横手古墳群

福島県南相馬市(旧鹿島町)1996年12月訪問

A群11基、B群4基残存

A1号
前方後円墳、TL31,R9,RH2.3
位置:37°42′44″N 140°57′50″E

唯一の前方後円墳、手前が後円部


すぐ脇を国道6号が走るが説明板も何もないのでまず気づかない


A5号
9号よりの眺め、左奥8号、右奥11号


A6号


A7号


A8号


A9号


A10号


A13号
古墳群の説明はここに標柱が立っているだけ


B1号
円墳、R40,H3.4
上に神社が建っている


(見学記)

鹿島駅北西1.5km辺りにある前方後円墳1を含む県指定史跡の古墳群です。現在A群11,B群4基残っています(11基確認できた)。1号墳は全長30m程の前方後円墳で切石で出来た横穴石室が有りますが現在は見ることは出来ません。国道6号によって墳丘の一部が削られています。この西方線路の向側の水田中にA群の古墳が分布しています。古墳の脇に標柱が一本立っている程度で何の説明もありません。耕作で削られているせいか大きさが大小様々です。その内の小古墳1基に石室の石が露出しています。ここから北西1kmの所にB群があります。こちらには説明板が立っています。1基の古墳の上に初発神社が建っていてこの北東側にも1基有ります。

桜井古墳群

福島県南相馬市(旧原町市)1996年12月訪問、2004年5月再訪

川沿いの段丘端に分布、2支群約30基
主墳の桜井古墳が保存整備され公園として公開

桜井古墳(1号)
前方後方墳、TL74.5,R45,RH6.8,FW30,FH3、4C後半
位置:37°38′18″N 140°59′42″E

96年、公園化に向けて樹木が伐採された直後


前方部隅から後方部


前方部から後方部


後方部から前方部


04年、公園完成後


墳丘南側側面


2番目とほぼ同じアングル


2号
円墳、R20,H2、5C

96年、1号すぐ西側


04年、現状保存


7号
方墳、L27.5,H3.3、4C後半

99年発掘当時、鏡が出土


04年、復元墳丘


(見学記)

(1996年)
新桜井橋東方約1km,新田川右岸の河岸段丘上に位置する全長75m、高7m程の前方後方墳で国指定史跡です。後方部の大きさに比べて前方部がほっそりとしていて小さいのが特徴です。土地の公有化に伴い現在杉が伐採されていて墳丘が大変見やすくなっています。9月に来た時はまだ杉林の中だったからちょっとびっくりでもラッキー。 発掘の方は国の予算が付くまでお預けだそうです。まあ,土地が公有化されたのだから焦ることは無いでしょう。 墳丘上の切り株の年輪を数えたら(私もヒマだね)50弱位だから戦後間もなく植えられたことになります。古墳上に植えなくても良いと思うのだけれどあの時代ではしょうがないか。実際終戦後の古い古墳写真を見ると丸裸の古墳が結構ありますしね。なお同じ段丘上に幾つかの古墳があって古墳群を形成しています。「日本の古代遺跡(福島)」では主墳以外は円1,方1しか残っていない,と書かれていますが職員の方の聞いた話ではまだ十数基残っているそうです。私がざっと探してみただけでも主墳の西に1-2基,東に4基見つけることが出来ました。あの本の記述は何なんじゃ。

(2004年追記)
公園が完成したようなので行ってみました。主墳の桜井古墳は元の墳丘に土をかぶせてすっかり復元されていました。後方部は三段築成、前方部は築成無しで復元されています。後方部頂は木棺が2基あったようですが復元では位置だけ表示されています。埴輪は発見されなかったのでしょうか復元古墳によく見られる埴輪の林立は全くありません。それにしてもあまり綺麗に復元されると味気ないな。すぐ西側には円墳の2号墳が現状保存。この側には墳丘のない土壙墓が位置だけ表示されています。1号が4世紀、2号が5世紀の古墳なのに対して土壙墓は6世紀、だんだん勢力が衰えていったんでしょうか。東側にある鏡が出土した7号墳も綺麗に復元されていました。1号前方部脇には2種類の説明書を入れたポストがあるがより詳しい方は最後の1枚だった、ラッキー。下の河原には駐車場があります。古墳公園専用だと少々広すぎるけど(当日はウイークデーのせいもあって1台も駐車してなかった)、川沿いを散策するなど別の目的があるのかも知れない。

真野古墳群

福島県南相馬市(旧鹿島町)1996年12月訪問

A群26基、B群14基残存。全て国史跡。

分布図


A9号
手前9号、奥8号


A20号
前方後円墳
位置:37°41′36″N 140°57′28″E

唯一の前方後円墳だが後円部壊失、ここにA群の説明板がある


A32号
各古墳の脇に標柱が立っているので探しやすい


A62号


B1号
位置:37°41′34″N 140°56′44″E

奥が1号、手前2号、ここにB群の説明板がある


B10号


B19号


(見学記)

鹿島駅西方寺内地区にA群,さらに西の小池地区にB群が分布しています。現在49基残存していて国指定史跡になっています。

A群
県道脇に説明板と分布図があります。この側にあるのが前方後円墳の20号ですが現在残っているのは前方部の一部のみです。この近くにも前方後円墳の24号がありましたが消滅しました。説明板に載っている古墳26基の内120,121号以外は全て確認できました。古墳の側に標柱が立っていますから案内図どうりに行けば見つけるのは比較的容易です。4,53,57号は標柱のみで墳丘は消滅しています。27,41,49,59号がやや大きい他は小型の円墳で全体に一部削られているのが多いようです。41号は古墳の側に廃土の山があっててっきりこれが古墳だと思って写真を撮った後上に登るとその向こうに本物の41号があった。皆様も見学の際は間違えないように。

B群
道路脇に説明板と分布図がありここから東方に3-4基ずつまとまって地形に沿って(長者堀沿い)直線的に分布しています。A群に比べて墳丘がやや大きく保存状況も良いです。説明板に13基載っていますが全て容易に見ることが出来ます。
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