更新情報

18/06/14
宮崎県西都市
西都原古墳群第3支群、中央支群(仮称)最新画像追加
酒元ノ上横穴墓群最新画像追加

18/06/07
宮崎県西都市
茶臼原古墳群最新画像追加

18/05/31
宮崎県川南町
川南古墳群最新画像追加その2

18/05/24
宮崎県川南町
川南古墳群最新画像追加その1


各県別青森
秋田岩手
山形宮城
佐賀福岡山口島根鳥取福井石川新潟栃木福島
長崎大分広島岡山兵庫京都滋賀富山群馬埼玉茨城
熊本宮崎愛媛香川大阪奈良岐阜長野山梨東京千葉
鹿児島高知徳島和歌山三重愛知静岡神奈川

ブログのURL https://kofunoheya.blog.fc2.com/
に直接アクセスすると画像が大量に表示されるため重くなります。
この記事のURL https://kofunoheya.blog.fc2.com/blog-entry-2726.html
に直接アクセスすると画像が無いためその分表示が早くなります。

#リンクは自由ですがブログでなくホームページの方でお願いします。
#古墳の経緯度は全て日本測地系です、使用する地図によって測地系が異なるので注意してください。
 googlemapでそのまま使うと位置が南東にずれるので世界測地系に変換してからお使いください。
[ 2018年06月14日 18:40 ] カテゴリ:未分類 | TB(-) | CM(-)

西都原古墳群

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

前方後円墳32基、方墳1基、円墳277基、他地下式横穴墓
4C~7C前半
「風土記の丘」第1号

(2017年)
第1支群(28日予定)
第2支群(21日予定)
第3支群
中央支群(仮称)
西支群(仮称)(7月5日予定)
2001年
(クリックでジャンプ)


第3支群
前方後円墳1、円墳87基

分布図:多数の円墳と1基の前方後円墳、右側駐車場から左に伸びる空白域は谷状地形になっている


111号
地下式横穴墓を有する墳丘、左側はその見学施設


上段葺石を展示、墳丘は当然復元で大きくなっている


小さな河原石を使った葺石


墳丘上から、周溝が巡る


円墳群
111号から見た115号、この時は雨あがり、円墳ばかりだし個々の墳丘はパス


左の大きな墳丘が118号、右遠方に265号(船塚)


265号(船塚古墳)
前方後円墳、TL58,R34,RH5.9,FW38,FH5.9
位置:32°07′26″N 131°23′23″E
後円部と前方部がほぼ同じ高さ、群中最後期の前方後円墳、発掘中でした


前方部斜め後方から、左側の台地端の方がやや高くなっている


前方部隅から、こちら側は周溝がハッキリ


二段築成の様子がよくわかる


前方部から後円部


前方部頂部トレンチに石組み、竪穴と言うより箱式石棺のように見える


265号から見た円墳群、右奥が博物館、手前植樹部分が谷状地形


266号
265号東側、台地端に3基の円墳が並ぶ


267号
右後方に268号


268号
どれもほぼ同規模



中央支群(便宜的区分)
男狭穂塚古墳
帆立貝式古墳、R130,RH18
全国最大の帆立貝式古墳
位置:32°07′06″N 131°23′12″E
西側から林越しに撮影、奥に墳丘が見える、撮影地はやや高くなっていて丘陵を削って手前の平坦面を造っている


女狭穂塚古墳
前方後円墳、TL177,R97,RH15,FW109,FH13
九州最大の前方後円墳
位置:32°07′00″N 131°23′12″E
前方部隅辺り


左墳丘、右外堤、その間が周溝


169号(飯盛塚古墳)
円墳、R44,H7、5C前半
位置:32°07′00″N 131°23′12″E
復元墳丘、望遠で撮影すれば十分、男狭穂塚の陪墳


170号(雑掌塚古墳)
円墳、R45,H1.8、5C前半
位置:32°07′02″N 131°23′03″E
復元というより盛り土をして保護か、後方の森が女狭穂塚でその陪墳


