玉造築山古墳

島根県松江市(旧玉湯町)1989年4月訪問、2019年9月再訪

円墳、R16,H2.5
 舟形石棺
 位置:35°24′43″N 133°00′40″E (日本測地系)
    35.41507844 133.00850848(世界測地系)
(2019年)
30年ぶりだが変わりなし、変わりようもないですが


低い墳丘、覆い屋で石棺保護


大小2基の舟形石棺が露出、奥の方が大きい


蓋と身に縄掛突起があるがわかりにくい


印籠式の合わせ口、加工が難しそう


蓋上部に河童の甲羅のような高まりがある


石棺内側は滑らかに刳り貫かれている


小型の方は蓋は一部しか残っていない


手前の方が幅が広いがどちらが頭でしょうね


(1989年)
墳丘


墳頂に舟形石棺2基、共に凝灰岩製刳抜式で長さ2m前後


身と蓋の長辺に2個ずつ縄掛け突起がつく、印籠式合わせ口


両端も丸く加工している


片方が丸く幅も狭くなる


(見学記)
温泉街南側の一角にある径16mの円墳です。墳丘は残っていますが形ははっきりしません。墳頂に屋根がかけられ中に2基の舟形石棺が保存されています。共に身の部分は半ば埋まっていますが中央のは両端が丸みを帯びた舟形石棺の特徴がよくわかります。身は刳抜式、蓋は2個の石からなっていて片方はかなり破壊されていますがもう一方はわりとよく残っていて縄掛け突起もついています。もう一つのは蓋が殆ど無くなっていますが身は刳抜式、片方の幅が狭くなっているのがよくわかります。県史跡。

徳連場古墳

島根県松江市(旧玉湯町)1989年4月訪問、2019年9月再訪

墳丘不明
 舟形石棺
 位置:35°24′56″N 133°00′59″E (日本測地系)
    35.41868942 133.01378573(世界測地系)
(2019年)
30年ぶりに来てみました、説明板と標柱版が変わりなし、むしろ30年変わってない方が凄い


前回は石棺の印象しか残ってないけど墳丘も意外と残っている


頂部が窪んで石棺露出


石棺自体は変わらず、後部が多少埋まってきているような


(1989年)
墳丘ははっきりしない


墳頂に舟形石棺露出


築山古墳と同様長辺に2個ずつの縄掛け突起、片方の幅が狭くなる


(見学記)
玉造資料館北側低い丘陵上にある古墳です。道路脇に標柱がありそのすぐ上に小さな墳丘が見えていて墳頂に舟形石棺が露出しています。蓋は割れていますがほぼ残っていて縄掛け突起も一つ残っています。身の方は半ば埋まっていますがこちらは組合式なのかな、縄掛け突起も二つはっきり見えています。国史跡。

薄井原古墳

島根県松江市 1994年4月訪問

前方後方墳、TL50,R23,FW22,RH4.5,FH3.1
横穴式石室2,東石室全長7.6m,西石室全長8m
家形石棺
位置:35°30′10″N 133°05′44″E (日本測地系)
    35.50590355 133.09294098(世界測地系)

前方部側から後方部


東石室正面


羨道、玄室、石棺、石棺蓋が平ら


玄室奥壁


奥から外


石棺蓋石、3枚からなりそれぞれに縄掛け突起が付く


西石室正面


羨道


玄室、左側の側壁下部に巨石が据えられている


奥から外


石棺破片、床面に石が敷き詰められている


周囲の古墳中の1基


(見学記)
市中心部からR431を境港の方に行くと同バイパスと合流する辺りから200m程行った北側の丘の上にある全長50mの前方後方墳で保存状況も良好。この古墳の最大の特徴は横穴石室が2つ、それも入り口が互いに反対側にあると言うことです。最初石室があることも知らずに行ったから石室を見つけて大喜び、墳丘をぐるっと回ると反対側にももう一つあったのでもう万々歳。石室が複数ある古墳には今までにもいくつか行きましたが共に石室が完存で両方に入れるというのも滅多にあるもんじゃない(一応両方とも柵があるが鍵がかかっていなかった)。まず東側石室から説明すると、こちらは全長8m右片袖式、壁奥壁とも小型の割石が使用されています。玄室に箱形石棺があります。身の部分は普通の刳抜式ですが蓋は両側に縄掛け突起をつけた平らな石を3枚被せているが、幅が身より大きくかなりはみ出ていて玄室の幅いっぱいになっています。これで突起がなければとても石棺とは思えない、最初これを見たとき一瞬何で水槽が入っているのと思ったもんね)。西側石室は全長7.6m右片袖式、こちらも同様の小型の割石で構成されていますが右壁と奥壁の下部に大型の石が使われている(何故か右壁の方がかなり大きい)。こちらにも家形石棺がありましたが今は破片が数個転がっているだけ。すぐ側に陪墳が2基あり。

