更新情報

19/12/05
兵庫県朝来市(旧和田山町)
高田古墳群広六林支群その1

19/11/28
兵庫県朝来市(旧和田山町)
高田古墳群大谷支群

19/11/21
岡山県総社市
雲上山古墳群その3

19/11/14
岡山県総社市
雲上山古墳群その2


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#古墳の経緯度は全て日本測地系です、使用する地図によって測地系が異なるので注意してください。
 googlemapでそのまま使うと位置が南東にずれるので世界測地系に変換してからお使いください。
[ 2019年12月05日 19:04 ] カテゴリ:未分類 | TB(-) | CM(-)

高田古墳群

兵庫県朝来市(旧和田山町)2001年4月訪問、18年3月再訪

横穴式石室墳、総数48基
奥山広六林大谷の3支群からなる

県道脇に以前と変わらぬ案内表示、手前の駐車スペースは以前はなかった



奥山支群
(1号以外番号は仮称)
(2001年)
1号
円墳
横穴式石室(T字型玄室)、玄室長1.8,幅2.3m
位置:35°22′00″N 134°49′26″E

墳丘、石室正面


羨道、玄室


奥壁、左側の袖幅は僅か


奥から外


2号
墳丘(山側)


細長い無袖式石室


奥から外、天井に段差がある


3号
墳丘、石室正面


2-3段に積まれた外護列石、他の墳丘でも幾つかある


整った石室


奥から外、無袖式


4号
石室開口部


玄室


6号
玄室、奥の床面に板石が敷かれている


奥から外、群の中では少ない片袖式


7号
石室開口部


玄室



広六林支群
谷筋に向かう斜面に28基

1号
横穴式石室
位置:35°22′03″N 134°49′25″E
群中一番下方にある1号、墳丘がまともに残っているのはこれだけ


上側から、谷に向かう斜面が急なのが分かる


墳丘上部に天井の一部が開口


カメラを突っ込んで撮影、これが奥壁のようだ


側壁、画面右端辺りが玄門かな


2号
急斜面に2号の低い墳丘


谷入口方向に石室開口


石室正面


石室は思いがけず良好、奥壁2段積み


奥から外、右片袖式、幅の割に背が高い


墳丘背後から、奥に1号


3号
これも低い墳丘だがこれでもましな方


石室正面、古墳に関係なく植林


石室内部、コウモリお休み中、入って入れないことはないが奥山でさんざん入った後なのでパス


4号
よく残る墳丘


反対側から見ると段差程度しか見えない


墳丘上部に石室開口


石室正面、前部は破壊されているようだ


石室内部、土砂が流入するもよく残っている


上から見ると斜面をカットした様子が分かる


(以下次週)



大谷支群
養父市との境界をなす尾根筋に4基

1号
群中一番上、広六林支群から尾根に行くと最初に出会う、実際はこれを最後に撮りましたが


尾根筋を多少カットして墳丘構築


立地場所といい形といい中期かなと思うんだが


墳丘北側に石材散乱


横穴っぽい感じもしないでもない、でも石室主軸は墳丘中心を通っていないような


墳丘西側から


2号
横穴式石室
位置:35°22′06″N 134°49′24″E
すぐ下に2号墳丘、1号より少し小さいか


開口部、でもこれは奥壁側


中を覗くと細長い石室、持ち送りがあるようだ


反対側に本来の開口部、前部が少し破壊


開口部天井石は板状


石室内部、ひょっとして竪穴?、それにしては石室の長さに比して墳丘が小さい


3号
更にすぐ下に同規模の墳丘、これも中期っぽい


4号
更に下、尾根先端急斜面に4号、左側は鉄塔土台


墳丘上に石材散乱


天井石でしょうか


こちらは横穴石室っぽい


(見学記)
(2018年)
奥山支群

広六林支群
御堂の西側は深い谷になっていてそこを降りていくと広六林古墳群があります。谷筋から西側斜面に分布していますが大谷側の斜面には全く無く見事に分かれています。一番下谷筋にあるのが1号で大きな墳丘が残り頂部で石室開口、中に入るのは困難です。はっきりした墳丘はこれだけ、他は斜面カットした墳丘で入れる石室も幾つかありますが全般に残り具合が悪く墳丘流失石材散乱程度が多くテープがないと古墳だと分からない状態です。

