柴山古墳群

山口県防府市 2020年1月訪問

横穴石室墳9基

1-3号入り口、北側麓にある、でも見つけたのは訪問後(古墳あるある)


1号
 位置:131°29′28″
     34°02′38″(日本測地系)
     34.04715069 131.48868236(世界測地系)
東側半独立丘陵頂部に位置する


反対側から


細長い石室、落下した天井石でわかりにくい


正面から


袖石のようで角柱状、この古墳群の特徴のようです


最奥の天井石、下に奥壁が見えているから動かされているようだ


上面が随分平ら、ひっくり返されているかもしれない


2号
1号のすぐ先に2号


その先に3号


天井を失った石室、1号に比べて幅が広い


両袖式、閉塞石がそのまま残っている


奥壁、特に大型石材はなさそう


正面側から、まぐさ石だけが残る、羨道も下部が残っているようだ


3号
表示版が立つが破壊された石室?


石材は見られるが石室構造はよくわからず


西側入口
西側麓辺りにある墓地、この墓地自体がわかりにくい


墓地奥に案内板、墓地入口に欲しかった、名前が”旦山古墳”となっている


5号
 位置:131°29′12″
     34°02′38″(日本測地系)
     34.04715059 131.48423824(世界測地系)
山道を登っていて最初に出会う


これも上部を失った石室


正面から


斜め前から


奥壁は上まで残っているようです


背後から、袖石間のはまぐさ石のようです


右側が平らなのでこちらが底面のよう


羨道下部が残る、袖石、特に正面左側のが完璧な角柱


背後から見ると墳丘が残る


6号
5号の先に6号墳丘が見えている


墳丘は残るが天井石露出


斜め前から撮影、最奥天井石が残る


ここも角柱の袖石、前は急斜面、羨道はあったんでしょうか


正面から、袖石が見事


奥壁は巨石鏡石+平石


左側側壁、下部が巨石


右側側壁、似たような構成


奥から外


4号
更に登っていくと山頂手前に石室


石室基部だけ残存


横から


後方から、ここも角柱袖石


やはり袖石があると石室らしく見える


(見学記)
防府市柴山、佐波川河口近くの独立丘稜柴山にある9基からなる古墳群ですが6基確認。1基を除いてほぼ石室下部しか残っていません、玄室長も2m程度と揃っている。丘陵東側が小丘陵になっていて頂部辺りに1-3号がある。1号は頂部にあり南東向きで天井石が玄室内に落下、袖石が残っていて両袖式でしょうか、奥壁も2段積みのが残っているようだ。他と比べてこれだけが細長い玄室。直ぐ側に2号、こちらは南西向き、両袖式石室下部が残っているがこれで特筆するのは玄門に2段に積まれて閉塞石が多分当時のままの状態で残っていることです。もう閉塞石というより扉ですね。2号に接して3号があるが石積みなのか石が葺かれているのか、石室の様子はよく分かりません。北側に階段があったので降りていったら麓に案内表示がありました(ここに駐車スペースあり)。古墳公園となっているようですが名前は旦山古墳公園となっている。勿論これが分かったのは登った後、最初は南側から送信アンテナの場所まで道があるからそこまでいって後は直登、古い竹林で倒れた竹もあって歩きにくく往生しました。
西側頂部と尾根筋に4-6号がある。中腹に墓地があってその奥に案内板があります(せめて墓地の入り口に設置してくれ、墓地そのものも場所がわかりにくい)。案内板は多分これだけ、そこから荒れた急な山道を登っていくと5号があります、基部だけ残っていて袖石を立てた両袖式、片方の袖石は四角くまるで切石のよう、直ぐ側に6号、急斜面に立地しているので羨道は完全に壊失しているが玄室は前部天井石が無くなっている他は良く残っています。立柱石を立てた両袖式、巨石ほぼ1枚石の奥壁、最奥の天井石が残っています。玄室長は2m程度しかありませんが奥壁が巨石なので大きく見えます。更に登っていくと最高所手前の平坦面に4号、ここも基部だけど羨道も残っています、これもやはり両袖式。ここも古墳公園のようですが整備された道はなく見晴らしがいいわけでもなく余程の古墳好きじゃないと来ないと思うぞ。6基の立地場所が頂部や尾根筋だったので残る3基も稜線などを探してみたのですが見つからなかった。

