才谷古墳

山口県山口市(旧徳地町) 2016年1月訪問

横穴式石室(移築)、全長6.5m、玄室長2.8,幅1.7m(現地測定値)
位置:34°11′50″N 131°40′03″E
県道脇に標柱、でも行くのは右側の道


高速道脇に移築


上部を失った石室だが羨道までよく残る


正面から


羨道途中にあるのは閉塞石でしょうか


小型石材を積み上げた玄室、直線的に構成、袖石は切石のような角柱


玄室、石材はどれも同じような大きさ


奥から外、両袖式


左後方から


後方から、右隅に謎の石積み


右後方から、やはり副室のように見えます


副室拡大


それ程大きな空間ではなさそう


内側から見た様子、石が抜けたのではなく初めからなかったような



見学記
山口市徳地堀、中国自動車道徳地インターすぐ西側にある古墳です。高速建設の際発掘され10m程移動して移築保存されました。上部を失った石室で全長6.5m,玄室長2.8m程度、丸みを帯びた河原石を使用、袖石を立てた両袖式です。羨道もよく残っていて羨道途中には閉塞石もあったようです。変わっているのは玄室左奥隅、外側に更に石組みがあります。説明板にはこの部分には何も触れられていませんがひょっとして長野県の石室などで時々見られる副室でしょうか。だとすれば副室の石積みが見られる得難いものです。高速高架下の道路脇に案内表柱がありますがそこから100m程、でもこの標柱は水路の反対側に設置して欲しかった、分かるけどね。ちなみに読みは”さいだに”です。ここは前から知っていたけど遠いし移築石室だしなかなか行けなかった、これでしょうもない石室だったらがっかりするとこだったけど案の定天井はなかったけど残り具合はよくまずまずの石室でした。高架下にゴミステーションがありそこに駐車可。移築ながら市史跡。

広沢寺古墳

山口県山口市 1993年4月訪問、2016年1月再訪

横穴式石室
位置:34°08′00″N 131°27′32″E

(2016年)
お寺南側の緩斜面に墳丘が残る


南側に開口


羨道埋没、ここは玄門辺り


玄室は良好、左側の小石は修復かも


奥壁は1枚石


奥から左、下部に大型石材、上に平石


奥から右、こちらも同じ積み方、円文?、まさかね


奥から外、右片袖式、左側にも埋め込まれたような袖石がある


(1993年)
墳丘、石室正面、盆地内の独立丘南側麓に立地


玄室、小型だが奥壁は1枚石


羨道はすっかり埋没


見学記
(2016年)
山口市黒川、山口JCT北側広沢寺境内にある古墳です。独立丘稜の泉香寺山南側斜面に立地。23年前にも来ていますが当時の写真を見るとまだ墳丘が見えていますが現在では樹木が成長して場所が分かりにくくなっています。しかも説明板や案内板が全くない。本堂東側に墓地がありそちらに向かう右下斜面にあります。南側に開口、羨道は埋没していますが長さ4m程の玄室は一部補修があるもののほぼ完存、袖石を立てた両袖式ですが左袖は幅が僅かです。奥壁は1枚石、天井石も巨石2枚、左右の側壁も基部は2枚の巨石と玄室規模はそれ程大きくないですが巨石を使った石室です。旧山口市内で中に入れる石室は多分ここだけ。寺駐車場あり。

大内氷上古墳

山口県山口市 2016年1月訪問

前方後円墳、TL28,R15,FW14
竪穴石室
位置:34°09′46″N 131°29′53″E

丘陵から伸びた尾根状に立地、画面ほぼ中央麓辺りから登っていく道がある


墳丘図(説明板より)


