八つ塚古墳群

兵庫県加古川市 2005年4月訪問

5基、公園の中

1号
円墳、R12.9,H1.2、3C後半から4C初
位置:34°48′24″N 134°54′18″E

丘の頂部にある低い墳丘、他も皆同様な状態


3号
弥生墳丘墓

標柱がないと分からないよな状態


5号
円墳、6C末
横穴式石室2

石室(説明板より)石室は埋戻し


(見学記)

上荘町にある見土呂フルーツパーク内にある古墳群です。当然民営で有料かと思っていたら公営で無料でした(月曜休園)。古墳群は園内最高所にあり5基からなりますがどれも低い墳丘が残っている程度で側に標柱がないと分からないような状態です。3号は弥生墳丘墓、5号は6C末で石室が2基あるそうだが埋め戻されて見ることは出来ません。側のトイレの壁面に石室や近くの古墳の写真が展示されています。

志方大塚古墳

兵庫県加古川市 2002年4月訪問

円墳、R30
横穴式石室
位置:34°49′08″N 134°49′31″E

玄室正面、墳丘削平、玄室下部のみ残存


(見学記)

これは他のを探していて偶然見つけた。現代の石も置かれているので単なる石材置き場かなと思ったがどうみても古墳の石室。やはり教育委員会に問い合わせたところ昭和10年頃に破壊された古墳で元は径30mほどの円墳とのこと。それにしても空き缶が投げ入れられるなどかなりひどい状態です。

西条古墳群

兵庫県加古川市 2002年4月訪問

前方後円墳1,帆立貝式2。小型古墳はほとんど消滅

尼塚古墳
帆立貝式
位置:34°46′42″N 134°53′22″E

すっかり樹木に覆われている


行者塚古墳
前方後円墳、TL90,R64,RH10,FW47,FH5.5、中期
位置:34°46′44″N 134°53′29″E

墳丘側面、右手が後円部、くびれ部で発掘中


人塚古墳
帆立貝式、R50,H9
位置:34°46′49″N 134°53′20″E

墳丘南から東側方向、墳丘は樹木に覆われているが周溝が巡っているのが分かる、右手奥に西条廃寺がある


(見学記)

こちらも丘陵上にあるが住宅開発で3基の大型墳以外はほとんど消滅している。最大は全長90mの前方後円墳行者塚古墳、最近ちょくちょく発掘のニュースを目にしているので大規模な発掘を行っていると思ったらくびれ部東側で僅かな面積が発掘されているだけだった。他の2基、尼塚古墳、人塚古墳は樹木に覆われ墳丘を見ることはできない。人塚の東側に西条廃寺があり現在は公園となっている。国史跡。

奥新田西古墳

兵庫県加古川市 2005年5月訪問

横穴式石室
位置:34°49′59″N 134°52′51″E

公園予定地の中に残された墳丘


石室正面、殆ど露出


奥壁が破壊された玄室


石室背後から


玄室奥から


玄室天井部


(見学記)
権現ダムによって生まれた権現湖の北奥、県道79号と高速道路の交差する南側で現在権現総合公園が建設中でその中にあります。周りが平坦に削られ島状に残っていますが元々墳丘もかなり流れ去り石室がかなり露出しています。ドーム状の背の高い石室ですが奥壁側が大きく破壊され天井石も1枚がかろうじて残っていますがよく崩壊しなかったなと言った状態です。その分背後から見るとドーム状の石室の様子がよく分かりますが。入り口辺りの石材に珪化木が入っていた。古代の植物が一度は地中深くで化石となりまた地上に現れて再利用される、輪廻と言うものを感じさせます、とちょっと感傷的。

野尻1号

兵庫県加古川市 2005年5月訪問

円墳、R20,H3.5
横穴式石室、玄室長4,幅1.9-2m(現存長)
位置:34°50′13″N 134°52′05″E

県道から見た墳丘


石室開口部、羨道はかなり壊失


玄室


奥から外


玄門立石


(見学記)