171号
方墳
位置:32°06′57″N 131°23′09″E
群中唯一の方墳、後方の森が女狭穂塚


再整備中なんでしょうか


稜線部分に直線上の石列がある


西側高い方からの眺め


205号
手前が鬼の窟古墳周溝、陪墳でしょうか


206号(鬼の窟古墳)
円墳、R37,H7.3、6C後半~7C初
外堤、2重周溝、群中唯一の横穴式石室
横穴式石室、全長12.3m,玄室長4.8,幅1.8~2.5,高2.2m
位置:32°06′50″N 131°23′33″E
巨大な外堤を持つ大型円墳


外堤から見た2段築成の墳丘、石室前は通路状になっている、前庭と言えるのかな、この日は月曜で博物館休み、嫌な予感がした


墳丘斜め前から


外堤西側


外堤東側


羨道、石室は解体復元されているようだ、羨道入り口は鍵がかかっていて入れず


玄室を望遠で撮影、柵の隙間が大きいのでなんとか分かる


207号
206号北側、広い平坦地にポツンとある


後方に206号、建物は古墳と関係なし


酒元ノ上横穴墓群は別記事にしました)


(2001年)
男狭穂塚古墳
女狭穂塚古墳
墳丘脇の模型、本体は陵墓参考地で見学不可


1号
前方後円墳、TL50,R28,RH4.7,FW22,FH2.3

初期の前方後円墳はみな崖際にあり側面を平野部に向けている


13号
前方後円墳、TL80,R44,RH7.2,FW27,FH4.8

復元された墳丘、後円部で主体部が公開されている


礫槨、この倍の長さがある


35号
前方後円墳、TL70,R37,RH6.5,FW20,FH3.1、4C後半

最古の前方後円墳の1基


46号
前方後円墳、TL70,R44,RH7.7,FW29,FH5.7

前方部が発達しかけている、前方部を平野側に向ける


56号
前方後円墳、TL37,R24,RH3.5,FW16,FH2.1、4C

群中最小の前方後円墳


72号
前方後円墳、TL79,R50,RH7.4,FW39,FH4.6、4C後半

奈良県行燈山古墳と同一設計


83号
前方後円墳、TL80,R40,RH5.7,FW25,FH2.2

典型的な柄鏡型


88号
前方後円墳、TL40,R21,RH3.3,FW16,FH2.2



90号(大山祇塚古墳)
前方後円墳、TL96,R51,RH4.1,FW31,FH3.8、4C
位置:32°07′04″N 131°23′39″E

群中3番目の規模


91号
前方後円墳、TL91,R43,RH6.2,FW20,FH2.3



95号
前方後円墳、TL53,R29,FH3.4,FW20,FH2.8



99号
前方後円墳、TL55,R31,RH3.5,FW15,FH2



100号
前方後円墳、TL59,R33,FW18,FH2

発掘中、全面に河原石が葺かれている


109号
前方後円墳、TL67,R37,FH4.2,FW26,FH3.7



111号
円墳

地下式横穴墓を有する


169号(飯盛塚古墳)
円墳、R44,H7、5C前半
位置:32°07′07″N 131°23′05″E

全国唯一子持ち家形埴輪が出土、後方の森が男狭穂塚古墳


170号(雑掌塚古墳)
円墳、R45,H1.8、5C前半

極端に平べったい墳形


171号
方墳、L23,H4.5、5C前半

群中唯一の方墳、右後方の森が女狭穂塚古墳


202号(姫塚古墳)
前方後円墳、TL52,R28,RH6,FH30,FH5
位置:32°06′36″N 131°23′38″E
群中最後の前方後円墳


206号(鬼の窟古墳)
墳丘、外堤


外堤上から見た墳丘


玄室、解体復元された


265号(船塚古墳)
前方部が発達した墳形、姫塚と同じく最後の前方後円墳


(見学記)
(2017年)
西都市童子丸、三宅、広い台地上に分布する古墳群ですがほぼ大地の縁辺に分布しています。殆どが公園化され要所要所に駐車場もあるので見学しやすい。前回の訪問も雨に祟られたけど今回も半日雨、でもおかげで博物館内をゆっくり見学、受付でもらった分布図のコピーが随分役に立ちました。前の見学記では資料館と書いているし入館料も取られたけど今回は無料、随分立派になっているし建て替えられたのかな。公園内の古墳はよく知られているのでまだあまり整備されていない西側の丸山支群を説明します。男狭穂塚女狭穂塚西側の高くなった場所にあるのが169号(飯盛塚)、170号(雑掌塚)共にかなり大きな墳丘で前回は復元前でしたが今回は復元されています、その分面白味はない。前回復元前の状態を撮っているから今となっては貴重な写真となりました。女狭穂塚南側にあるのが唯一の方墳171号、ここも前回は葺石が再現されていましたが多分レプリカ、今回は再整備なんでしょうか整備中で実物の葺石が見えていました。(以下西群(仮称)をアップした際アップ)

