興塚古墳

兵庫県たつの市(旧御津町)2005年3月訪問

前方後円墳、TL110,R60,RH10,FW40
位置:34°46′11″N 134°33′35″E (日本測地系)
   34.77295557 134.55700024(世界測地系)

綾部山からの遠望


後円部、前方部は消滅


輿塚模型?


(見学記)
綾部山の東側、基山の平坦な山頂北側にある前方後円墳です。全長110mだが前方部消滅大きな後円部を残している。すぐ側に前方後円墳の模型があるが輿塚の模型だろうか。結構大きいのだが何の説明もない。南側には基山4号が残っている。

西宮山古墳

兵庫県たつの市(旧龍野市)2003年4月訪問

前方後円墳(消滅)

羨道天井石が龍野高校の庭園石材として使われている(矢印)


(見学記)

墳丘は消滅しているが石棺が龍野高校に保存されているというので行ってみたが、生徒は知らないと言うし先生も知らないと言う(春休みなのであまりいなかったが)。その代わり石室の石材が庭園の一部に使われているというので教えて貰った。羨道の天井石が使われているようだがそれも後から分かったと言うことだ。一部加工した痕があるみたいだがよく分かったものだ。

中垣内古墳群

兵庫県たつの市(旧龍野市)2005年5月訪問

(1号以外番号は仮称)

1号
円墳、R17,H5、6C後半
横穴式石室、全長9.98m、玄室長4.2,幅2.2,高3.2m
位置:34°51′43″N 134°31′26″E (日本測地系)
   34.86516674 134.52116759(世界測地系)

墳丘石室とも良好に残っている


石室正面


羨道


背の高い玄室


奥から外


墳丘石室図(説明板より)


4号
大きく盗掘されている


かろうじて残った玄室


5号
ここも大きく盗掘、手前左が羨道の石組みか


玄室奥が残存


玄室


6号
石室ごとすっかり破壊、1号以外は殆どこのような状態


(見学記)
市内揖西町中垣内の丘陵斜面にある古墳群です。県道5号から住宅街を北に行き川にかかる橋の手前で右に曲がります(車ではここまで)。民家の前に案内表示があるけどこれが全く目立たない。どうせなら道路際に設置して貰いたかった。畑の間を通って丘に登りはじめるともう一つの案内表示があります。が、この前には柵があり入り口にも閂がかかっていて入っていいのかどうか迷ってしまった。ここを入って50m程登ると1号墳と側に説明板が立っています。径17m高5mの円墳で石室も全長10mくらいと大型、ともに良好に残っています。この周囲にも10基くらいの古墳が密集、墳丘の大きさは1号とさほど変わらないようだが軒並み盗掘され石室ごと大きく破壊され、玄室奥がかろうじて残っているのが2基ある程度。この様子を見ると1号が良好に残っているのが不思議なくらいです。他にもかなり小さな墳丘も幾つかありますがこれも古墳だろうか。市史跡(1号だけかな)。

長尾薬師塚古墳

兵庫県たつの市(旧龍野市)2011年2月訪問

方墳、終末期
横穴式石室、全長3m、玄室幅1,高1.5m
位置:34°50′44″N 134°29′21″E (日本測地系)
   34.84877922 134.4864493(世界測地系)

東からの遠望、正面三寶荒神社右側(北)の丘陵斜面に立地


斜面下方から


斜面上方から、良好に残る、はっきり方墳と分かるほどではない


石室正面


開口部


墳丘規模の割に小さな石室、側壁の壁面が整えられている


床面を仕切る板石、石棺と言うより石槨か


二段積み奥壁、左側側壁がやは孕み気味


右側壁


左側壁、どちらも上部に平石使用


奥から外


(見学記)
たつの市揖西町長尾、播磨自動車道高架橋東側にある三寶荒神社北側の丘陵中腹にある古墳です。神社前に案内表示がありますが細い道を入っていくと後は道はなく藪の中を登っていくことになります(藪の中に立派な石の標柱が立っていたけど意味ないな)。終末期の方墳で墳丘はよく残っており背後から見ると墳丘裾が直線らしく残っています。南東側に石室開口、終末期らしく墳丘の割に石室規模は小さく長さ3m程度ですが終末期らしく壁面は平面が整えられ奥壁は2段積みです。床面に板状の石が立てられていますが仕切石でしょうか。神社前に駐車スペースあり。
現在丘陵をぐるっと猪防柵が張り巡らされていて墳丘に近づくことが出来ません。こういうのはたいてい出入り口があるもんでそれを探して柵を廻ってみたがどこにもない。諦めきれず下をウロウロして犬の散歩をしたいた近所の方に聞いてみたら親切にも案内してくれて柵の針金を外して中に入れてくれました。感謝感謝。(ちなみにこの方は地主さんではないそうな)

基山4号

兵庫県たつの市 2005年3月訪問

位置:34°46′06″N 134°33′35″E (日本測地系)
   34.77156682 134.55700032(世界測地系)