後円部に竪穴石室があるが大きく変形、大きな石材は多分竪穴石室のだと思うが


祠を設置、この全面が大きく損壊


竪穴石室側面、この辺りは元の状態か


〃東側、大きな板石も元の状態か


〃西側にも大きな板石がある


前方部側面


前方部端


前方部隅から後円部


前方部から後円部


後円部から前方部


見学記
山口市大内御堀、氷上公民館北西の丘陵上にある前方後円墳です。南側麓を通る萩往還道路に案内板がありますがそこを曲がると道路が狭くて車では通れません。歩いていけばその後も案内が出てきますが一番肝心の丘への登り口に案内がないから大分手間取りました。上り道途中にも幾つも案内がありますがほぼ1本道だからそんなにいらないんですけどね。登り口側に小さな溜池と堤があるのが目印となります。古墳は尾根先端を整形してつくった前方後円墳で全長28mと小型、墳形はよく残っていますが後円上部は削平を受けているかもしれません。竪穴石室が露出していますが祭壇として利用され祠も置かれているのでかなり改変を受けています。祠の左右背後は元の状態でしょうが墳丘規模の割には竪穴石室が長いような。祭壇に使われている石材も全て石室材の再使用と考えると多すぎるような。かといって下から全部運ぶには大変すぎるしな。これは23年前にも探しにきましたが本に載っていた地図が全く違っていて見つけられず無事リベンジを果たすことが出来ました。日曜日で誰もいなかったので公民館に車を停めさせてもらいました。

大塚古墳群

山口県山口市 2016年1月訪問

6基、4号消滅

大塚古墳
円墳、R30
箱式石棺
位置:34°09′28″N 131°31′15″E

水田の中に大きな墳丘が残る


後方の建物が低く見えるが古墳立地場所がやや高くなっている


幅広い周溝が巡る


かっては上にお堂があった石段はその時のだろうな


箱式石棺材を使った祠


かなり大きな石棺だったようだ


溝にかかる平石、これも石棺材だったかも


2号
左が大塚、右後方が2号、周溝すぐ脇にある


これだけ残っていれば分かりやすい


3号
民家敷地内、すぐ側に6号があるはず、4号は横穴石室を持つが消滅


5号
南東100m水田の中にある


周囲が削られ三角状になっている


見学記
山口市大内長野、市民プール西方200mにある径30mの大型円墳です。丘陵から張り出す舌状尾根上に構築、周辺は田んぼですが現在でもここが高まりになっている様子がよく分かります。大塚はその先端辺りに構築、尾根をカットした様子が一部水田の段差になって残っています。墳頂は広く平坦で大きな箱式石棺が出土し現在その石材を使った祠を見ることが出来ます。それを見るとかなり大きな石棺だったようです。近くの溝にも大きな平石がありましたがこれも大塚から出土したものでしょうか。周囲に4基の古墳があるそうで古墳群を形成しています。南東水田の中にあるのは裸の状態で確実(5号)、大塚西側民家敷地内にも2基、1基は確実ですがもう1基は若干?付き。側の道路ゼブラゾーンに駐車可。

浄福寺古墳

山口県山口市 2016年1月訪問

円墳、R40,H5、5C
位置:34°04′45″N 131°23′18″E

山口盆地の入り口辺りに立地、看板が幾つもあるが古墳のではない


墳丘は樹木に覆われよく見えず


中腹の目立たない林の中に標柱を立てられてもな


墳頂は広く平坦で如何にも前期古墳


見学記
山口市嘉川、県道335号沿いにある浄福寺境内にある古墳です。径40m,高5m県内有数の大型円墳で墳丘も良好に残っていますが全体が樹林に覆われ(これが天然記念物)墳丘はよく見えません。上に神社があり頂部が平坦になっていますが5Cの古墳なのでこれは元々のようです。中途半端な場所に標柱が立っているだけで説明板がないなと思っていたら県道に面した寺入り口にありました。帰る時に見かけて慌てて引き返す。お寺の説明と一緒に書かれていたから古墳側と言う訳にはいかなかったんだろうな。南側に小公園があり駐車可。県史跡。

赤妻古墳石棺

山口県山口市 2016年1月訪問

墳丘消滅
刳抜式舟形石棺(3号)、砂岩製、5C前半
位置:34°10′45″N 131°28′31″E(博物館)
博物館建物脇に展示、建物外ですが上に張り出しがあり雨はかからない


