善院古墳群

福岡県久留米市(旧田主丸町)2002年4月訪問

8基が集落の中にある。1,2号以外状態は悪い

1号
円墳、R13,H3.5
複室石室
位置:33°19′08″N 130°40′20″E

墳丘、石室正面、ここに説明板がある、耳納山麓の石室は西向きが大半


前室


胴張りドーム状玄室


奥から外、両袖式


狭い天井、上まで丁寧に積んでいる


8号
石室外観、殆ど玄室しか残っていない


巨石を使った玄室


奥から外、南向き、巨石使用と他とは違ってきている


(見学記)

田主丸大塚前の町道を西に行くと県道151号と交わる辺りに善院地区がありこの集落の中に8基の古墳がある。公民館の北側に1号墳がありここに説明板がある。複室胴張りドーム状の玄室と耳納山麓の典型的な石室です。これは所有者から町に寄付されたそうです。東側民家の中に2号墳があるが家の人がいなくて見学は断念、状態がよいのはこの1,2号だけです。公民館脇にもすっかり露出した石室がある。玄室天井の上に祠があるせいか半開放の上屋がかけられている。1号南側の空き地?にも2基の石室がある。かなり崩壊しているが巨石を使い石室もやや南向きになるなど伝統からややずれているようだ。それにしても集落の中の古墳は探しにくい、すぐ側にあると分かっていてもなかなか中には入れない。小雨がそぼ降る中で十分探しきれなかったのがちょっと残念。町史跡。

吉木古墳群

福岡県久留米市 2002年4月訪問

若宮八幡神社北側の緩斜面に分布

穴観音古墳
複室石室
位置:33°18′28″N 130°37′38″E

石室開口部


前室、玄門


胴張りドーム状玄室、奥壁上部がかなり内傾している


奥から外


上諸宮古墳
複室石室
位置:33°18′32″N 130°37′41″E

石室開口部


羨道


前室、玄門、前室は小さく形式的


ドーム状玄室、それ程高くはない


奥から外、石室前に石仏が並んでいる


下馬場古墳
円墳、R30、6C後半
複室装飾石室、全長12m
位置:33°18′38″N 130°37′29″E

墳丘東側、写真の印象よりもっと高く感じる、反対側に石室が開口している


羨道、保護施設で保存されている


玄門、袖石にも一面に装飾があるはずだが


玄室、青色は退色し赤の円文が割と目立つ


奥から外、巨石を使い背も高い


左奥側壁の装飾模様


前室左側壁三重円文


石室図(説明板より)


地蔵尊古墳
複室石室
位置:33°18′37″N 130°37′33″E

石室開口部、羨道は壊失、上にお堂が建っている


玄室奥壁


奥から外、前室も結構広い


ドーム状で狭い天井石


馬場2号
複室石室
位置:33°18′31″N 130°37′32″E

石室開口部、前室玄門辺り、羨道は壊失、上の石垣は現代の物


巨石を使った玄室、高さはそれ程でもない


奥から外、縞模様の入った袖石が印象的


名称不明
石室正面、内部は埋没


(見学記)

若宮八幡宮北側の緩斜面にある古墳群です。長い参道の入り口に鳥居がありそこに絵地図の案内表示があります。鳥居をくぐって参道を登っていくとすぐ右手に下馬場古墳の高い墳丘が見えてきます。西側に石室が開口、入り口は保護施設で閉じられていますが何故か鍵がかかってなくて入ることが出来た。本来近所の家で鍵を預かっているようです(と言うことが中に書かれていた)。石室は複室装飾石室でかなりの巨石を使い羨道までよく残っています。説明板によれば壁面一面に装飾模様が描かれているようだが赤色以外はすっかり退色(これはどこの装飾古墳でもそうですね)していますが、赤い円文は結構目立ちやっと本格的な装飾古墳に入れた気がしました。西向きなので午後に行くと内部は結構明るいですが投光器まで備えられています。国史跡。
他の石室墳は果樹園の中にあって分かりにくいですがなんとか4基見つけることが出来ました。中に祠があるなど何らかの宗教施設として利用されているのが残っているようで本来はもっとたくさんあったのでしょうね。

田主丸大塚古墳

福岡県久留米市(旧田主丸町)2002年4月訪問

前方後円墳、TL103、6C後半~末
平成11年の発掘で前方後円墳と判明した
位置:33°19′23″N 130°42′50″E

墳丘東側、けっこう傾斜地にある


墳丘山側から、平野を望む丘陵中腹にある、左側に石室が確認されている


墳丘西側、右手前に造出がある、右側に前方部があった


(見学記)

