西大寺一宮古墳(仮称)

岡山県岡山市東区 2017年1月訪問

横穴式石室、玄室長4.5、幅1.7、高2.1m
位置:34°36′23″N 134°06′41″E
駐車ポイント辺りからの遠望、中央上の針葉樹辺り・・・だったかな


背後から、墳丘はそこそこ残る


南西に開口、羨道前部は壊失か


開口部正面、あまり下がれません、羨道側壁がハの字に開いているように見えます


玄室は良好に残る


一様な僅かな持送り、奥壁は2段積み


奥から外、左片袖式


ストロボ無し、側壁面が整えられている


(見学記)
南古墳から北側正面丘の上にあるのがもう一つの無名墳、墳丘上に生えている針葉樹が目印です。古墳前は以前はキャベツ畑だったそうですがもう全く栽培されておらず立ち枯れしたセイタカアワダチソウが群生していて接近するのに苦労しました。南古墳よりは大分小型ですがここも墳丘良好、南西に開口しています。羨道は殆ど壊失していますが玄室完存、奥壁2段積み、袖石を立てた左片袖式でまぐさ石が一段下がっています。それなりに立派な石室なんですが南古墳を見た後だったので余計小さく感じられました。しかしこれも全くの無名とはね。
[ 2018年02月22日 13:45 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

西大寺一宮南古墳(仮称)

岡山県岡山市東区 2017年1月訪問

横穴式石室、全長9.6m、玄室長5,幅1.7,高1.8m
位置:34°36′16″N 134°06′42″E
一宮古墳からの遠望、右側丘陵麓竹林の中に立地、中央左から右に流れる小川右が岡山市、左が瀬戸内市


大きな墳丘が良好に残るが太い竹が密生して撮りづらい


何故か北西に開口、全面が張り出し状になっている


長い石室が残るが明から歪んでいる


玄室、奥壁2段積み、右は傾き、左は中央部がせり出している


〃縦位置


奥から外、右片袖式、左の孕み具合が更にハッキリ


〃縦位置、天井石も傾いているようだ


柱上袖石にまぐさ石は乗っていない


羨道奥から


(見学記)
東区西大寺一宮、無名墳手前300mで左右に道が分かれているので(ここに駐車可、でもそこは牛窓町)、左の道を行き小川(これが岡山市と瀬戸内市の境界)に架かる石橋を渡り正面の竹林と笹薮の協会辺りから竹林内に入るとすぐ大きな墳丘が見えてます。大きな墳丘は極めて良好、南側に盗掘跡も見えてますが何故か石室は北西に開口している。石室前には造出のような張り出しがあります。大きな石室は羨道玄室とも良好、ただ玄室右側壁が大分孕んできていて全体も左側に歪んでいます。奥壁は2段積み、袖石を立てた右片袖式です。それにしてもどうしてこんな場所に大型古墳が、それ以上にそれが無名であるというのも不思議です。普通なら地名とか地元の人がつけたりすんだけど地元の人そのものがいないし民家もない場所だしな(田圃があるだけ)。
[ 2018年02月22日 13:45 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

藤井古墳群

岡山県岡山市東区 2017年1月訪問

石室2基他(番号はHP古墳奮闘に従う)

その1
横穴式石室
位置:34°36′39″N 134°06′16″E
天井石1枚とそれを支える側壁のみ残存、何故こんな状態で残った、と言うより残した?


