兜山古墳

山口県山口市 2021年1月訪問

円墳、R20,H3、5C後半
 箱式石棺
 位置:33°59′51″N 131°24′19″E (日本測地系)
    34.00076474 131.40285815(世界測地系)
古墳への入り口、車で入っていけるようです、知らなかったから下から歩いたけど


手前に駐車場、まだ未舗装


丘陵頂部に気づかれた円墳


墳頂に大きな箱式石棺蓋石露出、楕円形に加工しているようです


割ったのか割れたのか、元々2枚だったのか


隙間から箱式石棺側板が見えています、さすがにカメラは入らなかった


古墳から南側、細長い半島が続いています


古墳から南側、手前が山口湾、遠方白いのが阿知須ドーム


箱式石棺その1
墳丘手前に箱式石棺がある


石棺周りに更に石囲いがある


幅の割に長さが短いような


石棺内部、右側の石は何でしょう


箱式石棺その2
更にもう1基あります、蓋石は壊失か


これも幅の割に長さが短い


石棺というより石槨といった感じ


その2からその1、更に奥に兜山古墳


(見学記)
山口市秋穂二島、標高30mの丘頂きに築かれた円墳です。今は細長い半島になっていますがかっては島だったんでしょうね、古墳時代がどうだったかは分かりませんが。北側から細い道を通っていくと200m先の案内表示、そこを北に行くと入り口にかんたんな説明板、そこから80m程歩くと古墳があります。この時は周囲が伐採され墳丘の様子がよくわかり葺石もあるようです。墳頂に箱式石棺蓋石が露出、かっては1枚石だったようですが2枚に割れています。隙間から石棺の身が見えていますが隙間が狭くカメラは突っ込めず。石棺は内法長1.5、幅0.3m、蓋石に比べて幅が随分狭い。若い女性人骨が出土したそうですが副葬品は内部に獣文鏡、外から鉄剣や鉄斧等が出土したそうですが若い女性とはそぐわない。手前にも小型の箱式石棺が2基露出しています。眺望が大変良く西側の山口湾を望める絶好の場所です。事前にストリートビューで調べた時は入り口まで通っておらず道も狭いので手前にあった案内表示の所にスペースが有ったのでそこに停めて歩いていきましたがなんと古墳のすぐ手前に駐車場が出来ていました。でも入り口からそこまで70m、駐車場も含めて未舗装で滑りやすそうです。北に周防大橋、西にキララドームが見られ隠れた眺望ポイントになりそうだから砂利くらい敷いてほしい。

雄島古墳

山口県山口市 2021年1月訪問

円墳、R12、6C末~7C初
 横穴式石室
 位置:34°02′15″N 131°24′21″E (日本測地系)
    34.04076059 131.40341292(世界測地系)
河口辺りの小丘上に立地


これ全体が古墳かと思った、それくらい小さな小丘


上部は広い平坦面、その北端に位置する、手前に祠がある


神社の祠、横穴石室の石材ではなさそう


大きさの割に低い墳丘


平坦面から斜面にかけて構築


上部に天井石露出、内部埋没、横穴の割には石材が小さい


石室の向く方向に島がある


河口に浮かぶ小島、これが雌島


これ全体を古墳にしてもいいような規模、こちらにも行ってみたかった


(見学記)
山口市秋穂二島、南若川河口辺りにある小丘上に築かれた円墳です。小丘は長さ50m、標高8m、ここも島だったでしょうね。上は平坦になっていて径12mの背は低いがハッキリした墳丘が残っていて側に石製の祠が祀られています。横穴石室だそうですが埋め戻され破片らしき石材が2,3個見られる程度です。東西や南側には平坦面があるのに何故か余裕のない北向きに開口していたそうです。現在も北側河口に雌島という島がありそこを意識して造られたんでしょうね。この丘と雄島と合わせて二島と呼んでいたそうです。雌島にも神社がありますが周りが急傾斜であちらに古墳を造るのは難しそう。渡ってみたい。小丘脇に駐車スペースあり。

才谷古墳

山口県山口市(旧徳地町) 2016年1月訪問

横穴式石室(移築)、全長6.5m、玄室長2.8,幅1.7m(現地測定値)
位置:34°11′50″N 131°40′03″E (日本測地系)
   34.20047206 131.66505118(世界測地系)

