弁慶穴古墳

山口県周南市(旧熊毛町)2021年1月訪問

横穴式石室(移築)
 位置:34°01′54″N 131°59′03″E (日本測地系)
    34.03494171 131.98169586(世界測地系)

高速道建設に伴い移築復元、羨道はほぼ上部を失う


羨道床面に排水溝


下部に大型石材、上部の石材は小型、移築の証拠に石材に番号、目立ちすぎ


〃縦位置、背が高い推定2.5m程


右側壁、三角マークが右側


左側壁、こちらは四角マーク、奥壁は丸マーク、しかし消せないのかな


変わった天井の積み方
、奥から一段づつ高くなっている


入口側の天井は2段くらい下がっている


奥から外、左片袖式


〃縦位置


玄室床面に敷石&排水溝、前日大雨だったので水が溜まってます7


(見学記)
周南市安田、三丘徳州公園内に移築された古墳です。元は熊毛北高校にありましたが山陽自動車道建設に伴いすぐ南側にあるこの場所に移されました。大型の石室で全長7m程(説明板に数字が書かれていないので全て目測)羨道は上部が失われていますが玄室完存、長3.5,幅2,高2.5m程で背が高い。奥壁は側壁と同様基部にやや大きな石材を据え上部は中型石材を重ねています。天井石は4枚ですが最奥のから手前にかけて1段づつ高くなり一番手前のはまだ2段くらい低くなっています。石材に数字が書かれていて移築感満載(笑)、他の移築石室でもよく見かけますが後から消せないんでしょうか。床面には礫が敷かれ中央には排水溝があり羨道まで伸びています。玄室内のは何故かくねくねしている。ただ前日は1日中雨が降ったせいでこの石室もかなり水浸し、移築後は排水の目的は機能してないようです。公園に駐車場有り。

永源山墳墓群

山口県周南市(旧新南陽市)2020年12月訪問

公園案内板に古墳が載っている、画面上が南だが南に向いて立つので違和感はない


永源山北1号
 箱式石棺
 位置:34°04′29″N 131°46′14″E (日本測地系)
    34.07798747 131.76810246(世界測地系)
山頂に向かう遊歩道脇に説明板


昭和29年に発見、完全女性人骨出土


蓋石は1枚の板石


かなり薄い側板と小口石


側板は複数枚からなる


永源山北4号
 円墳、R18,H1.5
更に登ると説明板、これは南側から


墳丘に渡る橋、南側に周溝があるのがわかります


墳丘はよく残るが埋葬施設はなかったそうです


墳丘図と発掘当時の写真(説明板より)


永源山北3号
 5C、箱式石棺
山頂手前にある、墳丘はあったんでしょうか


男性頭蓋骨出土(説明板より)、小口部が石棺幅より広い、あまりないタイプ


箱式石棺埋設


蓋石は多分復元


小口部の様子を見たかった


石棺内部、ストロボ無し


ストロボ、色合いから蓋石はやはり復元のようだ、側板も1枚のようだしこちらも復元かもしれない


おまけ
山頂展望台から見た南側方面


(見学記)
周南市富田、永源山公園内に1基の円墳と2基の箱式石棺が保存されています。海岸近くの丘陵ですが海とは反対側の北斜面に分布、今も北側に国道2号が通っているので当時も交通の要衝だったのでしょうか。公園案内板にも載っていますがとにかく丘陵頂部にある風車を目指します。説明板が建っているので見逃すことはないでしょう。最初に出会うのが北1号、箱式石棺が蓋石を外された状態で展示されています。公園開設前の昭和29年に土砂採取の際発見、内部に女性の人骨が完全な状態で入っていたそうです。歯が華奢で非労働階級層の女性だとか。更に北3,4号の案内表示があり登っていくと如何にも墳丘を思わせる高まりがあります、これが北4号、径18m高1.5mだそうですが尾根先端で実際より大きく見えます。最大の特徴は主体部が存在しないこと、破壊ではなく初めから無かったそうで、でも墳丘上で祭祀が行われた形跡はあったそうです、何があった。すぐ上に北3号、これも板石を使った箱式石棺で蓋石の一部が覆われた状態で展示されています。男性頭蓋骨が出土、栄養状態が悪くとくに鉄分不足だったとか。まさか本人も15,600年後に健康診断されるとは思ってもなかっただろうな(笑)。説明板の写真を見ると蓋石はなく側板は複数枚からなっているが保存されているのを見ると1枚のよう、全体が復元かもしれません。北2号はあったかどうかも不明。県の遺跡地図を見ると丘陵全体が永源山墳墓群となっているので他にまだあるかもです。公園駐車場が何ヶ所かあり。

内谷古墳

山口県周南市(旧徳山市)2016年2月訪問

横穴式石室
位置:34°04′55″N 131°47′19″E (日本測地系)
   34.08520958 131.7861563(世界測地系)