完全に爼状態


横から、手前の標柱は古墳とは関係なし


その5
低いが形の良い墳丘、まず古墳でしょう、その1、4との中間、これを見つけたので後が混乱


その2
これも低い墳丘


手前の石材は現代のかな


その4
その2の道路を挟んだ北側


その3
横穴式石室
位置:34°36′38″N 134°06′25″E
畑の中に如何にも石室を思わせる石列


完全露出だが藪で構造がわかりにくい


斜め前から、状態はよさそうなんですけどね


背後から


石室内部、奥壁辺り


(見学記)
東区西大寺一宮、西大寺一宮公園北側東西に分布する古墳群ですが石室が見られるのは2期だけで状態は悪い(番号全て仮称)。公園入り口道路脇にあるのが1号ですが石室完全露出、しかも1枚の天井石とそれを支える側壁があるだけで言うなれば鬼の俎状態です。石室幅は2m程あり幅だけなら1級クラスの石室なんですけどね。太い標柱が建っているけど古墳とは関係なかった。東側道路沿い北側に5号の墳丘、状態はよさそうですが石室見られず(これが分布図の4だと思ったのでその後混乱)。更に東側公園内のトイレ近くに3号の低い墳丘があります。石組みも見えますが現代の石垣か。道路を隔てた北側にも墳丘(4号)がありましたがこれは沢筋をせき止めた土手のようにも見えてます。更に東側畑の中に石組みがあります(これが3号、分布図を間違えていたのでこれを新規かと思ってしまった)。近寄ってみたらかなり荒れていますがどうやら石室のようで内部もかなり埋まっていましたが多少空間が残っていました。それ程破壊されておらず藪でなければそれなりに見られた石室なんでしょうけどね。西大寺一宮古墳から岡山方面に行く途中にあるので寄ってみましたが県道が狭くて狭くて対向車が来ないかとヒヤヒヤものでした、結局1台も出会わなかったですけどね。
しかしこの公園、快晴の日曜日だと言うのに人っ子一人いない。そりゃ道路は狭いし近くに民家はないし駐車場はないしでは誰も来ないわな。無駄に広いんだから駐車場を作れば家族連れくらい遊びに来そうなもんですけどね。今のままでは全く無駄な施設、かなり少縮尺の地図でも出てくるくらい目立つんですけどね。
[ 2018年02月22日 13:44 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

サザラシ1号

岡山県瀬戸内市(旧邑久町)2017年1月訪問

方墳
横穴式石室、玄室長5,幅1.3,高1m(現状)
位置:34°40′18″N 134°09′02″E
参道途中にある案内板、古道沿いに行ったつもりが右手でなく左手に古墳があった


低いが大きな墳丘が残る、単独で存在、方墳ということもあり後期も後半でしょうか


南向きに開口、手前まで羨道跡がある


露出した天井石


開口部斜め前から


開口部前にあるのは羨道仕切り石でしょうか


細長い石室、若干持送り


〃ストロボ無し


奥壁は基本2段積み、下部は下が埋まっているが鏡石らしい台形


奥から外、無袖のようです


おまけ、神社から見えた四国の屋島、独特な地形から判別可


(見学記)
邑久町尻海、美和神社(こちらは長船町西須恵)近くの山中にある古墳で1号とありますが2号以下はなく単独で存在しています。北側を通る県道39号にある須恵古代館東側に参道入口があり美和神社の案内板も立ってます。舗装された長い参道を登っていくと神社手前300m辺りに旧道の説明板がありそれに古墳が載っています。そこから旧道を行くと途中に古墳の案内板があるので山道に逸れて入っていきます、所々赤いテープの目印があるので間違えることはないでしょう。説明板から感じるよりは距離がある感じです。古墳はなだらかなピークからやや下った緩斜面に立地、割と大きな墳丘ですが上部がかなり流失して天井が露出しています。南東内開口する石室は羨道上部が失われていますが他は良く残っています。羨道は短く玄室が長いタイプでしょうか。床面がやや埋まっていますが入室楽々、無袖式で奥壁は2段+α、古墳の空白地帯に突然出現したような古墳です。案内板の所に駐車可。
美和神社からの眺めも良く、牛窓方面が見えています。この日は快晴で大気の透明度もよく小豆島が目の前にあるよう、遠くには屋島の姿もハッキリ見えていました。
[ 2018年02月15日 18:47 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

経塚古墳群

岡山県瀬戸内市(旧牛窓町)2017年1月訪問

2基

1号
横穴式石室、玄室長3,幅1.7,高1.5m(現状)
位置:34°36′59″N 134°10′07″E
平坦な丘陵頂部端に位置する、墓地で少し削られている


南側に開口、羨道先端まで残っているようだ


羨道奥、土砂で大分埋まるが入れないこともない


でも奥壁側が開口、こちらからの方が楽


奥から外、右片袖式、袖石下部が埋まるが多分1本


羨道奥から


玄室、奥壁下部は埋まって見えない


2号
横穴式石室、玄室長5,幅1.6,高1.6m
1号北東すぐの場所にある、左側墳丘はよく残るが右側はざっくり削られている


開口部、でもこちらは奥壁側


大きく破壊された奥壁側


玄室自体は良好に残る


玄門、無袖のようです、羨道完全埋没、1号の方を向いている


やや背の高い玄室、僅かに残った奥壁を見ると特に巨石でもなさそう


(見学記)
牛窓町牛窓、低い丘陵頂部にある2基からなる古墳群です。南側斜面一帯が墓地になっていてその最奥にあるのが1号、お墓の傍らに開口、羨道先端まで残っているようですが多少埋まっています。反対側に廻ると奥壁側が破壊されて開口、こちらの方が入るのは容易、右片袖式です。北東20mの所にあるのが2号、背の高い墳丘が残っていますが北側がかなり削られています、こちらも奥壁が破壊されて開口、無袖式でまぐさ石が一段下がり羨道は殆ど埋没、1号より大分規模が大きい。羨道入り口は露出していませんが1号の方向に開口しているようです。1,2号の墳丘が繋がっていてひょっとして前方後円墳?、ただ2号の石室は1号より少し低い場所にあるようです。墓地入口前の道路民家前に駐車スペースあり。
[ 2018年02月15日 18:47 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

