奥古墳群

兵庫県上郡町 2018年3月訪問

残存4基、実質3号のみ

3号
横穴式石室、玄室長4,幅2,高2.5m(現状)
位置:34°52′08″N 134°24′11″E
林の中に入ると右下の斜面に大きな墳丘


これを見たら他のはパスしてもいい程


南側に石室開口、前部は破壊埋没しているようだ


開口部正面、閉塞石が残っているのかな


開口部から内部、羨道は後部が残る


幅の割に背の高い玄室


〃縦位置、側壁はゆるく内傾している


奥から外、右片袖式、袖石は柱状の1本石


〃縦位置


奥から天井石を見上げる


4号
尾根先端に構築、割と大きな墳丘だが大きな盗掘坑がある


5号
緩斜面に僅かな高まり


盗掘跡の周辺に石材、石室なのかな


6号
肉眼だと高まりが分かる程度


苔むした大きな石材露出


見学記
上郡町奥甲、現存4基だそうですがここも実質3号だけ、でも墳丘石室とも状態がいいので外せません。上郡霊園(県道からここまでの道は狭い)北側駐車場から20m程行って右に曲がり古い墓地を右に見ながら林の中に入る、獣避け柵の手前右下に見えているのが3号で丸い大きな墳丘が残っています。南向きに開口、羨道は崩壊していますが玄室はよく残っています。幅の割に背が高く柱状袖石を立てた右片袖式、大分埋まっていますが羨道には閉塞石が残っているようです。この南西すぐに僅かな高まりと石材散乱、これが6号かな。柵の内側に入って尾根先端にあるのが4号、上部が平坦で石材は見られず中期古墳かもしれない。墓地に駐車場有り。

羽山古墳群

兵庫県上郡町 2018年3月訪問

4基

1号
横穴式石室、全長6m程
位置:34°52′27″N 134°20′58″E
谷筋を望む平坦面に形の良い墳丘が残る


谷奥側から


南西に開口、前部はやや破壊だが状態は良い


開口部から見た内部、側壁は一様に傾けている


ちょっと奥に入ってストロボ撮影


2段積み奥壁、最下部の石は落下した石材?


奥から外、無袖式のようで天井が一段下がっている


2号
1号直ぐ側に2号、奥に見えているのが溜池の堤


墳頂に破壊された石材露出


後方に見えているのが1号


左右が側壁かな、何とか石室と分かる程度


石室後方から、反対側の斜面に3,4号がある、大雨の次の日で谷に水が溢れ堤を渡って移動


3号
横穴式石室
位置:34°52′24″N 134°20′58″E
墳丘は割と残る


こちらは南東に開口


天井石露出、狭い開口部


開口部から石室内部、状態はよさそう


やや背の高い玄室、側壁に持ち送りがある


複雑な石組みの奥壁


奥から外、入り口付近が埋まっているが無袖かな


4号
4号の南側、墳丘殆ど流失


石室かなり破壊、天井石1枚残る


一応内部、側壁は元のままのようだ


_3と反対側から


巨石天井石、横から



4基のはずだがこれも古墳でしょうか


見学記
上郡町井上、細長い谷の奥にある古墳群で4基残存、谷入口に墓地がありここから林道を200m程歩いていくと鎖で通せんぼされています。そこにあるのが1号、墳丘が良好に残っています。谷川南西向きに開口、石室前部は崩壊していますが玄室良好、やや持送りがあり天井部が狭くなっています。すぐ北側にあるのが2号、こちらは墳丘が流失、破壊された石室が露出しています。こちらは南向きかな、谷入口に向いています。1号南西谷反対側に3号があり普段ならほぼ真っすぐ行けるのですがこの日は前日まで3日程雨が続き谷が増水、溜池堤を通りV字谷の小川を渡っていく羽目になりました。荒れ果てた林の中に大きな墳丘が残っていて谷入口方向南東側に開口、入口がやや埋まっていますが無袖式のがない石室が残っています。更に南側にあるのが4号、墳丘流失石室も大分破壊され傾いた天井石1枚が残っています、ひょっとして北向き?。このまま南に行けば元の場所に戻れるのですが牛舎があるので結局元のルートをたどって墓地まで帰り着きました。しかしあの堤、下から水がダダ漏れしているけど大丈夫かいな。墓地に駐車可。