蓋石に縄掛突起4,身小口部に1


蓋石は割れているが状態は良い


反対側小口部には縄掛突起はない、表面に削り跡が残っている


石棺内部


〃反対側


(箱式石棺)
向かい側に箱式石棺2、こちらは雨ざらし、左が赤妻古墳出土2号箱式石棺、赤妻古墳からは箱式石棺2,舟形石棺1出土、右は市内弥生遺跡から出土の箱式石棺


巨大な板石で構成、蓋石は2枚、側板は1枚


反対側も側板1枚


弥生時代の箱式石棺、箱式石棺としては割と大きいんですが


板石14枚で構成


見学記
古墳自体は消滅していますが山口市春日町の山口博物館敷地内に出土した石棺が保存されています。建物北側に刳抜式舟型石棺を展示、砂岩製で縄掛突起が蓋石4、身の小口部に1あります。多少割れている部分もありますが全体に良好、表面には削った跡も残っています。内部はかなり狭く大人一人が入るのがやっとでしょうか。近くに箱式石棺がありますがこれも赤妻古墳から出土したそうで舟型石棺に隣接して置かれていたそうです。分厚い板石を使った大きく重厚な箱式石棺です。その側にも別の場所から出土した弥生時代の箱式石棺が置かれています。博物館駐車場あり。
後から別の遺跡から出土した箱式石棺群があるのを知る、でもわざわざ行くのもな、序でがあれば行ってみよ。

天神山古墳群

山口県山口市 1993年4月訪問、2016年1月再訪

円墳6、残存は石棺墓も含めて3基か

(2016年)
1号
円墳、R15、5C前半
位置:34°09′50″N 131°25′44″E
一見墳丘良好な横穴石室に見えますが


どう見ても現代の石組みです


保存された竪穴石室のようです、と言うことは墳丘も殆ど復元


2号から見た1号


墳丘脇にあった板状巨石、竪穴石室蓋石なんでしょうか


2号
円墳、R8
横穴式石室、全長2.3m、玄室長1.7,幅0.9m
1号から見た2号、冬でも接近困難


接近しても何も分かりません、石室は埋戻しでしょうね


3号
石棺墓、1.85×0.35-45m
説明板がないと分からない状態


箱式石棺が殆ど埋まってます、板石を組み合わせた石枕があるそうだ


(1993年)
左側が1号


箱式石棺


見学記
(2016年)
山口市吉敷佐畑5丁目、良城小学校西方にある古墳群です。円墳6(竪穴石室1、横穴石室5)、箱式石棺1からなる古墳群です。ただ現状で見られるのは1,2号と箱式石棺だけで他は消滅かもしれません。長楽寺墓地西端にあるのが1号、墳丘裾に柵で閉じられた横穴があり一見横穴石室のように見えますが内部を見てみるとどう見ても現代の石積み、奥の方に石材が乱雑に置かれているように見えるのが竪穴石室かもしれません(後から資料を見て長1.81×0.5mの竪穴石室と分かる、説明板に書いていてほしかったな)。入り口付近に置かれている説明板を見ると墳丘も半分くらい削られていたようで復元墳丘かもしれない。入り口側に大きな平石が置かれていて説明は何もないけどひょっとして竪穴石室の蓋石か。すぐ西側にあるのが2号ですが周りはすっかり藪で真冬でも近寄りづらい場所です。上部を失った横穴石室があるようですが見当たらず埋め戻されたのでしょうか。ただ石室規模が羨道長0.8,幅0.6m,玄室長1.7,幅0.9mと非常に小型。墳丘のどの辺りにあったんでしょうね。更にすぐ西側に箱式石棺が蓋石を外された状態で展示されています。今回初めて見つけたと思ったけど23年前に来た時も見ているわ、全く記憶に無いな。1号側に駐車可。