大谷支群
更に西側養父市との境界をなす尾根筋に4基からなるのが大谷支群、一番上にあるのが1号、尾根筋を目いっぱいに利用して造られた大きく上部が広く平坦な墳丘、いかにも中期の古墳ですが頂部西側に小さな石室が露出しています。少し下ると3号、石室が開口していますがこちらは奥壁側、反対側にも開口していてトンネル状になっています。細長い横穴石室です。更に下ると2号、1号同様大きく上部が平坦な墳丘です。更に下ると送電線鉄塔辺りに4号、横穴石室の天井が露出しています。1号から上は急傾斜、4号から下も急傾斜で尾根平坦面を利用して古墳群が造られたようです。1、3号だけなら中期の古墳群ですが横穴石室を持つ2、4号があるから分からない。子孫が復活したか。案内板辺りの歩道が広くなっていて駐車可。

(2001年)
和田山町から円山川左岸沿いの県道を養父町方向に行こうとして道路際に説明板があるのを補偶然発見、ラッキー。説明板によれば奥山、広六林、大谷古墳群からなり総数48基の横穴式石室墳とのことです。山道を登っていくと祠がありその脇に墳丘があります。これが1号墳で南側に石室が開口、T字型石室ということですが玄室長1.8m、幅2.3mとそれ程大きくなく左側の段差も僅かでT字というよりL字型に近い。背後の急斜面にいくつも石室が開口しています。小型の割に整った石室で中には床面奥に板石が敷かれているのもあります。墳丘周りに2,3段の外護列石が巡っているのもあるようでそのせいでしょうか、急斜面にある割に墳丘の残り具合がよい。
[ 2019年12月05日 19:02 ] カテゴリ:兵庫県 | TB(-) | CM(0)

雲上山古墳群

岡山県総社市 2009年4月訪問、18年1月19年1月再訪

(2018、19年)
(見学順)
37号(瓢箪塚古墳)
横穴式石室、玄室長5,幅2.2,高2.2m
位置:34°40′43″N 133°48′03″E
10年ぶりの37号


石室正面、あまり下がれません


相変わらずゴミだらけ、掃除する人もいないだろうし


玄室のゴミは羨道程ではない


巨石を使った玄室、床面は敷石かそれともゴミ?


