大王山古墳群

熊本県氷川町(旧宮原町)2014年3月訪問

現存2基か

2号
横穴式石室
位置:32°32′38″N130°40′54″E

周囲がすっかり削られている、と言ってもこれは墳丘ではない


墳丘流失、巨石板石を使った石室露出


右斜め前から


巨石板石の加工度が素晴らしい


背後奥壁、これもかなり加工されている


3号
竪穴石室、長7.2,幅2.2m
舟型石棺
位置:32°32′35″N 130°40′54″E

墳丘がよく残り上部に竪穴石室、覆い屋で保護


板石を使った竪穴石室と舟型石棺


蓋石半分破壊、身の長辺側に溝がある


石棺内部、奥に石枕がある


蓋石の穴、これは小さくて実用になったかどうか


見学記
氷川町早尾、墓地公園南西、護念寺南側にある古墳群です。2,3号が見学可。墓地の中にあるのが3号、墳丘はよく残っていて頂部に竪穴石室露出、覆い屋で保護され鍵がかかっていますが近所の家で鍵を借りられます。板状の石を小口積みにした竪穴石室で7.2m×2.2mの大きさ、内部いっぱいに舟型石棺がありますが蓋石が半分くらい失われています。ここにも室山古墳同様縄を通す穴が付いていますが位置からして左右3箇所ずつくらいあったもよう。身には石枕がありますが蓋石のある奥の方にあるので窪みの状態は見えません。覆い屋扉を開けたら10匹以上のヤモリがワラワラ落ちてきた、苦手な方は注意しましょう。北側に2号があリます。巨石板石で構成された玄室が残っていますが内部は埋没しています。周囲が土取りで石室部分だけ孤立状態で悲惨な状況です。史跡。
南側に”古墳群まで300m”の案内表示があって遠すぎるなと思ったけどそれに従って車で行ったけど途中でやばそうな感じがしたので引き返したけどあのまま行ってたら大変だったかも。

室山古墳

熊本県氷川町(旧宮原町)2014年3月訪問

舟型石棺、箱式石棺(移築)
位置:32°32′54″N 130°41′07″E

石棺2基移築、覆い屋で保護


右が1号舟型石棺蓋と身、左は2号箱式石棺


舟型石棺はかなり破壊されている


内部に石枕、人頭状の窪み


側面には小さな縄掛け突起、穴も空いてます


縄を通すには十分な大きさ


貫通しているようです、実用だったんでしょうか


見学記
墓地公苑に入って行くとすぐ右側に車止めで通せんぼされた山道があります(そんなのなくても車が通るのは無理)。そこを入っていって茶畠背後の林の中にあります。覆い屋で保護された舟型石棺、蓋石は破片になっていますが身は良好に残っています。内部に石枕があり陣頭状の窪みが付けられています。蓋には縄を通したのか両側に穴が開いています。ただ側面側はかなり小さくて実用になったかどうか。側に箱式石棺がありますがこちらは宮原小学校新築の際発見されたそうです。

上平原古墳

熊本県氷川町(旧宮原町)2014年3月訪問

横穴式石室(移築)
位置:32°32′57″N 130°41′12″E

公園内の道路脇に石室移築


上部を失った石室、凝灰岩巨岩4個で構成


入口側の石材には刳抜きの跡、刳抜式玄門だったんでしょうか


内部にはコの字型屍床


右側のがやや幅が広く仕切り石材も大きい


見学記
氷川町宮原、宮原小学校東にある桜丘墓地公苑内に石室が移築されました。駐車場手前道路脇にありすぐわかります。玄室基部しか残っていませんが各壁は凝灰岩巨石1枚石で構成されています。玄門は刳抜式のようで刳貫のようで僅かにその跡が残っています。玄室床面には横穴墓でよく見られるようなコの字型の屍床があり板石で区画されています。

野津古墳群

熊本県氷川町(旧竜北町)2014年3月訪問

前方後円墳5,天堤古墳は消滅

航空写真(説明板より)


