常心塚古墳

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

方墳、L24,H3.3、外堤一辺40m
位置:32°04′09″N 131°19′44″E (日本測地系)
    32.07262554 131.32652811(世界測地系)

(2017年)
広い段丘面上にポツンと立地


数少ない方墳、更に外堤が巡るという超珍しさ


南東から


こちらが一応正面でしょうか、南南東向き


墳丘上に祠がある


北西外堤上から見た墳丘


外堤西側、周溝は幅狭い


外堤北側


上記反対側から


外堤東側


墳丘上から見た外堤北西側


墳丘から外堤西側


(2001年)
墳丘西側、手前が外堤


墳丘北側外堤から、内側の周溝は狭い


(見学記)
(2017年)
西都市上三財、台地上の広い平坦面の中にポツンと立地しています。方墳であることも珍しいのに西都原の鬼の窟古墳と同じような外堤があります。鬼の窟の外堤は復元ですがこちらはほぼ元の状態、しかも全体がよく残っていてコフニスト的にはこちらの方が価値が高い(笑)。元々終末期の古墳は少ない、更に外堤を伴うなんて更に少ないけどなんでこんな場所にあるんでしょうね、と言いたくなるような場所です。1基だけポツンと書きましたが南側に地下式横穴墓があるそうです。墳丘脇に駐車可。国史跡。

(2001年)
一辺24m、高3.3mの方墳で周りを一辺40mの外堤が巡っている。共に良好に残っている。横穴式石室を持つが今は全く見ることは出来ない。古墳の名前はこの中に入って入滅した僧の名前からきている。広い畑の中にポツンとあるが孤立した存在ではなく三財古墳群中の1基だそうだ。国史跡。

永野古墳群

宮崎県西都市 2017年2月訪問

一応前方後円墳2基

分布図:説明板より(仮3号加筆)


1号
前方後円墳、TL45、5C初
位置:32°06′23″N 131°21′49″E (日本測地系)
    32.10984455 131.36124669(世界測地系)
県道脇に低い墳丘、松本古墳群に行く途中で偶然見つけた


低く細長い前方部、左は削られているようだ


右側の輪郭は本来のかな


仮3号からの遠望


3号(仮称)
前方後円墳
位置:32°06′25″N 131°21′54″E (日本測地系)
    32.11040006 131.36263547(世界測地系)
尾根筋に見えた古墳、どう見ても前方後円墳です


右側の広域農道で尾根が削られている、その時は確認されなかったのでしょうか


墳丘側面、長さは30m未満でしょうか


前方部を重機が通っている、遠方に1号


前方部から後円部、奥の林に2号があるはず


後円部から前方部、遥か遠方に松本塚


見学記
西都市三納、車で通っている時に道路脇に墳丘のようなのが見えたので寄ってみたらやはり古墳でした、しかも前方後円墳。説明板が立っていてここも以前は三納古墳何号と呼ばれていたようですが今は永野古墳群となっています。古墳群と言っても前方後円墳2基だけ、説明板がある所のが1号で前方部が細長い柄鏡タイプ、でも前方部は一部しか残っていません。説明板に分布図が載っていますが地形を読み間違えて2号は見つけられず。でも北側小さな尾根の上に前方後円墳のようなのが見えていました。これは分布図には載っていない、位置も大きさも2号とは違い新発見の前方後円墳でしょうか、大きさは30mにも満たない最小クラスでしょうね。1号脇に駐車可。県史跡。

松本古墳群

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

前方後円墳1、帆立貝式1、他5基

(2017年)
分布図(説明板より)


松本塚古墳
前方後円墳、TL104,R61,RH7.6,FW79,FH8、5C末
位置:32°05′55″N131°22′37″E (日本測地系)
    32.10206776 131.37457945(世界測地系)
野焼きされて真っ黒け、背後の林とのコントラストが弱く美しさ台無し


