圓通寺古墳群

岡山県新見市(旧大佐町)2021年4月訪問

2基

墓地駐車場に説明板


墓地奥の方に2号標柱が見ている、その手前に1号


2号
 横穴式石室、全長6.5,玄室幅1.2,高1.8m(説明板より)
 位置:35°05′00″N 133°34′31″E (日本測地系)
    35.08651522 133.57263487(世界測地系)
石室正面、天井石1枚露出


階段があって降りることができます


外見からは想像できないほど立派な石室が残る


中程から、側壁はやや内傾


奥壁はブロック状の石を組み合わせる、一応四角い石が鏡石か


奥から外、無袖かな


1号
 横穴式石室、全長7.5,幅2.2,高2m
擁壁に石室開口、よくあるパターンだが


一応羨道


一応玄室、天井はコンクリート復元、羨道を含めても7.5mもあるかな


左側


右側


奥から外、袖石も側壁も何もかも変、ほんとに石室なのか、遺物は出ているようだけど


(見学記)
新見市大佐永富、圓通寺墓地内に2基(説明板だと2基~数基)の石室が保存されています。でも説明板の所に立って墓地全体を見渡しても存在がわかりにくい。石室前に白い標柱が立っていますが”ゴミ捨てるな”の標柱も多くあるからわかりにくい。奥の方にあるのが2号、墳丘はないか埋められていて開口部は地面下側になっていますが鉄の階段があって降りることができます。外側からは想像できないほど長い石室が良好に残っています。これはちょっとビックリ。1号はその手前、擁壁に穴が開いています。中に入るとウーン・・・これは石室なんでしょうか、強烈な違和感があります。基部だけが石室で上のは後世のものなのかな、基部も奥行きの割に幅が広いような。2号が素晴らしかっただけにガッカリ感が強い。岡山県GISだと1号は”低丘陵西斜面中腹。昭和52年、発掘調査実施。径15mの円墳。南に開口する片袖の横穴式石室。玄室長2.9m、幅2.4m、高1.8m。羨道長3m、幅1.6m、高1.2m。玄室床面に排水溝”と詳しく書かれ出土品も”刀子・馬具等”だそうだから石室なんでしょうけどね。2号の方は1号北西とごく簡単にしか書かれていない。コフニストからすれば2号の方が余程価値がある。因みに説明板では”圓通寺”ですがGISでは”円通寺”です、検索の際困るんだよな。説明板前に駐車場有り。

大山古墳群

岡山県新見市(旧大佐町)2021年4月訪問

10基中5基残存

分かれ道に案内表示、奥の道を行く、でも最初はこれが手前に倒れ草に隠れていて誰も気が付かず迷走の始まり


もう一つの案内板、背後のは墳丘ではありません


1号前に説明板、背後に天井石が見えている


1号
 横穴式石室、玄室長4,幅1.5m
 位置:35°02′49″N 133°33′15″E (日本測地系)
    35.05012958 133.55152713(世界測地系)
天井石が2枚露出


