群馬県前橋市 1990年1月訪問、1997年2月再訪
前方後円墳3,方墳2,円1
愛宕山古墳円墳、R55,H8
玄室長7、幅3.6m
位置:36°24′25″N 139°02′23″E
墳丘

石室入り口、羨道埋没

玄室、家形石棺、細長い玄室の最奥に石棺がある、石室は乱石積みに近いのに石棺の形式は新しい感じ

両袖式
王山古墳前方後円墳、TL76,R50,FW63、6C前半
公園内に墳丘を復元して保存、殆ど積み石によって墳丘が造られる(一部金網越しに見学できる)県内最長の横穴石室(全長16.37m)を有する(埋戻し)円墳を築造後更に拡張し後から前方部を付け足していることが判明
位置:36°23′30″N 139°03′22″E
前方部から後円部
蛇穴山古墳方墳、L39,H5、8C初頭
玄室長3,幅2.6,高1.8m
位置:36°24′13″N 139°02′37″E
墳丘、石室正面、すぐ西側にある宝塔山古墳に比べて背の低い台状の墳丘

石室正面、羨道は殆どなく前庭がハの字型に開く、天井石に閉塞石をはめ込んだ加工跡がある

玄室、壁天井とも切石の巨石を使った1枚石で構成、こういう石室は見事だが写真に撮るとアクセントがない
総社二子山古墳前方後円墳、TL90,R44,FW60,RH7,FH8、6C末
後円部と前方部に石室各1
前方部石室全長8.7m、玄室長4.2,幅2.1m
位置:36°24′30″N 139°02′17″E
墳丘、右手が後円部

後円部側から前方部、2段築成

後円部石室入り口、入室は不可

前方部石室正面

乱石積み玄室、後円部の石室よりこちらの方が古い

両袖式
遠見山古墳前方後円墳、TL70,R39,FW31,RH6,FH5.5
位置:36°24′24″N 139°02′49″E
状態は一番よくない
宝塔山古墳方墳、L55,H11、7C後半
石室全長12.4m、玄室長3.2,幅3
家形石棺
位置:36°24′14″N 139°02′29″E
ピラミッド形の背の高い墳丘、周囲は削られている、墳頂は秋元氏累代の墓地

石室入り口、

切石積みの羨道、左右の壁に出っ張りがあり複室構造をなす

玄門、家形石棺、袖石と櫃石を組み合わせた玄門、石棺脚部には格狭間が切られている

石棺、玄室壁、石室全長に比べて玄室が小さく石棺周囲のスペースは余りない、退化しているが整った縄掛け突起

玄門から羨道
(見学記)王山古墳中央大橋の西側、県道交差点脇の公園内にある全長72mの前方後円墳です。発掘によると元は積石塚の円墳で後から前方部を付け足したそうです。古墳自体は復元された墳丘の下に埋め戻されていますが積石の一部を金網越しに見ることができ,全長16.4mの細長い横穴式石室の位置も石で表現されています。市史跡。
遠見山古墳城川公民館の側にある全長70mの前方後円墳ですがかなり変形しているようで一見しただけでは前後が分からない状態です。墳丘自体も篠竹に覆われています。
蛇穴山古墳総社小学校東にあり低い基壇の上に一段積みの方墳です。載石切り組積み横穴式石室が開口していますが羨道は無く玄室の前がハの字状の前庭となっています。玄室は左右,奥,天井とも各一枚の巨石で出来ていて,ほぼ正方形です。玄門部分の石にに閉塞施設があったことを思わせる切り込みが突いています。国史跡。
なお近くに酒蔵を改造した総社資料館(無料)があります。
宝塔山古墳総社小学校西にある三段積みの方墳です。こちらも載石切り組積み横穴式石室です。羨道前がやはりハの字形の前庭となっていますが羨道が長く(と言っても羨道の中間の左右側壁が少し出っぱていて羨道,前室となっているようです)さらに奥に玄室いっぱいの大きさの家形石棺があります。石棺には透かし穴があり、足も付いていて仏教の影響があるそうです。国史跡。
総社二子山古墳全体が公園となっていますが二段築成の墳丘はよく残っています。全長90m,後円径44m,前方幅60mと前方部が大きく後期の前方後円墳の形を示しています。後円部,前方部に横穴式石室がありますが現在前者は大きな石が見えているだけで内部は全く判りません。後者は自然石を使った中規模なものです。国史跡。
愛宕山古墳二子山の目と鼻の先にある径55m,高8mの円墳です。巨石とまではいかないが大きな自然石を使った横穴式石室が開口しています。羨道が短く(2.3m)玄室が長く(7m)なっています。奥に家形石棺があり縄掛け突起も付いています。残念ながら盗掘穴が開いていますがそこから覗いた感じでは石棺の大きさに比べて内部空間はかなり小さいようです。