尾崎古墳

大分県豊後高田市(旧香々地町)2001年5月訪問、16年2月再訪

箱式石棺?
位置:33°40′13″N 131°30′36″E
海に突き出た岬上に立地


史跡でなく文化財と書かれているから移築なんでしょうか


箱式石棺蓋石かな、説明無し


(見学記)
(2016年)
豊後高田市香々地、01年当時と変わりなし。表中によると尾崎古墳の別名が岬古墳のようです。林の中を舗装された散策路が巡っていますがほぼ中央、尾根筋の高い場所を通っていけば出会えます。史跡ではなく市の有形文化財となっています。ナビに案内させたら下の海岸のキャンプ場に案内されてしまった。ここから上に上がれるからいいけどね。

(2001年)
少年自然の家北側林の中の散策路沿いに真新しい標柱が立っているが側に竪穴石室か箱式石棺の蓋石が1枚あるだけ。説明は何も無し。「日本の古代遺跡(大分)」ではここに岬古墳という名前で竪穴石室と横穴石室の古墳が2基あることになっているのだが。周りを探してみたが見つけることは出来なかった。

真玉大塚古墳

大分県豊後高田市 2001年5月訪問、16年2月再訪

前方後円墳、TL80
位置:33°35′57″N 131°27′53″E

丘陵から緩く張り出した先端部に立地


神社になっている、手前に窪地があり周溝のようだ


後円部上にも神社、かなり改変


前方部から後円部


後円部から前方部、端が高くなっている


おまけ
口づけする狛犬


(見学記)
(2016年)
豊後高田市西真玉、丘陵から緩く張り出した縁辺に立地する前方後円墳です。ほぼ全域が神社になっていて南側が凹地になっていて周溝があったようです。後円部に神社がありかなり改変、前方部も荒れた林になっていて全体の状況は分かりにくいけど端が高くなっているようです。市史跡だがごく簡単な説明板があるだけ。ナビに案内させたら北側の低地側に案内されてしまった、南側から接近可。
南西にある野内古墳はうっかり通り過ぎてしまった。

(2001年)
野内古墳
国道10号、豊後高田市から真玉町に入ってすぐ、国道で切られた丘陵の北側にある。農地の中に墳丘が藪となって残っているが形は全然分からない。横穴石室があるそうだが平たい石が1枚見えている程度。

真玉大塚古墳
更に国道を東に行くと案内標識がある。がまたまたフォローがない。横道を200m程入っていくと左手に森が見えてくるがこれが古墳のようだ。全長95m県下でも最大級の前方後円墳だが形がさっぱり見えない。前方部に神社があるがここに行っても全体が見通せない。かなりがっかりした。

猫石丸山古墳

大分県豊後高田市 2001年5月訪問、16年2月再訪

前方後円墳、TL60,R30,RH4.5,FW35
位置:33°35′10″N 131°27′31″E

前方部隅に標柱


墳丘上部は平坦


くびれ部辺り、右が前方部


(見学記)
(2016年)
豊後高田市草地、ここも再訪、見学記を見ると国道に案内標識があると書いてますがストリートビューを見ると確かにありますね。でもナビで直ぐ側まで案内してもらっているから見てないけど。国道から東に入って高台になった辺りに津波避難地の広い場所がありその東側林の中にあります。もう少し先の墓地からの方がいいかも。全体は確認しにくいが前方後円墳らしい姿を残していて前方部上は平坦、石碑と祠があります。前方部端に標柱があるけどここも目立たない場所に立っているな。墓地に駐車可。県史跡。

(2001年)
国道を更に1.5km程北上し道が大きく右カーブするあたりに案内標識がある。が例によってその後がない。高台にある墓地の脇に墳丘がある。全長60m、後円部径30m、前方部35mの前方後円墳だが現状では前方部が異様に細長く上部も平になっている。ここも標柱があるだけ。県史跡。

