寺田川古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、22年12月再訪

寺田川古墳(寺田川2号墳)
 前方後円墳、TL40,RH4,FH2
 位置:33°42′40″N,130°55′28″E (日本測地系)
    33.71439792,130.92206966(世界測地系)
(2022年)
20年ぶりの訪問、相変わらずの竹林だけど下草がない分見やすかった


北東方向、前方部隅から後円部


北側から、尾根が狭くこれ以上下がれない


後円部正面


南側から


後円部南側に開口


羨道埋没、玄室全面が破壊、開口部辺りは竹が伐採されている


ドーム状の玄室、奥壁側壁とも小型石材


縦位置、天井石がかろうじて残る


右側壁


左側壁、細かな詰石まで残っている


羨道は埋没、袖石はハッキリしない


羨道部を真上から


前方部から後円部


後円部から前方部


3号
すぐ西側に3号


横から、耕作でここが段差になっている


西側から、横穴石室だそうだが石材全く見られず


4号
古墳なのかな


(2001年)
(プリントをスマホでデジタルスキャン)
かなり荒れた墳丘


くびれ部、北側から


石室内部、ここは竹が生えていない


奥壁


左側壁


右側壁


3号
墳丘東側から


西側から


見学記
(2022年)
勝山黒田、ここも21年ぶりの訪問、低い突き出た尾根状丘陵の先端に構築された前方後円墳です、全長40m程、背の高い後円部や低く短い前方部がよく残っています。21年前の写真を見ると同じ竹林ですがかなり荒れた状況、今回の方が竹がだいぶ伐採されていて墳丘がよく観察できました。後円部南側に石室露出、ドーム状玄室ですが石材は側壁奥壁とも小型、前上部が破壊、羨道も埋没しています。すぐ西側にも比較的大きな墳丘が見えてます、こちらは石材全く見られず。更に3,40m程行くと北側斜面に丸く突き出た部分があるが古墳なんでしょうか。グーグルマップだとこれが寺田川2号となっている。寺田川古墳と寺田川1,3号のアイコンもあって微妙に位置がずれている。現地でスマホで現在位置を確認してもこの両者とずれている、2,30mの誤差は致し方ないか。ここは案内も説明板もありません。東側を通る県道に駐車スペースあり。

(2001年)
綾塚前の県道を北東に1.2km程行くと民家背後の低い尾根上にある。全長40mの前方後円墳だが大分小さくなっているようだ。後円部に石室が開口羨道は埋まり玄室も前面が大きく破壊されているが小型の平石を積み上げたドーム状の玄室で天井もはっきりせずかなり古式の石室のようだ。西側にも円墳がある。

上野東古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年1月訪問

円墳
 横穴式石室(埋没)
 位置:33°41′20″N,130°53′55″E(日本測地系)
    33.69217789,130.89623931(世界測地系)
この地では数少ない単独墳、県道で西側が少し削られる、背後に低い舌状尾根、画面左側にも続いている


墳丘はよく残っているが開口部は見当たらず


南側に丸い輪郭も残る


墳頂に祠が祀られている


下の石材が怪しい、横穴石室石材を流用か


(見学記)
みやこ町勝山松田、大きな工場南側、道路脇に存在、この地域では珍しい単独墳のようです。横穴石室があるとなっていたので寄ってみました。西側が道路で大きく削られていますが概ね良好に残っています。99%開口してないだろうなと思ったけど案の定でした、石室入り口でさえ全くわかりません。墳頂に祠がありその台石が石室石材かもしれません。地図で見ると平野の中に立地と思いましたが現地に行ってみると細長い尾根状丘陵を利用して造られているようです。この地形は多分1万分の1程度の地形図では出てこないだろうな。

扇八幡北古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年4月訪問

丘陵先端に分布、確認7基

その1
 位置:33°41′50″N,130°54′27″E(日本測地系)
    33.70051038,130.90512717(世界測地系)
扇八幡からすぐ北側に墳丘


