屋敷山古墳

奈良県葛城市(旧新庄町)1992年4月訪問

前方後円墳、TL135
位置:34°29′01″N 135°43′01″E

竪穴石槨蓋石、墳丘は公園となっている
[ 2013年04月03日 09:46 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

山口千塚古墳群

奈良県葛城市(旧新庄町)1992年4月訪問

13C118
背の高い墳丘が残っているのもある


13C119
墳丘、左下に石室が開口


石室開口部


玄室


奥から外、一番状態のいい石室


13C125
玄室


13C126
玄室


奥から外、よくこんな狭いとこから入ったもんだ


13C138
露出した石室


13C139
墳丘
[ 2013年04月03日 09:45 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

鳥谷口古墳

奈良県葛城市(旧當麻町)1997年3月訪問

方墳、L7.6
横口式石槨
位置:34°31′04″N 135°41′28″E

遠望、公園の一角に保存


複数の石棺石材を使った横口石槨、まるで石棺が閉じこめられているよう、展示の仕方にもう一工夫欲しい


(見学記)

首子古墳群から西側,山の方にどんどん行くと大きな溜池の側が公園として整備されていてその一角小高い所にあります。大津皇子の墓ではないかとも言われている終末期の古墳で,墳丘が整備され横口式石槨も柵越しに見ることが出来ます。家形石棺の部品を集めて作ったような風変わりな物です。県史跡。
[ 2013年04月03日 09:44 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

寺口新池古墳群

奈良県葛城市(旧新庄町)1998年3月訪問

皿池古墳
前方後円墳
位置:34°29′17″N 135°42′54″E

左奥に伸びるのが前方部


位置:34°29′19″N 135°42′39″E


_2:溜め池周辺に幾つか墳丘がある


(見学記)

センター東側にため池がありその周囲に古墳が分布しています(10基以上はあるようだ)。殆どが小円墳ですが堤南側に全長55mの前方後円墳皿池古墳 (13D038) があります。地形の関係でまるで前方部が2つある様,くれぐれも間違えのないように。
[ 2013年04月03日 09:43 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

棚機神社古墳

奈良県葛城市(旧當麻町)1999年3月訪問、2003年4月再訪

位置:34°29′37″N 135°41′59″E

99年当時、平凡な古墳に固有名が付いていてちょっとビックリ


03年、手前の道路が三ツ塚古墳群、小山2号、弥宮池北支群等多くの古墳を消滅させた南阪名道路
[ 2013年04月03日 09:42 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

竹内古墳群

奈良県葛城市(旧當麻町)1997年3月訪問

1号
位置:34°30′23″N 135°41′58″E



2号


3号
1-3号が史跡の丘公園内にある


22号
前方後円墳、TL42,R24,FW31
横穴式石室
位置:34°30′28″N 135°42′12″E

尾根上から見た墳丘、手前が前方部


前方部にある石室開口部


石室内部


13A032
墳丘全体が墓地になっている、背後の丘に古墳群がある


(見学記)

国道166号と県道30号の交差点北西の丘陵上に分布しています。丘西側に史跡の丘があってこの中に1~4号墳があります(史跡に関係しているのはこれくらいみたい。4号から尾根伝いに東に行くと(と言ってもはっきりした道はないですよ古墳が点々とあります。このまま行くと麓近くの石室のある前方後円墳 13-A-39 に行けるかと思っていると途中で鉄条網で仕切られていてアウト。この先は...。丘陵南側国道脇にも墳丘全体が墓地となっている古墳があります。
[ 2013年04月03日 09:40 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

神明神社古墳

奈良県葛城市(旧新庄町)1998年3月訪問

円墳、R20,H3.2、7C後半
横穴式石室
位置:34°29′13″N 135°42′48″E

墳丘南側


墳丘側面、すっかり低くなっている


切石巨石を使った玄室


(見学記)

社会研修センター南側にある古墳で横穴石室が開口,巨石の切石を使った無袖式で壁の2ヶ所に切り込みがあって何かをはめ込んだようです。石室前は広い前庭になっています。柵があって中には入れませんが(センターで鍵が借りられる)奥まで十分見えて特に中に入る必要もないようです。なお神社自体は小さな祠のようなものです。
[ 2013年04月03日 09:38 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