林道脇に案内標柱、ここに駐車可


上の方は道なし、石室を見かけるとホッとします


尾根先端に立地、墳丘殆ど流失


石室上部が崩れ落ちている


良好に残るのは最後部だけ、天井石1枚残存


奥壁は平石積み、下が埋まる


尾根側側壁はや小型石材


反対側石材はやや大きい、その先は急斜面のせいか


石室前部上から、前も左横も後ろも急斜面、かなり無理な場所に立地


天井石が割れて石室内に落下、右側のもずれているようだ


羨道天井石か、これもかなり傾いている


袖石かな


(見学記)
周南市下上、丘陵上にある古墳です。北側谷筋を通る林道に案内表柱があり細い道を登って行きます。急な痕跡のような道でむしろ帰りの方が滑りそうで怖い。丘陵頂部から突き出た尾根先端に構築、墳丘は殆ど流失し石室が露出しています。南に開口する席室は天井石は4枚ですが残っているのは最奥の1枚だけ、1枚は割れて玄室に落下、前の2枚はずり落ちて入り口を塞いでいます。入口側で平石の袖石が1枚見えています。玄室内部もやや埋まっていますが奥壁は3段積みでしょうか、中間の1枚がやや突き出ていますが石棚と言う程ではないでしょう。尾根先端に構築されるのはよくあることですがここが不思議なのは平野部がある西側でなく東側に伸びる尾根状にあること、周りも山がちで西側の平野部からはまず望めないでしょうね。単独で存在することもあり後期も終盤の古墳でしょうね。県遺跡地図では北側の丘一つ違う場所になっていましたが案内柱があって助かりました。遺跡地図の精度の悪さには困ったもんだ。標柱すぐ上方に駐車スペースあり。

堂山古墳出土石棺

山口県周南市(旧徳山市)2016年2月訪問

刳抜式家形石棺、150×72×60(身)、120×46×25cm(刳抜内部)
位置:34°05′04″N 131°46′13″E (日本測地系)
   34.08770905 131.76782424(世界測地系)

神社境内に保存、あくまでも”伝”です


側に蓋石もあります


縄掛突起は無し


大きさに比べて刳抜内部の容積が小さい、特に深さが浅い、長さも短く大人を入れるのはかなり困難


蓋石は屋根にやや幅広い峰がある、両端をスパッと切った切妻、あまり見かけない形式


(見学記)
周南市下上、神上神社(こうのうえじんじゃ)本殿脇に刳抜式家形石棺が蓋を外された状態で保存されています。露天に置かれ身の方は手水鉢として利用されているようですが欠けているところもなく状態は良好です。大きさは150×72×60cm、内法120×46×25cm(測定値)、身の高さに比べて刳り貫きが浅い、長さも短く成人遺骸を入れるのは無理、子供でも難しそうです。殯をして白骨状態になったのを入れたのでしょうか。蓋石は縄掛突起は全く無く尾根部分が平らになった切妻型、あまり見たことのない形式です。国道489号から神上神社に至る道はほぼ直線ですが大変狭い。鳥居脇の道を入って行くと奥に駐車場あり。

向原古墳群

山口県周南市(旧徳山市)2006年2月訪問

石室墳2基

1号
円墳、R8,H2
横穴式石室、全長5.8m、玄室長3.8,幅3(2?),高1.5m
位置:34°02′11″N 131°51′41″E (日本測地系)
   34.03966019 131.8589287(世界測地系)
低平な丘陵上に立地


奥壁側が破壊されて開口


玄室奥から、両袖式、羨道は殆ど埋没


玄室


2号
円墳、R10,H2
横穴式石室、全長7.85m、玄室長6.2,幅2,高2m
開口部、墳丘ははっきりしない、1号東30m、斜面際に立地


細長い玄室


奥から外、右片袖式


(見学記)
同市久米、山陽道徳山東IC南側、下松市との境界辺りの小さな谷の中が新興住宅地になっていてその一番奥に水田がありその左手から竹林の中に入っていく道があります。3,4分上ると畑がありその手前に標柱が立っています。1号はその右手竹林の中、墳丘は割と残っており羨道入り口は見えていませんが奥壁が壊されてここから中に入れます。両袖式で羨道は殆ど埋没、玄室も少し埋まっています。側の説明板に幅3mと書かれているがこれはどう見ても大きすぎせいぜい2m程度です。
東側30mの所に2号墳があります。10m先の案内表示があって古墳はすぐ目の前なのだが斜面際、墳丘は流失し太い竹も密生していてちょっと分かりづらく危うく通り過ぎるところだった。南側に開口した石室は羨道入り口がかなり埋まっているが匍匐前進して中にはいると玄室は割と良好に残っています。玄室長6m程で1号より大きいがこちらは片袖式です。石材の隙間から僅かに光が漏れていてほんのり明るい。市史跡。
古墳が目の前に見えているのに何十m先なんて案内表示があって、こんなんのいらねえよな、と思うときがありますがここは正真正銘必要だった。あの案内表示(これ自体見逃しそうだったけど)がなければ多分分からなかっただろう。

羽島古墳

山口県周南市(旧新南陽市)2002年4月訪問

6C
横穴式石室、玄室長3.6,幅1.6m
位置:34°04′18″N 131°43′33″E (日本測地系)
   34.07493139 131.72338289(世界測地系)

小さな独立丘陵上北側に立地


石室正面天井石は床の敷石として再利用されている


奥上から


(見学記)
市営瀬の上団地東側の小独立丘陵上北側にある。墳丘ははっきりせず天井石を失った石室が露出している。玄室長3.6mの小さな石室で内部に祠が祭られている。丘陵上に八八カ所巡りの石仏がありその一部として利用されているようだ。側の説明板に羽島1号墳とあるが多分他にはないようだ。市史跡。
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