東尾大塚古墳

佐賀県みやき町(旧北茂安町)2014年3月訪問

円墳、R24-25,H4.3、5C中~後半
横穴式石室
位置:33°19′44″N 130°27′29″E

南北に伸びる低平な丘陵上に立地


大きさの割に背の低い墳丘、上に桜の古木


北西側に小石室がある(石碑足元辺り)


玄室天井部露出、短い羨道があるが埋まっているようだ


ほぼ方形の玄室、小型ながら奥壁1枚石、奥壁手前に石材がある


左側壁はほぼ1枚石


右側壁も1枚石、石室自体が小さいので見た目程巨石ではない


見学記
みやき町東尾、北茂安中学校南西300m辺り、やっと見つけた東尾大塚、場所が分かりづらい上に道も狭く古墳近くは未舗装の道路です。背振山山系から南に伸びた低い台地上に立地、墳丘も良好に残っていて現状径24m高4.3m。墳丘西側に偏った辺りに只字式石室(説明板のママ)、言わんとすることは分かるけどあまり使われないような語句は使ってほしくないな。北西に開口していて石室自体もかなり小型奥壁や側壁は積み重ねがなく1枚仕様です。説明板によれば三角縁倣製鏡(神獣鏡とは書いていない)や短甲等が出ているそうで(多分この石室ではないだろ)5世紀の古墳だろうけど石室自体は7世紀仕様な様相、石室の位置自体も中心から大きくずれていることを考えると古い墳丘を再利用して新しい石室を造った可能性は考えられないかな。奈良のホケノ山古墳でもそういう例があるしね。一応古墳側まで入っていける。町史跡。

山田古墳群

佐賀県みやき町(旧中原町)2013年3月訪問

40基、現存12基(更に2基減ったかも)

(全て仮番号、横穴式石室)

