徳永夫婦塚古墳

福岡県行橋市 2022年3月訪問

 前方後円墳
 位置:33°44′29″N 130°55′47″E (日本測地系)
    33.74467276 130.92734579(世界測地系)
近くの前方後円墳と同じく急傾斜で立ち上がる墳丘、北側でこちらが後円部


南側、前方部端


前方部から後円部


後円部から前方部、上から見た方が前方後円墳らしく感じます


前方部石室開口部、手前の天井石は転落か、こちらを先に見つけました


多少埋まっていますが入室に問題なし


開口部から覗くと複室なのが分かります


前室、石材は割と大きい


後室、大型石材を据え上にブロック状の石を重ねる


右側壁


左側壁


天井、左が奥壁側、四角とか楕円状とかが多い中でこのような形状は珍しい


奥から外、左右の袖石の大きさがやや異なる


前室奥から


天井は広いがそれ程高くはない


奥から前室右側


〃左側、石材の大きさが随分異なる


後円部開口部、まさかまさかの双室墳


こちらも複室でした


前室


後室、ややいびつなおむすび型の鏡石、鏡石以外は前方部石室と変わらず


〃縦位置、大人の背丈程度の高さ


天井石、こちらは四角、左が奥壁側


奥から外


前室奥から


一段高い天井


奥から前室左方向


〃右方向、こちらも左右で積み方が多少異なる


羨道奥から


2ヶ所の開口部を一画面に収めたかったが無理でした


(見学記)
自治体は違いますが同じ丘陵上の至近距離に2基の前方後円墳があるし墓地には古墳らしきものもあるし古墳群を形成しているようなので他にまだあるかなと思って探してみたらほんとにありました。これだけでも心のなかでピースサイン(笑)、規模はやや小さいですがこれも墳丘が急傾斜に立ち上がっています。裾をグルっと回ってみると東側に石室開口、中にはいってみると本格的な複室石室です。これだけでもバンザイ物なのに更にもう一つ開口していました、こちらも複室石室、まさかまさかの双室墳で万々歳でした。これ程の古墳が殆ど知られてないとはね。墳丘上に上がってみると前方後円墳のようにも見えます、北側が後円部かな、ハッキリしないけど。しかし軽い気持ちで探してみたけどこれ程の大物を釣り上げるとは。前方後円墳を夫婦塚ということはよくあるし双室墳を夫婦塚と名付けることもあります。すぐ北側の貴船神社のも前方後円墳の双室墳だしそれを黒添夫婦塚と間違えられることもあるしこの辺り名前が混乱しているのかもしれません。行橋市歴史資料館に問い合わせたところ徳永夫婦塚古墳と教えてもらいました。

徳永丸山古墳

福岡県行橋市 2022年3月訪問

 前方後円墳、TL40程
 位置:33°44′26″N 130°55′39″E (日本測地系)
    33.74383948 130.92512378(世界測地系)

竹林の中に墳丘、前方部は西向きなのでこれは前方部


前方部隅、これも急傾斜で立ち上がる、すぐ北側にある黒添夫婦塚と似たような墳形


前方部から後円部


後円部から前方部、端が随分高くなっている


後円部頂きが大きく窪む、石材見られず


国土地理院陰影図の様子

古墳
西側墓地の中にも古墳がありました


周囲が大分削られているようです


反対側から


石材露出、この辺りの石室でよく使われる花崗岩


(見学記)
苅田町の黒添夫婦塚古墳の谷を挟んだ南側に前方後円墳の徳永丸山古墳があります。竹林の中で写真は非常に撮りづらいですがこちらも全長40m程の墳丘が良好に残っています。夫婦塚と同様これも墳丘が急傾斜で立ち上がっています。上に上がってみると後円部端が随分高くなっている、後期の前方後円墳はその傾向がありますがこれは極端です。後円部頂きには溝状の盗掘坑がありますが石材は全く見られません。これも墳形から横穴石室が期待されますが戦時中防空壕の建設の際石室が出たとか、防空壕なら墳頂を掘ることはないだろうから横穴石室でしょうか、ただ現在は全くその存在はわかりません。国土地理院の陰影図を見るとこちらはハッキリ前方後円墳の姿が分かりますがほぼ同規模の黒添夫婦塚古墳は殆どわかりません。

野口古墳群(北部ゾーン)

福岡県行橋市 2020年2月訪問、3月再訪

中央ゾーン南部ゾーン・北部ゾーン(大まかな分類)

