瑞巌寺古墳群

三重県松阪市 2008年3月訪問

1号
横穴式石室、玄室長4,幅2m
位置:34°34′11″N 136°27′45″E

山道脇にある案内表示、小さくて見逃しそう


石室正面


手前がハの字状に開く


羨道


玄室


乱石積みの奥壁、一番上の石だけ異質


奥から外、僅かな片袖式


1号下方にあった、古墳じゃないのかな


2号(山の神2号)
横穴式石室
位置:34°34′09″N 136°27′48″E

斜面の僅かな平坦面に立地、墳丘がよく残っている


開口部、でも奥壁側


玄門部、羨道埋没


奥壁側、玄室は小型


6号
横穴式石室、玄室長4,幅2.5m
位置:34°34′09″N 136°27′50″E

奥壁側が開口、周りの石材は後世の物


良好に残る玄室


片袖式の玄門、閉塞石が良好に残っている


奥壁側


(見学記)

松阪市岩内町、上文殊から一度県道59号までおりて北上、瑞巌寺入り口交差点を左折、県道568号を1km程行くと瑞巌寺があります。寺の手前に三重の塔がありその側に6号墳がある。石を積んだ上に石碑がありその下に石室がある。と言っても古墳らしき物さえ見あたらず初めは探した探した。開口部は一段下になっていてしかも奥壁側が開口しています。奥壁が大きく石の抜かれている以外は良好、特に羨道閉塞石がそっくりそのまま残っています(結果的に役にたたなかったけどね)。その前に小さな石仏が鎮座してる。更に道路が右に大きくカーブして下り坂になっている辺り左手に古墳と書かれた小さな案内板がある。崖道を少し登ると平坦面に幾つかの墳丘があり2号で石室開口、ここも開口部は奥壁側で入り口は狭い。何とか中に入れるが小型の玄室も多少埋まっている。羨道も埋没、まぐさ石が落ちかかっていて状態はあまりよくない。寺本堂を右に見ながら舗装道を谷奥に行くと小川を渡って5,60m程行くと1号の小さな案内板がある。そこから50m程登ると1号石室が開口、手前がハの字状に開いてるのも石室の一部なのかな。羨道玄室もよく残っていてここにも石仏が祀られています。奥壁は側壁と同じ乱石積みだが一番上だけにやや大型の石が積まれていて奥壁と言うより天井石の一部と言った感じです。1号の手前に墳丘のようなのがあるけどあれは古墳ではないのかな。
瑞巌寺から少し下った辺りが道路がやや広くなっていて説明板あり。その中の三重の塔側の岩窟が6号、その左側瑞巌寺の南に山の神古墳と書かれているのが2号、瑞巌寺の左上に古墳と書かれているのが1号。

天保1号

三重県松阪市(旧嬉野町)2008年3月訪問

円墳、R15
横穴式石室、全長6.8m、玄室長3.7,幅2.2,高2.3m
位置:34°37′01″N 136°28′30″E

嬉野中学校に移築された石室


天井石を失った玄室、埴輪はいらないな


奥壁、いかにも移築を思わせる番号


奥から外、片袖式


玄室背後上から


斜め上から、奥壁より側壁の方が石材が大きい


(見学記)

松阪市嬉野下之庄町、嬉野中学校に石室が移築されています。天井石を失った玄室で片袖式の玄室、側壁にはかなりの巨石が使われていますが奥壁はそれよりずっと小ぶり、石に数字が書かれていていかにも移築を思わせる。中に粗末な木製の棺のレプリカが置かれているのはまだしも埴輪まで入れているのはいきすぎでしょう。説明板の墳丘の高さ1.5mとあるのも?だな。学校内なので職員室に挨拶に行こうと思ったらその手前にあったので当日が休みと言うこともあり挨拶無しで見学させて貰いました。