朝田墳墓群その2

山口県山口市 2016年1月訪問

保存地区背後の尾根筋および斜面に円墳12基残存

11号
尾根筋にはっきりした墳丘、背後に12号


12号
R13,H2
位置:34°09′06″N 131°26′00″E
この中では最大でも突出した規模でもない


復元物よりはこういう自然の墳丘の方が余程嬉しい


13号(or15号)
自然地形か墳丘か迷いました、詳細図を見るとこの辺りの膨らみは皆墳丘のようです


16号(or17号)
これでも分かりやすい方


22号
これだけやや離れている、この先は急斜面で古墳は無し


盗掘のせいか少し窪んでいる


見学記
(2016年)
保存地区最上部から西側の林の中に入って行けるようなので行ってみました。平坦な尾根筋に墳丘が並んでいました。大小含めて6基程あったでしょうか。一番大きいので径10m高2m程度でしょうか、頂部が窪んでいます。一番奥のは盗掘坑があってその形から横穴石室だったかもしれません。外のは低い高まりがある程度です。朝田墳墓群の中にも後期の古墳があるからそれと同じ古墳群かもしれません。帰ってから前回の記録を見てみるとここにも行ってた、すっかり忘れているわ。
朝田墳墓群の発掘報告書を見るとここは第1地区内、保存地区から40m程離れていて別の支群のようで尾根筋と南側斜面に12基密集しているようです。朝田墳墓群は保存地区以外はほぼ全滅状態ですがここは元の状態で残っているようです。12号が最大ですがそれでも径13m、高2m,他は10m以下ですが大きな違いはないようです。

朝田墳墓群

山口県山口市 1993年4月訪問、2016年1月再訪

弥生時代~古墳時代にかけての墳墓群
壺棺墓、各種土壙墓、箱式石棺墓、竪穴石室、横穴石室など多彩な埋葬形式がある
5つの支群に分かれているが第一地区を除いてバイパス工事で消滅
位置:34°09′06″N 131°26′05″E

(2016年)
看板:遺跡は何も見えませんが


立体模型:前のと全く同じですが材質が違うような、2代目かな


1号横穴
前に墓道を伴う、上に墳丘がある


閉塞石


内部は平凡、と言うより屋根のような構造がない


1号周溝墓
墳丘規模の割に周溝が広い


2号周溝墓
密集状態


3号周溝墓
急斜面なので下の方が大きく広がる


割竹形木棺だったんでしょうか


4号周溝墓
復元でも埋葬主体がないと撮るのも寂しい


5号周溝墓
主体部の位置が偏ってます、もう1基予定していたんでしょうか


埋葬形態は多様だが箱式石棺が多い


6号周溝墓
僅かな高まり、元の状態のまま


7号周溝墓
円形より方形のような


釘が出土すれば木棺だと推定できますがこの形にした根拠はあるんでしょうか


2号古墳
同じ数字でも周溝墓と古墳があるからややこしい、これだって周溝があるようですけどね


1号石棺


3号石棺


5号石棺


10号石棺
身が見えています


蓋石上から


内部にも板石が敷かれている


11号石棺
手前11、奥12号



12号石棺


15号石棺


16号壷棺墓
狭い範囲内に多種類の埋葬形態


22号石棺
渡り橋で保護


却って見づらいような


22号辺りから見た遺跡全景


18号石蓋土壙墓
箱式石棺との違いは身の有無なんでしょうか


24号土壙墓
木棺も古くなると復元遺跡に馴染んでくる(笑)


(1993年)
発掘時の立体模型


全景、盆地を望む尾根上に立地、墳丘が復元され公園として整備された


見学記
(2016年)
山口市吉敷、丘陵尾根筋先端にある墳墓群で国道9号線が通っていますが下にトンネルを通して保存されました。ただ墳墓群はここだけでなくもっと南側まで何群もあったようで他は消滅しています。弥生から古墳時代にかけての複合遺跡で弥生時代後期の箱式石棺墓13、石蓋土壙墓4、土壙墓12、壺棺墓4、方形台状墓1、古墳時代前期の周溝墓6、後期の竪穴系横口式石室墓1、墳丘を持つ横穴墓1からなります。現在は遺跡は全て埋め戻され墳丘は周溝などが復元展示されています。箱式石棺も幾つもありますがあれも復元なんでしょうかね。復元墳丘等の側には種類等を書かれた表示があるのですが番号が振られてないので後で写真を整理する時に不便。維新百年記念公園西側に弓道場がありその辺りから登っていけます。弓道場に駐車場あり。国史跡。

浦辺1号

山口県山口市 2007年12月訪問

石室を大浦古墳群公園に移築

正面


石室正面


背の高い玄室、上の石は天井石みたい


石室背後上から、床面に敷石が敷かれている
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