桜塚古墳

茨城県筑西市(旧関城町)1999年1月訪問

桜塚古墳
前方後円墳
位置:36°14′28″N 139°55′27″E

後円部、前方部消滅


(見学記)

更に南、関本下地区住宅地の中にある全長50mの前方後円墳ですが前方部は消滅、径30m程の円墳状です。上に神社があり赤い鳥居が目印。墳丘斜面に滑り台があって遊び場と化しています。

宮山観音古墳

茨城県筑西市(旧明野町)1999年1月訪問

前方後円墳、TL92,R45,RH6,FW37,FH4
位置:36°15′16″N 140°03′06″E

後円部


前方部、くびれ部切断


(見学記)

町役場北東1km観音川を見下ろす丘陵西端の丘頂にある全長92mの前方後円墳です。くびれ部が切断され後円部南側が神社で少し削られている他は良好、特に後円部に比して長く伸びる前方部は非常によく残っています。現在付近一帯が宮山ふるさとふれあい公園として整備され、その中に保存されています。

舟玉古墳

茨城県筑西市(旧関城町)1999年1月訪問

方墳(現地説明板では円墳、R18,H6)
複室横穴式石室
位置:36°16′13″N 139°54′44″E

墳丘、石段脇に石室が開口


前面が破壊された石室


板石で構成された石室内部、彩色壁画があるそうだが


(見学記)

鬼怒川を望む舟玉地区の丘陵上にある古墳で近くの県道に案内板が出ています。「日本の古代遺跡(茨城)」等では一辺35m、高3mの方墳となっていますが現地の説明板では径18m、高6mの円墳となっています(現物を見る限り18mは小さすぎるし、6mは大きすぎる気がする)。上に神社があり南側階段脇に横穴石室が開口、全長11.5m、複室構造の両袖式石室で、巨大な板石で壁や天井が構成され前室や後室の玄門も2枚の板石が立てられています。後室には赤や白の顔料で書かれた壁画があるそうですが前室に柵があって中には入れません。県史跡。北側林の中にやや規模の大きな古墳が数基あります。

台畑古墳

茨城県筑西市(明野町)1999年1月訪問

前方後円墳、TL70,RH7,FH4、5C後半~6C初頭
位置:36°16′40″N 140°00′45″E

夕日を背景にしたシルエット、形よく残っている


台地の縁辺を利用して構築、画面中央辺りが後円部


(見学記)

町役場北西4km県道14号を北上すると下館市との境界手前の東側丘陵上にある全長72mの前方後円墳です。台地の縁辺に立地という言葉がぴったりの感じで今にも転がり落ちそう、細長い墳丘も良好に残っています。町史跡。側の説明板に南400mに前方後円墳の灯火山古墳がある(現在形)と書いてあったので見に行ったがとっくに消滅。消滅した物は”あった”と過去形で書いて欲しいですね。探しに行く人も居るんだから。

長満塚古墳

茨城県筑西市(関城町)1999年1月訪問

位置:36°15′48″N 139°54′59″E



(見学記)

弁天山古墳前の道を南に400m程行くと送電線鉄塔の下、崖際にある古墳です。詳細は分からず。

弁天山古墳

茨城県筑西市(旧関城町)1999年1月訪問

前方後円墳
位置:36°16′00″N 139°54′52″E

後円部、前方部は消滅


(見学記)

舟玉古墳下の道を400m南に行くと自動車教習所北側の林の中にある推定全長30mの前方後円墳です。前方部は南東にあるそうだがそうすると教習所の盛り土に埋まっているようだ。後円部はよく残っているがこれだけでも30m以上ありそうだ。大変背の高い墳丘で墳頂の平坦部は直径3m位と大変狭いのが印象的です。

葦間山古墳

茨城県筑西市(下館市)1999年1月訪問

前方後円墳、TL141,R82,RH10.5
位置:36°17′05″N 140°00′07″E

背の高い後円部


(見学記)

台畑古墳から県道14号を更に1km北上すると下館市に入りますが小貝川左岸の低地に位置する全長141mの前方後円墳です。大きく背の高い後円部(径82m、高10.5m)に対して幅が広く低い前方部が印象的です。市史跡。
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