大平山古墳群

鳥取県湯梨浜町(旧東郷町)1997年4月訪問

しゃみせん塚古墳
前方後円墳
位置:35°27′43″N 133°52′07″E (日本測地系)
    35.46508941 133.86593153(世界測地系)

後円部


山頂近くにある古墳


(見学記)
東郷池の西側に大平山があり,この丘陵上に大平古墳群があります。尾根が東郷町と倉吉市の境界になっていてこれに沿うように古墳群が分布しています。丘陵を縦断するように農道(と言っても立派な舗装道路)が走っていてこの頂上近くの林の中にあります(こちらは倉吉市)。前方部の短い全長45mの前方後円墳で墳丘の保存状況は比較的よいようですが後円部頂上が盗掘を受けていて石材が露出しています。すぐ近くの道路側にも高さの低い形のいい円墳があります。他の古墳も林の中にあるようですが道,気力とも無し。

野方古墳群

鳥取県湯梨浜町(旧東郷町)1997年4月訪問

1号
前方後円墳
位置:35°28′24″N 133°55′11″E (日本測地系)
    35.47647813 133.91703706(世界測地系)
西からの遠望、小さな尾根を利用して構築


後円部正面


前方部隅から後円部


周囲に石室が幾つか露出(矢印)


(1号周囲の石室群)




2号
前方後円墳
後円部


他の古墳


(見学記)
東郷池東側の谷に野方の集落がありその南側の丘陵尾根上に前方後円墳2基(1,2号)を含む古墳群です。1号は集落西側の尾根先端梨畑の中にある全長29m前方部が低く短い前方後円墳で下の道路からも見えていて、墳丘の保存状況も良好。墳丘のまわりを囲むように5基の横穴石室墳があります。封土は流れ去っていて石室が露出していますが板状の大きな石(粘板岩?)を使って石室を構築しています。1基(これは物置になっている以外は天井石が無くなっていますが石室構造が分かる程度には残っています。これらは当然1号より後に作られているはずですが現状がこれほど違うのは何故でしょう。丁寧に作ればそれだけ長持ちするという事でしょうか(省資源の見本ですね、しかしこういう例は割とよく見かけます)。この西側の尾根にも2~3基の円墳。さらに集落に東側の尾根上にも全長36mの2号墳が孤立して存在しています。

長瀬高浜1号

鳥取県湯梨浜町(旧東郷町)1990年4月訪問

円墳、R35,H3、5C
位置:35°29′23″N 133°51′51″E (日本測地系)
    35.49286378 133.86148695(世界測地系)

復元墳丘


箱式石棺


近くに展示されている箱式石棺


(見学記)
砂丘の下から大量の埴輪が出てきたことで有名な遺跡です。浄化センターの建設に伴い1号墳がセンター東側に1号墳が移築保存されています。墳丘はコンクリート造りで(味気ないこと)一部をカットして中に箱式石棺が埋め込まれています。同時に出土した鎌倉時代の五輪塔が周りに埴輪のように置かれていますが場所が無い訳じゃあるまいしやめて欲しいですね。他に4基の小型箱式石棺が展示されています。近くの町役場の隣に歴史資料館があって資料が展示されているようです(せっかく行ったのに休館日でないにも関わらず閉まっていた)。

宮内狐塚古墳

鳥取県湯梨浜町(旧東郷町)1990年4月訪問、1997年4月再訪

前方後円墳、TL90,R55,RH9、5C前半
位置:35°28′50″N 133°53′54″E (日本測地系)
    35.48369906 133.89565009(世界測地系)

東郷湖に突き出た岬上に立地、遠方に北山古墳が見えている


南側から、右側に尾根をカットした跡が残る


(見学記)
東郷池の東側,湖に突き出た尾根上に位置しています。全長90mの前方後円墳ですが墳丘は雑木林と薮に覆われていてよく見ることは出来ません。後円部側の尾根をカットした部分だけはよく観察できます。

北山古墳群

鳥取県湯梨浜町(旧東郷町)1990年4月訪問、1997年4月再訪

北山古墳
前方後円墳、TL110、5C
位置:35°27′40″N 133°53′15″E (日本測地系)
    35.46425693 133.88481853(世界測地系)
丘の下からの遠望、尾根を利用して構築、右側に尾根をカットした跡が残っている