反対側から見るとかなり荒々しい


正面から


内部は半ば埋没、最後部の天井が抜かれているので明るい


背後から、何で最後部だけ抜いたか


奥壁は平石を重ねる


奥から外、右片袖か


2号
1号背後に石室、一応2号


何とか石室と分かる程度に残る


奥壁でしょうが上や左に隙間


(見学記)
新見市大佐田治部、姫新線丹治部駅北方の山中にある古墳群です。車で移動中案内板を見つけたので急遽訪問してみました、流石に皆さんコフニスト、古墳群だと叫びましたね。古墳の側に説明板が立っていてそれによると10基からなりますが5基消滅、5基現存だそうです。説明板の背後に立っているのが1号で石室殆ど露出、天井石も最後部がなくなっています、それ程埋まっておらず中に入れます。その手前に残骸状態のがあってこれが8号、1号左奥にあるのが2号で半壊状態です。この少し北側に3号があるようですが見逃しました。県道脇の案内板に従って探してみましたが4人で探したがなかなか見つかりませんでした。後で分かりましたが最初の案内板が倒れていて草むらの中に隠れていたのが原因でした。この矢印に従っていくともう一つの案内板があり古墳群はそのすぐ先です。古墳とは関係ないですが保安林(だったかな)の標柱が立っていてその山道を進んでもOK(この標柱はすぐ見かけていたんですけどね)。できれば県道脇の案内板に距離を書いて欲しかった。林際に石仏がありますがむしろここに案内表示が欲しかった。ここで道が別れていますが正解の右側は草が生えていて通りにくくつい舗装されている左の方に行ってしまいます。その道も先ではセリバオウレンが群生していて人が殆ど通ってないようなんですけどね。4人だからなんとか探せた、一人だったら諦めていたかもです、でも思わぬ拾い物でした。岡山県GISだと古墳群はかなり広い範囲で示されていますが実際は1号周辺に集中しているようです、市史跡。

青地古墳群

岡山県新見市 2021年4月訪問

3基

遠景
駐車場からの眺め、体育館背後の斜面上に立地


1号
 横穴式石室
 位置:34°59′41″N 133°28′03″E (日本測地系)
    34.99791052 133.46486959(世界測地系)
唯一良好に残る石室


現存長4.9mだがそんなにあるかな


切石状の奥壁


奥から外、側壁がかなり傾くが元のままかな


天井石は3枚露出だそうです


2号
道路向かい側にいかにもな墳丘、道路で削られているようだ、GISだと道路西側になっているがこれは東側


大きな天井石露出、内部埋没


3号
2号からやや離れた北側


墳頂部に天井石露出、これも大きい


開口部辺りなのかな


4号(仮称)
1号北側に巨石露出


天井石でしょうか


(見学記)
新見市下熊谷、新見市運動公園体育館西側の林の中にある3基からなる古墳群です。1号で石室完全露出、長さ3m程度の小型石室です(資料では現存長4.9m)。側に説明板が立っていますが完全に藪の中です。この東側道路向かいに2号があり石室天井石露出、内部は埋没しています。1号北側尾根筋にあり天井石が露出しているそうですが藪が酷くて接近できず、初めはこれが3号かと思いましたがGISではこの場所に古墳はない。2号北側にも墳丘があり頂部に石室っぽいのがありました、これが3号のようです。基部しか残っていませんが1号と同じ開口方向、古墳でしょうか。ここは偶々待ち合わせ場所にしましたがグーグルマップを見てみると青地1号が載っていてその存在がわかりました。その説明によると1,2号の間は山道のようですが今は舗装路になっています。と言ってもすぐ先は行き止まりですが。山道脇ということなのでつい新見富士に登る山道方向に行ってしまいました(汗)。グーグルマップの位置も少し西に偏っているのも一因ですが岡山GISも位置がずれているような気がします。公園駐車場有り。

今見古墳群

岡山県新見市 2013年5月訪問、21年4月再訪

十数基
今週追加分

その1
横穴式石室
位置:34°57′55″N 133°28′57″E (日本測地系)
    34.96846988 133.47986961(世界測地系)
丘陵中腹の緩斜面をカットして構築


石室入り口、隙間程度しか開いていない


石室後部天井が開口


内部はかなり土砂流入、盗掘でしょうか、掘られた跡がある


羨道天井が一段下がる


奥壁側は埋没して見えず


その2
横穴式石室
位置:34°57′54″N 133°29′02″E (日本測地系)
    34.96819215 133.48125837(世界測地系)
道路から見えている


