徳永川の上遺跡

福岡県みやこ町(旧豊津町)2001年4月訪問

縄文後期から古墳時代の複合遺跡
公園となっている
位置:33°40′58″N 130°59′55″E


保存施設


箱式石棺、見ることが出来るのはこれだけ


4号墳(説明板より)


(見学記)

縄文後期から古墳時代の複合遺跡で国道10号脇に公園となっている。が、見学できるのは箱式石棺1だけ、遺跡の説明板もあるが現状との関係がわからず何のため公園にしたのかよくわからない場所です。箱式石棺もガラスのピラミッドのような施設の中に入っているので中は温室状態、他の遺跡でも見かけたことがあるがこういうのは中に雑草が繁茂して見学には適さないんだよね。石棺が保存されているというので来てみたがちょっとがっかりでした。

寺田川古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問

前方後円墳、TL40,RH4,FH2
位置:33°42′41″N 130°55′25″E

墳丘、左が前方部


ドーム状玄室、手前がかなり破壊されている


西側にある円墳


(見学記)

綾塚前の県道を北東に1.2km程行くと民家背後の低い尾根上にある。全長40mの前方後円墳だが大分小さくなっているようだ。後円部に石室が開口羨道は埋まり玄室も前面が大きく破壊されているが小型の平石を積み上げたドーム状の玄室で天井もはっきりせずかなり古式の石室のようだ。西側にも円墳がある。

橘塚古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、2012年2月訪問

円墳、R40,H7、6C末
複室構造横穴式石室
全長15.6m、前室3.2,1.9,2.8,後室4,2.8,4.2m
位置:33°42′04″N 130°55′29″E

墳丘、石室正面


巨大な開口部


羨道からして石材大型


前室


前室上部


巨石を使った玄室


〃(縦位置)


玄室上部


玄室天井


奥から外、両袖式、左右袖石も1枚石で高さが揃う


玄室前室右側


〃左側


前室奥から


羨道奥から外


(見学記)

平地にある径40m、高7mの大型円墳で南側に石室が開口、全長15.6m巨石を使った複室構造の石室です。石室入り口から奥を見ると横幅が少しずつ狭まり天井石も一段毎に下がっていて視覚効果を狙っているのかも知れません。前室は長3.2m,幅1.9m,高2.8m、玄室は長4m、幅2.8m、高4.2mと巨大です。国史跡。黒田小学校校庭にあるが側に保育園もあり大阪の事件の後では自由に入れるだろうか。

庄屋塚古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2012年2月訪問

前方後円墳、TL90,R45
横穴式石室(前方部)複室石室6.3m、前室長1.3,幅1.6,高1.8、玄室長2.6,幅1.8,高2m
(後円部)見学不可
位置:33°42′24″N 130°55′49″E

前方部端、住宅街の中に大きな墳丘が残る


住宅の間から後円部にあがれる


前方部から後円部、左(北側)が大分削られている


後円部から前方部


前方部石室開口部


ここは前室入り口辺り、羨道は壊失


前室


ブロック状の石を積み上げた玄室


玄室(縦位置)


奥から外、両袖式、床面にしきみ石


前室奥から


石室右側奥から


石室左側奥から、こちらの方が袖幅が大きい


1枚石の天井石


(見学記)

みやこ町勝山黒田、国道201号線勝山黒田交差点から県道250号を北に曲がり次の信号を右に曲がって町道に入り400m程右手に大きな墳丘が見えて説明板も立っています。北東南西に主軸をとった全長85mの前方後円墳で周囲が多少削られていますが墳丘は良好です。集落が周りより少し高くなった微高地にあるようで古墳もそれを利用して造られたようです。後円部と前方部に石室がありますが現在見学できるのは前方部のみ、民家の裏に開口しているので墳丘上から降りていった方が楽ですが上から見ると開口部は分かりにくい。複室石室ですが羨道は失われているようです。玄室はドーム状で天井は狭く1枚石、墳丘規模の割にはそれ程大きな石室ではありません。町史跡。説明板辺りに駐車可かな。

扇八幡古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問

前方後円墳、TL59,R35,RH7,FW41,FH7、6C前半
陪墳2基
位置:33°41′48″N 130°54′26″E

後円部正面、手前に外堤


後円部、外堤、画面手前に外堤張り出しがある


陪墳
石室開口部


小型玄室


(見学記)

町役場西方1.4km、丘陵上にある全長59m、6C前半の前方後円墳です。前方部の発達史が墳形で周囲の外堤と共に保存状態は極めて良好です。後円部正面の外堤には四角い張り出し部も明瞭に残っています。西側に陪墳が2基あり1基で小型の石室が開口しています。墳丘は竹の子だらけで石室内部まで竹の子が顔を出していた。県史跡。