東側から


空を背景にしてもやはりイマイチ、左手前が6号


前方部隅から後円


1号
唯一台地上尾根筋に立地、標柱がないと分からないレベル


2号
帆立貝式、TL40
こんがり焼かれた墳丘、帆立貝式


上記反対側


前方部が残るのは一部でしょうね


後円部


3号
西側に大分離れて立地


こちら側は大分削られている、墳頂平坦


4号
南側水田の中、よく残ったなと思うレベル


5号
表面に葺石が見えているのでこれが元の大きさか


南側からの眺め


6号
こちらも河原石を使った葺石が見えている


上記反対側、奥に2号


(2001年)
松本塚古墳
台地直下の平地に立地、前方部が発達した墳形


西側に5基の円墳がある


(見学記)
(2017年)
西都市三納、訪問時期が悪くここも野焼きされ墳丘真っ黒でした。前回は緑の墳丘が田植えされたばかりの水田に写って美しかったんですけどね。7基からなる古墳群ですが前方後円墳の松本塚が突出していて他は小さな小墳丘です。ただ2号はやや大きく小さな突出部もあって帆立貝式です。以前は旧三納村の古墳が一括県史跡に指定されまとめて三納古墳何号と呼ばれていましたが再編が進みここは平成27年に松本古墳群として独立しました。以前の説明板とともに新しい説明板も立っていて分布図が載っています。県史跡、松本塚は国史跡。

(2001年)
全長104m、後円部径61m、前方部幅79mの前方後円墳です。台地直下の平地に立地し前方部の発達した美しい姿を横たえています。この地域の古墳によくあるように木一本生えていない。西側に5基の円墳があり古墳群を形成している。

西都原古墳群

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

前方後円墳32基、方墳1基、円墳277基、他地下式横穴墓
4C~7C前半
「風土記の丘」第1号

(2017年)
第1支群
第2支群
第3支群
中央支群(仮称)
西支群(仮称)
2001年
(クリックでジャンプ)

第1支群
前方後円墳7、円墳84基

分布図:台地南東端、2群より前方後円墳は少ないが円墳密集


1号
前方後円墳、TL50,R28,RH4.7,FW22,FH2.3
位置:32°06′27″N 131°23′48″E (日本測地系)
    32.11095595 131.39430011(世界測地系)
台地南東端に立地


例外的に前方部は西側台地方向に向く


多少斜面になっているようだ


台地端でも平野からどの程度見えたでしょうか


2号


3号
周囲に周溝が巡る


4号


5,6号
13号西側、右5、左6号


7号


8,9号
右8、左9号、後方に13号前方部


13号
前方後円墳、TL80,R44,RH7.2,FW27,FH4.8
位置:32°06′30″N 131°23′49″E (日本測地系)
    32.11178921 131.39457784(世界測地系)
石室見学施設を持つ、日曜日に見学していてよかった


組み立て式木棺を粘土で覆い更に礫を被せた粘土礫槨、実物でしょうね、三角縁神獣鏡等出土こちらは当然レプリカ


手前には小さな礫が敷かれている


石室完成後作業路を礫で埋める


翌日晴天下で撮影、三段築成


墳丘は修復でしょうね、後円部頂きは当然復元


円墳群
13号から見た北側円墳群


〃北西側


16号


20号
後方に35号、その手前に22号


21号
後方に13号


22号
手前の低い墳丘、後方35号


26号
手前の低い墳丘、後方35号


27号
右側の墳丘


28号


30,31号
右30、左31号、後方46号


32,33号
右32、左33号、後方46号


34号
後方に35号


35号
前方後円墳、TL70,R37,RH6.5,FW20,FH3.1、4C後半
位置:32°06′33″N 131°23′50″E (日本測地系)
    32.11262246 131.39485557(世界測地系)
後円部の丸いフォルム


修復された13号よりこちらの方が美しく感じられる


斜め後方から


前方部が低く長い


36号


37号
後方46号


283号
奥の57号との間に小さな谷がある


44号


周溝と外堤が巡る、奥は姫塚


45号


46号
前方後円墳、TL70,R44,RH7.7,FW29,FH5.7
位置:32°06′35″N 131°23′46″E (日本測地系)
    32.11317794 131.39374451(世界測地系)
南側から、、例外的に前方部を東に向ける