1号
位置:33°21′58″N130°26′29″E

県道からの遠望、左が1号右2号開口部、2号は破壊されたようです


道路際に開口、羨道はかなり壊失


前室


石仏が祀られている、他の石室も同様、奥壁側壁基部も巨石


ドーム状だがそれ程背は高くない


奥から外、両袖式、奥行きが無いので下がれない


左袖部


右袖部


前室奥から


前室左側自然光で、袖石に叩き窪め技法による同心円紋が見える


〃右側、どちらも基部が大型石材


2号
開口部から石室内部、前が崖で開口部が撮れない


前室後室袖石


やや小さめな後室


はっきりしたドーム状


奥から外、両袖式、袖石はまぐさ石まで達せず


左袖部


右袖部


前室奥から


3号
竹林の中にある、側壁がかなり露出


開口部、前部壊失


開口部から石室内部


他と比べて奥行きのある玄室


中央部天井が高くなる、奥行きがあるのでドーム状という感じはない


左側壁、基部に大型石材


右側も同様


奥から外、左袖がはっきりしないが両袖式かな


4号
かなり破壊された小型石室露出、玄門辺りでしょうか


側壁


5号
墳丘は良好に残るが太い竹林で撮りにくい


開口部


複室石室でここは羨道


前室、側壁はそれ程引っ込んでいない


後室、他でも見られる三角形の鏡石


天井はドーム状


巨石を据えた左側壁


右も同様


奥から外、両袖式、しきみ石はないのか埋まっているのか


右袖部


左袖部


前室奥から


6号
左が開口部だが埋没


側壁露出、隙間から覗ける


正面が側壁、右が三角形の奥壁鏡石、石積みがあるからここも石仏が祀られていたようだ


(見学記)
みやき町簑原、県道136号を北上高速下をくぐって1km程山田水辺公園がありその東側集落の背後にあります。6基確認その内4基で入室可だけどどれも石仏が祀られています。行ってみるとまず目につくのが道路北側に開口した1号(番号は全て仮称)。羨道は壊失するも前室後室完存の複室石室、後室は側壁基部に巨石を据え上を持ち送りにしたドーム状ですがそれ程背は高くありません。奥壁は鏡石らしい巨石を据えていますが石仏を祀るため下部が積み石で隠れています。2号は道路向かい側入るのが少し面倒ですがここも複室石室ですが1号よりやや小型です。鏡石も下に隠れて見えないほど小さくなっている。更に東側竹林の中に3-6号がある。3号は前部が破壊されているかもしれませんが玄室に入ると他と違って奥行きがあり天井も高くなく単室のようです。奥壁には鏡石らしい三角形の巨石を使用。左側壁がかなり露出していて状態が良くない。4号は小型の石室の奥辺りがトンネル状に残っているだけ。5号も複室石室で良好、後室は側壁基部は巨石ですが奥壁鏡石は三角形だが大分小型化している。6号は開口部埋没側壁の隙間からデジカメを突っ込んで撮影しましたが内部も大分埋まっているようです。奥壁前に崩れた石積みがありここもかっては石仏があったようです。今は入るのは無理ですが以前は入れたのかな。
ここは場所がはっきり分からず偶々行った水辺公園で作業している近所の方に聞いて教えて貰いました。でも最初は古墳と聞いても分からず古墳はないけど塚ならあるよと言われてしまった(汗)。更には吉野ヶ里遺跡じゃないととも、有名遺跡がすぐ近くにあるとこういう言われ方をすることがあります。この方達はこの後すぐいなくなったのでちょうどいいタイミングで来たみたいです。教えて貰わなければもっと時間を食ったかもね。公園に駐車場がありますが古墳のすぐ側にも車で行ってもOKです。

高柳大塚古墳

佐賀県みやき町(旧中原町)2008年1月訪問

前方後円墳、TL28,R17,RH6,FW10.5、6C後半
複室横穴岸石室、全長10.2m、前室長3.6,幅1.8,玄室長3.7,幅3.76,高2.5m
位置:33°21′16″N 130°25′57″E

西側から見た墳丘、前方部は復元


石室はくびれ部近くに開口


石室正面


前室からして大きい


巨石を使った玄室


袖石と左側壁


玄室と前室の右側壁


奥から外


(見学記)

原古賀高柳、長崎自動車道脇にあり下を通る県道31号から墳丘が見えています。弁当の看板のある辺りから北に折れて道なりに進んでいくとたどり着くことができます。全長30mの小型の前方後円墳、墳丘は良好のようだけど説明板の発掘時の写真を見ると前方部は復元かも知れません。後円部真南くびれ部に近い辺りに大きな石室開口、複室石室で羨門まで良好に残っているようです。石室は大型の石材が使われ特に玄室は奥壁側壁とも巨石を据えその上に小型の石を積み重ねています。玄室前室床面には一面に敷石が敷かれている。石材は花崗岩、佐賀県ではこれを使った石室が多かったですね。ベンチがあるから一応公園なんだろうけど公園と聞いても分からないだろうな(私の経験より)。駐車スペースあり。県史跡。

宝満神社古墳

佐賀県みやき町(旧中原町)2008年1月訪問

前方後円墳、R36,RH7
位置:33°19′22″N 130°26′28″E

前方部は神社で消滅、後円部は良好に残る


後円部東南にある石組み


2基の横穴石室だろうか


2m程度の小型横穴石室


(見学記)

中津隈、宝満神社境内にある前方後円墳ですが社殿で前方部消滅、径36m、高さ7mの後円部は良好に残っています。社殿の脇に石組みが露出、一方は小型石室と言うか箱式石棺風、もう一つは奥壁らしいのが立っています。両者はかなり接近しているので一つの墳丘にあったのでしょうか。神社駐車場有り。

姫方前方後円墳

佐賀県みやき町(旧中原町)2008年1月訪問

前方後円墳、TL40(現存長34m)
位置:33°20′41″N 130°27′02″E

前方部から後円部、細長い墳形が残る


後円部から前方部、住宅で右手が削られる


大きく削られた後円部


(見学記)

中原中学校北側正門から入っていくと左手にあります。現存長34mの前方後円墳だけど細長い高まりが残っているだけ。後円部頂に盗掘跡があり複室石室も破壊されているとのこと。県史跡。
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