槌ヶ谷古墳群

岡山県瀬戸内市(旧牛窓町)2017年1月訪問

2基、見学出来るのは1基だけかな

2号
横穴式石室、全長7.1m、玄室長3.6,幅1.7,高1.8m
位置:34°36′59″N 134°07′53″E
幅広い尾根筋に良好に残る墳丘、1基だけでも来る価値はある


南西に開口、お邪魔木が生えている


木を避けて開口部撮影


羨道前部は上部壊失


羨道後部


良好な玄室、やや持送り


奥壁は基本3段積み、厚みが不揃い


奥から外、左片袖式


墳丘脇の巨石、奥壁に最適なのにな、巨石過ぎて動かせなかったか


(見学記)
深谷6号からそのままほぼ平坦な場所を北に進んでいくと無人のプレハブ小屋がありその先に舗装されている廃道がありました。この道を右に行きすぐ笹薮で通れなくなるので右手の林の中に入り穏やかな頂部から東に下る尾根筋に痕跡道があるので辿っていくと槌ヶ谷古墳群2号に至ります。尾根平坦面を利用して墳丘は非常によく残っていて築造時の姿がそのまま残っていると思われる程、下草や木々もあまり生えていないので観察もしやすい。南西に開口する石室も羨道前上部天井を失っていますが他は良く残っています。玄室は左片袖式奥壁は3段積みです。とにかくこんな場所に非常に良好に残っているのが素晴らしい、千数百年間ノーメンテだと思うと尚更です。深谷6号に来るのは大変ですがそこからこちらに来るのは楽、セットでお得な古墳です(笑)。更に下方に1号がありますがこちらは根気と体力と運がなければ無理なので初めからパス。
[ 2018年02月08日 19:00 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

深谷古墳群

岡山県瀬戸内市(旧牛窓町)2005年4月訪問、17年1月再訪

6基、4,5号消滅

(2017年)
1号
横穴式石室、残存長4,幅1.6,高1.7m
位置:34°36′02″N 134°07′54″E
藪のような林の中にあった墳丘はすっかり露出、ただの残土の山にしか見えません、背後は宴の跡のテニスコート


石室が心配でしたが無事でした


内部も変化なし


2号
横穴式石室、残存長3.5,幅2,高1.8m
墳丘がかなり削られているようだ


こちらも石室無事


前は接近困難だったが来やすくなったとは言える


3号
横穴式石室
前は藪状態だったが多少ましになっていた


1枚だけ残っている天井石、片側が円形、かなり加工されているんでしょうか


6号
横穴石室、全長5.8、玄室長3,幅1.5,高1.7m
位置:34°36′04″N 134°07′44″E
尾根上に良好に残る墳丘、背後山側から


南側に開口、羨道前部は天井を失う


石室正面楽々入室、来るのは大変ですが


羨道後部


やや背の高い石室、側壁は一様に内側に傾く


〃ストロボ


奥壁は2段積み、上下の境目のカーブが見事に合っている


奥から外、左片袖式だが袖石はなし


羨道奥から


(2014年)
遠望、右側斜面に3基、左側尾根筋に6号


1号
後部が残存した石室


側壁、石材は中型


奥壁は三角形の鏡石、左に偏る


背後から見た墳丘


2号
こちらも天井石が残っているのは後部だけ


側壁は1号と変わらず


奥壁は大きく違い平石4段積み、最奥天井石も1段下がる


3号
上部を失った石室、藪で覆われよく分からず、中央に見えているのは天井石でしょうか


奥壁はどちらかと言うと1号似かな


見学記
(2017年)
牛窓町鹿忍、前回6号を探しそこねたのでリベンジすべく再訪してみました。谷西側の尾根筋にあるので取り敢えず尾根に登り尾根筋を登っていきます。ほぼ上りかと思いましたが僅かながら下りや上りになっています。その内やや急な上りになり登り尽きた辺りに尾根筋を目一杯に使った大きな墳丘に当たります。その先はまた平坦になっているので地形を利用した墳丘のようです。南側に開口羨道前部天井を失っていますが他は完存、玄室はやや持ち送りがあり左片袖式、奥壁は下が埋まっていますが2段積みでしょうか。こんな場所からは想像できない墳丘と石室でした。でも立地や墳丘石室構造等からすると深谷古墳群より槌ヶ谷古墳群に含めた方がいいような気もしますけどね。帰りは尾根筋を下っていく、つもりでしたが先端辺りで降りる方向を間違えたようで現在位置が分からなくなる状態(汗)、溜池が見えたのでそちらの方に降りましたが西側の谷筋に降りてしまい元の場所に戻るのに随分遠回りをしてしまった。この谷奥にも矢寄北古墳があるはずですが藪が酷いようなので敢えて近寄らず。
深谷1-3号はすぐ側でメガソーラーが出来ていて地形が大きく改変されていました。古墳自体が心配でしたが2号の墳丘が少し削られているようですが3基とも何とか残っています。まだ稼働前で以前より接近しやすくなっていましたが稼働し始めると入るのは難しくなるかもしれません。