太陽高度が適当で微妙な凹凸が表現


斜面に立地、前方部が高くなり始めているようだ


前方部隅から後円部


葺石実物、小さな河原石を使用


47号
46号くびれ部に立地


53号


54号
多分中央の墳丘、この辺りはもう手抜き


55号


56号
前方後円墳、TL37,R24,RH3.5,FW16,FH2.1、4C
位置:32°06′37″N 131°23′50″E (日本測地系)
    32.11373345 131.39485553(世界測地系)
南側から、小さな谷越しに見る


西側から、群中最小の前方後円墳


北西側から、前方部は西向き


斜面に立地、前方部はそれ程長くない


後方に46号、前方部の方向が逆向き


57号
美しい墳丘


58号
後方57号


59号


284号
57号東側、台地端


61号


70号
72号前方部隅に立地、左奥71号


69,71号
左71、右69号


72号
前方後円墳、TL79,R50,RH7.4,FW39,FH4.6、4C後半
位置:32°06′41″N 131°23′50″E (日本測地系)
    32.11484445 131.39485549(世界測地系)
南東側から


前方部隅から、左に71号


西側から、手前に円墳が並ぶ


後円部斜め側から


274号
72号側だが番号が飛んでいる


73号
斜面に立地


74号
上部が広く平坦


75号
遥か遠方に姫塚


76号
この辺りは背が低く頂部が広く平坦な墳丘が多い


77号


78号
周溝を残して手前は大分掘り下げられている


不明号
台地端、番号不明、79号は別にある


80号
記念碑の後で目立つ場所


墳丘に切り株が残る、他の古墳も前はこんな状態だったんだろうな


200号
酒元ノ上横穴墓見学施設側


201号
割と大きな円墳、奥に200号


_1と反対側から、奥に姫塚


202号(姫塚古墳)
前方後円墳、TL52,R28,RH6,FH30,FH5
位置:32°06′36″N 131°23′38″E (日本測地系)
    32.11345566 131.39152242(世界測地系)
後円部と前方部の高さがほぼ同じ


前方部も広がり船塚と共に群中最も新しい前方後円墳


次の日朝日に輝く墳丘を撮ってみました


やはり日が当たっていた方が美しい


当たりすぎると逆に平板になったりしますがそのあたりは微妙


204号
姫塚前方部側に立地


酒元ノ上横穴墓群は別記事にしました)



第2支群
前方後円墳10、円墳29基

分布図:台地東端に分布

81号
前方後円墳、3C中~後半
位置:32°06′48″N 131°23′46″E (日本測地系)
    32.11678868 131.39374437(世界測地系)
群中最古の前方後円墳


他の前方後円墳は殆ど前方部が南向きの中でこれは例外的に北向き


台地端の斜面ギリギリに立地、下からの眺めを意識しているようだ


82号


83号
前方後円墳、TL80,R40,RH5.7,FW25,FH2.2
位置:32°06′53″N 131°23′43″E (日本測地系)
    32.11817741 131.39291104(世界測地系)
前方部が細長く低平


斜め後方から


84号
説明板に何故か83号墳丘図が載っている


85号


86号
崖っぷちに立地


87号


88号
前方後円墳、TL40,R21,RH3.3,FW16,FH2.2
位置:32°07′00″N 131°23′41″E (日本測地系)
    32.12012165 131.39235545(世界測地系)
真横、台地側から


斜め後方から


緩斜面に立地、台地端からはやや離れる


崖側から


89号


90号(大山祇塚古墳)
前方後円墳、TL96,R51,RH4.1,FW31,FH3.8、4C後半
位置:32°07′04″N 131°23′39″E (日本測地系)
    32.12123264 131.39179989(世界測地系)
群中最大クラスの前方後円墳


大きな後円部


西側斜め後方から


東側斜め後方から


91号
前方後円墳、TL91,R43,RH6.2,FW20,FH2.3
位置:32°07′07″N131°23′39″E (日本測地系)
    32.12206589 131.39179986(世界測地系)
西側真横


西側斜め後方から


東側斜め後方から


92号
前方後円墳
位置:32°07′09″N 131°23′39″E (日本測地系)
    32.12262139 131.39179983(世界測地系)
後円部正面


