更新情報

20/05/21
広島県福山市(旧神辺町)
上御領中組古墳群林道コース

20/05/14
広島県福山市(旧神辺町)
上御領中組古墳群南西部ゾーン

20/05/07
広島県福山市(旧神辺町)
下御領古墳群ハイキングロード追加

20/04/30
広島県福山市(旧神辺町)
下御領古墳群南西部ゾーン追加


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#リンクは自由です (個別の記事の紹介は直リンクでOKです)。
#古墳の経緯度は全て日本測地系です、使用する地図によって測地系が異なるので注意してください。
 googlemapでそのまま使うと位置が南東にずれるので測地系変換サイトで数値を世界測地系に変換してお使いください
[ 2020年05月22日 07:46 ] カテゴリ:未分類 | TB(-) | CM(-)

上御領中組古墳群

広島県福山市(神辺町)2019年3月訪問

御領古墳群表山古墳群上御領下組古墳群・上御領中組古墳群・国分寺裏山古墳群奈良原古墳群下御領古墳群法童寺古墳群


上御領中組古墳群
南西部ゾーン林道沿い見学路その1、見学路その2,北部ゾーン(クリックでジャンプ)


林道沿い(見学順)
29号
位置:34°34′34″N 133°24′45″E
林道を東から入っていくと左側に広場がありその奥、札がないと分かりにくい


南側に開口する大型石室


内部は半ば埋まるが元々背は低そう


奥壁は何とか見えている、1枚のようだ


平石を使った天井がすっかり露出


これは加工したんでしょうか、そこまでしなくてもいい気もするが


奥壁露出、最後に気がついた


24号
更に歩いていくと低い崖の上に2基の石室、左が23号、右が24号


石室正面、上がりにくいが諦める高さでもなく微妙


上がらない選択肢はないですけどね


内部は割と良好に残る


下が埋まるが奥壁は1枚石のようだ


奥から外、最前面のはまぐさ石か


石室背後から、道路反対側が見学路入り口


23号
石室正面、前には立てません


天井石は割と残る


奥行きはあまりないから前部は壊失しているかも


25号
23号背後にあるが林道から何とか見えている


石室前上部壊失


石室後部良好


上部が尖った鏡石、先端を真ん中に置けなかったのかな


奥から外


49号
これは林道から少し離れているが分布図にあるので探してみました


多分天井石


50号
49号が正しいならこの辺りが50号のはず、でも御領では墳丘は殆ど残っていないから間違っているかも


16号
更に進むと急カーブ辺りに開口


やはり正面には立てないので望遠で撮影


何とか登って斜め前から撮影


斜め背後から、奥壁が切石状


背後から、奥壁が随分斜めに見える、カメラアングルのせいでしょうが


斜め前から見ると特に傾いていない


内部撮影、かなり埋没、1枚と思った奥壁は下があった


15号
辺りから見た15,14,13号(手前から)