結果的にこれが一番大きかった


墳頂は直線的に大きく掘られている


反対側から


その2
その1とその2の間は鞍部になっている、尾根先端に向かって高くなり低い墳丘が連なる


大きさの割に低い墳丘


北側から、後方にその1,間が鞍部


その3
これも同規模の墳丘


右後方にその4


東側から、こちらから見ると割りとハッキリ


その4
尾根最高所手前に立地、何故か最高所には古墳がなかった


北側最高所辺りから


カメラを低くして撮影


その5
東側斜面にごく僅かな高まり


その6
更に南側にも僅かな高まり、右がその3、後方がその2


やはり古墳でしょうね


(見学記)
扇八幡古墳の北側にも古墳群があると言うので行ってみました。小さな丘陵北側に突き出た尾根上地形、古墳造りには適した場所です。高さとしては扇八幡古墳の場所よりやや下でしょうか。7基程確認、どれも大きさの割には背の低い墳丘で石材などは全く見られず中期古墳群でしょうか。南側にある北野古墳群と比べて個々の古墳の規模はこちらの方が大きい。

北野古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2022年12月訪問

 資料では4基

その1
 位置:33°41′42″N,130°54′23″E(日本測地系)
    33.69828843,130.90401621(世界測地系)
墓地脇にハッキリした墳丘


結果的に最初に見つけたこれが一番状態がよかった


墳頂が僅かに窪む、1,2号で箱式石棺だそうでこれかもしれない


その2
側の平坦な林の中に低い墳丘


これだけの高さがあればまずまず


その3
これも低い墳丘


山道で真っ二つ、奥にその4、石材等は全く見られず


その4
低い高まりが残る


これも山道で削られる


その5
その1近くに同規模の墳丘


これも1,2号のどちらかか


その6
念の為に探して見つけた低い墳丘


撮り方を工夫しないと高さが写らない


(見学記)
扇八幡南古墳群、南側に古い墓地がありその周辺に古墳が幾つかありました。どれも小さく低平な墳丘、墓地脇のが比較的高いがそれでも高2mもありません。墳頂も盗掘なのか窪んでいますが石材見られず。中には山道で墳丘が真っ二つになっているのもありましたが石材は全く見られず。木棺直葬だったんでしょうか。

扇八幡南古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、22年12月再訪

5基、3基確認
(2022年)
その1
扇八幡墳頂から見た墳丘、手前が外堤


外堤に接していててっきり陪墳と思ったが九州の古墳では陪墳は殆どないそうです


南側開口部はすっかり藪になっていた


羨道は基部しか残っていない、右側の白い石は大理石?


開口部、01年当時より狭くなっていた


石室内部、奥壁は左右に石を並べる


左側壁


右側壁


その2
すぐ南側にその2とその3


はっきりした墳丘


耕作の為か少し削られている


一部石材が露出、横穴だろうが元の形状は分からず


その3
ほぼ同規模の墳丘


左や反対側が少し削られている


石材露出


反対側にも石材、まず横穴でしょうね


(2001年)
(プリントをスマホでデジタルスキャン)
その1
開口部


奥壁、デジタルスキャンだと時々変にカットされる


奥から外、両袖式


その2
墳丘



見学記
扇八幡古墳南側に3基の古墳があります(資料では5基)、以前は陪墳としていましたが資料では扇八幡南古墳群となっています。九州の古墳には陪冢が極端に少ないそうで(佐賀県船塚古墳など)ここはその極端に少ない例か、それとも別の古墳群か。扇八幡古墳外堤すぐ外側にある古墳で石室開口、前部が破壊されていますが後部が残っています。中に入るのは困難と思ったが前回は入っていた。盗掘部分に白い石がありひょっとして大理石か、大理石で出来た石室なら凄いけどこれ1個きりでした。他の2基は割りと背の高い墳丘が残っています、僅かに石材が露出、どちらも横穴石室かもしれません。以前の見学記では2基と書いているけど1基は見逃したか、当時は藪だったのかな。
(追記)後日再訪するもこの3基以外明瞭な墳丘はなかった。