例外的に前方部を東側に向けている


前方部端から後円部


斜め後方北側から


93号


94号


95号
前方後円墳、TL53,R29,FH3.4,FW20,FH2.8
位置:32°07′15″N 131°23′36″E (日本測地系)
    32.12428787 131.39096649(世界測地系)
真横から、手前に円墳


斜め後方から


96号
後方に95号


97号


98号


99号
前方後円墳、TL55,R31,RH3.5,FW15,FH2
位置:32°07′14″N 131°23′34″E (日本測地系)
    32.12401011 131.39041098(世界測地系)
東側から、台地端よりやや離れる


斜め後方から


反対側斜め後方から


西側から


100号
前方後円墳、TL59,R33,FW18,FH2
位置:32°07′16″N 131°23′34″E (日本測地系)
    32.12456561 131.39041096(世界測地系)
西側から、前回発掘後修復したのかくっきりした輪郭


周溝跡を砂利を敷いて表現


周溝も前方後円形


東側から


101号


102号


103号


104号
周溝があるのでその範囲内は歩道を舗装していない


不明号
番号を書いた標柱が見当たらず、105号が見当たらないからそれかもしれない


106号


107号
畑の中、周囲が削られているようだ


108号
遠方に100号


109号
前方後円墳、TL67,R37,FH4.2,FW26,FH3.7
位置:32°07′17″N 131°23′27″E (日本測地系)
    32.12484334 131.38846664(世界測地系)
西側から


東側斜め後方から


東側から


110号


286号
小谷に面した場所に立地、かなり破壊


葺石それとも礫槨


289号


290号




第3支群
前方後円墳1、円墳87基

分布図:多数の円墳と1基の前方後円墳、右側駐車場から左に伸びる空白域は谷状地形になっている


111号
地下式横穴墓を有する墳丘、左側はその見学施設


上段葺石を展示、墳丘は当然復元で大きくなっている


小さな河原石を使った葺石


墳丘上から、周溝が巡る


円墳群
111号から見た115号、この時は雨あがり、円墳ばかりだし個々の墳丘はパス


左の大きな墳丘が118号、右遠方に265号(船塚)


265号(船塚古墳)
前方後円墳、TL58,R34,RH5.9,FW38,FH5.9
位置:32°07′26″N 131°23′23″E (日本測地系)
    32.12734307 131.38735551(世界測地系)
後円部と前方部がほぼ同じ高さ、群中最後期の前方後円墳、発掘中でした


前方部斜め後方から、左側の台地端の方がやや高くなっている


前方部隅から、こちら側は周溝がハッキリ


二段築成の様子がよくわかる


前方部から後円部


前方部頂部トレンチに石組み、竪穴と言うより箱式石棺のように見える


265号から見た円墳群、右奥が博物館、手前植樹部分が谷状地形


266号
265号東側、台地端に3基の円墳が並ぶ


267号
右後方に268号


268号
どれもほぼ同規模




中央支群(便宜的区分)
男狭穂塚古墳
帆立貝式古墳、R130,RH18
全国最大の帆立貝式古墳
位置:32°07′06″N 131°23′12″E (日本測地系)
    32.12178803 131.38430035(世界測地系)
西側から林越しに撮影、奥に墳丘が見える、撮影地はやや高くなっていて丘陵を削って手前の平坦面を造っている


女狭穂塚古墳
前方後円墳、TL177,R97,RH15,FW109,FH13
九州最大の前方後円墳
位置:32°07′00″N 131°23′12″E (日本測地系)
    32.12012153 131.38430041(世界測地系)
前方部隅辺り


左墳丘、右外堤、その間が周溝


169号(飯盛塚古墳)
円墳、R44,H7、5C前半
位置:32°07′00″N 131°23′04″E (日本測地系)
    32.1217886131.38207826(世界測地系)
復元墳丘、望遠で撮影すれば十分、男狭穂塚の陪墳


170号(雑掌塚古墳)
円墳、R45,H1.8、5C前半
位置:32°07′02″N 131°23′03″E (日本測地系)
    32.120677 131.38180054(世界測地系)
復元というより盛り土をして保護か、後方の森が女狭穂塚でその陪墳


