くないが平石を載せた標準タイプ


5号
天井石露出、手前のは羨道のでしょうか


石室後方から


最後部が何とか残る


奥壁は上に平石を載せるがしたと比べると随分大きい


6号
石室露出も入り口に木が生えて邪魔してる


横から


後部が残る、小型の割に天井石が大きい


標準タイプの奥壁


7号
露出石室、天井石が内部に落下


天井石が板状に加工されている


奥壁は何とか残る


小型だが標準タイプの奥壁


8号
石室正面、ほぼ玄室を真っ直ぐに見ているのだが


羨道が斜めになっているような気ががする(追記:戦後石材が積み直された可能性があるとのこと)


大きな玄室が残る、側壁も面が整えられている


ほぼ1枚石の奥壁


奥から外、右側は右片袖じゃなく羨道が斜めのせいかな


9号
墳丘は割と残る


石室正面、羨道かなり破壊


ここも羨道が斜めになっているような(追記:8号と同様、戦後の可能性)


玄室は良好、奥の天井石が一段下がる


奥壁は不定形だが1枚石かな


奥から外


10号
石室正面、羨道天井破壊


ゆうゆうと入れる開口部


玄室はやや持ち送りがある


奥壁は標準タイプ、後部天井石が一段下がるが巨石すぎる


奥から外、左方向に歪んているかな


11号
比較的残る墳丘


羨道はかなり崩壊、手前の羨道天井石はかなり平石に加工


石室開口部、木が邪魔してるが問題なく入れる


玄室も良好、左奥に縦長の石


奥壁はほぼ1枚、上の平石はなさそう


奥から外、右片袖かな


12号
石室正面、羨道崩壊


内部は殆ど埋没、天井石落下、奥に何とか奥壁が見えている


天井の様子


13号
前部が崩壊した石室


玄室後部は良好、奥壁は標準型


14号
崩壊石室、写真撮らず

15号
藪の中に羨道天井、奥に開口部が見えている、番号は最後だが山道沿いで多分これが最初に見つかる


天井石が1枚残った石室


玄室は割と良好だが天井石が落下、奥壁は四角い石1枚のようだ


石室後部真上から


残る天井石も今にもずれ落ちそう


見学記
奥の院手前の参道東側に分布する15基からなる古墳群です。廃小屋向かい側辺り、南端辺りから入っていく道があります。トイレもありすぐ側には遊歩道も通っていますが今はどれくらいの人が利用しているんでしょうね。小粒の古墳が揃っていて狭い範囲に分布、中には入れるのも幾つもありそれ程ひどい藪でもないのでお得感のある古墳群です。でも古墳奮闘の分布図を持っていくの必至(笑)。個々の古墳の紹介は省略しますが(似たような石室ばかりだし数が多いと流石に面倒(汗))中に羨道が主軸に対して傾いているような石室が2基ありました。地形や隣の古墳との関係で曲げたとも思えず何ででしょうね。
最上稲荷周辺の古墳群、ここを含めて7ヶ所、1日で廻ることが出来ました、2日がかりになるかと思っていたのでホッ、繁忙期を除けば手前の土産物店の駐車場に無料で車を停めることが出来ます、これも大きかった。なにせ周辺の駐車場は高いので有名だったからな(汗)。10台程度ですが最上稲荷自体の無料駐車場もあるようです、多分ですが。
[ 2016年12月15日 19:38 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(4)

佐太郎塚古墳群

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問

最上稲荷遠望:南東大平山からの眺め
佐太郎塚古墳群は中腹の平坦面にある


5基程度

1号(佐太郎塚古墳)
横穴式石室、全長8.1m、玄室長4,幅1.8,高1.9m(現状)
位置:34°42′33″N 133°50′23″E
尾根状地形の先端平坦部に大きな墳丘が残る