(2001年)
ここはあまりにも有名なので個々の細かな説明は省略します。国道10号から案内板が出ているのでそれに従って行く。西都市街地を通り広い台地の上に上がるといきなり鬼の窟古墳が右手にある。外堤を持つ円墳で群中唯一の横穴石室がある。さすがに大きな外堤があると豪壮に見えますね。一部をカットして断面が見えるようになっています。石室には柵に鍵がついているが常時開いているようだ。石室は解体復元している。それ程大きな感じはしない。更に行くと男狭穂塚女狭穂塚がある。深い林の中で共に前方部がかろうじて見えるのみ。左手の道を資料館の方に行くと171号がある。群中唯一の方墳で一部葺石が復元されている。更に行くと170、169号がある。前者は規模の割に背が極端に低くまるで煎餅のような墳形。後者は全国唯一の子持家形埴輪や舟形埴輪で有名、トレンチが入っていて発掘中のようだ。資料館(入館料200円)は出土品や古墳群模型の展示が主、線刻壁画を持つ土器田横穴墓の実物大レプリカが面白い。古墳関係の資料はあまりない。鬼の窟まで戻ると西側に建物が見える。これが平成6年に発見された酒元ノ上横穴墓群の保存施設で遺跡を発掘当時のまま保存している。2,6号では墓道の中まで入って見学できる。古墳群最後の造墓。南東に前方後円墳がポツンとある。柄鏡式の前方後円墳が多い中で前方部の発達した墳形で古墳群最後の前方後円墳です。この東側に古墳が密集している。前方後円墳は台地の端に側面をさらしているのが多い。35号で墳丘復元、竪穴石室と礫槨が公開されている。更に北側崖沿いに前方後円墳が並んでいる。殆ど柄鏡式でどれも保存状態が良く美しい墳形を横たえている。北側の100号が発掘中、全体にシートが懸かっているが隙間から河原石の葺石が見えている。谷を挟んだ北側に船塚がある。周りが円墳だけの中で1基だけポツンと存在、これも前方部の発達した後期型。それにしても古墳の多いこと、特に前方後円墳の状態が良く殆どが裸の状態でよく観察できる。幸か不幸か日程の一番最後だったので足早に見て回ったがじっくり見ていたら丸1日はかかりそうだ。全国にある風土記の丘第1号で全体が特別史跡となっている。
[ 2018年06月14日 18:39 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

酒元ノ上横穴墓群

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

酒元ノ上横穴墓群
10基、7C初
横穴墓と地下式横穴墓の融合
平成6年発見、西都原古墳群最後の造墓
発掘当時のまま建物の中に保存されている
位置:32°06′41″N 131°23′31″E

(2017年)
遺跡を丸ごと覆い屋で保存


覆い屋内部


2号墓、薄暗いのでぶれた


4号墓、主体部は未発掘か


6号墓、奥と右側に横穴がある


(2001年)
緩斜面に墓道を彫り込み奥に横穴墓を構築、右手にも横穴墓がある
[ 2018年06月14日 18:29 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

茶臼原古墳群

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

春日地区9基(前方後円墳1)、轟地区9基、上野地区37基(前方後円墳2)

(2017年)
分布図:左下隅に児屋根塚(現地説明板より)


春日地区
1号(児屋根塚古墳)
前方後円墳、TL110,R64,RH7.5,FW61,FH7.15C
位置:32°07′42″N 131°26′13″E
県道脇に大きく状態の良い墳丘が残る、ここも野焼きされていた


