黒添夫婦塚古墳

福岡県苅田町 2022年3月訪問

 前方後円墳、TL40程、4C前半~中
 位置:33°44′31″N 130°55′42″E (日本測地系)
    33.74522824 130.92595699(世界測地系)

林の中に背の高い墳丘が残る、前方部は東向きなのでこれは後円部


前方部隅から後円部、墳丘は急傾斜で立ち上がる


北側から、右が後円部、背の高い様子が分かるけどこれで4C?


後円部脇から前方部


前方部斜面から後円部


前方部から後円部


後円部から前方部、右側白く見えているのはもう行橋市


(見学記)
苅田町黒添、低い丘陵上にある全長40m程の前方後円墳です。以前北側の貴船神社にある双室墳の前方後円墳を黒添夫婦塚古墳としていましたがそこは地名が法正寺で黒添とは違う、どうやらあちらは法正寺貴舟古墳のようでした。なので本物の夫婦塚を訪問してみました。「前方後円墳集成」の地図にピッタリの位置にありました(あの地図は時々間違えることもある)。墳丘の保存状況はよさそうですがどちらが後円部か前方部が分かりにくい、西側が後円部でしょうか。見てすぐ気がつくのは墳丘がすごく立ち上がっていること、全周どこも急傾斜です、周りの様子からして周囲が削られたとも思えず元々このような状態だったんでしょうか、よく崩れずに残ったなと思うレベルです。上にあがっても平田面はあまりなく横穴石室が想像されますが入り口らしい場所は全く見当たりません。軽自動車ならば西側の墓地に駐車スペースあり。
(追記)以前は6C中の古墳と言われていましたが4C前半~中の古墳だとのことです、横穴石室はなさそう。

黒添古墳群(仮称北支群)

福岡県苅田町 2021年3月訪問

南支群、北支群で横穴石室墳70基以上確認(見学順)

その31~37その38~43その44~47その48~53その54~59,64

その31
 位置:33°44′42″N 130°55′17″E (日本測地系)
    33.74828335 130.91901303(世界測地系)
林道脇に窪んだ場所がありました


細長い石室のようです、向こうは急斜面


右側が開口部?


だとすると山側に開口でちょっと疑問


その32
31の林道反対側斜面上に石室らしきものが見えたので登ってみたら確かに石室でした、半信半疑だったから下からの写真を撮ってない


背後から、天井石1枚残存


斜め後方から、画面左上に林道が見えている


まず単室でしょうね


変わった形の奥壁、後部が持ち送り状


その33
32直ぐ側にも石材露出、林道すぐ上


林道で少し破壊されているかも


間違いなく石室


内部は殆ど埋没、右側は袖石?


その34
やっとまともな石室に出会った


幅広い開口部、天井石が板状


良好な石室、これも単室


奥壁はほぼ1枚石


奥から外、まぐさ石もないし無袖かな


奥から左、埋め込まれたような袖石がある


右側も同様


その35
墳丘は割とあるが左側に石材露出


天井石がずれて開口


石室後部が見えている


どっちが奥壁かな


その36
墳丘頂部に石材が見えている


石室正面側、大分乱れている


玄室天井壊失、右が玄門、羨道のようです


玄門上から見た玄室


側壁かな、現地で見た時混乱しているような


その37
石室正面、前部壊失


半ば埋まるも後部残存、入る気になれず


その38
墳丘は割と残ってますが


上部が窪みかなり乱れている


その39
ハッキリした墳丘にハッキリした開口部


開口部正面、ここも天井石は板状


石室は殆ど埋まる、見えているのはまぐさ石でしょうか


隙間から撮影、奥壁は巨石のようだ


墳丘背後から


その40
藪の奥に開口部が見えている


開口部正面、長い羨道がある


羨道後部、複室ではなさそう


玄室、奥壁は四角い鏡石+平石、天井はそれほど高くはない


奥から外、右袖石が大きい、まぐさ石がない


羨道奥から


墳丘背後から


その41
墳丘


大きな開口部、天井は加工された石材


羨道後部、単室のようです、まぐさ石がなく羨道天井がその高さのまま玄室天井に繋がる


2段積みの奥壁、玄室はやや奥行きがある


右は袖石のようだが左は側壁が袖になっている、やはり前後が多少ずれている


その42
割と大きな墳丘


開口部正面、やや藪の中


石室後部良好、こもも無袖のようだ


奥壁は鏡石+小型石材、中には入らなかったか


その43
かなり乱れた石材露出


奥から手前に石室が伸びているようです


奥壁辺り


その44
墳丘に開口部が見えている


大きな開口部


これも単室のようです


三角形の鏡石


奥から外、無袖かな


その45
大きな墳丘に巨石露出


石室正面、羨道前上部壊失


前室玄門のようです


前室左側、こちらは前室らしい側壁


反対側は袖石がない


後室玄門


後室、2段積みの奥壁


背が高い、最上部は角をなくしている


1枚石、比較的広い天井


奥から外、まぐさ石はなさそう


前室奥から、やはり左の袖石はない


墳丘横から


その46
斜面に天井石露出、後方は谷筋になっています


これも大きな開口部、悠々入れる大きさ


羨道後部or前室、ここにも数字53?