井出山古墳群

山口県防府市 2020年1月訪問

2基

墓地入口に案内板、でも以後は全くなし


クイズ古墳はどこだ状態(笑)


1号
 複室横穴式石室
 位置:131°36′25″
    34°06′20″(日本測地系)
    34.10881304 131.60450301(世界測地系)
墓地のほぼ中央、樹木の下にあります、でも最初は上から近づいたので開口部に気が付かず


横から見ると割と墳丘が残っている、これも石室入室後からですが


開口部、ここは前室玄門上辺り、右下に羨道開口部、天井がずれてます


開口部から見た玄室玄門


持ち送りのある玄室、奥行きはあまりない、奥壁は1枚石


 〃縦位置


天井、画面下が入口側


奥から外、両袖式、袖幅が割と広い


〃縦位置


奥から左


奥から右


前室奥から、割と広い


前室、奥から左側


墳頂に天井石が露出、角張った石だったのでてっきり墓地関連の石かなと思ってしまった、奥に2号が見えてます


2号
側壁が露出した石室


石室と分かっていたようでギリギリ保存


正面、内部は殆ど埋没


(見学記)
防府市真尾、丘陵中腹の開けた墓地の中に2基の石室墳があります。墓地下の入口辺りに観光協会の案内板があり墓地も大きくないのでこれは楽勝かと思いましたがぱっとみた限りではまるで見当たらない、かなり急斜面なので墓地全体が見やすいんですけどね。その内怪しい石材発見、でも端が直線的でこれは現代の石材かと思いましたがよく見るとその下側に開口していました。羨道は埋没しているが玄門上辺りが開口、しかも複室石室でした。石室があるのは分かっていたが中に入れるのがあるとは思わなかった、嬉しい誤算。玄室はそれ程大きくはなく前室とあまり変わらない、でも奥壁は巨石1枚石で見応えがあります。もう1基は10m程西側、墓石の傍らに開口していますが内部は殆ど埋没しています、これは分かりにくい。下の道路が狭いですが軽自動車が停められる程度のスペースが有る。

黒山古墳群

山口県防府市 2002年4月訪問、2016年2月再訪

5基、2-5号は横穴石室墳
1号は県内最古クラスの箱式石棺

分布図、独立丘稜南側の麓近くに立地


(2016年)
1号
箱式石棺(埋戻し)、5C
位置:34°01′24″N 131°31′23″E (日本測地系)
   34.02659776 131.52062467(世界測地系)
北東に伸びる尾根筋先端に立地


僅かな高まりがある程度、前回も来たけどフィルム時代ではこれは撮れなかった


2号
横穴式石室
天井石露出、周りはすっかりシダの藪になっていた


奥の天井石は動かされているようだ、この隙間から入れます


ほぼ1枚紙の奥壁、玄門付近が埋まっているので下がれません


〃縦位置


奥から外、羨道はほぼ埋没


奥から左側


〃右側


3号
横穴式石室
位置:34°01′17″N 131°31′12″E (日本測地系)
   34.02465345 131.51756948(世界測地系)
こちらも天井石が露出