扇八幡古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、22年12月再訪

前方後円墳、TL59,R35,RH7,FW41,FH7、6C前半
位置:33°41′46″N,130°54′24″E(日本測地系)
   33.6993994,130.90429393(世界測地系)
(2022年)
神社背後に墳丘、地形的にはここが最高所


前方部周溝と外堤


東側周溝と外堤(前方部側から)


前方部東北隅の突出部


前方部正面、直線的で2段築成なのがわかる


前方部北西隅


西側周溝と外堤(前方部側から)


前方部隅から後円部


後円部西側から前方部


後円部正面、なんとか2段とわかるかな


後円部南端から西側、周溝と外堤


後円部南東から


東側周溝と外堤(南側から)


後円部東側から前方部


前方部東北隅、やはり突出しているように見える


更に近寄って、当時のか後世のか


突出部上から


前方部から後円部、樹木が生えていて見通しがきかない


後円部から前方部


後円部から見下ろした外堤、後円部側は周溝幅が前方部側より狭い、01年_3と同じアングル


後円部外包外側に別区があるというので後日訪問、上記のすぐ西側です


確かにこの部分だけ広くなっている、西側から


墳丘西側、スマホでパノラマ撮影


(2001年)
(プリントをスマホでデジタルスキャン)
後円部西から


後円部正面


墳頂から見た外堤


後円部西側から前方部


後円部と外堤、フィルム時代とは言え5枚しか撮ってないし後円部ばかりだ


見学記
(2022年)
勝山箕田、扇八幡神社社殿背後にある前方後円墳です。この南北に別の古墳群があると知って序でにここも訪問、21年ぶりでした。前回は01年だからまだフィルム時代のことか、もう少し撮って入るだろうけど2枚しかアップしていない。もう当時のことはすっかり忘れていて来てみると墳丘や外堤が良好に残っているのに驚きました。植生も殆ど変わりなく適度に伐採管理されているのかもしれません。墳丘も殆ど盗掘跡がなく良好に保たれています。後円部前方部とも背が高く横穴石室の可能性があるかな、だとすると未盗掘かもと期待が高まります。前方部北東角に突き出た部分がある、一見造出のように見えるけどこんな位置の造出は見たこと無い、でも当時のもののようにも見える。逆に説明板に後円部正面外堤に四角い張り出し、と書かれているがよく確認できなかった、ただ前回の写真で同じ場所を撮っているのがありましたが確かに別区のようなのが見えています。付近の道路に案内板あり、社殿近くまで車で入って行けて駐車場有り。

(2001年)
町役場西方1.4km、丘陵上にある全長59m、6C前半の前方後円墳です。前方部の発達史が墳形で周囲の外堤と共に保存状態は極めて良好です。後円部正面の外堤には四角い張り出し部も明瞭に残っています。西側に陪墳が2基あり1基で小型の石室が開口しています。墳丘は竹の子だらけで石室内部まで竹の子が顔を出していた。県史跡。

永敬寺裏古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年1月訪問

4基
その1
33°42′22″N,130°55′14″E(日本測地系)
33.70939836,130.91818132(世界測地系)
お寺裏に大きな墳丘、南西から


東側から、この付近の古墳群でもトップクラスの大きさ


北東から、2段築成?


