上塩冶地蔵山古墳
島根県出雲市 1989年4月訪問、2021年12月再訪
方墳?、L15,H5、7C前半
複室横穴式石室、全長7.85m,前室2.35,2.25,2.15m,後室2.60,2.40,2.25m
石棺、2.40,0,80,1.75m
位置:35°20′35″N 132°45′43″E (日本測地系)
35.34619018 132.75936702(世界測地系)
(2021年)
墳丘背後から、現状では径15m程の円墳状

30年前と較べて入り口辺りは多少スッキリ

石室自体は特に変わらず

羨道、前室玄門

前室、側壁は切石積、やや内傾

前室袖石には石を嵌め込んだような跡がある、上下2つ、下側のは左右で高さが違うような

左袖石に縦溝、何に使われた

切石積の前室側壁左側

〃右側

複雑な切り石組み合わせ

刳抜式後室玄門、コの字型の石を組み合わせている

後室側壁奥壁は1枚石巨石、近くの築山古墳と違い天井も面が整えられている

玄室奥壁に沿って横口式家形石棺、以前に比べてお供物が少ない

縄掛け突起のない石棺蓋石

尾根部分は狭い

蓋石内部、刳貫が深い

〃反対側、赤い色が残っているか

石棺前に箱型石床、これも刳抜式

〃反対側、長辺側は高さが低くなっている

後室玄門奥から

箱型石床の縁に溝、袖石合わせ部と一致している

前室奥から

(1988年)
墳丘、石室正面

羨道、前室、奥室の複室構造

奥室玄門、コの字型の板石を組み合わせている

横口付家形石棺、分かりにくいが逆凸形の横口が開いている、中に地蔵様が祭られている

(見学記)
(2021年)
出雲市上塩冶町、築山古墳南方400m程のとこにあります。この付近の大型石室は南西に開口しているのが多いのですがこれは南東に開口しています。複室石室で前室は切石積、後室は各壁天井とも1枚石の巨石です。後室玄門はコの字型の石を組み合わせた刳抜式です。奥壁に沿って横口式家形石棺、手前には四角いお盆のような有縁棺台が置かれています。石棺と棺台で床面の殆どを占めている、ここもどうやって入れたんでしょうね。前回訪問時は石棺前にいろんなお供え物がありましたが随分少なくなっていて石棺内部が観察しやすくなっていました。東側高校沿いの道路が幅広く行き止まりなので短時間なら駐車可。
(1988年)
築山古墳南方500m、島根医科大学東側にある径15m程の円墳状の古墳です。南東に全長9mの両袖式石室が開口、羨道はかなり失われていますが玄室は複室構造で切石で構成、各壁はおおむね1枚構成ですが不足部分に巧みに切石をはめ込んでいます。羨道と前室の境は袖石を立てた両袖ですが前室と奥室の境は刳抜式の玄門(ただし1枚石でなく、2枚の石を組み合わせている)、手前に踏み台のような石がおかれています。奥室には横口付家形石棺が安置、横口はこの辺りの他の石棺とやや違って凸の字を逆にしたような切り込み、蓋も縄掛け突起は付いていませんが分厚くごつい感じです。手前には有縁棺台が置かれています。石棺はとても玄門を通りそうにもないからはじめから石室に置かれていたんでしょうね。現在石棺の中には名前の元となっているお地蔵様が祀られています。国史跡。
方墳?、L15,H5、7C前半
複室横穴式石室、全長7.85m,前室2.35,2.25,2.15m,後室2.60,2.40,2.25m
石棺、2.40,0,80,1.75m
位置:35°20′35″N 132°45′43″E (日本測地系)
35.34619018 132.75936702(世界測地系)
(2021年)
墳丘背後から、現状では径15m程の円墳状

30年前と較べて入り口辺りは多少スッキリ

石室自体は特に変わらず

羨道、前室玄門

前室、側壁は切石積、やや内傾

前室袖石には石を嵌め込んだような跡がある、上下2つ、下側のは左右で高さが違うような

左袖石に縦溝、何に使われた

切石積の前室側壁左側

〃右側

複雑な切り石組み合わせ

刳抜式後室玄門、コの字型の石を組み合わせている

後室側壁奥壁は1枚石巨石、近くの築山古墳と違い天井も面が整えられている

玄室奥壁に沿って横口式家形石棺、以前に比べてお供物が少ない

縄掛け突起のない石棺蓋石

尾根部分は狭い

蓋石内部、刳貫が深い

〃反対側、赤い色が残っているか

石棺前に箱型石床、これも刳抜式

〃反対側、長辺側は高さが低くなっている

後室玄門奥から

箱型石床の縁に溝、袖石合わせ部と一致している

前室奥から

(1988年)
墳丘、石室正面

羨道、前室、奥室の複室構造

奥室玄門、コの字型の板石を組み合わせている

横口付家形石棺、分かりにくいが逆凸形の横口が開いている、中に地蔵様が祭られている

(見学記)
(2021年)
出雲市上塩冶町、築山古墳南方400m程のとこにあります。この付近の大型石室は南西に開口しているのが多いのですがこれは南東に開口しています。複室石室で前室は切石積、後室は各壁天井とも1枚石の巨石です。後室玄門はコの字型の石を組み合わせた刳抜式です。奥壁に沿って横口式家形石棺、手前には四角いお盆のような有縁棺台が置かれています。石棺と棺台で床面の殆どを占めている、ここもどうやって入れたんでしょうね。前回訪問時は石棺前にいろんなお供え物がありましたが随分少なくなっていて石棺内部が観察しやすくなっていました。東側高校沿いの道路が幅広く行き止まりなので短時間なら駐車可。
(1988年)
築山古墳南方500m、島根医科大学東側にある径15m程の円墳状の古墳です。南東に全長9mの両袖式石室が開口、羨道はかなり失われていますが玄室は複室構造で切石で構成、各壁はおおむね1枚構成ですが不足部分に巧みに切石をはめ込んでいます。羨道と前室の境は袖石を立てた両袖ですが前室と奥室の境は刳抜式の玄門(ただし1枚石でなく、2枚の石を組み合わせている)、手前に踏み台のような石がおかれています。奥室には横口付家形石棺が安置、横口はこの辺りの他の石棺とやや違って凸の字を逆にしたような切り込み、蓋も縄掛け突起は付いていませんが分厚くごつい感じです。手前には有縁棺台が置かれています。石棺はとても玄門を通りそうにもないからはじめから石室に置かれていたんでしょうね。現在石棺の中には名前の元となっているお地蔵様が祀られています。国史跡。