綾塚西古墳群(仮称)

福岡県行橋市 2022年3月訪問

全景
綾塚手前、農地に入っていく道の先に、墳丘らしきものが見えていました


明らかに墳丘、奥にもう1基見えています


県道から見るとこの状態、車で走りながらだとまづ気が付きません


その1
 複室横穴式石室
 位置:33°42′05″N 130°55′09″E(日本測地系)
    33.70467668 130.9167927(世界測地系)
石室まで開口していました


開口部正面、屈めば入れます


前室、左側壁が倒れかけている


前室天井は狭く高い


玄室はあまり奥行きはない、小型の石室にしては珍しい長三角形の奥壁


〃ストロボ、縦位置


玄室天井も狭い


奥から外


玄室奥から右方向


〃左方向


前室奥から


前室天井奥から


手前がその1、奥がその2、墳丘背後は平坦面になっている、当時のままでしょうか


その2墳頂から見たその1


その2
墳丘前面が削られ石室も大きく破壊


開口部正面


こちらはやや奥行きのある玄室


小型ながら天井石は1枚石


右側壁


左側壁、風化があり岩質が悪そう


奥から外、単室っぽい


〃ストロボ無し、表面の剥離が目立ちます


背後の墳丘はよく残る


その1墳頂から見た墳丘


その3
その1の後方に墳丘


盗掘で割れている


その4
最高所に比較的大きな墳丘


これも盗掘があるが石材見られず


東側は削られている


その5
西側にも低い墳丘


反対側から


その6
西端に墳丘、この先は丘がない


反対側、下から


その7
北側背後に低い墳丘


まず古墳でしょうか


(見学記)
コフ友さんを案内して綾塚古墳に行ってきました。専用駐車場から道を歩いていくと正面林の中に墳丘が見えている、それも2基も。なんで今まで気が付かなかった(理由は後述)。小丘陵裾に構築、右側は複室石室で奥壁も1枚石ですが天井は前後ともそれ程高くはありません。左側のは前部が削られ石室も破壊されていますが玄室完存、ただ石材も小型で積み方も粗く花崗岩は表面が剥離しているなど質が悪く隣の石室と比べて見劣りがします。背後にも墳丘が幾つかありました、丘陵から突き出た小さな半独立丘陵のような場所で平坦面に5基確認できました。どれも低平な墳丘で石材も見られず石室があったとも感じられません。ただ頂部にあるのはやや大きく高さもありますが頂部に盗掘坑もありますが石材は見られませんでした。ちょうど地主さんに出会って話を聞くことが出来ました。なんでも3,4年前専門家の方が綾塚を訪問した際、あのような古墳なら近くにも古墳があるかもしれないと聞かれて教えたそうです。その際ヒノキの枝の一部を伐採して見学しやすくしたとか。見学者も増えてその際タバコの火でヒノキが焼けたこともあったとか。普通なら入山禁止にしそうですがそのまま見学させてもらったことに感謝です。でも町にも届けて遺跡地図に載せるはずが未だに載ってないとか。ストリートビュー(13年12月当時)でもこの場所を見ることが出来ますが墳丘はまずわかりません。以前気が付かなかったはずだ、とホッ(笑)

五位ノ木池西古墳群(仮称北支群)

福岡県みやこ町(旧勝山町)2021年2月訪問

多数の石室墳、南群中群、北群(仮称)に分かれる

北支群(仮称)
その25
 位置:33°42′49″N 130°55′06″E (日本測地系)
    3.71689753 130.91595901(世界測地系)
駐車場のすぐ上に石室開口、存在が分かっていれば見えるかも