3段積みの奥壁、ここではあまりない


奥から外、まぐさ石はない、左右の袖石が極端に違う


その47
天井石が露出


斜め前から


開口部正面、植林じゃないけど邪魔な木が生えいる


側壁奥壁とも中型石材、何故か入っていない、無袖だし奥行きがあまりなかったか


その48
下から見た墳丘、石室が見えている、右後方にも古墳が見えている


開口部正面、背後に天井石露出


露出した1枚の天井石


天井隙間から見た内部、だいぶ埋まる


奥壁上部辺り、奥壁上部辺り


後方から見た玄門、羨道埋没


天井石、後方から


背後から見た墳丘、こんな形で天井が露出していたのはここだけ


その50から見た様子


その49
開口部正面


開口部から内部、複室かな


変わった形の奥壁、適当なのが無かったか


〃縦位置、最上部の石が突き出ている


狭い天井


奥から外、袖石の位置が前後にずれる


墳丘背後から


その50
48(多分)から見た墳丘


羨道先まで石室が残っている


羨門なのかもしれない


羨道後部、袖石はないが前室かもしれない


玄室玄門、まぐさ石はなく天井が延長している


三段積みの奥壁、積み方のせいで捻れているように見える


〃縦位置、右上の石材が突き出ているが天井を支えるためか


天井はそれ程狭くない、左下の突き出た石は必要なのか


奥から外、こちらから見るとまぐさ石らしく見える


その51
更に上の方に墳丘が見えている


隙間開口、さすがに入室無理


内部も殆ど埋没、まぐさ石かな、2つに割れている


その52
開口部正面、手前は落下した天井石か


袖石はないが前室のようです


前室左側、こちらは側壁らしい、左側の石が袖石かも


右側は羨道側壁とあまり変わりない


天井は低いまま


四角い奥壁、上の石材との間に詰石、この古墳群ではあまり見かけない


〃縦位置、上部の石は適当な積み方、天井は撮り忘れた


奥から外、まぐさ石は天井と兼用か


前室奥から、奥からだと石を積み重ねた袖がわかる


前室、奥から右、前室らしく見えます


〃、奥から左


その53
更に上方に墳丘


天井を失った石室露出


小型石材を積んだ奥壁、玄室自体は高そう


石室上から、右が玄門


羨道は埋没、袖はないかな


その54
藪の奥に墳丘、肉眼だと分かります


石室開口部


開口部正面、藪なので下がれない


開口部から内部、複室のようです


前室右側、小さいけど前室側壁らしい石


〃左側、こちらも同様


玄室玄門、袖石の上が不安定そうな丸い石


奥壁、下側に2枚並べたここではあまりないタイプ


玄室天井


奥から外、奥行きがないので下がれない


〃縦位置、天井石のようなまぐさ石


前室奥から、天井も高く前室らしい


前室、奥から左側


〃右側


その55
墳丘横から、奥は谷筋になっている


石室正面


石室内部、単室か複室か微妙


鏡石らしい巨石を据えた奥壁


奥から外、積み方が少々粗い


その56
開口部正面


羨道は殆ど失われここは前室のようです


殆ど幅のない前室、袖石は1本の立柱石、前後にずれている


前室左側壁、手前の袖石は切石のよう


〃右側、左と大分積み方が違う


背の低い玄室、奥壁、天井石は1枚石、左右の側壁も巨石2段積み


奥から外、ここはまぐさ石らしい石


前室奥から、袖石がハッキリ突き出ている


前室奥から右


〃左


その57
大きな墳丘


開口部、前は大分破壊


石室内部、65のナンバー


平石積みの奥壁、これもあまりないタイプ、側壁は大分持ち送りがある、古いタイプか


墳丘背後から


その58
まだまだ続く墳丘


開口部、これも前部は大分破壊


石材はやや大きいが57に似たタイプ、66のナンバー


側壁


ブレましたが玄門、羨道もしくは前室は埋没


その59
一番上辺り、墳丘横から、右側はもう急斜面で古墳は見当たらず


墳頂辺りに天井石露出、背後にも天井石が見えている


内部は側壁一部崩壊、埋没、奥に見えているのはまぐさ石かな


(この後南支群60-63を見学しているので番号不連続)