輿塚と同じ丘陵上、南端に立地

宮内古墳群

兵庫県たつの市(旧新宮町)2003年4月訪問

18基、文化会館西側の林の中に14基保存

5号
円墳、R16,H3.2、6C後半~7C初
横穴式石室、全長9.5m、玄室長4.3,幅2.2,高2.8m
位置:34°55′49″N 134°32′37″E (日本測地系)
   34.93349257 134.54088575(世界測地系)
墳丘、各古墳の脇に標柱が立っている


石室正面、良好なのはこれだけ


背の高い玄室、奥壁の積み方がパズルのようで面白い


奥から外


6号


7号


8号


9号


10号
墳丘


玄室、多少なりとも石室が見えるのはここと5号だけ


11号


12号
墳丘


天井石をすっかり壊失


13号


(見学記)
天神山古墳から西に行くと行き止まりに西播磨文化会館がありその西側の林の中に古墳群があります。18基からなる古墳群だそうだがここに14基が保存され狭い範囲に密集しています。駐車場にある説明板からすぐ上がると5号の石室が開口しています。全長9.5mで天神山古墳より一回り小さく、石材もやや小型の石室です。保存されていると言っても良好なのはここだけ、他には10号で玄室奥が残っている程度で他は殆ど破壊されています。でも冬枯れの疎林の中に点々と古墳がある状況は私の好み、壁紙写真を念頭に置きながら写真を撮っていきました。石室があればあるで全て見に行くことになるのでこれくらいが適当かな、と贅沢なことを思っちゃいました。(でも次週紹介の古墳群ではこのことが現実に)

山王山古墳

兵庫県たつの市(旧御津町)2011年2月訪問

竪穴式石室
位置:34°47′19″N 134°34′09″E (日本測地系)
   34.79184265 134.56644196(世界測地系)

竹林の中にある墳丘


非常に細長い竪穴石室露出


上記反対側端


_2の端部、若干幅が広い


上記小口部


_3小口部


(見学記)
たつの市御津町中島、御津病院北側、東から伸びる細長い丘陵が県道133号で切断されて独立丘陵のようになっている丘の上にあります。西側から細い登っていく道があり丘陵最高所西側の緩やかな頂部に位置しています。竹林の中に大きな墳丘が残っていて頂部に細長い竪穴石室が露出していますが太い竹が何本も生えていて見づらいです。

小丸山古墳

兵庫県たつの市(旧御津町)2011年3月訪問

双室墳、前方後円墳?
東石室、全長7.7m、玄室長3.35,幅3.7,高2.65m
西石室、全長8.58m、玄室長3.1,幅2.05,高2.2m
位置:34°47′19″N 134°34′08″E (日本測地系)
   34.79184266 134.56616421(世界測地系)
(東墳丘)
竹林に覆われた墳丘


墳丘上部西向きに開口


前部天井を失った羨道


羨道前部


仕切石か閉塞石か


羨道後部


天井を失った玄室、小形石材の乱石積み


奥から外、両袖式、割と袖幅が広い


羨道奥から


玄室上から、左が奥壁、奥行きより幅がやや広いけどほぼ正方形平面形


上から玄門辺り


(西墳丘)
東から見た墳丘


羨道開口部


羨道、天井石が一段下がっているのではなく落下しかけている感じ


玄室後部が大きく破壊、画面右側は急斜面になっている


奥から外、両袖式、切石状の石もあり東石室より新しそう


玄室、殆ど何も写りませんが


玄室天井石


羨道奥から


(見学記)
山王山古墳すぐ西側にあって二つの墳丘が並び前方後円墳の説もあるそうです。東側の墳丘には西向きに石室開口天井石は羨道の1枚しか残っておらず玄室は天井が失われ中に太い木が2本生えています。正方形に近い平面形で側壁奥壁とも小形石材乱石積み玄門は両袖式です。羨道床面には板石の仕切石があります。すぐ西側にある墳丘は石室南向き羨道入り口は殆ど埋没、でも奥壁側が破壊されて開口しています。こちらも両袖式乱石積みですが石材がやや大きく加工度も高くこちらの方が新しい感じです。前方後方墳だとしたら東側の墳丘が後円部になるんだろうけどそうすると前方部の方に石室が開口しているようになって不自然な気がしますね。それにしても竪穴石室と横穴石室を持つ古墳がこんなに接近してあるというのも珍しいのではないでしょうか。前方後円墳集成によれば隣の山王山古墳と併せて小丸山古墳群となっているようで小丸山2号とも山王山2号ともなっているようです。

狐塚古墳

兵庫県たつの市(旧龍野市)2005年3月訪問

円墳、R20,H5、6C後半
横穴式石室、全長9.7m、玄室長5.2,幅2.1,高2.45m
位置:34°51′42″N 134°32′24″E (日本測地系)
   34.86488909 134.53727698(世界測地系)