左側から伸びる尾根先端を整形


上記反対側、左が開口部


石室正面、三角形の石が埋まり非常に入りにくい


やや埋まるも石室良好、若干持ち送り


天井レベルが揃う


奥壁は1枚石+右に若干


奥から外


10号
横穴式石室、石室長4.3,幅1.45,高1.4m

古墳公園として10,11号を現状保存


石室露出、前部崩壊


石室内部、持ち送りはない


鏡石らしい1枚石の奥壁、最奥側壁上部を奥壁のカーブにあわせているようだ


奥から外


天井石3枚残存


11号
横穴式石室、石室長6.5,幅1.45,高1.4m
位置:34°57′53″N 133°29′00″E (日本測地系)
    34.96791439 133.48070288(世界測地系)
こちらも石室露出、開口部は側壁部分


こちらが本来の石室正面、こちらからも入れないことはないですが


石室内部は大分埋まる


こちらも鏡石らしい奥壁


奥から外


天井石5枚露出



その3
その1から上がった斜面に石材露出


どう見ても石室だが内部埋没


背後にも天井石らしい石材が見えている


その4
車が通れる山道を下っていくとハッキリした墳丘


石室は大きく破壊


側壁の一部が残る


(見学記)
(2013年)
新見市正田、詳細不明だったが取り敢えず訪問。集落一番奥に山に登る長い石段があり神社、その後方50mの所に仮1号があります。斜面をカットした墳丘がよく残っています。南西に開口していますが入り口は隙間程度、天井後部が盗掘で開口していますが内部もかなり土砂で埋まり奥壁も見えず状況はよくありません。周りを探してみましたが見あたらずこれだけかなと思って降りてみたが石段下の道路を更に奥に進むと小公園(今見古墳公園)がありそこに石室が2基現状保存されていました。10号(玄室長4.3m)11号(玄室長6.5m)で石室が完全露出状態です。どちらも入室可能ですが11号は側壁から入ることになります。もしこちらを先に見つけていたら神社まで上がることはなかったかもね。これに気をよくして更に行くと50m程先に小屋がありその背後にもありました。尾根先端に構築された墳丘で南向きに開口、内部は多少埋まっていますが残存長5m程度です。ただ入り口に三角形の石が埋まっていてかなり入りにくい。チゴユリのおまけつき。状況が全く分からない状態で4基見つかったのは上出来でした。石段下に駐車スペースあり。

岩崎山古墳群

7基、3基で竪穴石室

(南側から見学順)
6号
 竪穴式石槨、/2.25,0.55,0.45/
墳丘上部が削平され蓋石露出、後方に尾根を走る山道が見えている


岡山全県統合GISでは竪穴式石槨、でも箱式石棺のように見える


元の位置の蓋石は5枚か、左側の2枚はどこにあったんでしょう


斜めから


内部を見ると側壁部分はやはり石槨か


上記と反対側小口部


4号
 前方後円墳
 竪穴式石槨、/5.6,1.0,0.70/
 位置:34°34′43″N 133°26′43″E(日本測地系)
    34.58184817 133.44266125(世界測地系)
前方部から後円部、ハッキリした墳丘があったのはこれだけ


後円横から前方部


竪穴石室は大きく破壊


反対側から


側壁の一部が残る


3号
 竪穴式石槨、/2.72,0.85,0.55/
これもすっかり削平され蓋石露出


盗掘された割には蓋石が動かされてないような


横から


隙間はあったけど内部は埋没


(見学記)
鞍部案内板から北に行くとあり7基からなる古墳群です。細い山道が通っていますが墳丘は殆ど分からず石室が露出しているのがあるので何とか古墳と分かる程度です。最初に出会うのが6号、竪穴石室だそうですがどう見ても箱式石棺、全長2.72mでこれが一番状態が良さそうです。更に北に行くと4号、これは墳丘がハッキリ分かります。前方後円墳だそうで南側に前方部がありますがそう言われればそうかなと思う程度。後円部に主軸に直行して竪穴石室が露出、でも大きく破壊されて側壁の一部しか残っていません。そのすぐ先に3号、これも竪穴石室だそうですがやはり箱式石棺でしょうか。蓋石が何枚か露出していますが内部は埋没しています。この先にもまだ山道が続いていますが見られる石室はこれだけのようなのでここで断念しました。