県道脇に標柱、でも行くのは右側の道


高速道脇に移築


上部を失った石室だが羨道までよく残る


正面から


羨道途中にあるのは閉塞石でしょうか


小型石材を積み上げた玄室、直線的に構成、袖石は切石のような角柱


玄室、石材はどれも同じような大きさ


奥から外、両袖式


左後方から


後方から、右隅に謎の石積み


右後方から、やはり副室のように見えます


副室拡大


それ程大きな空間ではなさそう


内側から見た様子、石が抜けたのではなく初めからなかったような



見学記
山口市徳地堀、中国自動車道徳地インターすぐ西側にある古墳です。高速建設の際発掘され10m程移動して移築保存されました。上部を失った石室で全長6.5m,玄室長2.8m程度、丸みを帯びた河原石を使用、袖石を立てた両袖式です。羨道もよく残っていて羨道途中には閉塞石もあったようです。変わっているのは玄室左奥隅、外側に更に石組みがあります。説明板にはこの部分には何も触れられていませんがひょっとして長野県の石室などで時々見られる副室でしょうか。だとすれば副室の石積みが見られる得難いものです。高速高架下の道路脇に案内表柱がありますがそこから100m程、でもこの標柱は水路の反対側に設置して欲しかった、分かるけどね。ちなみに読みは”さいだに”です。ここは前から知っていたけど遠いし移築石室だしなかなか行けなかった、これでしょうもない石室だったらがっかりするとこだったけど案の定天井はなかったけど残り具合はよくまずまずの石室でした。高架下にゴミステーションがありそこに駐車可。移築ながら市史跡。

広沢寺古墳

山口県山口市 1993年4月訪問、2016年1月再訪

横穴式石室
位置:34°08′00″N 131°27′32″E (日本測地系)
   34.13658496 131.4564614(世界測地系)

(2016年)
お寺南側の緩斜面に墳丘が残る


南側に開口


羨道埋没、ここは玄門辺り


玄室は良好、左側の小石は修復かも


奥壁は1枚石


奥から左、下部に大型石材、上に平石


奥から右、こちらも同じ積み方、円文?、まさかね


奥から外、右片袖式、左側にも埋め込まれたような袖石がある


(1993年)
墳丘、石室正面、盆地内の独立丘南側麓に立地


玄室、小型だが奥壁は1枚石


羨道はすっかり埋没


見学記
(2016年)
山口市黒川、山口JCT北側広沢寺境内にある古墳です。独立丘稜の泉香寺山南側斜面に立地。23年前にも来ていますが当時の写真を見るとまだ墳丘が見えていますが現在では樹木が成長して場所が分かりにくくなっています。しかも説明板や案内板が全くない。本堂東側に墓地がありそちらに向かう右下斜面にあります。南側に開口、羨道は埋没していますが長さ4m程の玄室は一部補修があるもののほぼ完存、袖石を立てた両袖式ですが左袖は幅が僅かです。奥壁は1枚石、天井石も巨石2枚、左右の側壁も基部は2枚の巨石と玄室規模はそれ程大きくないですが巨石を使った石室です。旧山口市内で中に入れる石室は多分ここだけ。寺駐車場あり。

大内氷上古墳

山口県山口市 2016年1月訪問

前方後円墳、TL28,R15,FW14
竪穴石室
位置:34°09′46″N 131°29′53″E (日本測地系)
   34.16602756 131.49562146(世界測地系)

丘陵から伸びた尾根状に立地、画面ほぼ中央麓辺りから登っていく道がある


墳丘図(説明板より)


後円部に竪穴石室があるが大きく変形、大きな石材は多分竪穴石室のだと思うが


祠を設置、この全面が大きく損壊


竪穴石室側面、この辺りは元の状態か


〃東側、大きな板石も元の状態か


〃西側にも大きな板石がある


前方部側面


前方部端


前方部隅から後円部


前方部から後円部


後円部から前方部


見学記
山口市大内御堀、氷上公民館北西の丘陵上にある前方後円墳です。南側麓を通る萩往還道路に案内板がありますがそこを曲がると道路が狭くて車では通れません。歩いていけばその後も案内が出てきますが一番肝心の丘への登り口に案内がないから大分手間取りました。上り道途中にも幾つも案内がありますがほぼ1本道だからそんなにいらないんですけどね。登り口側に小さな溜池と堤があるのが目印となります。古墳は尾根先端を整形してつくった前方後円墳で全長28mと小型、墳形はよく残っていますが後円上部は削平を受けているかもしれません。竪穴石室が露出していますが祭壇として利用され祠も置かれているのでかなり改変を受けています。祠の左右背後は元の状態でしょうが墳丘規模の割には竪穴石室が長いような。祭壇に使われている石材も全て石室材の再使用と考えると多すぎるような。かといって下から全部運ぶには大変すぎるしな。これは23年前にも探しにきましたが本に載っていた地図が全く違っていて見つけられず無事リベンジを果たすことが出来ました。日曜日で誰もいなかったので公民館に車を停めさせてもらいました。