右が後円部、九州でも十指に入る大きさ


前方部隅から


2号墳辺りから


_2と反対側、それにしても端正な墳丘


2号
割と大きいがかなり低くなっているような


背景を選ばないと分かりにくい


8号
手前8号、左後方9号


これは比較的高さが残る


9号
ビニールハウスの農地の中に残る、流石に焼き方も遠慮したようだ


轟地区
位置:32°08′05″N 131°25′14″E
茶畠の中に点々と墳丘が残る、流石にここは野焼きをやっていない


扇風機付きの墳丘(笑)


これは割と大きい


もう番号の特定は諦め撮影順にアップ


原型を殆どとどめているのかな






上野地区
位置:32°08′26″N 131°24′40″E
県道西側、農地だか空き地に古墳が点在




以下撮影順にアップ








以下県道東側








(2001年)
児屋根塚古墳
左手が後円部


茶臼原古墳群(前方後円墳2,円53基)、の中で突出して大型


(見学記)
(2017年)
西都市茶臼原、これも台地上にある古墳群ですが広い範囲に幾つかの支群に分かれてますが円墳ばかりのようで見るべきものは東端辺りにある児屋根塚古墳くらいでしょうか。県道313号沿いに大きな墳丘が見えています。ここも野焼きされていましたが斑状態でした。大きいのは大きいんですが頭の中のイメージよりは小さく記憶の中で大きくなっていたようです。前方部側に2号円墳、割と大きいですが背が低い。西側に9,10号があります。後円部辺りの県道反対側に駐車スペースあり。県道を更に西に行くと轟地区に支群、左側茶畑の中に古墳が幾つも見えています。ここはもう遠望で撮る程度。更に西に行くと上野地区にも支群、道の両側に10基以上ありましたがもう個々を区別せずに適当に撮る。どちらも駐車スペースがあったので撮ってみたけどなかったらスルーしたかもね。

(2001年)
全長110m、後円部径64m、前方部幅61mの前方後円墳です。台地上の畑の中に均整のとれた姿を見せている。前方後円墳2を含む全55基からなる茶臼原古墳群の主墳でこの周りにも幾つかの円墳がある。主墳だけが突出して大きく他は小型。
[ 2018年06月07日 19:10 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)

川南古墳群

宮崎県川南町 2001年5月訪問、2017年2月再訪

前方後円墳25、円墳29、方墳1(みやざき文化財情報による)

1-21号

29-45号(今週追加)
46-56号(今週追加)
2001年

(2017年)
分布図:前方後円墳の割合が高い、1基を除き前方部が東±45°の方向を向く


1号
駐車場の中に残る


2号
公民館背後、ここに説明板と駐車スペースがある


殆の古墳が野焼きされていた、建物側だし多分バーナーで焼いたんだろうな


3号
道路で少し削られている


4号
前方後円墳
位置:32°09′59″N 131°29′43″E
南側から、他の前方後円墳とやや離れた台地中央に立地、手前のは多分太陽光パネル


北側から、地形はこちら側がやや高くなる


北西から


端正な姿なので色んな方向から撮影


南東から


5号
建物の裏に残る


6号


7号


8号
奥に10号


9号


10号
前方後円墳、TL62,R34,FW18
前方部が低平


前方部斜め後方から


11号
前方後円墳、TL94,R48,FW28
位置:32°09′48″N 131°29′35″E
前方部が長く低平


前方部斜め後方から


前方部端から後円部


後円部から前方部、端が広がらない


前方部左隅から後円部


13号
11号から見た13-15号


後方に11号


14号
手前14、後方15号


低い墳丘、後方11号


15号
この辺りは藪が刈り払われた直後のようだ


16号
方墳
唯一の方墳


17号
多分古墳


18号
前方後円墳
位置:32°09′47″N 131°29′30″E
11号から見た様子、藪の中だと思っていたのでラッキー


台地縁辺に立地、でも下から見えたかな


南東側から


真横から、前方部が長い


後円部横から前方部


21号
前方後円墳
小型の前方後円墳、後方の林の中にも幾つか前方後円墳があるはず(19、22-28号は林の中で見学不可)