湯脇古墳群

兵庫県上郡町 2018年3月訪問

現存6基

4号
横穴式石室
位置:34°52′14″N 134°20′29″E
住宅街北側林際に開口部が見えている


入り口がやや埋まるが普通の開口部


内部は大きく左側(斜面下方)に傾いている、よく崩壊しなかったなと思うレベル


奥壁まで傾いています、側壁が傾くのはよくあるが奥壁がここまで傾くのは珍しい


でも奥まで入りました、壁がこんなに傾いても天井は水平


ストロボ無し


側壁上部の石が抜けている


墳丘山側から


側壁上部の開口部


奥側にももう一ヶ所、間の側壁が落ちたら天井も一気に崩落しただろうな


5号
4号西隣、獣避け柵の向こう側


墳丘は割と残っている


巨石露出、石室前部の天井石かな


6号
更に西に裸の墳丘


大きく盗掘、石室は破壊しつくされているだろうな


(以下時間が十分あればのレベル)
3号
竹林中の平坦面に高まりがある程度


2号
3号側の斜面に墳丘、少し削られているか


1号
盗掘坑があるから古墳かなと思うレベル


見学記
上郡町船坂、住宅街周辺に分布する古墳群で現存6基ですが石室に入れるのは4号のみ、でもこれが一番分かりやすく接近しやすい。住宅街北端辺りから林の中に古墳が見えています。全長8m程度の石室ですが大きく斜面下方側(左側)に傾いていてかなり危うい状態です。右側壁も一部玄室内に落下、外側から見ると天井石が今にも外れて落下しそうです。すぐ西側にあるのが5号、墳丘は残っていますが石材一部露出内部は埋没しています。更に西側に6号、ほぼ裸の状態ですが墳丘が大きく抉られ石室は破壊されています。住宅街南東林の中に1-3号がありますが古墳?かなと思う程度、お暇ならどうぞと言えるレベルです。ここは地名は船坂ですが湯脇の名前は何処から来た。

飯坂古墳群

兵庫県上郡町 2018年3月訪問

残存4基程度

その1
斜面に穏やかな高まり


墳丘は大きく盗掘


その2(4号)
横穴式石室
位置:34°51′32″N 134°20′04″E
ハッキリした墳丘


石室正面、石室が見られるのはこれだけ


羨道壊失、奥壁が見えている


小型ながら1枚石の奥壁、左も1枚、横口式石槨だとか


玄門上から、天井石より少し前にある、左の袖石は板石


_1と反対側から、斜面をカットした跡が残る


その3
僅かな高まり


盗掘で石材の一部露出、これは側壁か


その4
お寺の側に墳丘


見学記
上郡町山野里、井の秦墳丘墓西方に西方院がありその南西側斜面に分布する古墳群ですが実質4号のみ、小型の石室後部が残っていますが横口式石槨だそうです、ほんまかいな。南西側墓地の側に駐車スペースあり。

神明寺1号

兵庫県上郡町 2005年4月訪問)

横穴式石室、全長7m、玄室長3.4,幅1.8,高2m
位置:34°52′01″N 134°23′12″E

丘陵中腹緩斜面に立地、墳丘良好、肉眼だともっと背が高く見えたのだが


石室正面、前部は墓道かも


羨道後部良好


柱状袖石が突き出て羨道と玄室の幅があまり違わない


巨石を使った玄室、側壁はあまり持ち送りがない


〃縦位置、天井石も巨石


奥壁は巨石2段積み


奥から外、両袖式


〃縦位置


羨道奥から、入り口の天井が一段下がる


見学記
上郡町神明寺、県道5号沿いにある神明寺公民館から真直ぐ北に行きます。山道に差し掛かってから最初の送電線鉄塔辺りで左側の小道を下っていきます。何故か藤棚があってその辺りから道はなくなります。渓流を右に見ながら登って行くと左側に開けた場所があり更にその奥雑木林の中にあります。見通しが良いので近くに行けば墳丘が見えてきます。斜面をカットした墳丘は良好に残っていて南向きに開口した石室も良好に残っています。円墳だそうだけど方墳のようにも見えるな、特に前面のラインは直線状になっています。近くの赤穂市塚山古墳群でもそういう例があるからここもそうかな。石室前に墓道がありそのまま羨道に続いています。玄門は角柱状の袖石を立てまぐさ石を乗せた両袖式、羨道と玄室の幅はあまり違いがありません。巨石で構成された玄室は側壁に持ち送りが殆ど無く奥壁は巨石2段積みです。場所は分かりにくいですが見る価値のある逸品です。公民館に駐車可。

惣尻古墳群

兵庫県上郡町 2005年4月訪問)