171号
方墳
位置:32°06′57″N 131°23′09″E (日本測地系)
    32.11928827 131.38346716(世界測地系)
群中唯一の方墳、後方の森が女狭穂塚


再整備中なんでしょうか


稜線部分に直線上の石列がある


西側高い方からの眺め


205号
手前が鬼の窟古墳周溝、陪墳でしょうか


206号(鬼の窟古墳)
円墳、R37,H7.3、6C後半~7C初
外堤、2重周溝、群中唯一の横穴式石室
横穴式石室、全長12.3m,玄室長4.8,幅1.8~2.5,高2.2m
位置:32°06′50″N 131°23′33″E (日本測地系)
    32.11734412 131.39013347(世界測地系)
巨大な外堤を持つ大型円墳


外堤から見た2段築成の墳丘、石室前は通路状になっている、前庭と言えるのかな、この日は月曜で博物館休み、嫌な予感がした


墳丘斜め前から


外堤西側


外堤東側


羨道、石室は解体復元されているようだ、羨道入り口は鍵がかかっていて入れず


玄室を望遠で撮影、柵の隙間が大きいのでなんとか分かる


207号
206号北側、広い平坦地にポツンとある


後方に206号、建物は古墳と関係なし




西支群(便宜的区分)(見学記追加)
台地西側端に分布、前方後円墳3(or4)他

172号
丘陵斜面、畑の中に残る、後方の林の中に174号


これは前日の写真、墳頂が窪む


後方から、遠くに古墳群のある台地が広がる


173号
前方後円墳、TL39.8,R22-23,FW11
位置:32°06′52″N 131°22′59″E (日本測地系)
    32.1178995 131.3806896(世界測地系)
丘陵尾根筋に立地


100号を70%縮小した形状だそうです


前方部隅から


ほぼ頂部に位置する


後円部側から、葺石があったそそうだ


174号
前方後円墳
位置:32°06′46″N 131°22′58″E (日本測地系)
    32.116233 131.3804119(世界測地系)
前方部隅から後円部、173号南側林の中にある


前方部正面、背が高い、ある資料では173号より古いそうだがどう見ても姫塚と同じ形状、新しい前方後円墳に見える


前方部隅から後円部


前方部から後円部


後円部正面、こちらの方が地形的に低い


174号陪墳
174号前方部隅にあった、分布図には載っていなかった


174号前方部上から


175号
麓近くの緩斜面に立地、左175、右176号




176号
前方後円墳
位置:32°06′43″N 131°22′59″E (日本測地系)
    32.11539976 131.3806897(世界測地系)
随分低い墳形


前方部はあまり広がらず


下方側から、奥に178号


177号


178号
176号後円部と変わらない規模


後方に176、175号


179号
小さな小さな高まり


187+190号
前方後円墳?
位置:32°06′29″N 131°23′12″E (日本測地系)
    32.11151131 131.38430073(世界測地系)
道路脇の墳丘


道路で削られている


道路反対側に187号


横から見ると細長く見える


190号から見ると方形に見える


187号から190号、やはり前方後円墳でしょうね


くびれ部が切断された前方後円墳だろうな


189号


191号
大きな墳丘


191号から東側、この範囲内に大小8基あるはず


192号
かなり破壊されている


埴輪片?


