上野古墳群

三重県津市(旧久居市)2008年3月訪問

6C中
位置:34°40′22″N 136°26′42″E

_1:公園として7基保存


_2:墳丘が狭い範囲に点在


_3:木棺直葬で石室無し


(見学記)

現津市戸木町、共同墓地の北側にあり公園として保存されています。7基ほど、6C中頃の古墳群だが木棺直葬で石室無し。墳丘は割と残っているがはっきり言ってそれだけですね。市史跡。駐車場有り。

鳥居古墳

三重県津市 2008年3月訪問

横穴式石室、全長6.2m、玄室長4.1m
刳抜式家形石棺
位置:34°43′45″N 136°30′39″E

博物館敷地内に移築保存


刳抜式家形石棺、左右の小口部に縄掛け突起が2対ずつある


石棺に比べて石室が小さめ


ほっそりした石棺、屋根のラインが直線的で精美


石棺内部


側にある別の石棺蓋石


全体に平べったい


(見学記)

津市光明町、津偕楽公園東側にある県立博物館敷地内に石室と石棺が移築保存されています。博物館の裏側のような場所なので公園側から行った方がいいかもしれない(結構探したけど)。玄室は下部だけ残存で長4.1m、石棺は刳抜式家形石棺でこちら波長2.7m玄室一杯におさまっている感じです。蓋石は小口部に2個ずつの縄掛け突起(片方は一つ削られている模様)、屋根の背が高く精美な蓋石です。残存している羨道の幅も狭くとてもここからは入れられないようだけどどうやって収めたんでしょうね。側にもう一つの石棺蓋石が説明もなく置かれています。こちらはやや幅広で平に近い。公園駐車場が利用可。

高井古墳

三重県津市 2008年3月訪問

円墳、R14,H1.5、7C
横穴式石室、玄室幅1.9m
位置:34°42′07″N 136°26′25″E

公園の一角に保存、元は尾根先端あったようだが面影なし


上部を失った石室が露出


石室正面


玄室奥上から


おまけ:公園内の小山、元の尾根を削り残したのかも


(見学記)

津市片田新町、片田団地北側にある公園の一角に保存されています。公園中央辺りに小山があり(元の尾根かも知れないが最初はこれが古墳かと思ってしまった)その北側崖際に石室があります。東向きに開口した石室は羨道壊失、玄室も下部しか残っていません。比較的大きな石材が使われ奥壁も鏡石を据えています。側壁の表面が一部剥落していてあまり状態はよくない。市史跡。

坂元山古墳群

三重県津市 2008年3月訪問

残存3基、公園として保存
4C末~5C初
位置:34°42′53″N 136°27′10″E

2号
復元だろうな


4号
2号から




5号
4号に隣接


(見学記)

津市片田志袋町、片田志袋団地東側に丘陵の一部を削り残して古墳公園として3基保存。4C末~5C初、木棺直葬だそうで復元墳丘が見られるだけです。

大名塚古墳群

三重県津市(旧安濃町)2008年3月訪問

3基、現存2基

1号(大名塚古墳)
円墳、R23,H4、6C後半
横穴式石室、全長8.95m、玄室長4.55,幅1.9,高2.9m
位置:34°46′04″N 136°25′30″E

県道からの遠望


大きな石室が開口


石室正面


羨道


乱石積みの玄室、幅の割に背が高い


奥壁


奥から外、両袖式、左右の幅が随分違う


裏込め石でしょうか


背後から見た墳丘


2号
低い墳丘が残る


(見学記)

現津市安濃町草生、県道410号が県道28号と交差する50mほど案内表示があり手前北側林際に白い説明板が見えています。その側に大きな石室が開口、背後から見ると背の高い墳丘もよく分かります。前部が少しか遺失しているかも知れないけど羨道も立ったまま入れる大きさ、玄室も大きく長4.55m、幅1.9m、高2.9mもあります。側壁も殆ど持ち送りがなくより背が高く感じられます。ただ石室規模の割には使用石材は奥壁側壁とも中位の大きさです。まぐさ石にヒビが入り側壁下部もせり出すなど状態は少し悪い。石材が一部落ちて隙間に小石が見えていますが裏込めの石でしょうか。すぐ西側に2号の低い墳丘があり3号は消滅しています。ちなみに読み方は”だいみょうづか”でなく”おおなづか”です。県道脇に駐車スペースあり。市史跡。