崖の上、開口部は乱れている


斜め前から


石室後部は原型を保つ


石室斜め後方から


内部はかなり埋没


奥壁上部が見えている


14号
手前が14,背後に12号


前部は壊失しているかも


石室正面、内部埋没


最前部の天井石は切石状


他の天井は平石っぽい


12号
林道からやや離れている、ほぼ石室露出


石室正面、左上部の側壁を墳丘に食い込ませた安定させているようだ


半ば埋没も割と長い石室


奥壁上部


石室背後から、奥壁脇が開口


最前部側壁外側


13号
位置:34°34′33″N 133°24′37″E
林道一番西側、大きく開口


ここも正面には立てないので望遠で撮影


開口部横から


細長い石室、側壁は細長い石材を積み重ねる


奥壁はほぼ1枚石


奥から外


51号
林道南側尾根筋、位置的にはこの辺りで間違いないのだが


横から見るとまだ石室だが正面からだと石室の感じがせず、更に下方にもあるが藪が酷くて断念


南西部ゾーン(見学順)
45号
位置:34°34′09″N 133°24′35″E
墓地の一角に石室露出


基部と最奥天井しか残っていない


奥壁は見えているかな


47号
位置:34°34′10″N 133°24′33″E
急斜面に立地、石室露出


ここも石室下部だけ残存


印象的に残る奥壁


石室内の石は落下した天井石か


下方から


落下した天井石がかろうじて引っかかっている


背後から、急斜面なのがよく分かる


48号
47号東側に隣接


奥壁と側壁の一部のみ残存


小さな鏡石


43号
位置:34°34′38″N 133°24′17″E
神社北西緩斜面に立地


石室正面、ここも下部だけ


最後部の天井石だけ残存


内部は埋没して奥壁見えず


背後上から、意外と大きく見える天井石


41号
位置:34°34′23″N 133°24′42″E
嬉し悔しの41号(笑)、麓から道なき斜面を登っていったら上からの見学路が出来ていた、20年に再訪したので詳細は後日からアップ


(見学記)
(2020年)
(林道沿い)
林道沿いに石室が点々とあります。東側林道入口辺りから200m程、大きく右カーブした崖上に見えているのが25,24,23号、更に行くと16-13号、14号の背後に12号が見られます。低い崖の上なので探すのは容易だけど崖を登るのがちょっと面倒ですが基本的には超容易コースです。

(2019年)
(南西部ゾーン)
中組古墳群は丘陵上から麓まで広く分布しているので今回は麓の方を訪問してみました。麓にある明正寺東側の道を北上すると八丈岩に登る登山道があります。入り口辺りにゲートボール場(もう使ってないかな)と墓地がありその背後の林の中に47,48号、小型石室が露出しています。ゲートボール場の脇を通って丘に登っていくと小さな墓地、その脇に小型石室露出、殆ど奥しか残っていません。この下に46号があるはずだが急斜面なので多分麓に立地、家屋が立ち並んでいるので接近困難、一応近づいて廃屋の裏に出ましたがそこも隣の庭にも古墳らしいものはなかった。割と長い石室を持っているようなんですけどね。ここから北東に神社がありその背後の斜面に43号、石室基部と天井石が1枚残っている程度です。社殿の側に44号があるはずだが見当たらず。この辺りは中組じゃなく別の古墳群にしてもよさそですけどね。更に北東尾根上に41号がある。分布図を見るとここまでは上からの方が困難そうなので下から挑戦してみました。神社東側の谷筋痕跡道を辿り砂防ダム辺りから斜面の藪を駆け上り尾根筋に至って登っていくと予想通り41号に遭遇、思わずガッツポーズしかけたが側に古墳の白い札が掲げられている、と言うことは・・・見学道が出来ていたよ(大汗)。御丁寧に此処から先は見学道はありませんなんて書かれている、そりゃそうだ、そんなの書かなくても通る人なんていないよ。見学路を辿って行くと40号の立派な石室、更に幾つもの石室がありました。ただこの辺りは石室密集粋なので番号が特定できず。取り敢えず古墳の札が付けられているのだけ撮っておきました。帰りは流石に藪の中を通る気にはなれず大廻りになるけど上の自動車が通れる道を通って帰りました。次は来年、これで少しは楽になるかな。
[ 2020年05月21日 14:12 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

下御領古墳群

御領古墳群表山古墳群上御領下組古墳群上御領中組古墳群国分寺裏山古墳群奈良原古墳群・下御領古墳群・法童寺古墳群


広島県福山市(旧神辺町)2017年4月訪問、18年1月、19年1月再訪

(基本的に番号順に並べていますが私的に幾つかのまとまりに区分しています)
1、2、90号3-16、93号18、19、81、82号20-22、24-27号68、69号他58号他
35号他(南部ゾーン:見学困難)、64号他(南西部ゾーン:見学困難)、74号他(古墳ハイキングロード)(クリックでジャンプ)