195号
小さな高まり、標柱だけが頼り


196号


197号




197号から西側、古墳群ラストショット、歩け歩けで流石に疲れた


272号




(2001年)
男狭穂塚古墳
女狭穂塚古墳
墳丘脇の模型、本体は陵墓参考地で見学不可


1号
前方後円墳、TL50,R28,RH4.7,FW22,FH2.3

初期の前方後円墳はみな崖際にあり側面を平野部に向けている


13号
前方後円墳、TL80,R44,RH7.2,FW27,FH4.8

復元された墳丘、後円部で主体部が公開されている


礫槨、この倍の長さがある


35号
前方後円墳、TL70,R37,RH6.5,FW20,FH3.1、4C後半

最古の前方後円墳の1基


46号
前方後円墳、TL70,R44,RH7.7,FW29,FH5.7

前方部が発達しかけている、前方部を平野側に向ける


56号
前方後円墳、TL37,R24,RH3.5,FW16,FH2.1、4C

群中最小の前方後円墳


72号
前方後円墳、TL79,R50,RH7.4,FW39,FH4.6、4C後半

奈良県行燈山古墳と同一設計


83号
前方後円墳、TL80,R40,RH5.7,FW25,FH2.2

典型的な柄鏡型


88号
前方後円墳、TL40,R21,RH3.3,FW16,FH2.2



90号(大山祇塚古墳)
前方後円墳、TL96,R51,RH4.1,FW31,FH3.8、4C
位置:32°07′04″N 131°23′39″E

群中3番目の規模


91号
前方後円墳、TL91,R43,RH6.2,FW20,FH2.3



95号
前方後円墳、TL53,R29,FH3.4,FW20,FH2.8



99号
前方後円墳、TL55,R31,RH3.5,FW15,FH2



100号
前方後円墳、TL59,R33,FW18,FH2

発掘中、全面に河原石が葺かれている


109号
前方後円墳、TL67,R37,FH4.2,FW26,FH3.7



111号
円墳

地下式横穴墓を有する


169号(飯盛塚古墳)
円墳、R44,H7、5C前半
位置:32°07′07″N 131°23′05″E

全国唯一子持ち家形埴輪が出土、後方の森が男狭穂塚古墳


170号(雑掌塚古墳)
円墳、R45,H1.8、5C前半

極端に平べったい墳形


171号
方墳、L23,H4.5、5C前半

群中唯一の方墳、右後方の森が女狭穂塚古墳


202号(姫塚古墳)
前方後円墳、TL52,R28,RH6,FH30,FH5
位置:32°06′36″N 131°23′38″E
群中最後の前方後円墳


206号(鬼の窟古墳)
墳丘、外堤


外堤上から見た墳丘


玄室、解体復元された


265号(船塚古墳)
前方部が発達した墳形、姫塚と同じく最後の前方後円墳


(見学記)
(2017年)
西都市童子丸、三宅、広い台地上に分布する古墳群ですがほぼ大地の縁辺に分布しています。殆どが公園化され要所要所に駐車場もあるので見学しやすい。前回の訪問も雨に祟られたけど今回も半日雨、でもおかげで博物館内をゆっくり見学、受付でもらった分布図のコピーが随分役に立ちました。前の見学記では資料館と書いているし入館料も取られたけど今回は無料、随分立派になっているし建て替えられたのかな。公園内の古墳はよく知られているのでまだあまり整備されていない西側の丸山支群を説明します。男狭穂塚女狭穂塚西側の高くなった場所にあるのが169号(飯盛塚)、170号(雑掌塚)共にかなり大きな墳丘で前回は復元前でしたが今回は復元されています、その分面白味はない。前回復元前の状態を撮っているから今となっては貴重な写真となりました。女狭穂塚南側にあるのが唯一の方墳171号、ここも前回は葺石が再現されていましたが多分レプリカ、今回は再整備なんでしょうか整備中で実物の葺石が見えていました。171号側の十字路を南に行くと墳丘が見えていました、円墳の172号で割と大きい。そこを登っていくと前方後円墳の173号があります。裸の状態で全長40m程、4C前半です。ここは西都原の大地より一段高くなっていて植生がなければ台地上が一望できたでしょうね、西側は急斜面になっています。ここから南側の林の中にあるのが前方後円墳の174号、西都原の中でも唯一林の中にある古墳でしょうか、南向きの前方部が多い中でこれは北向きです。墳丘状態もよく後円部と前方部の高さがほぼ同じで広がりも見せているので後期古墳かと思いましたが他の資料ではこの辺りでは一番最初に出現した前方後円墳となっています、とてもそのようには見えないのですが。前方部隅に古墳が1基ありますがこれは分布図に載っていません。後円部から南に降りて林から出た空き地に何基かの古墳がありその内1基が前方後円墳で176号、どう見ても柄鏡式の古墳で古そうなんですけどね。前出の資料によると174→173→176となっています。更に南下していくと古墳がまとまって集中している場所があります。道路脇にあるのが190号で道路反対側にあるのが187号、でも187号はどう見ても円に見えず長形、ひょっとして190号と合わせて前方後円墳かもしれない。ここで今回の見学終了、第3支群はかなり省きましたが他は徹底的に見ていったので1日半かかりました。
第1支群南側下位段丘に前方後円墳1を含む古墳群、東側下位段丘にも円墳からなる古墳群がありますがそちらは住宅街の中等で見学しづらくパスしました。グーグルマップの航空写真で見ると墳丘が残っているのが確認できます。