その64
墳丘背後から、墳頂部になります、正面からは撮り忘れ、殆ど藪ですが


南側に石材露出、羨道側壁のようです


天井が傾いた開口部


内部は殆ど埋没、石材が見えているがまぐさ石かも


(見学記)
前年訪問して30基程確認しましたが5基程見落としがあった(それも1基を除いていい石室ばかり)ので再訪してみました。まずは一番上辺りの駐車ポイントに車を止め、この斜面下辺りに小型石室があるはずと思いましたが見つからず、あったと思ったら前年見つけていた小型石室でした。駐車Pから少し上の林道脇に基部が残った石室がありました、これは探していたのではない。ふと反対側の斜面を見ると上に石室らしきものがみえている。崖をよじ登ってみると探していた古墳ではなかったですが確かに石室でした。その脇にも最後部が残った石室、更に奥にも古墳がある、近寄ってみると更に古墳・・・でこの辺りだけど30基程ありました、大半で石室残存、入れるのも幾つもあり古墳群最大クラスの石室もありました。単室あり複室ありと色々、中には複室だけど前室の袖石が片側しかないのもありました。前半は灌木が生い茂り見通しも悪くまさかここまで多いとは思わず良く探してないこともあって見落としがあるかもしれないけどもうどうでもよくなりました(笑)。この後本来の目的の4基はほぼ予想通りの場所にありました、何でこんなの見逃したのかと思うのばかり。でも1基2基程度では再訪しなかっただろうな。これで終了と思い車に戻ってみましたが正面の藪が何となく怪しげに見える、尾根先端かと思いましたが近寄ってみると確かに墳丘、それもかなり大きく残り具合一番良かった。斜面を整形して大きさの割に土木量が少ない省資源タイプの墳丘、時折見かけますがこの古墳群ではこれが唯一でした。背後から見ると最上部の墳丘がよく残っています(正面から撮ってなかった)。ただ石材が見当たらない、しつこく探して下方側に羨道先端が露出、残念なことに石室は殆ど埋没していました。結局古墳倍増、70基を超える大古墳群となりました。

黒添古墳群(仮称南支群)

福岡県苅田町 2020年3月訪問

南支群・北支群横穴石室墳70基以上確認(見学順)

その1~6その7~11その12~17その18~23その24~30その60~63

その1
林道一番下側にある、道路向かい尾根筋にも7,8基あるようだが状態が悪いのでパス


半壊した石室露出


奥壁


側壁、今にも崩れそう


その2(HP「古墳とかあれ」その8)
御堂手前に小さな高まり


反対側から、墳頂は大きく窪む


その3(〃その9)
御堂手前に石室露出


天井部が抜かれて開口


背が高いので入れなかった


両袖式の玄門


奥壁


露出した側壁、この下に石室があったようだが見逃し(後日再訪)


その4(〃その10)
 位置:33°44′40″N 130°55′17″E
御堂後方に開口部が見えている


石室正面


最初の本格的石室、この後幾らでも出てきますが


複室石室のようです


前室だけど左右の引っ込みは殆どない


ここではあまり見かけない三段積み奥壁


〃縦位置


狭い天井、そんなに高いわけでもない


奥から外、両袖式、ここは全て両袖、袖石が前後にずれている


面白い形のまぐさ石、下部は見事に平面になっている


前室奥から、ここは左片袖式


その5(〃その15)
割とよく残る墳丘、ここは墳丘の残り具合が割と良い


石室正面、羨道前部は壊失、どこでも羨道前部まで残るのはまずない


前室かな


ここも三段積みの奥壁


〃縦位置、最上部側壁は左右が接している


ここも狭い天井


奥から外、左右の袖石がずれている


〃縦位置、まぐさ石はなくそのまま羨道天井となる


前室奥から、袖があるからやはり前室かな


その6(〃その14)
これもよく残る墳丘


石室正面、破壊された石材が散乱


狭い開口部


内部の状態はよさそう、これは入るしか無い


巨石を据えた奥壁、左右側壁下部の石も大きい


〃縦位置、上部の石は小型


狭い天井、アングルがずれた


奥から外、やはり袖石がずれている


〃縦位置


その7(〃その16)
林道から形の良い墳丘が見えている


反対側に開口


石室前部はかなり乱れている


背後からは見えなかったが天井も露出


開口部正面、単室にも見えるがだとすると羨道が長い


大型石材の玄室


鏡石の上に2枚の平石


天井石が結構大きい


袖石が多少前後にずれているようだ、ここの特徴なんでしょうか


その8(〃その17)
これも良好な墳丘


石室前にスギの植林、何もこんなとこの植えなくてもな


入るのは問題ないが正面からが撮れない


前室?、袖石が明らかにずれている


台形の鏡石らしい奥壁


縦位置、天井はそれ程高くない


袖石はずれているだけでなく大きさもまるで違う、右袖石にはまぐさ石は乗っていないような


左袖石、まぐさ石との間にも隙間がある


その9(〃その19)
石室墳のアイコンに使えそうな姿


羨道は下部しか残っていない


これはまず前室でしょう


左側は普通に側壁ですが


右側は側壁とは明らかに違う石材、やはり前室でしょうね


奥壁は3段積み、側壁はやや持ち送りがある


〃縦位置


奥から外、天井は撮り忘れた


その10
墳丘はよく残るが


反対側、一見開口のように見えるが開いてない


石材一部露出


その11(〃その21)
藪に包まれた墳丘、手前の石材は石室のではなさそう


上の方に開口


前室開口部、番号は19?