背後から、頂部に大きな木が生えています


開口部正面、後ろに下がれません


玄室玄門、複室かもしれない


三角おむすび型の奥壁鏡石


〃縦位置


ドーム状の狭い天井


奥から外、両袖式


その26
その25のすぐ上に開口


しゃがむけど悠々入れるレベル


ハッキリ複室なのが分かります


前室からして大きい


ストロボ撮影、左右はそれ程引っ込んでない


前室天井


玄室、あまり奥行きはない、ほぼ1枚石の奥壁


〃縦位置


四角い天井石


奥から外、両袖式、奥行きがないので左右が切れている


前室奥から、こちらの方が玄室らしく見える


天井も後室天井より広い


前室側壁右方向


〃左方向


その27
更に斜面を登ると出会いました、細長い窪みと石材があるから石室痕でしょうか


左右のが側壁でしょうか、尾根頂部にも怪しいのがあったけど断定できず


その28
尾根筋を東に下っていきます


古墳らしい高まりと石材露出


下方から見ると墳丘らしく見えます


その29
尾根筋南側緩斜面に点々と古墳がある


石材露出、石室でしょうね


こちらが正面側、隙間はあるがカメラ入らず


天井石らしい石も露出


その30
これも分かりにくいがまず石室


正面側、内部埋没


玄室辺り、こんなとこに木が生えなくてもいいのに


天井石は木が生えることで動かされている


その31
尾根先端にハッキリした墳丘


墳頂に大きな穴、背の高い玄室の天井が抜かれたようです


奥壁


玄門、かなり狭い


尾根先端側から、より大きく見える


南側から、正面辺りが羨道入り口のようです


その32
帰りは尾根筋を歩いていって出会いました、これも石室のようです


手前のが奥壁でしょうか


その33
これは天井石のようです


僅かに高まりがあります、ここも木が生えて破壊


その34
尾根から南側に伸びる小尾根先端に墳丘


南側に石材露出


石室正面、前は急斜面で下がれません、羨道天井石が傾いている


羨道は埋まり気味、奥に見えているのが玄門


カメラを突っ込んで撮影、なんとか玄室が見えている


玄室ストロボ撮影


奥から外、体を突っ込んでいる内につい入ってしまいました


天井石は1枚、それ程高くはない


奥から右方向側壁


〃左方向、こちらの方が石材が大きい


駐車場から開口部が見えています、訪問後じゃないと気が付きにくい


おまけ
序でなので胸の観音まで登ってみました、あまり寺らしくない建物


巨石信仰の場だったんでしょうか、とんでもない巨石がゴロゴロ


真南に見えた山、多分英彦山、メサを思わせる山容


(見学記)
(北支群)
更に参道を北上、左に急カーブする辺りにも尾根がありますがここは急傾斜のせいか古墳はありませんでした。そこからすぐに駐車場があります。このすぐ上に石室開口、単室ですが前が落ち込んでいてちょっと危ない。そのすぐ上にももう1基、こちらは複室石室が完存しています。駐車場北側に尾根が東西に伸びてその尾根上に何基もの古墳があります。状態の良いのはなく墳丘だけだったり小型石室露出程度、尾根先端にハッキリした墳丘があり天井部が開口、中には入れませんが持ち送りの強いドーム状玄室だったようです。帰り時にも石室2基を見つけました。その内の1基は藪の中に天井石露出、他の石室は全て尾根に直行した南向きに開口していますがこれは尾根に平行した東向きでした。尾根から南に少し突き出た先端にも石室があります。初めは尾根先端に巨石が残っているのかと思い見逃しました(実際すぐ東側にも同様のがあります)。これも南向きに開口、入り口は狭いですが何とか入れます、単室でした。後から駐車場からでも見えていましたがまず気が付きません。
せっかくなので胸の観音まで行ってみました、駐車場から300m8分と書かれていたので楽勝かと思いましたが考えてみれば平地なら300mを8分もかかる訳もなく実際は急傾斜の階段道でした。それでも8分もかからなかったですけどね。お寺とも神社ともわからないような場所、10m以上の巨石が幾つもあり石仏やお堂が祀られていました。巨石信仰の場のようです。平日のせいか人は誰もおらず、人がいて車で来ていたら参道は狭くてすれ違い困難だから(離合場所が何ヶ所かあります)大変だったでしょうけどね。真南にはメサを思わせるような地形がありました、多分英彦山でしょうか。

