大塚北古墳群

5基以上

その1
墳丘はハッキリしている


反対側から見るととても古墳には見えない、背後のカットは後世のでしょうね


その2
下方にハッキリした墳丘、浅くカットした跡が残る


近寄ると多少石材が露出


天井石のようだが隙間もなく


右奥に見えているのがその1


その3
なだらかな墳丘


下方から


僅かに石材露出、隙間開口


隙間過ぎてカメラ突っ込めず、石室内部の空間は残っているようだ


その4
急斜面に墳丘


墳丘横から


反対側から、石材見られず


その5
この辺りで次々と見つかります


墳丘は結構大きい、石室確認の為廻りを回る必要がある


下側が少し削られている


天井石らしいのが露出、もう絶望的な隙間


その6
 位置:33°38′54″,130°58′27″(日本測地系)    
    33.65162833,130.97178952(世界測地系)
最初に出会った状況、かなり加工された天井石


天井石が露出した墳丘、やっと入れそうな石室に遭遇


正面から、手前にも基部が残っている


羨道、単室かな


玄門から見た玄室、規模の割に背は高い


奥壁、下部に鏡石を据える


奥から外、左は袖石があるが右はハッキリしたのはない


奥から左


奥から右、板状の石が見えている


〃ストロボ無し


細長い天井、奥から


墳丘下方から


その6南側の尾根上に墳丘、予め撮っておきました(その9)


その右側にその8、こちらは尾根上見学後もう一度降りて撮影

(以下次週)

見学記
節丸古墳群
みやこ町節丸、丘陵西部にある古墳群の総称で北側から在馬古墳群、大塚北古墳群、大塚南古墳群、山口古墳群等からなりどれも10基程度、単独墳も混じっています。丘陵のかなりの部分がゴルフ場で占められ丘陵の端っこにかろうじて残っています。複室や単室、背の高いドーム状石室などタイプは色々、背の高い石室は何故か天井部が開口していることも多い。それ程大型の石室はありませんが探す楽しみがあります、探すのが大変ともいいますが(汗)。フェイク墳丘も結構あります。ゴルフ場が側にあるのでゴルフボールもたくさん落ちています、特にゴルフ場フェンス近くに多く注意が必要、注意してもどうしようもないですが。東側国道496号沿いに公園があり駐車場もあります。

在馬古墳群

福岡県みやこ町(旧豊津町)2023年2月訪問

6基以上
(在馬の読みを調べたが分からず、”ありま”かな)

その1
 位置:33°39′01″N,130°58′30″E(日本測地系)
    33.65357257,130.97262273(世界測地系)
麓近くの斜面に立地


下側に開口


羨道は壊失しているが複室石室


後室玄門


前室左側壁


前室右側壁


1枚石の奥壁


奥から外、明瞭なまぐさ石はない


天井も1枚石


前室奥から


その2から見た墳丘


その2
その1のすぐ隣にも同様の墳丘


墳丘上方から


下側に開口しているが埋没


その3
上の方の斜面に墳丘、右手前のは古墳ではなさそう


上方から


石室は破壊、一部のみ残存


背後にカットした跡が残る


その4
 位置:33°39′03″N,130°58′29″E(日本測地系)
    33.65412806,130.97234496(世界測地系)
これも斜面に立地だが下方でなく横向きに開口


開口部


これも羨道壊失、前室のようです


前室左側壁


前室右側壁


後室、奥壁は標準的な形状だが上の詰め石が変わっている


天井石


奥から外、奥行きがないので下がれない


後室右側壁、これも奥壁に使えそうな形状


後室左側壁


前室奥から


奥から左側の袖石、もうまぐさ石を乗せる気は全くなし


奥から前室右側


墳丘上方から


_1と反対側から


その5
 位置:33°39′09″N,130°58′26″E(日本測地系)
    33.65579452,130.97151166(世界測地系)
藪に包まれた墳丘、かなり離れて立地