箕田丸山古墳

福岡県みやこ町(旧勝山町)2001年4月訪問、2012年2月訪問

前方後円墳、TL40、6C前半
横穴式石室、玄室長2.3,幅1.8,高1.8m
(前方部石室は埋没)
位置:33°41′40″N 130°54′30″E

お堂の背後に墳丘がある


後円部から前方部


前方部から後円部


墳丘裾は大分削られている


後円部石室開口状況


劇狭の開口部、羨道が短いので入るのは難しくない


小形石材を積み上げたドーム状玄室、最下部に大型石材を据えている


玄室上部、ドーム状


狭い天助部


奥から外、両袖式


〃(縦位置)


玄室右側、最下部の石が特に大きい


玄室左側


(見学記)

扇八幡南300m、低い丘陵上にある全長40mの前方後円墳です。後円部西側に石室が開口、羨道は殆ど失われていますが背の高いドーム状の玄室が残っています。後で前方部にも石室があることが分かって大ショック、立ち去る時何となく前方部が気になっていたのだが藪が深そうでつい諦めてしまった。場所が分かりにくいので集落の人に薬師如来の場所を聞くとよいでしょう。その背後にあります。
(追記)前方部の石室は埋まっているようです。

彦徳甲塚古墳

福岡県みやこ町(旧豊津町)2005年3月訪問

円墳、R29,H7、6C後半
位置:33°40′52″N 130°58′22″E

墳丘北東から、緩斜面に立地、二段築成


墳丘北から、手前に二重周溝がある


二重周溝があるのは山側だけ


墳頂から見た周溝、平野部が一望できる

勝山古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2012年2月訪問

円墳4基

1号
円墳、R18
横穴式複室石室、全長11m、玄室長3.8,幅2.8,高3.1m
位置:33°41′49″N 130°55′00″E

良好に残る墳丘、石室前部は破壊


天井石が落下して入り口を塞ぐ


僅かに隙間、通れないことはなさそうだけど


石室奥、カメラを突っ込んで撮影


奥壁、1枚石かな


2号
円墳
横穴式複室石室、全長9.8m
前室長2,幅1.9,高2.2m
後室長3.2,幅2.3,高2.7m

良好な墳丘、石室正面


石室前部はハの字状に開いているようにも見える


羨道


前室


〃(縦位置)


巨石を使った玄室


〃(縦位置)


高く狭い天井


奥から外(縦位置)


前室奥から


〃(縦位置)


羨道奥から、ここが前室のようにも見えるが


3号
円墳、R19以上
横穴式複室石室、全長12.3m
前室長2.2,幅2,高2m
中室長2,幅2,高2.2m
後室長3,幅2.6,高2.9m

石室正面、墳丘も良好


短い羨道


前室(縦位置)


中室


〃(縦位置)


後室、奥行きはそれ程無い、巨大な奥壁、側壁が傾いていて下部に隙間があり石を詰めた辺りが画竜点睛を欠く


〃(縦位置)


天井部、2号ほどドーム状ではない


奥から外(縦位置)


