正善寺古墳

栃木県足利市 1998年3月訪問

前方後円墳、TL88,R32,FW38,RH5,FH4
横穴式石室、全長7.5m,玄室長5.7,幅1.8~2.2,高1.7m
位置:36°18′51″N 139°29′08″E

後円部東側、上に寺と墓地があり状態よく見られるのはこの辺りくらい


チャート割石を使った石室、かなり細長い


両袖式


(見学記)

常見町正善寺にある全長103m(現地説明板では88m)の前方後円墳ですが後円部と前方部は墓地くびれ部は本堂が建っていて殆ど原形をとどめていません。東側から見ると後円部の丸い墳形が見えていますが本来の後円部径62mに対して半分以下になっています。後円部南側に両袖式石室が開口、全長7.5m幅2.1mとかなり細長い。奥壁は2枚、側壁はチャートの割石とこの辺でよく見かける構造です。県史跡。

勢至堂裏古墳

栃木県足利市 1998年3月訪問

前方後円墳
位置:36°18′06″N 139°25′58″E

墓地で後円部が半分以上削平されている、98年当時周囲で発掘中


南側にある円墳


(見学記)

矢場側の最上流あたりにある新宿町の県道128号沿いにある全長30mの前方後円墳です。墓地によって後円部がかなり削られています。石室があるそうだが全く分からず。昨年行った時は全く裸の状態で土地の区画周囲に溝が掘られていたが今年も全く同じ状態、何かしたんだろうか。南側の竹林の中にも円墳が3基。東側にある前方後円墳淵の上古墳(全長64m、後円部削平)は見過ごしてしまった。

中日向古墳群

栃木県足利市 1999年1月訪問

段丘上東西に15基残存、東側の5基が史跡

分布図:1-5号


1号
前方後円墳、TL50~60
位置:36°16′49″N 139°30′25″E

前方部削平、上に神社があり大きく変形


2号
前方後円墳、TL35

左手が後円部、背が低い墳丘


3,4号:手前3号、奥4号


高松5号:集落内で偶然見つけた墳丘、状態は一番良さそう


高松天神山古墳
円墳
位置:36°16′43″N 139°29′59″E

一番西側にある古墳、北側がかなり削平


(見学記)

高松町から瑞穂野町にかけて分布する現存数15基からなる古墳群です。集落東側に1-5号墳が集中していて市史跡に指定されています。1号は現存長37mの前方後円墳、上に神社があって上部はかなり削平され前方部も道路で少し削られとても前方後円墳には見えません。2号は全長33mの前方後円墳、何カ所かで掘られた跡がありますがほっそりしたかわいい姿を見せています。3-5号はそれぞれ径十数mの円墳。集落西側にも高松天神山古墳(標柱あり)や無名古墳がある。

明神山古墳群

栃木県足利市 1999年1月訪問

前方後円墳1を含む33基以上の群集墳、現存14基
位置:36°19′04″N 139°26′34″E

分布図:独立丘陵南側に分布、何故か北側にも少数ある


頂にある大きな墳丘


他はみな小さな墳丘


(見学記)

八幡町の独立丘陵上にある古墳群です。山頂(と言う程高くはないが)から南側斜面、麓にかけて分布、かっては前方後円墳1を含む34基の古墳があったが現在は半壊を含めて14基程度残存。山頂にある古墳が大きく径30m位、地形のせいか長円形をしています。他の古墳は10数m位、一部で横穴石室の石組みが見えています。大部分の古墳は南側にあるのに何故か北側麓に3基ある(消滅)、南側に余裕がないわけでもないのに文字通り日陰者、それとも北側に見える八幡山古墳群の親戚筋?。市史跡。

口明塚古墳

栃木県足利市 2005年5月訪問

円墳、R45、6C末
横穴式石室、全長8.7m、玄室長5.4,幅2.7,高2.5m
位置:36°19′03″N 139°28′55″E

復元された墳丘


石室正面


背の高い羨道、玄室


玄室、巨石の廻りに小型石を詰め込んだ奥壁


石室図(説明板より)石室前部はかなり破壊されているようだ


(見学記)

市内山川町の公園にある径45mの大型円墳で墳丘が復元されています。石室は全長8.7mと大型、でも説明板の石室図によれば前部は大分破壊されていたようだ。現在入り口に柵があって中には入れませんが羨道は人の背丈より高く内部も明るいので奥まで十分見通せます(一応照明装置が付いているが壊れていた)。奥壁は巨石を使い更に周りにも小型の石を配置しています。それにしてもすぐ側にゲートボール場や野球場があって何だか雰囲気がそぐわない。まー保存されただけでもましだけどね。市史跡。

小曽根古墳群

栃木県足利市 1998年3月訪問

前方後円墳2他数基残存

永宝寺裏古墳
前方後円墳、TL48,R20,RH5.4,FW23
横穴式石室、全長4.25m
位置:36°16′20″N 139°28′58″E

この地域によくあるチャート割石を使った石室、奥壁は1枚石


左片袖式、羨道埋没、墳丘も下部が埋没しているようだ


浅間山古墳
前方後円墳、TL58,R38,RH9,FW23

周囲をかなり削られているが背の高い墳丘が残っている、背後に短い前方部が僅かに残る


(見学記)