前の2枚は羨道天井、位置が低くなっている


奥壁は露出していない


入り口から覗いた石室内部


背の高い玄室、奥壁は鏡石を据え上に平石、側壁は僅かに持ち送り


〃縦位置


奥から外、両袖式だが左側が広い


〃縦位置


天井


羨道奥から、前回の写真だと斜めにもたれかかっている石があるが今回の写真では見られないな


5号
横穴式石室
位置:34°01′19″N 131°31′22″E (日本測地系)
   34.025209 131.52034697(世界測地系)
玄門


背の高い玄室、おむすび型の鏡石、3号とよく似ている


〃縦位置


奥から外、こちらも両袖だがやはり左が大きい


〃縦位置


玄室天井


(2002年)
2号
横穴式石室

石室が露出、麓近くの急斜面に立地


玄室奥壁、内部はかなり埋没


3号
横穴式石室
位置:34°01′17″N 131°31′12″E

完全に露出した石室、左手が奥壁側、石碑は古墳とは関係ない


背の高い玄室


奥から外、両袖式


5号
横穴式石室
位置:34°01′19″N 131°31′22″E

石室入り口、敷地の盛り土で墳丘はすっかり埋められている


背の高い玄室、保存状態は一番良い


両袖式、左右が非対称


(見学記)
(2016年)
防府市西浦、独立丘陵黒山に分布する古墳群です。14年ぶりの再訪、案内図のあった玉祖神社に行こうと思いましたが途中の集落内の道が狭くて断念、西側にある和立海神社に行ったらここにも案内図がありました。石段を登って行くと神社があり本殿脇に3号の案内板があります。そこからすぐ、石室がすっかり露出していますが玄室だけでなく羨道天井石までしっかり残っています。ただ入り口は殆ど埋まっているので天井隙間から入ることになりますが中途半端な狭さなので入るのはちと一苦労です。背の高い玄室は良好に残り袖石を立てた両袖式、側壁はやや持ち送り奥壁は巨石の鏡石を据え上に平石を重ねている。石室は殆ど露出していますが背後から見ると墳丘は結構残っています。2号は本殿前の鳥居脇の側溝沿いの道を行くと右に擁壁がある辺りに案内板があります(この道をそのまま進むと玉祖神社に至ります)。初めは多少踏み分け道がありますが殆どはシダがビッシリ生えて進むのが困難、常緑性のコシダだから冬場でも厄介でも強行突破するしか無い。なんとかたどり着くとここも天井石が露出した古墳が現れます。ここも羨道埋没玄室側壁隙間から何とか中に入れる、土砂が流入しているので足がつきます。3号より一回り小さいですがそれでもなかなかの大きさ、奥壁は巨石鏡石+平石です。玄門はかなり埋まっているが両袖式かな。14年前の写真と見比べると石室周辺もすっかりシダが茂っていて見学しにくくなっています。ここに3号への案内板もありますが殆どシダの藪で痕跡道もないような状態です。2号下の道を通って玉祖神社へ、ここに5号の案内板もありますが個人敷地内です。墳丘は殆ど埋められていますが石室自体ははよく残っています。1号の案内板もあるので丘を登っていきます。尾根先端に構築された古墳で墳丘らしい高まりがあり上に祠が建っています。江戸時代に箱式石棺が出土、人骨鏡管玉勾玉が出土した5Cの古墳で県内でも有数の古さです。時代も立地も埋葬施設も外の古墳とは一線を画し同じ古墳群とは言えないでしょうね。前回もここに来ているけどフィルム時代の故小さな高まり程度の墳丘では写真は撮れなかったよ。黒山山頂経由で和立海神社に遊歩道が続いているのですが山頂から先はもう藪状態なので一度下に降りて戻ったほうが良さそうです。どちらの神社も駐車場あり、分かりにくいけどね。

(2002年)
当時は島だったんでしょうか、海岸近くの黒山南側にある古墳群です。ほぼ中央辺りにある玉祖神社の鳥居脇に案内表示があり割と簡単に行くことができます。1号は県内最古クラスの箱式石棺で明治時代に人骨などが出土していますが現在は埋め戻され説明板と祠があるだけです。他は後期の石室墳、2,3号はすっかり石室が露出しています。5号は民家の敷地内にあります。家の方の話では家を建て替えたとき墳丘を埋めたそうです。幸い中にはいることはできます。庭石として使っている巨石も4号墳の石室石材を使っているそうです。庭石を得るために破壊したわけではないんですけどね。