墳丘、説明板


石室開口部


羨道


玄室


奥から外、一応両袖式、左右の袖幅が非対称、台形に近い断面


墳丘、石室図(説明板より)


(見学記)
龍野高校のすぐ裏の山にあるのであまり期待もせず行ってみたら思いがけず石室があった。狐塚と言う名前は石室があるのが結構あるかも。羨道は少し埋まっていて狭いが玄室はほぼ完存、側壁が一様に斜めになっていて断面が台形の形をしています。両袖式ですが左袖は僅かでかなり非対称。奥壁に落書きがあるのが残念でした。

金剛山古墳群

兵庫県たつの市(旧揖保川町)2011年2月訪問

山上から麓にかけて分布、状態のよい石室は少ない

3号
円墳、R20
横穴式石室、全長9m、玄室長4.3,幅2,高3m
位置:34°48′04″N 134°31′45″E (日本測地系)
位置:34°47′19″N 134°34′08″E (日本測地系)
   34.80434026 134.52644638(世界測地系)
山裾に構築、丸太の場所が開口部


上記反対側、墳丘良好


山側から


羨道も良好


奥壁巨石1枚石の大きな玄室、やや右側に歪んでいるかも


〃(縦位置)


奥から外、片袖式、右側にも僅かに袖があるかも


〃(縦位置)


羨道奥から、入り口辺りが大分埋まる


15号
表示板があるのみ


16号
丘陵頂を利用して構築


墳頂に石材、横穴石室には見えない、遠くに平野を望む


17号
低い墳丘が残る


別角度からみると多少古墳っぽい


18号
かなり大きな墳丘か


石室?


石室か箱式石棺か


19号
表示板があるだけ


20号
横穴式石室
位置:34°48′30″N 134°31′31″E

丘陵頂部に位置し墳丘も残る


石室開口と思いきや


こちらは奥壁側でした


石室内部、まぐさ石にヒビ


羨道は埋没


玄室


21号
方墳、7C中
横穴式石室
位置:34°48′23″N 134°31′29″E (日本測地系)
   34.8115614 134.52255792(世界測地系)
尾根先端に立地、他の古墳とは離れて存在


石室がすっかり露出


石室正面、側壁右側は普通だが左は薄い板石状


石室背後から、側壁が板石状なのがよく分かる


殆ど埋まった石室内部、天井石が辛うじて支えられている


上記反対側、僅かな高まりが分かる


28号
横穴式石室

20号側の林の中


墳丘は割と残る


上部を失った石室露出


こちらが奥壁でしょうか


29号
墳丘上を山道が通る


30号
僅かな高まりがあるだけ


31号
横穴式石室
石室露出


期待が高まったが内部は殆ど埋没


石室正面


石室横から、奥に見えているのが16号


急斜面際に立地


32号
31号下方にある墳丘、奥に39号


33号
標識があるだけの標識古墳


34号
これも同じく


35号
同様、奥に39号


(見学記)
更に南に登って緩やかなピークにあるのが20号、石室が開口しているがこれは奥壁側で羨道は埋没でもこれが3古墳群の中で唯一中に入れる石室です。すぐ側に28号があり天井を失った石室が露出しています。20号から東に行く山道(ちょっと分かりにくい)沿いに点々と古墳がありますが三角点のある16号がやや大きい程度、その下に31号の石室が露出しています。表示板に古式の横穴石室と書かれているがそれはないだろ、しかも6C後葉~7C前葉と書かれているし。このコースは距離が長い割に大した物がないので時間がなければパスしていいかな。20号に戻って更に南に行くと尾根先端に21号の石室通称亀石が露出しています。南側に開口しているがかなり埋没、興味深いのは左右の側壁、右側は丸っこい普通の石材ですが左側は板状に加工した石を使っています。なんでこんなに違いがあるんだろ。7C中頃の方墳だそうです。20号まで一旦戻って更に少し北側に降りた所に14号の案内板があります。それに従っていくと(はっきりした道はない)巨石の露出した場所がありそこから左側に下っていくと麓近くにあるのが14号、だけどよく見たら山津屋14号だった。石室側壁が露出している程度で内部は埋まっています。後はここから道に従って北に下っていくと元の場所に出られます。そこに黍田11号の移築石室がある。

金剛山3号
ヤッホの森を一度出て県道442号を東側から廻って南に出て襲来内を通る道路と交わる辺りから100m程行くと左側に瀟洒な一軒家があるのでその北側丘陵麓にあります。丘陵は猪防柵が巡らされているが古墳は幸いその外側、背の高い墳丘がよく残っています。ところがぐるっと周りを回っても石室が開口していない。3号とつくくらいだから他にもあるのかなと思ったけどよく見たら南側の開口部が丸太で塞がれていました。幸い置かれているだけなので2,3本外して中に入らせて貰いました。羨道はやや土砂が流入しているが石室自体は玄室とともによく残っています。やや持ち送りのある玄室は背が高く特に奥壁は正真正銘の1枚石の巨石です。左片袖式。
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