(2001年)
ここはあまりにも有名なので個々の細かな説明は省略します。国道10号から案内板が出ているのでそれに従って行く。西都市街地を通り広い台地の上に上がるといきなり鬼の窟古墳が右手にある。外堤を持つ円墳で群中唯一の横穴石室がある。さすがに大きな外堤があると豪壮に見えますね。一部をカットして断面が見えるようになっています。石室には柵に鍵がついているが常時開いているようだ。石室は解体復元している。それ程大きな感じはしない。更に行くと男狭穂塚女狭穂塚がある。深い林の中で共に前方部がかろうじて見えるのみ。左手の道を資料館の方に行くと171号がある。群中唯一の方墳で一部葺石が復元されている。更に行くと170、169号がある。前者は規模の割に背が極端に低くまるで煎餅のような墳形。後者は全国唯一の子持家形埴輪や舟形埴輪で有名、トレンチが入っていて発掘中のようだ。資料館(入館料200円)は出土品や古墳群模型の展示が主、線刻壁画を持つ土器田横穴墓の実物大レプリカが面白い。古墳関係の資料はあまりない。鬼の窟まで戻ると西側に建物が見える。これが平成6年に発見された酒元ノ上横穴墓群の保存施設で遺跡を発掘当時のまま保存している。2,6号では墓道の中まで入って見学できる。古墳群最後の造墓。南東に前方後円墳がポツンとある。柄鏡式の前方後円墳が多い中で前方部の発達した墳形で古墳群最後の前方後円墳です。この東側に古墳が密集している。前方後円墳は台地の端に側面をさらしているのが多い。35号で墳丘復元、竪穴石室と礫槨が公開されている。更に北側崖沿いに前方後円墳が並んでいる。殆ど柄鏡式でどれも保存状態が良く美しい墳形を横たえている。北側の100号が発掘中、全体にシートが懸かっているが隙間から河原石の葺石が見えている。谷を挟んだ北側に船塚がある。周りが円墳だけの中で1基だけポツンと存在、これも前方部の発達した後期型。それにしても古墳の多いこと、特に前方後円墳の状態が良く殆どが裸の状態でよく観察できる。幸か不幸か日程の一番最後だったので足早に見て回ったがじっくり見ていたら丸1日はかかりそうだ。全国にある風土記の丘第1号で全体が特別史跡となっている。

酒元ノ上横穴墓群

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

酒元ノ上横穴墓群
10基、7C初
横穴墓と地下式横穴墓の融合
平成6年発見、西都原古墳群最後の造墓
発掘当時のまま建物の中に保存されている
位置:32°06′41″N 131°23′31″E (日本測地系)
    32.11484437 131.38957805(世界測地系)

(2017年)
遺跡を丸ごと覆い屋で保存


覆い屋内部


2号墓、薄暗いのでぶれた


4号墓、主体部は未発掘か


6号墓、奥と右側に横穴がある


(2001年)
緩斜面に墓道を彫り込み奥に横穴墓を構築、右手にも横穴墓がある

茶臼原古墳群

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

春日地区9基(前方後円墳1)、轟地区9基、上野地区37基(前方後円墳2)

(2017年)
分布図:左下隅に児屋根塚(現地説明板より)


春日地区
1号(児屋根塚古墳)
前方後円墳、TL110,R64,RH7.5,FW61,FH7.15C
位置:32°07′42″N 131°26′13″E (日本測地系)
    32.1317876 131.43457381(世界測地系)
県道脇に大きく状態の良い墳丘が残る、ここも野焼きされていた


