湧出山古墳群

滋賀県長浜市(旧高月町) 2003年3月訪問

(1号以外はナンバー仮称)

全景:独立丘の稜線上に分布、麓から遊歩道が巡っている


1号
前方後円墳、TL37,R24,RH5,FW27,FH5
位置:35°29′23″N 136°13′15″E (日本測地系)
    35.49290056 136.21794797(世界測地系)
後円部南東側


墳丘西側、前方部手前にも1基ある


後円部から見た稜線


4号
中央辺りにある低い墳丘


5号
西端にある。方墳?


6号
最西端、古墳?


(見学記)
横山神社北側に独立丘の湧出山があり、頂上の稜線上に古墳が分布しています。南側麓にある赤後寺から遊歩道が巡っていて10分ほどで上につくことができます。稜線上も木が伐採されていて歩きやすい。西端のアンテナ辺りに2基ある。1基は方墳だろうか。東端にあるのが前方後円墳の1号だろうか。墳丘も良好に残っている。独立丘と言うこともあってここから周囲の平野が一望できて大変眺めが良かった。今年はこの後も何度も山登りする羽目になって穴場的展望台的な場所に遭遇してつくづく双眼鏡を持ってくれば良かったと思ってしまった。偶に持っていくとこういう場所に遭遇しないんだよね。読みは”ゆるぎやま”。

横山神社古墳

滋賀県長浜市(旧高月町) 2003年3月訪問

前方後円墳、TL36,R21,RH2.3、6C
位置:35°28′50″N 136°13′21″E (日本測地系)
    35.48373507 136.21961523(世界測地系)

墳丘はかなり変形している、横穴式石室を持つそうだが全く見ることはできない


湧出山からの遠望、兵主神社境内にも前方後円墳があるそうだが墳丘は確認できなかった


(見学記)
姫塚北方1.5km、七郷小学校南側の横山神社境内にあります。前方後円墳だがかなり変形している。横穴式石室を持つそうだが全く見ることはできない。墳丘上の小社の脇に巨石があるがこれが石材の一部だろうか。県史跡。
すぐ東側に兵主神社がありここにも前方後円墳があるそうだが、それ程広い境内ではないのだが墳丘は確認できなかった。

父塚古墳

滋賀県長浜市(旧高月町) 2003年3月訪問

円墳、R30
位置:35°27′31″N 136°13′31″E (日本測地系)
    35.46179271 136.22239328(世界測地系)

平地に立地、後期の円墳と言うことだったが前期の前方後円墳の可能性もあるとのこと


(見学記)
姫塚南方1km、こちらも田圃の中にポツンとあります。墳丘はだいぶ低くなっていて上に神社が建ってます。径30mの後期円墳と思われていましたが92年の発掘で周溝を確認、北側で途切れている部分もあって前期の前方後円墳の可能性もあるそうです。人間と同じで外見だけではなかなか判断できませんね。

大森古墳

滋賀県長浜市(旧高月町) 2003年3月訪問

前方後方墳、TL62,R38,FW27、3C前半
位置:35°28′15″N 136°12′50″E (日本測地系)
    35.47401317 136.21100514(世界測地系)

後方部


後方部から前方部、発掘中でブルーシートだらけ


前方部端


(見学記)
姫塚北西800m、丘陵から伸びた細い尾根上にある前方後方墳です。こちらも発掘中、トレンチが多数入っていて青いシートだらけでした。発掘中の古墳に遭遇するのはラッキーなんだけどシートばかりだと写真が撮りにくい。説明板が立っていますが登り口とは反対側の前方部端にある。それも斜面側の平野部に向いているから見にくいこと。こういう例は時々見かけますがもう少し見学者の立場に立って立ててもらいたいものです。今回も各地で前期の前方後円墳を見てきましたが山の上にあるのは意外なほど墳丘が良好に残っていますね。数が少ない分丁寧に造られたのでしょうか。それにしても千数百年の間、何の補修もなしに形を保っているというのは驚異的です。

松尾宮山1号

滋賀県長浜市(旧高月町) 2003年3月訪問

方墳、L17×13、7C前半
横穴式石室
刳抜式家形石棺
位置:35°28′20″N 136°12′39″E (日本測地系)
    35.47540171 136.20794967(世界測地系)

墳丘下から、かなりの急斜面に立地


墳丘横から、前面に外護列石を持つ


石室正面、天井石を壊失、屋根を架けて保護


玄室、家形石棺、蓋が身より少し大きい


奥から外


石室上から


(見学記)
大森古墳と松尾集落の中間辺りにあり案内表示もあります。墳丘は丘陵南側斜面に立地していますがとんでもない急斜面ですね。階段がついていますが歩いて昇るだけでもきつい。古墳は外護列石を持つ方墳で横穴式石室内に家形石棺があります。石室は天井石を殆ど失い屋根を架けて保護されていますが石室の中には入れます。石棺は刳抜式、蓋は平たく縄掛け突起が無く新しい形式、見たところ破壊された様子はないですが当然盗掘されているだろうな。身と比べて蓋の方がやや大きいですが、こういう例は地方の石棺でよく見かけます。別々の場所で造られたのだろうか。2号墳にも石棺があるそうですがこちらは埋め戻されています。県史跡。
階段が上まで続いているのでついでに登ってみました。石室石棺を持つ2号墳を探すためでしたが後から既に埋め戻されていると知った。上の尾根は割と開けていてここに山畑古墳群があるそうだが西側に1基円墳らしいのを見つけただけでした。かなりきつい登り道でくたびれもうけでした。

