福岡古墳群(小枝山支群)

鳥取県米子市(旧淀江町)1995年4月訪問

向山支群
晩田山支群
瓶山支群
城山支群
小枝山支群

竪穴石室2を持つ上の山古墳など前方後円墳4他

石馬谷古墳(小枝山5号)
前方後円墳、TL61,R36,FW18,RH8,FH3.5、6C末
位置:35°26′56″N 133°26′45″E (日本測地系)
    35.45202851 133.44318928(世界測地系)
麓から見た墳丘、左手が後円部、美しい姿が残っている


前方部斜め後方から


山側からの眺め


石馬(資料館内)、全国2例しかない、この古墳からの出土かどうかは不明


天神垣神社古墳(小枝山3号)
墳形不明
位置:35°26′59″N 133°26′51″E (日本測地系)
    35.45286176 133.44485572(世界測地系)
刳抜式玄門、石室は殆ど破壊、玄門の穴は一辺60cm程度しかない

福岡古墳群(瓶山支群)

鳥取県米子市(旧淀江町)1995年4月訪問

向山支群
晩田山支群
瓶山支群
城山支群
小枝山支群

小独立丘陵上、前方後円墳1,円3,方墳2

丘陵遠望、背後に向山古墳群のある丘陵がある、遠方の山は高麗山


西側斜面、幾つか墳丘があるがどれが前方後円墳かは不明

福岡古墳群(晩田山支群)

鳥取県米子市(旧淀江町)1997年4月訪問、2001年4月再訪

向山支群
晩田山支群
瓶山支群
城山支群
小枝山支群

(1997年)

洞ヶ原遺跡より西側斜面、日本海を望む林の切れ間の先に晩田山3号墳


斜面直下の円墳、29号


上記やや下方、30号


斜面下方鞍部の円墳


28号


下方尾根上の方墳、周溝有り、手前も別の古墳の周溝


上記やや西側円墳、周溝有り


上記古墳周溝、陸橋がある


同じ円墳、奥に前方後円墳の3号墳


3号墳、この後消滅


3号墳、手前に環濠有り


(2001年)

前方後円墳1他

1号
円墳
横穴式石室
位置:35°27′32″N 133°26′43″E (日本測地系)
    35.46202733 133.44263334(世界測地系)
石室全景


石室正面、中央奥に2号が見えている


玄室、巨石を使用、加工度はやや粗い


2号
円墳
切石横穴式石室
石室全景、羨道はかなり破壊


〃(89年)、天井石が動かされている


刳抜式玄門、閉塞石をはめる溝がある


1枚石を使った玄室、赤色顔料がよく残っている


玄門(奥から)


17号
円墳
位置:洞ノ原すぐ南側
径30mほどの載頭円錐型


31号
方墳、L18、7C初
横穴式石室
位置:35°27′21″N 133°27′00″E (日本測地系)
    35.45897215 133.44735518(世界測地系)
墳丘、晩田山最後の古墳、保存のため道路がカーブしている


墳丘石室正面、背後の丘に妻木晩田遺跡がある


破壊が著しい石室、側壁一部と刳抜式玄門下部しか残っていない


89年当時の写真では刳り抜き部の構造がよく分かる


石室上から、玄室床に板石が敷かれている


(見学記)
洞ノ原の周囲に幾つもの古墳があります。南側にあるのが17号で径30mくらいの載頭円錐型の円墳でこの辺りでは一番大きそう。西側斜面にも幾つも古墳がありますが将来の公開に備えてでしょうか銀色のシートに覆われていました。前方後円墳の3号は消滅、かろうじて基部が残っています。この周りにあった環濠も埋め戻されその南側で現在発掘が継続中、古墳が幾つも見えていましたが墳丘には手を付けてないようです。

1,2号
西側麓にある高校敷地内にあります。前回見つけることが埋められたのかと思いましたが敷地の北側にちゃんとありました。共に墳丘ははっきりせず石室が地下に埋まるように残っています。1号は大きな各側壁と天井石が1枚残っている程度。2号は刳抜式玄門を持つ石室で羨道天井はなくなっていますが玄室は巨大な1枚石で構成され赤く塗られた色もよく残っています。以前の写真と比べてみると玄門上の天井石が動かされて側に置かれていますが地震の為でしょうか。

31号
高校前の町道を登っていくと途中にあります。晩田山最後の古墳で一辺18mの方墳です。以前と比べて下草が刈られ墳丘がよく見えています。その分大きく破壊された石室が痛々しい。羨道や玄室の側壁の一部と刳抜式玄門下部が残っているのみ。

洞ノ原墳墓群

鳥取県大山町 1997年4月訪問、2001年4月再訪

大小25基からなる四隅突出墓群、1C前半~2C前半
墳丘を復元公開されている
位置:35°27′32″N 133°27′08″E (日本測地系)
   35.4620274 133.44957705(世界測地系)

(97年)
妻木晩田遺跡97年発掘当時の写真

【洞ヶ原遺跡】
妻木晩田遺跡中の四隅突出墓群
位置:35°27′28″N 133°27′03″E (日本測地系)
    35.46091638 133.44818835(世界測地系)

左手前が突出部(8号)


上記右側から撮影(8号)


手前が突出部(7号)


1号墓


上記左側からの撮影


11号墓、1.5m四方程の超小型



(01年)

