更新情報

20/08/06
岡山県総社市
浦越古墳群(新規古墳追加)

20/07/30
岡山県矢掛町
正蓮寺谷古墳群(3-10号最新画像追加)

20/07/23
岡山県矢掛町
正蓮寺谷古墳群(1,2号画像追加、旧画像追加)

20/07/16
岡山県矢掛町
岡ヶ市古墳群(最新画像、旧画像追加)


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#古墳の経緯度は全て日本測地系です、使用する地図によって測地系が異なるので注意してください。
 googlemapでそのまま使うと位置が南東にずれるので測地系変換サイトで数値を世界測地系に変換してお使いください

浦越古墳群

岡山県総社市 2010年2月訪問、11年10月、19年1月再訪

(2019年)
その1
位置:34°40′50″N 133°41′39″E
新しく見つかった1列に並ぶ墳丘の最東端、以前訪問時通った山道から見えているが気が付かなかった


南側に大きく開口


それでも石室前部は破壊されているようだ


玄室は良好


ストロボ撮影、奥壁2段積み


奥から外、無袖かな


その2
1号すぐ西側に墳丘が見えている


石室全部埋没、奥に天井石が見えている


墳頂が盗掘で広く窪む


残存天井石は1枚だけ


その3
更に西側に大きな墳丘


石室前部破壊、狭い開口部


入るのは難しくはない


玄門、下がったまぐさ石


玄室も良好、石材の面が揃う


台形の鏡石を据えた奥壁


奥から外、左片袖式


奥から右


〃反対側、こちらの方が石材がやや大きい


その4
同程度の墳丘、ここのは大きさが割と揃う


極狭開口、流石に入るのは無理


カメラを突っ込んで撮影、石室良好、入れないのが残念なくらい良好


その3と同じような奥壁


その5
これまた整った墳丘


墳頂は盗掘で大きく窪む


反対側から見ても窪んでいるのが分かる、背後明るくなっている辺りに1号があるが消滅の模様


その6
_1:整った墳丘だが石室見られず


その7
大きさはあるが低い墳丘


激狭開口


細長い石室が良好に残る


ならばと無理矢理突入


奥壁は2段積み


奥から外、入り口が埋まるが無袖っぽい


その8
その7の側に低いがはっきりした墳丘


石材が一部露出、石室の様子はよくわからず


麓からの遠望、太陽パネル設置


パネルの間に隙間


位置からしてこれは多分4号


これも隙間があるから古墳か、でもこれを残すくらいなら1号を残してほしかった


(2010,11年)古墳番号はHP「古墳奮闘」に従う
1号
方墳?
横穴式石室、玄室長5.5,幅1.4,高1.4m
位置:34°40′45″N 133°41′36″E
丘陵中腹緩斜面に立地


墳丘背後から


南側に石室開口


開口部、羨道前部は壊失


良好に残る玄室、右側壁の積み方が丁寧


ほぼ1枚石の奥壁


奥から外、片袖式


2号
横穴式石室
位置:34°40′49″N 133°41′34″E
天井石が何枚か露出


3号
横穴式石室、石室全長9m、玄室長5.5,幅2.3,高2.3m
位置:34°40′52″N 133°41′44″E
石室正面、羨道前部壊失


羨道奥、巨石まぐさ石が一段下がる


巨石を積んだ玄室、長い間水が貯まっていたようで下部が黒ずんでいる


巨石鏡石の奥壁、左側側壁もかなりの巨石


奥から外、片袖式


〃(縦位置)


4号
横穴式石室、玄室長3.5,幅1.2,高1.4m(現状)
位置:34°40′55″N 133°41′42″E
石室正面


玄室後部が良好に残る


ほぼ1枚石の奥壁


奥から外


5号
横穴式石室
位置:34°40′36″N 133°41′32″E
尾根先端に大きな墳丘が残るが前(右側)が大きく削られている


大きく抉られ石室露出


奥辺りしか残っていない


巨大な天井石


石仏が祀られ奥壁はよく見えない



(見学記)
(2019年)
古墳が新たに7基発見されたので行ってみました。行ってみるとこの側の道は何度か通っていてそこから墳丘が見えているじゃないか、ここも知らなければ見えないの法則(汗)。それはともかく7基集中、内3基で入室可能な石室、1基隙間開口しています。南側に4基、北側に3基並んでいてその間にもう水が流れていない水路があります。ここを通れば移動も容易。西側前1、後ろ2基で大きく盗掘されています。後列東側の1基はシダの藪の中で分かりにくい、開口部も狭く無理やり入ってきました。直ぐ側に低い高まりがあるけど古墳なのかな、それにしては小さすぎるし塚にしては低すぎる。この南側以前は林だったけどすっかり切り払われ太陽光パネルの設置工事が進んでいました。その南側にあった1号は破壊消滅したようです(怒)。この古墳群の中では良好に残っていたのにね。北東側はもう一面パネルが設置されています、所々に隙間があり古墳が残されています。石室があるのも見えていますが4号かな。こちらの方は残されているだけに1号が何故破壊されたか疑問、遺跡があるのは分かっているのだから少なくとも発掘をしないと工事できないと思うんだけどね。南側溜池東側に駐車スペースあり。