北から、周囲が少し削られている


南側に巨石露出、僅かに隙間


内部は埋没、まぐさ石が見えているか


墳頂にも石材、墳丘の高さを考えると石室天井とは思えない


その2
その1南側藪の中に高まりが見えている


南に廻ってみると墳丘のようです


石材露出、開口部は見当たらず


その3
50m程東の林の中にも墳丘


南側が大きく抉られている


石材は全く見当たらず


直ぐ側の墓地に怪しき石材


反対側から、墳丘はよく残る


その4
すぐ東側にも同規模の墳丘、こちらは柵の中


墳丘はよく残るも


やはり抉られた跡があり石材見当たらず


背後から、わざわざ柵内に入る必要もなし


(見学記)
みやこ町勝山黒田、名前の通りお寺裏の丘陵に4基からなる古墳群です。お寺からも行けますが西側に一番大きな墳丘があるので西から接近、細い道を登っていくと果樹園手前左側に大きな墳丘があります。南側に巨石露出、僅かな隙間がありますが内部は埋没していました。すぐ南側に小さな墳丘、こちらも石材が僅かに露出している程度です。東側50m程のとこに2基の墳丘、これもそこそこの規模ですが頂部が大きく盗掘されていますが石材全く見られず。側に代々の住職さんのお墓がありその中に墓石じゃなく記念碑のような大きな石材があり一部で矢穴の跡もありひょっとしたら石室石材が使われているのかもしれません。しかしこの地域石室もだけど墳丘も残り具合がいいのが多いな。専門の職能集団がいたんでしょうか。お寺に駐車場有り。

新池西南古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年1月訪問

(仮称西支群)
その5
33°42′24″N,130°55′05″E(日本測地系)
33.70995379,130.91568154(世界測地系)
その3から尾根筋を登っていく途中にある、この辺りの古墳群でこのようにポツンと立地しているのが少数派


下方の石組み、外護列石風?


南側に開口


カメラを突っ込んで撮影、意外と良好


単室か、石組みはよく残っている、右上は赤色顔料?、全体に残ってないのが不思議


奥から外、左と右で袖石が随分違う


まぐさ石や天井石も赤く染まる


まぐさ石の隙間から内部撮影


その6
33°42′25″N,130°55′02″E(日本測地系)
33.7102315,130.91484828(世界測地系)
尾根筋頂部平坦面に墳丘、こんな高い場所にしては大きな墳丘


