山の神古墳群

香川県坂出市 2002年5月訪問

3基

1号
畑の中に奥壁と側壁の一部が残るのみ


2号
横穴式石室
線刻壁画(木の葉、人物)
位置:34°18′09″N 133°55′25″E

開口部、こちらが奥壁


玄室、奥壁が抜かれる


奥から外、羨道は殆ど埋没


線刻壁画があるけど分かるかな


(見学記)

案内板のすぐ西側に樹木に覆われたいかにも古墳らしい墳丘が見えています。南側に石室が開口していますが羨道は殆ど埋まりこれは駄目だと思って反対側に廻ってみたら奥壁が抜かれてそこから玄室にはいることが出来ました。側壁に線刻壁画をはっきり見ることが出来ました(線刻は写真に撮るのが困難)。側の家の背後の畑の中に1号があります。と言っても側壁と奥壁の一部が残るだけ。3号も近くにあるはずだが分からなかった。

タンポの石棺

香川県坂出市 2010年2月訪問

箱式石棺、長1m
位置:34°20′53″N 133°49′19″E

海を望む高台にある


4枚の蓋石が露出、3枚が安山岩、1枚が花崗岩


(見学記)

白石古墳から遊歩道を更に100m程北に進むと案内板がありそこから少し西に登ると海岸を望む高まりの頂きに箱式石棺の蓋石が露出しています。長さ1m程4枚からなりますが3枚は安山岩1枚は花崗岩からなっています。このちぐはぐさと言い場所といい不慮の死を迎えて急遽造ったんでしょうか。

沙弥古墳群

香川県坂出市 2010年2月訪問

3基、見学可能は3号のみ

3号
横穴式石室、全長6m程度
位置:34°20′37″N 133°49′32″E

建物下に保存


石室が完全露出


4枚の天井石


東側から、後方に2号があるが民家の下


西側から


天井石が落ち込んでいる


石室内部


〃(反対側)


(見学記)

坂出市沙弥島、道の駅「瀬戸大橋記念公園」西側、かっては島でしたが今は埋め立てで陸続きになっています。3基からなる古墳群で南側集落内にあるふれあい会館の下に3号の石室が保存されています。石室は完全露出状態、東側が少し破壊されているようです。こちらの方が奥壁のような感じだがよく分かりません。見学には館内を通るので館長さんに挨拶しておいた方がいいでしょう。この方の話によると西側にある2号は民家下になっているそうです。南側千人塚のある丘陵に1号があるそうですが専門家が探しても分からなかったそうな。断崖下に崩れ落ちたかも。会館に駐車場がありますが集落内を通る道路が狭くわかりにくい。西側の海岸沿いに来た方が楽かも。

白石古墳

香川県坂出市 2010年2月訪問

横穴式石室
位置:34°20′51″N 133°49′22″E

石室正面、天井石が玄室に落下


玄室後部


玄室横から


玄室奥上から


平たく加工された天井石


(見学記)

会館北側の島西側に遊歩道が通っています。最高箇所が古墳広場になっていていますが古墳自体は側の林の中にあります。斜面に構築された古墳は墳丘が殆ど流失天井石も傾いて玄室内に落下しています。ただこの天井石が分厚い平石に加工されています。露出する内部側ならともかく隠れる上側はここまで加工する必要もなさそうなんですけどね。それにしてもこのような小島にこんな立派な石室があるとはね。車で島内を北上すると海岸近くに廃校がありその北側に駐車場があります。こちらからでも遊歩道が巡っています。

新宮古墳

香川県坂出市 2002年5月訪問、2010年2月訪問

円墳、R15,H5
複式横穴式石室、玄室長5.5,幅2,高2.5m
位置:34°17′14″N 133°55′31″E

墳丘正面


羨道は上部壊失、浮き彫りされた石も天井石だろうな


羨道の途中で石が突き出ている、複室だったのかな


石室正面


玄室完存、左に比べて右が随分持ち送り


巨石鏡石を据えた奥壁


奥から外、両袖式


(見学記)

JR讃岐府中駅南側の丘の上にあり、駅に案内表示もあります。東側から登っていくと丘の北端に古墳があります。西向きに石室が開口、複室石室だそうだが前面がかなり破壊されていてよく分かりません。玄室は完存、石材に花崗岩を使用、この地域の石室が安山岩を使っているのと比べて違いが目立ちます。市史跡。