中ノ城古墳
前方後円墳、TL88,R57,RH13,FW18,FH13
位置:32°33′27″N 130°41′44″E

後円部、段差は築成か耕作による変形か、ここに説明板がある


後円部から前方部


前方部から後円部


前方部隅から、一部藪だがほぼ裸の墳丘


後円部周溝、ほぼ全周に浅く巡っている


端ノ城古墳
前方後円墳、TL62,R40,RH7.5,FW42,FH8
位置:32°33′21″N 130°41′41″E

幅広い周溝が巡る墳丘、左が前方部


後円部、全体が林で墳形は分かりにくい


姫ノ城古墳
前方後円墳、TL85,R37,RH9,FW50,FH10
位置:32°33′34″N 130°41′46″E

ここも幅広い周溝が巡る、右が後円部


後円部正面、裾は削られているようだ


後円部側から前方部


前方部側から後円部


墳丘西側周溝、右が墳丘


物見櫓古墳
前方後円墳、TL70,R38,RH8,FW29,FH6
位置:32°33′31″N 130°41′37″E

全体が林に覆われている


後円部、墳丘図を見ると前方部はあまり広がりがないようだ


見学記
氷川町野津、丘陵上にある現存4基からなる前方後円墳群です(天堤古墳は消滅)。あちこちに案内表示が出ていますが丘の上に至る道は狭い。中ノ城古墳側に説明板が有ります。他の古墳もここから200m以内にあります。車で行くほど遠距離じゃないし駐車スペースがあるかどうかも分からないので歩いて廻りましたがこういう時に限って駐車スペースがあるんだよね。説明板の所のほうが一番止めにくかったよ。それはともかく4基とも墳丘はよく残っていますが林になっていたりして一番観察しやすいのが中ノ城古墳、ほぼ裸の状態で周囲を削って造った周溝跡も観察できます。墳丘側面が段になっているけどこれは後世のものでしょうか。最近町の史跡から国の史跡に昇格。

大野窟古墳

熊本県氷川町(旧竜北町)2014年3月訪問

前方後円墳、TL123,R39,RH11.5
複室横穴式石室、全長12.4m、羨道長3.5,幅1.8,高2.1m、前室長1.85,幅2.15,高1.92m、後室長5.20,幅2.93,高6.50m
刳抜式家形石棺、長2.40,幅1.30,高0.87m
位置:32°34′08″N 130°42′15″E

