山崎古墳

島根県出雲市(旧平田市)2001年4月訪問

石棺式石室
位置:35°26′54″N 132°49′16″E

墳丘流失、露出した石室、天井石も丸く加工


石室、下方より、左手横口に玄門がある


刳抜式玄門、奥より、奥壁は抜かれている


(見学記)

市役所北方約2km、丘陵麓にある古墳で東側の大きな工場が目印です。墳丘はすっかり流失し石棺式石室が露出しています。保存状態は悪く奥壁は抜かれ側壁にもひびが入っています。玄門は横口について刳抜式、石室天井も丸く加工されています。

山根垣古墳

島根県出雲市(旧平田市)2001年4月訪問

方墳?、L10,H2、6C後半
横穴式石室、玄室長2.7,幅1.5,高1.5m
位置:35°26′00″N 132°48′20″E

石室正面、羨道はかなり破壊、手前の石が羨道天井石


玄室、整った奥壁、床面に割石が敷かれている


奥から外、両袖式


(見学記)

市役所西方1.8km、小さな谷の丘陵麓に位置する方墳で一辺10mと小型。西向きに石室が開口、羨道はかなり崩壊していますが玄室はほぼ残っています。長2.7,幅1.5,高1.5mの両袖式で床面には割石が敷かれています。奥の側壁の一部に切石加工が見られ鑿の跡も残っています。奥壁は上に1枚、下2枚で奈良県天理市の塚平古墳タイプです。市史跡。

宝塚古墳

島根県出雲市 1989年4月訪問

墳形不明
横穴式石室、玄室長3.7,幅2,高2m
家形石棺
位置:35°20′09″N 132°44′09″E

平野にある墳丘


横口付家形石棺、縄掛け突起はなく蓋石も背が高い


玄室、天井、側壁は切石造りなのに天井は自然石のちぐはぐさ


奥から外、羨道は壊失


(見学記)

妙蓮寺古墳西南西500m、平野部に位置する古墳です。片袖式の石室が開口、羨道はほとんど失われていますが玄室は完存、大型の切石造りで奥壁は1枚石、ここにも横口付刳抜式家形石棺があります。縄掛け突起は付いていませんが角もはっきりしていて蓋も屋根が高く一番精微な感じですね。古墳の位置、石室構造、石棺などから考えてこの系統最後の古墳なんでしょうね。国史跡。

出西小丸1号

島根県出雲市(旧斐川町)1993年4月訪問

横穴石石室
位置:35°21′30″N 132°48′14″E

羨道、玄門、羨道は割石、玄門は板石を使用


閉塞石、H字型の閂模様を浮き彫りしている、死者の魂を封じ込めるためか


切石を使った見事な石室、小型で特に横幅が狭い


奥から外、羨道にあるのが閉塞石


(見学記)

下出西地区、丘陵麓近くの墓地の一角にある古墳です。西向きに両袖式の石室が開口、奥行きに比べて幅が狭く、細長い感じの石室です。羨道はブロック状の割石が使われていますが玄室は大型の切石で構成されています。奥に向かって左壁はほぼ垂直ですが右壁はかなり内側に傾いています。玄門手前に閉塞石が転がっています。表面が苔むしていて分かりづらいですがかんぬき模様が浮き彫りにされています。もちろん実用ではありませんが死者の魂を閉じこめるための模様でしょうか。

大寺古墳

島根県出雲市 1989年4月訪問

前方後円墳、TL52,R27,FW12,RH6,FH3、5C初
位置:35°24′36″N 132°47′28″E

前方部から後円部


後円部から前方部、遠くに出雲平野を望む丘陵中腹に立地


大寺2号
横穴式石室

すぐ東側、墳丘は殆ど無く石室下部が露出


(見学記)

これは出雲市ですが上島古墳南西約2km平田市との境界上にある全長52m、5C初頭の出雲最古の前方後円墳です。平野を一望できる丘陵中腹に立地、墳丘も良好です。主体部は竪穴石室ですが今は見ることはできません。すぐ東側の2号墳で小型の横穴石室が露出しています。市史跡。

小丸山古墳

島根県出雲市(旧斐川町)1988年4月訪問

円墳、R32,H5、5C
位置:35°23′02″N 132°51′20″E

谷中の水田に整った姿をとどめている

妙蓮寺山古墳

島根県出雲市 1993年4月訪問

前方後円墳、TL49,R25,FW22,RH4.5、6C後半
横穴式石室、玄室長4.4,幅1.9,高2.2m
家形石棺
位置:35°20′02″N 132°44′28″E

丘陵北側平野を望む位置に立地


観音開きの扉石が立ったまま残っている


玄室、切石に近い割石


刳抜式家形石棺、横口付だが何故か写真に撮っていない、蓋石に縄掛け突起がつくが左右で形が大きく異なる、左側は殆ど無く壁側は丸い突起


棺身の縄掛け突起、左側が奥壁、入り口側には付いていないのに見えない奥側にある


奥から外


(見学記)