平原公園北方の町道脇にある。名前は知っていたが何処にあるのか全く分かっていなかったのでカーブを曲がった途端巨大な墳丘が目の前に現れてびっくりした。円墳と思われていたが平成11年の発掘で前方部を確認、全長103mの前方後円墳と判明しました。前方部に当たる場所には民家があって地形は全く残っておらずよく分かったものです。西側には造出が残っていてこちら側に横穴式石室が確認されています。この地域の前方後円墳は平野にあるのが多いのですがここは丘陵中腹にあり墳頂から平野が一望できての眺めが大変よかった。町史跡。

森部平原古墳群

福岡県久留米市(旧田主丸町)2002年4月訪問

現存70基、古墳公園となっている
R10-20の小型円墳、複室胴張りドーム状の玄室が多い

5号
複室石室
位置:33°19′10″N 130°42′47″E

墳丘、墳頂に天井石が露出している


玄室


奥から外、複室構造が分かる


狭い天井


7号
複室石室

墳丘


玄室


奥から外、複室構造がよく分かる


隣の5号より更に狭い天井


31号
単室石室

墳丘


ドーム状玄室、天井石が抜かれて見学しやすい


奥から外


36号
複室石室

墳丘


ドーム状玄室、31号と同じく下部にやや大きな石を据える


奥から外


49号
複室石室

墳丘


前室


背の高い玄室


奥から外


(見学記)

耳納山麓には江戸時代には千基の古墳があったそうで現在でも約300基の古墳が残っている。その中でも最大クラスの群集墳で現在70基ほどが密集していて現在は公園となっています。径10-20m程の小型円墳だが複室、胴張り、ドーム状の玄室と立派な石室を持つのが多い。玄室の背が高いので天井石が露出していたりそれも抜かれているのも多い。石室があまりに多いのでさすがに全部を見るのは断念、状態の良い物だけにしました。贅沢な悩みだ。天井石を抜かれていると内部が明るいだけでなくストロボを使う必要がないので壁面の立体感が出ていいですね、使っているカメラの関係で写角も広くなるし。県史跡。

前畑古墳

福岡県久留米市 2002年4月訪問

円墳、R20,H4.5、6C末~7C初
複室装飾石室、全長8.5m,玄室長3.5,幅2m
位置:33°18′52″N 130°38′08″E

長い羨道、石室は良好に残っている、史跡指定の装飾石室だが自由に中に入れる


玄室、奥壁にも円文が2個あるはずだが


奥から外、まぐさ石の底面にも円文があるという


右側壁と奥壁(画面左側)の円文、(色を強調処理)


左側壁円文(〃)


石室図(説明板より)


(見学記)

やや奥まったわかりにくい場所にありますがこの地区の草野町のメイン通りに歴史町並みの案内表示がありそれに載っていました。墳丘はまわりに土盛りがされていて元の形がすっかり分からなくなっていますが西向きに開口している石室は羨道までよく残っています。複室装飾石室で円文が主ですが数は少ない。懐中電灯の暗い光の中では赤い円文もかなり分かりにくかったですがストロボで撮った写真には以外とよく写っていました。玄門まぐさ石の底部にも円文があるそうだがはっきりとは確認できなかった。保護施設や柵は全くなく今回の旅行で唯一自由にはいることが出来た装飾石室でした。県史跡。

木塚古墳

福岡県久留米市 2002年4月訪問

前方後円墳
横穴式石室
位置:33°19′26″N 130°35′53″E

石室外観、墳丘はすっかり削平され玄室しか残っていない


玄室、左が奥壁、下部にやや大きな石を据え小口積みにしている


板石を使った玄門、人一人がやっと通れるほどの大きさ


(見学記)

善導寺町西方、平野部に残る低い残丘の東側にあります。前方後円墳ですが墳丘は完全に壊失、玄室のみが露出した状態で残っています。この地域の伝統でしょうかやはり西向きに開口、小口積みの玄室はそれ程大きくはないですが赤い色がはっきり残っています。石室のすぐ側に溝が掘られていましたが土がむき出しのままで石室が崩壊しないかとちと心配です。

寺徳古墳

福岡県久留米市(旧田主丸町)2002年4月訪問

円墳、R20
複室装飾石室、全長10m
位置:33°19′23″N 130°40′59″E

墳丘と説明板


石室正面、すぐ内側に扉がある


石室図(説明板より)円文が主


(見学記)

県道151号脇にあり大きな説明板があるのですぐ分かる。墳丘は平凡だが西向きに石室が開口していて複室装飾石室を持つが羨道途中に扉があり中には入れない。立派な保護施設を持つ装飾石室が多い中でここはかなり質素、どうせ見学できないのならこの方がいいんだけどね。国史跡。
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋
ブログ館

へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。

ブログ内検索
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
最新記事
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

各県市町村別
最新コメント
リンク
QRコード
QR