五位ノ木池西古墳群(仮称中支群)

福岡県みやこ町(旧勝山町)2021年2月訪問

多数の石室墳、南群、中群、北群(仮称)に分かれる

中支群(仮称)
その15
 位置:33°42′42″N 130°55′07″E (日本測地系)
    33.71495327 130.91623685(世界測地系)
参道山道脇に石室露出、これだけだとあまり石室らしく見えませんが


内部に空間があります


反対側から見ると石室らしく見えます、左に見えているのが袖石でしょうか


その16
その先に大きな墳丘が見えています、手前は参道高まり


墳丘背後から、期待は高まりますが


南側に激狭開口


多少埋まりながらも内部は良好に残っているようです、複室でしょうか


その17
16西側に墳丘が見えていました、あまり良好そうでなかったので期待しなかったのですが


石室前部は破壊されるも良好石室開口


複室のような気もする


玄室玄門、内部の明かりは隙間から入り込んだ日差し


巨石2段積みの奥壁


〃縦位置


奥から外、右側の袖石が印象的


やはり複室でしょうか


隙間から差し込んだ日差し、まるでスポットライト、もう埃だらけ、あんな空気を吸っているんだ(汗)


その18
17側に良好な墳丘&石室


開口部、羨道は殆ど壊失


玄門だけど手前は前室かもしれない


玄室、天井は低い


奥から外、まぐさ石も天井を兼ねているような


その19
これも墳丘良好、手前まで石室が伸びているようだ


墳丘上の方に開口部


前室かな


ここも玄室天井は低い、奥壁の積み方が18に似ている


奥から外、左袖石が17の右袖石に似ている


その20
更に隣にも良好な墳丘


だいぶ削られています


石材は僅かに露出程度、きちんと並んでいるから破壊はされていないかも


その21
19下方に良好な墳丘、2段築成か


側面


_2と反対側


神社として利用されていたようです


石室前面が大きく破壊されている


群中最大の石室だけに残念


大きな玄室、内部に祠が祀られている、背後の奥壁鏡石が巨大


右側壁


左側壁


天井は高く1枚石


左袖部


右袖部


その22
下方に低い墳丘


石材露出で古墳と確定


隙間はあるけど内部埋没


その23
22と同規模の墳丘、石材見られず


その24
参道に戻ると山側に高まり


石室が露出していました


左が奥壁、右が側壁


(見学記)
(中支群)
そのすぐ北側にももう一つの支群、尾根はハッキリしませんが大きな墳丘が幾つも見えています。墳丘はよく残っているが石室が殆ど見られなかったり小さい墳丘なのに石室がしっかり残っているなどタイプ様々です。その中で一番大きな墳丘は石室が社殿として使われていたようで内部に祠があります。多分この古墳群としては最大級の石室ですが残念なことに前部は壊失、玄室だけ完存しています。祠があるのでちょっとわかりにくいですが巨石奥壁の上に2枚の石がせり出していて天井を狭くして支えています。1基の石室で側壁の隙間から日差しがレーザーのように差し込んでいました。それを見ると石室内部は埃だらけ、あんなの吸っているんだろうしカメラの内部にも侵入しているんだろうな(汗)

五位ノ木池西古墳群(仮称南支群)

福岡県みやこ町(旧勝山町)2021年2月訪問

多数の石室墳、南群、中群北群(仮称)に分かれる

南支群(仮称)
その1
 位置:33°42′36″N 130°55′08″E (日本測地系)
    33.71328678 130.91651467(世界測地系)
神社参道が急カーブした内側に墳丘


