吉田古墳

茨城県水戸市 1993年2月訪問

方墳、L8,H1.7
装飾横穴石室
位置:36°21′20″N 140°28′42″E

石室は埋め戻され墳丘も盛り土されている

内原舟塚古墳

茨城県水戸市(旧内原町)1996年1月再訪

前方後円墳、TL80,R30,RH6,FW50,FH4
位置:36°23′04″N 140°21′57″E

前方部隅から後円部、前方後円墳らしい姿を残している


上記と反対側からの眺め、西側(右手前)が道路でかなり削られている


後円部に比して前方部がかなり長い


(見学記)

牛伏古墳群すぐ南側の平野部に位置する全長80m、後円径30m、高6m、前方部幅50mの前方後円墳で墳丘や周囲をかなり削られているがそれでも前方後円墳らしい墳丘を残している。ほぼ裸の状態でよく観察できる。舟塚古墳群をなし、すぐ北側にやや大きな円墳がある。もう1基の前方後円墳は消滅。

牛伏古墳群

茨城県水戸市(旧内原町)1993年2月訪問、1996年1月2000年2月再訪

前方後円墳6,帆立貝式1,円墳9基
98年に一部の除いて公園化された

分布図、数字は古墳群号数、2号と9号付近は公園外


1号
前方後円墳、TL28,R16,FW16

左手が前方部、後円部が道路で少し削られている


2号(十二所神社古墳)
前方後円墳、TL45,R28,FW36

丘側からの眺め、右手が前方部


前方部後方から後円部、斜面上にあるため墳丘下方が長く裾を引いている、上に神社があるせいか状態はよい


3号
前方後円墳、TL40

右手前が後円部、前方部が発達、唯一北を向く、雪をかぶった古墳も風情があるがこう白一色ではね


4号(唐櫃塚古墳)
前方後円墳、TL52,R30,RH6.8,FW35,FH6
位置:36°23′17″N 140°21′55″E

復元された墳丘(北側)、長さの割に背が高い(00年)


復元前の墳丘(南側)(96年)、割と良好に墳丘が残っていたが後円部に、あった石室石材は全て抜かれていた


前方部隅から後円部、下の画像は復元前の墳丘を同じ場所から撮った写真


前方部から後円部


5号
円墳、R28,H5.2

緩斜面に丸い墳丘が残存


6号
帆立貝式、TL30,R25,RH4.2

展望塔からの眺め、南(右手)に小さな前方部がつく、帆立貝と言うよりは造出付きの円墳の様、遠方白く見えているのが3号墳


中央広場にある埴輪を模した展望塔、左手に6号、右手雪をかぶった墳丘が10号、手前が17号前方部


17号(御富士様古墳)
前方後円墳、TL60,R38,RH5.4
群中最初の古墳
位置:36°23′15″N 140°21′50″E

優美な姿を横たえている


前方部斜め後方から、後円部が低く墳頂は広い


展望塔からの眺め、前方後円墳はやはり上からの眺めが最高


(見学記)
(1993年)
前方後円墳6基を含む古墳群ですが,1号墳が発掘の前か後かはわかりませんが,墳丘上の木をすべて伐採して見やすくなっていました。西側にある4号墳の後円部頂が平らで背が低いのに比べ,背が高く平坦部があまり無いのが特徴的でした。この周辺には東西4-5Kmの間に,それぞれ前方後円墳を複数含む田島,牛伏,コロニー,杉崎古墳群,平野部に中型の前方後円墳内原舟塚,二所神社古墳があって古墳の密集地帯といった感じです。

(2000年)
低い丘陵上、東西300m南北200mの狭い範囲に前方後円墳6,帆立貝式1,円墳9基が集中しています。付近の古墳群に比べて数は少ないが前方後円墳が多く規模が大きいのが特徴です。興味深いのは前方部の向きがバラバラで東、西、南、北といろいろ、何か意味があったのだろうか。公園化に伴い(一部範囲外、駐車場あり)4号墳の墳丘を復元埴輪が並べられています。別名唐櫃塚古墳、全長52m、後円部径30m、高6.8mの前方後円墳でここは横穴石室があったそうだが石材が全て持ち去られていました。盾形周溝が巡り2カ所で陸橋があったそうですがこれは復元されていません。他の古墳は現状維持、下草が刈られ芝が貼られて見やすくなっています。中央の広場に巨大な埴輪を模した展望塔がありここから前方後円墳の17号(御富士様古墳、全長60m、高5.4m)を真下に見ることが出来ます。古墳を上から見る機会は滅多にないのでここはお勧め。でも高所恐怖症の私にとってははっきり言って足が震えた。

田島古墳群

茨城県水戸市(旧内原町)1996年1月訪問

前方後円墳3基を含む20基以上

円墳1
丘頂にある、低平で目立たないがこれが初代の墓か?