反対側から、後方はゴルフ場


墳頂部に穴が開いて開口、知らずに歩くと危険


側壁、かなり高い石室


右側が玄門まぐさ石のようです


小型割石を積んだ奥壁、下部に一応鏡石っぽいのを据えている


おまけ
柵から入って最初に見かけたのがこれ、どう見ても墳丘だが偽物


直ぐ側にはこんなのもあります、さすがにこれは怪しすぎ


(見学記)
節丸古墳群
みやこ町節丸、丘陵西部にある古墳群の総称で北側から在馬古墳群、大塚北古墳群、大塚南古墳群、山口古墳群等からなりどれも10基程度、単独墳も混じっています。丘陵のかなりの部分がゴルフ場で占められ丘陵の端っこにかろうじて残っています。複室や単室、背の高いドーム状石室などタイプは色々、背の高い石室は何故か天井部が開口していることも多い。それ程大型の石室はありませんが探す楽しみがあります、探すのが大変ともいいますが(汗)。フェイク墳丘も結構あります。ゴルフ場が側にあるのでゴルフボールもたくさん落ちています、特にゴルフ場フェンス近くに多く注意が必要、注意してもどうしようもないですが。東側国道496号沿いに公園があり駐車場もあります。公園から丘陵を見ると墓地があり北側の古墳群はそこから入っていけます。小型車だとこの前でも駐車可。そのまま南側にも行けますが途中にメガソーラーがあるので通りにくい。麓に獣避け柵が巡っていてそれに沿って南に歩いていくと舗装道路が尽きる辺りに入り口があり山口古墳群はそこから入るとすぐです。柵の出入り口はたいてい何重にも紐で結ばれていることが多いですがここは針金で軽く結んでいるだけ、今までで一番楽な出入り口だった。

寺田川古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、22年12月再訪

寺田川古墳(寺田川2号墳)
 前方後円墳、TL40,RH4,FH2
 位置:33°42′40″N,130°55′28″E (日本測地系)
    33.71439792,130.92206966(世界測地系)
(2022年)
20年ぶりの訪問、相変わらずの竹林だけど下草がない分見やすかった


北東方向、前方部隅から後円部


北側から、尾根が狭くこれ以上下がれない


後円部正面


南側から


後円部南側に開口


羨道埋没、玄室全面が破壊、開口部辺りは竹が伐採されている


ドーム状の玄室、奥壁側壁とも小型石材


縦位置、天井石がかろうじて残る


右側壁


左側壁、細かな詰石まで残っている


羨道は埋没、袖石はハッキリしない


羨道部を真上から


前方部から後円部


後円部から前方部


3号
すぐ西側に3号


横から、耕作でここが段差になっている


西側から、横穴石室だそうだが石材全く見られず


4号
古墳なのかな


(2001年)
(プリントをスマホでデジタルスキャン)
かなり荒れた墳丘


くびれ部、北側から


石室内部、ここは竹が生えていない


奥壁


左側壁


右側壁


3号
墳丘東側から


西側から


見学記
(2022年)
勝山黒田、ここも21年ぶりの訪問、低い突き出た尾根状丘陵の先端に構築された前方後円墳です、全長40m程、背の高い後円部や低く短い前方部がよく残っています。21年前の写真を見ると同じ竹林ですがかなり荒れた状況、今回の方が竹がだいぶ伐採されていて墳丘がよく観察できました。後円部南側に石室露出、ドーム状玄室ですが石材は側壁奥壁とも小型、前上部が破壊、羨道も埋没しています。すぐ西側にも比較的大きな墳丘が見えてます、こちらは石材全く見られず。更に3,40m程行くと北側斜面に丸く突き出た部分があるが古墳なんでしょうか。グーグルマップだとこれが寺田川2号となっている。寺田川古墳と寺田川1,3号のアイコンもあって微妙に位置がずれている。現地でスマホで現在位置を確認してもこの両者とずれている、2,30mの誤差は致し方ないか。ここは案内も説明板もありません。東側を通る県道に駐車スペースあり。

(2001年)
綾塚前の県道を北東に1.2km程行くと民家背後の低い尾根上にある。全長40mの前方後円墳だが大分小さくなっているようだ。後円部に石室が開口羨道は埋まり玄室も前面が大きく破壊されているが小型の平石を積み上げたドーム状の玄室で天井もはっきりせずかなり古式の石室のようだ。西側にも円墳がある。