1号
位置:34°34′20″N 133°24′06″E
群中最北端に位置する、天井石露出


反対側、側壁一部露出


石室内部は埋没


2号
1号側、この2基がポツンと存在、手前はずり落ちた天井石


平たい天井石露出


一応石室らしい姿、内部埋没



90号
1号から大分離れた南側、1基だけポツンと立地、周りが石だらけで探すのに手間取った、そのせいで発見が遅れたのか番号も90号と離れている


かなり崩れているが正面から見ると石室らしい姿


石室後部の天井石


谷筋に向かう斜面に立地、中間の天井石だけ何故か柱状



3号
位置:34°34′11″N 133°24′09″E
古墳群全体の訪問第1号


側面、墳丘は石室を隠す程度


石室正面、比較的状態は良い


玄室内部、奥壁が見えている


奥壁は四角い鏡石+平石


奥から外、最初なので入ってみました、数は多いし埋没半埋没も多くこの後は殆ど入らず


4号
天井石露出、少し動いているようだ


斜め前から、後方に3号


石室正面、平らな天井石


石室内部、比較的良好


5号
開口部斜め前から


正面から


内部はやや埋没も奥壁が何とか見えている、冬でも笹が生えていることが多く撮影の邪魔になる


6号
位置:34°34′10″N133°24′11″E
天井石露出


内部埋没、向きが分かる程度


7号
分かりやすい天井石露出


石室正面


何とか奥壁が見えている


8号
天井石露出、こんなのばっかり


正面から、手前は傾いた天井石


奥の天井石、このように加工された平石が多い


それ程埋まっていないがほんと笹が邪魔


9号
天井石露出、後方は7号かな


10号
石室らしい姿で露出


天井石1枚残存、前部は壊失か


石室内部、この石は傾いているかも


正面辺り、10号先端かもしれない


11号
斜面際に天井石露出


ここはそれ程平石ではない


12号
少し離れた斜面に開口


石室正面


石室後部しか残っていない


93号
12号近く、似たような状況


石室正面


奥壁が見えている、意外と緻密な積み方


13号
横穴式石室、全長8.3m、玄室長6.2,幅2.4,高1.6m
位置:34°34′05″N 133°24′11″E
群中最大の石室を持つ、この古墳群としては例外的に墳丘が割と残る