石塔山古墳

円墳、R15
 竪穴式石室、/3.50,0.85,1.04/
 位置:34°34′33″N 133°26′52″E(日本測地系)
    34.57907075 133.44516107(世界測地系)
尾根鞍部に案内標識、でも普通向こう側(東)から来るだろうに何故か西向き


尾根頂部のような墳丘


頂部に簡単な説明板


竪穴石室端の天井版がずれて開口


良好に残る石室、一見横穴石室のよう


ストロボ撮影すると赤色顔料が塗られていたのがわかる


奥壁と言いたいとこだが小口部


反対側、玄門がないので竪穴式石室と分かる


ストロボ無しで撮影


_1と反対側からの墳丘


(見学記)
井原市リフレッシュ公園の西側丘陵上にある竪穴石室を持つ古墳です。公園駐車場から道路沿いに少し北に行くと尾根に上る道があります。そこを登ると案内表示が出ています。でも西を向いている、車で訪問するなら公園側から来る人の方が多いだろうし駐車場もあるから楽なんですけどね。そこから尾根伝いに南に150m程行くと尾根頂部に古墳があります。径15m程の円墳ですが周囲はハッキリしません。墳頂に簡単な説明板が立っていて竪穴石室露出、西端の天井石がずれて開口しています。全長3.5mで天井石6枚、非常によく残っています。石材は竪穴石室でよく見られる扁平な小口石ではなく普通の割石です。

木田古墳(旧矢ノ側古墳)

横穴式石室(埋没)
 位置:34°34′28″N 133°26′54″E(日本測地系)
    34.57768202 133.44571661(世界測地系)
石塔山から南に行くと人工的な平坦面に僅かな高まり


石材露出するも石室をは分かりづらい


横から


天井石、左は側壁、手前が正面側


内部は殆ど埋没


(見学記)
石塔山から更に南に100m程、尾根頂部が平坦になっている所があってその南端辺りに位置しています。墳丘は殆ど分からず横穴石室の天井石や側壁の一部が露出しています。内部はほぼ埋没、僅かな隙間がありましたが中を見ても殆ど分からず。石室自体は南向きのようです。旧名矢ノ側古墳で石塔山の説明板もそうなっています(だいぶ新しそうだけど)。木田も矢の側も地名だか字名のようです。多分この古墳が境界辺りにあって場所を取り違えたんでしょうか。

内神古墳群(コウモリ塚古墳他)

岡山県矢掛町 2008年3月訪問、21年3月再訪

石室墳3基

(2021年)
これが目印となる神社、ここから尾根を登っていく


2号
 位置:34°37′55″N 133°35′22″E(日本測地系)
    34.63517516 133.5868149(世界測地系)
短い尾根付け根辺りに立地、手前の石辺りが先端か


天井石は後ろ半分くらいしか残っていない、大分右側にずれているような


石室内部


奥壁は1枚石、左右の側壁が手前の側壁より積み方がちょっと違うような


奥から外


ストロボ無し、左右で石材の大きさが異なる


奥から左側


奥から右側、明らかにこちらの方が石材が小型


墳丘背後から


天井石越しに1号が見えている


1号
石室を覆う程度に残る墳丘


天井は最後部だけ残存


正面から、手前が先端辺りか


現状開口部正面


ちょっと頭を捻った天井石、重ねたにしてはおかしいし、割ったのか割れたのか


奥壁は鏡石+平石2枚


(2008年)
コウモリ塚古墳(内神3号)
円墳、R16.5
横穴式石室、玄室長10.3,幅2.3,高1.8m
位置:34°37′55″N 133°35′30″E (日本測地系)
    34.63517513 133.58903691(世界測地系)