南東側から、墳丘は良好だが後円部に巨大な盗掘跡がある、背景の湖が東郷湖


後円部から前方部、すっかり果樹園となっている


盗掘跡にかろうじて残る副室


27号
前方後円墳


(見学記)
東郷池の南側,丘陵上に位置する全長110mの前方後円墳です。墳丘は下の道路からもよく見えていて案内板もあります。丘の西側に小さな駐車場がありここから急な階段を上ると後円部頂に着きます。そこにはがっかりするほど大きな盗掘坑があって根こそぎやられた感じです。その片隅に無傷で発見された箱式石棺が今でもあってここから多くの副葬品が出土したそうです。周辺の梨畑には埴輪片が多数散乱しています。周辺にも数基の円墳が分布しています。

片平古墳群

鳥取県湯梨浜町(旧東郷町)1997年4月訪問

位置:35°27′24″N 133°52′16″E (日本測地系)
    35.45981237 133.8684314(世界測地系)

果樹園の中に石室が露出


どちらかが4号墳か


(見学記)
大平山南側の麓近くの斜面に石室が露出しています。天井石が無く半ば埋まっていますが板状の大きな石を使った横穴式石室です。しかしこれが4号墳かどうかは自信がない。すぐ側にももっと崩壊した石室?があります。

引地古墳群

鳥取県湯梨浜町(旧東郷町)1997年4月訪問

22号
前方後円墳
位置:35°27′25″N 133°53′48″E (日本測地系)
    35.46009113 133.89398441(世界測地系)
尾根上に立地、梨棚でカバーがかかっているよう


後円部


他の古墳

橋津古墳群

鳥取県湯梨浜町(旧羽合町)1990年4月訪問、1997年4月再訪

前方後円墳6,円墳19基
海岸沿いの丘陵上に分布

分布図(説明板より、下が北)


1号
上に石碑が建っている


2号
前方後円墳

後円部


4号(馬ノ山古墳)
前方後円墳、TL100,RH10

墳丘側面、前方部端が少し削られている


山頂タワーからの遠望


6号
海側斜面に2基並ぶ



7号


8号
前方後円墳


9号
墳丘


露出した天井石、玄室奥辺りしか残っていない


天井石(上から)


玄室、かなり埋没


10号
最高所にある墳丘


墳頂平坦部がやや広い


墳頂箱式石棺?


タワーよりの遠望


(見学記)

東郷池の北側,眼下に日本海を見おろす丘陵上に位置しています。別名馬ノ山古墳群と言い(案内板はハワイ馬ノ山古墳群となっている)その内の10基程が国の史跡に指定されています。丘の頂上近くにハワイ風土記舘(無料)が建っていて5階の展望室からは古墳群全体を上から眺めることが出来ます。高所恐怖症の私にとってははっきり言って怖くて足がしびれた。館内は古墳群の説明が僅かにある程度です。国史跡。

1号:群内では大型の円墳で墳頂部に石碑がある他は保存状況良好。側に25号墳の石室があるが埋め戻されています(説明板を建てるのなら見せてくれー)
2号:前方後円墳だと言うことだが薮に覆われてよくわからず。
3号:これも同様。墳丘はかなり削平されているようだ。
4号:前方後円墳の馬ノ山古墳で現存長88mあります。前方部端が削られている(幕末台場建設による土取りのため)他は良好です。墳丘上に行けないこともないですが周りから見た方がいいですよ。
5号:4号のすぐ側にあってこれも前方後円墳と言うことだが形は全くわからず。墳頂部に墓。
6,7号:接するように並んでいる円墳で草に覆われています。周辺が削られて大分小さくなっているようです。
8号:これも草に覆われていますが前方後円墳だということはわかります。
9号:円墳で墳丘は裸の状態。横穴式石室が露出しています。玄室部分だけで半ば埋まっていますが天井石が突き出ています。
10号:これも円墳で裸の状態。墳頂部が少し窪んでいるようで石室それとも盗掘か。丘の最高書に位置しています。このほか丘のあちこちに古墳が分布していますが整備はされていません。

福岡古墳群(城山支群)