女山古墳群

山口県防府市 2002年4月訪問、16年2月再訪

女山東側に4,5基残存

(2016年)
横穴式石室
位置:34°01′43″N 131°32′01″E (日本測地系)
   34.03187523 131.53117898(世界測地系)
丘陵中腹にある墓地内に保存


石室前部はかなり破壊


墳丘の様子は殆どわからない


天井石2枚残存


良好に残るのは後部2m程度


石室の中に古い墓石、江戸時代の物でしょうか、奥壁は1枚石


奥から外、殆ど墓石しか写りませんが


奥から左側


〃右側


4号
横穴式石室
3号西側、こちらは多少墳丘が残る


石室正面、前部破壊


奥壁は1枚+平石、側壁は上部が僅かに持ち送り


〃縦位置


奥から外、両袖かな


(2002年)
3号
横穴式石室
位置:34°01′43″N 131°32′01″E

石室正面


玄室内部、石仏が祭られている


4号
横穴式石室

石室正面、3号と同じ共同墓地内


玄室、2-3mと小型ながら整っている、近くの黒山古墳群と比べて小型


おまけ、同じ丘陵西側の墓地にあった、すっかり石室と勘違い


(見学記)
(2016年)
防府市西浦、独立丘陵女山に分布する古墳群です。東側麓近く華西中学校北側に墓地がありその中に2基あります。墓地に入るとすぐ目に入るのが3号、前部は大きく破壊され後部が残っている。奥壁は小型ながらも1枚石。内部には江戸時代かと思われる古い墓石が幾つも入っています。もう一つの4号は何処だと少々探しまわる、南側50mの所にありました。こちら小型の石室が残っている。側壁の厚みがそのまま袖になっているところを見ると残っているのはほぼ玄室でかなり小型のようです。他にもあるかなと周辺の山林を探してみましたが見つからず。この辺の山では普通ですが石材がゴロゴロしていてややこしい。墓地の登り口は東側にあり石仏が立っている。

(2002年)
女山東側、華西中学校北側の共同墓地内に残っていると言うことだがこの墓地が分からずおかげで山を半周して西側まで行ってしまい、こちらの墓地内でとんでもない物を見つけてしまった。てっきり石室かと思いしっかり掃除をして4枚も写真を撮ってしまったがどうも構造が変だ、後で地元の方に聞いたら墓掃除をする道具を入れておく為に作ったとのことでした。黒山5号の所有者の方から詳しい資料を見せてもらってなんとかたどり着くことができたけど仙台からこんなとこまで来ているのと少々あきれられてしまった。

岩淵古墳

山口県防府市 2016年2月訪問

竪穴系横口式石室、玄室長3.0,幅1.8m
位置:34°03′16″N 131°30′04″E (日本測地系)
   34.05770536 131.49868122(世界測地系)