標高130mの丘陵尾根に立地


短い羨道


長大な玄室


天井もレベルが揃っている


巨石の鏡石を据え不足分を小型の石材を詰める


奥から外、片袖式


(見学記)
(2021年)
未発見の1,2号、矢掛町史によれば毘沙門堂の裏を200m程登ったところにあると書かれているが肝心の毘沙門堂がわからない。前年地元の方に聞いて言ってみましたが御堂はあったが随分新しくちょっと疑問でした、その時も背後の斜面一帯を探してみたが見つからず、結局3号墳辺りの道路に出ました。1年後K氏が見つけたので再訪してみました。どうやら3号がある尾根西側にある尾根上にあるもよう、ただ地形図を見るとその間にも微妙な尾根があるが現地に行ってみるとハッキリした尾根でした。なので目標の尾根は更に西側にあるはず、去年出てきた道路脇から入っていって一度下の方まで降りて等高線に並行に西側に移動していくと御堂がありました、これが毘沙門堂のようです。ならばと御堂右手に痕跡道があるので尾根上に上がっていくと傾斜が変化する尾根付け根辺りに2基の石室が露出していました。手前のが2号で石室前部は破壊されていますが現存長5.1m程です。天井は後しか残っていないからそれより小さい感じです。そのすぐ右後に1号があります、こちらはずっと小さく全長3.4mです。こちらも天井は最後部しか残っていない。ただこの天井石が首を撚る状態、2枚重なったように見えますが天井石を重ねているのなんて見たことがない、しかも下側右が側壁に達してないので多分割れたんでしょう、自然に割れたのか、誰かが割ったのか。場所がはっきりすれば背後のキャンプ場に通じる道路から行けばもっと短時間で行けるでしょう、多分。上を通る道路に駐車スペースあり。

(2008年)
矢掛町内神、井原鉄道矢掛駅北側から育成牧場へ登っていく道があります。一車線の細い道ですが途中ですれ違い用でしょうか幅が広くなっている場所があります。ここから下の斜面を見ると巨石が露出していますが古墳はそこではありません(体験者は語る(笑))。この待避場所の一番下側辺りから下に降りていく階段がある(上からは見えないけど)。20mほど行くと右手に墳丘が見え反対側西向きに石室が開口しています。羨道は元々短かったんでしょうか、そこを入ると全長10mクラスの長い玄室が完存しています。標高130mの山の上にあるとは思えないほどの大型石室です。奥壁が巨石の鏡石を据え右と上に小型の石を詰めています。上部は天井石で少し隠れている。

大平山古墳群

岡山県岡山市北区 2016年3月訪問、21年3月再訪

横穴石室墳、10基以上
(数字は「古墳奮闘」に従う)

