神明宮古墳

愛知県岡崎市 2002年3月訪問

1号
円墳、R19,H2.7、6C後半~7C初頭
複室石室、全長11.6m、玄室幅2.4,高3m
位置:34°55′58″N 137°12′44″E (日本測地系)
    34.93604325 137.20924195(世界測地系)
墳丘、石室正面


前室


玄門、玄室、西三河最大の石室


2号
円墳、r20、6C前半
竪穴系横口式石室
墳丘


半壊した石室


(見学記)
神社境内に2基の古墳がある。本殿の近くにあるのが1号で西三河最大の石室を持つ。入口に柵があって中に入れず大きさが災いして奥まではとても見えない。県史跡。鳥居の脇にあるのが2号、こちらは墳丘が大きく削平され半壊状態の石室が露出している。小型の石材が使われ1号より古い。

島ヶ根古墳

愛知県岡崎市 2006年3月訪問

横穴式石室
位置:35°01′04″N 137°10′52″E (日本測地系)
    35.02103284 137.17813408(世界測地系)

移築復元された墳丘


開口部、元の構造がはっきりしない


意外と奥行きのある石室、空き缶などが投げ入れられているのが残念


三段積みの奥壁、上下の石の間に小さな平石を重ねた変わった構造


(見学記)
細川小と新香山中の間にある北斗台団地第2公園(団地中央を東西に流れる小川の南側)に石室移築、墳丘が復元されています。墳丘は小さいですが石室は意外と奥行きがあり開口部が狭く柵がしてあることもあって奥壁までよく見えません。後で写真を見てみると下部に巨石を据え一番上に平石その間に小さな平石を並べるというあまり見たことがない三段構造をしていました。開口部はかなり付け加えがあるようで元の構造が分かりにくくなっているのが残念。それにしてもあんな狭い入り口からわざわざ空き缶やボールを投げ入れないでくれ。

村上古墳

愛知県岡崎市 2002年3月訪問

円墳、R17,H2
複室石室、全長8.7m
位置:34°58′03″N 137°12′48″E (日本測地系)
    34.97076112 137.21035237(世界測地系)

墳丘、石室正面


羨門


玄門、玄室


(見学記)
岡崎総合公園登り口脇に村上遺跡公園がありその中に保存されている。墳丘はすっかり小さくなっているが複室構造の石室は良好に残っている。ここも柵があって入れず奥までは見えない。柵を設けるのはしょうがないが石室の真ん前に説明板を置くのは止めてほしいなー。市史跡。

宮ノ越1号

愛知県岡崎市 2006年3月訪問

円墳、R12
横穴式石室、全長6.1m、玄室幅2.2m
位置:34°57′00″N 137°13′00″E (日本測地系)
    34.95326338 137.2136857(世界測地系)

高隆寺境内に移築された石室


奥壁が一枚石の巨石


(見学記)
岡崎市高隆寺町、高隆寺境内に石室が移築されました。下から長い石段を登った本堂右側にあります。上部を失った石室で奥壁はかなりの巨石、ただ側壁の一部が崩れかかっている感じでせっかくの保存も状況は良くないです。
それにしても寺の前に小さな集落があるが県道からの入り口が分からず適当な場所でえいやっと入っていったらとんでもない場所で出てこれないかと思ってしまった。

経ヶ峰古墳

愛知県岡崎市 2002年3月訪問

帆立貝式、tl35、5C中
竪穴系横口式石室
位置:34°56′01″N 137°12′33″E (日本測地系)
    34.93687634 137.20618673(世界測地系)

石室?丘陵頂部にある


(見学記)
北側を高速道路が通っていて独立丘陵のようになっている丘の頂部にある。帆立貝式と言うことだが墳形はよく分らない。頂部近くに柵に囲まれた細長い石組がありこれが石室だと思うが説明板は一切無し。南側のお寺から墓地を通って上がってこれるが途中にも横穴石室らしき石組が露出している。

窪地古墳

愛知県岡崎市 2006年3月訪問

横穴式石室、全長7.45m
位置:35°01′22″N 137°10′36″E (日本測地系)
    35.02603196 137.17369008(世界測地系)