(2014年)
瀬戸内市牛窓町鹿忍、谷筋斜面にある古墳群で6基からなりますが4,5号消滅。テニスクラブがありますが廃業しているので入るのは容易でもすっかり藪になっています。前と奥のコート中間辺り北側斜面に1-3号があリます。コート脇を入っていって3,4mの崖を無理やり登ると1号があります。墳丘は割と残っていて南に開口前部は壊失しています。三角形の鏡石を左に置き後は小型石材を積み重ねとデザインいまいち。すぐ西側に2号こちらも前部壊失、奥壁は下がやや埋まっていますが平石4段重ねと1号と比べてスッキリ。更に西に3号がありますが上部大きく損壊天井石が落下全体に藪に包まれるなど状況はよくありません。南側尾根筋に6号があるそうですが携帯に落とした地形図を読み違えて見つけられず、残念。北側の槌ヶ谷古墳群は相当難しそうなのでパス。廃業しているので門の前に駐車可。でも時間をおけばおくほどコート周辺でも通過が難しくなりそう。
[ 2018年02月08日 18:59 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

阿弥陀山古墳群

岡山県瀬戸内市(旧牛窓町)2003年4月訪問、17年1月再訪

横穴石室墳、50基以上

今週51-57号追加(最終)
1-10号、12-27、36号28-41号42-49号51-57号(クリックでジャンプ)

