鶴巻古墳

群馬県伊勢崎市(旧東村)2005年5月訪問

帆立貝式、R24,RH3.5、6C末
横穴式石室、全長5.4m、玄室長3.15,幅2.15,高2.05m
位置:36°19′09″N 139°15′13″E

墳丘復元、公園として公開


南側から、左側に小さな前方部


西側から


石室開口部


石室内部、玄室床面が一段下がる


互の目積みの奥壁


(見学記)

同村下小保方、珍しく平地に存在する石室墳です。以前は円墳と思われていましたが公園化に伴う発掘の結果帆立貝式古墳と判明しました。地形図で見ると全くの平坦地ですが現地で見ると微高地の端を利用して構築されているのがよく分かります。後円部南側に石室開口、入り口は閉ざされていて中も暗く肉眼ではまず分かりませんが、カメラで撮影してみると互の目積みの玄室であることがわかります。現在公園となっていますが特に案内表示はないようです。村史跡。

多田山古墳群

群馬県伊勢崎市(旧赤堀町)1990年1月訪問

発掘中でその後消滅の予定、99年唐三彩の陶枕が出土した

発掘現場風景:山側斜面に周溝を持つ横穴石室墳が3基発掘中、左手奥の丘から石室用の石材が切り出された、右手奥のトラック下方では縄文遺跡を発掘中、陶枕の出土した12号はこの現場の北側にあった(消滅)


15号
円墳、R39、7C後半
位置:36°22′42″N 139°12′29″E

丘陵頂部に位置する、東側が半分近く削平されている


左手に抜き取られた石室石材が転がっている、2000年の発掘で切石積みの石室が発見された


16号
円墳

山側に周溝、右奥に15号


南向きの石室、かなり荒らされている


山側から


17号
円墳

比較的良好に石室が残っている


盗掘で移動した天井石(1の写真の三角形の石)早々と運び去られた


18号
円墳

羨道には閉塞石がぎっしり詰まっている


下部しか残っていないが両袖式の立派な石室が残存


(見学記)

赤堀町と前橋市との境界をなす南北に細長い丘陵上にある古墳群です。99年唐三彩の陶枕が出て一躍有名になりました(これが出土した12号墳は既に消滅)。古墳群は丘陵東側に分布していて西側には全く存在していないそうです。東側の平野にすむ集団の奥津城だったんでしょうね。ちなみに西側の平野北には大室古墳群があります。丘陵頂に15号墳があり(以前見学に来たとき見つけることが出来たのはこれだけ)その東側で16-18号が発掘されていました。古墳は後期の群集墳によくあるように山側斜面に溝を掘りその土で墳丘を造るといった省エネ形、中には土が足らず溝の一部を後から広く掘った例もあるそうです(この遺構が出たとき、どういう性格のものか担当者を悩ませたとか)。石室は全て南向き、盗掘を受けていますが割石を使った両袖式横穴石室、18号では羨道にぎっしりと閉塞石が詰まっていました。時代からして盗掘を防ぐと言うよりは中の霊を閉じこめるといった意味合いの方が強かったんでしょうか。15号は一部削平され石室石材の一部が抜かれて露出しています。切石を使ったかなり立派な石材です。大きさといい場所といい古墳群の盟主的な存在です。現在丘の形が変わるほど大規模な工事が進んでいて土取りと団地造成で遺跡は消滅の予定、更に下まで掘り下げて縄文、旧石器時代の層まで発掘する予定でせめて15号墳だけでも残したいと担当の方が言っていました。

雷電神社古墳

群馬県伊勢崎市(旧境町)2006年4月訪問

前方後円墳
横穴式石室
位置:36°18′13″N 139°14′16″E

社殿がのった墳丘、上部がかなり削平されている


石室開口部


玄室、後世の仕切りがある


互の目積みのような奥壁


奥から外、丸い河原石を積み上げた玄室


(見学記)

神社境内に割と大きな墳丘が残り上に社殿が建っている。前方後円墳と言うことだが平面形はかなり変形しているようだ。横穴式石室を持ち意外な場所に開口している(石室があるというので以前一度訪れているがさすがにこんな場所じゃ見つかるわけがない)。宮司さんが留守だったので賽銭をあげて見学させて貰う。中は真っ暗、懐中電灯を頼りに見学することになる。丸い河原石を使った石室で奥壁などは互積みのようだ。玄室は完存しているが残念なことに中央部に後世の仕切りがあって全体が把握しにくい。町史跡。

御富士山古墳

群馬県伊勢崎市 1990年1月訪問

前方後円墳、TL125,R77,FW83,RH9.5、5C中
位置:36°20′06″N 139°10′31″E

墳丘、左が後円部


前方部南半分が鉄道で削られている


後円部頂の長持形石棺、小口部に僅かな突起が2個あるのが分かるだろうか


石棺蓋石


(見学記)

伊勢崎駅北西2kmにある全長125m、後円部径77m、前方部幅83m、高9.5mの前方後円墳です。鉄道によって前方部が南側半分ほど削られていますが墳丘は全般に良好です。後円部頂の神社脇に組合式長持形石棺が蓋石をはずされた状態で保存されています。下部が埋まっていて長持形らしい特徴が見えないのがちょっと残念ですが関東でこの種類の石棺が出土した古墳はここ以外では太田天神山古墳だけで大変貴重なものです。市史跡。

