蓮華寺東古墳(仮称)

岡山県矢掛町 2019年1月訪問

横穴式石室
位置:34°37′18″N 133°34′00″E
南から見るとそこそこ残る墳丘


でも天井石が殆ど露出している


南向きに開口、1月なのに随分葉が茂っている


開口部、玄門袖石が見えている、元々羨道は短かったか


石室内は大分埋まっている、袖石の様子から元々それ程高くなかったような


玄室、落下した天井石


奥から見た玄門、まぐさ石が下がる


石室背後から、玄室後部は殆ど壊失


(見学記)
矢掛町西川面、川面小学校西側の丘陵上に蓮華寺がありその東方尾根筋に立地した古墳です。ただ蓮華寺からははっきりした道がなく行きづらい。東側麓に蓮華寺と書かれた石碑があってそこから登っていく道があります。急な山道を登って尾根にたどり着くと左側50m程、空き地と林の境目辺りにあります。墳丘流失石室完全露出、玄室後部が破壊されて状態はよくありません。玄門は残っていて右片袖式かなと分かる程度です。川沿いの道路に駐車スペースあり。

だん神様裏古墳(仮称)

岡山県矢掛町 2019年1月訪問

横穴式石室、玄室長3.7,幅1.7,高1.5m(現状)
位置:34°35′48″N 133°33′54″E
あると知ってて見れば見える墳丘、知らなければまず気が付きません


南向きに開口、墳丘もそこそこ残る


開口部正面、石室前に生えているのはシュンラン、岡山で古墳巡りしていると時折出会う


やや土砂が流入するが石室良好


一応左側の石が鏡石として意識しているかな


奥から外、まぐさ石が一段下がる


(見学記)
矢掛町浅海、だん神様古墳の南30mの場所にあります。墳丘もよく残っていてよく見れば見えているんですがここも存在を知らなければ気が付きません。間に猪避け柵がありますが丈夫なので却って乗り越えるのは楽です。南向きに開口、無袖式で残存長m程、だん神様の巨石に比べて石材は全般に小型です。ここも対の古墳でしょうが位置からしてだん神様の方が先行しているような気がします。下の県道に駐車スペースあり。

小迫大塚古墳

岡山県矢掛町 1988年4月訪問 96年、19年1月再訪

方墳、L23-27、終末期
横穴式石室、全長10.7m、玄室長6.5,幅2.4,高2.3m
位置:34°35′27″N 133°36′45″E
(19年)
23年ぶりに訪問したら墳丘も周囲も様変わり、画面左上に見えているのが太陽光パネル


西側から、墳丘はほぼ裸になっていた、以前はこちらは林でこのアングルは撮れなかった


北西から、割と斜面なのがわかります


北側背後から、こちらは一段か、遠くに平野部が見えている、平野からも見えていたんだろうな


東側から、88年当時は植林されたばかりでした、まだ切り出すには程遠い


南側正面から、墳丘上の木が伐採


伐採されたのは割と最近のようです


相変わらず迫力のある羨道天井石、ここまで加工する必要があったんでしょうか


玄門袖石とまぐさ石は角柱状


なぜこんな場所にと思わせる大型石室


奥壁は巨石1枚石、詰石は殆どない


奥から外、側壁は基本2段積み


奥から左側、最奥の側壁だけ1枚石


反対側、上下2段の高さが見事に揃っている


(96年)
墳丘横から、丘陵中腹に単独で存在、方墳の形状がよく残っている


南側正面


羨道


切石に近い石材を使った玄室


奥から外、石材の積み方が非常に整っている


(88年)
大きさの割に背の低い墳丘


東側から、2段築成の様子がよくわかる


(見学記)
(19年)
矢掛町南山田、23年ぶりに再訪してみました。古墳自体は変わりありませんが周りの環境が随分違ってきています。墳丘上の樹木は殆伐採され下草も刈られて2段築成の方墳の様子がよく観察できます。30年前東側でスギの植林がされたばかりでしたが大分成長してきてこちらからの眺めは悪くなっている。一番変わったのが西側、林が伐採されて太陽パネルが設置されていました。こちらからの眺めは良くなりましたが雰囲気はよくないですね。登ってくる途中にも大量の太陽パネルが設置されていました。それにしても終末期の巨大方墳がなんでこんな場所に、と感じさせる場所です。太陽パネルがあるが案内表示があるので問題なくたどり着けます。入り口辺りの県道に駐車スペースあり。