その24~29・その30~34(クリックでジャンプ)

その24(「古墳とかあれ」その25)
これだけあればOKな墳丘、このゾーンは尾根上なのでほぼ見逃すことはない


狭い開口部、天井石も露出


複室でしょうか


ストロボ撮影、入って入れないこともないけどパス


その25(〃その26)
墳丘は殆ど流失、石室露出、手前は羨道天井石か


石室内部に木が生えている


奥壁を望遠で撮影


天井の隙間から成長、大きさからしてせいぜい2,30年くらいか


その26(〃その27)
端正な墳丘


大きく開口、しゃがんで入れる程度ですが、墳丘上に生えた木の根っこが石室を抱え込んでいる


複室かな


玄室良好、天井は低いが天井石は1枚


奥から外


その27(〃その28)
そこそこ残る墳丘、石室は手前まで伸びているようだ


天井石露出、今にも落ちそう


石室は奥壁も小型石材、一応小さな鏡石があるかな


その28(〃その29)
巨石天井石が露出、墳丘を選んで木が生えているんじゃないかと思う程


石室正面、手前に長く伸びている


開口部、天井石が割れたか


玄室、奥の天井石が一段下がる


奥から外、袖石が前後にずれ大きさも随分違う、まぐさ石はなく天井が兼用している


その29(〃その30)
墳丘は殆ど無く木の間に開口、内部を撮ってないから埋まっていたかな


露出した天井石を横から


背後上から


その30(〃その31)
左が30、右が31、密集した古墳群でもこんな光景はなかなか撮れない


石室正面、ここも根本から枝分かれしてた木が生えている


悠々入れる開口部


奥行きがあるが単室かな


鏡石を据えた奥壁


奥から外、右片袖か


墳丘背後から、根っこが墳丘を保護


その31(〃その32)
こちらも墳丘上と前に樹木


真正面に生えなくてよかったと思う


羨道後部、単室かな、何故か玄室を撮り忘れている


奥から外、ハッキリした右片袖式


その32(〃その33)
山道(自転車コース)脇に石室露出、後方に33が見えている


ここも石室内部に樹木


やや持ち送りのある玄室、奥壁鏡石はおむすび型


こちらは左片袖式、袖は明瞭


墳丘横から、巨石天井石露出


その33(〃その34)
一番北側にある墳丘


ここも石室前に大木、墳丘上も根が張る、天井石が曲がっているよう


玄門


複雑な構成の奥壁


奥から外、両袖式


その34
丸尾古墳群から斜面をかなり登って見つけました、後方尾根筋に北部ゾーン北側になります、間に巨石があるから西側からでは気が付かないかも


ほぼ露出だが石室らしい姿を残す、周囲には巨石がゴロゴロ


天井石は下面が平で上面は丸みを帯びる、加工したんでしょうか


石室内部は良好に残る


奥壁は2段積み


横から、北部ゾーンとの間に谷筋がある


その35
近くにもう1基ありました


基部は残るが天井は後部のみ残存


丸みを帯びた天井石、内部は埋没


少し離れた西側から、この距離だと何とか石室だと分かります


更に離れた尾根筋辺りから、石がゴロゴロしていてこれでは見逃しそう

野口古墳群(南部ゾーン)

福岡県行橋市 2020年3月訪問

横穴石室墳40基以上

中央ゾーン・南部ゾーン・北部ゾーン(大まかな分類)

その16(HP「古墳とかあれ」その18)
墳丘の上に大木が生えている、画面左下まで墳丘がありそう


南側大木根本に開口


多少埋まっているが内部は良好、下部壁面が平らに仕上げられている


奥壁は3段積みか


その17(〃その17)
こちらも高まりの上に大木


抱え込むと言うより石室の上に生えている、なんでわざわざこんな場所に生えた


根本に開口


石室は良好、石材は小型


その18(〃その13)
ハッキリした良好な墳丘、頂部に天井石が露出


墳丘横から


斜め前から


南側に開口、反対側とは大分様相が違う


天井石前面が露出、一部ヒビが入っている


石室内部、複室かどうか不明


ほぼ1枚石巨石の奥壁


奥から外、こうやって見ると複室かな、前室まぐさ石がかなり危ない


その19
高まりの上に石材露出、まず石室墳


その20(〃その14)
割と大きな高まりに石材露出


天井石露出、石室は殆ど埋没


奥壁辺りに空間が残っている


その21
取り敢えず怪しそうなのは撮影


左右に側壁、中央のは奥壁のようです


その22
昼休憩後の再捜索で発見、位置をよく覚えてないがその1近くか、前部は崩壊している


開口部正面、その1に似ている


玄室内に側壁が内部に落下


1枚石の奥壁


腰石を据えた側壁


奥から外、多分複室


石室上から、背が高い


その23(〃その19)
僅かな高まりに石材


奥壁かな
  

野口古墳群(中央ゾーン)