移築された上部を失った石室


奥壁は左右に2枚、手前に箱式石棺がある


石棺と言っても板石で仕切ったよう


石室後方から、玄門柱石が目立つ


(見学記)
岡崎市細川町石田、細川小学校に石室が移築されています。全長7.45m、上部を失った石室ですが羨道まで残っています。玄門には柱状の袖石も残っていますが両袖式かどうかは微妙なところ。奥壁にそって箱式石棺がありますが小口部の石は無いようで板状の石で仕切っただけと言った感じです。内部にも大きな石が置かれているが石枕かなにかでしょうか。
学校なので職員室に挨拶に行ったら序でに南側にも古墳があるよと教えて貰いました。これは予定外と喜んでいったら以前訪問した石田古墳群でした。でも折角なので1号の石室を撮影。

亀山4号

愛知県岡崎市 2006年3月訪問

複室横穴式石室、玄室長3.4,幅1.6m(凡そ)
位置:34°56′10″N 137°12′26″E (日本測地系)
    34.93937595 137.20424246(世界測地系)

羨道入り口


羨道、奥は埋没


前室辺りかな、かなり破壊されている


玄門まぐさ石、一見石棚のよう


玄室、下が少し埋まるも割と良好


縦長1枚石の奥壁


奥から見た玄門、正面下部の石がまぐさ石、上の空間が開いていて石田1号に似ている


(見学記)
岡崎市丸山町亀山、東名高速北側に畜産総合センターがありその西側にあるふれあいドームの更に西側林の中にあります。墳形ははっきりしませんが天井石が露出、複室構造だそうで羨道入り口も開口しているが前室辺りの破壊がひどく埋没しています。玄室側壁の隙間から中に入れるけどこちらも内部はかなり埋没、玄門も埋まっていてまぐさ石が一見石棚のよう、その上が大きく開いているのが石田1号と似ています。奥壁は縦長の巨石が使われています。

岩津1号

愛知県岡崎市 2002年3月訪問

円墳、R18,H3、6C後半
複室石室、全長10m、玄室幅2.4,高2.9m
位置:35°00′12″N 137°10′31″E (日本測地系)
    35.00658963 137.17230025(世界測地系)

墳丘、石室正面、団地内公園に保存、他の5基は全て消滅


前室


玄室


奥から外


(見学記)
6基からなる古墳群だったが1号以外は消滅、1号が団地内の公園として保存されている。墳丘は一部復元されているようだ。複室構造の石室は羨道までよく残っている。入口に柵があって中には入れないが無理矢理広げた跡がありそこから失礼させて入ってみる。羨道と前室はあまり区別が無く袖石で区別している程度、天井が奥に向って高くなっているようだ。玄室は天井中央部がやや高くなっていてやはりドーム状をしている。県史跡。

石田古墳群

愛知県岡崎市 2002年3月訪問、2006年3月再訪

円墳2基

1号
円墳、R19,H3.2、6C末
複室石室、箱式石棺
位置:35°01′17″N 137°10′36″E (日本測地系)
    35.02464325 137.17369007(世界測地系)
墳丘


前室前門、羨道はかなり破壊


前室、玄室玄門、まぐさ石上部が大きく開いている


玄室、奥壁は上下2段、上部の石は内側にかなり傾く、奥に箱式石棺の一部が残る


箱式石棺と言うより石障みたい


奥から外、前室もかなり大きい


前室奥から


2号
円墳、R17
墳丘、1号すぐ西側


墳頂に露出した石室、内部は埋没


(見学記)
細川小学校南側に2基の円墳が並んでいる。東側の1号は外見に似ず石室が良好に残っている。羨道はかなり破壊されているが複室の前室、後室は完存、前室もかなり大きく玄室に仕切がある感じで玄門まぐさ石と天井の間にも隙間がある。奥壁上部の石は内側にかなり傾き、側壁も持ち送りがあって全体がドーム状になっている。すぐ西側の2号もほぼ同様の規模だがこちらは石室内部が埋没、頂部に僅かに石が露出している。共に市史跡。

火の穴古墳

愛知県岡崎市 2006年3月訪問

横穴式石室、玄室長3.0,幅0.8m
位置:34°54′56″N 137°11′26″E (日本測地系)
    34.91882082 137.18757871(世界測地系)

移築された石室、無袖式でしきみ石で羨道と玄室を区切る


床面に石が敷き詰められている、奥壁が随分薄い


(見学記)
岡崎市美合町沢渡、緑ヶ丘小学校に石室が移築されました。玄室長3m、上部を失った無袖式ですが床面にしきみ石があり羨道と区別しています。また床面には平石が敷かれています。残っている奥壁は1枚石で巨石のように見えますが背後に廻って見ると随分薄い、なんとも見かけ倒しだな。
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