巨石鏡石+大型平石の奥壁


奥から外、右片袖式、ゴミがあっても素晴らしい石室、ゴミがなければもっと


7号
丘陵頂部の平坦面端に立地、石室後部が残る


最後部の天井石1枚残存


奥壁や側壁石材は小型


これは玄門でしょうか、中間部が壊失している


1号
位置:34°40′46″N 133°48′11″E
7号と同じく丘陵頂部平坦面端に立地、こちらは墳丘が良好に残る


南側に開口


開口部、入るのは特に問題なし


開口部から覗いた内部


山頂にしては大きな石材の玄室、みな下から運び上げたんだろうな


奥から外、両袖式、山頂とは思えない規模


3号
位置:34°40′45″N 133°48′13″E
1号から南東方向に斜面を降りていくと遭遇、この辺りに5基密集、墳丘がハッキリ残るのはこれだけ


開口部正面、良さげな雰囲気


内部は埋没気味、匍匐前進で入れる


小さいけど奥壁は一応1枚かな


奥から外、右片袖式かな


奥上部にも開口、入ることはないけど


4号
石室正面から、細長い石室


前部の天井石は壊失


狭い開口部、石室後部辺り


中を覗くとすぐ奥壁、2段か3段か


傍にあった石材、取り外された天井石でしょうか


5号
傾いた天井石が露出


その背後に開口部


内部はかなり埋まっています


奥壁は一応1枚っぽい


奥から見ると入口天井の傾き具合がよく分かる


6号
開口部正面


石室後部はよく残る、入る程ではない


奥壁は6角形のような形をしている


仮1
この辺りは4基のはずですがもう1基ありました、気がついたのは帰ってからですが


内部は埋まっているように見えます


入口辺りは埋まっているが奥はそれ程でもない


ここも小さいながら奥壁は1枚石


ストロボ無しで撮ると右上に穴、入れないですけどね


仮2
位置:34°40′47″N 133°48′16″E
前年の仮1を確認すべく北側住宅街から入ってみました、林に入ってすぐに露出した石室


背後から、どう見ても手前が奥壁


奥壁横らか、内部は殆ど埋没


2号
位置:34°40′40″N 133°48′16″E
岡山市との境界近くに良好な墳丘、周囲に古墳はなく単独で存在


墳丘前部で天井石露出


石室正面、入口辺りは崩壊気味


開口部、幅が広く入るのは容易


石室内部は土砂が流入


ここも奥壁は1枚石、さすがに巨石


奥から外、両袖かな


5号(岡山市)
位置:34°40′40″N 133°48′19″E
丘陵東側麓近くに立地、ここは岡山市、肉眼で見ると背が高く見えるが写真だとそれ程感じない


墳丘背後から


下からカメラを上げて撮影、中腹辺りになんとか石室入口が見えている


開口部正面、石材を割りかけた跡がある


開口部から内部撮影、前部は土砂が流入


玄室後部、まだ下部は埋まっている


奥壁は巨石鏡石+平石、鏡石が右に偏っているので詰石も工夫しているようだ


奥から外、左片袖式か、袖石は柱状と言うより自然石をそのまま使っているような


8号
位置:34°40′54″N 133°48′13″E
丘陵北側麓辺りに立地、天井石露出


3枚の巨石天井石、中央のだけ何故か立てているような


斜め前から、手前の小さいのは羨道天井かな


内部は多少空間が残るがこれでは何も分からず



(2009年)
37号
露出した天井石、かなり傾斜している感じ


石室正面、天井石が随分丸みを帯びている


羨道はゴミだらけ


玄室もゴミだらけ、石室自体は状態がよさそう


(見学記)
(2018年)
麓にある37号を見た後、山頂や山腹にある他のを訪問するつもりだったがすっかり忘れていた。あれから9年も経っているのか(汗)。それはともかく今回は古墳友と二人で訪問。まずは37号、相変わらずゴミだらけ、と言うか全く変わりなし。前回は玄室に入ってなかったので当然突入、天井石の隙間から入れます。石室自体は素晴らしいのにほんとゴミがね。ここから山頂まで道はないけど藪漕ぎして直行、頂上まで100m程度だけど見通しのきかない藪の中ではどれくらい進んだかさっぱり分からず。それでも何とか頂上平坦部にたどり着いたがここも見通しがきかない、2基あるはずなんだがな。ここで役に立ったのが同行者のスマホ、現在位置と分布図を照らし合わせてまず7号発見、これはかなり破壊された石室、その南側に1号、平坦部端っこ辺りに立地、山頂とは思えないような格好いい墳丘、南に開口する石室も良好に残っています。斜面なら上から石材を下ろせばいいけど1号なら上げてくるしかないよね。そこまで苦労して造るんだからさぞかし下から見たら目立っただろうな。この東側斜面に4基集中、のはずが3基しか見つからない。ここで時間切れ、また藪漕ぎして37号辺りに戻ってきました。見通しがきかなくても上りは頂部を目指せばいいけど下りは目標がないのでちと怖い。まだ他に石室があるからまた来なくては。

(2019年)
昨年の訪問が中途半端に終わったしどうも「古墳奮闘」に載っていない石室があったようなので再訪してみました。今回は北側の吉備路ヶ丘団地から突入してみました。団地南西隅防火水槽辺りから林の中に入っていきます。谷筋を登って行くとすぐ小型石室に出会いました。これは「古墳奮闘」に載ってないけど石室ですよね(更にこの近くで別の石室が見つかったようだ)。更に登っていくと昨年遭遇した3-6辺りに行き着きます。ここは4基集中のはずだが去年は分布図の状況と違っていたので混乱、今年はしっかり確かめてきました。やはりここに5基あります。一番上辺り、低い墳丘のが「古墳奮闘」に載っていない古墳のようです。石室がありますが土砂が流入して奥まで入れないが奥壁は見えています。ここから南東に進み尾根ピークを超えて南側斜面を下っていくと2号があります。墳丘石室とも良好、前部がやや壊れていますが間口が広く入るのは容易です。ここから東に進み斜面を下っていくと5号がありますがここはもう岡山市です。これも墳丘石室とも良好、入口は狭いが入るのは難しくありません。ここから東に行くとすぐ農地があり本隆寺に出られます。この2基はお寺から行った方が楽かもしれない。林の中で藪もないから歩くのも楽だった。北側麓近くに8号があります。麓を通る水路沿いの道路から急角度で斜めに入る脇道に入り擁壁内側を通っていくとたどり着けます。丘からやや突き出た場所に立地していますが墳丘派流失、天井石4枚露出、内部空間は多少残っていますが笹が生えていて殆ど何も分かりません。2,3時間は掛かりそうだったので庚申山中腹にある駐車スペースに車を止めて歩き回りました。