玄室玄門、やはり袖石がずれている


砲弾型の鏡石らしい奥壁


〃縦位置


奥から外


〃縦位置


狭い天井なのに石材2枚、2枚なのはこれだけでした


奥から左、巨石腰石


反対側、こちらも巨石だがヒビが入る


その12(〃その22)
石室正面、石室前部は下部しか残っていない


開口部


複室のようです、床面にゴミが散乱


前室、正面に奥壁が見えている


幅はなく天井も高くない


玄室、1枚石の鏡石


〃縦位置、鏡石の上の巨石は左右の側壁に架かっている


細長く四角い天井


奥から外、両袖式、左右袖の位置が微妙にずれている


〃縦位置


前室奥から、まぐさ石がなければ前室らしく見えない


墳丘背後から


その13
小型石室、天井石はかっこいい


玄室空間もかなり小さい


その13a(メモの不具合でその13になっていたが別石室)
多分石室


こちらからだと石室らしく見える


その14(〃その24)
墳丘、左側に開口部


石室正面、手前に羨道下部が残る


前室開口部、ここも三角形の天井石がかっこいい


前室、ここもあまりらしくない


前室右側


〃左側、こちらは多少前室っぽい


玄室、奥壁


〃縦位置、2段+平石、隙間の石が安定の為とはいえ余計


四角い天井部、1枚石だが割と広い。


奥から外、まぐさ石がない、右袖石が大きく手前にずれている


前室奥から


その15(〃その25)
小型石室、内部空間の割に側壁が大きい


内部に邪魔な木が生えている、無くても入れませんが


内部は割とよく残っている、天井石が真っ二つ


その16(〃その26)
割と大きな墳丘


上の方に石室がある


内部埋没、墳丘規模の割に小さそう


その17(〃その27)
これも小型石室、手前天井が入り口辺りか


奥は崩壊、それ程奥行きはなさそう


その18
藪に包まれた墳丘


狭い開口部


カメラを突っ込むと石室良好、これは突っ込まなくては


前室、左右の袖石の大きさが異なる


奥壁、鏡石を据えるが上はやや適当


〃縦位置、天井撮り忘れ


奥から外、特異な形状のまぐさ石


前室奥から


その19(〃その29)
林道で墳丘が削られている


極小開口部、さすがに入るのは無理


内部は良好そう、幅の狭い石室


複室かな


その20(〃その20)
これも林道に少し削られている、ここも隙間開口していたようだ


その21
大きな開口部、石室前部は下部だけ


開口部正面、ここからでも複室とわかる、側壁に18の番号


前室玄門、奥壁もまっすぐ見えている


前室左側壁


前室右側壁


おむすび型の奥壁鏡石


〃縦位置、上部は左右の側壁が接している


狭い天井


奥から外


前室奥から、ここは前室らしい前室


その22(〃その30)
これも大きな墳丘


小さな開口部、25の番号


カメラを突っ込むと良好な複室、これはもう入らない選択肢はなし


前室、後室玄門


鏡石らしい鏡石、左右の側壁も巨石


〃縦位置


割と広い天井


奥から外、左右の袖石の大きさが随分違う、多少前後にもずれている


前室奥から、開口部が2枚目の開口部と違うな(汗)