円墳2
盗掘で石室が開口、人一人が入るのがやっとの大きさ


円墳3
頂から離れた場所にやや大きな古墳がある


3号
前方後円墳、TL30
位置:36°23′46″N 140°22′15″E

前方部正面、上に神社があり状態はよい


(見学記)

牛伏古墳群北東側、低い丘陵上に分布する前方後円墳3基を含むを含む20数基(確認分のみ)からなる古墳群です。全般に背の低い墳丘で特に頂にあるのがあまり目立たない円墳だがこれが初代の墓だろうか。このすぐ南側に盗掘で横穴石室が開口している。人一人が入るのがやっとの小さな石室だが奥壁は1枚石と立派。この周りにも古墳が密集し、離れた場所にやや大きな円墳が幾つかある。子孫が繁栄していった古墳群のようだ。上に神社があるのが前方後円墳の3号だろうか、全長30mで形のいい姿を残している。

杉崎古墳群

茨城県水戸市(旧内原町)1996年1月訪問

前方後円墳3基を含む20基以上

円墳1


円墳2
斜面をカットして作り出した墳丘、この様なタイプは群中これだけ


円墳3
群中最大の円墳


2号
前方部側から後円部


1号
位置:36°22′49″N 140°20′25″E

前方部から後円部、背の高い墳丘が良好に残っている


(見学記)

コロニー古墳群の西側やや小高い丘陵上にある古墳群で前方後円墳3基と大型円墳1を含む古墳群です。中央付近崖際に背の高い前方後円墳がある。墳丘の状態も良くこれが1号墳か。この東側に群中最大の円墳がありその側に背の低い前方後円墳がある。規模から言えば円墳の方が大きくこの両者の関係はどちらが位が上なんだろうか。西側に斜面をカットして造った墳丘がある。この古墳群中唯一で時代が異なるのかな。「前方後円墳集成」の地図がかなり不正確のようだ。

二所神社古墳

茨城県水戸市(旧内原町)1993年2月訪問

前方後円墳、TL80,R40,RH6
位置:36°22′42″N 140°22′21″E

前方部から後円部、神社で東側が大きく変形している


(見学記)

舟塚南方平野部にある全長80m、後円部径40m、高6mの前方後円墳です。墳丘東側が神社で大きく変形しているが大きな墳丘が割とよく残っている。これは単独で存在しているのだろうか。

前原古墳群

茨城県水戸市1996年1月訪問

河和田団地内に3基保存

赤塚3号
前方後円墳、TL48,R36,FW20
位置:36°22′14″N 140°24′13″E

殆ど原形をとどめず、左手が前方部?


円墳
位置:36°22′16″N 140°24′05″E

2基並んだ円墳


上記左奥の古墳

コロニー古墳群

茨城県水戸市(旧内原町)1996年1月訪問

前方後円墳6基を含む100基以上?
県立コロニーあすなろ建設でかなり消滅した模様

円墳?、東側林の中
円墳?:東側林の中


94号
前方後円墳、TL33

園内、良好な形が残っている


97号
前方後円墳、TL30

園北側、左手に前方部


100号
前方後円墳、TL35
位置:36°22′48″N 140°20′58″E

丘陵南端


(見学記)

牛伏古墳群の西側、低い丘陵上にある前方後円墳6基を含む古墳群です。100号墳と名前の付いている古墳もあるからかなりの数があったようだ中心部にが県立コロニーあすなろが建設されていて、かなりの数が消滅しているようだ。園内や周辺に僅かに残存している。前方後円墳も全長30m程度で規模はそれ程大きくない。

愛宕山古墳

茨城県水戸市 1993年2月訪問

前方後円墳、TL136,R78,FW75,RH10.5,FW9、6C前半
位置:36°23′35″N 140°27′17″E

前方部側から後円部、後円部に神社、前方部は参道になっている


後円部側から前方部、市街地にあるが墳丘は良好に残っている

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