左側が急斜面なので墳丘も左側が大きく流失


石室正面、羨道は基部が残存


大型石室だが大分埋没、元々それ程背は高くなかったかな


ストロボ撮影、しゃがんで入室


鏡石らしい上部が丸い鏡石、下部が埋まっているのが残念


奥から外、右片袖かな


14号
尾根筋に立地、これでも墳丘が残っている方


石室正面、羨道基部は埋没


内部はかなり埋没、奥壁が見えている、これ1基だけならまず入っているだろうな


身体を突っ込んで撮影、左のが袖石だろうな、奥壁の形がちょっと変わっている


15号:かなり探したが見つからず

16号
位置:34°34′05″N 133°24′15″E
尾根先端に巨石天井石露出


石室側面、殆ど露出


石室正面、傾いて落下した天井石


最後部の1枚のみ元の状態で残存


下部が埋まるが奥壁は2段か3段か


石室前部を上から、この先は急斜面



82号
 位置:34°34′08″N 133°24′04″E
道路北側、天井石が露出して分かりやすい


内部殆ど埋没、奥壁が何とか見えている


81号
82号から進むと斜面下に石材露出


あまり加工していない天井石


石室内部


19号
更に進むと出会う、前部壊失か


横から、天井石2枚残存


開口部正面


石室内部、奥壁は小型ながら1枚


18号
 位置:34°34′10″N 133°24′00″E
19号すぐ上に18号


天井に隙間、石材が一部抜かれている


開口部正面、内部埋没



20号
 位置:34°34′07″N 133°24′00″E
緩斜面最上部辺りに立地


石室正面


土砂流入も意外と長い石室が残る


奥壁は1枚石


21号
斜面に石材、札が無いと分からないかも


正面側、内部埋没


背後から、手前のはほぼ未加工か


22号
平たい天井石露出


正面から


背後から、ほぼ平たい天井石


石室内部、左が奥壁か、何故かこれだけ


24号
石室正面、手前は羨道石材でしょうね


開口部正面、石室は割と長そうだが埋没


天井隙間に植物が生えてきている


石室背後から、手前が最奥の天井


25号
開口部正面、平たい天井石


内部はかなり埋まるが何とか奥壁が見えている


露出した天井石


26号
 位置:34°34′02″N 133°24′06″E
露出した石室、正面側から


石室規模の割には薄い天井石


内部はやや埋まるもよく残る


奥壁、下部が埋まるが下は1枚の鏡石かな


奥から外、抜けた天井部から土砂が流入


天井石背後から


27号
 位置:34°34′01″N 133°24′10″E
尾根先端に巨石天井石露出、この先も左右も急斜面


奥壁側がポッカリ開口


手前に落ちているのが奥壁上部の巨石、墳丘を考えるとこの規模の石室を構築するのはかなり無理がありそう、奥壁背後の封土は多分薄く落下するのは必然的


こちらが羨道入り口、前はもう急斜面


羨道右側、薄いかなり加工された天井石


上から見るとそれ程板状でもなかった、前が急斜面、羨道入り口から遺物等を入れるのは困難そう


玄室内部はよく残る、奥壁下部の石残存


右側壁


左側壁


奥から外、玄室最前部はかなり壊失



69号
 位置:34°34′01″N 133°23′43″E
石室正面、緩斜面に立地


開口部正面、天井石が分厚い


石室内部、半ば埋まるも奥壁が見えている


天井石2枚露出


68号
丘陵頂部近くの平坦面に立地、手前は羨道天井石か


画面中央、立っている石が玄門袖石でしょうか


石室背後から


外14号
天井石でしょうか、これ1枚のみ、動かされたのか、未使用の石材か



45号
札があったが石室見当たらず


これかな、かなり破壊


別の石室かも


58号
藪の中に天井石露出


石室内部、奥壁が見えている、更に奥に進もうかと思ったが道が消えていた


66号
道路から白い札が見えていた、66号あたりかな、とても接近できそうにもない



35号
位置:34°33′57″N 134°24′05″E
尾根先端に築かれている、法童寺古墳群から道なき急斜面を登ると出会う、上からの山道もあるが分かれ道が分かりにくい