入津原丸山古墳

大分県豊後高田市 2001年5月訪問、16年2月再訪

帆立貝式、TL60,R45,RH13,FW10,FH3
位置:33°34′22″N 131°27′04″E

樹木の覆われた墳丘


目立たない場所に標柱がある


上部は平坦、石碑と古いお墓、箱式石棺の一部が石碑に使われているそうだ


(見学記)
(2016年)
豊後高田市新栄、画像をアップしてないので再訪。前の見学記を見ると交番脇を入ると書いていますが交番が無くなっていたな。国道213号沿いにある産土神社南側の細い道を入っていき坂道になる辺りの正面にあります。でも全体が樹木に覆われて分かりづらい。せっかく標柱を立てているのにもう少し目立つ場所に立てて欲しかった。背の高い後円部は分かりますが帆立貝式の前方部はよくわかりません。県史跡。

(2001年)
新栄地区の国道213号側にある交番脇を入って行き高台に登ってすぐ、右手にある。後円部径60mの帆立貝式古墳です。全体が樹木に覆われ背の高い後円部は残っているが前方部は分からなかった。側に標柱が1本立っているだけ。県史跡。

穴瀬横穴群

大分県豊後高田市 2016年2月訪問

19基以上
位置:33°33′13″N 131°28′27″E
(番号は全て仮称、西側から)

全景
西側


東側


1号
入り口は浅い額縁状、内部に敷石


2号
少し高い場所にあるので下から


3号
未完成の横穴?


4号
3重額縁、内部に石があるが敷石にしては大きすぎないかい、左下に3号


5号
バランスの良い2重額縁


赤い円文が幾つかある


開口部上側の円文


6号
右6号、左奥5号


3重額縁、外側のがバランスが悪い


右側に赤い色が残る


内部は平凡、敷石がある


7号
彫り込まれた横穴


正面から見ると重層的額縁


右側に赤い色が残る、円文かな


ここにも赤い色、模様は不明


どの場所を撮ったか忘れてる、ドロバチの巣があるから下向きの面かな


8、9号
民家裏にも横穴、右下にもある


10号
民家裏にもう1基


11号
2重額縁だが横幅が広い、熊本県で割と見かける


特に棺台もなく内部は平凡


12号
最も立派な横穴、全体が彫り込まえれて前面に平坦面を構築


多重額縁


開口部は大きく通路状になっている、赤い彩色が残る


閉塞石の軸を受けたのでしょうか


床面や左右に閉塞石を嵌めたような溝がある


内部も大きく立派です


壁面上部に短い段差、これも熊本県で時折見られる


反対側も同様、全体が赤い彩色で彩られていたようだ


非対称の開口部


ここにも閉塞石を嵌め込んでいたのでしょうか


13号
見事な多重額縁、赤い彩色が残っているかな


外に比べて中は平凡


14号
バランスの良い多重額縁だが下が埋没


開口部が通路状


この群の中では比較的立派な内部


広い開口部、鏨の跡が残る


15号
殆ど埋没


風雨が当たらないせいか装飾の残りは良い


大きな円文がハッキリ


16号
残り具合はよいが少し上で近寄れず


17号
2重額縁、横幅が随分広い


横幅に比べて開口部は特に大きくはなく


左側に赤い円文があるようです


開口部上部にも赤い装飾


右側にも赤い装飾、円文かな


玄室内部


18号
極端に横幅が広い、それに比べて内側の額縁は僅かな幅


右側には赤い円文が多数、右端のは丸に十の字のように見えます


開口部左側、他では見られなかったような模様


(見学記)
豊後高田市美和、三和郵便局西側、県道29号に面した崖面に開口した19基からなる古墳群です。一部民家の裏に隠れていますがほぼ全て見ることが出来ます。多重額縁状の開口部が並んでいるさまは壮観そのものです。ただ一部を除き外観に比べて玄室は小さく屍床のような構造もなく拍子抜けしますね。赤い顔料や円文が残っている横穴も多い。一番右端のは他とは違った装飾模様も見られます(矢かな)。ほぼ中央辺りにあるのが入り口も凝っていて閉塞石をはめ込んだ溝や軸受けのような穴、内部にもそれらしき構造もあって何重にも閉鎖されていたんでしょうか。玄室内部も他と比べて広く丁寧な作り、壁面中段に段差があってこれも熊本県で時々見られる構造です。横穴群は少ないのもなんだけどあまり数が多いのも疲れるし10-20程度が一番いいですかね。因みに読みは”あなんせ”です。県道脇にギリギリ駐車可。市史跡。
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