上記反対側から、参道が古墳を避けているんでしょうか


石材露出、北側だから開口部ではなさそう


その2
直ぐ側にも墳丘


石材は全く見られず


その3
その1北側にも墳丘、右後方がその1


これも石材見られず


その4
少し離れた斜面に良好な墳丘


激狭の開口部


内部は良好、これは入るしかない


複室石室で大きな前室


玄室、奥壁は3段積み


奥行きがないので奥壁全体が撮れない


1枚石の狭い天井、四角いとあまりドーム状といった感じがしない


奥から外、左右の袖石の大きさが随分違う


前室奥から


前室天井、こんな本格的なのも意外と少ない


その5
その1から北に進むと右手に尾根筋、そこに古墳が集中しています


斜面上から見ると形のいい墳丘


狭い開口部だけど何とか入れそう


と思ったら羨道が埋まっていた


隙間から撮影、複室石室が良好に残っています、ブリキ缶があるから以前は入れたのかな


その6
尾根斜面に立地、手前の石材は別の古墳のか


開口部正面、石室前部破壊


玄門、前室の可能性もあるかも


玄室、側壁はだいぶ内傾している、鏡石は左右に2個、左がメインで台形


奥から外


斜面上から見た墳丘


斜面をカットした跡が明瞭に残る


その7
上から見た墳丘、やや削られる


こちら側に開口部があるはず


僅かに開口するも内部埋没


その8
上から見た墳丘、これも良好


横から、右後方にも古墳


大きな墳丘、手前にも石材が滑り落ちている


頂部に石室開口、元の墳丘はもっと高かったんだろうな


石室後部残存、背が高そう


奥壁鏡石、花崗岩で風化しやすそう


側壁、右が玄門


玄門、羨道は埋没


その9
背後から見た墳丘


見通しの良い場所だとあちこちから撮りたくなります


斜面斜め下に開口


その8と違い墳丘麓辺りに開口


開口部正面、左の袖石は引っ込み気味


前室、袖石の形がだいぶ違う


ほぼ1枚の鏡石、側壁は更に大きい、四角くなるよう加工された跡がある


奥から外、後室はどこも奥行きがないから撮りづらい


まぐさ石上部の石材、風化で剥離している


前室奥から


玄門から前室右側側壁


〃左側、こちらは1枚で右と随分違う


その10
尾根先端辺りにも大きな墳丘


アングルを変えるとまるで別物のイメージ、記録をしっかりとっておかないと分からなくなります




盗掘で窪んでいる、横穴石室のようです


その11
これも尾根先端辺り


開口部が何とか見えている状態


殆ど埋まった開口部


隙間から撮っても殆どわからない、まぐさ石か


その12
尾根筋に僅かな高まり、古墳かな


その13
これも尾根筋、割とハッキリした墳丘


右後方にも墳丘、その14か


その14
これくらいの高まりがあればもう墳丘


墳頂が窪み僅かに石材露出


(見学記)
(南支群)
みやこ町勝山黒田、胸の観音への参道沿いにある古墳群です。概ね尾根筋に立地、3支群(仮称南、中、北支群)に分けられそうでそれぞれ10基程度の古墳があります。麓にある黒田神社近くから参道があります(案内板があるが目立たない)。林に入ってすぐカーブ辺りの左手に3基の墳丘があります、これは開口していないが少し離れた場所にもう1基、複室石室完存、複室と言っても天井が高くないのもありますがここは前室後室とも背が高い、開口部は狭いですが入れます。参道左側に古墳があるのはここだけ、後は右側ばかりです。大抵大きな墳丘が目に入るので見逃すことはないですが。すぐ先右側に尾根が突き出てその上に何基もの墳丘が見えています。概ね尾根筋南側の斜面に立地、入れる石室も幾つかあります。尾根中間辺りに背の低い墳丘が3基並んでいて如何にも異質、内1基で頂部盗掘、石材が一部見えていますが竪穴か石囲いの箱式石棺だったんでしょうか。この先には古墳はありません。

勝山池西古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2021年2月訪問

 主に丘陵東西の尾根上に分布

その1
 位置:33°41′52″N 130°54′49″E (日本測地系)
    33.70106595 130.91123772(世界測地系)
東西の丘陵間の谷部に立地