その23(〃その31)
前部破壊の石室、これが普通ですが


石室正面、立ったまま入れる大きさ


羨道最後部残存、ここも複室


前室玄門


後室玄門、両方とも1本柱の袖石


長三角形の鏡石


〃縦位置、左右上部の側壁が順次せり出している、最上部の石も奥壁と言うよりせり出した側壁


狭い天井、巨石のせり出し具合がわかる


奥から外、袖石の形が揃う


前室奥から、まぐさ石が巨石


前室天井、視野がずれた


その24(〃その33)
大きな墳丘、中腹に開口


これも石室前に植林


入るのは特に問題なし


開口部すぐに玄門


おむすび型の鏡石


〃縦位置


狭い天井


奥から外、やはり袖石の大きさが異なる


〃縦位置、天井が高いから複室かな


その25(〃その39)
墳丘背後から、少し削られ石室露出


開口部、前部は崩壊


開口部から覗くとずぐ玄室でした


四角い鏡石、隙間があって内部は明るい、隙間の部分は割られてような形跡がある


〃縦位置、ストロボだとその形跡は分かりません


狭い天井


袖石は前後にかなりずれている


その26(〃その38)
ここも石室前に植林、もうわざと植えているとしか思えない


開口部は大きく悠々入室可、右側壁は前室のように見えるけど


左側は普通に側壁


奥行きがあり天井は低い、単室でしょうか、この古墳群では数少ない形式


1枚石の奥壁


奥から外、両袖かな、ちょっと微妙


その27(〃その37)
墳丘はよく残る、左下が斜面下方なのでそちらに開口のはずですが


奥壁側が開口しています


天井石に31の番号


開口部下の板状の石が奥壁のようです


石室内部、羨道埋没、右片袖式、複室だとまず両袖だからこれも単室かも


その28(〃その32)
林道斜面上に石室露出


小型石室後部が残る


2段積み小さな奥壁


その29(〃その40)
南群最上部辺り


石室正面、これはもう複室


あまり前室らしさはない、玄門袖石が随分前後にずれている


玄室、三角おむすびの奥壁


〃縦位置、鏡石は奥壁の半分以下


狭い天井、全体の石が揃っている


奥から外、右袖石が大きい


〃縦位置、奥から見ると袖石のずれはあまり感じない


前室奥から、やはり前室でしょうね


墳丘背後から


その30(〃その6)
時間が余ったので一番下の尾根筋を捜索、墳丘の上に変わった木が生えている


一応石室らしいのはこれだけでした


奥壁でしょうか


その60(〃その35)(北支群を先に見つけたので番号が不連続になっています)
大きな開口部、こんなのを見逃していたとは


ここも石室正面に植林、幸いというか育ちが悪く切られていた


玄門、単室かな複室かな


横から見ると側壁の積み方が変わらず単室かな


日がさし明るい玄室、天井は広くそれ程高くなさそう


奥から外、右袖は目立たない


その61(〃その36)
石室正面、石室前部は下部だけ残存


ここも石室前に植林


隙間があって明るい玄室、天井は低い


奥壁は2段積み、石の左側ラインが揃っていて1個の石材のよう


奥から外、袖は不明


おまけ、側に転がっていた巨岩、幾つもあった、巨石過ぎて石室に使えなかったんでしょうか


その62(〃その34)
これも何で見逃したかなの開口部、ただ墳丘背後からだと藪に包まれています


前室玄門、ハッキリした複室


前室らしい前室


前室天井は高くない、同じ高さで玄室天井に繋がっている


見事な1枚石の奥壁巨石、左右の側壁も巨石


〃縦位置、天井石も巨石だが3枚かな


奥から外、袖石は左右とも1本


前室奥から


前室、奥から左側、あまり引っ込んでない


〃奥から右、こちらは引っ込み積み方も違う


その63(〃その11)
御堂下、水路脇に半分露出した石室


天井石がかなり傾いている、入るのはそれ程難しくはなかった


複室石室、左はあるが右袖石は不明瞭


前室、割と長い


〃左側壁


〃右側壁、左右で積み方が違う


広い玄室、上部の積み方が大分危うい


奥壁は3段積み、鏡石は半円形、上部の石は少し前に突き出ている


巨石1枚石の天井石


奥から外、左袖が幅広い、左は袖石らしくない2段積み


奥から外、天井は高そう


水路で削られたのか側壁露出


奥壁も露出、石室上まで植林してる


(見学記)
行橋市との境界近く、30基以上からなる古墳群で入れる石室も数多くあります。石室も単室複室など様々なタイプが有り楽しめます。一部開口部が狭いのもありますが入るのにそれ程苦労することもないのも利点かな(笑)。古墳群南端辺りに御堂がありその横や背後に石室、更に林道沿いに墳丘が点々とあるので探すのにもそれ程苦労はないでしょうか。むしろ多すぎて見逃しがありそう(現実になったけど)。しかしこれ程の古墳群が殆ど知られてなかったとはね。林道で墳丘が削られているのもあり今なら当然発掘すべきレベルなんですが発掘されなかったのかな。群一番上辺りの林道に駐車スペース有り。林道はそこそこ広いです。

法正寺山入古墳群

福岡県苅田町 2020年2月訪問

北支群中支群南支群(仮称)

北支群
その1(HP「古墳とかあれ」北1)
 位置:33°44′51″N 130°55′30″E (日本測地系)
    33.75078317 130.92262375(世界測地系)
林道が林に入ってすぐ左側、石室の残骸が見えている


側壁でしょうか


これはどこでしょう、全体像を撮ってなかった


その2(〃多分北2)
藪のような高まりが残る


石材露出、側壁かな


その3(〃北3)
側壁の一部が残る、初めは石垣かと思った(汗)


その4(〃北4)
林道で削られた斜面上に明らかな石室


石室後部残存、かなり大型の石室、左右の側壁は平石に加工


三角状の鏡石、27の番号


右側側壁


左側側壁


その5
その4右側に墳丘のようなのが見えたので近寄ってみるとやはり古墳でした


下方側に開口


カメラを真っ直ぐ突っ込んで撮影、どうやら玄門と側壁の角上部が開口していたようです


奥壁も小型石材の古いタイプ、さすがに怖くて入れなかった


その6(〃北5)
その5下にも墳丘らしきものが見えている


段差かと思いましたが墳丘のようです


石室下部残存


その7
石室?