前は急斜面で羨道はかなり壊失


玄室内部、やや埋まるも良好


天井に隙間があるので内部は明るい、やや持ち送りがあるか


基部に大型石材を据えた奥壁


奥から外、右片袖式


これでも御領にしては墳丘が残っている方


34号
位置:34°33′59″N133°24′05″E
35号であることをを確認する為山道を北に行く、小さな石室34号があったので間違いなし


奥の天井石だけ元位置で残存


横から、細長い小型石室


33号
_1:34号側に33号があるはず、でありました、これで35号確定
_2:天井石露出、内部埋没



30号
位置:34°34′01″N133°24′02″E
34号北西、谷筋の斜面にある30号、道は全く無く更に見学困難です


急斜面に天井石露出


石室正面、これ以上下がれない、全面に石材が崩壊していた


奥の天井石


内部はかなり埋まっている


奥の天井隙間から撮影、奥壁は1枚石でした


奥から外、入り口天井がかなり傾いている


31号
すぐ西側に31号、前部は上部壊失


最奥だけが残る


これも奥壁はほぼ1枚のようだ


西側から、後方に30号


29号
多分石室


32号
これはもっとはっきりした石室


最後部の天井、内部埋没




64号
位置:34°33′53″N 133°24′00″E
尾根先端に構築、石室すっかり露出


急斜面を下から登っていくと最初にこの辺りに到達、ここが石室正面、石室前部は殆ど崩落


天井石が折れたり外れたりで落下、玄室は殆ど埋没


最後部辺りの天井石が一つ残る、天井石にふさわしくない細い石材


これが奥壁、背後は急斜面で墳丘に余裕はなさそう


分厚い石材、でも石室全体から比べれば薄い


奥壁背後から


石室背後上から


古墳群唯一の両袖式


57号
位置:34°33′55″N 133°23′58″E
天井石露出


隙間開口している


内部はやや埋まるが石室良好のようだ、奥の天井石が一段下がる


奥壁は下が埋まるが左が1枚のようだ、右は多段積みとちょっと変わっている


55号
位置:34°33′56″N 133°23′55″E
石室正面、羨道は崩壊埋まる、55か56か不明


玄室はよく残る、左と右で石材の大きさが随分異なる


上部が丸い鏡石らしい鏡石


奥から外、無袖式かな


63号
位置:34°33′54″N 133°23′54″E
神社背後、小型石室露出


最後部辺り


何とか奥壁上部が見えいている、更に上部に古墳が多数あるはずだが藪が酷くて見つからず




75号
位置:34°33′57″N 133°24′13″E
大型石室を持つ74号、麓からの方が行きやすそうなので神社に来てみたら新しい見学路が出来ていた


社殿背後に古墳があります、表示版がないと見過ごしそう


麓にあるのはごく少数だから重要そうだけど


天井石の一部が露出するのみ


74号
位置:34°33′59″N 133°24′16″E
山道を歩いていくと左側に尾根先端をカットした大きな墳丘


これは奥壁、よく落ちなかったなと思うレベル


左が奥壁、右は落ちた天井石


天井が大きく開いている


入り口方向、正面はまぐさ石


羨道前は急斜面、ここも地形ギリギリに石室を作っている


石室正面、羨道埋没


玄門辺りを上から


中間部は天井が残っている


石室後部、奥壁が意外と小さい


玄室内部、残っている天井石もかなり危ない


玄室奥から


71号
位置:34°34′02″N 133°24′13″E
山道を登っていくと大きな墳丘、これも尾根をカットした地形でしょうか


石室基部が残っている、奥に奥壁が見えている


前部辺り


前は急傾斜、こんなとこに開口部を作るか


側壁に薄い石が挟まっている、ひょっとしてここが玄門辺りなんでしょうか


70号
直ぐ側にもう一つの石室、唯一の双室墳だそうですが別々に番号がついている


これも細長い石室下部が残る


後部に唯一天井石が残る


かなり動かされています


奥壁は小型石材を積んでいるようだ


石室後方から


17号
位置:34°34′02″N 133°24′13″E
更に登るとかなり破壊された石室


画面左下が最後部の天井石


石室正面から、後に下がれない


左側の石は落下した天井石


奥壁上部が見えている程度



見学記
(19年)
(南部)
去年までは丘陵中腹を通る道路から山道に入っていって探していましたがそれでは探し出せない場所もあるようなので今回は南側麓から捜索してみました。とは言え丘陵裾沿いには民家が並んでいるので入れるのはほぼ2ヶ所の神社に限られます。まずは中央辺りにある日吉神社から。長い石段を登って社殿左側から左手に痕跡道があるのでそこから入って行くと尾根にオリエンテーリングのポストがあるので(何故ここに一つだけある?)急な尾根筋を登っていきます。平坦面に達した辺りに石室開口、これが35号、なかなか立派な石室です。ここから細い山道を北に行くと小型石室の33,34号が並びこれで前のが35号と確定しました。更に山道を行くと別の山道と合流、去年まではここを通っていたけどこの分かれ道が分からなかったんだ。場所がだいたい分かったので元に戻って谷筋を降りていきます。溜池奥に2基の石室があり多分これが30,31号、更に西に埋没状態の2基の石室、4基が直線状に並んでいる。分布図とはちょっと並びが違うけど30,31はまず間違いないかな。この西側尾根にも古墳が幾つかあるはずだが藪が酷くてさっぱり分からず。現在位置が分からなくなって危うく遭難しかけたけど北に行けば道路に出るだろうと強行突破して道路に出た時はホッ、でも車に戻るのに大廻りになったけど。これで午前は終了。

(南西部)
午後はまた日吉神社から出発、オリエンテーリングポストから上に登らずそのまま同じ高度を保ちながら行きます。暫く行くと崩壊した神社があってこの辺りに76号があるはずだが野犬が煩く吠えるので帰りに探そうと思ってパス(結局帰りは楽なコースを通って下ったけど)、更に進むと下に砂防ダムが見えるのでその辺りから上に登ると尾根先端頂部に大きな石室露出64号です。ただ天井石が割れて石室内に落下、状態はよくありません。奥壁が分厚い板石の様子がよくわかります。御領では唯一の両袖式石室だそうです。ここから一旦谷に降り更に尾根筋を登ると56号があります、珍しく墳丘が残っていますが石室は隙間開口、石室自体はよく残っているようです。側に57号が隣接しているはずだが分からず(56と57が逆かも)。更に尾根を登っていくが藪がだんだん酷くなる、そろそろ諦めようかなと思っていたら石室に出会いました、我ながらよく見つけたなと思う。石室自体はよく残っている、55か54号か、現地ではどちらか断定できず、断定できないと側のもう一つもどちらを重点的に探すが迷います、結局見つからず。ここからは上は藪が酷くて断念、西側の尾根に建物のようなマークがあったので行ってみたら神社でした。この背後に小さな石室開口63号です。更に尾根を登った辺りに古墳が点々とあるはずだが藪が酷くて見つからず、この辺りから更に北側は笹薮が酷く移動さえも困難なのでもう諦めました。神社からは下っていく道があるので楽々下山、なので76号はすっかり忘れてた(汗)。
今回のコースは山道どころか痕跡道も殆ど無いので当然普通の人が入り込めるような場所でもないので他ではある古墳の札も全くありませんでした。訪問される方は自己責任でお願いします。
ここは1日がかりになるのは必至だったので車も落ち着いて止められる場所が必要、なので西側県道沿いにある砂留施設の場所に車を止めましたが国分寺東側の下御領八幡神社にも駐車場があります。