上野東古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年1月訪問

円墳
 横穴式石室(埋没)
 位置:33°41′20″N,130°53′55″E(日本測地系)
    33.69217789,130.89623931(世界測地系)
この地では数少ない単独墳、県道で西側が少し削られる、背後に低い舌状尾根、画面左側にも続いている


墳丘はよく残っているが開口部は見当たらず


南側に丸い輪郭も残る


墳頂に祠が祀られている


下の石材が怪しい、横穴石室石材を流用か


(見学記)
みやこ町勝山松田、大きな工場南側、道路脇に存在、この地域では珍しい単独墳のようです。横穴石室があるとなっていたので寄ってみました。西側が道路で大きく削られていますが概ね良好に残っています。99%開口してないだろうなと思ったけど案の定でした、石室入り口でさえ全くわかりません。墳頂に祠がありその台石が石室石材かもしれません。地図で見ると平野の中に立地と思いましたが現地に行ってみると細長い尾根状丘陵を利用して造られているようです。この地形は多分1万分の1程度の地形図では出てこないだろうな。

扇八幡北古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年4月訪問

丘陵先端に分布、確認7基

その1
 位置:33°41′50″N,130°54′27″E(日本測地系)
    33.70051038,130.90512717(世界測地系)
扇八幡からすぐ北側に墳丘


結果的にこれが一番大きかった


墳頂は直線的に大きく掘られている


反対側から


その2
その1とその2の間は鞍部になっている、尾根先端に向かって高くなり低い墳丘が連なる


大きさの割に低い墳丘


北側から、後方にその1,間が鞍部


その3
これも同規模の墳丘


右後方にその4


東側から、こちらから見ると割りとハッキリ


その4
尾根最高所手前に立地、何故か最高所には古墳がなかった


北側最高所辺りから


カメラを低くして撮影


その5
東側斜面にごく僅かな高まり


その6
更に南側にも僅かな高まり、右がその3、後方がその2


やはり古墳でしょうね


(見学記)
扇八幡古墳の北側にも古墳群があると言うので行ってみました。小さな丘陵北側に突き出た尾根上地形、古墳造りには適した場所です。高さとしては扇八幡古墳の場所よりやや下でしょうか。7基程確認、どれも大きさの割には背の低い墳丘で石材などは全く見られず中期古墳群でしょうか。南側にある北野古墳群と比べて個々の古墳の規模はこちらの方が大きい。

北野古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2022年12月訪問

 資料では4基

その1
 位置:33°41′42″N,130°54′23″E(日本測地系)
    33.69828843,130.90401621(世界測地系)
墓地脇にハッキリした墳丘


結果的に最初に見つけたこれが一番状態がよかった


墳頂が僅かに窪む、1,2号で箱式石棺だそうでこれかもしれない


その2
側の平坦な林の中に低い墳丘


これだけの高さがあればまずまず


その3
これも低い墳丘


山道で真っ二つ、奥にその4、石材等は全く見られず


その4
低い高まりが残る


これも山道で削られる


その5
その1近くに同規模の墳丘


これも1,2号のどちらかか


その6
念の為に探して見つけた低い墳丘


撮り方を工夫しないと高さが写らない


(見学記)
扇八幡南古墳群、南側に古い墓地がありその周辺に古墳が幾つかありました。どれも小さく低平な墳丘、墓地脇のが比較的高いがそれでも高2mもありません。墳頂も盗掘なのか窪んでいますが石材見られず。中には山道で墳丘が真っ二つになっているのもありましたが石材は全く見られず。木棺直葬だったんでしょうか。

扇八幡南古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、22年12月再訪

5基、3基確認
(2022年)
その1
扇八幡墳頂から見た墳丘、手前が外堤


外堤に接していててっきり陪墳と思ったが九州の古墳では陪墳は殆どないそうです


南側開口部はすっかり藪になっていた


羨道は基部しか残っていない、右側の白い石は大理石?