南側が大きく抉られている


左右の石が側壁か


_1と反対側から


その7
その8に行こうとしてこの石材に気がつく


目立つ石はこれくらいしか無いけどどう見ても袖石


ただ前後で少しずれている


玄室部分は窪み側壁が僅かに残るのみ


これが天井石か


後方にその6、こちらに墳丘があっても接していると言うほどではないか


その8
急斜面際に巨石と僅かな高まり、自然石の露出かと思いましたが


反対側に回ると石室でした


羨道は壊失、小型ながら天井は1枚か


正面から、右も側壁で無いかもしれない


奥壁、現状ではあまり奥行きはなく1.5m程度


右側壁、一応中に入れる


左側壁


少し離れて撮影、前は急傾斜で石室はあまり伸ばせそうにない


(仮称東支群)
その1
動物避柵の向こうに墳丘、この側から中に入れます


丘陵麓辺りに立地


斜面をカットした墳丘


横から、開口部は全く見当たらず


その2墳頂から、説明板のようなものは古墳とは全く無関係


その2
33°42′23″N,130°55′08″E(日本測地系)
33.70967606,130.9165148(世界測地系)
その1から見たその2


開口するならこっちの方だが全く見当たらず


背後から、墳丘が赤っぽく見えているのは楓の枯葉、落葉直後だったらさぞかし見事だったでしょう


墳頂に開口部、柵は落下防止のためでしょう


奥壁上部が開口


玄室が良好に残っています


袖石は板石状で左右ほぼ対称、まぐさ石もかなり加工されこの辺りの石室とはやや異なる


右側、背は高そうです


左側


その3
北西側やや離れた場所に立地


南側に開口、この程度なら入れると思ったが


内部は殆ど埋没


その4から見た墳丘


墳丘背後から


背後は大きくカットされ広い平坦面になっている


左がその4、右がその3


斜面カットの様子、右が尾根斜面、左が墳丘


その4
33°42′25″N,130°55′07″E(日本測地系)
33.71023155,130.91623703(世界測地系)
その3下方にその4


こちらから見るとあまり明瞭な境目はない


南側に開口


しゃがめば悠々と入れる


短い羨道、奥に前室後室が見えている


前室からして大きい


狭く高い天井、前室でここまで本格的なのも珍しい


後室玄門、両袖とも2段積み


巨石を積んだ後室、奥壁下部は左右2枚並べる


後室🔦


〃縦位置、更に背が高く


後室天井🔦


奥から外


奥から外🔦、ホワイトバランスの関係でちょっと変わった写真になりました


〃縦位置🔦


玄門上部


狭い天井、主軸方向に長い


前室奥から


〃🔦


奥から撮ると天井の高さが強調される


前室天井🔦


墳丘背後から


背後は広い周溝状平坦面になっている


削り残した地形がまるで外堤のよう


_23を撮った辺りからの墳丘


(西支群を見た後その1周辺を探したので番号が飛んでいます)
その9
天井石露出、墳丘の高まりは確認できず


隙間があるが内部埋没


その10
その1側の斜面に石材、背後がその1


まず石室天井石でしょう


(見学記)
永敬寺裏古墳群の新池を挟んだ西側丘陵上にある古墳群です。西南と名がついているけどほぼ西側、資料には4基以上1基消滅とありますが10基程見つかりました、入室できるのは2基、天井開口1基でしたがなかなか個性的な石室を持つ古墳群でした。東側に獣避け柵から入っていくと目の前に大きな墳丘、これは開口していません。すぐ北側にも大きな墳丘、この地域の傾向として南側に開口することが多い、なので未開口かなと思いましたが墳頂に登ってみると天井部が開口、鉄柵がありますがこれは転落防止の為でしょう。中を見ると両袖式の玄門が見えています、背の高い玄室のようです、奥壁はさすがに怖くて撮れなかった。カエデの落ち葉が積もって赤く染まった墳丘はとても綺麗でした。この裾辺りに2基あります、殆ど高まりはなく石材が露出程度、多分古墳。北西50m程辺り、短い尾根に2基の墳丘があります。上側の墳丘が大きく南側に開口、これは入れると思ったが中を覗くとすっかり埋没していました。すぐ下にやや小さな墳丘、こちらも南側に開口して入れます。複室石室ですが前室後室とも天井が高い、複室なら普通ですが天井が狭い、特に前室の天井の狭さはあまり見たことがありません。2基とも背後の斜面をカットして広い平坦面を造っています。更に下側のは尾根をまるで外堤のように残していました。同じような構造は小堤池北古墳群でも見られました。更に西に登っていくと途中に古墳、南側に開口していますが玄室は狭く単室かな。更に登っていくと尾根頂部辺りに大きな墳丘、頂部が盗掘され石室も大きく破壊、何とか輪郭が分かる程度です。南西側斜面際に高まりがある、古墳かなと近づいてみるとその手前にも2個の石、これはどう見ても玄門袖石じゃないか、そう思ってみると玄室らしい石組みもありました、1.5×1m程度の小型石室です、子供のなのかな。墳丘の脇に小さな石室を持つ古墳が付随するのは岡山県総社市峠1号や熊本県山鹿市黄金塚古墳等の例がありますがこれもそうでしょうか。最初に目についた高まりはやはり古墳で石室開口、でも後部しか残っていません。幅は1.5mくらいありますが長さが短い、前は急斜面なので元々長くはなかったよう。すぐ北側には平坦面があるのになんでこんな場所に造ったのかな。

浄古庵古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年1月訪問

(仮称東支群)
その1
    33°42′14″N,130°55′08″E(日本測地系)
    33.70717637,130.91651488(世界測地系)
ほぼ麓にある墳丘