鳥取県米子市(旧淀江町)1989年4月訪問、1995年、1997年再訪

向山支群
晩田山支群
瓶山支群
城山支群
小枝山支群

前方後方墳1他

持給院古墳(城山10号)
前方後方墳、TL62
切石造り箱式石室
位置:35°26′42″N 133°26′39″E (日本測地系)
    35.44814006 133.44152299(世界測地系)
尾根を整形して造った墳丘


下から見ると形がよく分かる


右手尾根上にも円墳が幾つか並ぶ

福岡古墳群(向山支群)

鳥取県米子市(旧淀江町)1989年4月訪問、1995年、1997年、2001年再訪

向山支群
晩田山支群
瓶山支群
城山支群
小枝山支群

前方後円墳7,方墳1
小丘陵上に密集、4号以外状況は悪い

全景、淀江廃寺からの眺め、小さな丘陵に前方後円墳が7基も集中している


1号(岩屋古墳)
前方後円墳、TL54,R34,FW22,RH6,FH4
複室横穴式石室、全長9m
前室長2.5m,後室長4.8,幅2.4-2.9,高2.6m
位置:35°27′09″N 133°26′41″E (日本測地系)
    35.45563918 133.44207813(世界測地系)
北側下からの眺め、これだけ前方部が西向き、双方中円墳という説もある


後円部石室正面


前室上から、前室後室とも刳抜式玄門


後室玄門、羨道玄門にははめ込み溝があるがこちらはない


切石巨石の玄室、奥がやや広がる羽子板形、下半分に赤色顔料が塗られる


奥から外、刳抜式玄門にひびが入るがこれは古いもの


奥から玄門、前室


2号
前方後円墳、TL40,R18,RH2
後円部正面、右遠方に4号後円部


3号
前方後円墳、TL39,R23,FW14,RH3,FH2.5
右手が前方部、上部はすっかり削平


4号
前方後円墳、TL65,R38,FW28,RH10,FH9
墳丘側面、何故かこれだけ非常によく残っている


後円部正面


後円部から前方部、腰高の様子がよく分かる、遠方の水田は当時は海だったのか


5号(長者ヶ平古墳)
前方後円墳、TL50,R38,FW9,RH6
横穴式石室、全長10.3m,玄室長5.7,幅2.6,高2.6m
位置:35°27′00″N 133°26′35″E (日本測地系)
    35.45313946 133.44041175(世界測地系)
後円部に露出した天井石、墳丘は土取りでかなり削平されている


石室天井正面


羨道、線刻壁画がある


玄室(89年)


〃2000年鳥取西部地震で左側側壁が崩壊(01年)


奥から外、両袖式(89年)中小型の割石を使用、壊失した箱式石棺から金銅冠が出土


〃(01年)


側壁崩壊部、かろうじて全壊を免れている


6号
前方後円墳、TL35,R18,FW18,RH4
後円部、くびれ部で切断されている


7号
前方後円墳、TL40,R30,FW20,RH4
右手が前方部、上部削平


8号
方墳、L26,H2.8、6C中
岩屋古墳の陪墳か、遠方に岩屋古墳


(見学記)
岩屋古墳
向山丘陵の北端にある全長54mの前方後円墳で後円部に複室構造の横穴式石室があります。ここは地震では被害は受けてないようで、1枚石の切石を使った見事な玄室は無事、玄門の入り口角からひびが入っていますがこれはかなり古い物のようです。ただ側壁の所々にドリルで開けたような穴が複数見られましたがこれは以前からあっただろうか。

長者ヶ平古墳
向山丘陵南端にある全長50mの前方後円墳ですが前方部が小さくあまり前方後円墳という感じはしません。後円部上部が削平され天井石が露出しています。入り口に入室禁止のロープがありましたが見なかったことにして中に入ると何としたことか左側中程の側壁が崩壊しています。間違いなく地震のせいでしょうね。下側の側壁が斜めで何とか踏ん張っているため全壊は免れています。そのせいでしょうか天井石も外部から見ると一見なんでもないように見えます。入り口付近に線刻壁画がありますが今回は光の当たり具合が良かったせいかはっきり見えました。最もなにが描かれているかさっぱり分かりませんが。
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