大塚古墳群

山口県山口市 2016年1月訪問

6基、4号消滅

大塚古墳
円墳、R30
箱式石棺
位置:34°09′28″N 131°31′15″E (日本測地系)
   34.16102806 131.51839756(世界測地系)
水田の中に大きな墳丘が残る


後方の建物が低く見えるが古墳立地場所がやや高くなっている


幅広い周溝が巡る


かっては上にお堂があった石段はその時のだろうな


箱式石棺材を使った祠


かなり大きな石棺だったようだ


溝にかかる平石、これも石棺材だったかも


2号
左が大塚、右後方が2号、周溝すぐ脇にある


これだけ残っていれば分かりやすい


3号
民家敷地内、すぐ側に6号があるはず、4号は横穴石室を持つが消滅


5号
南東100m水田の中にある


周囲が削られ三角状になっている


見学記
山口市大内長野、市民プール西方200mにある径30mの大型円墳です。丘陵から張り出す舌状尾根上に構築、周辺は田んぼですが現在でもここが高まりになっている様子がよく分かります。大塚はその先端辺りに構築、尾根をカットした様子が一部水田の段差になって残っています。墳頂は広く平坦で大きな箱式石棺が出土し現在その石材を使った祠を見ることが出来ます。それを見るとかなり大きな石棺だったようです。近くの溝にも大きな平石がありましたがこれも大塚から出土したものでしょうか。周囲に4基の古墳があるそうで古墳群を形成しています。南東水田の中にあるのは裸の状態で確実(5号)、大塚西側民家敷地内にも2基、1基は確実ですがもう1基は若干?付き。側の道路ゼブラゾーンに駐車可。

浄福寺古墳

山口県山口市 2016年1月訪問

円墳、R40,H5、5C
位置:34°04′45″N 131°23′18″E (日本測地系)
   34.08242235 131.38591349(世界測地系)

山口盆地の入り口辺りに立地、看板が幾つもあるが古墳のではない


墳丘は樹木に覆われよく見えず


中腹の目立たない林の中に標柱を立てられてもな


墳頂は広く平坦で如何にも前期古墳


見学記
山口市嘉川、県道335号沿いにある浄福寺境内にある古墳です。径40m,高5m県内有数の大型円墳で墳丘も良好に残っていますが全体が樹林に覆われ(これが天然記念物)墳丘はよく見えません。上に神社があり頂部が平坦になっていますが5Cの古墳なのでこれは元々のようです。中途半端な場所に標柱が立っているだけで説明板がないなと思っていたら県道に面した寺入り口にありました。帰る時に見かけて慌てて引き返す。お寺の説明と一緒に書かれていたから古墳側と言う訳にはいかなかったんだろうな。南側に小公園があり駐車可。県史跡。

赤妻古墳石棺

山口県山口市 2016年1月訪問

墳丘消滅
刳抜式舟形石棺(3号)、砂岩製、5C前半
位置:34°10′45″N 131°28′31″E(博物館)(日本測地系)
   34.18241457 131.47284581(世界測地系)

博物館建物脇に展示、建物外ですが上に張り出しがあり雨はかからない


蓋石に縄掛突起4,身小口部に1


蓋石は割れているが状態は良い


反対側小口部には縄掛突起はない、表面に削り跡が残っている


石棺内部


〃反対側


(箱式石棺)
向かい側に箱式石棺2、こちらは雨ざらし、左が赤妻古墳出土2号箱式石棺、赤妻古墳からは箱式石棺2,舟形石棺1出土、右は市内弥生遺跡から出土の箱式石棺


巨大な板石で構成、蓋石は2枚、側板は1枚


反対側も側板1枚


弥生時代の箱式石棺、箱式石棺としては割と大きいんですが


板石14枚で構成


見学記
古墳自体は消滅していますが山口市春日町の山口博物館敷地内に出土した石棺が保存されています。建物北側に刳抜式舟型石棺を展示、砂岩製で縄掛突起が蓋石4、身の小口部に1あります。多少割れている部分もありますが全体に良好、表面には削った跡も残っています。内部はかなり狭く大人一人が入るのがやっとでしょうか。近くに箱式石棺がありますがこれも赤妻古墳から出土したそうで舟型石棺に隣接して置かれていたそうです。分厚い板石を使った大きく重厚な箱式石棺です。その側にも別の場所から出土した弥生時代の箱式石棺が置かれています。博物館駐車場あり。
後から別の遺跡から出土した箱式石棺群があるのを知る、でもわざわざ行くのもな、序でがあれば行ってみよ。