(2017年)
1号
位置:34°37′15″N 134°08′56″E
群西端、これだけ飛び離れている


天井石露出、後方から


天井石、前から


石室正面、羨道天井石壊失


石室内部は殆ど埋まる


ストロボ撮影、一応奥壁は見えている


2-4号:藪の中

5号
位置:34°37′17″N 134°09′11″E
藪の中にある墳丘


天井石2枚残存、1枚石室内に落下


横から、多分左側が入り口


手前が奥壁側かな


石室内部、奥壁は見えていない


反対側


6号
大きな墳丘が良好に残る、石室メインでもこういうのは嬉しい


墳丘上部に石室開口、西向き


前部は天井を失う


開口部正面、入るのに問題なし


内部はやや埋まるも奥壁まで見えている


奥から外、無袖かな


7号
位置:34°37′18″N 134°09′16″E
これも墳丘はよく残る、丘陵頂部より僅かに西側に立地


石室正面、前部天井壊失、ここも西向き


間口が広い開口部


石室良好、殆ど埋まっていない


奥壁は平石を積み重ねる、基部だけやや大きい


奥から外、側壁は下部より上部の石が大きい


8号
7号北側に接する、5-9号は等間隔的なのにこれだけやや異質


天井石露出


石室正面、北向きに開口、北向きなのは群中唯一か


石室後方


天井石が抜かれている


奥壁は半ば埋まっているが平石積み科


石室内部から奥壁


9号
丘陵頂部から東に伸びる尾根筋に築かれた墳丘


石室は現墳丘上部にある


これは南東に開口


前部天井壊失もよくあるパターン


石室内部は大分埋まる


中間辺りで天井石が抜かれる


石室後方は良好、どれだけ長いんだ


ストロボ無し、奥が明るい


奥壁側も開口


奥から外、長い石室がよくわかる、中間が開いてなかったら匍匐で入るのは厳しかったかも


10号
位置:34°37′19″N 134°09′20″E
東向き斜面に立地、多分群中唯一の立地場所


東向きに開口、向かい側斜面に密集している群に対自している


石室前部横から、天井を失う


持ち送りのない石室、殆どがそうですが


奥壁は大中小3段積み


奥から外、無袖かな


〃、ストロボ無し


14号以下遠望
西からの遠望、群中最大の密集域、藪の中で見学は困難、上方尾根からの接近は多分不可、12,13号は画面左外側


12号
情報を貰ってこの日新たに見つけた、墳丘は割と残る


石室正面、明らかに歪んでいるのが分かる


幅の狭い石室


角状の石材を積み上げている、この群の中では珍しいタイプ


奥から外、側壁石材が一部転落、全体が右に傾き天井石も傾いている


13号
谷筋に向かう緩斜面に立地


石室正面


上部壊失、天井石は最後部の1枚のみ残存


石室内に落ちているのも天井石か


石室後部、鏡石が三角形と変わっている


14号
尾根筋に立地、墳丘がよく残る


石室正面、入り口埋没


すぐ後ろで開口、ここが玄門か


石室内部、奥から土砂が流入


中央辺りでも天井が動かされ開口


石室後部


平石を重ねた奥壁


奥から外、途中が土砂で埋まる


15号
位置:34°37′21″N134°09′25″E
これも尾根筋に立地、墳丘はかなり流失


石室良好、側壁はやや持ち送り


ストロボ無しでも明るく撮れている


奥壁は下半分に台形の鏡石、上に平石の間に楕円形の石とちょっと変わっている


奥から外、無袖かな


18号
前上部を失った石室、よくあるパターン


開口部、狭いけど入るのに問題なし


石室後部良好


台形の鏡石、左をやや狭めて幅を合わせている


奥から外、入り口から土砂流入


21号
前部が破壊された石室


やや持ち送りがあり幅の狭い石室


将棋の駒のような鏡石、右下に小型の鏡石なのが幾つもある


奥から外、ここも無袖かな


22号
墳丘がやや残る


ここも前部が破壊


石室正面、余裕で入れる


石室良好、側壁石材小型


奥壁は2段積み、下が埋まるが上の石の方が大きそう


奥から外、石材が一部落下


23号
上部を失った石室、左側壁石材が落下


石室正面、奥壁2段積み


36号
天井石露出、手前が後部、23,24号の間にある


幅の狭い石室


小さな石室


奥壁にしては位置がおかしいかな


24号
すっかり上部を失った石室、23号とともに斜面最下部のは状態が悪い


割と幅が広い、落ちているのは側壁か


これは奥壁それとも天井石


25号
墳丘が残る、藪が酷くて撮りづらいですけどね


中間で天井石が動かされて開口


奥壁は平石積み


奥から外、一応入れます


26号
ここも前部破壊


石室正面、左の石は動いていてその内落ちるでしょう


幅の狭い石室、左側壁がやや孕む


角石を重ねた奥壁


奥から外


27号
ここも前部破壊、木が邪魔をしている


内部は良好


奥壁は2段積み+平石


奥から外、どこも似たり寄ったり


28号
墳丘はよく残る、元々の状態か


墳頂に盗掘坑、石材は全く見られず、遠方に前方後円墳がある黒島


30号
基部の一部しか残っていない


側壁


31号
位置:134°09′30″E 34°37′20″N
これが一番わかり易い場所にある


低い墳丘が残る


石室正面、天井石が落下


石室後部はよく残る、奥壁は平石積み


奥から外


32号
位置:134°09′31″E 34°37′17″N
生け垣に囲まれた墳丘、初めは気付かず通り過ぎた


入ると巨石奥壁が露出


でもかなり薄い、ずれ落ちて開口


奥から外、左片袖式、まぐさ石が割れている


玄室内は土砂流入、奥壁がずれているのも分かる