県道79号を更に北に行って高速の下をくぐってすぐ県道118号を左折、県道沿いにある野尻の集落の東端辺り、県道から説明板が見えています。山裾に作られた古墳で南側に石室が開口しています。羨道はかなり破壊され入り口部分に竹が密生して中に入りにくいですが玄室は完存、持ち送りも少なくなかなか見事な玄室です。羨道と玄室にあまり幅の差はなく両側に柱状の石を立てた両袖式です。多分史跡。

西山大塚古墳

兵庫県加古川市 2002年4月訪問

円墳、中期
位置:34°47′45″N 134°51′45″E

名前負けしそうな墳丘


(見学記)

枯れ草に覆われた小さな墳丘があるだけ。説明板がなければ古墳ともわからなさそう。

中山1号

兵庫県加古川市 2005年5月訪問

横穴式石室
位置:34°44′44″N 134°52′33″E

総合文化センターに移築された石室、手前が羨道側


凡そ12mの長い石室


玄室


奥から外


(見学記)

権現ダムによって水没、石室が総合文化センター(入場料200円)に移築復元されています。全長12m程の大型石室、館内に入れるのはさぞ大変だろうと思っていたら館内のビデオを見ると移築した後で建物を建てたようだ。同じビデオには現地で神主さんがお祓いをしている足下に水がひたひた押し寄せている様子も写っています。さぞかし大変な作業だったんでしょうね。展示物としても目玉になっている石室です。

宮山古墳群

兵庫県加古川市 2005年4月訪問

帆立貝式1、円墳6、公園

宮山大塚古墳
帆立貝式、R40,H6
位置:34°47′08″N 134°54′07″E

丘の中央に位置する墳丘、6m幅の周溝を持つ


1号
横穴式石室

墳丘


石室正面


羨道


玄室


奥から外


3,4,5号
丘東側に並ぶ、墳丘復元


6号
これだけ丘西側に立地


(見学記)

八幡町上条西、北に伸びた丘陵先端に位置する古墳群で現在宮山農村公園となっています(農村を思わせるものは何もないけど)。上に上ると宮山大塚古墳の大きな墳丘が中央に鎮座しています。帆立貝式古墳で径40m、良好に残っているようだけど樹木に覆われて近づくことは出来ない。東側に1-5号が並び1号で石室が開口、玄室の一部で石材が落ちていますが全体に良好に残っています。でも公園の道具置き場にしないで欲しいぞ。3-5号は墳丘復元、2号は公園外にあるようで墳丘もはっきりしない。6号も墳丘が復元されているがこちらは西側にありやや仲間外れな感じです。市史跡。

枡田山15号

兵庫県加古川市2005年4月訪問

横穴式石室、全長13.5m、玄室長4.5,幅2.5,高3m
位置:34°47′26″N 134°50′43″E

現在はダム湖の淵になっている


羨道正面、右側の石が羨門か


羨道奥、かなりの規模


巨石を使った玄室、規模の割に幅が狭い


奥から外


(見学記)

平荘湖南岸にあるのは分かっていたのですが前回は湖岸の道路を西側から左回りに廻って失敗。そこで今回は右回りに廻ると墳丘の側に標柱が立っていてあっさり見つけることが出来ました。確かに左回りでは発見しにくいは。場所は西側ダム堰堤の南端辺り、樹木に覆われてあまり古墳っぽくありませんが全長13mを越す石室は良好に残っています。入り口右側には羨門の石らしき物も残っていて羨道前部は天井部がやや破壊されていますが更に入っていくと立って入れるほどの規模、玄室に入ると奥壁上部の石が抜かれて土砂が少し流入していますが他は問題なし、規模の割に幅が狭く背の高い玄室です。ダムとの位置関係を考えるともう少し場所がずれていると破壊されたかも知れないと思うと本当に貴重な石室です。

金正寺石棺

兵庫県加古川市 2002年4月訪問

位置:34°48′45″N 134°50′24″E

刳抜式家形石棺、長さ5,60cmと大変小さい


(見学記)

これも境内にひっそり置かれている。長さ5,60cmと非常に小型でうっかりしていると見逃しそうだ。
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