入田古墳

三重県津市(旧久居市)2008年3月訪問

円墳、R17.7,H3.6
横穴式石室、全長8m
箱式石棺2
位置:34°40′08″N 136°24′50″E

国道脇に開口、左側の巨石は天井石かな


天井石は奥の1枚が残るのみ


細長く背の高い石室


組合式箱式石棺が2基


奥壁、石材の隙間をセメントで補強


奥壁沿いの箱式石棺、小口部の石はないもよう


中央の箱式石棺、左側の石は何故か未加工のまま


奥から外、無袖式かな


真上から見た石室と石棺


(見学記)

現津市中村町、七栗神社西方200m、国道165号脇に石室が露出しています。元は南側の丘陵から突き出た尾根の先端辺りに構築されていたようですが国道で切断されてその面影はありません。墳丘は残っていますが南側に開口した石室が露出、天井石は1枚しか残っていません。石室上部や石材の隙間がセメントで補強され景観を損ねてる。最大の特徴は内部に箱式石棺を2基持つこと。奥壁側のは長さ1.3m幅0.7-0.8m、板状の石で仕切られ小口部の石はなく石障のような感じを受けますね。このサイズだと大人だと屈葬しなければ入らないよね。手前のは長さ2.1m幅0.7mと随分大きい。小口部と通路側は板状の石を使っているが側壁側のは巨石をそのまま使ってる。巨石と言っても割れ目が入っていて簡単に板石に加工出来そうなのになんでこのまま使ったんでしょうね。玄室内に運び入れるにもかなり大仕事になりそうなんだけどね。市史跡。東側国道脇に駐車スペースあり。

平田古墳群

三重県津市(旧安濃町)2008年3月訪問

5C後半~7C後半
公園として7基保存、1基移築保存

団地内公園として2基保存


特に修復はしていない模様


2基とも墳頂部が陥没


こちらは別の公園、盛り土しているようだ


12号
横口式石槨墳
位置:34°45′55″N 136°26′33″E

総合公園に移築保存


横口式石槨墳


見事な平石積みの石室、側壁上部と天井の一部は復元のようだ


奥から外


閉塞扉軸受け部分の凹み


(見学記)

現津市安濃町妙法寺、40基以上からなる群集墳ですが現在住宅団地内の公園に7基保存されています。団地に向かう坂道を登って住宅地に入りすぐ右に右折するとその先の公園内に5基保存、こちらは土を被せているようです。元の道を真っ直ぐ行って突き当たりの左手公園に2基保存、こちらは元のままのようですが盗掘のせいか墳頂部が陥没していています。これだけならわざわざ来るほどの価値はないですが前述の明合古墳の側に12号石室が移築保存されています。明合古墳を見学の後駐車場に戻ろうとして総合公園東端のサブグランドに案内表示があるのを偶然発見。100m程先に説明板が立っていてその背後に移築石室があります。墳丘が藪につつまれ石室も反対側に開口しているので分かりにくい。小型ながら終末期の横口式石槨墳です。天井の一部は復元のようですがそれでも見事な造りです。入り口左下には閉塞石軸受けの窪みも残っています。偶然見つけたからいいけど前期団地内の公園に説明板があってこの石槨墳のことも書かれているのだから移築したことも一言書いておいて欲しかったよ。

延命寺石棺

三重県津市(旧一志町)2008年3月訪問

刳抜式家形石棺
位置:34°38′47″N 136°25′29″E

境内に保存されている家形石棺


蓋に割れ目があるが比較的良好、縄掛け突起が一つ


こちらの縄掛け突起は削られたようだ


印籠型の合わせ目


台石にされたもう一つの家形石棺蓋石、_1の写真の左奥


片側だけ縄掛け突起が残る


併せ部分の幅が左右で随分違う


(見学記)

現津市一志町井関、JR井関駅北東800m県道43号沿いに延命寺の案内表示がありそこから細い道を入るとすぐがお寺で石棺が鎮座しています。刳抜式家形石棺で砂岩製のせいか蓋石の一部が割れ多少風化も進んでいますが全体に良好に残っています。蓋石に縄掛け突起が一対あるそうだけど片方は削られたのか見あたりません。身と蓋石も合わせ目が印籠式になっています(説明板では合子式と書かれている)。少し奥にもう一つの蓋石が石碑の台座となってひっくり返った状態であります。こちらも刳抜式で縄掛け突起も片方しか付いていない。刳抜部分も少し偏っているようです。県重要文化財。
川合小学校の石棺はパスしてしまった。

