宇賀岳古墳

熊本県宇城市(旧松橋町)2014年3月訪問、15年3月再訪

装飾横穴式石室(見学は公開日のみ)
位置:32°39′14″N 130°40′48″E

宇賀岳山頂に復元墳丘、テントがあったので公開日かと思ったよ


石室が完全露出していたのでこれは保護施設


ガラス越しに石室見学


奥壁に彩色装飾、鋸歯文線刻、赤の他に緑があるそうだが殆どわからない


四角い突起があるが刀掛けと推定されている、その中間下側に緑色がある・・・はず


右側壁にも装飾がある


2階があるそうだが殆ど分からない


見学記
宇賀岳山頂にある古墳(現在は岡岳と呼ばれ公園になっている)、前年にも来たのですが当然石室閉鎖、公開日でもない限り来ても面白い所ではありません。修復前は石棺式石室がすっかり露出していたそうですが現在は保護施設が造られ保護されています。石棺式席室の玄門から覗くことになりますが殆ど奥壁しか見えません。それでも赤い三角文が見えています、他に白や緑があるそうですが緑は殆ど分かりません。四角い区画がありますが何でも突起があり刀掛けとして利用されていたんじゃないかなとのことでした。更に珍しいのは石室上にも空間があり石室が2階建てになっているということ、こんな例は他に見たことないな。でも前からでは隙間が僅かに見える程度でした。公園に駐車場あり、でも公園への入り口が狭く入り組んでいて分かりにくい。県史跡。

小田良古墳(チンカンサン古墳)

熊本県宇城市(旧三角町)2015年3月訪問

円墳
位置:32°38′46″N 130°29′44″E

宇土半島北側、海を臨む高台に立地、海の向こうに雲仙岳が見えている


特異な石室を持つが埋戻し&覆い屋で保護


板石で区画された石室、円文など線刻装飾がある(説明板より)


見学記
三角町中村、宇土半島北岸を走る国道57号沿いにあります。石障を持つ石室で壁面に特異な浮き彫り装飾がありますが埋め戻されているうえに更に覆い屋で保護されていて現地では見ることが出来ません。事前に分かってはいたが帰り道の途中なので見学してみました。装飾古墳館にレプリカがあるようです。それにしても周辺にあまり古墳がないような場所でこんな特異な古墳が出現したのは何故でしょうね。国史跡。

立山鬼の岩屋古墳(不知火鬼の岩屋古墳)

熊本県宇城市(旧不知火町)2015年3月訪問

横穴式石室、線刻、石棚
位置:32°37′44″N 130°36′54″E

丘陵斜面に立地、ビニールハウスの間にある


墳丘はよく残っている


山側、南南東に開口


羨道は天井壊失、殆ど埋まる


中を覗くと奥壁のようなのが見えたので初めは羨道とは思わなかった


反対、奥壁側に開口


玄室は下が埋まっているが背が高くドーム状


上がまぐさ石で下が_5で見えている石材、閉塞石なんでしょうか


右側壁、概ね平たい石を重ねている


右側の穴だらけの石は多分穿孔貝が空けた石、わざわざ海岸から持ってきたんでしょうか


奥壁に石棚、よく残ったもんだ


石棚に線刻


石棚上の石材に舟の線刻、他と比べてこれだけが何故か具体的


他の線刻1


線刻2


線刻3、場所を記録してないからどこか分からず


見学記
不知火町永尾、老人ホーム松寿園北側辺りで国道266号を北に曲がり100m程で石碑が立っています。その手前から急傾斜の道を登って行くとビニールハウスの間に墳丘が見えています。山側にある羨道は埋まっていて反対側玄室後部角が開口しています。そこから入って行くと右手に石棚があります。床面がかなり埋まっているし斜面下方側が羨道だと思っていたから石棚とは思わずまぐさ石かと思ってしまった。この上に石に船の大きな線刻がありますがこれも見逃したので再訪しました。しかし2度とも朝一番で訪問したので開口部から朝日が差し込み線刻部分が影になって見づらいし撮影もレンズに日があたってしづらい。線刻目当ての訪問は昼か午後のほうがよさそうです。他にも線刻がありますが何の線刻か分からないのが殆ど。落書きも幾つも見られます。こんなトコに来る人は余程の古墳好きかと思われるのになんでわざわざ掘り込むような落書きをするんでしょうね。
小冊子「不知火町の文化財」に写真が載っていますがそれを見るとほぼ裸は同じだが前後のビニールハウスがないようだ。今はほんと窮屈な場所になっています。石碑の所に駐車スペースあり。