石室右側奥から


石室左側奥から


中室奥から


前室奥から、巨石だが中室よりはやや小ぶり


手前3号、右奥2号


4号
円墳、R8
横穴式石室

1-3号に比べて小型な墳丘


右奥林にに1-3号がある


石室露出、全部は天井壊失、内部埋没


最奥辺りに僅かに空間、左が奥壁


(見学記)
みやこ町勝山黒田、勝山中学校西方にある勝山神社のある丘陵南側麓にある4基からなる古墳群でほぼ直線状に並んでいます。麓にある鳥居脇にあるのが4号、小さな墳丘で石室露出天井石は1枚しか残っておらず石室内も殆ど埋まっています。最近樹木が伐採されたようで見やすくはなってます。鳥居右側に勝山古墳の案内があるので林の中に入っていくと4号からは想像できない大きな墳丘が3基並んでいます。手前から3,2,1号で3,2号は石室もよく残っています。3号は複室石室というか複々室石室というか短い羨道を入るとまず前室更に奥にはいると玄室と思いきや中室とでも言うべき部屋、その奥に玄室があります。背が高くドーム状側壁も巨石を使い奥壁はほぼ1枚石の巨石、元々でしょうが少し前傾しているため今にも倒れそうで恐怖感を覚えます。奥壁そのものが下部でやや幅が狭くなり側壁も斜めになっているので下部両側に大きな隙間があり石を詰めていますがやや不格好で画竜点睛を欠く感じです。側壁との重なり具合を見ると奥壁や側壁を設置した後石を詰めたのでしょうか。隣の2号は墳丘規模はほぼ同じですが石室は普通の複室石室です(3号と同じ複々室に見えないこともない)。天井が高くドーム状になっています。この石室だけ見れば十分立派なんですが3号を見た後では多少見劣りがする。1号は石室入り口の天井石が落下しているため殆ど埋まっていて僅かな隙間から中を覗ける程度だけど奥がかなりあるのでよく分かりません。突入を試みたけど腰が引っかかって無理だった。入れないこともないと思うけど側壁が泥で汚れていて強行突入すると泥まみれになりそう。神社にいた人に聞いた話では町としてはもっと宣伝したいそうだけど1-3号は個人の所有になっているのがネックだそうです。それででしょうか、近くで見かけて町内の古墳案内図にも載っていなかった。町や県の史跡になってもおかしくないんですけどね。鳥居前や前の道路に駐車可。

甲塚方墳

福岡県みやこ町(旧豊津町)2005年3月訪問

方墳、43(東西)×35(南北),H9、6C後半
複式石室、全長14.5m、玄室高4.6m
位置:33°41′07″N 130°58′33″E

八景山公園内にある墳丘、九州でも最大クラスの方墳


墳丘、石室正面


羨道


前室


前室上


巨石を使ったドーム状玄室


玄室天井


奥から外、玄門上のまぐさ石は特に巨大


前室奥から


(見学記)

八景山自然公園南側にある東西43m、南北35m、高さ9mの九州でも最大クラスの方墳です。道路で北西側が少し削られているが概ね良好、南側には周溝の跡も残っています。墳丘の各辺は正確に東西南北を向いているそうだ。三段築成で葺石を伴う。現状で石垣のような物が見られるがこれが葺石かどうかは不明。南向きに石室が開口、全長14.5mの複室石室で羨道は復元されたそうだが前室後室は完存。巨石を使った石室で玄室高4.6m、見上げるほどの大きな玄室です。国道496号と県道58号交差点に見学用の駐車場がありますが古墳の側まで車で入っていけます。多分史跡。

八景山古墳群

福岡県みやこ町(旧豊津町)2005年3月訪問

13基中9基残存、見学可能なのは6,7基
八景山麓辺りに直線上に分布
位置:33°41′11″N 130°58′37″E


1号
_1:麓近くの急斜面に立地


2号
石室正面、羨道は消滅


前室


前室天井


玄室、広さは前室とあまり変わらない


玄室天井


前室奥から


3号
手前が3号、奥が2号


開口部、入り口は埋没


石室内部


4号
手前が3号、奥が4号


石室正面、羨道までよく残る、群中最大の石室


羨道、玄室との主軸が少し傾いているようだ


前室、後室玄門、右の袖石は柱状と言うより三角形状


前室上


巨石を使ったドーム状玄室、奥壁の三角形に合わせて左右の側壁もかなり内傾している


巨大な1枚石の玄室天井石


奥から外


前室奥から


5号
墳丘側面、前部が半壊


石室正面、玄室のみ残存


玄室、左右側壁や奥壁、天井石がほぼ1枚の巨石からなる


6号
墳頂部が大きく盗掘されている


(見学記)

甲塚方墳の県道を挟んだすぐ北側、八景山麓近くにある古墳群です。13基中9基残存、見学可能なのは1-6号程度です。この内3基で石室が開口中まで入って見学できます。2号は複室石室で現存長6m程度、前室と後室が面積的には殆ど変わらず、後室はやや幅広な感じ、一応ドーム状ですがそれほど高くはありません。前室には床面に敷石が敷かれていますが後室には幾つか石が散乱しているが敷石らしき物はない。3号は入り口が殆ど埋まっているがカメラを隙間から突っ込んで撮影、複室石室かな。4号は群中最大の石室の複室石室で全長8m程。羨道までよく残っていますが羨道から中を見ると玄室がやや捻れている感じ。前室も作りがやや粗い。玄室は奥壁が三角形でそれに合わせるように左右の側壁もかなり内傾しています。天井も巨大な一枚石で出来ています。こちらも前室にだけ敷石がある。5号は前部が削平され玄室だけが残っている。複室かどうかは不明だが玄室は奥壁側壁天井もほぼ1枚石の巨石で構成。この地域によくあるドーム状でなく却って珍しく感じた。各古墳の脇に説明板があるのだが割られたりして古墳のデータがわからないのが残念。ここも多分史跡。
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