福岡県行橋市 2020年3月訪問

横穴石室墳40基以上

中央ゾーン・南部ゾーン北部ゾーン(大まかな分類)

林の中に入ると出会う、古墳ではなく自転車競技用、右に行くと中央ゾーン、左が南部ゾーン


その1~5その6~10その11(前方後円墳)その12~14

その1(HP「古墳とかあれ」その1)
 位置:33°44′32″N 130°55′15″E (日本測地系)
    33.74550587 130.91845761(世界測地系)
林に入って最初に出会うのがこれ、いかにも石室だと分かります


丸みを帯びた天井石


墳丘は殆ど流失、背の高い石室露出


開口部、後からだけどどうも後室のようです


玄室、隙間だらけで内部は明るい


〃縦位置、背が高くドーム状


奥から外、写真を見ると外に見えているのが前室玄門のような


〃縦位置、奥行きがないので下がれない


驚愕的な側壁、よく残ったな、これがなければ石室崩壊していたかも、驚きすぎて天井撮るの忘れた(汗)


その2(〃その3)
すぐ上にも大きな開口部を持つ石室


悠々入れる大きさ


複室のようです


前室


巨石1枚石の玄室奥壁、側壁も巨石、天井は低い


奥から外、ここも下がれません


前室奥から、結構広い


その3(〃その4)
更に上にも大きな墳丘、この後なんぼでも出てきます


羨道はほぼ壊失、巨石の天井石が露出している


開口部正面


前室でしょうか


ここもほぼ巨石の奥壁、左側壁も1枚石の巨石


〃縦位置


狭い天井、一つ目小僧だ(笑)


風変わりな玄門、左側は普通の袖石だが右は通路のような石材


〃縦位置、まぐさ石は普通


奥から左、側壁は巨石2段重ね


奥から右、なんでこんな構造


墳丘背後から、自転車通ります


その4(〃その7)
これもはっきりした墳丘に石室開口


正面から、側壁の面が真っすぐ


複室石室前室


ストロボ撮影


1枚石の奥壁、側壁も巨石、天井は高くない


奥から外、シキミ石がある


前室奥から、袖石が前後にずれる


側が谷筋なので墳丘一部崩落、石室露出


その5(〃その8)
こことしては小型の墳丘


石室内部は良好、左右に袖石がある


側壁の一部が崩落して内部は明るい


小型ながら1枚石の奥壁


奥から外、左側が崩落しているが単室両袖式でしょうか


その6(〃その9)
やや小さめの墳丘に開口部


石室正面、前部はかなり破壊


やや狭い開口部


石室内部、一段下がっているのがまぐさ石か


奥の方が狭くなっているような


墳丘側面、緩斜面なのがわかる


その7(〃その10)
同様の墳丘&石室


羨道の基部は残っているようだ


樹木が天井を支えています(笑)、石材と接触して肥大化したもよう


おかげでじゃないけど内部良好


まず無袖でしょうね


四角い鏡石+平石、ここではあまりないタイプ


奥から外、羨道部分は石材が小型、入り口の木は両足を踏ん張っているような


その8(〃その11)
大きな墳丘


羨道はかなり手前まであったようだ


墳丘中腹に開口


複室石室、羨道後部と前室


前室、左右側壁は巨石、天井は高くない


玄室、鏡石+厚めの平石、左右側壁はほぼ1枚石の巨石


縦位置、天井は高くない


奥から外、見事に真っすぐ、玄門にシキミ石がある


〃縦位置


前室奥から


その9(〃その12)
斜面に穏やかな墳丘


下方から、奥に見ええいるのがその8か


開口部


小型石室内部


その10(〃その21)
大きさの割に低い墳丘


これも羨道はかなり伸びていたもよう


開口部


前室?