千人塚

香川県坂出市 2010年2月訪問

方墳、L10-12、中期
位置:34°20′35″N 133°49′32″E

丘陵尾根上に位置する


周囲に二重の列石が巡る


列石が直角に曲がっているのが分かるだろうか


(周囲の小石室群)
1号遺構


4号


5号
唯一の横穴石室


基部しか残っていない


6号


7号


10号


(見学記)

ふれあい会館南側丘陵上にあります。名称は「千人塚」で古墳も古墳群ともついていません。千人塚は一辺10-12mの方墳で僅かに高まりが残り周囲に自然石列石が二重に巡っています。主体部は竪穴石室だそうですが現在見ることはできません。周囲と言っても地形の関係で東と南側に幾つもの小石室や石遺構が分布、殆ど小形竪穴石室ですが5号は唯一横穴石室だそうです。ただ基部しか残っていません。県史跡

木の葉塚古墳(サギノクチ1号)

香川県坂出市 2002年5月訪問

円墳、R10,H2.8
横穴式石室、全長7.2m、玄室長4,幅1.8,高2.15m
線刻壁画(木の葉、舟、家屋他)
位置:34°18′05″N 133°55′33″E

墳丘、石室正面


羨道、玄門


玄室


奥から外


玄門右の線刻壁画


(見学記)

別名サギノクチ1号。案内板から溜め池堤防(この池にも古墳が3基沈んでいるとのこと)を通っていきます。途中にも案内表示があるが肝心の場所になくて通り過ぎてしまった。幸い人がいて聞くことが出来ましたが畑と藪の中を通って行く必要があります。小さな墳丘が残っていて南側に石室が開口、保護のため柵と屋根がかけられています。ちょっと失礼して中に入ってみると名前の由来通り多数の線刻特に木の葉模様がはっきり分かります。市史跡。

爺ヶ松古墳

香川県坂出市 2010年2月訪問

前方後円墳、TL49.2,R25.4,RH3,FW18,FH1.7
(後円部積み石、前方部盛り土)
竪穴石室、長5.7,幅1,高1.3m
位置:34°18′00″N 133°52′53″E

説明板、後方林の中にある


天井が外され露出した竪穴石室


画面奥東側で天井一部が残る


石室西側端


石室東側、小口積み竪穴石室


 〃(縦位置ストロボ)


東側から西側を見る


(見学記)

前記測道登り道の途中で右に大きく曲がる脇道がありその突き当たり辺りに説明板が立っています。古墳はその奥の林の中、全長50mの前方後円墳ですが後円部は積み石前方部は盛り土という構成になっています。ただ林の中で藪に覆われ墳形は全く分かりません。入っていく道が分からないので藪を強行突入するとぽっかり空いた空間に天井部を盗掘された竪穴石室が露出しています。全長5.7m安山岩を使った石室で天井部以外は比較的よく残っています。特に東側は天井石も一部残存していて竪穴石室の雰囲気が味わえます。帰りは踏み分け道のようなのがあったのでそこを通っていくと説明板の所に出た。よく見たら説明板脇に通れるような道が見えていたよ。

ハカリゴーロ古墳

香川県坂出市 2010年2月訪問

積み石塚前方後円墳、TL45,R26,RH1,FW11,FH0.5m
竪穴石室、残存長3.7,幅0.7-0.9,高1m
位置:34°18′05″N 133°52′52″E

前方部端から後円部


後円部から前方部


盗掘された後円部


かろうじて東側一部が残る


竪穴石室内部


 〃(ストロボ)


奥から外


第2主体部?


 〃


後円部側の積み石塚?


(見学記)

坂出市西庄町、国道11号西庄町交差点北側に案内表示があります。一見歩道かと思った測道を西に登っていき上り詰めた辺りで北側の果樹園に入っていく。右手に積み石の土手があるのでそれに沿って登っていき土手が切れた辺りに説明板が立っています。丘頂きに構築された積み石塚の前方後円墳で全長45m、墳形は割とよく残っているようですが藪に包まれてわかりにくい。説明板が立っているのは前方部端辺りで後円部はその奥にあります。墳頂部が大きく盗掘され竪穴石室破壊それでも東側3mくらいが何とか残っていて竪穴らしい雰囲気を残しています。北側にも小さな石室のようなのがあったけどこれが第2主体部の竪穴でしょうか。その側にも陪墳らしい積み石塚があった。市史跡。