同じ高さに来ると却って墳丘がはっきりしない


石室上部が露出


玄門上部辺りが開口


奥壁、特に巨石はなく


左が側壁、右が玄門


_2と反対側から


その2
東側尾根最上部辺り、ハッキリした墳丘


下側から、石材見当たらず


その3
その2すぐ下に低い墳丘、ここを降りていくと東側尾根だろうがパス


石室石材露出


手前が入口側かな


その4
その2から西尾根に移動中発見、割と大きな墳丘


大きく抉られ石材もあまり見られず


墳頂辺り、元の状態も分からず


その5
丘陵最後部やや下った辺りに墳丘


狭い開口部


小型石材を使った背の高い石室残存、正面は側壁でしょうか


その6
西側尾根を下っていくと低い墳丘


天井石が露出


隙間から覗くと石室残存、これは驚いた


露出した天井石側面


狭い開口部、西側に開口、入って入れないこともなかったけどさんざん入った後なのでパス、ちと後悔


背が高く細長い玄室、土圧でかなり傾いています


奥壁は下部に四角い腰石を据える、上部は乱石積み


その7
更に下側にも低い墳丘


とても石室があるとは思えない高さ


その6と似たような石室露出


石室は良好に残っているようだ、その6と同様背が高そう


下方から、右後方にその6、5-7は石室構造や向きが違い別古墳群かも


その8
更に下っていくと尾根が幅広くなり竹が密生


そこそこ残る高まり


墳頂に僅かに石材が露出する程度


その9
すぐ下にも墳丘


ここも石材が僅かに露出する程度


その10
ここも低い墳丘、倒竹が多く移動が困難になってきます


巨石が露出


隙間から内部撮影、奥壁でしょうか


その11
墳丘ははっきりだが石材見られず


その12
この竹林の中では一番大きな墳丘


南側に開口、木が邪魔をしている


複室石室のようです、袖石が随分前後にずれている


巨石1枚石の奥壁、この辺りからカメラのバッテリー残量が少なくなり枚数撮れず、結果的にストロボが必要だったのはここで終わりだったけど


奥から外、奥行きがないので下がれず


狭い天井


前室奥から


前室狭い天井、左の石が随分張り出している


その13
その下にも墳丘、石室は見られず、この辺りから移動困難になり下に行くのを諦めた


その14
その1に戻ろうとして更に墳丘発見


石室露出、天井石は内部に落下


右側の側面が揃っていて側壁だとわかる


(見学記)
みやこ町勝山箕田、勝山神社西方、丘陵から南に突き出る尾根上に分布する古墳群です。東西に2つあり西側のは古墳犬がいたしタケノコ栽培をしている感じで2月下旬ではもう近寄るのも拙いだろうと敬遠しました。まず中間の谷部に入っていって奥にある古墳を訪問、墳丘が残り天井部が開口しています。ハッキリ場所がわかるのはこれだけだったのでこれを起点にしました。ここから西側の高みを目指して登っていきます。丘陵頂部からすぐ南側に3基低い墳丘があり天井石が露出、どれも奥壁が見えていて1基では多分中に入れます(バッテリーが心もとなくなり入らなかったけど)。幅の割に背の高い玄室、奥壁剤も小型です。石室はどれも西向き、この後見つけた下方の古墳は南向き、石室構造もだいぶ違うし別の古墳群にした方がいいのかもしれません。更に下に降りていくと墳丘がポツポツありますが石室は見られず、中間辺りで大きな墳丘があり南側に石室開口、狭いけど中を見ると複室のようだったのでこれは突入、バッテリーを気にしながら撮ったので枚数が少なかった(汗)、結局見られた石室は他に1基だけでした。この辺りから倒竹が激しく移動もままならない状態でこれ以上下るのは諦めました。来た道を引き返すのも厳しくこのまま東側の低い尾根を超えれば最初の古墳辺りだなと推測して行ってみたら正解でした。山の中を歩くのは厳しかったけど石室が何基か見られてホッ、が素直な実感でした。駐車ポイントは勝山神社古墳群と同じ。 

勝山神社古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2021年2月訪問

その1
 位置:33°41′56″N 130°54′57″E (日本測地系)
    33.70217694 130.91345973(世界測地系)
鞍部から見た様子、高まりらしきものが見えています