玄室、1枚石の奥壁、幅はそれ程ないし天井も低い


奥から外


その11からみた墳丘


その11(前方後円墳)(〃その20)
その10から見た墳丘、連接した2古墳かと思いましたが前方後円墳があるのを思い出しました


近寄ってみると確かに前方後円墳です


南側に2石室開口、前が斜面、下がりすぎると間に木が入ってしまいます


前進してこれが限度、これ以上近づくと石室内部が見えなくなります


前方部石室正面、立ったまま入れます、羨道はかなり伸びていたようです


羨道後部


前室


巨石を積んだ玄室、奥壁側壁とも巨石+平石


〃縦位置、点状はやや高く広い


奥から外、袖石は1本柱だが、左右の大きさが随分違う


〃縦位置、まぐさ石が巨石


前室奥から、まぐさ石上に空間があるような、天井を撮ってないな


後円部石室正面


すぐ奥に前室が見えていて、羨道はほとんど壊失


前室、長い立柱石の袖石、まぐさ石がないような


1枚石の奥壁、右側壁も同様、左側壁は巨石+詰石


〃縦位置、天井石は1枚石


奥から外、奥行きがなく下がれません、玄室にはまぐさ石がないが前室にはある


前室奥から、巨石まぐさ石


〃縦位置、天井が高い


前方部から後円部


後円部から前方部、右側石室出口辺りが張り出しているような


前方部端を上から、直線状になっています


その12(〃その22)
大きな墳丘


露出した天井石が並ぶ


奥の方に隙間


小型石材を積んだ奥壁、いかにも古そう


その13(その23)
良好に残る大きな墳丘


期待できる石室開口


石室正面、羨道は下部が残る


開口部正面、巨石羨道天井石


羨道後部、前室玄門


前室、後室玄門、両側は殆ど引っ込まず天井も高くない


前室(ストロボ無し)


巨石を積んだ玄室


奥から外、巨大な袖石、間にしきみ石がある


前室奥から、袖石が前後にずれる、こちらはまぐさ石がある


その14(〃その24)
すぐ西側にも良好な墳丘


他のに比べて控えめに盗掘されています


激狭の開口部


複室石室が良好に残る、これは入ってみたかった


(見学記)
行橋市福丸、福丸古墳群東方の丘陵に分布する30基以上からなる古墳群です。丘陵麓辺りからかなり上の方まで広範囲に分布、でもモトクロスバイクの練習場になっているようではっきりした山道があり見学は福丸古墳群よりは楽かもしれない。林の中に入って50m程行くとコースの案内表示があります。ここを右に行くとまず右の斜面際に露出した石室、背の高い玄室ですがこのタイプのはこの古墳群では少数派のようです。中に入ると側壁の一部が抜けて1個が中途半端に引っかかりかなり危険な状態です、入ったけどね。この後も登っていくと良好な墳丘や石室が次々と出てきます。もう個々の説明は省略しますが一番のハイライトは双室墳の前方後円墳でしょうか。「前方後円墳集成」のは載っていませんが前方部と思われる東側墳丘端が直線的でやはり前方後円墳の可能性が高いです。南側に開口、両方とも巨石を使った複室石室です。後円部のより前方部の方が長そう。墳丘上から見ると前方部南側が不自然に張り出ていてひょっとしたら前方部の石室は後から構築したかもしれません。元の前方部の幅では長さが足りず付け足したかな。この辺りに良好な墳丘と石室が集中しています。この上の方にもまだまだ古墳がありますがどれも小型の石室です。下方にも小型古墳がまとまっています。
1日かかるかと思いましたが午前中で終了。HP「古墳とかアレ」の分布図を見てみるともっと西の方に広がっているようなので午後からそちらを捜索、深い谷を超え急斜面を登って尾根上に墳丘があったけどどう見ても前日見た引石古墳群(仮称)の最上部の1基でした。序でに更に歩き回って願光寺古墳群(仮称)を見つけたからよかったけど。この後急斜面を下るのは怖いので尾根を登っていき谷が低くなって渡れそうな場所で横断して東の尾根に到達したら石室墳があったけど午前中見た野口古墳群最上部辺りの古墳でした。この後古墳を見ながら降りていきました。背後から見た墳丘もなかなか格好良かったけどもう仮番号さえわからない状態なので撮っても混乱するだけなので諦めました。林入口辺りに駐車スペースあり。