(2021年)
その1-5は藪の中、その6は見落とし

その7
緩斜面に僅かな高まり、下草が生えてないからこの程度でもすぐわかります


_1とほぼ反対側から


正面側から、手前の天井石はずれ落ちているようです


天井石は最後部のが残る、スパッと切ったような切断面


奥壁はよくある鏡石+平石、右側のははめ込んだのか、割れたのか


その8
微かな高まり、石材があるので古墳と分かる


斜め前から


右前から


何もこんなとこに生えなくても、な樹木


奥壁は先端が尖ったややずれた将棋の駒型


その9
山道を下から上がってくると最初に目にするのがこれ、何号にするかでちょっと迷ったが9のようでした


斜め前から


正面から、基部は先端まで残っていそう


右斜め前から、後方の尾根筋に下から登ってくる山道がある


変形鏡石、最後部の天井石は抜かれる


後方離れた場所から


大きさに比べてかなり薄い天井石


その10
正面から、細長い石室


石室後部、最後部の天井だけ残るよくあるパターン


横から、天井石殆ど壊失


奥壁2段積み


その11
前部はかなり破壊、後方藪の中に1-5号がある


ここも良好なのは最後部のみ


1枚だけ残る天井石、割りと分厚い


下が埋まっているが半円形の鏡石


その12
完全に藪の中


石室なのはなんとか分かる


左が最後部の天井石、右は転落した天井石


その13
ハッキリした高まりにハッキリした天井石


斜め後方から、左側が奥壁


正面から、割と長い石室


ここも石室後部が残る、手前の天井石は加工度が低い


石室内部、一部天井石が落下


その14
上方から見た墳丘


横から、手前のも石室石材か


斜め前から


石室内部、半ば埋まっている


加工度の高い天井石


その15
一番下、斜面がきつくなっている


後方のが奥壁のように見えますがこれは上側からなのであれは転落した天井石


横から


_3と反対側から


奥壁は平石を重ねている


_1と反対側、メモしておかないと正体がわからなくなりそう


(2016年)
西側からの遠望、農地だったので山頂が裸


その1(2号)
横穴式石室、全長6.7、玄室長2,幅1.8,高1.6m
位置:34°41′16″N 133°50′51″E (日本測地系)
    34.69100195 133.84484727(世界測地系)
開口部、かなり掃除しました


長い羨道、多分群中最大の石室、保存状態も一番良い


羨道途中から、右に袖が隠れている


長い羨道に比べて小型の玄室、ほぼ正方形プラン


奥から外、左片袖式


袖部


羨道奥から、左に歪んできているようだ


その2
石室露出、周りは茅原状態


石室は意外と残っている、奥壁は1枚石のようだ


その3
石室正面、多分農地整理の際出た小石で埋められている


ここも石室は意外と良好


奥壁は平石3枚積み


その4
天井石露出、内部埋没


奥壁辺りでしょうか、三角持ち送りかな


その6(10号)
ここからは南側斜面、林の中


石室正面、前部は基部だけ残る


多少埋まるも後部は意外とよく残る


奥壁、鏡石+平石か


奥から外、入れるよという証拠写真程度


その7(4号)
斜面に低い墳丘が残る、この林は下草が殆ど生えていないので探しやすい


前部はかなり破壊、後部が残る


奥壁はかなり平面に整えられている


その8(7号)
僅かな高まり


石室内に大きな木が生える、わざわざそんなとこに生えるな


天井が残っているのは最後部だけ


小型だが5角形の鏡石らしい奥壁


その9(8号)
僅かな高まりに天井石露出


入り口辺りの薄い天井石


後部は石室らしさが残る


石室内部


その10(9号)
斜面に残る墳丘、これだけ残れば上等


石室正面、左右の石辺りが玄門かな


石室横から


奥壁は平石積み、しかし何故奥壁ばかり残る?


その11(6号)
前部はかなり破壊


最後部だけが残る


如何にも鏡石らしい奥壁


(以下古墳奮闘には載っていない)

その13
ハッキリした墳丘に天井石露出


群の中で一番良好に残る天井かも


横から


割と隙間がある


石室正面、倒木が邪魔


多少埋まるも石室良好、石材は落下した天井石か


その14
これも割と大きな墳丘が残る


天井石露出、一部石材散乱


手前の天井石は少し動いているかも、右側の石が玄門袖石かな


横長の天井石


内部はかなり埋まる、何とか奥壁が見えている


その15
急斜面に残る墳丘


天井石露出


奥の天井石以外は動かされている


平石を重ねた奥壁


見学記
(2021年)
ここは一度見学しているのでパスしようかと思いましたがせっかく分布図があるので撮り直してみました。とは言え東古墳群を撮影した後、昼食&水分補給で一度下まで降りたので2度目の登山となりました、下の溜池から20分程度ですけどね。石室が割と良好に残る1-5号はもうすっかり薮の中で見学困難です。南側にある7-15号は石室はそこそこ残っていますが入れるようなのは殆どありません。疎林がはえる斜面に低い墳丘や石室が見えているのが見どころといえば見どころ、眺めるだけなら割と好みの場所ですが。