開口部、01年当時より狭くなっていた


石室内部、奥壁は左右に石を並べる


左側壁


右側壁


その2
すぐ南側にその2とその3


はっきりした墳丘


耕作の為か少し削られている


一部石材が露出、横穴だろうが元の形状は分からず


その3
ほぼ同規模の墳丘


左や反対側が少し削られている


石材露出


反対側にも石材、まず横穴でしょうね


(2001年)
(プリントをスマホでデジタルスキャン)
その1
開口部


奥壁、デジタルスキャンだと時々変にカットされる


奥から外、両袖式


その2
墳丘



見学記
扇八幡古墳南側に3基の古墳があります(資料では5基)、以前は陪墳としていましたが資料では扇八幡南古墳群となっています。九州の古墳には陪冢が極端に少ないそうで(佐賀県船塚古墳など)ここはその極端に少ない例か、それとも別の古墳群か。扇八幡古墳外堤すぐ外側にある古墳で石室開口、前部が破壊されていますが後部が残っています。中に入るのは困難と思ったが前回は入っていた。盗掘部分に白い石がありひょっとして大理石か、大理石で出来た石室なら凄いけどこれ1個きりでした。他の2基は割りと背の高い墳丘が残っています、僅かに石材が露出、どちらも横穴石室かもしれません。以前の見学記では2基と書いているけど1基は見逃したか、当時は藪だったのかな。
(追記)後日再訪するもこの3基以外明瞭な墳丘はなかった。

扇八幡古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、22年12月再訪

前方後円墳、TL59,R35,RH7,FW41,FH7、6C前半
位置:33°41′46″N,130°54′24″E(日本測地系)
   33.6993994,130.90429393(世界測地系)
(2022年)
神社背後に墳丘、地形的にはここが最高所


前方部周溝と外堤


東側周溝と外堤(前方部側から)


前方部東北隅の突出部


前方部正面、直線的で2段築成なのがわかる


前方部北西隅


西側周溝と外堤(前方部側から)


前方部隅から後円部


後円部西側から前方部


後円部正面、なんとか2段とわかるかな


後円部南端から西側、周溝と外堤


後円部南東から


東側周溝と外堤(南側から)


後円部東側から前方部


前方部東北隅、やはり突出しているように見える


更に近寄って、当時のか後世のか


突出部上から


前方部から後円部、樹木が生えていて見通しがきかない


後円部から前方部


後円部から見下ろした外堤、後円部側は周溝幅が前方部側より狭い、01年_3と同じアングル


後円部外包外側に別区があるというので後日訪問、上記のすぐ西側です


確かにこの部分だけ広くなっている、西側から


墳丘西側、スマホでパノラマ撮影


(2001年)
(プリントをスマホでデジタルスキャン)
後円部西から


後円部正面


墳頂から見た外堤


後円部西側から前方部


後円部と外堤、フィルム時代とは言え5枚しか撮ってないし後円部ばかりだ


見学記
(2022年)
勝山箕田、扇八幡神社社殿背後にある前方後円墳です。この南北に別の古墳群があると知って序でにここも訪問、21年ぶりでした。前回は01年だからまだフィルム時代のことか、もう少し撮って入るだろうけど2枚しかアップしていない。もう当時のことはすっかり忘れていて来てみると墳丘や外堤が良好に残っているのに驚きました。植生も殆ど変わりなく適度に伐採管理されているのかもしれません。墳丘も殆ど盗掘跡がなく良好に保たれています。後円部前方部とも背が高く横穴石室の可能性があるかな、だとすると未盗掘かもと期待が高まります。前方部北東角に突き出た部分がある、一見造出のように見えるけどこんな位置の造出は見たこと無い、でも当時のもののようにも見える。逆に説明板に後円部正面外堤に四角い張り出し、と書かれているがよく確認できなかった、ただ前回の写真で同じ場所を撮っているのがありましたが確かに別区のようなのが見えています。付近の道路に案内板あり、社殿近くまで車で入って行けて駐車場有り。

(2001年)
町役場西方1.4km、丘陵上にある全長59m、6C前半の前方後円墳です。前方部の発達史が墳形で周囲の外堤と共に保存状態は極めて良好です。後円部正面の外堤には四角い張り出し部も明瞭に残っています。西側に陪墳が2基あり1基で小型の石室が開口しています。墳丘は竹の子だらけで石室内部まで竹の子が顔を出していた。県史跡。

永敬寺裏古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年1月訪問

4基
その1
33°42′22″N,130°55′14″E(日本測地系)
33.70939836,130.91818132(世界測地系)
お寺裏に大きな墳丘、南西から


東側から、この付近の古墳群でもトップクラスの大きさ


北東から、2段築成?