まさしく丘陵裾に立地


正面に黒い穴が見えていますが開口部ではない、でもそこから入ってすぐの場所


狭い開口部、羨道はよく分からず


まぐさ石上部の石積み、崩壊せずよく残ったものです


玄室は良好、左側壁の傾斜は持ち送りだろうな


天井石が1枚だけ傾いている、倒壊せずギリギリ持ちこたえたようです


奥壁は大きな鏡石を左に据え上と右に中型石材、上に小型石材を重ねる


奥から外、柱状袖石を立てた両袖式、左側が拡張されている


〃縦位置


奥から左側、基部に大型石材を据える


こちらも同様、基部は1枚石


(見学記)
防府市台道、防府西高校北西水田段差部にある古墳です。地形図を見ると丘陵麓辺りに立地しているようです。現在は全体が樹木に覆われていますが東側から寄って行くといかにもここから入っていけるぞといった所がありそこから入るとすぐ石室があります。南向きに開口、羨道部分は殆ど壊失しているようで土嚢が積まれていますが玄門はかなり狭いがなんとか入れる。玄室は3.0×1.8m程の大きさ、天井石が一部傾いていますが概ね良好、側壁は基部に大型石材を据え上部は小型石材を持ち送りにしています。奥壁もほぼ同様で四角い鏡石を据え右と上に平石、後は小型石材を積み上げています。玄門は両袖式ですが袖石は柱状石の上に平石を重ね平石のまぐさ石を置いています。左袖は更に平石を積んで幅を広げています。竪穴系横口式石室だそうですがまさか入れる程の石室が残っているとは思わずラッキー。ただ現状の墳丘を見ると石室の位置がかなり偏っているので元の墳丘はもっと大きかったようです。そうなると墳丘規模に比べて石室が大分小さくなってしまいますが。
ここは防府西校北西という情報しかなかったのですが衛星写真を見てみるともうここしかないと言った状況でした。石室も良好に残っていて満足、県内では完存状態の石室なんて少ないからな。

脇古墳

山口県防府市 2016年2月訪問

横穴式石室
位置:34°02′52″N 131°39′14″E (日本測地系)
   34.05104291 131.65144438(世界測地系)

段差部分に石室露出というよくあるパターン、ただ墳丘の影響かこの部分が少し突き出ている


かなりの巨石で構成


天井石は2枚残存


下から見ると側壁露出


奥壁は意外と小さい、その上の石は天井石にしては小さい側壁上部の石か


前部側壁は普通に石を重ねているが後部は平石を立てている、強度不足で崩壊か


石室内部は殆ど埋没


(見学記)
防府市富海、国津姫神社北東300mにある古墳です。田んぼの中に石室石材が露出しているとの上方を得、脇という地名がそれ程広くないので現地に行って人に聞けば分かるだろうと思って行ったのですが・・・民家は多くあるのに全然人に出会わない(汗)。冬場故農作業をしている人もいなく、結局歩きまわって何とか探し当てることが出来ました。田圃と道の段差部分に石室露出、墳丘は殆ど流失しています。内部も殆ど埋没しているのが残念。天井石2枚残存、石室前部は元の状態のようですが後部は天井が落下し破壊が著しい。板石(流紋岩か)を使った巨石奥壁も何とか立った状態で残っていますが石室規模の割には小さく上にもあったのかもしれません。事前に思っていたより石室らしい姿が残っていました。衛星写真で見るとギリギリ石室の様子が写っていますがこれでは事前には分からないだろうな、実際何度も探してみたのですが分かりませんでした。

大内古墳群

山口県防府市2016年2月訪問

その1
横穴式石室、残存長2.7,幅2.2m(現地実測値)
位置:34°02′25″N 131°37′03″E (日本測地系)
   34.04354302 131.61505927(世界測地系)
遠くに如何にも天井石を思わせる石材を見つけた


大きく口を開けた石室、後部しか残っていない


右側から、天井石1枚残存


奥壁上部石材壊失、鏡石が残っている


右側壁2枚残存


左も2枚残存、小さな石材が残っていなかったら天井倒れていたかも


(見学記)
防府市江泊、東西の支群に別れ十数基からなる古墳群ですが現状や分布の状況が全くわからなかったけど検索してみると石室正面の写真があったのでそれではと行ってみました。まずは東側を探してみたが全く見つからず。こりゃ駄目だと諦めつつ西側を探してみると駐車場所から山の方林際に天井石らしいものが見えていたのでひょっとしてと思って行ってみたらビンゴでした。石室後部しか残っていない状態でしたが間口が広く2.2mもあります。左右の側壁も巨石2枚ずつ残存、奥壁も1枚石ですが周囲の詰石はなくなっていて隙間があります。天井石も巨石1枚石でこの状態で倒れずよく残っていたなと感心。ネットで見つけていた石室とは明らかに違うので周辺を探してみましたが見つからず。でも1基だけでも見つかってよかったよかった。南側鳥居のある祠周囲に駐車可。

大日古墳

山口県防府市 2002年4月訪問、2016年1月再訪

前方後円墳、TL42,RH5.5
横穴式石室、全長9.4m,玄室長3.6,幅2.1,高2.3m
家形石棺
位置:34°04′09″N 131°33′01″E (日本測地系)
   34.07242651 131.54784314(世界測地系)