西向きに開口、立ったまま入れる大きさ


羨道先端まで残っているようだ


羨道側壁は真っ直ぐ立ち上がっている、玄室床面は多少埋まっている


この山の古墳群の中では最大の石室、石材隙間に目地がある、後世のでしょうね


〃縦位置


奥壁前に石棚があるように見えますが


どう見ても左右の側壁や奥壁に食い込んでいません、近くの古墳群石室でも土壇があるのがありこれも同じような性格のものでしょうね


奥から外、柱状袖石を立てた右片袖式、羨道天井が一段下がっている


4号
横穴式石室、玄室長3.7,幅0.8,高1.5m(現状)
緩斜面を整形した小さな墳丘


石室正面、羨道壊失


高さの割に幅が狭い石室、何か燃やされたのか奥が黒くなっている、「古墳奮闘」07年当時では黒くないからそれ以降のようだ


分厚い石棚、じゃなくてこれも後世のでしょうね


奥から外、天井が一段下がっている辺りが玄門


5号
横穴式石室、玄室長4,幅1.3,高1.7m(現状)
玄室を覆う程度の墳丘が残る


羨道はかなり破壊、結構長かったようだ


手前の巨石は羨道天井石のようです


側壁片側は比較的残る


羨道途中の側壁に段差がある、手前が後世のものとも思えないし


大きな開口部


玄室は完存、左から押されて歪んできている


奥壁は2段積み、合わせ目もピッタリ、上下の石材がほぼ同質のような


奥から外、右片袖式


羨道奥から、やはり左側はずれてるよな


見学記
最上稲荷から山頂の奥の院に向かう途中の山道にある古墳群です。山道脇にありますがメインのルートからはちょっと外れているので注意が必要(経験者談)。途中に八畳岩の案内があるのでそちらに逸れていきます。1号は山道北側、この周辺の古墳群の中では墳丘が一番良好に残っている、しかも他の古墳は全て緩斜面に立地していますがこれは唯一平坦面に造られています。南西に開口した石室も巨大で羨道玄室とも良好に残っています。羨道は立ったまま入れる程の大きさ、玄室は下部がやや埋まっていますが大型、ただその割に石材はそれ程巨石ではなく奥壁もブロック上の石を積み上げています。石材の隙間に土が充填されていますがこれは後世のものでしょうね。袖石を立てた右片袖式で羨道の天井は一段低くなっています。この石室の一番の特徴は石棚・・・があったこと、と過去形(笑)。いや今でもありますが位置が低すぎるし側壁や奥壁に食い込んでいないし下に足がついていて真名板状、どう見ても後世儀式の為に何かを置くために設置したんでしょうね。山道を挟んで反対側に4,5号があります。4号は斜面をカットしたこじんまりした墳丘が残っていて南側に開口、細長い石室で側壁はやや内側に傾斜、一部崩壊して石材が落ち込んでいます。ここは無袖式でしょうか、入口側の天井が一段下がって羨道玄室を区別しているようです。ここも奥壁沿いに石棚がありますがここも位置が低すぎるし小型すぎてやはりこれも後世のものでしょうね。何かを燃やした跡なのか石室上部が黒っぽくなっています。すぐ西側にあるのが5号、こちらは割と大きな石室、羨道は片側は基部しか残っていませんが反対側はよく残っています。右側基部を見ると中間辺りで段差があるみたいに南側が広くなっていますが当時のものでしょうか、反対側の側壁を見ても後世付け足したようにも見えないしね。羨道入り口辺りも巨石が立っていますが閉塞石それとも天井石が落下したのかな。玄室完存、ここも右片袖式で奥壁は2段積みです。少し傾いてきているのかもしれない。
[ 2016年12月01日 19:05 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

龍王池東古墳群(仮称)

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問

最上稲荷遠望:南東大平山からの眺め
龍王池東古墳群は山頂近くの反対斜面にある


3基(番号は「古墳奮闘」に従う)

1号
横穴式石室、全長4.6m、玄室長3.3,1.5,1.8m(現状)
位置:34°42′45″N 133°50′06″E
斜面をカットして構築した墳丘


墳丘背後から


羨道は殆ど壊失


石室正面


玄室はよく残る、側壁はほぼ垂直、壁面も揃えられている


左側壁に何故か細長い平石


奥壁は1枚石


奥から外、無袖かな、天井石が一段下がっている辺りが玄門か


2号
横穴式石室、玄室長2.3,幅1.1,高1.3m(現状)
1号すぐ側、丘陵裾を利用して構築


羨道はかなり壊失


石室正面


石室良好、1号より古そう、側壁隙間の目地は後世のでしょうね


四角い鏡石+平石の奥壁、余計な隙間石を入れたせいで平石が斜めになっている


奥から外、ここも最前部天井石が一段下がる


3号
横穴式石室、玄室長2.5,幅1.1,高0.9m
1,2号上方の斜面にある


石室正面、幅広の天井石が印象的


石室内部、奥壁は2段積み


1,2号に比べると造りは粗いかな


見学記
奥の院手前、参道西側にある3基からなる古墳群です。参道階段手前に廃小屋がありそれが目印、廃小屋の少し先に左に入っていく山道がありその先に小さな溜池があります、道があるのはここまで。堤を渡って下方に降りていく、足元は悪いけど杉林なのでそれ程困難ではない。丸い尾根上丘陵南西にあるので通りやすい杉林を通って行くと目標からずれる感じなので取り敢えず丘陵頂部を目指したのが失敗の元、その辺りは灌木が茂って通行も見通しも困難、何とか頂部に行って南西方向に降りていったが違うようなと思いつつ灌木帯を抜けたら杉林になった。その辺りを右往左往してやっと見つける、結局初めの杉林をそのまま進めばよかったんだ。ほぼまとまってあるので一つ見つければ他も分かりますが3号だけは1号上方灌木帯の中でちょっと分かりにくいかも。1,2号は墳丘石室ともよく残っています。ともに無袖式かな、1号奥壁は鏡石+平石だが2号は巨石1枚石です。側壁中段に長い平石を使っているのが目につく。3号は土砂が流入しているなどやや状態が悪いが奥壁は2段積みでしょうか。それにしても平野から見えないようなこんな場所にどうして造ったんでしょうね。
[ 2016年12月01日 19:04 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