(2010,11年)
総社市浦越、ここもかまどねこさんに案内して貰ったときカメラの故障で写真がおかしくなっていたので再訪。かなり広い範囲に分布しているので再訪時でも多少手間取った。東側の住宅団地最奥に駐車ポイントがありそこから小さなため池南側を通っていくと道の脇にぽっかり石室が開口しています。これが仮3号、墳丘は藪に包まれ羨道前部も壊失しているようですが巨石を使った玄室完存、玄室長5.5m程、殆ど持ち送りのない側壁、奥壁は巨石の鏡石を据えその上に一段重ねています。玄門は左片袖式、まぐさ石もすこぶるつきの巨石です。以前は水が貯まっていたようで石室下部が黒くなっています。更に西に進むと開けた場所に畑が広がりその西側に丸い墳丘が見えています。これが仮1号で方墳だそうだ。南側に開口羨道は多少壊失していますがこちらも玄室完存、玄室長は5.5mと3号と変わりませんが幅高さとも小さくやや小ぶりな印象を感じさせます(こちらを先に見てから3号に行ったほうがいいかも)。それでも奥壁は1枚石からなりこちらも側壁はほぼ垂直に立ち上がっています。左に比べて右側壁の方が石が割と整っていて丁寧に積み重ねられている印象を受けます。ここから北西側ため池北側にあるのが仮2号、天井石が露出している程度で内部は埋没しています。3号から山道を北に向かい大きく西にカーブした辺りの少し先にあるのが仮3号、ここは一応自力で発見、と言っても現地を見たら両側は細竹の藪で全く見通しがきかず道そのものも消えかかっている状態でこれは無理だなと思ったけどせっかく来たのだからと入りやすそうな場所から突入してみると(道南側)ピッタシだったようで両側に墳丘が見えていました。となると石室のあるのは西側、細竹が茂って移動が大変だけどなんとかたどり着けました。石室自体は小形で前部は壊失しているけど後部は良好に残っています。