滝之川古墳群

三重県松阪市(旧嬉野町)2008年3月訪問

1,3号石室を移築、公園として保存公開

全景、右1号、左3号、手前の巨石は祭祀遺跡と推測される


1号
横穴式石室、全長7m、玄室幅1.5,高2m
位置:34°36′40″N 136°25′55″E

石室正面、羨道は上部壊失


玄門まぐさ石が残る


割石積みの玄室


奥から外、片袖式


玄室背後上から


左後方から


右後方から


3号
横穴式石室、全長9m、玄室幅1.5,高2m

石室正面


こちらもまぐさ石のみ残る


持ち送りのない割石積み玄室


奥から外、片袖式


玄室背後上から


斜め前方上から


特徴的な袖部


(見学記)

現松阪市嬉野滝之川町、滝之川の集落からゴルフ場に向かう道路脇に2基の石室が移築され公園となっています。共に天井石を失い玄門まぐさ石しか残っていない。右側のが1号で全長7m片袖式割石積みの玄室で持ち送りは殆どない。左が3号で全長9m、やはり割石積みだがこちらの方が積み方が巧みな感じ。こちらも片袖式だが袖の構造が少し変わっていて石碑にでも使えそうな板状の石を羨道壁の様に立てている。2基の石室の前にある巨石も祭祀遺跡と推定されるそうだ。しかしせっかく公園として保存し駐車場まであるのに公園の名前も案内も何もない。石室も簡単な説明板が立っているだけ。公園内の前方後円状の盛り土も何なんだ、つい撮影してしまった。

宝塚古墳

三重県松阪市 2008年3月訪問

前方後円墳、TL111,R75,RH10,FW66,FH7
位置:34°32′47″N 136°31′05″E

前方部隅から後円部


墳丘南側


墳丘北側


前方部から後円部


後円部から前方部


2号から


くびれ部北側の造出(復元)


造出と言うより土橋で繋がっている感じ、遠方に2号


舟形埴輪レプリカ


宝塚2号
帆立貝式、TL89,R83,RH10.5,FW38、5C後半
位置:34°32′52″N 136°31′06″E

1号から


前方部が削られ円墳状


手前左に前方部隅が表示されている


(見学記)

松阪市宝塚町、山室山小学校西側丘陵頂にある全長111mの前方後円墳で良好な墳形を残しています。10年ほど前に発掘が行われ北側くびれ部の造出から舟形埴輪をはじめ多数の埴輪が出土して話題になりました。現在古墳公園として公開、墳丘は元のままのようですが造出を復元、埴輪もレプリカを並べています。北 側に2号墳があります。現状では90m程の大型円墳状ですが南側に前方部を伴った帆立貝式、道路ですっかり削られていますが端の部分がブロックで表示されています。共に国史跡。

庄古墳(こうもり穴古墳)

三重県松阪市 2008年3月訪問

円墳、R16.5m、6C後半
横穴式石室、全長8m、玄室長7,幅1.7m
位置:34°30′14″N 136°30′40″E

急斜面に立地


石室正面


長い玄室、左側壁が孕み気味


〃(ストロボ)


奥壁、右上の石材が抜け落ちている


奥から外、片袖かな


(見学記)

松阪市庄町、庄町の集落の県道を挟んだ北側に紀師神社がありその西側山道を20m程登ると案内表示が出ています。そこから更に30m程急傾斜の山道を登ると古墳があります。南側に石室開口、羨道はやや埋まって狭いですが全長7m程の玄室が残っています。側壁は乱石積みで一様に傾けているが左側壁がやや孕んできています。奥壁も下部に腰石を据えているが上部は側壁同様の乱石積み、一部で石材が落下しているようです。神社に駐車場有り。市史跡。

下文殊古墳群

三重県松阪市 2008年3月訪問

8基

3号
横穴式石室、現存長6m
位置:34°33′40″N 136°27′56″E

尾根上、僅かな高まりが残る


天井石が露出


入り口は埋没


玄室内部


奥壁


(見学記)