北から、周囲が少し削られている


南側に巨石露出、僅かに隙間


内部は埋没、まぐさ石が見えているか


墳頂にも石材、墳丘の高さを考えると石室天井とは思えない


その2
その1南側藪の中に高まりが見えている


南に廻ってみると墳丘のようです


石材露出、開口部は見当たらず


その3
50m程東の林の中にも墳丘


南側が大きく抉られている


石材は全く見当たらず


直ぐ側の墓地に怪しき石材


反対側から、墳丘はよく残る


その4
すぐ東側にも同規模の墳丘、こちらは柵の中


墳丘はよく残るも


やはり抉られた跡があり石材見当たらず


背後から、わざわざ柵内に入る必要もなし


(見学記)
みやこ町勝山黒田、名前の通りお寺裏の丘陵に4基からなる古墳群です。お寺からも行けますが西側に一番大きな墳丘があるので西から接近、細い道を登っていくと果樹園手前左側に大きな墳丘があります。南側に巨石露出、僅かな隙間がありますが内部は埋没していました。すぐ南側に小さな墳丘、こちらも石材が僅かに露出している程度です。東側50m程のとこに2基の墳丘、これもそこそこの規模ですが頂部が大きく盗掘されていますが石材全く見られず。側に代々の住職さんのお墓がありその中に墓石じゃなく記念碑のような大きな石材があり一部で矢穴の跡もありひょっとしたら石室石材が使われているのかもしれません。しかしこの地域石室もだけど墳丘も残り具合がいいのが多いな。専門の職能集団がいたんでしょうか。お寺に駐車場有り。

新池西南古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2023年1月訪問

(仮称西支群)
その5
33°42′24″N,130°55′05″E(日本測地系)
33.70995379,130.91568154(世界測地系)
その3から尾根筋を登っていく途中にある、この辺りの古墳群でこのようにポツンと立地しているのが少数派


下方の石組み、外護列石風?


南側に開口


カメラを突っ込んで撮影、意外と良好


単室か、石組みはよく残っている、右上は赤色顔料?、全体に残ってないのが不思議


奥から外、左と右で袖石が随分違う


まぐさ石や天井石も赤く染まる


まぐさ石の隙間から内部撮影


その6
33°42′25″N,130°55′02″E(日本測地系)
33.7102315,130.91484828(世界測地系)
尾根筋頂部平坦面に墳丘、こんな高い場所にしては大きな墳丘