(2016年)
後円部南側に開口、墳丘も良好


羨道前部は天井壊失、初めから無かった可能性もあるかも


巨石を使った羨道後部、奥の2枚は重ねがない1枚石


県内で唯一家形石棺が残る玄室


奥壁は3段積み、隙間の詰石は殆ど無い


左側壁は巨石、奥壁より巨大


右側壁も巨石、基本3段積み


天井は1枚石


奥から外、両袖式だが単独の袖石でなく側壁がそのまま袖として使われている


羨道奥から


見事な家形石棺、上部が幅広い、縄掛突起は角型で6個


蓋石は多少ずれているような、突起は入口側より奥の方がやや大きいようだ


自然光で撮ってみました、蓋石の直線具合がよくわかります


右斜め前から


前方部から後円部


後円部から前方部、前方部はほぼ墓地となっている


前方部山側、周溝になっていたようです、現在は水が溜まっているが当時はどうだったでしょう


(2002年)
石室正面、一部改変を受けているかもしれない


羨道も巨石を積んでかなり立派


玄室、石棺、天井石は1枚石の巨石


奥から外、両袖式


県内で唯一残る家形石棺


縄掛け突起の幅が広い


(見学記)
(2016年)
防府市高井、防府病院西側100m墓地の中にある古墳です。東西に主軸を伸ばす全長40mの前方後円墳、後円部は樹木に覆われ前方部は墓地になっていますが墳形は割と残っています。前方部山側に細長い池がありますが周溝跡でしょうか、ただ後円部側にはそれらしいのは見えません。後円部南側に石室開口、全長13m県内最長の横穴石室で羨道玄室とも良好に残っています。羨道玄室とも巨石が使われていますが羨道は規模の割に背が低く真直ぐ立つと頭がつかえる状態です。玄室は両袖式ですが袖石はなく側壁の厚みがそのまま袖になっています。まぐさ石は分厚く量感のある巨石、奥壁は3段積み、側壁も2,3段で上部がやや内傾し奈良の岩屋式石室だそうです。天井も1枚でこれもすこぶるの巨石。玄室中央に鎮座しているのが県内唯一の石室内に残る刳抜式家形石棺で凝灰岩製、蓋石が若干ずれているようですが破壊の様子は全く無く屋根の稜線部分はまるで造ったばかりのような鋭さがあり6個ある縄掛突起は四角く重厚です。しかし羨道の断面を考えるとこれを入れるのは大変だったろうな。説明板西側に小さな駐車スペースあり。国史跡。

(2002年)
防府病院の北側にあるというので簡単に見つかると思ったが病棟を間違えたおかげで以外と手間取った(後でわかったのだがこの時前方部に上がっていたのだが気づかなかった)。古墳は墓地の中にあるが後円部は藪に覆われ前方部も墓地があり前方後円墳とはわかりにくい。後円部南側に石室が開口、玄室内にある凝灰岩制家形石棺は県内で唯一残存している石棺です。国史跡。

岩畠古墳

山口県防府市 2002年4月訪問、2016年1月再訪

円墳、R20、6C末~7C前半
横穴式石室、全長9m,玄室長4.5,幅2.5,高3m
位置:34°03′27″N 131°35′43″E (日本測地系)
   34.06076167 131.59283941(世界測地系)