南側に巨石露出するも石室埋没


上に上がると天井部の開口部がありました


どうやら前室のようでした、この辺りでよく見かける丸みを帯びたまぐさ石


前室から見た後室


1枚石の奥壁、奥行きがなくアングルがとれない


奥から外、外側とはまぐさ石の印象がまるで違う


1枚石の天井に不思議な模様、装飾ではないし落書きでもなさそうだしなんだろう


前室奥から、羨道殆ど埋没、左上の隙間から入りました


東側から見た墳丘


その2
古墳なのか丘の削り残しなのか、左の道を登ると上の墓地に至る


石材は全く見当たらず


東から、後方にその1


その3
上の墓地手前に大きな墳丘


南側が浅く掘られて期待薄かと思ったけど


墳頂部で天井開口、でも全く入れず


奥壁、背が高い、下部だけやや大きめの腰石、上は小型


右側壁、こちらも小型石材、むしろ上部の方がやや大きめ


左側壁、こちらも同様


玄門、羨道は埋没、明瞭な袖石がない、左角上部で斜めに石材が架けられている


奥壁上部角も斜めに架けられている


墓地から見た墳丘、傾斜変換点辺りに立地


その4
    33°42′18″N,130°55′09″E(日本測地系)
    33.70828735,130.91679259(世界測地系)
その3から墓地を隔てた東側にその4


全体に太い竹に覆われる


南側が浅く窪む、墳頂も開口部無し、あまり期待できないと思ったのですが


東側が大きく抉られている


奥の方に開口部


狭いけど入るに問題なし


中に入るとそこには驚愕の世界、この辺りではあまり見かけない背の高い玄室


〃縦位置、石材そのものは全体に小型、ここもその3と同様上の方が石材が大きい


玄門には閉塞石がそのまま残存、西向きの石室というのもこの辺りでは殆どない


縦長の狭い天井


奥壁上部が開口していました、ここも左右で斜めに石材が架けられている


〃ストロボ撮影


〃縦位置、最小限の破壊、丁度いい位置に開口している


その5
東側にも同規模の墳丘


その4より周囲の立ち上がりが強いか


北側から、左側は急斜面


下方から


周囲をグルッと周り墳頂に登るも開口部無し、ひょっとして未盗掘か(期待)


その6
その5から見た墳丘


高まりはハッキリしているが石材見られず


その7
低くなった墳丘


南側が削られ上に現代の祠


石室正面の構造はよく残っている、参道にするには天井石は邪魔だったろうに


祠背後に残っているのは奥壁か天井石か


(仮称西支群)
その8
その3の西側獣避け柵の向こうに良好な墳丘、これは行かなくては、結果的に入れる石室は無かったけど


これだけでなくこの付近の古墳群は良好な墳丘が残っているのが多い


南側、浅く掘られているような


いかにも加工した石材転落、まず石室石材でしょう


北側から


上方から


その9
    33°42′18″N,130°55′04″E(日本測地系)
    33.70828732,130.91540383(世界測地系)
すぐ上にも良好な墳丘


南側に隙間開口


複室石室が良好に残っている


上方から


左は墳丘、右は尾根筋斜面、カットした跡が明瞭に残る


その10
尾根筋をどんどん登っていきます、またまた良好な墳丘


墳頂辺り


上から


アングルを変えて


その11
大きさはあるが低い墳丘、左後方がその10か


上方から


その12
    33°42′20″N,130°55′02″E(日本測地系)
    33.70884279,130.91484831(世界測地系)
これもそれ程高さのない墳丘


