中山墳墓群

島根県邑南町(旧石見町)2022年4月訪問

150基程、弥生末期~古墳時代前中期

西側麓辺りにある説明板、HP「大和國古墳墓取調室」にはこれ1枚しか無いのでなんで古墳を撮らなかったのかと思ったけど現地に来て納得


分布図(説明板より)、星印が説明板の位置、緑・赤楕円が見学した場所、あの間を新しい道路が出来ています


赤印の場所を下から見た様子、墳丘が見えていたしここからなら上がれそう


もう完全に前方後円墳と思いました、インスタにあげたらこれは中世の山城跡だと言われました


一応前方部から後円部、あの丸い部分は古墳を利用しているということはないのかな


くびれ部切断、よくあるパターンだと思った


一応後円部脇から前方部、この時は先端に盛り上がりがあるのが不思議だった


一応前方部端の高まり、これも墳丘の可能性?


赤と緑マークの境目辺りも切られている、その先にも墳丘のようなのがある


緑マーク辺り、広い平坦面になっている、これは分布図にある古墳でしょうか


更に先にも墳丘、これも分布図にある


道路を隔てた南側丘の上にも高まり、これは分布図にある古墳でしょうか、雨が降りしきる中でこれ以上は諦めた


(見学記)
邑南町中野、丘陵上広い範囲に分布する150基程からなる古墳群です。横穴石室はなく弥生墳丘墓から前中期の大規模古墳群のようです。丘陵中央を北西から南東に貫く道路があってその北端辺りに説明板が立っていて分布図もありますが墳丘見学は困難なようです。HP「大和國古墳墓取調室」では説明板の写真だけで古墳の写真が1枚もなくなんでと思っていましたが現地に来てみて納得です。説明板前の道路を南に抜けるとその辺りで林が伐採され上の方に墳丘が見えていたので登ってみました。ストリートビューでもこの場所は見られますが2014年当時はまだ林でした。尾根上に登ると前方後円墳が2基なのかな、後円部と前方部はわりとハッキリしているが前方部端がハッキリしない、特に南側のは前方部端にもう1基の墳丘が乗っているような。北側のは上部がすっかり平坦、こちらも前方部端に墳丘らしきものがありますが間がハッキリとは分かれていません。分布図で見るとこの辺りは円墳2基だけになっています。道路向かいの丘陵上にも幾つか墳丘らしきものが見えています。雨が降りしきる中見学はしんどかったですが墳丘が見られただけでも満足でした。県史跡。
インスタにアップしたら前方後円墳のように見えるのは中世の山城跡だそうですが円墳も削平せず残しているそうです。

割田古墳

島根県邑南町(旧石見町)2022年4月訪問

 横穴式石室
 位置:34°27′01″N 132°27′01″E(日本測地系)
    34.89540997 132.44774655(世界測地系)
民家脇に保存


石室正面


横から見ると前部は埋まっている


石室内は水浸し、この日は雨だったが何時もこのような状態のようだ


石室内部撮影、手前の植物にピントがあってしまった


ストロボ撮影、それでも奥にピントが合わず


中段の奥壁が一番大きいようだ、壷の下の石材も石室石材か


墳丘横から、周溝がありそう


(見学記)
邑南町中野、邑智病院西方、県道7号沿いにある石室墳です。南側道路脇に植田司法書士事務所の看板がありその道路向かい側の高い場所にあります。民家脇にあり説明板が立っています。石室前上部壊失して開口、本来の開口部は埋没しているんでしょうか。中は水浸しで入れず、当日は雨が降っていましたがそのせいではなく扇状地端に立地しているそうでそのせいで水が溜まりやすいのでしょうか。だとしたら築造当初から浸水に悩まされていたかもです。県史跡。

順庵原1号(順庵原古墳)

島根県邑南町(旧瑞穂町)2022年4月訪問

順庵原1号(順庵原古墳)
 四隅突出墓
 位置:34°50′42″N 132°31′06″E(日本測地系)
    34.84819398 132.51579838(世界測地系)
台地縁辺に位置している、北側坂道下からの眺め


初めて確認された四隅突出墓


北西側から、元の墳丘に土を被せて復元なんでしょうか、露出した貼石もオリジナルではなさそうな感じ


南西から、手前の突出部も殆どわからない


上記突出部を横から、台地縁辺なのがわかる


周囲にストーンサークルがあるはずだがこれもよくわからない


発掘時の写真(説明板より)、これも薄れてきている


発掘当時の墳丘(説明板より)