刈り山古墳群西方約2.5km出雲平野を北に望む丘陵北端に位置する全長49mの前方後円墳です。下の平野から背の低い後円部が見えていますが上に登っても前方部ははっきりせず円墳のような感じです。後円部南西に両袖式石室が開口、割石で構成され奥壁は1枚石、玄門には2枚の扉状閉塞石が今も立った状態で残っています。玄室は4.4,1.9,2.2mの大きさ、ここにも横口付刳抜式家形石棺が完全な状態で残っています。横口付だと盗掘の時石棺を壊す必要がないから残存状況はいいみたい。石棺は奥壁と左壁に接して置かれていますが縄掛け突起の状況がかなり変わっていて丸い縄掛け突起が蓋に3個、身に1個付いていますが、蓋のは壁側に身のは奥に付いていて反対側にはないんですね、まるで隠しているよう。贅沢禁止令なんてあって役所の検査でもあったんかいな。県史跡。
ここから南東尾根上に古墳?があって下から見ると前方後円墳そっくりだったけどあれは何だったんだろうな(「前方後円墳集成」には載っていない)。

貴舟古墳

島根県出雲市(旧斐川町)1993年4月訪問

横穴式石室
位置:35°22′35″N 132°50′09″E

丘陵麓に小型の石室が完全露出


(見学記)

荒神谷遺跡西方約1.5km、丘の上に某パソコン会社の工場がありその西側麓の水田中にある古墳です。墳丘は流れ去り石室が完全に露出、各壁が一枚石で構成された石室です。

刈山古墳群

島根県出雲市1989年4月訪問、1993年4月訪問

前方後円墳3,円墳32基他総数40基
主に丘陵中腹に分布、頂に少数有り、6C~7C

1号
前方後円墳、TL33
位置:35°19′39″N 132°46′00″E

盟主墳、この周囲にも十数基有り


5号
円墳
横穴式石室、家形石棺

1号すぐ西側、屋根は石室保護施設


かなり破壊された玄室、家形石棺が残存


両袖式、しきみ石がある


19号:前方後円墳
20号:円墳
位置:35°19′42″N 132°45′57″E

右19号、左20号、平坦な丘の頂に小型古墳が3基ほどある、円墳が頂にあり前方後円墳はやや下方


28号(小坂古墳)
円墳
横穴式石室、全長5.4m,玄室長2.2m
位置:35°19′50″N 132°46′03″E

石室開口部、羨道はかなり破壊


切石造りの玄室


銅製納骨器を納めた石櫃、奈良時代に入ってからの追葬


(見学記)

半分古墳から神戸川を挟んだ南側、神戸川が山間部から出雲平野にでる辺りを望む丘陵麓から山頂にかけて分布する前方後円墳3を含む総数40基程の古墳群です。
東側中腹にある1号墳が全長33mの前方後円墳、この辺りに10基程の円墳が集中しています。側の5号墳で両袖式の横穴石室が開口、天井部が無くなっていて屋根がかけられ保護されています。全体に荒い割石で構成され玄室奥壁は1枚石、右壁はごっそり石が抜かれています。半分ほど破壊された石棺が残っています。私の行った4月頃は蜂が飛び回っていて中に入ることが出来ず屋根の隙間からかろうじて内部を覗くことが出来た。前方後円墳の8号墳(全長15m)も近くにあります。古墳群は主に中腹に分布していて山頂には前方後円墳の19号墳と円墳が1、2基あるだけ。最高所に小型の円墳20号墳がありやや下に前方後円墳があるという関係が興味深いですね。北側麓近くに熊野神社がありその近くに28号墳があって小型の石室が開口しています。羨道天井部は無くなっていますが切石づくりの玄室が残存、奈良時代に追葬が行われた時の銅製納骨器が出土していて現在もその器を納めた石櫃が現地に残っています。やや細長い直方体の石の中央を球形に刳り抜き縁取り部分が浮き彫りされています。別名小坂古墳。

神庭岩舟山古墳

島根県出雲市(旧斐川町)1988年4月訪問

前方後円墳、TL57,R31,RH6.2,FH4、5C後半
舟形石棺
位置:35°23′20″N 132°51′30″E

墳丘、右手が前方部、荘原小学校校庭にあり比較的良好


後円部頂の舟形石棺蓋石、画面左手前が小口部の縄掛け突起


(見学記)

町役場東方約1km荘原小学校校庭にある復元全長57mの前方後円墳です。前方部先端が削られているようですが墳丘は比較的良好、後円部頂に舟形石棺の蓋石があり、丸い縄掛け突起が幾つか見えています。「日本の古代遺跡(島根)」p181には完全な状態での図が載っていますが、現状は幾つかに割れていて半ば埋まった状態です。県史跡。
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