上文殊北側、谷を隔てた尾根上にある古墳群ですが石室が見られるのは3号だけ。低い墳丘が残っていて天井石が露出、隙間からカメラを突っ込んで撮影する程度です。玄室はそれ程埋まりもせずよく残っているようだ。上文殊1号と似た玄室です。

上尾戸古墳群

三重県松阪市(旧嬉野町)2008年3月訪問

A1号
横穴式石室
位置:34°36′40″N 136°25′55″E

尾根先端に立地、割とよく墳丘が残る


南側に開口


乱石積みの奥壁


奥から外、片袖式


A2号
横穴式石室
1号西側に立地


崖際で墳丘半分崩落、石室は何とか残っている


羨道


玄室、かなり傾いているのは土圧のせいか


奥壁


A4号
横穴式石室

墳丘石室ともよく残る、右奥にA1号


開口部


羨道


玄室、天井部が露出して中が明るい


乱石積みの奥壁


奥から外、片袖式


A5号
横穴式石室
細長い石室、前部は天井部が破壊


正面から


何とか残った奥壁、最上部に大きな石を配するのがここの特徴みたい


A6号
横穴式石室
すっかり破壊されているようだ


(見学記)

現松阪市嬉野釜生田町、県道バス停から集落内を西に入っていくとすぐ長照寺があり更に西に行くと丘陵に突き当たった辺りに案内板がありそこから丘陵沿いに約600m程で車で行っていけないことはありません。案内表示があるので山道に入り20m程で右側尾根に登る階段があるので登っていくと尾根上に6基の古墳が密集しています。尾根先端にあるのが1号、南側に開口していて羨道は埋まり気味だけど玄室完存、乱石積み片袖式やや背の高い玄室です。その西側にあるのが2号、崖際で墳丘は半分崩れていますが玄室は何とか残っています。中に入れないこともなかったが一応覗けるのでパス、持ち送りの強い玄室です。3号以下は尾根上に南西に並ぶ。3号は低い墳丘があるのみ。4号は南西に開口、1号と似た構造、天井部に隙間があって内部は明るい。5号は前部がかなり破壊され奥壁辺りが何とか残っている。奥壁や側壁の上部に大きな石材が使われている。6号はかなり破壊され僅かに石材が露出するのみ。東側の尾根にもあるそうだが登れそうにもないのでパス。
ここは事前に調べた時にはオンライン地図に北側ゴルフ場周辺に2カ所古墳群の表示があった(結果的に位置が随分違っていたけど)。かなり行きづらそうだったけど実際来てみればそれ程の事はなかった。それでもお寺南側の集会場に車を止めて歩いていったけどね。ゴルフ場は古墳を破壊するだけでなく周辺に保存されても行きづらくなるんだよね。

上文殊古墳群

三重県松阪市 2008年3月訪問

11基

1号
横穴式石室、全長約8m
位置:34°33′38″N 136°27′53″E

尾根上に立地、墳丘がよく残る


墳丘背後から


開口部


入り口から内部


乱石積みの玄室


奥壁


奥から外、僅かな片袖式


2号
墳丘


3号
斜面だが墳丘は割と残る


7号
僅かに露出した石材


(見学記)

松阪市伊勢寺町、県道45号を森林公園方面へ西に行き高速道路下をくぐって300m程、道路脇に駐車スペースがありその北側尾根上にある古墳群です。田圃の中のコンクリート舗装の小道を行くと電気柵がとうせんぼ、幸い畑に地主の方がおられたので通して貰い序でに場所を教えて貰いました。そこからすぐ上の尾根上に3基の円墳があり墳丘が良好に残っています。石室が開口しているのは1号だけ、南側に開口していて入り口はかなり狭い。羨道前部は壊失しているようだが長さ6m程の玄室は完存、側壁奥壁とも乱石積みです。浅い谷を隔てた南側の尾根にも4-11号があるが倒木などで見学困難、墳丘らしき物2基と一部石材を確認しただけ。
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