3基

1号
横穴式石室、全長4.2m、玄室長3,幅2.2,高2m
位置:34°52′52″N 134°22′13″E

民家裏にある墳丘、初めは気が付かず通り過ぎた


2号から見た墳丘


石室は良好に残るがそれ程奥行きはない、側壁はやや持ち送り、奥壁は巨石2段積み


奥から外、両袖式、袖石は板石だが左右で随分幅が違う、まぐさ石も切り石状


奥側天井石はすこぶる巨石、視野に入りきらない


2号
横穴式石室、全長6.8m、玄室長3.4,幅1.7,高2m

丘陵麓にある、お墓で少し削られている


背後から見た墳丘


羨道天井石が外されて開口


羨道奥や玄室は良好に残る


奥壁は巨石2段積み、側壁はその割に小型


奥壁上部の形にあわせて側壁を傾けているよう


奥から外、柱状袖石を立てた右片袖式



見学記
上郡町尾長谷、惣尻公民館北東100m民家裏に1,2号があります。1号は民家すぐ裏ですが初めは気が付かずすぐ北側の2号を見学、猪除けの柵内側にあります。西側にお墓があり墳丘が削られていますが概ね良好、お墓の脇に天井石がずれて開口していますが入りにくい。羨道はかなり埋まっていますが玄室完存、袖石を立てた右片袖式、奥壁は巨石2段積みですが上の方が大きい。側壁は右側はほぼ垂直ですが左側は一様に傾いています。歪んできているのか元々こうだったのか。これが2号と分かれば1号もすぐ分かる、ほんと民家すぐ裏です。ここも開口部が分かりにくい、羨道は埋没しているようですが玄室完存、2号と同じような構造で奥壁2段積み左右の側壁もやや持ち送りがあります、幅がひろいのが印象的。大きく違うのは玄門、板石を使った両袖式ですが左右の幅が大きく違っています。前の道路に駐車スペースあり。

名村古墳群

兵庫県上郡町 2005年4月訪問)

2基

1号
横穴式石室

墓地の中に2基、左が1号、右の藪が2号、確認後の撮影、初め下を通った時は気が付かず


石室講武残存、かなり改変されている


石仏が鎮座、祠として利用


奥壁は小型鏡石を据え上と左に切り石状角石を配置と変わった構造


2号
横口式石槨
位置:34°52′12″N 134°19′01″E

段差部分にあって墳丘ははっきりしない


振り向けば石室開口、崖の上で登りにくい


開口部正面、足場が悪く撮りにくい


羨道は土砂が流入して通過が難しい


板石が突き出た袖石、一段下がったまぐさ石


奥壁、奥行きがないのであまり撮れない


西側側壁、こちらの方が奥壁っぽい


東側側壁、こちらは1枚石、T字型石室と言ってもよさそうだが


羨道奥から


玄門西側、板状の袖石


玄門東側、板状の袖石2段積み



見学記
上郡町八保甲、丘陵麓辺りお寺の東側に墓地がありその東端辺りにあります。探してみたがなかなか見つからず諦めかけてふと振り向くとすぐ上植え込みの中に石室が開口していた。これが名村2号、開口部が2m程上にあって登りづらくしかも羨道に土砂がたまって入りにくい。でも珍しい横口式石槨なので無理をして入ってみました。石槨は奥行き1m幅1mとかなり小さい、こんな場所にどうやって遺体や遺物を収めたんでしょうね。石槨じゃなくT字型石室と言ってもおかしくないな。すぐ東側に1号がありますがこちらは極普通の石室で後部が残っています。こんなに形式が違うのも興味深いところです。前の道路が広いので短時間なら駐車問題なし。

鳳張古墳群

兵庫県上郡町 2005年3月訪問、14年4月再訪)

円墳1,方墳1、他1

(2005年)

全景:谷状地形の奥に立地、左1,右2号


1号
方墳、14×21m
横穴式石室、玄室長6.5,幅2,高2.9m
石棚
位置:34°52′22″N 134°21′59″E

墳丘、石室正面、外護列石が巡っている


玄室、石棚


石棚


奥から外


2号
円墳、R27.5
横穴式石室、全長9.4m、玄室幅1.6,高2.2m

石室正面、山寄りで1号より若干高い位置にある


細長い玄室


玄室奥


奥から外


(2014年)

3号
横穴式石室
位置:34°52′32″N 134°20′13″E

1,2号の更に奥にある


谷筋に面した斜面に立地


石室前面は崩壊


石室後部は何とか残る、1,2号に比べると大分小型


奥から外、無袖かな、天井にヒビが入っている


(見学記)
(2014年)
上郡町船坂、1,2号の更に奥に3号があるというので行ってみました。1,2号から道を更に200m程進むと左右に道が分かれているので右に行き100m程で道を逸れて杉林の中を進み小川(この時は殆ど水が流れていなかった)を渡って更に奥、斜面裾辺りにあります。墳丘は割と残っていて南向きに開口、羨道天井石が転落して入り口を塞いでいますが玄室は側壁や奥壁がやや崩れ始めている箇所もあるが比較的良好に残っています。奥壁は複数の石材を組み合わせた荒々しい造りです。構造からして1,2号に先行するのでしょうがそれにしても何で1,2号を離れた場所に造ったというか3号をこんな谷奥に造ったというか。県道に案内板がありそこを曲がって橋を通ると柵があって慌てましたが鍵はかかっていませんでした。そこを通ると広い駐車スペースあり。