正蓮寺谷古墳群

岡山県矢掛町 1992年4月訪問、2013年4月、19年1月再訪

(2019年)
3号
天井部が露出開口、ちょっと掃除しました


石室内部、奥壁は一応小型鏡石を据える


奥から外、まぐさ石が見えていて羨道埋没


4号
特徴的な三角屋根型の天井石露出


内部はトンネル状と言うか、残存天井辺りしか残っていない


石室後部側から


ブロックを積んだ側壁、一部表面を割っているようだ


反対側は大型石材


5号
大きな墳丘が残る


南側に開口、群中最大の石室、最初訪問時なんで見逃したか


開口部は狭いが横幅があるので入るのは難しくない


良好に残る石室


やや持ち送りのある側壁、狸のせいか靴などが散乱


おむすび型のほぼ1枚石の奥壁


奥から外、まぐさ石が一段下がっている、右片袖でしょうか


奥から左側


反対側、基本割石を積み重ねている


6号
これも大きな墳丘が残る


ただし隙間開口、流石に入るのは無理


内部はそれ程埋まってないようです


7号
こちらも隙間開口、でも入れます


側壁奥壁とも小型石材、奥壁下部は若干左右対称を意識しているかな


奥から外、これも側壁に持ち送りがある、まぐさ石が一段下がる


8号
天井部が露出開口


斜め前から


開口部から奥壁が見えているので期待できず


割石を積んだ奥壁、隙間石が割と残っている


9号
これだけ南側緩斜面に立地


墳丘が良好に残る、期待大だけど


南側に開口、やや狭いがなんとか入れる


石室内部、だいぶ土砂が流入


奥壁は土砂に埋もれて最上部しか見えず


奥から外、大分埋まっているが無袖かな


10号
群東端、斜面際にある、左側のは側壁石材か


絶望的な隙間開口


内部は土砂が流入するも石室自体は良好のようだ


初回訪問時見ていた最東端石室はどうもどれにも当てはまらないようだ


(2013年)
1号
横穴式石室、全長5.7m
位置:34°37′40″N133°34′31″E
外見は以前と特に変わりない石室


立ったまま中に入れる背の高い玄室、ここでこのタイプはこれだけ


側の民家が無人になったせいか中の荷物が少ない


〃縦位置、左側壁が少し押されているようだ


ブロック状の石を2列に積み上げる、石の加工度が悪いのか少しずつ右に傾いている


奥から外


2号
横穴式石室、全長4.6m
石室はかなり藪に包まれてきている、中間の天井石はなくなっている


石室正面、天井石がずれているかな


内部は殆ど埋没


(1992年)(一部画像追加)
1号
丘陵麓にある墳丘、1,2号は麓、他は尾根上に位置する


墳丘上方から


石室正面、背が高い


内部は物置状態


玄室奥から


右1号、左2号


2号
石室正面、右墳丘は山道で削られる


露出した石室


3号
開口部、手前の羨道は埋没


玄室


4号
露出した天井石


入り口から右側壁


6号
上部が凹んだ墳丘、左下に開口


石室内部


7号
開口部


玄室、思いがけず状態がよい


8号
開口部


奥壁辺り


?号
半ば埋まった開口部、群東端、丘陵斜面最上部に位置


右側壁


左側壁、何故か奥壁は撮っていない、改めて見ると9号とも10号とも違う


(見学記)
(2019年)
矢掛町小林、10基程の古墳群ですが最大の5号は見逃しているし初心者の頃の訪問で石室内に入ってないのも多く27年ぶりに再再訪してみました。この日は同行者と3人連れ、その方は行ったばかりなので見つかるのは確実、楽しく見学できました。場所は尾根上の林の中、少々歩きにくいけど6年前の藪のような場所ではなかった。個々の古墳は省略しますが5号は大きな墳丘と石室が残っていました、これをなんで当時見つけられなかったんだ。それはともかく石室に入るのも楽で内部も良好、でも石室内に靴が多く散乱、それも片方ばかりで狸の仕業でしょうか、石室前にも散乱していました。9号だけが南側斜面に立地、これも墳丘石室ともよく残っています。南東側斜面に10号、初めての時はこの下から登ってきました、その時は山道があったけどもう痕跡もなかった。ただ石室入口の様子や墳丘など違うような気がしないでもない。南側に大元鵜江神社があり駐車場有り。

(2013年)
最大の5号を見逃していたので再訪してみました。まずは1,2号から訪問、1号石室自体は変わりませんが倉庫として利用されていた内部は道具類が少なくなっていました、側の民家も引っ越したようで無人になっていました、ポツンと一軒家程ではないですがやはり住みにくかったんでしょうか。背後の2号もヤブに覆われて見づらくなっていました。ここまでは準備段階、本命の3号以下を見るために藪に突入、ここで磁石を利用することもなく直感で飛び込む性格が災い、藪の中を東西に2往復くらいしたが1基も見つからず。ちゃんと東端の急斜面も確認したし場所は間違いなさそう、4月末だし藪が酷くなっていたので見つからなかったかなと自分に言い聞かせて退却。後から地図を確認してみるとどうも1,2号の北側一帯を捜索していたようです。実際のは東方向でした(汗)

(1992年)
美山川,星田川の間の丘に10基分布。1,2号以外は尾根上。すべて横穴石室で玄室がやや持ち送りのある構造,奥壁も多数の石で構成されているのが特徴です。1号は丘の麓墓の側に墳丘が残っていて南に石室が開口,羨道壊失。玄室は奥壁,壁とも中型の石を組み合わせて構成されている。入室可中は物置状態。2号は1号のすぐ西側に石室露出,かろうじて構造がわかる程度に残存。3号は天井石が1枚露出,奥壁も失われている,入室可。4号は封土がかろうじて残っている,羨道は埋没もしくは壊失,玄室残存,入室可。5号は「矢掛町史」に載っている写真を見る限り一番立派な石室のようだが発見できず。6号は開口部分は狭いが玄室はあまり埋まっておらず以外と広い。,入室可。7号は開口部分に見えている天井石はかなり大きいが玄室の石材は小型,半ば埋まっていて入室困難。8,9号はともに天井石が露出,小型の石材からなる玄室は半ば埋まっていて入室困難。10号は不明。

岡ヶ市古墳群

岡山県矢掛町 1992年4月訪問、2019年1月再訪

(2019年)
8号(仮称)
横穴式石室
位置:34°37′31″N 133°34′39″E
前年新たに古墳が見つかったと言うので再訪、低い墳丘だけど藪になっているわけでもない


石室前部が露出、遠くに見えているのが神社


天井石左側には後世の割口、石仏でも彫ろうとしたんでしょうか


開口部は狭いが下が落ち葉なので入るのは楽


割石積みの玄室


奥壁も側壁と同様の小型石材


側壁の一部が崩れている、比較的最近のような感じ


奥から外、両袖かな、まぐさ石が一段下がっている


9号(仮称)
石灯籠の下に小型石室、同行者さんが見つけてくれました


開口部正面、やはり石室でしょうね


奥壁はなく内部はトンネル状、側壁の一部がずれ落ちている


背後の天井石、切石に近い


1号
円墳、R12.5,H2.6
横穴式石室、全長4.8m
位置:34°37′35″N 133°34′30″E
せっかくなので1号も再訪、これは開口部反対側の墳丘、割と残っている