醍醐古墳群

香川県坂出市 2002年5月訪問、2010年2月再訪

9基(9号以外は10年撮影)

2号
横穴式石室
位置:34°18′13″N 133°53′58″E

果樹園の中にある


石室正面、羨道上部は壊失


大きな玄室が良好に残る


巨石の奥壁


奥から外、両袖式


〃(ストロボ、縦位置)


3号
横穴式石室

石室正面


開口部、羨道はかなり壊失


2号と似た玄室、規模も同程度


玄室中程から


巨石の奥壁、上に平石を積む


奥から外、両袖式、外に見えている巨石は羨道天井石


天井部も平坦


4号
横穴式石室

巨木の生えた墳丘


石室正面、羨道は壊失


玄室、天井石が傾いている


玄室、鏡石周辺はかなり改変されているかも


上部を失った玄室後部


奥から外、右袖石が残っている


7号
横穴式石室
位置:34°18′13″N 133°54′00″E

2号辺りから見た7号、左側白い部分が石室開口部


石室正面、周囲の石積みは後世のものだろうな


羨道からして巨大


巨大な玄室


02年当時に比べて木箱が崩れ落ち見やすくなった


ほぼ巨石1枚石の奥壁表面の模様が微妙に3号と似ている


奥から外、荒々しい石積み


〃(ストロボ)、両袖式


羨道奥から


9号
石室正面


玄室、2,3号と比べてかなり小さい


奥から外


果樹園の斜面上にある古墳、右が9号、左が7号


(果樹園内の露出石室)
6号


番号?、手前が奥壁のようだ


(見学記)

(2002年)
上記古墳群の綾川を挟んだ対岸、城山北東側の緩斜面に分布し9基確認されているようです。県内でも有数の大型石室を持つ古墳群です。ここも場所が正確にわからなかったし偶にあった人に聞いても知らないようだしうろつくこと30分、諦めかけたところでようやく1基発見、かなり状態の悪い玄室しか残っていなかったが取りあえずほっとしました。不思議なもので1基見つかると次々に見つかる。果樹園の中は石がゴロゴロして分かりにくいですがすっかり露出した石室が幾つかあるようです。果樹園北側で大きな石室があった。玄室は倉庫代わりに使われていますが長さは6m以上ありそうでこれが3号墳だろうか。このすぐ下にも小型の石室が露出している。雨もぱらついているしフィルムもちょうどいいところで終わったのでさー帰ろうとすると小さな溜め池の側に更に1基発見、これも前記の大型石室とほぼ同規模で状態もよかった。これが2号墳だろうか。説明板も何もないけどなかなか素晴らしい古墳群でした。

(2010年)
前回02年訪問時に見逃している石室があるので再訪してみました。取りあえずカーナビに任せて行ってみたら目的地の遙か下の道路までしか案内せず上に向かう道も表示されないのでしかたなく歩いていきました。下から見えていた神社(祇園神社かな)目掛けて登っていったけどここではなかった(すぐ近くに良好な墳丘があったけど)。でも案内表示があったのでここから南へ300m程(案内表示に距離が書かれてないからさすがにこんなに離れていると不安になる)、道路右側に玄室がトンネル状になった4号墳が見えてやっと到着。でもこの周りの何処にあったかまるで覚えてない。取りあえず未訪問の3号を探す。小さなため池南側にあるというので藪の中を突入、墳丘は割と残っていて南側に石室開口、羨道は天井石がずり落ちるなどかなり壊失していますが玄室完存、袖石を立てた両袖式、奥壁は巨石鏡石を据え上に平石を3枚重ねています。2号墳は何処かなと初めは全く気がつかずため池北側の果樹園に僅かな膨らみがあったので南側に廻ってみたらありました。今思えば当時よく見つけたものだ。果樹園上方にある7号墳は道路から見えていたので行ってみたけど藪が酷くてもう大変、それでも何とかたどり着いてみたら以前玄室に積み上げられていた木箱がすっかり腐って崩れ落ちて奥壁や右側壁が見やすくなっていた。これはうれしい誤算。それにしても風雨にあたらないのにたった8年くらいでこんなになりますかね。奥壁は巨石1枚岩+α、上の方に隙間がありますが倉庫として使うため通風のため開けたんでしょうか。近くの9号はさすがに諦めた。
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