年の神古墳群

熊本県宇城市(旧小川町)2015年3月訪問

2基

南からの遠望、直接は見えていません


1号
7C中~8C中
横穴式石室、石障3
位置:32°36′45″N 130°43′23″E

路地入り口に古い標柱、奥に古墳が見えている


石室を覆い屋で保護


墳丘は背後に僅かしか残っていない


刳抜式の玄門、1枚でなく2枚だそうです、左に羨道側壁も残っている


玄室内部、奥の天井石が一段下がる、奥壁は1枚石、支え棒は殆ど効果はなさそう


床面に石障3、仕切り石中間辺りに低くなった部分がある


左側壁、2枚


右側壁、傾いてきているような


2号
横穴式石室、石障3
位置:32°36′46″N 130°43′25″E

こちらも石室を覆い屋で保護


石室基部しか残っていませんがかなりの巨石


こちらも石障が3基ある


ただ左右の石障幅が随分違う


上から見るとその違いがハッキリ、通路部分もやや広い


石障仕切り石も1号に比べて薄い


見学記
小川町北小野、県道312号と九州道の間にある古墳群です。県道から東に曲がると直ぐに古びた標柱がありそこから1号が見えています。墳丘はかなり流失覆い屋に保護された石室が露出しています。羨道は側壁が僅かに残っている程度、玄門は2個の石をコの字型に組み合わせた刳抜式です。巨石で構成された玄室、床面には奥壁と左右側壁沿いに板石で区画された石障があります。通路部分はかなり狭い。20体ほどの人骨が出たそうですがそうなると区画はあまり意味が無いような。中に入って入れないこともありませんが内部に支え棒があり入り口にも花などが飾られているのでやめました。元の道を更に登って行くと一番奥の民家脇に細い道がありそこを通って行くと2号があります。こちらも覆い屋で覆われた石室が露出していますが状態は大分悪い。手前に落ちているのは天井席でしょうか、側壁奥壁も巨石1枚程度しか残っていません。こちらの床面にも3箇所の石障、1号より幅が広い、通路部分もやや広く左右の石障は幅に違いがあります。ともに市史跡。溜池脇に駐車可。
宇城市には年の神古墳が2つあります(一つは古墳群だが年の神古墳とも称される)。以前は小川町と松橋町で別の市町村でしたが合併で同じになりました。しかもあまり離れていない。前年も探しに来たのですがメモ書きに同じ古墳名が二つもあり書き間違えたかなと思って混乱してどちらも探しだせませんでした(汗)

年の神古墳

熊本県宇城市(旧松橋町)2015年3月訪問

横穴式石室
位置:32°37′09″N 130°42′43″E

県道から見えているが家の陰で気が付かないかも


石室すっかり露出、状態は良くない


桜は由緒あるようですがこんな場所に植えてほしくなかった


奥から、奥壁は壊失か、左右の側壁だけ元位置のようです


石材は石灰岩だそうです


見学記
松橋町竹崎、小川町の年の神古墳群から県道を1.3km北上、県道脇の民家裏手にあります。よく見れば県道からも見えています。状態はかなり悪く2枚の側壁が立っている程度。白い石灰岩を使っているのが他と異なるそうです。市史跡。

桂原古墳

熊本県宇城市(旧不知火町)2014年3月訪問、15年3月再訪

円墳、R15,H3.3
横穴式石室(閉鎖)
位置:32°38′07″N 130°38′07″E

標高100m辺りの丘陵中腹に立地、墳丘復元


石棚、線刻があるが石室閉鎖


船の線刻(説明板より)


桂原2号
横穴式石室

果樹園の中に完全露出した石室露出


残り具合は悪く玄門と奥辺りしか残っていない


斜め前から


左横から


石室正面、閉塞石が残っている


玄門奥から


羨道側壁に船の線刻、舳先と帆が何とか分かるかな、石室の状態を考えると残っている事自体奇跡的


見学記
(14年)
宇城市不知火町長崎、国道266号に案内表示が出ているがその後は全くなし、ひょっとしたらあったかもしれないけど文字がすっかり消えている。そもそも山頂にあるということなのでこの辺りの山頂では高すぎるので尾根先端かなと思って推定した場所がまるで違っていたし探すのに苦労した。歩きまわってやっと見つけたけど装飾古墳なので石室閉鎖、この日は装飾古墳公開日なのでひょっとしたらと思っていたが全くその様子はなかった。しかしここは丘陵中腹の斜面、とても山頂とは言えないんだけどね。探すのに一生懸命で東側50mにあるという2号はすっかり忘れていたよ。説明板に船の線刻の図が載っていますが出来るなら写真を載せて欲しかった。石室完全露出線刻があるそうだ。ちなみに読みは”かずわら”です。県史跡。