南側が大きく抉られている


左右の石が側壁か


_1と反対側から


その7
その8に行こうとしてこの石材に気がつく


目立つ石はこれくらいしか無いけどどう見ても袖石


ただ前後で少しずれている


玄室部分は窪み側壁が僅かに残るのみ


これが天井石か


後方にその6、こちらに墳丘があっても接していると言うほどではないか


その8
急斜面際に巨石と僅かな高まり、自然石の露出かと思いましたが


反対側に回ると石室でした


羨道は壊失、小型ながら天井は1枚か


正面から、右も側壁で無いかもしれない


奥壁、現状ではあまり奥行きはなく1.5m程度


右側壁、一応中に入れる


左側壁


少し離れて撮影、前は急傾斜で石室はあまり伸ばせそうにない


(仮称東支群)
その1
動物避柵の向こうに墳丘、この側から中に入れます


丘陵麓辺りに立地


斜面をカットした墳丘


横から、開口部は全く見当たらず


その2墳頂から、説明板のようなものは古墳とは全く無関係


その2
33°42′23″N,130°55′08″E(日本測地系)
33.70967606,130.9165148(世界測地系)
その1から見たその2


開口するならこっちの方だが全く見当たらず


背後から、墳丘が赤っぽく見えているのは楓の枯葉、落葉直後だったらさぞかし見事だったでしょう


墳頂に開口部、柵は落下防止のためでしょう


奥壁上部が開口


玄室が良好に残っています


袖石は板石状で左右ほぼ対称、まぐさ石もかなり加工されこの辺りの石室とはやや異なる


右側、背は高そうです


左側


その3
北西側やや離れた場所に立地


南側に開口、この程度なら入れると思ったが


内部は殆ど埋没


その4から見た墳丘


墳丘背後から


背後は大きくカットされ広い平坦面になっている


左がその4、右がその3


斜面カットの様子、右が尾根斜面、左が墳丘


その4
33°42′25″N,130°55′07″E(日本測地系)
33.71023155,130.91623703(世界測地系)
その3下方にその4


こちらから見るとあまり明瞭な境目はない


南側に開口


しゃがめば悠々と入れる


短い羨道、奥に前室後室が見えている


前室からして大きい


狭く高い天井、前室でここまで本格的なのも珍しい


後室玄門、両袖とも2段積み


巨石を積んだ後室、奥壁下部は左右2枚並べる


後室🔦


〃縦位置、更に背が高く


後室天井🔦


奥から外


奥から外🔦、ホワイトバランスの関係でちょっと変わった写真になりました


〃縦位置🔦


玄門上部


狭い天井、主軸方向に長い


前室奥から


〃🔦


奥から撮ると天井の高さが強調される


前室天井🔦


墳丘背後から


背後は広い周溝状平坦面になっている


削り残した地形がまるで外堤のよう


_23を撮った辺りからの墳丘


(西支群を見た後その1周辺を探したので番号が飛んでいます)
その9
天井石露出、墳丘の高まりは確認できず


隙間があるが内部埋没


その10
その1側の斜面に石材、背後がその1


まず石室天井石でしょう


(見学記)
永敬寺裏古墳群の新池を挟んだ西側丘陵上にある古墳群です。西南と名がついているけどほぼ西側、資料には4基以上1基消滅とありますが10基程見つかりました、入室できるのは2基、天井開口1基でしたがなかなか個性的な石室を持つ古墳群でした。東側に獣避け柵から入っていくと目の前に大きな墳丘、これは開口していません。すぐ北側にも大きな墳丘、この地域の傾向として南側に開口することが多い、なので未開口かなと思いましたが墳頂に登ってみると天井部が開口、鉄柵がありますがこれは転落防止の為でしょう。中を見ると両袖式の玄門が見えています、背の高い玄室のようです、奥壁はさすがに怖くて撮れなかった。カエデの落ち葉が積もって赤く染まった墳丘はとても綺麗でした。この裾辺りに2基あります、殆ど高まりはなく石材が露出程度、多分古墳。北西50m程辺り、短い尾根に2基の墳丘があります。上側の墳丘が大きく南側に開口、これは入れると思ったが中を覗くとすっかり埋没していました。すぐ下にやや小さな墳丘、こちらも南側に開口して入れます。複室石室ですが前室後室とも天井が高い、複室なら普通ですが天井が狭い、特に前室の天井の狭さはあまり見たことがありません。2基とも背後の斜面をカットして広い平坦面を造っています。更に下側のは尾根をまるで外堤のように残していました。同じような構造は小堤池北古墳群でも見られました。更に西に登っていくと途中に古墳、南側に開口していますが玄室は狭く単室かな。更に登っていくと尾根頂部辺りに大きな墳丘、頂部が盗掘され石室も大きく破壊、何とか輪郭が分かる程度です。南西側斜面際に高まりがある、古墳かなと近づいてみるとその手前にも2個の石、これはどう見ても玄門袖石じゃないか、そう思ってみると玄室らしい石組みもありました、1.5×1m程度の小型石室です、子供のなのかな。墳丘の脇に小さな石室を持つ古墳が付随するのは岡山県総社市峠1号や熊本県山鹿市黄金塚古墳等の例がありますがこれもそうでしょうか。最初に目についた高まりはやはり古墳で石室開口、でも後部しか残っていません。幅は1.5mくらいありますが長さが短い、前は急斜面なので元々長くはなかったよう。すぐ北側には平坦面があるのになんでこんな場所に造ったのかな。
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