(見学記)
邑南町上亀谷、牛塚古墳群辺りから国道261号を北上すると道路脇に順庵原1号の墳丘が左に見えています。この先は下り坂になっているので丘陵端に立地、西側は川なので見晴らしの良い場所だったのでしょう。初めて発見された四隅突出墓です。四隅突出墓と言えば復元されたり突出部がハッキリしないことが多いですがこれは多分元の状態のまま保存・・・かな、多分土を被せているかもしれない。葺石も見えていますが以前訪問した方のサイトを見るともっと石材が見えているような、こちらも復元かもしれない。突出部も何とかわかりますが枯れ葉が積もって確認しづらくなっています。周囲にストーンサークルも3つあるそうですが石の一部は見られても環状の様子はわかりません。県史跡。坂道を降った辺りにゴミステーションがありそこに駐車可。

牛塚古墳群

島根県邑南町(旧瑞穂町)2022年4月訪問

横穴石室墳3基

1号
 位置:34°50′09″N 132°30′45″E(日本測地系)
    34.83902829 132.50996594(世界測地系)
1号下に説明板と簡単な分布図、右側の穴は古墳と関係ない


崖際に立地、墳丘は藪に包まれている


西側崖方向に開口


開口部正面、下がるのはこれが限界、HP「古墳とかあれ」だと入り口天井にあった石が落下している





少し奥に入ってストロボ無しで撮影


天井石の様子


奥壁はブロック状の石を組み合わせる、最奥の天井石が一段下がる


奥から外、無袖かな


〃ストロボ無し


2号
少し離れた場所に2号、墳丘がよく残っている


平野側に隙間開口


石室内部、これはどっちだ


反対側、玄門なのはたしか、袖があるから奥が羨道か、でも奥壁が見えているような


開口部反対側


手前が玄室側のようです


3号
2号に隣接して3号、笹薮の中


開口部


半ば埋まり気味だが石室自体はよく残る


奥壁は下が埋まるが2段積みか


奥から外、これも無袖かな


玄室天井、レベルが揃っている


(見学記)
邑南町下田所、3基からなる古墳群で1,3号で中に入れる石室があります。墓地手前の道路脇に説明板が立っていてそのすぐ上にあるのが1号、丘陵端に立地、墳丘はよく残り西向きに開口、全長5m程の無袖式石室が良好に残っています。説明板の横に横穴がありますが現代のもののような感じです。道路を進むとすぐ墓地、その南東丘陵上に2,3号があります。説明板にも分布図が載っていますがあまり正確ではありません。獣避け柵が道路を塞いでいるのでそこを開けて通って左側に登っていくと2号、石室がありますが殆ど埋まっています。すぐ隣に3号、こちらも墳丘が残っていて石室開口、やや埋まっていますが奥まで入れます。1号とほぼ同規模です。墓地に駐車場有り。

野伏原古墳

島根県邑南町(旧羽須美村)2008年4月訪問

円墳、6C末~7C初
横穴式石室、全長6.5m、玄室幅1.73-1.83,高2.1m
位置:34°52′58″N 132°36′41″E (日本測地系)
    34.88596994 132.60884562(世界測地系)

民家石垣に開口した石室


石室正面


前部は上部壊失、現代の石垣と区別はつきそう


やや持ち送りのある側壁


最奥の天井石が一段下がる


ほぼ巨石1枚石の奥壁


奥から外、閉塞石が残っている模様


大きさの揃った天井石


床面には敷石


(見学記)
現邑南町雪田川渕、県道7号沿い民家石垣に石室が開口、側に大きな説明板もあるのですぐわかります。墳丘は全く分からず全長6.5m高さ2.1mの石室は前部上部が破壊され現代の石垣と紛れていますが積み方の違いは明らか。閉塞石も残っているようです。後部は側壁に持ち送りがあり天井石5枚残存、天井面も水平に整えられ最後部の1枚は1段下がっています。奥壁はほぼ巨石1枚石で出来ています。床面には一面石が敷き詰められていますが後部は板石前部は川原石と区別があります。県道脇に駐車スペースあり。町史跡。
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