(2016年)
住宅街の中に保存、02年と比べて樹木が伐採されているようだ


墳丘西から


開口部、正面には立てないので下から


長い羨道が良好に残る


巨石を使った大型玄室


〃縦位置


相変わらず(当たり前だけど)見事な奥壁


側壁も巨石


右側壁、自然光で撮ると質感が出ます


天井は巨石2枚


奥から外、柱状袖石を立てた両袖式、まぐさ石も巨石、しきみ石も大きい


〃縦位置


羨道奥から


(2002年)
墳丘、前面が削られている


羨道


殆ど持ち送りのない玄室、巨大な奥壁を据える


奥から外、両袖式、隙間にも小石を詰めている


(見学記)
(2016年)
防府市岩鼻2丁目、畑などがある住宅地の中にある古墳で緩斜面に立地しています。墳丘石室とも良好、南向きの石室は全長9m、県内でも有数の規模です。長い羨道も石材は大きですが玄室は更に巨石が使われています。奥壁はほぼ巨石1枚石で上部が丸くなり全国的に見ても屈指のカッコ良さだと個人的には思う(笑)。天井石は2枚、左右の側壁は基本3段積みで持ち送りは殆どありません。玄門は柱状袖石を立てた両袖式、上部のまぐさ石もすこぶる巨石です。しきみ石もありますが後世の物の可能性もあるかな。ここに来るまでの道は大変狭い。西側に僅かに駐車スペースあり。

(2002年)
「日本の古代遺跡(山口)」の地図に載っていた場所を探してみたが見つからず一度は諦めた。公園になっている周防国府跡に行ってみるとそこの説明板に地図がありしっかり載っていた、ラッキー。もう一度行ってみたら最初探した場所より200m程西側だが場合によってはこの程度離れていても見つからないことがあるんだよね。しかも本墳は市内最大級の石室墳で保存状態もよく、見つけていなければ後で後悔するとこだった。それにしてもこれ程の古墳が史跡指定されてないのが不思議です。

鋳物師車塚古墳

山口県防府市 2002年4月訪問、2016年1月再訪

前方後円墳、TL58,R31.5,FW48、6C前半
複室石室2
位置:34°02′55″N 131°34′35″E (日本測地系)
   34.05187257 131.5739529(世界測地系)

(2016年)
墳丘石室図(説明板より)


市街地の中、墳丘が神社の森となっている


右赤い社殿背後が後円部、本殿左側が前方部


社殿でくびれ部が大きく削られる


前方部から後円部


後円部から前方部


前方部石室正面


右側の石垣は後世のだろうけど左はどうでしょう


前室玄門


長い前室


前室左側、割石積み


右も同様だが上部にやや大型の石


後室はかなり危険な状態


天井、左側壁が傾いている、これでよく崩壊しなかったな


奥壁も小型石材割石積み、手前の石材は崩壊した右側壁のようです


後円部、社殿背後に開口


細かな網があって内部は殆ど写りません


墳頂に露出した巨石天井石、上に被っているのは補強の為のセメント


(2002年)
南側、右側が後円部、赤い社の背後に石室が開口


後円部石室、複室構造が何とか分かる、植物の根が内部に進入している


前方部石室正面、羨道は殆ど破壊


やや長い前室


玄室、かなり崩壊、奥にあるのは石槨だろうか


(見学記)
(2016年)
防府市車塚町、こちらも市街地の中にある古墳で天御中主神社境内にあります。東西を主軸とする前方後円墳で墳形は割と残っていますがくびれ部が本殿で大きく抉られています。後円部と前方部それぞれに複室石室があります。後円部のは前に社殿があり金網越しに内部を見学できますが網目が細かくて撮影困難、奥にも祠があるようで石室そのものが社殿として使われているようです。頂部に天井石の一部が露出していますがかなりの巨石です。前方部のは開口していますが玄室はやはり金網越しに見学、内部は天井石や側壁が傾き一部崩壊しているなどかなり危険な状態です。ここは鋳物師町ではないし普通に車塚古墳で良さそう、実際説明板では車塚古墳となっています。神社に駐車場はなさそうです。

(2002年)
防府駅東400m、市街地のど真ん中にある前方後円墳です。くびれ部南側に神社がありそのおかげで保存されたのでしょうが墳丘もかなり改変されている。西側が前方部でしょうか石室が開口、羨道はかなり壊失していますが複室石室のようです。玄室天井石がかなり傾いていて危険な状態、直上の墳丘も囲いがして立入禁止になってます。東側にも社殿があり奥に金網がはっている。なんだろうと覗いてみると石室があった。複室構造の石室で植物の根がかなり進入しているがこちらの方が状態もよく立派みたいだ。市史跡。
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