丸尾古墳群

福岡県行橋市 2020年3月訪問

横穴石室墳十数基

その1
 複室横穴式石室
 位置:33°44′36″N 130°55′17″E (日本測地系)
    33.74661687 130.91901308(世界測地系)
東側から林に入っていくと出会う、その手前にも古墳があるがすぐこれが見えている


斜め前から


真正面から、手前まで羨道が伸びていたか


開口部正面、天井石が随分右にずれているような  墳頂に天井石露出


前室玄門


前室、側壁は割と巨石


天井も高い


巨石1枚石の奥壁


奥壁上部の石が前に突き出ている


天井は広いがそれ程高くはない


奥から外、袖石は両方とも1本の石柱、やや前後にずれている


前室奥から


奥から見た前室天井


背後斜面にカットした跡が残る


その2
すぐ西側にはっきりした墳丘


下から見るとそれ程はっきりせず


斜め前から見ると古墳らしく見える


正面から、前部壊失


開口部


内部はかなり埋まる


下が埋まるが2段積みか


その3
その下にも低い墳丘、奥は谷筋になっている


下から見た墳丘、どうもこの近くにもう1基あったようだ


石材露出程度


その4
その1東側にもはっきりした墳丘


天井石が露出、右後方にもその5


東側から、右奥にその1


その5から見た墳丘、結構急斜面


その5
開口部正面、これだけ見ると良好そうですが


内部は半分程埋没


その6
更に上の方、天井石露出


正面から


ここも内部は半ば埋まる


東側から、後方の巨石は古墳と関係なし


その7
上から見ると高まりは分かる


多分天井石でしょうね


横から


その8
林に入って最初に出会うのがこれ、後方明るい部分は溜池、水没した古墳があるかも


天井石らしい巨石露出



(見学記)
野口古墳群の東側に2つの溜池がありその奥の溜池北側、丘陵斜面に分布する古墳群で16基あるそうですが確認できたのは10基程度、石室完存は1基だけ、他に石室内部が覗けるのが3基でした。盟主墳だろうその古墳は斜面をカットした様子がよく残り南側に開口する複室石室です。羨道は短いが前室後室完存、後室玄門はやや袖石まぐさ石とも奥行きがあり通路状になっています。奥壁は巨石2段積みですが上側のがまるで石棚のように大きく突き出ています。天井はそれ程高くはないが1枚石です。
古墳群は主墳の周辺にまとまっていますが上の方に登っていくと新たに2基の石室墳を発見、でも埋まっていた。西側の尾根に登ると石室墳がありましたが予想通り野口古墳群の最上部辺りだったのでこの2基も野口古墳群かなと思います。

引石古墳

福岡県行橋市 2020年2月訪問

 横穴式石室
 位置:33°44′24″N 130°55′08″E (日本測地系)
    33.74328384 130.91651341(世界測地系)

尾根東斜面に明瞭な墳丘


東向きに開口、前が急斜面になってます


正面から撮ると大分下がることになります


玄室玄門、左右の袖石形状が異る


それ程奥行きのない玄室


奥壁側壁ともほぼ1枚石


天井石も1枚石


奥から外、両袖式、単室でしょうか


墳丘背後に斜面を大きくカットした跡が残る


(見学記)
行橋市福丸、福丸古墳群東側に南北に伸びる尾根がありその東斜面にある古墳です。尾根南端に清池神社がありそこから尾根に上がり東側を意識して歩いていけば見つかります。斜面を大きくカットして墳丘を造っている。東向きに石室開口、単室石室です。玄室はそれ程大きくありませんが奥壁は鏡石らしい姿の奥壁+上に1枚、でも左右の側壁も1枚で奥壁よりずっと大きい。天井石も1枚石の巨石、何故奥壁も1枚にしなかったのかと思う程です。

引石古墳群(仮称)

福岡県行橋市 2020年2月訪問

 8基程確認
 位置:33°44′24″N 130°55′08″E
    33.74328384 130.91651341(世界測地系)