(2009年)
総社市赤浜、テクノパーク北側の丘陵に分布する古墳群ですが今回訪れたのは37号のみ。コアテックという会社の北側雑木林の中にあり石室天井石が露出しています。羨道入り口はゴミで埋まってる。でも天井石の上面が丸みを帯びているのが特徴的。いてわざわざこれを使ったのかな、土を被せれば見えなくなるのにね。玄門辺りの天井石隙間からカメラを突っ込んで撮影したけどこちらもゴミが多少入っているが玄室自体は良好のようだ。でもなんで入らなかったんだろ。他の古墳群とも併せて再訪しなくちゃ。テクノパーク内にある折敷山側の駐車場が利用可。
[ 2019年11月21日 18:51 ] カテゴリ:岡山県 | TB(-) | CM(0)

大藪古墳群野塚支群

兵庫県養父市(旧養父町)2001年4月訪問、2018年3月再訪

小川に挟まれた尾根上地形の上に横穴石室墳十数基、3号が大型
(2018年:見学順)

3号
位置:35°23′50″N 134°48′11″E
禁裡塚の案内板がある墓地から北に行くとあります、奥に見えているのが支群最大の石室を持つ3号


大きな墳丘が残る


周囲が大分削られている


石室開口部、羨道前上部は失われている


石室正面、立ったまま入れる大きさ


細長い石室、側壁は持ち送りがない


奥壁はほぼ1枚石、手前床面に敷石がある


奥から外、無袖式かな


その2(01年仮7号)
山道で墳丘が削られているが開口部は右側


墳丘正面、羨道前部は埋まる


開口部、入るのは問題なし


石室良好、床面に礫の敷石、石材は小型、側壁に持ち送りなし


奥壁は鏡石+平石


奥から外、ここも無袖かな


その3(01年仮8号)
開けた場所にあるので墳丘の様子がよく分かる


墳丘正面


開口部、しゃがんで入る


羨道後部と玄室がよく残っている


石材はその2よりやや大きく側壁は少し持ち送りがある、奥壁は下部に2枚並べ上に1枚


奥から外、右片袖式


羨道奥から


その4
低い墳丘が残るのみ、背後の尾根との間に谷がある


その5
墳丘はそこそこ残る


側壁の一部残存のみ


その6
その4と反対側、後方に谷がある


その7
2基の古墳が接しているんでしょうか


手前の墳丘に石室半分残る


右が奥壁、これも半分だけ


石室は西側谷の方を向いている


袖石が残っている、左片袖式か


奥の墳丘に天井石らしい石材、破壊された石室の天井石かこちらの石室のか


その8(01年仮13号)
更に上に2基の墳丘が並ぶ、手前がその8


よく残る墳丘


東側の谷に向かって開口


小型石材を使った石室、やや持ち送りがある


奥壁も同様の小型石材、下部中央にミニ鏡石っぽい石を据える


奥から外、無袖のようです


その9
その8すぐ上、この辺りから尾根の幅が狭くなる


こちらも東に開口


その8と似たような石室


奥壁も小型石材、下部は2列に並び上部は平石を重ねる


奥から外、やはり無袖かな


背後から見た墳丘


下方を振り返る、手前はその8、01年当時もやはりこの辺りから振り返っている、アングルも殆ど同じ(笑)


その10
更に上に墳丘が続く、01年当時は墳丘が低くて気が付かなかったか


天井部を失った細長い石室露出


竪穴石室ということはないだろうけど


その11
杉林の中に墳丘


石室天井部が開口、入室不可


側壁、かなり押し出されてきている


玄門でしょうか、右片袖式かな、羨道埋没


その12
更に登ると良好な墳丘と石室、嬉しい誤算


墳丘正面、手前の石垣は後世のものかな


開口部に土砂があるが入るのに問題なし


石室は良好に残る


石材は小型、やや持ち送りがある


奥壁は下部にやや大きな鏡石、上部は平石積み、中間がやや適当な積み方


奥から外、無袖でまぐさ石が一段下がる


壁面に埋め込まれた袖石を思わせる石材


墳丘背後から、いい!