峯岸山古墳群

群馬県伊勢崎市(旧赤堀町)1996年2月訪問

前方後円墳3,円43基存在した(かなり消滅している)

古墳群全景、低い丘陵南側斜面から麓に分布


古墳群中の麓にある円墳


磯十二所古墳
前方後円墳、TL48,R30,FW18,RH3,FH1.5
位置:36°23′37″N 139°14′05″E

墳丘側面、左が後円部


後円部正面


(見学記)

南北に長い丘の南端に磯十二所神社古墳(前方後円墳),池の北側に円5基,配水所の前に円3基(石室の石組みが見える),西側斜面に横穴式石室の残骸,北側にやや大きな古墳が残っています。

丸塚山古墳

群馬県伊勢崎市 1990年1月訪問、2000年再訪

帆立貝式、TL81,R58,FW26,RH8、5C後半
位置:36°20′26″N 139°13′07″E

上が90年、下が2000年の写真、上の写真で後円部北側が盛り土で修復されているのが分かる


東側から


南側から。畑の部分が前方部


(見学記)

伊勢崎駅北東2.7kmにある全長81m、後円部径58m、前方部幅26m、高8mの帆立貝式古墳です。現地に行くと東西が水田で南北に伸びる僅かな高まりの先端を利用して築造しているのがよく分かります。前方部は低平で周目立たず辺から見ると一見円墳のよう、後円部も一部が削平され土盛りで修復されています。後円部頂に3基の箱式石棺がありますが見ることは出来ません。市史跡。

蟹沼東古墳群

群馬県伊勢崎市 1990年1月訪問

勢崎聖苑に隣接する公園内に10基保存
位置:36°20′58″N 139°12′08″E


保存されている中では最大


左右の奥にも古墳が見えている




(見学記)

伊勢崎駅北3km、伊勢崎聖苑に隣接する公園内に10基が保存されています。かっては70基ほどあったそうですが微高地を利用して作られている様子がよく分かります。大きさに多少差はありますが全て円墳、主体部は横穴石室ですが全く見ることは出来ません。

地蔵山古墳群

群馬県伊勢崎市(旧赤堀町)1990年1月訪問、2000年1月再訪

帆立貝式1,前方後円墳1(消滅),円墳数基

地蔵山古墳群全景(南側から)中央丘の上に地蔵山古墳、手前に蕨手塚、右手奥に達磨山古墳、左に9号墳


(蟹沼東古墳群から)左手に地蔵塚、右手に蕨手塚


(地蔵山から南側)上が90年、下が00年、手前が7号、奥が蕨手塚、右手の9号は消滅しているようだ


地蔵山古墳
帆立貝式、TL60,R40,RH3.6
位置:36°20′55″N 139°12′26″E

南側が少し削られている、前方部ははっきりしない


達磨山古墳
円墳、R35,H5

丘の東側中腹、左側も古墳?


1は90年、2は今年


蕨手塚古墳
円墳、R37,H4



7号墳
円墳

南側中腹


名称不明
最南端川縁にある。古墳?


(見学記)

地蔵山古墳北東1km、小独立丘陵上にある全長26m、後円部径16mの前方後円墳です。後円部頂に盗掘坑があり横穴石室が見えています。天井石を外された状態のようで内部に石組みが僅かに見えていますが妙に赤っぽいのは顔料が塗られているせいか。丘陵頂が広い平坦部をなしているのにも関わらず何故か南側斜面に立地している。頂が円墳だとしたらかなり大きな墳丘だが形からしてそのようにも思えない(そう思った人が他にもいるのか中央に盗掘坑があった)。南側麓民家の庭にも古墳があり石室の一部が見えている。

一ノ関古墳

群馬県伊勢崎市 2006年4月訪問

前方後円墳、現存長28m、6C後半
横穴式石室、全長6m、玄室幅1.5,高2m
位置:36°21′00″N 139°12′54″E

墳丘復元、公園として公開、右側前方部の一部が粕川で削られている


墳丘南側、石室公開施設


石室正面、前庭があるようだ


玄室、奥の天井が一段下がる


奥から外、両袖式、玄室床面が一段下がる


(見学記)

伊勢崎IC西側、国道462号と粕川の間にある前方後円墳で全長50m(推定)、川の浸食で前方部が削られ現存長28mです。現在墳丘が整備され小公園として公開されています(駐車場有り)。後円部南側に石室があり保存施設で保護(すっかり景観を壊しているけど)、柵越しに見学できます。石室は良好なようで羨道の前にあるのは前庭でしょうか、玄室は床面が一段下がっているようで敷石が敷き詰められています。一番奥の天井石も一段下がっているようだ。市史跡。

蛇塚古墳

群馬県伊勢崎市 2006年4月訪問

横穴式石室、全長9.0m、玄室長6.05,幅2.0m
位置:36°19′10″N 139°13′03″E

無袖式石室内部、殖蓮第二小学校に石室移築


(見学記)

前方後円墳ですが現在石室が殖蓮第二小学校に移築されています。日曜日に行ってみると少年野球大会が行われていて職員室には誰もおらず鍵が借りられなかったので入り口の柵越しに見学、全長9mもあるが幸い無袖式なので陰になる部分がなく助かった。でも石室の中ばかりとるのに気を取られて全体の姿を撮るのをすっかり忘れてた。
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