反対側に廻るとこちら側も開口


羨道もよく残っている


羨道奥から、天井が一部抜ける


34号
最近消滅か

37号
位置:134°09′34″E 34°37′21″N
緩斜面にほぼ裸の墳丘


反対側から、石室天井石が露出


石室前から


石室内部は埋没


38号
37号斜め下方にやはり裸の墳丘


石室正面


天井石が随分割れやすそう、実際平石状に割られたのも見かける


玄室、側壁は殆ど持送りなし


奥壁はほぼ1枚石の巨石、このタイプのはあまりない


奥から外、無袖かな


39号
道路脇に小さな墳丘


小さな開口部


内部はよく残る、全般に小型石材


奥壁は平石積み


奥から外、左にやや歪むか


40号
位置:134°09′37″E 34°37′16″N
藪に覆われた墳丘


頂部に石室露出、意外と残っている


奥壁は半円形のを2段積み


41号
こちらも藪の中、天井石が見えている


天井石露出、隙間がある


隙間からカメラを突っ込んで撮影、石室意外と良好、あまり期待できない状態だったのでビックリ


42号
畑側の藪の中、探すのにかなり手こずった


開口部


意外な程石室良好、この群はこういうのが結構あるから油断できない


下に鏡石、上に平石と正統的な奥壁


奥から外、天井はかなり危ない状況


43号
位置:134°09′37″E 34°37′13″N
天井石がすっかり露出、後方から


横から、陰と日向の部分と撮影には最悪の状況


内部はすっかり埋没


44号
見落とす

45号
位置:134°09′36″E 34°37′20″N
低い墳丘が残る


前と後ろだけ、中間はすっかり抜かれている


奥壁と最後部天井石が何とか残る


46号
良好に残る墳丘、石室前部露出


反対側から


石室正面、古墳の札はオリーブ園現役だった頃の名残か


平たく加工された天井石


石室良好、強烈な日差しが却って邪魔


ストロボ無しで撮れる明るい石室


奥壁は巨石2段積み


奥から外、側壁はやや持送りがあるか


天井のレベルが揃っている


47号
雰囲気良く残る墳丘


石室正面、ここも天井石平石


石室も良好


上部に大型石材、下に平石と普通と逆の奥壁、最下部は埋まっているがそれ程大きな石でもなさそう


奥から外、こもも無袖かな


48号
位置:134°09′40″E 34°37′19″N
やや急斜面に築かれた墳丘


正面から


開口部、少し掃除しました


石室良好、ストロボ無しで撮ると雰囲気いいわ


ちょっと変わった奥壁、鏡石の上にくさび状の平石


奥から外、やや背が高く幅が狭い


49号
位置:134°09′45″E 34°37′12″N
尾根筋先端にポツンと存在


中に入ると天井石露出


開口部


殆ど埋まるが何とか奥壁が見えている、平石積みのようだ


51号
位置:134°09′39″E 34°37′22″N
この辺りから林の中で探しにくくなる、墳丘は裸なのでわかりやすい


石室正面、大きく開いて期待できる姿


日が当たっているので奥壁まで見えている


良好に残る石室、ストロボ無しで撮れるのが嬉しい


台形の鏡石に平石を重ねる


奥から外、左袖があるのかな


52号
墳丘がよく残る


幅広い開口部


ここも良好かつ撮りやすい


51号とよく似た奥壁


奥から外、一番前の天井石が危うい状況


53号
杉林の中にある墳丘、下草もなく非常に好みな状況


前に廻ると前部がやや崩壊、この前は斜面が急になる場所


石室正面、余計な木が邪魔


天井が露出しているので明るい石室


右下に小型の鏡石、このタイプのは時折見かける


奥から外、前が急になっているのが分かるかな


天井石は2枚残る


これでよく残ったな


54号
大きな墳丘が残る


石室正面、分厚い平石状天井石


内部は良好、祠があり祀り事が行われていたようだ


風変わりな奥壁、なんでこんな積み方をした


奥から外、土砂が流入


55号
位置:134°09′27″E 34°37′48″N
イベント広場に現状保存、早い話が放ったらかし


これが奥壁側、元の状態がわからない程崩壊


横から、天井石が露出、墳丘は殆ど無い


石室正面、羨道は入り口までよく残っているようだ


よく残る羨道


羨道に比べて玄室の状態は悪い、天井石も傾いている


右袖式の玄門、こんなにハッキリ分かるのもこの群では少ない


羨道奥から


56号
位置:134°09′50″E 34°37′25″N
ここも藪の中で探すのに苦労した、近くに偽墳丘もあったしね


天井石露出、入り口殆ど埋没


入り口の隙間から撮影、石室自体は埋まらず良好、しかし殆ど日が当たらないだろうによく木が成長できたな


左が奥壁、意外としっかりした造り


57号
位置:134°09′48″E 34°37′18″N
石垣に囲まれた墳丘、残されただけでも感謝しなくちゃ


反対側に開口部が見えている


開口部、かなり掃除しました


長い石室が良好に残る、天井が一段下がっている所が玄門でしょうか


明るい玄室


疑似五角形の鏡石に平石を重ねる


奥から外、やはり無袖かな


(2003年)
31号
墳丘背後、左遠方に黒島が見えている


玄室


37号
1号すぐ上にある墳丘


墳丘横から、石室は殆ど崩壊


かろうじて残った玄室奥、1号と比べて石材が小型


38号
横穴式石室、玄室長5.5,幅2m(目測値)
位置:34°37′20″N 134°09′35″E

墳丘


山頂近くの南側斜面にある


石室正面、羨道は殆ど壊失


玄室、奥壁は1枚石の巨石


奥から外、両袖か


45号
横穴式石室、玄室長8,幅2.2m(目測値)