その8
石室?、高まりがあるような


中支群
林入り口の墓地からの遠望、後方杉林の中だがNさんよく気がついたな


その1(〃中2)
林道から林に入ると僅かな高まり


僅かに石材露出


その2(〃中3)
その下の斜面にハッキリした墳丘


下から見た墳丘、手前のは落下した石材か


隠れるように石室開口


小型石室最後部が残存


その3(〃中4)
更に下にも墳丘、右奥にも別の墳丘


下から、藪に包まれているが割とはっきり


激狭の開口部


内部は良好です


その4(〃中5)
天井石が露出した墳丘


かなり加工された天井石


下からの眺め


前部は比較的良好だが後部の天井石が玄室に落ちかけている


石室内部、正面は玄門


奥壁側


その5(〃中6)
低い墳丘


下から見ると上部が凹んでいる


藪に包まれて石材露出


その6(〃中7)
下草が刈られてはっきり分かる墳丘


1枚目の写真で見られたのはこれのようです


下方から、手前まで石室は伸びているようだ


頂部近くで石室開口


正面が奥壁なのかな、随分変わった積み方


南支群
その1(〃南2)
林の中に入るとはっきり分かる大きな墳丘


下方側に開口


石室は良好、なんでこんなとこにポットがある


上が隠れているけど奥壁は2段かな


その2(〃南3)
更に下、藪の中に墳丘


こちらも下方に開口、下に石材があるから玄門上辺りかな


持ち送りのある玄室、奥壁も小型石材で古いタイプ


背も高い


その3
林道北側にあった


石室露出、正面の立柱石が袖石か


天井部が押しつぶされるような感じで残存


側面、天井石はかなり薄い板石


斜め後方から、側壁も薄い


大型の奥壁


(見学記)
苅田町法正寺、貴船神社北側から林の中に入る林道がありそれにそって幾つもの石室墳がありますが中に入れるようなのはありません。詳しい説明はHP「古墳とかアレ」を見て貰うとして新たに2基の石室を見つけました、どちらも入れませんが。林道を入っていくと大きく左カーブをした先、山側斜面上に石室後部が残っていてこの古墳群の中では一番わかり易い石室です。墳丘は残っているかと上まで登っていったら東隣に大きな墳丘があった。これは石室もあるぞと思ったのですが確かに残っていたが玄門上辺りが開口して玄室内部が見えていました。玄室自体はよく残っているようです。開口部が大きいので無理すれば入れないこともなさそうだけどパス。林道を更に行くと南群辺りの山側に墳丘のようなのが見えたので登ってみました。それ自体は錯覚だったのですが(よくあることです)なんと露出した石室に出会いました、ラッキー。全長は5,6m程度、側壁と天井石奥壁の一部が露出、内部埋没、石材は割と大きいけど薄っぺら、石室内部から見たら割と大きな石材だと思うだろうな。代わりにその1は見逃している(汗)。林道を更に行くと行き止まり、階段を登ると太子堂がありました。まだ朽ち果てた感じはしませんが訪れる人がいるんでしょうか。すぐ上に広い林道が通っていてここを下っていくと黒添古墳群に至ります。

法正寺社古墳群

福岡県苅田町 2020年2月訪問

3基

下の県道からの遠望、墓地最上部に石室が見えている


その1
最下方に明らかに古墳とわかる墳丘、正面が石室入り口辺りでしょうか


草刈りされたばかりのようです


上から見ると大きく削られている


巨石露出、位置からして奥壁上部でしょうか


少し上、その2辺りから


その2
その1すぐ上辺りに僅かな膨らみ


巨石が露出、古墳でしょうか


その3
 位置:33°44′56″N 130°55′35″E (日本測地系)
    33.75217193 130.92401248(世界測地系)
更に上、古墳とすぐ分かる墳丘


石室正面、右側の平石は動かされた天井石でしょうか


小型石室


鏡石+平石とよくある奥壁


奥から外、奥行きはあまりありません


左側の袖石があるので元々小型なのかな、ただ3枚目を見ると動かされた石かもしれない


(見学記)
苅田町法正寺、黒添夫婦塚古墳のある貴船神社北方200m程、丘陵麓近くにある小さな墓地に3基の古墳がある・・・はず。墓地に入るとすぐかなり崩れた石室が目に入ります、開口部も埋まっていて内部も埋没、何とか石室だなと分かる程度です。すぐ上の斜面に僅かな膨らみ、頂部に巨石が1個露出しています、古墳かと思いますが確信できず。墓地の一番上辺りにはっきりした石室がありこれは側を通る県道からも見えています。石室後部残存かと思いましたが左袖石が残っているのでこれがほぼ玄室かな、小型の石室のようです。