(古墳ハイキングロード)
時間に多少余裕があったので麓東側にある74号を見学に行きました。ここも斎神社が目印、旧山陽道から大分離れていますが大きな石灯籠が目印です。神社に行くとここから古墳ハイキングロードが出来ていてラッキーでした。社殿背後に75号、でも側壁の一部が露出程度で古墳の札が無いと古墳ともわからない状態です。ここから山道を登っていきます。次に出会うのが74号、尾根先端をカット整形して墳丘下部を構築、上部に大きな石室が完全露出しています。全長8.4mと群の中でも最大規模の石室です、その割には奥壁が小さい。天井石も一部割れて落下、状態はやや悪い。しかしここの古墳群でよく見かけますが地形の割に大型石室を造るから墳丘の余裕がない、なので早くに墳丘は流失していたんでしょうね。更に登っていくと右に古墳の表示、脇道を入ると直ぐに大きな墳丘があります、これも尾根の整形でしょうか。上に細長い石室が2基並ぶ、71,72号です。共に上部を失った石室、ひょっとしたら双室墳かもしれません。更に登っていくと17号、大分破壊されています。もう夕暮れ間近、これ以上あったらまずいなと思いつつ登っていったら尾根筋に到達して以前見ていた13,14号辺りに出会ってホッ、これで終了となりました。ここにハイキングコースの表示版があったけど去年まではなかったような気がする、あれば当然降りていっただろうしね。下御領はこれで終了かな。

(18年)
ここはほぼ林や藪の中、山道もありますが道がないのも多いです。古墳の側に古墳の札がかけられていますがないのもあります。ただ番号が書かれていないので分布図と参照する必要がありますが密集していたりするとどれかなと思うこともあります。分布図の地形図もやや粗いので実際の地形が表示されていない場所もあり現在地が分からなくなることもありました。こういう時番号が書かれていたらかなり助かるんですけどね。群中最大規模の13号や他にも幾つか大型石室があります。ただし今回廻れたのは1/4程度でしょうか。

(17年)
ここはほぼ林や藪の中、山道もありますが道がないのも多いです。古墳の側に古墳の札がかけられていますがないのもあります。ただ番号が書かれていないので分布図と参照する必要がありますが密集していたりするとどれかなと思うこともあります。分布図の地形図もやや粗いので実際の地形が表示されていない場所もあり現在地が分からなくなることもありました。こういう時番号が書かれていたらかなり助かるんですけどね。群中最大規模の13号や他にも幾つか大型石室があります。ただし今回廻れたのは1/4程度でしょうか。
[ 2020年05月07日 14:26 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

法童寺古墳

御領古墳群表山古墳群上御領下組古墳群上御領中組古墳群国分寺裏山古墳群奈良原古墳群下御領古墳群・法童寺古墳群


広島県福山市(旧神辺町)2007年3月訪問、19年1月再訪

2基

(2019年)
1号(法童寺古墳)
横穴式石室、玄室長6,幅1.8,高1.8m(凡そ)
位置:34°33′51″N 133°24′05″E
案内板がありました(童の字が間違ってる)、矢印もないしこれだけで行くのは無理でしょう(見学後に気がついたし)