石室正面、墳丘は大きく抉られている


石室後部しか残っていない


玄室後部、右と左で側壁の積み方が大分違う


上部が半円形の見事な奥壁、加工じゃなくて自然石そのままなんでしょうか


奥から外


奥から左側、こちらはブロック状石材を積んでいる


反対側、こちらは平石を積み重ねている


2号(仮称)
1号北側に大きいが背の低い墳丘


墳頂が盗掘で窪む、僅かに石材が見えている


(1992年)
1号
墳丘、石室正面


玄室、石室が見られるのはこれだけ


この頃はバイクで直ぐ側まで行けたけど今は無理


2号
以下多分仮番号



4号
左奥にも墳丘が見えるような



6号


(見学記)
(2019年)
大元鵜江神社北西辺りに分布している古墳群で「矢掛町史」には7基記述がありますが今年になって神社北東に新たな石室墳が発見されたので行ってみました。行ってみれば低いけど古墳らしい高まりはあるし石室も開口しているしすぐ古墳と分かるのになんで今まで認識されてなかったのかなと思う場所でした。岡ケ市の他の古墳より余程分かりやすいよ。町史に載っている7基の記述とはどれもあわないので新規の石室なのは間違いないようです。石室内部はやや土砂が流入し側壁の一部も崩れていますが中に入れます。この近くでも小型の石室らしきものがありました。序でなので1号にも行ってみました。これまた27年前なので当時の記憶は全く無いけど神社北西から藪の中を通っていく道があるのでそこを入っていきます。途中に低い墳丘が幾つかありますがそれらは無視、とにかく進むと左側に大きな墳丘があります、それが1号で反対側に開口、石室前部は破壊されていますが上部が円形の鏡石らしい奥壁が印象的です。昔の写真と比べると藪が酷くなっていて墳丘の写真は殆ど撮れません。この北側に斜面をカットした低い墳丘が残っていて石室があったようで細長い窪みが見えています。大元鵜江神社に駐車場有り。

(1992年)
正蓮寺谷古墳群の谷を挟んだ南側の丘の上に6基分布。1号丘頂近くにあり墳丘石室とも良好に残存,羨道は埋没もしくは壊失していますが玄室は奥壁が1枚石で壁も平面に整えられています。2,4,6号は墳丘を確認したのみ。

宇山古墳群

岡山県矢掛町 2019年1月訪問

その1
横穴式石室、残存長4m程度
位置:34°37′12″N 133°33′55″E
幅広い谷筋に位置する、なんでこんな場所に造ったか


切石に近い石材が露出


正面の石は動かされている、右側の石が天井石でしょうか


前部はかなり破壊、後部残存


ブロック状の石を積み上げた玄室


小型だが鏡石を据えた奥壁


奥から外、天井の剥離は当時のままでしょうか、だとしたらちょっと仕上げがあまい


その2
1号直ぐ側にはっきりした墳丘


山側から見た墳丘、右奥がその1かな


石材露出、側壁でしょうか


その3
石垣に開口、よくあるパターンですが石室そのものは表に出ていない


奥に見えている、多分まぐさ石


内部は殆ど埋没、奥壁がなんとか見えている


おまけ
蓮華寺境内にあった偽石室、偽と言うよりお堂なのはすぐ分かりますが


(見学記)
矢掛町西川面、蓮華寺南方一帯に分布する古墳群ですが「矢掛町史」には個々の古墳が全く書かれておらずどの程度の規模なのか不明でしたが最近石室墳が見つかったので行ってみました。私は序でだったので蓮華寺から歩いていきましたが南から蓮華寺に登っていく道があります、狭いけど。蓮華寺300m程手前に”右寺道”と書かれた石柱があります(左にも道があるけどもう車は通れない)。この辺りから下に下っていくと古墳に出会えます、50m程でしょうか。墳丘は割と残り東に開口、前部は破壊されていますが後部はよく残っています、入るのは容易。直ぐ側に同規模の墳丘がありますが側壁の一部が見られるだけ。ただ向きを考えると北向き、東の方が幾らでも開いているのになんで北向き、しかも隣の古墳に背を向けています。石柱手前に駐車スペースあり。ただ前年の西日本豪雨で道路が大きく削られていました。普通なら通行止めになるくらいだけど奥にあるのは蓮華寺だけだからしなかったかな。
道路を下っていくと石垣の中に石室が開口しています。よくある開口部がそのまま石垣になっているのではなく少し引っ込んでいる位置にまぐさ石、更に奥に奥壁が見えています。石垣の中に埋め込まれていたら永遠に存在が分からなかっただろうな。古墳マニアとしては助かるけど石垣の強度は落ちるだろうにね。
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