北本城古墳

長野県飯田市 2006年4月訪問

前方後円墳
横穴式石室、全長6.3m、玄室幅1.8,高1.5m
位置:35°31′59″N 137°51′32″E (日本測地系)
    35.53627035 137.85583375(世界測地系)

移築された石室


玄室、高さが随分低い


奥壁


奥から外、無袖式


石を立てて並べた側壁


(見学記)
公民館の北側、高い段丘上にある北本城小学校に石室が移築されています。職員室で許可を得て見学、石室は後者南側にあります。元は前方後円墳ですがそこまでは復元されていません。石室は無袖式で全長6.3m、幅が1.8mなのにたいして高さが1.5mと異様なくらい低いのが特徴、また側壁も∩型の石を並べ隙間に小石を詰めたあまり例のない構造をしています。天井部は補充復元のようです。せっかく移築保存しているのに説明板が何もないのが残念。

金山二子塚古墳

長野県飯田市 2006年4月訪問

前方後円墳、TL63
横穴式石室
位置:35°27′30″N137°49′20″E (日本測地系)
    35.46155622 137.81917457(世界測地系)

塚原古墳群の下位段丘に位置する、金山古墳群の主墳、墳丘はかなり削平されている


小さくなった後円部


石室開口部


石室内部、かなり埋まっている


(見学記)
塚原古墳群の下位の段丘上に分布する金山古墳群の主墳で、全長63mの前方後円墳ですがかなり削平されています。後円部の上に小さなお堂があってそこだけが小さな円墳のようになっています。段丘縁に立地していて下方に石室が開口、内部はかなり埋没していて覗くのがやっとです。

上溝天神塚古墳

長野県飯田市 2006年4月訪問

前方後円墳、TL60
横穴式石室、全長10m、玄室幅2,高2.5m
位置:35°29′59″N 137°50′54″E (日本測地系)
    35.50294082 137.8452805(世界測地系)

神社背後にある後円部、前方部は消滅


南側に石室開口、右遠方に見えている林が姫塚


石室正面


長い玄室、床面には敷石


奥壁


奥から外、無袖式、入り口の天井石が一段下がっている


(見学記)
飯田市松尾上溝、上溝集会所脇の神社社殿背後に後円部があり(前方部は消滅したもよう)南側に石室が開口しています。無袖式で全長10mほど、長大な石室が良好に残っていて床面には平石が一面に敷き詰められています。それにしても市の中心部辺りでこんな石室が良好に残っているのには驚かされました。

石塚古墳群

長野県飯田市 2006年4月訪問

1号
円墳、R21.8,H1.8-3.3
横穴式石室、全長8.5m、玄室高2.8m
位置:35°31′46″N 137°51′23″E (日本測地系)
    35.53265966 137.8533341(世界測地系)

墳丘(西から)


墳丘(南西側)


石室正面、羨道はかなり破壊


背の高い玄室


奥壁


奥から外、無袖式


2号
1号から見た墳丘


石室開口部


石室内部、状態は良さそう


奥壁


(見学記)
飯田市座光寺、座光寺公民館のすぐ西側にある2基からなる古墳群です。建物の側にあるのが1号墳、墳丘上に大きな枝垂れ桜が生えていてすぐ分かります。南西側に石室が開口、羨道は基底部しか残っていませんが玄室は完存、入り口付近にかなり土砂が堆積しているのが残念ですが背の高い様子(高2.8m)がよく分かります。奥壁は1枚石でなく側壁と同じ大きな石を幾つも積み上げています。すぐ西側に2号があり1号から眺めると傾斜を利用して作った墳丘がよく分かります。南側の墳丘麓に石室が開口、開口部が狭いためカメラを突っ込んで撮影、こちらも石室はよく残っているようです(後からOBITOさんのHPで中に入っているのを見てちょっとショック)。
ここは桜の名所のようでちょうど花盛りと言うこともあって多数の見学客が押し寄せていました。朝一番出来たから駐車できたけどちょっと遅れたら車を止める場所がなかったかもね。

飯沼雲彩寺古墳(南条天神塚古墳)

長野県飯田市 2006年4月訪問

前方後円墳、TL78m、6C中
横穴式石室、全長13m
位置:35°30′34″N 137°50′59″E (日本測地系)
    35.51266201 137.8466688(世界測地系)