古保利古墳群

滋賀県長浜市(旧高月町) 2003年3月訪問

画像無し

(見学記)
琵琶湖湖岸沿いに長々と伸びる丘陵上にある大古墳群。丘陵麓に行ってみると電気柵が延々と設置されている上に登り口には”地元の人以外入山禁止”なんて看板が立っているので諦めました。後から聞いたとこではあまり気にせず入っても良いとか。

唐川宮山古墳群

滋賀県長浜市(旧高月町) 2003年3月訪問

湧出山南側麓に分布、残存2基のみ

1号(2号?)
墳形不明
横穴式石室
位置:35°29′20″N 136°13′12″E (日本測地系)
    35.49206726 136.21711478(世界測地系)
半壊状態の石室


玄室奥壁


3号
墳形不明
横穴式石室、全長6.2m、玄室長3.7,幅1.4m
位置:35°29′18″N 136°13′08″E (日本測地系)
    35.49151168 136.21600381(世界測地系)
石室上から、民家裏の崖の上にある、羨道天井は壊失


石室正面


玄室、南向きのせいか内部は草が繁茂している


奥から外、説明板では両袖式と言うことだが


(見学記)
湧出山から東側の遊歩道を降りてくると長照寺本堂裏で道の下に石室があった。かなり破壊していて奥壁が良好に残っている程度。3号で良好な石室が残っているとのことなのでこれではないだろうと思い、更に探してみたら最初に登りはじめた遊歩道のすぐ脇に説明板があった (^^;)。墳丘ははっきりしないが崖面に石室が開口、羨道の天井がなくなっているが他は割とよく残っている。石室に入るには崖を降りるような感じで少々危ない。南向きのせいか床面には羊歯などが繁茂しているがここから銀象眼の鍔など豊富な遺物が出土している。

姫塚古墳

滋賀県長浜市(旧高月町) 2003年3月訪問

前方後方墳、TL78,R40,FW29、3C前半
位置:35°28′02″N 136°13′16″E (日本測地系)
    35.47040308 136.21822735(世界測地系)

墳丘南東から


墳丘東から、前方部はすっかり細くなっている


墳丘西から、発掘中


後方部西裾の葺石、前方後円墳と思われていたが前方後方墳と確認された


くびれ部葺石、右が前方部


(見学記)
町役場西方1.5km、平地に立地していて周りが一面田圃なのですぐ分かります。平成13,14年に周辺部の発掘が行われ以前は5Cの前方後円墳と思われていましたが3C末~4C初めの前方後方墳と確認されたようです。現地説明会は終わった後でしたが後方部裾の葺石を見ることができました。確かに直線状になっていますね。後方部は周囲がかなり削られていますが高さはある程度残っています。前方部もすっかり細長くなっていますが元々それ程大きくはなかったようです。県史跡。

オサキ山古墳

滋賀県長浜市 2003年3月訪問

位置:35°24′03″N 136°19′59″E (日本測地系)
    35.40402351 136.33015699(世界測地系)

地元有志が立てた標柱、古墳?

長浜古墳群

滋賀県長浜市 2003年3月訪問

(数字は仮称)

丘陵遠望


1号


2号(龍ヶ鼻古墳)
前方後円墳、TL44,R24,FW12
位置:35°24′15″N 136°19′59″E (日本測地系)
    35.40735644 136.33015693(世界測地系)
西側から、尾根頂部に位置している


南側から、方形の張り出しがあるのは陣所跡だろうか


3号


4号


5号
丘陵頂きに位置している


(見学記)
茶臼山古墳から山に入っていく道があります。尾根伝いに落葉樹の林が続いていて私好みの場所。途中にも幾つか古墳らしい盛り上がりがありますが、最初の尾根頂にあるのが龍ヶ鼻古墳(多分 ^^;)。前方後円墳と言うことですが姉川の戦いの時にここに陣所がおかれたと言うことで大きく変形、方形の突出部もどうやらその時の物のようです。更に尾根伝いに南に行くと古墳は少ないですがはっきりとした盛り上がりが2,3基あり、標高234mの頂上にも古墳があるようです。この辺りからは湖北平野が一望でき、遠くには琵琶湖も見えています(当日は霞んでいてよく見えなかったけど)。真下にある垣籠集落の端に垣籠古墳も見えています。この山道は尾根伝いに南側の近江町まで続いているそうで、地元にすんでいたら一度は挑戦してみたいですけどね。東側の麓には前方後円墳の息長陵があるが宮内庁管理なのでパス。
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