恩塚古墳

福岡県苅田町 2001年4月訪問、20年2月再訪

円墳、R25,H4.5、6C後半
複室横穴式石室、全長6.5m
位置:33°45′00″N 130°58′19″E (日本測地系)
   33.75328366 130.96956452(世界測地系)
(2020年)
19年ぶりの訪問、この石碑は以前はなかったような


丘の周辺は随分変わっていましたがここは変わらず


羨道はかなり破壊、ここは前室玄門


側壁一部残存、柵は前回も鍵はかかってなかったようだ


前室、左より右の方が引っ込んでいる


前室玄室床面に敷石


狭く背が高い前室天井


玄室、奥壁は1枚石、奥行きはあまりないので下がれない


奥壁天井、それ程高くはない


奥から外、両袖式


〃縦位置、巨石のまぐさ石


奥から左方向、袖石は板石状


奥から右方向


前室、奥から左方向


〃右方向


前室玄門、奥から


背後から見た墳丘


(2001年)
墳丘、石室正面


前室


玄室


奥から外、床面に石が敷かれている


(見学記)
(2020年)
苅田町新津、丘陵から派生する半独立丘陵上に立地する古墳です。序でだったのでここも19年ぶりに再訪。南側麓に大原八幡神社があり社殿左側の稲荷社辺りから登っていけます。頂部に大きな墳丘があり南側に複室石室が開口、石室の説明は前にしているのでパス、前に恩塚古墳と書かれた石碑が建っていましたが前はなかったかな。入り口に柵がありますが下に落ち葉が溜まって閉められず鍵もかかっていません。前回どうやって入ったかなと思いましたが多分当時からだろうな。見せる為の単独墳としては絶好の場所ですが石材は下から運ぶしか無くさぞかし大変だったでしょうね。しかし前回はフィルム時代だったとは言え撮った枚数は少なくデジカメになると枚数の違うこと違うこと(笑)。町史跡。

(2001年)
西日本工業大学西方、大波羅野神社背後の尾根上にあり神社から登っていける。径25m、高4.5mの円墳が良好に残っていて南側に石室が開口、全長6.5m複室構造の石室です。羨道はかなりか遺失しているようですが前室玄室は良好、かなりの巨石が使われ一部には表面に独特の模様が付いた石が使われています。わざわざこの様な石を選んだのでしょうか。石材もかなり硬そうで加工が困難そう。町史跡。

御所山古墳

福岡県苅田町 2001年4月訪問、20年2月再訪

前方後円墳
位置:33°45′19″N 130°58′59″E (日本測地系)
   33.75856134 130.98067456(世界測地系)

国道と反対側、後円部に神社参道


後円部頂に神社、でもこれは拝殿のようです


前方部に本殿がある


周囲に周溝があり現在も一部水が溜まる、これは西側


こちらは前方部隅、傾斜があるのかこちらは水が溜まっていない


大きな墳丘、近くの石塚山古墳よりやや小さいそうだがこちらの方が残りがいいのか大きく感じる


後円部に古式横穴石室があるそうだが全く分からず、この辺りかな


西側造出、東にもあるがはっきりせず


ブルーシートがあるから発掘したんでしょうか、でも終わったら片付けてほしいな


(見学記)
(2020年)
苅田町与原、全長119mの大型前方後円墳で国道10号脇に壮大な姿を横たえています。写真をアップしていないので再訪してみました。墳丘もよく残っていますが周りの周溝もよく残り今でも水が溜まっています。上に白庭神社があり後円部と前方部頂部に大きな社殿が建っていて上部は少し削平されているようです。初期の横穴石室があるそうですが今は開口部がどこにあるかも分かりません。くびれ部両側に造出があるが西側のははっきりしていますが東のははっきりしません。古いブルーシートがありましたが発掘でもされたのでしょうか。北側道路が割と幅広く短時間なら駐車可。国史跡。

(2001年)
国道を更に南下、踏切を渡って600m程行くと左手に大きな森が見え、案内表示も出ています。ただ墳丘に上がるには東側に回らなければいけません。全長118mの前方後円墳で上部が神社で多少削平されていますが他は良好、周囲の周溝も一部残っています。後円部に横穴石室があるそうですが現在は見ることが出来ません。後円部西側最上部に不自然な石垣があるのでこの辺りでしょうか。それにしても随分高い場所にあり後から構築したのかも知れない。国史跡。これ程良好な古墳ながら適当なアングルがとれず1枚も写真を撮らなかった。

石塚山古墳

福岡県苅田町 2001年4月訪問、20年3月再訪

前方後円墳、TL110,R60,RH9.5,FW40,FH3.5、4C初
九州最古の畿内型前方後円墳
位置:33°46′19″N 130°58′57″E (日本測地系)
   33.77522645 130.98011832(世界測地系)