丘陵最高部辺りに大きな墳丘が残る、かっては円墳と思われていたが今は前方後円墳と確認された


墳丘西側に神社、地形的には右側が前方部だろうな、階段前に説明板があるがまだ円墳となっている


神社脇に石室開口、鍵は借りられるようです


羨道入り口まで良好に残る、閉塞石を嵌め込んだ溝が彫られている


羨道石組みも1枚石や柱状の石で見事


前室玄門、切り石角柱を立てている


前室、玄門左右にも角柱を建てた複雑な構造、一部赤い顔料も残っている


1枚石の前室左側壁


右も同様


肥後型石室の後室、石材が黒っぽいせいかストロボを付けても暗く写る


〃縦位置


内部照明があるので付けてみましょう、この方が肥後型石室の特徴がよく分かります、天井は左右側壁が出ていてそれに乗せている、天井前面上下に溝


石棺は蓋石壊失、身の上部に段差がある、奥壁左上隅に欠けている部分があるがこれは他の肥後型石室でも見られ意図的なものでしょうか


〃縦位置


石室上部


四角く狭い天井、天井石は1枚石、日本一の高さを誇る


奥から外、まぐさ石は嵌め込んだのかな


玄門上部、ブロック上の石を積み上げているのが分かる


前室奥から外


見学記
氷川町大野、国道3号大野交差点に案内表示有り、そこから県道を通っていきますが古墳周辺の道路は狭い。丘陵上竹林に覆われた大きな墳丘が残っています。円墳と思われていましたが前方後円墳だそうです。西側に神社がありその脇に石室開口、全長11.2mの複室石室で非常に良好に残っています。羨道からして板状巨石側壁、入り口天井には扉石を嵌め込んだ溝が掘られている。前室玄門は柱状袖石を立てとくにまぐさ石はない。前室は天井高さは羨道と変わりないが左右側壁は巨石1枚石、後室玄門はやはり左右に袖石を立て下向きコノ字状の二重構造、ヒビが入っていますが刳抜式の1枚石でしょうね。玄室は肥後型奥壁沿いに石屋形がありますが左右の袖石はなく石棚状、その下に巨大な刳り抜き石棺の身があります。当然蓋石もあったんだろうけど破片が転がっています。左右に屍床があるそうだがはっきり確認できなかった。なんと言ってもここの最大の特徴は天井が非常に高いこと、驚きの6.48mと日本一の高さ。普通3mあったら背が高いと感じる4,5mもあったら非常に高いと感じるけどここは6mを超えてますからね。上の方の石が黒っぽいこともあってストロボ撮影しても光が届きません。幸い内部照明があるけどね。入り口に柵がありますが教育委員会に申し込むと見学できます。石室前まで車で入れますがターンが出来ないので東側の道路に止めて歩いて行ったほうがよい。県史跡だったけど国の史跡に昇格。

馬原古墳群

熊本県氷川町(旧竜北町)2014年3月訪問

4基、現存2基

3号
横穴式石室、全長4.7m、玄室長2.4,幅2.4m
位置:32°33′18″N 130°42′31″E

尾根筋よりやや下った緩斜面に立地


西向きに開口、墳丘は残るが盗掘で石室露出


羨道は基部だけ、玄室も天井を失う


玄室側壁は阿蘇凝灰岩板石で構成


左前から、上部の積石が僅かに見えている


正方形プランの玄室、内部に落下した石は側壁上部の石かな


斜め後方から


右側に板石を使った袖石、左側が開きすぎているのでそちらにもあったかな


4号
3号北側100mの果樹園内、墳丘残るが石材は全く露出せず


見学記
氷川町大野、ここは別の古墳を探しに来て偶々案内板を見つけたので行ってみました。初めは歩いて行ったけど2枚目の案内板辺りからさすがに遠そうなので引き返して結局車で行ってきました。それでも往復で1kmは歩いたけどね、案内板には距離も表示して欲しいな。最初の案内板から1.2km程古墳は丘陵上にあり4基からなる古墳群ですが残っているのは3,4号だけ。3号近くに最後の案内があり古墳はすぐそこ。墳丘は割と残っていますが上部が掘られて石室露出天井石が玄室に落下しています。板石巨石で構成された玄室で2.4m四方の正方形プラン、玄門には片側に板石を立てた袖石が残っていますが反対側側壁との間が広すぎるのでもう一方にもあったかもしれない。手前100mの果樹園内にも低い墳丘が残っていてこれが3号、ここも石室があるそうだが埋め戻されたのか全く見えません。果樹園内に車を止めさせてもらったけど普通車だとターンが面倒そうです。

竜北高塚古墳(高塚装飾古墳)

熊本県氷川町(旧竜北町)2014年3月訪問

家形石棺
位置:32°34′36″N 130°42′34″E

低い丘陵上にあるが場所は分かりにくい、家形石棺露出、覆い屋が架けられているがずれているな


墳丘は割と残っているようだ


家形石棺露出、蓋石破壊、下部は埋まっているが傾いている


横から


破壊された石棺屋根の一部、裏側に長方形の彫り込みがあるそうだ


こちらは屋根の妻部分でしょうか


赤いのは顔料でしょうか


西側小口部、線刻があったが剥落している、左端の部分に僅かに線刻が残っている


東側小口部円文線刻、右側にも浮き彫りがある


見学記
氷川町高塚、案内板が出ていてそれに従っていけばたどり着けますが距離はかなり有ります。車で行くには道が狭いけど歩いて行くのは遠すぎる。でも適当な間隔で案内板が出ているのでもうすぐかもうすぐかと思い結局歩いて行ってしまった。低い墳丘が残り箱式石棺露出、蓋石は破壊され身が残っていますが全体が傾いているような。阿蘇凝灰岩板石で構成され内部に赤い顔料が残っている。線刻や直弧文があるそうですがはっきりは分かりませんでした。かなり歩いて行ったので位置はやや不明確。
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