銭室塚古墳

栃木県大田原市(旧黒羽町)1998年1月訪問

円墳、R26,H4.5
横穴式石室、玄室長6.3,幅2.0,高1.4m
位置:36°49′53″N 140°08′02″E

田圃の中にポツンと残る墳丘


石室開口部、ここが玄門


細長い玄室、奥壁は1枚石、側壁は自然石乱石積み


奥壁、1枚石の幅にあわせて奥がやや狭まる


奥から外


(見学記)

那珂川左岸,二つ室塚の川向こうにあり,水田の中に1基だけぽつんとあってよく目立ちます。二段築成の円墳で径26m保存良好,南西側に石室が開口,羨道は埋まっていますが1枚露出,玄室は完存。玄門は2枚の袖石からなり上に楯石ものっています。中はやや胴張りの玄室で全長6.3m奥壁に1枚石,両壁はやや加工した河原石と他の横穴石室と共通した構造です。ここから銭が大量に出たという伝説からこの名が付いたそうだが古墳時代に銭があるわけも無し,さて何だったんでしょうか。町史跡。

侍塚古墳群

栃木県大田原市(旧湯津上村)1997年2月訪問

案内図


下侍塚から見た古墳群、下侍塚北側に分布


2号

侍塚古墳(上侍塚古墳、下侍塚古墳)

栃木県大田原市(旧湯津上村)1997年1月訪問

上侍塚古墳
前方後方墳、TL114,R58,RH11.5,FW52,FH6.5、5C前半
位置:36°48′10″N 140°07′41″E

遠望


後方部、保存状態が大変良い


前方部から後方部


上侍塚北古墳
前方後方墳、TL49
南から、見えている部分が前方部


下侍塚古墳
前方後方墳、TL84,R48,RH9.4,FW36,FH5、5C初
位置:36°48′36″N 140°07′35″E

北東から見た墳丘、手前の道路が国道294号


江戸時代に水戸黄門が発掘したことで有名、今なお美しい墳丘をとどめている


南から


(見学記)

下侍塚古墳
R294号脇,湯津上館の目の前にある全長84mの前方後方墳です。全長の割に背が高く感じる墳丘で,まばらに松が生えている程度で保存状況は大変よく精美な姿を見せています。周りに周溝が水田として残っています。国道脇に駐車場と東屋があってここからしばらく飽きずに眺めていました。本当にいい姿をしています。我々現代人に対する黄門様からの贈り物です。私達も未来に向けて大切にしていかなくてはなりません。国史跡。北側に前方後円墳や方墳を含む8基からなる侍塚古墳群があります。村の史跡で遊歩道も巡っていますが古墳自体は殆ど整備されていません。さらにここから北1kmの所に笠石神社があり侍塚古墳発掘のきっかけとなった那須国造碑がありますが御神体ということもあって社務所を通さないと見学できません。

上侍塚古墳
下侍塚から南1kmの所にある全長114mの前方後方墳です。下侍塚より一回り大きい墳丘で国道から墳丘が見えています。前方部に松が多く生えているので全体像は見にくいのがちょっと残念。こちらも墳丘は大変良好,それだけに前方部端が崩壊した跡があるのがちょっときがかり。墳丘西側の水田が周りより一段低くなっていてここから土取りをして墳丘を盛り上げたのでしょうか,ただ周溝はないようです。下侍塚もそうですがこちらも墳丘に段築がありません。私は大型古墳の段築は力学的に必要不可欠かと思っていたんですが必ずしもそうではないんですね。国史跡。

上侍塚北古墳
上侍塚のすぐ北側にある全長49mの前方後方墳です。結構大きいのですが現在は雑木に覆われているし,すぐ側に有名な上侍塚があることもあってあまり目立ちません。有名な親を持つ子供の悲哀とでも言うべきでしょうか。

観音塚古墳

栃木県大田原市(旧湯津上村)1998年1月訪問

円墳
位置:36°50′10″N 140°07′41″E

林の中に残る墳丘


2段築成の様子


(見学記)

二つ室古墳すぐ北側にある円墳で,規模的にはこちらの方がかなり大きいようです。形からだけでは優位性が分からないと言う例ですね。2段築成で低い基壇の上に大きい円墳が乗っています。墳頂部に少し掘った跡がある他は墳丘良好。

蛭田富士山古墳

栃木県大田原市(旧湯津上村)1998年1月訪問

帆立貝式、TL40,R27,RH3.5,FW10,FH1.3、6C前半
位置:36°47′48″N 140°05′22″E

北から見た墳丘


東から、耕地整理で段差になった場所に残されている


南から



(見学記)

那珂川支流,箒川左岸の段丘上に立地する全長40mの前方後円墳です(説明板には帆立貝式となっていますがそれにしては少し前方部が長いような気もしますが,この辺の定義は曖昧なのであまり気にしないようにしましょう。墳丘そのものは良好ですが周辺は土地改良事業で地形がすっかり変わっていて古墳だけがぽつんと取り残されています。周りに分布していた古墳群もすべて消滅しています。村史跡。

二ツ室塚古墳

栃木県大田原市(旧湯津上村)1998年1月訪問

前方後円墳、TL47,R22,RH4.5,FW16,FH2.2、6C後半~7C初
横穴式石室2
位置:36°50′08″N 140°07′42″E

北側林の中から見た墳丘、右側が前方部


後円部南側、大きく削平されている


天井部を壊失した玄室、屋根をかけて保護している


石室斜め前から、枕状の自然石を積み上げた側壁が美しい


1枚石の奥壁、側壁の自然石との対比が面白い


前方部石室開口部


(見学記)

下侍塚からさらにR294を2.5km北上すると右側(東)杉林の中にあり国道,県道に案内板も出ています。全長47mの前方後円墳で河岸段丘上,崖際に立地しています。墳丘は前方部隅が少し削られている他は良好。名前の通り後円部,前方部に一つずつ横穴式石室があります(話は逆で石室が二つある事から命名されたようです)。後円部の石室は天井石が無くむき出しの状態で覆い屋によって保護されています。石室は無袖式ですが入口近くの床に仕切り石があり,また玄室も奥に向かって少しづつ開く羽子板状の平面形をしています。奥壁に巨石を使っている他は丸みのある河原石を小口積みにしていて奥壁だけが石碑を埋め込んだような異質な感じを受けます。前方部の石室は埋め戻されていて僅かに石が一部見えている程度です。説明板を見ると玄室に胴張りがある他は後円部の石室とにているようです。村史跡。
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