29号
前方後円墳
前方部が短い


30号
前方後円墳、TL52,R28,FW34
位置:32°09′56″N 131°29′29″E
11号と比べて前方部が発達してきている


左が前方部




31号
前方後円墳、TL48,R32,FW20
位置:32°09′58″N 131°29′29″E
30号北側


右が前方部


30号とほぼ同型同大


32号


33号
前方後円墳、TL52,R32,FW28
位置:32°09′55″N 131°29′25″E
30号西側


この辺りの4基はどれも似ている


西側から


南東側から


34号
_1


35号
_1


37号
前方後円墳
39号西側の小型前方後円墳、右奥に前方後円墳38号、手前に円墳36号があるはず


39号
前方後円墳、TL113,R64,FW38
位置:32°09′53″N 131°29′18″E
群中最大の前方後円墳、前方部が随分低平


後円部は圧倒的迫力


前方部右隅から


42号から、手前に40号


40号
前方後円墳
手前が後円部、左奥に42号


42号
前方後円墳
北側から


前方部端から後円部


南東から


43号
前方後円墳、TL46,R28,FW16
位置:32°09′58″N 131°29′26″E
30号北西


北東から、左後方に33号


45号
前方後円墳、TL34,R26,FW18
位置:32°10′01″N 131°29′27″E
これだけ例外的に前方部が南向き


前方部も低い


帆立貝式に近いかな



46号
左から46,47,48号、北東高台に支群のようにある




47号


48号


49号
前方後円墳
右49、左50号


前方部低平


前方部隅から後円部


反対側の前方部隅から


真横、南から


50号
前方後円墳
位置:32°10′11″N 131°29′59″E
49号とほぼ同じ大きさ


前方部がやや高くなっているか


56号
4基の円墳の中では一番大きそう



(2001年)
10号
典型的な柄鏡型


11号
殆どで前方部が東を向く


30号
前方部発達


31号


左30号、右31号、30号の奥に僅かに見えているのが39号


33号


39号
群中最大、側の建物から汚水がしみ出て環境が悪くなっている


43号


45号
唯一前方部が南を向く


(見学記)
(2017年)
ここも丘陵上の広い平坦面に分布する大古墳群ですが概ね平坦面縁辺に立地しています。来てみたら殆どの墳丘が野焼きされ真っ黒け状態、かなりガッカリしました。群の東側辺りに自動車工場がありこの西側に石碑と説明板があります。最大の前方後円墳は西端辺りにある39号、巨大な後円部が圧倒的な迫力です、その割に前方部は低く細長く典型的な柄鏡型前方後円墳です。この西に2基東に3基の小型の前方後円墳がありますが同じ前方後円墳とは言えまるで別物ですね。中央南側に前方後円墳の11号があります。以前はこの南側は藪や林でしたが今回すっかり刈り取られていて前方後円墳の18号が見学できましたラッキー、やはり野焼きされていましたけどね。小古墳も4基その内東側の1基は唯一の方墳のようです。説明板の所に駐車可。
北東台地の上に支群があります、分布図右上辺り、ここは前回見逃している。近そうに見えたので歩いて行こうかと思いましたが道が描かれていないので車で行ったら結構離れていた、歩いていける距離ではなかったな(汗)。前方後円墳2、円4からなりますがここは茶畑なので焼かれてはいなかった。立地が違うので支群というより独立した古墳群でもよさそう、な気がする。傍を通る県道からブロック擁壁の間の道を入るとすぐ、墳丘脇に車を停められますが県道脇でも駐車スペースあり。一括国史跡。

(2001年)
前方後円墳24基を含む50数基からなる古墳群で特に川南地区に前方後円墳が集中している。現地に行くと畑や水田の中に前方後円墳がごろごろ、かなり集中しているうえに殆ど裸の状態で色々な形が楽しめる。概ね崖際に並んでいるのが前方部の細長い柄鏡式で崖からやや離れているのが墳丘は小型化しているが前方部が発達しているようだ。西端にある39号が最大で全長113m、後円部64m、前方部38m、後円部はかなり背が高いがその割に前方部は細長い。側の建物から汚水がしみ出てきて周りの環境がかなり悪くなっている。これだけの規模なのに固有名が付いていないのも珍しい。
[ 2018年05月31日 19:26 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋ブログ館
へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。

検索フォーム
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
旧市町村名は頭に旧をつけてから検索してください/検索で市町村名が出てこないときは頭に県名を付けると出てくることがあります/市町村名で検索するとスポンサーリンクを検出することがあるので県名をつけて検索した方が効果的です
プルダウンリスト
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

クリックして貰うと励みになります