(2005年)
町中央部から県道90号を安室川沿いに西に行くと小さな案内表示が出ています。そこから川を渡って林の中に入っていくと2基の古墳が東西に並んで石室を開口させています。左が1号で方墳、右が2号で円墳です。1号は外護列石を巡らしていて今でも方墳らしい姿を残しています。石室も良好、奥壁には石棚もあります。2号は山寄りにあって1号よりやや高い場所に位置しています。こちらは無袖式で石室も良好、細長い石室です。天井石が磨かれていて線刻壁画があると説明板に書かれている。確かにそれらしいのはあるが引っ掻き傷としか思えない。それにしても人里離れたこのような谷の中にすばらしい石室があるのもいかにも終末期の古墳を思わせます。県史跡。

井の端遺跡

兵庫県上郡町 2014年4月訪問

7,8,12号を復元、遺跡公園として公開

7号
長形墳、15.7×9.7m、4C後半
箱式石棺、竪穴式石槨、木棺墓
位置:34°51′28″N 134°20′16″E

復元墳丘


手前に竪穴石室、後方に箱式石棺、奥に7号墳丘、8号の方が先行


どちらも蓋石を展示、出来れば片方くらい内部が見たいな


発掘時の写真(説明板より)


8号
4C末
復元墳丘、埋葬施設は埋戻し


12号
5C末~6C初
復元墳丘、7,8号より1世紀遅れる、葺石列石無し、木棺墓は埋戻し


見学記
上郡町山野里、県道5号沿いにあるピュアランド山の里北側にあります。現在7,8,12号が復元され遺跡公園として公開されています。7号は4C後半の長形墳で列石で周囲を区画、墳頂には箱式石棺、竪穴式石槨、木棺墓と主体部が3基あり内部を埋め戻して展示しています。すぐ南側に連接するのが8号でこちらも長形墳で主体部は一つ、7号より少し遅れて造られたようです。北側に降りて行くと12号がありこちらは5C末~6C初と7号より100年位後で木棺墓のようです。県道で切断されていますがこの先にも尾根が続いていてそちらにも遺跡があるのかな。7号からは上郡の盆地が一望できて絶景の場所です。ちなみに読みは”いのはな”です。駐車場あり。

中山古墳群

兵庫県上郡町 2005年3月訪問、移築石室11号14年4月訪問)

宅地造成で10基消滅
13-15号が公園として保存、他1号が県史跡
11号石室を赤穂市有年考古館に移築

(2014年)
11号
横穴式石室(移築)
位置:34°49′55″N 134°23′10″E

考古館に移築された石室


袖石左右の石材はどこまでオリジナルなんだろ


玄室、奥壁はほぼ1枚石、写真で見ると大きく見えるが実際はしゃがんでやっと入れる程度


石棺底石
同じ敷地内にある石棺底石、でも近世の石材加工品の可能性もあるそうな


(2005年)
13号
箱式石棺、1.8×0.4×0.4m

14号の側にある小さな石棺


14号
円墳、R40,H4
位置:34°51′23″N 134°23′05″E

大きさの割に背の低い墳丘、側の説明板がないと古墳と分からない状態


(見学記)
(2014年)
赤穂市有年楢原、元は上郡町にありましたが現在石室が赤穂市有年原考古館に移築保存されています。でも名前を書いた札が立っているだけで説明は何もありません。人一人が入るのがやっとくらいの小型石室ですが壁面が平面に整えられていて本格的な造りです。同じ敷地内に石棺底石も展示されていますが近世の石材加工品とも考えられるとのこと。駐車場あり。

(2005年)
町役場南東2.5kmに高田台団地にあった古墳群です。宅地造成で10基が消滅、南側尾根上にある13-15号が古墳公園として保存、案内板も出ています。14号は径40mとかなり大きな円墳だがその割に高4mと低く、側の説明板がないと古墳とも分からない状態です。墳丘上に割った土器片を散布しているそうです。15号は径13mの小円墳、13号は1.8×0.4×0.4mの小型の箱式石棺です。13,14号と団地東側にある1号が県史跡。
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