天神山古墳群

山口県山口市 1993年4月訪問、2016年1月再訪

円墳6、残存は石棺墓も含めて3基か

(2016年)
1号
円墳、R15、5C前半
位置:34°09′50″N 131°25′44″E (日本測地系)
   34.16713708 131.42646319(世界測地系)
一見墳丘良好な横穴石室に見えますが


どう見ても現代の石組みです


保存された竪穴石室のようです、と言うことは墳丘も殆ど復元


2号から見た1号


墳丘脇にあった板状巨石、竪穴石室蓋石なんでしょうか


2号
円墳、R8
横穴式石室、全長2.3m、玄室長1.7,幅0.9m
1号から見た2号、冬でも接近困難


接近しても何も分かりません、石室は埋戻しでしょうね


3号
石棺墓、1.85×0.35-45m
説明板がないと分からない状態


箱式石棺が殆ど埋まってます、板石を組み合わせた石枕があるそうだ


(1993年)
左側が1号


箱式石棺


見学記
(2016年)
山口市吉敷佐畑5丁目、良城小学校西方にある古墳群です。円墳6(竪穴石室1、横穴石室5)、箱式石棺1からなる古墳群です。ただ現状で見られるのは1,2号と箱式石棺だけで他は消滅かもしれません。長楽寺墓地西端にあるのが1号、墳丘裾に柵で閉じられた横穴があり一見横穴石室のように見えますが内部を見てみるとどう見ても現代の石積み、奥の方に石材が乱雑に置かれているように見えるのが竪穴石室かもしれません(後から資料を見て長1.81×0.5mの竪穴石室と分かる、説明板に書いていてほしかったな)。入り口付近に置かれている説明板を見ると墳丘も半分くらい削られていたようで復元墳丘かもしれない。入り口側に大きな平石が置かれていて説明は何もないけどひょっとして竪穴石室の蓋石か。すぐ西側にあるのが2号ですが周りはすっかり藪で真冬でも近寄りづらい場所です。上部を失った横穴石室があるようですが見当たらず埋め戻されたのでしょうか。ただ石室規模が羨道長0.8,幅0.6m,玄室長1.7,幅0.9mと非常に小型。墳丘のどの辺りにあったんでしょうね。更にすぐ西側に箱式石棺が蓋石を外された状態で展示されています。今回初めて見つけたと思ったけど23年前に来た時も見ているわ、全く記憶に無いな。1号側に駐車可。

朝田墳墓群その2

山口県山口市 2016年1月訪問

保存地区背後の尾根筋および斜面に円墳12基残存

11号
尾根筋にはっきりした墳丘、背後に12号


12号
R13,H2
位置:34°09′06″N 131°26′00″E (日本測地系)
   34.15491608 131.4309077(世界測地系)
この中では最大でも突出した規模でもない


復元物よりはこういう自然の墳丘の方が余程嬉しい


13号(or15号)
自然地形か墳丘か迷いました、詳細図を見るとこの辺りの膨らみは皆墳丘のようです


16号(or17号)
これでも分かりやすい方


22号
これだけやや離れている、この先は急斜面で古墳は無し


盗掘のせいか少し窪んでいる


見学記
(2016年)
保存地区最上部から西側の林の中に入って行けるようなので行ってみました。平坦な尾根筋に墳丘が並んでいました。大小含めて6基程あったでしょうか。一番大きいので径10m高2m程度でしょうか、頂部が窪んでいます。一番奥のは盗掘坑があってその形から横穴石室だったかもしれません。外のは低い高まりがある程度です。朝田墳墓群の中にも後期の古墳があるからそれと同じ古墳群かもしれません。帰ってから前回の記録を見てみるとここにも行ってた、すっかり忘れているわ。
朝田墳墓群の発掘報告書を見るとここは第1地区内、保存地区から40m程離れていて別の支群のようで尾根筋と南側斜面に12基密集しているようです。朝田墳墓群は保存地区以外はほぼ全滅状態ですがここは元の状態で残っているようです。12号が最大ですがそれでも径13m、高2m,他は10m以下ですが大きな違いはないようです。
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