城山古墳群

佐賀県神埼市(旧神埼町)2014年3月訪問

3基残存(番号は仮)

1号
複室石室、前室長1.8,幅1.8m、後室長2.2,幅2.2m(測定値)
位置:33°20′09″N 130°21′28″E

墓地の奥にあるが樹木に覆われて分かりにくい


横から見ると割と墳丘が残る


石室前で羨道天井石がずり落ちている


開口部、複室でここは前室玄門


前室(縦位置)


後室、あまり奥行きはない、奥壁基部に巨石を据える


〃縦位置、ドーム状それ程高くはない


狭い天井、天井石は1枚


奥から外、袖石を立てた両袖式


前室奥から、袖石が後室のより不揃い


墓地にあった石材、石室の石材でしょうか、円文(画像右下に拡大)があるけどさてどうでしょう


2号
天井部が露出した石室、かなり破壊


石室内部、左が奥壁かな


3号
お寺の背後にある


上部を失った石室露出、石材は大型


見学記
神埼市神埼町城原、日の隈公園北方にある種福寺周辺にあり3基見学可能ですが良好なのは1基のみです。寺西側に墓地がありその中にあるのが1号(数字は全て仮)、南に開口する複室石室ですが羨道は壊失天井石が倒れている(墓地内にも天井石らしきものあり)。前室後室は完存、前室は1.8m四方と結構大きい。後室はそれより一回り大きい程度の2.2m四方、奥壁は2段積み天井はそれ程高くはないがドーム状天井石は1枚です。内部に畳藁がしかれているのが残念。墓地の中に石室石材かなと思われるのが立てられていて線刻円文がありました。古墳時代のものかどうかは不明ですがこの円文しかないというのがいかにも怪しい、でも単純な線刻だと時代判定が殆ど不可能ですね。その東側に2号、石室後部が露出内部も前部は埋没後部が僅かに見える程度です。寺背後の斜面にあるのが3号、天井を失った石室後部が残存していますがかなりの巨石です。石の祠が2基置かれています。寺駐車場あり。
墓地はかなり古いようで江戸初期の年号が入った墓石も有りました。時代とともに墓石の形も変遷しているのがわかって墓石ファン(いるのかな、いるだろうな)には面白いかもね。

伊勢塚古墳

佐賀県神埼市(旧神埼町)2002年4月訪問、14年3月再訪

前方後円墳、TL78,R36,RH7,FW28、6C中
装飾横穴石室、全長16.7m,玄室長3.8,幅3.2,高4m
位置:33°20′36″N 130°23′00″E

(14年)
一見二段築成の円墳に見えるが後円部


長い羨道、左右の側壁は巨石、多分薄いのだろう左側壁が少しせり出している


背の高い玄室、奥壁は基部に鏡石を据える


狭い天井、天井石は1枚


奥から外、袖石を立てた両袖式、まぐさ石はそのまま羨道天井石になっている


袖部左側、袖石は薄い板石のようだ、側壁基部の石がすこぶる巨石、奥壁鏡石よりずっと大きい


反対側、こちらの袖石も板状だが大分厚い、こちらの側壁基部も巨石


羨道奥から


(02年)
後円部西側、かなり削られている


石室正面、羨道途中に柵がある


羨道、玄門


背の高い玄室、赤い円文があるそうだが全く分からない


奥から外


墳丘図(説明板より)、くびれ部が県道で切断されている


(見学記)

県道31号を西に行って東背振村から神埼町に入ってすぐ右側に大きな墳丘が見えてきます。これだこれだと思い墳丘を越えていったら何のことはない西側に入り口があった。円墳が良好に残っているなと思ったけど説明板によれば全長78mの前方後円墳でくびれ部が県道で切断されているとのこと、二度びっくり。西向きに石室が開口、墳丘が削られているので羨道も少しは短くなっているかもしれないがそれでも割と良好に残っています。羨道も立って歩けるほどの大きさ、途中に柵がありますが玄室には内部照明がついています。奥壁に赤い円文があるそうだが全く確認できなかった。帰り際に県道の反対側に行ってみると前方部の端が確かに残っていました。説明がないとここが古墳だとは全く分からなかったでしょうが。県史跡。
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