上方から


南側に石材露出、羨道入り口っぽい


石室は良好に残っているようです、単室かな


その13
尾根筋一番上にあった墳丘


傾斜がきつい場所に立地


下方に小型石材露出、転落かな


_1と反対側


南側、こちらも僅かに石材


その14
その13下方斜面にはっきりした墳丘


下方から、石材見られず


墳頂に石材、側壁かな


上方から


その15
更に下方に僅かな高まり


期待してなかったらはっきり石室と分かるのが露出


でも埋まってます


隙間から撮影、奥壁が何とか見えている


その16
その8まで戻ってきたら北側に小さな墳丘があった


わかりにくいですが周りを周溝が巡っています、前が急斜面なので3/4くらい巡っている


東側から、ここは比較的平坦な場所


墳丘背後の周溝


反対側から、斜面カットした周溝というのは見かけますが、群集墳でこんな周溝はあまり見たことがない


(見学記)
二又池の北側丘陵上にある古墳群、11基だそうですが16基見つけました、多分まだそれ以上ある。南側から登っていくとお墓の手前に藪に包まれた墳丘、南側裾に巨石露出、上の藪が窪んでいるので開口しているかなと登ってみると案の定でした。狭いけど中に入ってみると前室天井部が開口していたようです。玄門も埋まり加減で狭いけど勢いで入る、前室後室とも天井は1枚ですがどちらも低い、玄室天井を撮った写真に何か模様のようなのが写っているが何だろ、壁画じゃないことは確か。道を挟んだ東側にも墳丘のような高まり、かなり周囲を削られているが石材は全く見られず。古墳では無いような気もするが気になって撮影。更に登っていくと墓地がありその手前に墳丘、これも南側はなにもないので未開口かと思いましたが墳頂に登ってみると天井が抜かれて開口していました。複室の多いこちらではあまり見かけない縦に長い石室、この後東側で見た石室と同タイプの石室かもしれません。直ぐ側に縦長の石材を使った記念碑があるがひょっとしたら天井石を使っているかもです。墓地の東側にも4基の古墳があり2基で大きな墳丘が残っています。墓地すぐ東側のはやはり南に開口せず墳頂も何もなし、未開口かと思ったら東側が大きく削られ開口していました。入ってみるとそこは奥壁でした。小型石材を使ったドーム状の長い玄室しかも天井が極端に狭く細長いこの地域では殆ど見たことのない玄室でした。しかも主軸が東西方向とこれまた少ない。更に特筆すべきは玄門に板状の閉塞石(扉石かも)がそっくり残っていることです。大型礫を使った閉塞石はよく見かけますがこのようなのはあまり見かけません。防府市柴山3号で見たことあるけどあれは2枚だったしな。すぐ南側にも良好な墳丘、これも当然石室が予想されますが周囲をグルっと回っても墳頂に登っても何もなし、盗掘されたような跡も見当たらずひょっとして未盗掘かと期待。更に北側に行くと獣避け柵があって目の前に墳丘、これは入っていかなくちゃだけどこの後は古墳はあったけどせいぜい隙間開口ばかり、入れるようなのはありませんでした。傾斜が更にきつくなる辺りまで登ったけどその先はもうなさそう、北側尾根にもあるようですが深い谷を越えなくちゃいけないしもう良好な石室はないだろ(期待)と思ってここで終了しました。結果的には入室できたのは2基だけだったけどなかなか面白い古墳群でした。しかし二又池周辺は東、南、西古墳(群)があるのでここも二又池北古墳群でもよさそうなのになぜか浄古庵古墳群、字名でもなさそうだしお寺か何かがあったかな。

二又池西古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年2月訪問、4月再訪

A支群
その1
B1から斜面を登っていくと最初に出会う、天井石を失った石室露出


横から


正面から、木の根っこが邪魔をしている


側壁


奥壁


その2
 位置:33°42′17″N,130°54′59″E(日本測地系)
    33.70800955,130.91401508(世界測地系)
斜面に僅かな高まり、あまり期待できなかったけど


下側に廻ると開口していた


玄室は良好に残る


奥壁下部が変わった組み合わせ


〃縦位置


天井は高くはないが1枚石


奥から外、袖石は明瞭ではない


B支群
その1
 位置:33°42′15″N,130°55′03″E(日本測地系)
    33.70745408,130.91512611(世界測地系)
丘陵麓辺りの尾根先端に構築、実際はこれを最初に訪問


丸い墳丘が良好に残る、右側に巨石露出


巨大な天井石、激狭開口


上部が開口しているので入室不可


石室内部、側壁かな


これが奥壁でしょうか


上の方


最上部は狭まっている


_2と反対側から、周囲に小古墳があるようだが全く分からず


C支群
その1
 位置:33°42′16″N,130°54′59″E(日本測地系)
    33.7077318,130.91401509(世界測地系)
A2から谷筋を超えた隣の尾根に良好な墳丘