新庄二塚古墳

奈良県葛城市(旧新庄町)1992年4月訪問

前方後円墳、TL60,R36,RH10,FW41,FH10
横穴式石室3
後円部、全長16.4m、玄室長6.7,幅3,高4.1m
前方部、全長9m、玄室長4.9,幅1.7,高1.9m
造出、玄室長4.5,幅1.3,高1.3m
位置:34°29′01″N 135°42′12″E

尾根上から見た墳丘、右(南)が後円部


後円部南側


羨道、柵があって中には入れない


玄室


前方部石室入り口、92年当時は柵があった


前方部玄室


奥から外


造出の石室、3基とも南向きに開口している


(見学記)

県道のあちこちに案内板が出ていてそれに従っていくと尾根斜面を削って造った墳丘が見えてきます。全長60mの前方後円墳で墳丘は薮に覆われていますが横穴石室が3ヶ所あるのが珍しい古墳です。一番立派なのが後円部の石室ですが残念ながら柵があって中には入れません。ただ非常に大きいし南向きなので奥壁まで十分見えています(それでも中に入りたい)。他は前方部と造出に1ヶ所ずつ前者は片袖式,後者は小形の無袖式共に南向きで中に入れます。
[ 2013年04月03日 09:37 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

芝塚古墳

奈良県葛城市(旧當麻町)1997年3月訪問、2003年再訪

前方後円墳、TL50,R35、6C前半
位置:34°29′59″N 135°42′09″E

西から、後円部だけ復元された


南から、遠方に見えている丘陵に竹内古墳群がある


2号墳の家形石棺、墳丘は消滅、石棺が1号の側に保存


蓋石が薄いわりに縄掛け突起が突き出ている


(見学記)

上記住宅地の南側の溜池そばにあります。遺跡地図では円墳となっていますが発掘の結果,全長 50m 後円径 35m の前方後円墳と判明しました。現在後円部が復元されています。また後円部斜面に芝塚2号墳(消滅)から出土した組合式家形石棺が展示されています。簡単な屋根がかかっているだけで最初は農機具小屋だと思ってしまった。県史跡。
[ 2013年04月03日 09:34 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)

小山2号

奈良県葛城市(旧當麻町)1997年4月訪問、2003年4月再訪

97年水田下から新たに発見された円墳(現在は消滅)石室と未盗掘の石棺があった
位置:34°29′28″N 135°42′19″E

(97年4月)
現地説明会の様子


墳丘断面、遠方竹林に前方後円墳の小山古墳がある


石室(手前が奥壁側)、石棺2


石室上から(右が羨道)奥の石棺は破壊、中央の石棺は未盗掘で蓋石があった、鍵型に組み合わせた石棺側石の様子がわかる


石棺(現説写真から)縄掛け突起の無い蓋石、身と同じく薄い板石


石棺蓋石(現説写真から)


(03年4月)
移築復元された石室、石棺、石室は弥宮池1号墳


玄室奥から、石棺底石のようだ


石棺(手前の2基が小山2号の物)奥の蓋石と底石は弥宮池南1号墳か、蓋石は屋根型で背が高そう


石棺、奥に見えている橋脚が小山2号墳、発掘の原因となった道路


(見学記)

97年南阪名道路建設に伴う発掘で未盗掘の石棺が出土して話題となり現地説明会に大勢に人が押し掛けましたがその後消滅したと思っていたら現地の近くに石棺を保存展示しているのを偶然発見しました。石棺をバンドで固定しているなど正式公開前のようで説明板も何もなかったですが石棺は確かに見覚えがあるし、側の石室もてっきり小山2号墳のものだと思っていました。ただ4基ある石棺の内、2基は見覚えがなくこんなにあったのかなと思いつつ帰ってから確認したら石室も小山2号墳の物とはまるで違っていた)。
奈良の古墳に詳しい現地の人も知らないようでどこの古墳から出土したか不明です。
(追記)現在は説明板が設置されています。それによれば石室は弥宮池1号墳、石棺は小山2号墳、石棺底石は弥宮池南5号です。
[ 2013年04月03日 09:33 ] カテゴリ:葛城市 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋
ブログ館

へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。

検索フォーム
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
旧市町村名は頭に旧をつけてから検索してください/検索で市町村名が出てこないときは頭に県名を付けると出てくることがあります/市町村名で検索するとスポンサーリンクを検出することがあるので県名をつけて検索した方が効果的です/漢字表記の違いで古墳名で検索すると出てこないことがあります、その時は市町村名で検索してみてください
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

クリックして貰うと励みになります
各県市町村別
QRコード
QR