その13
更に上に同規模の墳丘


開口部、巨石羨道天井石露出


長い石室、持ち送りは殆ど無く石材もやや大きい、その12より新しそう


奥壁は2段積み、このようなのはこの支群ではここだけ


奥から外、左片袖式だがあまり袖幅はない


羨道奥から、やや歪んでいるかな、外にその12が見えている


墳丘後方から、ここから上は見当たらず


(13号から尾根東側を下っていきます)

その14
その13から東側尾根縁を下っていきます、大きな墳丘上部に石室が見えている


開口部、羨道埋没


玄室良好、持ち送りはなく面も整えられている、その割に奥壁の積み方は粗い


奥から外、左片袖式


墳丘上に天井石露出


その15
こちらも尾根の縁に大きな墳丘


開口部、手前は埋没


天井を失った細長い石室露出


奥壁、左右で積み方が違うような


(01年仮5号を見落としている)

その16(01年仮4号)
3号より下方、尾根斜面麓に3基並ぶ、東方谷筋より更に東側になる、この斜面上の尾根筋に道林支群がある


墳丘背後から、小型でまん丸い墳丘


斜面に向いて開口、後方に3号、その間に小川が流れている


墳丘正面


持ち送りのない小型石室


奥壁は2列に並ぶ、変わった形式


奥から外、無袖かな


その17(01年仮2号)
こちらも良好な墳丘


やはり斜面に向かって開口


石室良好、右側は持ち送りじゃなく倒れかけているかな、中間辺りで天井が一段下がる


玄室、左はほぼ垂直だが右が大分傾いている


ここも奥壁は2列並びだが上部は平石


奥から外、無袖式


左17、右18


その18(01年仮1号)
一番下、ここも良好な墳丘


ここの3基はどれも同じ向き


ここも持ち送りはなく左はやや圧迫されているような


奥壁は2段、3基の中では一番新しそう


奥から外、無袖式、入口辺りで天井石が下がっているかな


 右18、左17


大藪古墳群に戻る



(2001年)
1号
石室開口部、右奥2号、奥に3号


石室


2号
尾根に向かって並ぶ2基、3号と同方向、尾根に向かって石室が開口、この尾根の先端に道林支群がある


石室


3号
円墳
横穴式石室
位置:35°23′50″N 134°48′11″E

墳丘、石室正面、周囲が削られ異様な形をしている


玄室、名前の付いた4基の古墳に次ぐ大きさ、ここが一番新しそうだ


奥から外、石室先端が削られているが無袖式か


4号
尾根上から見た墳丘


石室


5号
石室奥から外、左片袖式、天井石がすっかり抜かれている


7号
墳丘


石室


8号
墳丘


石室


奥から外、右片袖式


13号
群最上部あたりから下方を見る、左右を小川で仕切られた尾根上の緩斜面に分布、手前が13号墳丘


石室


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[ 2019年10月31日 19:07 ] カテゴリ:兵庫県 | TB(-) | CM(0)

大藪古墳群道林支群

兵庫県養父市(旧養父町)2001年4月訪問、18年3月再訪

尾根上や斜面に25基密集、石室はなく石棺木棺直葬、5C後半~6C前半
(2018年)
その1
尾根筋緩斜面に比較的大きな墳丘


墳頂が平で盗掘を受けているようだ


下から見た墳丘、01年のその1とは違うようだ


その2
すぐ下に同規模の墳丘、盗掘で頂部が凹んでいる


墳丘下から


その他
尾根筋に小さな墳丘が密集


ここには石室はない


野塚の後なので個々の墳丘を撮る気にもなれず


(2001年)
比較的大きな墳丘


奥にも幾つか見えている、この群には石室はないそうだ


大藪古墳群に戻る
[ 2019年10月17日 18:17 ] カテゴリ:兵庫県 | TB(-) | CM(0)
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