こういうのは近寄るとたいてい尾根先端なのが多いのですがこれは間違いなく墳丘でした


西側が大きく抉られ石材散乱


もう元の様子はわからない状態


墳丘背後から


その2
神社社殿背後に板石がありました、石室石材でしょうか、下方が鞍部斜面


2枚重なっているようですがその割に形が同じ


その3
神社のある平坦面南端に如何にも墳丘


天井石らしきものが露出、立っているのは流用か別の石材か


ここにも薄い板石がありました


その4
神社のある丘陵西側斜面麓辺りに墳丘


すぐ側は溜池です


天井部に隙間開口


これが奥壁


玄門、羨道入り口は露出していない


開口部足元の側壁、奥壁より大きい


(見学記)
みやこ町勝山黒田、勝山神社のある丘陵に4基からなる古墳群だそうです。まず勝山神社にお参りして周辺を捜索、社殿背後に謎の板石がありました。かなり薄い板石が2枚重なっています。箱式石棺でこんな蓋石を使っているのを見たことがあるからそれでしょうか、でも近くにそれらしい墳丘の高まりはありません。社殿前面が広い平坦地になっているので丘陵頂部がかなり平にされているのかもしれません。更に北に100m程鞍部を越えて行くと如何にも古墳らしい墳丘がありました。こういうのはたいてい尾根先端であることも多いけどこれはまず古墳でしょう。西側が抉られに石材が露出していますがすっかり破壊されているようで元の状況は推測できない。背後に回るとここは尾根先端でした。多少整形されているようですが尾根切断部がはっきりしない。社殿に戻って石段を降りようとしたら右側に墳丘らしきものがありました。上から見ると確かに墳丘らしく見えるけど下方は輪郭がハッキリしない。頂部に石材が立てられここも薄い板石が見られました、やはり古墳かな。石段を降りて(ここに勝山4号がある)丘陵を西側に廻っていくと溜池があり堤から東岸を痕跡道を辿っていくと低いけどハッキリした古墳があります。天井部が開口、入れませんが内部はそれ程埋まっていない、南側に開口しているようです。こうやって見ると勝山4号は1-3号と規模も構造も違いすぎむしろこちらの古墳群に属させても良さそう。因みに勝山1-3号は獣避け柵が出来ていました。入り口は鍵はかかっておらず張り紙にも”注意してお入りください”と書かれているから特に禁止されているわけではなさそうですが扉部分が紐で10ヶ所くらい結ばれていてあれではちょっと入る気にはなれませんでした。前の県道脇に神社説明板がありそこに駐車可。

清地神社古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2021年2月訪問

清地神社古墳群
 10基程、主体部は横穴石室だが殆どまともに見られず

その1
 位置:33°42′05″N 130°54′37″E (日本測地系)
    33.70467655 130.9079046(世界測地系)
神社参道右側竹林内に集中