西側段丘上から見た全景、本堂裏の林が後円部


石室開口部、こちらが奥壁側


玄室、天井や側壁が大きく傾いている


玄門


長く狭い羨道


羨道から玄室方向


玄門辺りから見た玄室


石室図(説明板より)


(見学記)
飯田市上郷飯沼、国道153号と153号バイパス合流点西側にある雲彩寺境内にある前方後円墳です。お寺さんに許可を貰って見学(ご住職の奥様が出てきて気持ちよく対応して貰いました)。本道裏にある後円部に石室が開口、と言ってもこれは奥壁側です。玄室にはいると天井や側壁(特に右側)が大きく傾き状態はよくありませんが玄門部や羨道は非常によく残っています。細長い羨道がこんなによく残っているのも珍しい。前屈みになって奥の方(実際は入り口になるけど)に入っていったけど目一杯身体を屈めても半ばまで行くのがやっと、こんな狭い羨道で実際に遺体や副葬品を運び込めたんでしょうかね。県史跡。
寺の入り口が分かりづらく間違えて上の段丘上に行ってしまったがそこにも割と大きな墳丘があり横穴石室らしき石材も露出していました。こちらから寺を眺めると前方後円墳の状態がよく分かります。

姫塚古墳

長野県飯田市 2006年4月訪問

横穴式石室、玄室長約3m
位置:35°30′00″N 137°50′58″E (日本測地系)
    35.5032186 137.84639148(世界測地系)

石室開口部、かなり改変されているもよう


自然石を積んだ玄室、朱色がはっきり残っている


奥から外、片袖式


(見学記)
天神塚東方200m、アパート脇に林となって見えています。ここも前方後円墳でしょうか細長い墳丘が残っています。墳丘頂に小さな神社が参道の途中に石室が開口、入り口辺りは石垣などでかなり改変されているようですが小型の玄室は完存、丸い河原石を使った玄室で赤い色がはっきり残っています。奥壁も大小様々な石を積み重ねていて何か統一感がなく適当に積み重ねた感じです。横穴石室としてはかなり初期のものでしょうか。

権現塚古墳

長野県飯田市 2006年4月訪問

帆立貝式?
位置:35°27′33″N 137°48′48″E (日本測地系)
    35.46238924 137.81028663(世界測地系)

馬背塚西方にあった墳丘


形がよかったので撮影


(見学記)
御猿堂古墳の北側交差点に新しくコンビニが出来ていたのでここに車を止めて御猿堂や馬背塚を再訪問しました。ふと西の方を見ると形のよい墳丘が見えていたので思わず近寄ってみました。これで石室があれば万々歳だがなかなかそうはあまくはなかった。でも背の高い墳丘が良好に残っていました。多分古墳だろうな。
(追記)権現塚古墳と判明

畦地1号

長野県飯田市 2002年5月訪問

円墳、R20,H5.5
横穴式石室(副室付き)、現存長7.85m、玄室長6.67m
位置:35°32′05″N 137°51′56″E (日本測地系)
    35.53793695 137.86249973(世界測地系)

石室正面


玄室、奥左側に副室がある、奥壁も側壁と同じような石積み


副室


奥から外



(見学記)
この付近は50基からなる座光寺古墳群が分布しているが場所が全く分からず取りあえずバイクで走り回っていたら飯田工業高校北側の果樹園の中に不自然な木が生えているのが目に留まった。一度は通り過ぎたがどうにも気にかかって引き返して入ってみたらやはり古墳だった。しかも石室が開口!、さらに奥に副室があるL字型石室!!。大ビンゴといった感じでした。石室は全長8m程度、背もあまり高くありませんが石積みは高岡古墳と同じ構造、奥壁に当たる部分も全く同じ積み方をしていました。副室は奥行きのあまりない小さな部屋です。それにしても副室を持つ石室を幾つか見ましたが皆奥に向かって左側にあるんですね。なにか意味があるんだろうか。
この時は名前が分からず後から飯田市のホームページにメールして教えて貰いました。付近には他にも石塚1号(座光寺支所南隣)、北本城古墳(座光寺小学校に移築)の石室墳があるとのことでした。小学校は門の前まで行っていただけにちょっと悔しい。しかも飯田市内には他にも石室墳が幾つもあることを帰ってから知ってしまった(泣)。
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