建布都神社古墳

徳島県阿波市 2003年4月訪問

位置:34°04′49″N 134°18′07″E

神社境内にある墳丘、上に応安の板碑が建っている

北岡西・北岡東古墳

徳島県阿波市(旧阿波町)2002年5月訪問、2007年3月再訪

北岡西古墳
円墳
横穴式石室
位置:34°03′57″N 134°11′24″E

墳丘が削られ石垣で改変されている


背の高いドーム型玄室、左右で持ち送りが異なる


極端に狭い玄室天井


奥から外、両袖式


北岡東古墳
円墳、R15、6C後半
横穴式石室、全長5.26m、玄室長3.1,2.02,2.24m
位置:34°03′59″N 134°11′37″E

東に吉野川流域を望む丘陵端に立地


墳丘、開口部


石室正面


羨道


段の塚穴型玄室


奥から外、両袖式


玄室天井部


玄室天井部(入り口側から)


(見学記)

北岡西古墳
ここも場所がよく分からなかったので地元の方(二組だけど)に聞いたが知らなかった。それでもうろついている内になんとか西古墳を発見。斜面下の道路脇に石室がぽっかり開口、墳丘は石垣ですっかり改変されているが玄室は完存、やはり段の塚穴型だが左右の側壁の傾きが大きく異なる。右側は殆ど垂直に立ち上がっているのに左側は大きく傾いている。初めからこの様にしたのだろうか。却って作りづらそうだけど。県史跡。

北岡東古墳
西古墳東方300m、段丘面の崖際に立地、畑の中で殆ど裸の状態なのに意外と探すのに苦労した。南側に石室が僅かに開口している。無理をすれば入れないことも無かったが土が乾いていて泥まみれになりそうなので断念。やはり段の塚穴型石室です。ここから西、上流側は谷幅が狭まり、東側下流は谷平野が大きく広がっていてちょうど山と平野の境目に位置している感じです。県史跡。
(追記)
07年再訪、墳丘が修復され石室も楽に入れるようになっていました。北岡西古墳と比べると正統的な段の塚穴型のドーム式玄室でした。

土成丸山古墳

徳島県阿波市(旧土成町)2003年4月訪問

円墳、R40,H7、5C中
位置:34°06′52″N 134°23′13″E

吉野川下流の沖積平野に立地、県内では2例しかない周溝を持つ


最大クラスの円墳だがそれ程大きく感じない


(見学記)

これは場所がよく分からなかったが平野にある大きな墳丘なら上に三角点があるかもしれないと思って地形図で見当をつけていって見たら予想どうりだった。「日本の古代遺跡(徳島)」の写真では多少木が生えているが現在は完全丸裸の状態。径40mと県内最大級の円墳だがそれ程大きく感じられなかった。県内に2例しかない周溝を持ち周りの水田にその一部が残っている。町史跡。

穴薬師古墳

徳島県阿波市(旧土成町)2007年3月訪問

円墳、R7,H2
横穴式石室、全長5.55m、玄室長1.8,1.75,1.8m
位置:34°06′07″N 134°20′26″E

上部がすっかり削平された墳丘


石室正面


羨道


正方形プランの玄室


玄室は左側が僅かに広くなっているだけ天井石が奥に向かって傾けている


奥から外


(見学記)

土成町南原(現阿波市)、吉野川の北側を走る県道12号から県道286号を北に曲がって500mほど行くと西側に古墳が見えています(286号の西側300mに平行に走る町道脇)。墳丘はかなり削平され上に生えている樹木が目印です。南側に石室が開口、ここに空き地があって車を止められます。全長5.5m程の石室で側壁は砂岩、天井石は緑泥片岩から出来ています。玄室は左側が少し幅が広くなっている程度でなんだか玄室らしくない。一番奥の天井石が斜めになっている辺りが多少段の塚穴型似なんでしょうか。ただ天井石に後世の補修があるそうでだけど入り口付近のがそうかな。
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋
ブログ館

へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。

ブログ内検索
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
最新記事
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

各県市町村別
最新コメント
リンク
QRコード
QR