墳丘


石室正面、羨道はかなり壊失


やや胴張りの玄室


玄室奥、一部の石で平面に仕上げられている


奥から外、無袖か


46号
石室開口部


玄室、下が埋まっている


奥から外


47号
石室開口部


玄室


奥から外、右に小さな袖石が立っている


49号
破壊された石室


(見学記)
(2017年)
前回03年に訪問した時も割と石室を見かけましたが更に50基以上の大古墳群と判明したので再訪してみました、駐車場が無料になったことも大きいですが(笑)。「古墳奮闘」に載っている分布図を参考に探しまくりました。かなり広い範囲に分布していて見やすい場所もあれば藪の中のもあり1日半かかりましたよ、でもお陰でほぼコンプしました(新たに12号1基追加発見)。群集墳にしては石室がよく残っているのも多い。分布図を持たない初心者(前回の私だ)でも旧オリーブ園内に幾つも石室が残っていて簡単に見つけることが出来るしベテランのコフニストでも探すのに苦労するのもあるしいろんなレベルの人でもそれなりに楽しめます。。
後から分布図を見て気がついたのですが同じ丘陵の東端に以前訪問したスクモ塚古墳があります。1号が何故か西端にポツンとあることを考えるとこれも同じ古墳群に含めていいじゃないのという気もする。
(追記)分布図を携帯に送る際トリミングして南側離れた場所にある44号を見落とす、更にこの後かまどねこさんによって2-4号が見つかる、でも深い藪の中だしな。流石に再訪はないだろ・・・。

(2003年)
町北側の丘陵、オリーブ園内にある40数基からなる大古墳群です。個々の古墳は全く分からないので取り敢えず言ってみたら園内に入るには一応バイクも駐車料金が必要ですが料金係のお兄さんに古墳見学に来たんだけど、と言ってみたら無料で入れてくれました。序でに古墳のことを聞いてみましたがあまり知らないらしく2基見たことがあると言っていましたが確かに正面に古墳が見えてます。これが1号(仮称、以下同じ)、頂上近くの急斜面に立地していて羨道は失われているようですが巨石を使った奥壁を持つ玄室はほぼ残っています。すぐ上に2号がありますがこちらは石室が大きく損壊、玄室奥辺りがかろうじて残っていますが、奥壁も小さな石を積み上げていて1号との違いを示しています。墳丘や石室自体の規模はそれ程変わらないんですけどね。この2基はすぐ分かったが他は不明、近くに巨石が露出しているのでそれを見に西側に行くともう1基あった。これが3号、やや小型の石室です。ここより西側は急斜面で古墳もありそうにないので東側を探してみると次々に見つかりましたね。4,5,6,7,・・・。特に4号は羨道が失われているようですが8m近いやや胴張りの玄室が良好に残っていました。他にも幾つかありましたがきりがないのでそうそうに退散しました。
[ 2018年02月01日 18:57 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

松尾大池北東古墳群

岡山県岡山市北区 2017年1月訪問

6号
横穴式石室、石室長6.5m以上、玄室長4.5,幅1.4m
位置:34°41′41″N 133°52′26″E
全く予想してなかった石室に遭遇


石室上部が露出、こんな場所でこんな石室が見逃されていたのに驚き


石室正面、この辺りが玄門か


一番前の天井石は丸みを帯びた自然石


背後のは板状に加工


内部はやや埋まるも概ね良好


奥壁は鏡石+平石、シートに雨水が溜まって重く外せなかった


奥から外、右片袖式、側壁の一部が内部に落下している


背後を通る道路からも見えている


7号
石室正面、巨石で構成


横から、墳丘は石室を覆う程度に残存


背後から、奥壁上部露出


巨石天井石、内部は埋没


見学記
「古墳奮闘」松尾大池北西古墳群の分布図には北東古墳群も2基載っている、でもマークが灰色なので大したものではななさそう、でも時間があるので探してみました。まずは池の畔にある4号、でも見当たらないし石室奥基部が残っている程度なので後回しにしてそのまま進めば7号に行くはずと思って進んでいくと果樹園の手前で殆ど露出した石室がありました。さすがにこんなのがあれば「古墳奮闘」にアップされているだろうから未発見の石室でしょうね(後で聞いた所によると6号らしい)。羨道は短く玄室は右片袖式で長4.5m、奥壁は鏡石らしい上部が丸みを帯び上に平石1枚。人の通らない果樹園とは言えこれ程の石室が未発見だったとはね。過去にも何度かあるけど道を間違えるのも偶にはいいこともある(笑)。7号は更に先にありましたが果樹園内が通れないので元に戻って迂回する必要があります。巨石が露出するも内部は埋没した石室でした。6号を見つけたことで気分はウキウキ、帰りに4号を探すのをすっかり忘れていた(汗)。
しかし大池北東と北西古墳群、殆ど接近した場所なのになんで2つの古墳群に分けるのか疑問、必要あるのかと思ってしまう。
[ 2017年12月28日 18:53 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

松尾大池北西古墳群

岡山県岡山市北区 2008年3月訪問、17年1月再訪

(5,6号追加)