平楽寺石棺

三重県津市(旧一志町)2008年3月訪問

家形石棺
位置:34°36′29″N 136°26′52″E

説明板もなく無造作に置かれている


かなり平たい蓋石


(見学記)

現津市一志町日置、平楽寺にある家形石棺蓋石です。事前に地図で寺の位置を確認していたけど行ってみたら寺はなく公民館みたいな建物がある。間違えたかなと思ったがよく見てみたらやはり寺でした(実際隣が公民館でした)。だけど寺らしい雰囲気はどこにもない。しかも狭い境内見渡しても石棺らしきものはどこにもない、よく探してみたら南側の門の傍らに蓋石が無造作に置かれていました。鳥居らしい石材と一緒で説明板もなく知らなければこれが石棺とはとても思えない。蓋石自体はかなり平たく縄掛け突起もない後期タイプのようでした。

朝日山古墳群

三重県津市(旧安濃町)2008年3月訪問

4支群18基、現存14基ほど

分布図(説明板より)


A1号
横穴式石室
位置:34°46′22″N 136°25′09″E

良好に残る墳丘


開口部


玄室、奥壁


奥から外、片袖式、床面にもかなり土砂が堆積


A2号
石材が散乱、奥にも3,4号があるがはっきりしない


B3号
横穴式石室
位置:34°46′20″N 136°25′11″E

天井部が露出


石材も抜かれている模様


内部、側壁がせり出している


C1号
崩壊した石室


背後から


C2号
横穴式石室
位置:34°46′16″N 136°25′06″E

斜面下から見上げた墳丘


羨道部はかなり破壊


開口部


羨道、袖石がなくまぐさ石が目立つ


やや持ち送りのある玄室


奥壁、中段に最大の石を積んでいる


奥から外、片袖式


急斜面の割のよく残る墳丘


C3号
僅かに石材が見えるのみ


D2号
横穴式石室
石室正面


まぐさ石が1枚残るだけ


D3号
盗掘ですっかり破壊


D4号
墳丘は割と良好


D5号
横穴式石室
墳丘


隙間からカメラを突っ込んで撮影、奥の玄室は残っているようだ


D6号
横穴式石室
位置:34°46′15″N 136°25′09″E

墳丘、右側に開口部


石室正面、右手前の石は後世のかな


開口部


入り口から中


乱石積みの玄室


〃(ストロボ)


奥壁


奥から外、片袖式


(見学記)

大名塚から西に行って県道28号を北に200m程行くと経が峯登山者用駐車場がありそこに案内表示があります。案内板から150m(実際は50m程度)行くと古墳群説明板があり分布図も載っています。古墳群は4支群からなっている(説明板ではかっては18基有ったが現在は18基しか残ってないと訳の分からないことが書かれている。分布図から見ると現存14基のようだ)。説明板の背後にあるのがD支群の6基、ほぼ直線状に並んでいて東端の6号で玄室が完存、片袖式あまり持ち送りがなく側壁奥壁とも乱石積みです。他にD2号で天井石が1枚残ったかなり破壊された石室が露出、5号で僅かな隙間からカメラを突っ込んで撮影すると石室が残っているようです。1、4号は墳丘は割と残っているが主体部不明。ここから山側に少し登るとC群の3基があるが1,3号は石室が大きく破壊、2号で玄室が完存しています。D6とほぼ同様の構造だが奥壁の石材がやや大きめ、おかしな事に奥壁中段に一番大きな石材が積まれています。A群はここから上の方だと登っていったが登れども登れども古墳が見あたらない。前日のユガミ谷古墳群の失敗が頭によぎる。そんなに離れているわけではないのでさすがに間違えたと思って分布図の所まで引き返してよく見たらまるで方向違い麓近くの平坦面でした。あらためてA群めがけて前進、でもこちらは道が全くなく墳丘が見えるまでは心配で1号が見えたときはホッとした。1号は墳丘石室とも良好羨道がやや埋まって狭いですが玄室完存、ここも他と似たような構造で石材が若干大粒になっている感じです。内部は真っ暗で撮影しようとしたら上からカマドウマが雨のように降ってきた(汗)。頭の上でぴょんぴょん飛び跳ねるのを感じながら撮影続行、まーゲジゲジでなくてよかったけどね。背後に2.4号が並んでいますが石材が僅かに露出する程度ではっきり分からない状態です。B群は3号だけ残存、こちらは東側を通る県道から行った方が楽。玄室天井部分が露出、一部は玄室内に落下しているようで側壁も傾き状態はあまりよくないです。
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