大きく良好な墳丘


僅かな隙間に石材露出、内部埋没


その2
こちらも大きな墳丘、太い竹が密生して見通し悪い


石材も全く見当たらず


その3
その2下方に低い墳丘、半分以上削られている


隙間開口


隙間から撮影、殆ど埋まる、左が袖石で奥壁も見えているかも


その4
段差部分に墳丘が残る


こちらも大きく削られ石材露出


ここも隙間開口、やや大きい


内部は良好そう、石材も大型のようだ、竹の根がなければまだ撮れたのだが


その5
更に上方に墳丘


横から、斜面に構築


天井石露出


隙間もあったが内部埋没・・ではなかったようだ


その6
これも良好、左側が削られている


またまた隙間開口、こんなのばっかし


やや埋まるも内部良好、複室石室かな


望遠で撮影、奥壁も巨石のようだ


その7
尾根筋に立地した墳丘


またまた隙間開口


内部撮影、太い根が邪魔をして奥まで光が届かず


天井に隙間がありました


奥壁、石材は小型


玄門、玄室の背は高そう


墳丘背後から


その8
これも尾根筋に立地、良好な墳丘


石材は全く見られず


その9
社殿脇にあった高まり


石材は全く見られず、塚の可能性もあるか


その10
こちらも社殿脇、その9より大きい


これはもう石室石材でしょうね


袖石?、元の状態はまるで分からず


(見学記)
みやこ町勝山長川、神社境内に8基程。石段を登って参道が平坦になっている辺りから右側や斜面に分布しています。見通しの良い竹林で墳丘もよく残っているので確認は容易です。でもどれも横穴石室のようですがまともに開口しているのはなく全く見られないか極端な隙間開口ばかりです。中には隙間から撮影でもかなり立派に見える石室もあるんですけどね。唯一天井部が開口して内部が見られるのもありますが入るのは無理です。本殿背後にも2基の墳丘がありますが8基の内の最小クラスより更に小さくその割に背が高いので塚かもしれません。墳丘良好横穴石室も良好そうなのに一つもまともに見られずフラストレーションの溜まる古墳群でした。南東側に清地神社南古墳群がありましたが消滅しています。石段下の石碑前に駐車可。

徳永川の上遺跡

福岡県みやこ町(旧豊津町)2001年4月訪問

縄文後期から古墳時代の複合遺跡
公園となっている
位置:33°40′58″N 130°59′55″E (日本測地系)
   33.68606884 130.9962307(世界測地系)

保存施設


箱式石棺、見ることが出来るのはこれだけ


4号墳(説明板より)


(見学記)
縄文後期から古墳時代の複合遺跡で国道10号脇に公園となっている。が、見学できるのは箱式石棺1だけ、遺跡の説明板もあるが現状との関係がわからず何のため公園にしたのかよくわからない場所です。箱式石棺もガラスのピラミッドのような施設の中に入っているので中は温室状態、他の遺跡でも見かけたことがあるがこういうのは中に雑草が繁茂して見学には適さないんだよね。石棺が保存されているというので来てみたがちょっとがっかりでした。

寺田川古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問

前方後円墳、TL40,RH4,FH2
位置:33°42′41″N 130°55′25″E (日本測地系)
   33.71467564 130.9212364(世界測地系)

墳丘、左が前方部


ドーム状玄室、手前がかなり破壊されている


西側にある円墳


(見学記)
綾塚前の県道を北東に1.2km程行くと民家背後の低い尾根上にある。全長40mの前方後円墳だが大分小さくなっているようだ。後円部に石室が開口羨道は埋まり玄室も前面が大きく破壊されているが小型の平石を積み上げたドーム状の玄室で天井もはっきりせずかなり古式の石室のようだ。西側にも円墳がある。

橘塚古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、2012年2月訪問

円墳、R40,H7、6C末
複室構造横穴式石室
全長15.6m、前室3.2,1.9,2.8,後室4,2.8,4.2m
位置:33°42′04″N 130°55′29″E (日本測地系)
   33.70439902 130.92234777(世界測地系)

墳丘、石室正面


巨大な開口部


羨道からして石材大型


前室


前室上部


巨石を使った玄室


〃(縦位置)


玄室上部


玄室天井


奥から外、両袖式、左右袖石も1枚石で高さが揃う


玄室前室右側


〃左側


前室奥から


羨道奥から外


(見学記)
平地にある径40m、高7mの大型円墳で南側に石室が開口、全長15.6m巨石を使った複室構造の石室です。石室入り口から奥を見ると横幅が少しずつ狭まり天井石も一段毎に下がっていて視覚効果を狙っているのかも知れません。前室は長3.2m,幅1.9m,高2.8m、玄室は長4m、幅2.8m、高4.2mと巨大です。国史跡。黒田小学校校庭にあるが側に保育園もあり大阪の事件の後では自由に入れるだろうか。
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋
ブログ館

へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。
メール連絡が必要な方は↑からお願いします

ブログ内検索
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
最新記事
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

更新通知登録ボタン

更新通知で新しい記事をいち早くお届けします

各県市町村別
最新コメント
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示