名称不明墳

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問

横穴式石室
位置:34°42′11″N 133°50′15″E

道路脇の斜面にいかにも古墳然とした墳丘、側壁両端が突き出ているのが熊本のオブサン古墳を思わせる


開口部を生えた木が隠している


内部はやや埋まるもよく残る、奥の天井石が一段下がる県内でよく見かけるタイプ


見学記
最上稲荷に向かう途中の右側斜面にあります。単独なのか1基だけ残ったのか分からないけどどうして残ったんだろ、な状態。入り口に木が生えてきて開口部を隠しているので知らずにいると通り過ぎてしまう可能性もある。中を覗いてみると大分埋まっていますが奥壁上部が見えています。それ程大きな石室ではありません。
[ 2016年12月01日 19:03 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

稲荷霊園古墳群

岡山県岡山市北区 2015年4月訪問

最上稲荷遠望:南東大平山からの眺め

稲荷霊園古墳群は稲荷霊園の中にある

(番号は「古墳奮闘」に従う)

その1
横穴式石室、全長8.3m、玄室長4.8,幅1.7,高2.2m(現状)
位置:34°42′22″N 133°49′57″E
造成地段差に開口とよくあるパターン


天井を失うが割と残る羨道、右側が押されて崩壊間近


良好に残る玄室、側壁は僅かに持ち送り


〃縦位置、ストロボ無し


奥壁は巨石1枚+平石、手前の白いのはひょっとして骨壷?


奥から外、ストロボ無し、柱状袖石を立てた左片袖式


〃縦位置、天井に金属棒があって幕で張っていた可能性がありそう


墳丘は割と残っていたようです


その2
横穴式石室、玄室長4.5,幅1.7,高2.1m(現状)
やはり段差部分に開口


左右に柱状の石があるのでこれが袖石だろうな


良好に残る玄室、その1に比べると石材小型で壁面もやや粗い


〃縦位置、ここもやや持ち送り


ちょっと変わった奥壁、小型の鏡石を2個左右に並べ上に石材を積む、中間に平石があるのが特徴的


奥から外、左片袖式、ストロボ無し


ストロボオン、古代の墓から現代の墓への眺め


その3
横穴式石室、玄室長5,幅1.2,高1.6m
開口部、羨道はほぼ壊失のようだ、他は南向きだがここだけ東向き


長い玄室が残るも全体が左側に歪んでいる


奥壁は四角い鏡石を据え右と上に平石を重ねる、右側壁が迫り出して奥壁を一部隠している


奥から外、無袖式かな


一部崩壊した側壁、「古墳奮闘」では崩れてないからここ数年の内のようだ


その4
横穴式石室、玄室長4,幅1.7,高1.8m
園内道路脇にハッキリとした墳丘


やはり段差部分に開口


開口部、奥の天井が一段下がっているのがまぐさ石かな


開口部から玄室内部


玄室、奥壁がなんか変


〃縦位置


奥壁前に土壇があるようです


奥から外、ここも柱状袖石を立てた左片袖式、何故か羨道床面が掘られている


その5
横穴式石室
知らないと見過ごしそうな場所


石室入り口には蓋


内部は意外と良好、その1と同様の奥壁のようだ、奥壁前に土壇、かっては人が出入りしていたんでしょうね


おまけ
石室前に咲いていたシュンラン


見学記
7基からなる古墳群で5基が霊園の中に現存しています。一番下のその5以外はどれも段差部分に開口していて見学容易です。大きな霊園でよく5基も保存してくれたなというのが正直な感想。一番上西側にあるのがその4、羨道玄室ともよく残っいます。袖石を立てた左片袖式、奥壁沿いに石と土で造られた土壇がありますが後世に何らかの宗教的利用があったんでしょうね。すぐ東側にあるのがその3、細長い石室で無袖式でしょうか、全般に小型の石材、全体がやや下方に傾いてきていて側壁の一部が崩壊しています。「古墳奮闘」を見ると側壁は崩れてないからここ数年の内でしょうか。ここの最大の特徴は東向き等高線に平行に開口していること、この日見た周辺の古墳群は殆ど全て斜面下方南寄りに開口していてここが殆ど唯一例外です。どんな理由があったんでしょうね、余程隣のその1と中が悪かったとか(笑)。石室前にシュンランが咲いていた。墓地の中で咲くわけないから開発前の環境が残っているんでしょうね。早春の岡山で古墳巡りをしていると時々見かけます。下の段の西側に開口しているのがその4、上の段に墳丘の頭が少し残っています。羨道前部は壊失していますが後部や玄室は完存、袖石を立てた左片袖式、奥壁は巨石鏡石+平石、周辺の古墳群の中では一番大型の石室です。東側にあるのがその2、羨道は完全に壊失していますが玄室完存、ここも左片袖式ですが袖石はやは短い。奥壁は変形五角形の石を左右に並べ上に小石を重ねその上に平石更に上に小石と変わった構造です。一番下のその5は石で塞がれていて分かりにくい。隙間からカメラを突っ込んで撮影してみると石室は割と良好に残っているようです。最上稲荷周辺の古墳群でここは唯一藪こぎしないですむ場所です。(古墳番号は古墳奮闘に従う)
[ 2016年11月24日 19:10 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)
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