その1
東斜面に歩かないか程度の低い墳丘


石材2個露出、形状から横穴っぽいけど他の墳丘では全く見られず


その2
肉眼だとかろうじて高まりが分かる程度


その3
西側斜面のは割と墳丘がハッキリしている


その4
墳丘は残るがどれも石材は見られず


その5
左側、斜面をカットしている


その6
それ程藪でないからわかりやすいのが幸い


その7
これもハッキリした墳丘


その8
多分これが一番北側、前は急斜面で降りた辺りに福丸古墳群東支群があるはず


(見学記)
引石古墳のすぐ上に小さな極低い墳丘があり石材が2個転がっている状態です。すぐ上にも少し大きいがやはり低平な墳丘、尾根反対斜面にも5基程の古墳が南北に並んでいてこちらはよりはっきりした墳丘です。どれも尾根軸線上じゃなくやは離れた緩斜面に立地、最初の古墳以外は石材も見られません。更に登っていくと一番大きな墳丘、と言っても10m程度、これも石材は見られません。前期か中期の古墳群でしょうか。この尾根の下に福丸古墳群東支群があるはずですが斜面が急なので行くのは諦めました。しかしこの辺りに幾つもの古墳群があることを考えるとあれは支群ではなく独立した古墳群かもしれない。

引石東古墳群(仮称)

福岡県行橋市 2020年2月訪問

確認5基

その1
 位置:33°44′25″N 130°55′13″E
    33.74356161 130.91790217(世界測地系)
一番西側、これが一番大きい


方墳のようにも見える


下側のその2との間に堤のような仕切りがあった、右側に見えているのがその1の墳丘


その2
すぐ下側、その1よりやや小さい


これも方墳のように見えた、画面右端に堤が見えている


その3
更に下にも墳丘


だんだん小さくなる


その4
更に下、ここまで尾根筋に直線状に並ぶ


その5
その1側にも低い墳丘


反対側の輪郭がハッキリしないが古墳でしょうか


(見学記)
HP「古墳とかあれ」の野口古墳群の範囲図を見ると西の方に広がっているので野口古墳群がほぼ終了した後で行ってみました。東から行くと尾根が壁のように立っている、そこを登ると確かに古墳がありましたが石室は見当たらず墳丘にも見覚えがある、これは前日訪問していた引石古墳群でした。南に下っていくと引石古墳もあったので間違いなし。せっかくなので更に下っていくと東に伸びる尾根があったのでそちらに行くと墓地裏手に4,5基の古墳が並んでいました。これもどれも低平な墳丘で石材は見られず前中期の古墳群かもしれません。一番西側のは方墳もしくは長形墳かもしれない、その隣のも方墳のように見えます。更にその間には低い土手のような仕切りがあります。あまりこのような構造は見聞きした記憶がないですね。発掘したら面白いかもしれない。墓地の直ぐ側なのでそちらから行けば楽かもです。この尾根を更に行くと願光寺裏山古墳がありますが既に訪問したのでパス。この後尾根を北に登っていって適当な所で東に降りると自転車の練習コースが有り更に行くと野口古墳群の最上部辺りに出ました、途中は古墳には出会わずこの辺りが野口の最上部辺りのようです。

別所原古墳

福岡県行橋市 2020年2月訪問

複室横穴式石室
 位置:33°43′25″N 130°54′38″E 
    33.72689645 130.90818146(世界測地系)

尾根斜面に立地、右は元の墳丘か、左はハッキリしない


長い羨道、上部は壊失、左右の石が羨道先端辺りか


羨道最後部天井残存、立ったまま入れる程の高さ


前室、左右の引っ込みは殆どない


前室左側


前室右側


天井は高くなくそのまま玄室天井に繋がる


前室玄室とも床面に敷石


しきみ石手前に踏石のような石材、しきみ石と袖石の間にも柱状の石材


上から見た状態


巨石1枚石の奥壁


〃縦位置、天井は高くない


右側側壁、こちらも下部は巨石


左も同様、更に巨石


奥から外、両袖式


前室奥から


(見学記)
行橋市入覚、御清水北古墳の西方500m辺りにある古墳です。尾根斜面に築かれていますがすぐ上は墓地、周りも畑や水田でここも当時の面影はありません。南側に開口、羨道前上部は壊失していますが長いのが分かります。複室石室で前室後室は完存、巨石を使った大型石室です。前室は左右は殆ど引っ込んでおらず天井も低く形式的な存在、と言っても十分大きいですが。後室は更に大きく奥壁は巨石1枚石、左右の側壁もそれに匹敵する巨石です。天井石は前室天井と同じ高さ、玄門にしきみ石がありません。まぐさ石はありますがサイズが少し足りなかったのか左側に柱状の石が縦に置かれています。こんなのは他に記憶がないな。手前には踏み台のような石も置かれているが後世の物の可能性があるかもです。手前の石碑辺りに駐車スペースあり。
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