カテゴリー  [ 国富町 ]

本庄古墳群

宮崎県国富町 2009年12月訪問

50数基残存、全て国史跡

分布図(説明板より)


13号(観音山塚古墳)
前方後円墳、TL73,R28,RH7.2,FW5,FH2
位置:31°59′06″N 131°19′57″E

町中心部に残る


後円部は大きな墳丘が残る


軽トラがいる辺りがくびれ部、切断、左側に低く細い前方部


15号(東銚子塚古墳)
前方後円墳、TL73,R35,RH5.3,FW12,FH1

後円部


右側が前方部だがはっきりしない


17号
駐車場の中に残る


18号(西銚子塚古墳)
前方後円墳、TL80,R38,RH5,FW3,FH1.8

樹木に覆われた墳丘


26号(25号?)
前方後円墳、TL60,R30,RH5.7,FW35,FH6
位置:31°59′03″N 131°19′49″E

西側から、手前が前方部


後円部


後円部から前方部


28号(前掘塚古墳)
前方後円墳、TL40,R20,RH5.6,FW30,FH5.8

西側から、前方部端が少し削られているかも


北側側面、左が後円部


29号(下長塚古墳)
前方後円墳、TL60,R30,RH6.8,FW33,FH6.6
位置:31°59′04″N 131°19′42″E

小学校校庭脇、右が後円部


前方部隅から後円部


前方部から後円部


後円部から前方部


30号
小学校校庭に保存


31号
割と大きな円墳


状態もよい


34号(義門寺山内塚古墳)
前方後円墳、TL57,R24,RH1.8,FW26,FH2.4
位置:31°59′08″N 131°19′33″E

墓地の中に細長い高まりが残るだけ


上もすっかり平らになっている


48号
前方後円墳、TL52,R25,RH4.7,FW15,FH2.7
位置:32°00′09″N 131°17′45″E

畑の中に裸の墳丘が良好に残る


墳丘側面


_1と反対側から


49号から


前方部から後円部


後円部から前方部


49号
48号北側、左奥に50号


大きさだけなら48号後円部より大きいかも


50号
49号から


てっきり前方部が削平された、前方後円墳かと思ってしまった


52号
49号から


大きさは5,6mくらい


53号


54号
小さな墳丘が残る、よく残ったな、残したな


48号付近全景
左50号、右49号、奥48号


西側からの遠景、右から53,48,49,54,50号


(見学記)

道路地図に載っていたので国史跡だし現地に行けば説明板くらいあるだろうと全然調べずに行ったのが失敗。現地に行くと確かに宮崎らしい状態のよい裸の状態の前方後円墳が1基(本庄48号)と中型円墳2基、他に小型円墳3基が畑の中にあったが説明板の類は一切無し。番号からしてこの程度じゃないだろうと思ったけど全く分からない状態で探す気にもなれず帰りに町の中心部を通っていたら大きな墳丘があったので慌てて側のコンビニに車を止めて見学したらここに説明板があった。分布図も載っていたけど町の中心部故車をゆっくり止めておくことも出来ず駆け足で前方後円墳を中心に見学。一度撮り始めると分布図のこともすっかり頭の中から消え去ってかなり見逃したな。それでも前方後円墳7基をはじめ幾つか見学できました。分布図があったのは13号で大きな後円部が残っているけどくびれ部が切断され前方部も小さく細長い。これが元々の状態だったかどうか不明。ちょうど神主さんが祝詞をあげていたので今でも信仰の対象になっているのかと思ったら墳丘上の樹木が大きくなりすぎて倒れる危険があるので切り倒すため安全を祈っていたとか。他に小学校にある28号が非常に状態がよく見学もしやすい。それにしても分布が町の中心部と重なっているけどよく保存されているもんだ。むしろ48号辺りは2km以上離れているけど同じ古墳群としていいのかな。国史跡。
[ 2013年01月26日 10:24 ] カテゴリ:国富町 | TB(-) | CM(0)
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