竹林の中の石室は特に変わりなし、御領の中では一番低い位置にある古墳


石室自体は変わりないけど内部に竹が生えている


ほぼ1枚石の奥壁


右側壁奥だけ小型の石材、適当な石材がなかったか


奥から外


側壁の面が整えられている


反対側も同様、やはり_5の石材だけ異質


2号
1号北東3,40m、短い尾根の斜面に立地


石室正面、左側壁の石材が抜け天井石が大きく傾いている


石室内部は良好のようだ


先端が尖った細長い奥壁鏡石、どうしてもこの石を使いたかったんでしょうか


奥から外、無袖でしょうか、古い竹が邪魔


(2005年)
横穴式石室、玄室長6,幅1.8,高1.8m(凡そ)
位置:34°33′51″N 133°24′05″E

山裾に築かれた古墳、墳丘は殆ど流失


石室正面


巨石を使った玄室


1枚石の奥壁


奥から外


(見学記)
(2019年)
2号があるというので再訪してみました。6年ぶりで場所はすっかり忘れていましたが分布図を持っていったので1号はすぐ分かりました。2号はこの北東3,40m程の場所、尾根筋西側斜面に石室が開口していますが尾根上を探したので意外と手間取った。1号よりずっと小型、まぐさ石が下がった無袖式でしょうか。奥壁は縦長で鏡石がドングリのように先端が尖っているのがちょっと変わっています。訪問後に道路脇に表示版があるのに気が付きましたが名前が書かれているだけで矢印もないし流石にこれだけでは探せないでしょう、しかも字が間違っているし。ここだけなら側のT字路に駐車スペースあり。

(2005年)
国分寺から八幡神社の前を通って東に500m程の距離にある古墳です。このくらいの距離だと駐車場所がない場合を考えて歩いていきますが徒歩だと500mと言う距離がなかなか分からない。なんとか土塀が目印となって見つけることが出来ました。山裾の竹林の中にある古墳は墳丘が殆ど流失、南側に開口した石室も羨道はかなり壊失していますが玄室完存、6m程の奥行きがあります。奥壁は巨石1枚石、側壁も大型の石材が使われていますが一番奥右側だけ一部小型の石が積まれている。大型の石材が調達できなかったんだろうか。天井も高さが揃えられていて技術の高さを伺わせます。
[ 2020年04月16日 15:59 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

ビワクビ古墳群

兵庫県福崎町 2018年3月訪問

2基
1号
横穴式石室
位置:34°57′17″N 134°46′36″E
岩尾神社裏山に2基


比較的大きな墳丘


ここが羨道辺りのようで埋没


激狭開口と言っても内部埋没


背後に回ると奥壁露出、かなり動いている


結構分厚い、隙間が開いている


カメラを突っ込んで撮影、正面はまぐさ石のようです


2号
1号と同じくらいの大きさの墳丘、こちらは石材見られず


おまけ
石仏:2号脇に2体の石仏、左側のに正徳2年(1712年)の文字、右のは倒れていたので起こしてみたら顔面剥離(汗)


鳥居:かなり古そうなので撮ってみました、慶長16年(1611年)の銘文あり


石橋:鳥居の前に石橋、さすがにこれは渡れない、共に町史跡


(見学記)
福崎町東田原、神積寺南東200mに岩尾神社があり背後の丘陵にある2基からなる古墳群です。神社前の道を南に歩いていくと案内板があります(倒れてましたが)。そこから70m階段を登り林の中に入ると2基の古墳が並んでいますがどちらも背はそれ程高くはなく状態は悪い。手前の1号は奥壁が露出、隙間からカメラを突っ込んで撮影するとまぐさ石らしき巨石が写っています、下は埋没しているようです。2号は石材殆ど見られず。側に2体の石仏があって一体は倒れていたので起こしてあげたら顔面がきれいに剥がれていた(汗)。左側のには正徳2年(1712年)の文字、300年以上ここで立ち続けていたんでしょうか。神社鳥居がかなり古いようです、後日調べたら慶長16年(1611年)の銘文があるそうです。その前に石橋もありどちらも町文化財。神社前に駐車可。
[ 2020年04月09日 14:48 ] カテゴリ:福崎町 | TB(-) | CM(0)
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