(96年)
中山の南側中腹に単独で位置する町内でも珍しい方墳です。墳丘,石室とも良好。山道を登っていくと開けた場所に墳丘と石室入口上の巨石がまづ目に付きます。この石材は今切り出してきたばかりといった感じの角の鋭い石です。中は両袖式の石室ですが玄門部の壁と天井にほぼ同じ幅くらいの石の出っ張りがあってより明瞭に羨道と玄室を区別しています。玄室も巨石で構成され,奥壁も一枚石で壁や天井も平面が揃えられていて全体が非常に整った感じで,他の古墳とは明らかな違いがあります。この地方最後の古墳なんでしょうか。入室容易。町史跡

奥の院堂古墳

岡山県勝央町 2006年4月訪問

円墳、R20
横穴式石室、現存長4,幅1.7m
位置:35°00′47″N 134°05′59″E
道路脇の擁壁の上に保存された古墳


前部がかなり破壊されている


石室正面


玄室


奥壁


(見学記)
国道179号から県道52号を南下、1km程行って町道を左に入り曲がりくねった道を上っていくと宝池ため池辺りで道が二手に分かれているので左の農免道を300m程行くと擁壁の上にのっかるように古墳が保存されています。石室前面は破壊されていますが背の高い玄室が残っています。奥に石仏が祀られている。随分山の中、今でこそ前を道路が通っているが当時はどうたったんだろう。町史跡。

火の定古墳

岡山県勝央町 2006年4月訪問

横穴式石室、現存長6m
位置:35°00′47″N 134°06′01″E
石室正面


前部が少し破壊されている


玄室、奥の方が狭くなっている


奥壁


奥から外


(見学記)
奥の院堂東100m、林の中に入る道を覗くと石室が見えています。ここも石室前面が破壊、現存長6mほど、奥の方が少しずつ狭くなっています。

よつみだわ古墳群

岡山県勝央町 1995年4月訪問

前方後円墳1,円墳3

よつみ乢古墳
前方後円墳、TL23
位置:35°02′08″N 134°08′15″E
手前が前方部


後円部


周囲の円墳の1基


(見学記)
岡古墳群から更に下って行くとよつみだわ古墳群に至るはずだが途中で道が消えている(+。+)ガーン 。強行突破しようかと思ったが後どの位あるかも分からず、泣く泣くもと来た道を引き返す。まさしく禍福はあざなえる縄の如しだ(以前にも使ったことがあるなー(^^;)。こういうのは肉体的にも精神的にも疲れます。さて岡の集落に降りて東側の高速道に架かる陸橋を渡ると300m程登った丘の中腹に古墳群があります。前方後円墳1(全長23m )、
円墳3からなる古墳群です。最初に行った時は周りに何もなく古墳は疎林や藪の中でかわいらしい姿を見せていましたが2回目に行った時はすぐ近くで大規模な工事中でした。幸い古墳群はぎりぎりの処で破壊を免れていましたが現在はどうなっているでしょうか。

岡古墳群(仮称)

岡山県勝央町 1995年4月訪問

山の中に数基分布
位置:35°02′37″N 134°08′18″E
1号
墳丘


石室、小型ながら奥壁はほぼ1枚石


2号
墳丘


石室


奥から外


(見学記)
地図を見ると高塚から南に下る山道があってそのままよつみだわ古墳群に行けるようなので、下っていくと途中で思いがけず小古墳が4基あった。そのうち2基で石室が開口、ラッキー。共に奥壁に1枚岩を使っている他は小型の割石を使った無袖式。残り具合も良好で小型の割に立派な石室です。場所は隣の美作町との境界辺りか。

西宮古墳

岡山県勝央町 1995年4月訪問

前方後円墳、TL68
位置:35°03′59″N 134°08′58″E

後方部

美野高塚古墳

岡山県勝央町 1995年4月訪問

前方後方墳、TL45
位置:35°03′33″N 134°08′47″E

下の平野から80m程の高所にある


(見学記)
中塚から東に行くと林の中にある全長58mの前方後方墳です。前方部の細長い墳形で割と良好、ただ狸の巣穴が幾つも開いている。「前方後円墳集成」では後方部流失と書いているがあまりそんな感じはしませんね。前方後円墳の可能性もあるそうな。標柱では西宮古墳

美野中塚古墳

岡山県勝央町 1995年4月訪問

前方後方墳、TL45
位置:35°03′56″N 134°08′49″E
南からの遠望(左矢印)、盆地の中に突き出た低い丘陵上、右側の矢印が西宮古墳


後方部


陪墳


(見学記)
盆地南側、半独立丘陵の西端に位置する全長52mの前方後方墳です。墳丘良好、雑木林に覆われていますが前方部の低い墳形が割とよく観察できます。西側神社の側に小円墳あり。町史跡。
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