(2020年)
見学しやすいけれど全体の姿は撮りにくい、神社が建っている場所が前方部


前方部端に説明板、その左側から登っていける


後円部手前に祠、その背後に高まり


後円部頂きは広い平坦部、見えている石材が石室関連かどうか不明


斜面にも石材、これは葺石でしょう


後円部西側は大きく削られている


右が後円部上段、築成の跡が残る


前方部端、道路向かいに高まり、古墳ではなく元の地形の削り残しでしょうね


(2001年)
後円部側面


後円部トレンチ、01年発掘、浅いトレンチが入る、文字通り石の山だった


(見学記)
国道を更に南下、町役場の脇にあるのですぐ分かります。全長110m、4C初の前方後円墳で畿内型の前方後円墳としては九州最古です。墳丘は後円部西側が道路で削られ前方部には神社があって上部が削平されていますが全体の形はよく残っています。主体部は竪穴石室に割竹形木棺で三角縁神獣鏡などが出土しています。ちょうど訪問時に発掘が行われていました。後円部周囲に表土を剥ぐ程度のトレンチが幾本も入っていましたがどこも葺石が見られ、また斜面から落ちたのでしょうか小石が積み上げられていてまさに名前通り石塚山でした。国史跡。

南原古墳群

福岡県苅田町 2020年3月訪問

1号(南原南古墳)
 位置:33°46′15″N 130°58′50″E (日本測地系)
    33.77411538 130.97817407(世界測地系)
住宅街の中に公園として保存


復元かな一部復元かな


こちらが石室正面でしょうか、墳頂に天井石露出


2号
 位置:33°46′16″N 130°58′46″E (日本測地系)
    33.7743931 130.97706304(世界測地系)
1号西側、こちらも公園内に保存


高さは残っているが周囲はかなり削られている


反対側


土のうが見えているが石室があったんでしょうか


(見学記)
苅田町富久町1丁目、住宅地内の大塚公園に南原南古墳が保存されています。墳丘は復元のようですが頂部に横穴石室天井石が見えています。ここから西50mの公園内にあるのが南原2号、こちらは元のままの状態、横穴石室のようですが周囲をだいぶ削られているが石材は全く見られず。もとの大きさは径28m、高4.5mと結構大きく高さは元の大きさを維持しているようです。人物埴輪が出土したそうです。どちらもお暇なら来てよね、なレベル。

山口南古墳群

福岡県苅田町 2006年1月訪問、2008年12月再訪

3基

1号
横穴式複室石室
丘陵緩斜面に立地


石室正面、羨道上部壊失


巨石複室石室


前室、玄門、床面には敷石


三角形をした巨石奥壁、何故か右上の石が突き出ている


奥から外、両袖式


前室、奥から


2号
横穴式複室石室、全長8m、玄室幅2.4,高2.5m
位置:33°45′18″N 130°56′01″E (日本測地系)
   33.75828254 130.93123391(世界測地系)
1号下辺り、すっかり荒れ果てている


こちらも羨道上部壊失


長大な複室石室、石室主軸が曲がっているようだ


前室、玄門、左右の袖石が随分違う


前室天井、まぐさ石


玄室


巨石1枚石の奥壁、床面には敷石


奥壁上部、天井


奥から外、一応両袖式


前室奥から、右(山側)側壁が土圧で飛び出している


3号
横穴式石室
大きな墳丘が残っているが

前面崩壊、内部埋没



石室も状態悪そう


(見学記)
(2006年)
山口の集落南側、山裾の道路(広い舗装道だが進入できない)脇に1基の墓がありそこから左手の山道を登っていくと古墳がある(2号墳)。進行方向右手背後に石室が開口しているから見逃すおそれあり(最初この道を途中まで登ったが古墳がなさそうな感じだったので途中で引き返した。後4,50mも行けばあったのに(汗)。石室は入り口に柵がありますが鍵は懸かっていません。墳丘はあまりはっきりしませんが複室構造の石室は前室の一部が崩れている他は良好に残っています。全長は8m、柱状の巨石を使った玄門袖石、幅の割の背の高い石室、床面には敷石と近くの福丸1号に構造がよく似ています。ただ玄室玄門は袖石が片側しかなく複室石室で片袖式というのは初めて見た(ような気がする)。天井石や側壁に巨石を使っていますが特に奥壁は高さ2.5mはありそうな1枚石の巨石からなってます。入り口から見ると玄室がやや右斜めになっているのも福丸1号と同じです。わざわざこのようにしたのでしょうか。帰り際かなり離れた場所に説明板が立っていた。それによると3基から成る古墳群とのこと、2号墳も石室サイズが書いていたが開口しているんだろうか、ちょっと気になってしまった。

(2008年)
08年再訪、2号の30m程上の竹林の中に1号がありました。こちらも南側に開口、2号に匹敵するかそれ以上の複室石室です。これも奥壁は巨石1枚石だけど三角形状。右側壁最上部に分厚い石がせり出しているが元々このように積んだんだろうか。すぐ西側に接するように3号がある。こちらは石室前部が破壊され入り口も土砂で埋まっている。僅かな隙間から中が覗けるが1,2号ほどの巨石ではないみたい。
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