右が後円部、九州でも十指に入る大きさ


前方部隅から


2号墳辺りから


_2と反対側、それにしても端正な墳丘


2号
割と大きいがかなり低くなっているような


背景を選ばないと分かりにくい


8号
手前8号、左後方9号


これは比較的高さが残る


9号
ビニールハウスの農地の中に残る、流石に焼き方も遠慮したようだ


轟地区
位置:32°08′05″N 131°25′14″E (日本測地系)
    32.13817602 131.41818616(世界測地系)
茶畠の中に点々と墳丘が残る、流石にここは野焼きをやっていない


扇風機付きの墳丘(笑)


これは割と大きい


もう番号の特定は諦め撮影順にアップ


原型を殆どとどめているのかな






上野地区
位置:32°08′26″N 131°24′40″E (日本測地系)
    32.14400876 131.40874218(世界測地系)
県道西側、農地だか空き地に古墳が点在




以下撮影順にアップ








以下県道東側








(2001年)
児屋根塚古墳
左手が後円部


茶臼原古墳群(前方後円墳2,円53基)、の中で突出して大型


(見学記)
(2017年)
西都市茶臼原、これも台地上にある古墳群ですが広い範囲に幾つかの支群に分かれてますが円墳ばかりのようで見るべきものは東端辺りにある児屋根塚古墳くらいでしょうか。県道313号沿いに大きな墳丘が見えています。ここも野焼きされていましたが斑状態でした。大きいのは大きいんですが頭の中のイメージよりは小さく記憶の中で大きくなっていたようです。前方部側に2号円墳、割と大きいですが背が低い。西側に9,10号があります。後円部辺りの県道反対側に駐車スペースあり。県道を更に西に行くと轟地区に支群、左側茶畑の中に古墳が幾つも見えています。ここはもう遠望で撮る程度。更に西に行くと上野地区にも支群、道の両側に10基以上ありましたがもう個々を区別せずに適当に撮る。どちらも駐車スペースがあったので撮ってみたけどなかったらスルーしたかもね。

(2001年)
全長110m、後円部径64m、前方部幅61mの前方後円墳です。台地上の畑の中に均整のとれた姿を見せている。前方後円墳2を含む全55基からなる茶臼原古墳群の主墳でこの周りにも幾つかの円墳がある。主墳だけが突出して大きく他は小型。

千畑古墳

宮崎県西都市 2001年5月訪問、17年2月再訪

前方後円墳、TL60m
横穴式石室、全長9.2m,玄室長5.4,幅2.9,高2.8m
位置:32°08′12″N 131°24′17″E (日本測地系)
    32.14012004 131.40235395(世界測地系)
(2017年)
階段の下に説明板


途中に石材、羨道石材でしょうか


羨道前部上部壊失、左側壁は面が整えられている


羨道後部はよく残る


大きな玄室、側壁はやや持送り


〃縦位置


奥壁は巨石を据え上に3段積み


天井は2枚の巨石


奥から外、袖石を立てた両袖式


〃縦位置


羨道奥から


(2001年)
石室正面、日向では珍しい横穴式石室


玄室


両袖式


(見学記)
(2017年)
西都市穂北、茶臼原から県道313号を更に西に行くと大地を下る坂道を下に降りきる手前で小さな案内表示があります(下りだと反対向きになっている)。そこから500m程、公民館脇に案内板がありそこから100m程(案内板だと200mになっているけど)石段を登ると巨大な石室が開口しています。横穴石室の少ない宮崎県でいきなりこんなに巨大な石室が出現したのも不思議です。畿内勢力の橋頭堡でしょうか。古墳前に専用駐車場有り、でも公民館脇に空き地があるからそこに停めるよね。案内板に専用駐車場も書いてくれればいいんだけどね。国史跡。

(2001年)
千畑集落内東側、台地端の急傾斜地に立地している。遺跡としての登録は円墳だが実際は前方後円墳、しかし樹木に覆われて墳丘は殆ど視認できない。後円部に日向には珍しい横穴式石室が開口している。全長9.2m、玄室長5.4m、幅2.9mで割石巨石を使った両袖式、やや持ち送りがあり奥壁上部も内側に傾いている。国史跡。
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