小曽根町の県道278号沿いにある古墳群です。永宝寺本堂裏にあるのが全長48mの前方後円墳永宝寺裏古墳(現地説明板では永宝寺古墳、市史跡)です。寺によって墳丘が少し削られているようですが比較的良好。後円部南側に無袖式石室が開口、奥壁は1枚、側壁はチャートの割石、残存長4.25m,墳丘規模に比べてやや小さいようです。入り口はかなり埋まっていますが腹這いになれば何とか入れる。足から入ろうとしたら猫が飛び出してきてびっくりした。前方部に真新しい石の多層塔が立っているが事前の発掘はしたんだろうか。西側200mに浅間山古墳、前方部の短い全長58m高7mの前方後円墳だが周囲がかなり削られ背の高い円錐状の墳丘が見えるだけ、しかも敷地の境界をなす塀が墳丘上にあるから余計古墳らしく見えない。前方部も敷地内に僅かに残っているようだ。県道南側の民家にも円墳が2基ある。

八幡山古墳群

栃木県足利市 1999年1月訪問

R10~20、H2~3m程の円墳からなる群集墳、70基程残存、
位置:36°19′19″N 139°26′26″E

唯一石室が露出している古墳


山辺小学校北側の小丘陵上


私好みの墳丘が密集






(見学記)

八幡町にある山辺小学校北側の独立丘陵上にある古墳群です。南北にピークが二つあってそこに岩の露頭があり、さすがにそこには古墳は築かれていませんがその周囲や東西の斜面に所狭しと古墳が築かれています。幾つかの古墳で盗掘跡が見えていますが半球形や裾を引いた古墳等形のいいのが並んでいます。当然横穴石室だと思われますが石室が見えるのは小学校裏の1基だけ、半壊状態の石室が露出しています。小学校建設で幾つかの古墳が消滅していますが現存数71基。県史跡。

機神山古墳群

栃木県足利市 1999年1月訪問

前方後円墳2基他

行基平古墳
前方後円墳、TL38,R20,FW10,RH4

側の説明板がなければ分かりにくい状態


機神山山頂古墳
前方後円墳、TL36,R19,FW19,RH3,FH3、6C
横穴式石室、全長8.8m,玄室幅1.9~2.3,高1.6m
位置:36°20′13″N 139°26′55″E

墳丘遠望、右手が前方部


チャート割石を使った玄室、やや胴張りで奥壁は1枚


無袖式、側壁がかなり傾斜している


その他
登山道脇にある小型石室


(見学記)

市役所西側の機神山にある古墳群です。山頂近くに駐車場がありそこまで車で行くことが出来ます。山頂にあるのが機神山山頂古墳、全長36mの前方後円墳で後円部南側に石室が開口(柵あり)、無袖式胴張り型石室でやはりチャートの割石ですが奥壁は巨大な1枚石です。これを山頂まで上げるのは大変だったろうな。ここからの眺めは最高、規模はさほど大きくありませんが場所といい、石室規模といい、やはり盟主的な存在だったんでしょうね。建物を挟んだ北側200mに全長38mの前方後円墳行基平山頂古墳があります。墳丘上を山道が通っていて上に登るとかえってその形が分かりにくい。機神山山頂古墳に先行する古墳です。道路を挟んだ西側にも円墳がある。更に駐車場に至る道路の途中に半壊状態の石室が露出、奥壁2枚、チャートの割石とやはりお定まりの構造です。

羽黒古墳

栃木県足利市 2005年5月訪問

円墳、R53、6C後半
横穴式石室、全長6.9m、玄室長4.35,幅1.3-1.8,高1.9m
位置:36°22′15″N 139°24′53″E

背の高い墳丘が残る


石室正面側


石室開口部


やや低い羨道


玄室、奥壁は口明塚と構造が似ている、上部左右の石はまるで切石を填め込んだよう


奥から外、やや胴張り


(見学記)

市内板倉町の丘陵麓近くの斜面にある古墳です。県道219号から小川を渡って東に500m程行くと目立たない小さな案内板があります。そこから細い道に入って行って神社の少し手前で右折すると大きな墳丘が見えてきます。(ちなみに私は分かれ道の所で綺麗な花に目がいって右折する道に気づかず、神社から更にその上の尾根筋まで行って暫く途方に暮れていた(汗)。墳丘石室とも良好に残存、羨道は低いですが中にはいると長さ4.35m、幅最大1.8m、高さ1.9mと胴張りの大きな玄室で天井も奥に向かってやや高くなっている。チャートの硬質な石を使っているせいか側壁の積み方はやや粗いですが奥壁は巨石を使い廻りに小型の石を配置するなど口明塚とよく似ています。上部左右の石は四角くてまるで切石のような石をを填め込んでいる。市史跡。

藤本観音山古墳

栃木県足利市 1999年1月訪問

前方後方墳、TL117,R58,FW42,RH10,FH4、4C
位置:36°17′52″N 139°26′24″E

群馬県との県境近くにある初期の前方後方墳、くびれ部に家があるが背の高い後方部など墳丘は割と良好、南側からの遠望、右手が後方部


(見学記)

藤本町の集落西端にある全長117m高11.5mの前方後方墳です。くびれ部に民家があり少し削られていますが背の高い後方部はいかにも前方後方墳といった感じでよく残っています。西方4kmには東国最大の前方後円墳太田天神山古墳がありその間は広大な水田地帯が広がっています。当時は勢力争いの場だったんでしょうか。墳丘北側に大量の廃車が置かれています。古墳に周庭帯があるように遺跡にも周庭帯が欲しいですね。市史跡。
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