(15年)
前年訪問の際2号を忘れていたので再訪。上りの道路から見えているがちょうどこの辺りで正面に桂原古墳が見えているのでそちらに注意が行き見逃したかもね。小型の石室が完全露出天井石もまぐさ石が残っているだけです。玄門左側羨道側壁に船の線刻がありはっきり見られます。この状態では奇跡的に残っているかも、まぐさ石があるから雨ざらしにならずにすんだんでしょうね。
この年手に入れた「不知火町の文化財」に場所の簡単な地図が載っていますがこれを参考にしたらまず到達できないでしょう(汗)。

国越古墳

熊本県宇城市(旧不知火町)2014年3月訪問

前方後円墳、TL62.5,R36.2,RH6.5,FW22.5,FH6
横穴式石室
位置:32°38′30″N 130°38′51″E

西からの遠望、尾根の高まりを利用して構築


後円部から前方部


前方部から後円部、大分削平されているんだろうな


後円部に横穴石室、石屋形と屍床があるそうだが見られない


玄門辺りが開口


扉石が残っています


浮彫りされた取手


かなり大きいけど実用性はあったのかな


羨道側壁


見学記
宇城市不知火町長崎、かもめ保育園の北200mの所で近くに案内表示も出ています。丘陵中腹尾根を利用して造られた全長62mの前方後円墳で墳形も比較的良好に残っています。後円部南側に石室開口、ただ見られるのは羨道部分だけで玄室は見られません。玄門に扉石が残っていて表側に取っ手が立体的に掘り出されているのが最大の見所でしょうか。玄室も発掘がされているようですがどこから入ったんだろ。墳丘側に駐車スペース有り。
北西側藪の中に道免古墳があり石室が開口していますが完全に埋まっています。南西側にもあるようですが分からず。

道面古墳

熊本県宇城市(旧不知火町)2014年3月訪問

横穴式石室
位置:32°38′32″N 130°38′45″E

石室正面、内部は埋没のようです

鴨籠古墳

熊本県宇城市(旧不知火町)2014年3月訪問

竪穴式石室、長3.45,幅2.45m
位置:32°38′50″N 130°39′00″E

墳丘流失、巨大な竪穴石室基部露出


砂岩製の巨石板石で構成


各面はどれも1枚石


内部に石棺があったが博物館に移築展示、手前の石材も石室関連のでしょうか


見学記
宇城市不知火町長崎、白梅幼稚園背後の尾根先端に有りますがそちらからは接近できず西側に尾根を横断する道路があって急カーブの所に案内表示が有りそこから300mです。古墳までの道が行き止まりですぐ側まで行けますがターンが出来ないので3,40m手前の駐車スペースに止めたほうがよさそうです。私は案内表示の場所(ここも駐車可)から歩いて行ったけどね。古墳は墳丘なのか自然地形なのかはっきりしませんが頂部に天井を失った竪穴石室が露出しています。説明板はなく標柱が立っているだけ。竪穴石室というと細長く小口積みのイメージが有りますがこれは全く異なり4面が巨石板石それぞれ1枚で構成されています。知らなければ農業用の水槽かなと思うほど。これで刳り抜きの穴を開ければそのまま横穴石室になりそうだけどね。大きさは3.5m×2.5m程、家形石棺(「不知火町の文化財」では舟型石棺)があったそうですが博物館に移されています。読みは”かもこ”です。町史跡。

不知火塚原古墳群

熊本県宇城市(旧不知火町)2014年3月訪問

2基

1号
横穴式石室、全長4.3m、玄室長2.5,幅1.6m
位置:32°38′48″N 130°39′30″E

丘陵中腹平坦面に立地、石室完全露出


側面(東側から)、石材が大分動かされている、天井石の架け方も不自然だけど元の位置なのかな


側壁が見えているのでこちらが正面でしょう、後方林の中に2号


天井石はどうやったらこうなるのか


側面(西側から)


奥壁


奥から外、まぐさ石にも線刻があるようだ


線刻1


線刻2多分天井、船があるかな


線刻3これも天井、吹き流しのような、他にもまだ線刻があるようだ


2号
横穴式石室

こちらは比較的墳丘が残る


石室上部露出、正面が入り口のようだ


石材はかなり動かされている、立っているのは天井石か


見学記
竜灯公園駐車場からグランド北側を登って行くと(東側の広い道路からでも直接行ける)案内表示が有り(塚原古墳群となっている)その西側50mに有ります。1号は石室が完全露出内部は埋没気味、天井石も残っていますが多少動いているようでかなり不安定な状態で乗っかっています。内部に線刻有り。すぐ北側林の中にあるのが2号、こちらは墳丘が多少残っていますが石室上部露出内部埋没、天井石が立っていますがどうやったらこうなるんだろ。
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋
ブログ館

へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。

検索フォーム
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
最新記事
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

各県市町村別
最新コメント
リンク
QRコード
QR