尾根筋上方から


これも天井部が開口


奥壁上部、ここも狭まっている


反対側、玄門が何とか見えている


離れて見ると本当に墳丘はよく残っているんですけどね


その2
C1下方に墳丘、石材全く見られず


その3
 位置:33°42′18″N,130°54′57″E(日本測地系)
    33.70828728,130.91345957(世界測地系)
C1よりかなり上に墳丘


これも墳丘良好


巨石天井石露出も開口部見当たらず


D支群(ABC支群南側尾根筋)
その1
位置:33°42′15″N,130°54′56″E(日本測地系)
   33.70745404,130.91318184(世界測地系)
尾根筋先端に構築


南側、少し削られている


動物穴?、左右の掘り方は人工的


尾根上方から


墳頂に石材、位置からして奥壁か


尾根下側斜面から、右がD1、左がD2


その2
すぐ西側にその2、石室石材散乱?


石室材としても大幅に動かされている


南側に廻ると小型石材


ほぼ南側、開口部か


隙間開口


カメラを突っ込んで撮影、右が天井石か


奥の方も土砂が流入している


尾根上側から


左D2、右奥D1


その3
更に西側に墳丘、どれも同じ規模


南側に浅く掘られた跡がある


山側から、ここから西側は平坦になる


その4
平坦面に天井石露出、尾根ごと平坦にされたか


下に側壁があるのでこれはもう石室、方向からしてこちらが奥壁側


山側から見た天井石、後方にD4


正面側から、天井石は3枚程度


更に後方から見ると墳丘が残っている


その5
更に西側に僅かな高まり


背後側に天井石露出


反対側に廻ると石室開口


正面から、内部完全埋没


更に下がって撮影、急斜面です


その6
D2下方斜面に大きな墳丘、ここではこれだけ斜面に構築


東側から


規模は1-3と変わり無し


背後斜面を大きくカット


南側に石材露出も開口せず


左が1-6がある尾根、右側急傾斜の尾根をカットしている


1-6のある尾根を上から


その7
位置:33°42′15″N,130°54′54″E(日本測地系)
   33.70745403,130.91262633(世界測地系)
更に上の方に登っていった斜面に墳丘


小型石材散乱


天井石か


左側のが側壁なら右のはまぐさ石か


上方から


その8
上にも穏やかな墳丘


上方から、石材見当たらず


巨石が露出していた、天井石か


側方から


その9
墳頂部が凹んだ墳丘、この辺りに3基集中


石材露出、外護列石?


横穴石室のようだが内部埋没


その10
D1から下っていく途中で見つけた墳丘


石材露出、天井石か


下方から、開口部見当たらず


その11
位置:33°42′14″N,130°55′00″E(日本測地系)
   33.70717632,130.91429286(世界測地系)
更に下って麓近くに墳丘


墳丘は殆ど削平、天井石露出


正面から、隙間がある


内部は意外と良好だった、複室前室のようです、この古墳群の中で一番立派だったかも


左側


右側


更に奥にも隙間


後室も良好、1枚石の奥壁


左側


右側、コーナー上部で石材が斜めに架けられている


(見学記)
(A,B支群)
小堤池北古墳群の北側に二又池西古墳群があります、もうこの辺りは底なし状態、この辺りだけじゃなくみやこ町、行橋市、苅田町が底なし状態だけど。この古墳群もA-D支群に分かれているようですがこの日は時間が無いので数が少なそうなA・B支群だけ訪問、B支群は尾根先端に大きな墳丘、墳頂部に隙間開口、内部がなんとか見えるだけ。この周りに小古墳が幾つかあるようですがとてもそのようなのは見えず。西側斜面がA支群、2基見つけただけ、南側谷越しに墳丘が見えましたが近寄ると更にあることが予想されもう時間がないので断念しました、後日再訪。
(C,D支群)
後日再訪、C,D合わせて11基程見つけました。墳丘の残り具合はいいのもあるんですが隙間開口が幾つかあるだけで入室できるような古墳はありませんでした。尾根筋一番下で見つけたその11が天井石が露出、内部は複室石室が一番状態よく残っていましたが開口部が狭くて入るのは断念しました。
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