魚見塚古墳

島根県松江市 1989年4月訪問

前方後円墳、TL62
位置:35°27′08″N 133°06′15″E (日本測地系)
    35.45535388 133.10155444(世界測地系)

左手が後円部、河岸段丘上、背後の水路が朝酌川


前方部斜め後方から


(見学記)
石屋古墳から大橋川を越えた北600mにある全長62mの前方後円墳です(団地を降りた辺りに渡し船がある、これに気づかなければとんでもなく大回りしなければならないところだった)。川沿いの県道を西に行きすぐ山沿いの道に入って行くと段丘上の畑の中に見えてきます。後円部は雑木林ですがくびれ部から前方部はほぼ裸で前方後円墳らしい姿を見せています。前方部は元々なのか耕作で削られたのかほっそりとしています。

塚山古墳

島根県松江市 1995年4月訪問

位置:35°29′31″N 133°02′49″E (日本測地系)
    35.49506969 133.04433519(世界測地系)

谷の出口に立地、後方の林の中に田中谷古墳がある

東淵寺古墳

島根県松江市 1989年4月訪問

前方後円墳
位置:35°25′45″N 133°05′12″E (日本測地系)
    35.43229931 133.08405641(世界測地系)

遠望

竹矢岩舟古墳

島根県松江市 1989年4月訪問

前方後方墳、TL50,R28,FW26,FH6,RH3.5
位置:35°26′41″N 133°06′48″E (日本測地系)
    35.44785509 133.11072032(世界測地系)

墳丘南側側面


舟形石棺(わかりにくい)


(見学記)
宍道湖と中海の間を流れる大橋側下流近くの南側丘陵上にある全長50mの前方後方墳です。川の両側から丘陵が迫っていて一番平野部が少なくなっている辺りに、以下に紹介する3基の古墳と共にまるで川を見張るような位置に立地しています。墳丘は丘陵先端の崖際にあり前方後方墳の墳形はよく残っていて全体は見やすいですが後方部は畑になっていてだいぶ低くなっているようだ。広報部の中心からやや外れた位置に舟形石棺が露出しているが、蓋は壊失し五輪塔の石材が幾つも転がっていて分かりにくい。印籠型の合わせ口が見えていて何とか石棺とわかる程度。

手間古墳

島根県松江市 1989年4月訪問

前方後円墳、TL67
位置:35°26′42″N 133°06′39″E (日本測地系)
    35.44813265 133.10822064(世界測地系)

画像無し

(見学記)
岩舟古墳西方200mの丘陵斜面にある全長67mの前方後円墳です。後円部南側に盗掘跡がある他は良好、斜面にあるせいか左右対称になってないですね。竹林の中で墳丘は比較的見やすいが場所は行きにくい。周りが方系の古墳の中で円系が割り込んでいる感じです。

田和山遺跡

島根県松江市 2001年4月訪問

シートに覆われているが三重環濠の様子がよく分かる

田和山1号

島根県松江市 2001年4月訪問

前方後円墳、全長20m、6C後半
横穴式石室(埋戻し)
位置:35°26′02″N 133°03′23″E (日本測地系)
    35.43702114 133.05378098(世界測地系)

前方部隅より後円部、田和山山頂に位置する、他に方墳6,円墳2


(見学記)
三重環濠で有名になった田和山遺跡は独立丘陵の北側にあり現在もちろん入って見学は出来ないが現地事務所の方に教えて貰って山頂からの見学が可能とのこと。えっちらおっちら登っていくと思いがけず山頂に前方後円墳があった。全長20mの小型前方後円墳田和山1号で復元されたのだろうか形のいい姿を見せている。横穴石室があるが埋め戻されている。他に方墳6、円墳2からなる古墳群で南側の斜面に分布しているようだ。北側にある田和山遺跡は当然の事ながらすっかり禿げ山になっていて肝心の場所はシートで一面に覆われているが三重環濠の様子はよく見ることが出来た。
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