1号
横穴式石室、玄室長5,幅2.1,高1.8m
位置:34°41′42″N133°52′18″E

奥壁辺りの天井に開口


玄室、奥壁辺りに歪みがあり隙間を生じている


奥から外、羨道もかなり埋没


右が微妙だが片袖かな


3号
横穴式石室、残存長4m

果樹園の中に石室露出、羨道部は崩壊


石室正面


石室東側側面


石室背後から、露出した天井石、奥に見えているのが4号


石室内部、奥壁は2段積み、上下の曲面を巧くあわせている


奥から外


4号
横穴式石室、残存長4m

石室西側側面、3号東側に隣接


石室東側側面、奥に3号、左下に7号、遠方林の中に1号


石室背後から、露出した天井石、奥に8号


石室正面、羨道上部は壊失


持ち送りもなく整った石室、奥壁は鏡石を据えるが3号よりやや粗い


5号
横穴式石室
すっかり藪に覆われている、笹薮だけでなく蔓植物にも覆われ一番厄介な状況


上の方に開口、これでも掃除後


天井石が露出


内部も笹薮、掃除する気にもなれない


6号
横穴式石室、玄室長5,幅1.7,高1.5m
位置:34°41′44″N 133°52′22″E
笹薮の中に開口、以前は文字通り藪の中だった、右側の石だけが露出していたもよう


石室は極めて良好、群最大クラス


側壁は垂直、天井面のレベルも揃っている


奥壁は巨石1枚+平石、左側壁と共に面が整えられている


奥から外、多分無袖かな


奥から左、側壁上部が平らでないため積み重ねるのに苦労したかも


右側はそれ程でもない


7号
横穴式石室、残存長5m

墳丘東側、天井石が露出


墳丘西側、羨道部は崩壊


石室正面


石室内部、ゴミ溜め状態


持ち送りがなく整った玄室


鏡石を据えた奥壁、上に重ねた平石が右に偏って不安定感を与える


奥から外、無袖式かな


8号
横穴式石室

天井石の一部が露出


隙間からカメラを突っ込んで撮影、白いのは蜘蛛の巣


7号と同規模のようだ


(見学記)
(2017年)
北区松尾、前回訪問後に新たに6号が発見された、しかも一番状態が良さそう。でもここは道が狭くて車では訪問しづらいし後回しになっていましたが吉備SAにウエルカムゲートがあって歩いていけるのでどうせSA泊だし行き掛けの駄賃とばかり訪問してみました。場所は4号のすぐ側10mも離れていないけど当時は笹薮の中で全く分からなかった(存在を知らないから探してもないし)。今は石室入り口の笹薮が刈られ石室が丸見えになっています。巨石を使った玄室は無袖式かな、奥壁は巨石1枚+平石、天井のレベルが揃えられていて高度な技術を思わせます。発見当時は側壁のごく一部が笹薮の前に出ていたようだけどこれを小学生が見つけて発見に至ったとか、恐るべし。序に5号も見学、こちらはすっかり藪に包まれていますが南側になんとか石室が見えています、内部はかなり埋没し笹薮状態で入るの困難。

(2008年)
岡山市松尾、山陽自動車道吉備SA北側に松尾大池がありその北西の果樹園の中にある古墳群です。吉備SAがスマートSAになっていてここから直接外に出られます。ため池西側の堰堤から真っ直ぐ北の丘に登ると左手に小さな林がありその北東隅辺りに1号があります。外側から墳丘が見えたのでどこから入ろうかと思案しているとちょうど農作業の方が通りかかって教えてくれました。笹藪を押し分けて中にはいるとすぐに開口部があります。と言っても羨道入り口でなく奥壁近くの天井部に隙間が出来ていてそこから中に入れます。石室長5mほど羨道もかなり埋まっていて奥壁辺りも石積みに乱れがありますが全体に良好に残っています。
古墳群とあれば他も探すのが常道、ここから東に50m程行くと4基の石室墳が露出していました。道北側の2基はほぼ石室が露出前部も崩壊内部も大分埋まっていますが共に残存長4m、幅1m程の石室です。その下側にも2基の石室があり西側のは残存長5mほど、少し物置となっていますが立派な石室が良好に残っています。その東側は天井石の一部が露出している程度隙間からカメラを突っ込んで撮影しましたが西側のとほぼ同規模のようです。
今年の岡山県(そして来年からも)の古墳はかまどねこさんのブログ古墳奮闘を参考にしていますが(と言うか殆ど頼り切っていますが)、あれ程困難な石室を探し出している方がここを見逃したというのが不思議でしょうがない。
[ 2017年12月28日 18:52 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)
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