妻木晩田遺跡遠望:岩屋古墳より


1号
6.5×5.4×0.4m

2号(奥)に次ぐ大きさ、突出部の形も整っている


発掘当時



2号
8.4×6.9m

最初に造られた、大きさも最大


3号


4号


5号
小型ながら突出部がはっきりしている


6号
突出部は殆ど無い


2号からの眺め、小型の墳丘が並ぶ、奥にあるのが晩田山29号


7号
薬品処理して現状のまま保存


発掘当時


8号
7号と同じく薬品処理して保存、突出部がはっきりしている


奥に7号


発掘当時


11号
1.55×1.25×0.2m

最小クラス


状態もよく突出部もはっきりしている


発掘当時



(見学記)

4年ぶりに訊ねた遺跡、以前は下からてくてく登っていったが今は上まで自動車で行くことが出来駐車場もある。側に仮の建物があり発掘資料や模型が展示されガイドビデオを見ることが出来る。ここから西に行くと平坦面の端に25基の四隅突出墓からなる洞ノ原墳墓群がある。墳墓は土を被せて保護しその上に元の形を復元している。北側の7,8,18号は薬品処理されて発掘当時のまま保存されている。ここから眺める淀江の平野や日本海は本当に素晴らしい。妻木晩田遺跡は他にも幾つも地区があって広大な面積を占めるが現在公開されているのはここだけです。

石州府古墳群

鳥取県米子市 1989年4月訪問、1995年4月再訪

前方後円墳1、円墳41

1号
円墳、R42,H6
横穴式石室、玄室長4.57,幅2.5,高3.1m
位置:35°23′30″N 133°25′06″E (日本測地系)
    35.39481226 133.41569406(世界測地系)
整備前の墳丘、89年当時まだバイクにテントを積んで廻っていた頃


整備後と言っても周りだけ


玄門、羨道はかなり埋没


巨石を使った玄室、落書きが多い


奥から外、玄門に板石の閉塞石が残る


箱式石棺?床には巨礫が敷き詰められている


67号
1号側に移築された墳丘、2段外護列石を持つ


石室内部


不明
こちらも移築石室

宗像古墳群

鳥取県米子市 1989年4月訪問

前方後円墳3,円墳8

1号
前方後円墳、TL37,R28
横穴式石室2
位置:35°24′32″N 133°21′23″E (日本測地系)
    35.41203148 133.35375436(世界測地系)
後円部


石室正面


石室上から、上部がすっかり破壊されている、画面左側玄門に板状の閉塞石が残る、右端が玄室奥辺り


玄室後部


かろうじて残る玄室奥、左側が奥壁


副室正面


石室内部、長2.3mと小型


奥から外


2号
円墳
石室正面


玄室


奥から外


玄門上から


4号
前方後円墳
前方部隅から後円部


6号
前方後円墳
後円部


不明
石室開口部


小型の石室

日原山古墳

鳥取県米子市 1995年4月訪問

前方後円墳
位置:35°24′23″N 133°21′40″E (日本測地系)
    35.40953182 133.35847628(世界測地系)

前方部から後円部


後円部から前方部、小高い独立丘陵の頂部に立地

青木古墳群

鳥取県米子市 1995年4月訪問

位置:35°23′43″N 133°22′17″E (日本測地系)
    35.39842208 133.36875359(世界測地系)

分布図(説明板より)この当時整備されていたのは1号だけだった


36号


42号箱式石棺


51号、この地区は低い墳丘があるだけ

米岡2号

鳥取県八頭町(旧郡家町)1996年3月訪問、2003年5月再訪

横穴式石室
線刻壁画
位置:35°24′11″N 134°13′16″E (日本測地系)
    35.40621473 134.21840138(世界測地系)

すっかり露出した石室


石室横から、3枚の天井石の内中央の1枚がやや高くなる中高式


羨道、袖石を立てて玄室と区別


巨石を使った玄室、外見の割には良好


奥から外、線刻壁画は具体的な形が分からなかった


(見学記)
(1996年)
鳥取市との境近くの果樹園の上方に有ります(山の中をさまよっていると山の持ち主の方に会って案内してもらった,ラッキー)。平らな大型の石を使った石室が露出していて人物,木の葉模様等の線刻壁画が見えています。側の1号は全壊状態です。

(2003年)
別の石室残骸を1基見つけただけで肝心の2号墳は分からず。ここはよく知っている人に案内して貰わないと難しいようだ。

寺山古墳

鳥取県八頭町(旧郡家町)1990年4月訪問、2003年5月再訪

前方後円墳、TL37.5,R18,RH4.5,FW19.5、6C後半
横穴式石室、玄室長3.6,幅2,高1.6m
位置:35°24′24″N 134°15′32″E (日本測地系)
    35.40982595 134.25617547(世界測地系)

墳頂に露出する天井石


玄室、内部はかなり埋まっている


奥から外、右片袖式、羨道は埋没


(見学記)
(1990年)
郡家警察署の裏山にある前方後円墳(全長37m)で後円部が盗掘され,横穴式石室の天井部が露出しその隙間から内部にはいることが出来ます。石組みは良く残っています。

(2003年)
墳丘下に説明板が設置され石室露出部も草が刈られて場所が分かりやすくなっていました。でも中は元のままでやはり入りにくい。
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