(2016年)
岡山市北区立田、大平山山頂南西の緩斜面に分布する十数基からなる古墳群です。山頂一帯はかってはキャベツ畑でしたが現在は廃園となって茅畑になったかと思うくらい変貌、HP古墳奮闘で見られる様子とは全く様変わりしています。カヤは多分オガルカヤ、これは冬場でも茶色く立ち枯れしたままなので見通しが悪く古墳を探しにくい、その中で2号墳はナワシログミが生えてて比較的分かりやすい。石室も完存していて古墳群の中では一番状態が良い。羨道長が4.7mなのにたいして玄室長は2mと短く変わっています。この東側にも3基程ありますがせいぜい内部が覗ける程度です。元農地が見学困難なのに比べて南側の山林内は見学容易です。ここで9基程見つけましたが石室良好なのは少なく内部に入れるのは1基だけ、でも他のも一応奥壁までは見えています。下草の生えていない見通しの良い疎林の中に多少墳丘の残る古墳が点々、一番好きな状況だな。石室がもっと良好だったら最高でしたけどね。初めは全10基の古墳群だったようですがだんだん増えているような。南にある大池(山陽道が通っている)辺りから登っていく道路がある、かっては山頂近くまで入っていけたようですが現在は不法投棄防止の為中池辺りで通行止め後は歩いて行く事になります。通行止め辺りに駐車スペースあり。

大平山東古墳群

岡山県岡山市北区 2021年3月訪問

横穴石室墳、10基程度
 (数字は「古墳奮闘」に従う)

大平山縦走路、ここを左に行く、古墳群の案内表示はない、画面背後を行くと大平山


その2
 位置:34°41′12″N 133°50′57″E(日本測地系)
    34.68989096 133.84651392(世界測地系)
低い墳丘、ここはどれも同様、画面左中から下中にかけて山道がある


石室正面、石室基部と最奥天井石残存


横から、天井石も動かされている


石室背後から、1は見つからず


その3
低い墳丘に天井石露出


石室正面、前部かなり破壊


奥の天井石も少しずれているか


石室は半ば埋まるも奥壁まで見えている


ほぼ1枚石の奥壁


天井石背後から、3枚残存


その4
低い墳丘に天井石露出


露出しているのはほぼ天井石だけ


正面から、かなり加工された天井石


かなり大きな天井石、背後にも1枚


ここも半ば埋まるが奥壁まで見えている


奥壁はブロック状の割石積み


_2と反対側から、左奥にも墳丘その5か


その5
あるかないかの墳丘


あまり加工されていない大きな天井石


横から、中間の天井石が抜かれている


中間の天井石


隙間から覗くと袖石がある、奥側が開口だったようだ、2枚目の巨石が最奥の天井石のようだ


ストロボ撮影


こちらが本来の入口側


石室内部、_5と反対側から


_3と反対側、右が入り口のように見える


その6
大きな天井石が露出


正面側から、手前の天井石が前に転落


中間の天井石は壊失


奥の天井石も抜かれてトンネル状、前部も考えるとかなり長い石室


ストロボ撮影すると奥の天井が抜けているのが分からない


奥壁は2段積みか


奥から外


奥の天井石が抜けている状態


中間部


その7
殆ど高まりはない


小型天井石露出


後方にも1枚、内部埋没


その8
天井石を失った石室露出


左が側壁か、右はハッキリしない


その9
ハッキリした天井石露出


3枚残存か、右側も天井石か


後方から


内部は埋没


(見学記)
北区西辛川、大平山山頂南東、尾根の東側緩斜面に分布する9基からなる古墳群です。大平山周辺に山歩きルートがあるようでここも大平山から下っていくと道が分かれる辺りに案内表示があり左側に行くと古墳群があります。墳丘は流失して石室が露出しているのが多く石室の状態もあまりよくなく大平山古墳群と似たりよったりです。入ろうと思えば入れるけど入るほどでもなく中途半端。
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