壇特山古墳群

兵庫県姫路市 2014年4月訪問

壇特山古墳群
前方後円墳1、他(2,3号は仮番号)

1号
前方後円墳、TL50,R26,RH3,FW12,FH1.5
位置:34°49′07″N 134°35′42″E

尾根筋先端にある墳丘、低くて目立たない


細長い高まりがあるが前方後円墳らしい姿ではない


左(東側)が後円部


2号
尾根筋にある墳丘、4号から下って行くと出会う


割と大きな墳丘、石材などは露出せず


尾根筋下方から、山道が通っている


3号
小さな墳丘、尾根筋から外れているので最初は見逃した


墳頂部が窪んでいる


4号
横穴式石室
位置:34°49′10″N 134°35′43″E

登山口から上って行くと最初に出会う、多少高まりが残っている程度


現状の墳丘から少しずれた位置に石室露出


こちらが奥壁側、前の写真で分かるように両側が開いている


側壁露出、側面にも開口部


石室内部、奥壁は平石を積む


奥から外、両袖?


側壁開口部から、左が羨道入り口のはずだがこれでは開いてないよ


(見学記)
姫路市勝原区下太田、こちらも太子町とまたがる壇特山南側尾根筋にある古墳群です。市営勝原住宅背後から登り口があり100m程登ると尾根筋にすっかり露出した石室が見えます、これが4号、墳丘は多少高まりが残る程度、石室自体はそれ程破壊されていないようですが内部はかなり埋没、奥壁両側と側壁の一部が開口しています。奥壁側ははっきりしているのですが羨道入口側がはっきりしない、下部が埋まっているのではっきりしませんがそれでも開いているような感じではない。ここから南側尾根筋に下って行くと鞍部手前で小さな墳丘(仮3号)、更に鞍部に大きな墳丘があります(仮2号)。更に南に行くと尾根筋先端に1号、全長50m程度の前方後円墳ですが細長い高まりが残っているだけです。

四ツ塚古墳群

兵庫県姫路市 2014年4月訪問

前方後円墳2基(以前は円墳4基と思われていたので名前が四ツ塚)

才北山古墳
前方後円墳
横穴式石室2
前方部石室、全長4.5m、玄室長3.2,幅1.7,高2.1m
後円部石室、全長6.5m、玄室長3.5,幅2,高2.4m
位置:34°49′06″N 134°37′35″E

1号(前方部)
山道から逸れて小道に入ると見えてくる


長い石室の天井部が露出


玄室開口部、玄門上辺り


台形断面の背が高い石室


〃縦位置、それ程巨石ではない


奥から外、右片袖式


〃縦位置、上部石組みが少し変わっている


長い羨道も残っているが殆ど埋没


2号(後円部)
山道脇にある墳丘、これが後円部、表示板は小さいが見逃すことはないでしょう


開口部、”四塚2号墳後円部南石室”等と書かれていて説明も若干混乱


羨道前部が埋まるも良好に残る


背の高い台形断面の玄室、前方部とそっくり


〃縦位置、床面の石は石棺破片なんでしょうか


奥から外、左片袖式と前方部とは逆、玄門上部の石組みが縦2列になっている、これも前方部石室と似ている


〃縦位置


羨道奥から


才山古墳
前方後円墳
横穴式石室2
前方部石室、全長4.5m、玄室長3.2,幅1.7,高2.1m
後円部石室、全長6.5m、玄室長3.5,幅2,高2.4m
位置:才北山古墳下方

3号(前方部)
石室正面、前部は少し壊失か


石室良好だが才北山古墳とは随分違う、無袖式だが両側に埋め込まれたような袖石がある


左側袖石、明らかに周りの側壁材とは違う


縦位置


奥壁下部は埋まっているが多分1枚石


奥から外、側壁は殆ど持ち送りがない


4号(後円部)
山道から見えている石室


ここは奥壁側、右側が奥壁


内部はかなり埋まり天井は傾く等状態は悪い


こちらは羨道入口側、天井石露出


羨道は割と良好、やや右に傾いているか


中間辺りにも隙間がありここからも入れる


この辺りが玄門、右に袖石がある


玄室、ここから奥に行くのは困難


奥壁は下が埋まるが平石3段積みか、前方部石室とも才北山古墳とも異なる


玄門辺りから見た羨道


古墳
中間辺りにありました、天井石っぽい、下の方にも構造があるような


(おまけ)
案内板
鞍部にあるハイキング用案内板、古墳のはその下の小さな板切れ


京見山
古墳群手前のピークから遠望した京見山、標高216m、往復で通ったが古墳群に行くには手前の鞍部経由の方が楽


(見学記)
姫路市広畑区才、太子町とまたがる京見山丘陵にある古墳群です。名前の通り4基の古墳があるので四ツ塚ですが今は前方部後円部にそれぞれ石室を持つ2基の前方後円墳と考えられています。京見山から下っていった鞍部に地名の案内表示がありそこに小さく四ツ塚古墳群の案内もあります。そこから登って行って丘陵平坦面からやや下った場所に四ツ塚古墳の小さな表示があリます。それが前方後円墳の才北山古墳、上側前方部の石室が四ツ塚1号、羨道は殆ど埋まっていますが天井前部から中に入れます。持ち送りの強い一様な傾きを持った側壁で天井部は細長く狭い。奥壁側壁とも小型石材を積み上げています。すぐ下側のが後円部石室で四ツ塚2号で羨道玄室とも良好に残っています。1号とほぼ同様の構造ですが1号が右片袖なのに対してこちらは左片袖です。玄門上部の石組みが縦2列になっているのが変わっている。1号の方も多少その傾向があります。更に山道を下って行くと案内はありませんが右脇に逸れる小道がありすぐ古墳があります。これが前方後円墳の才山古墳、前方部石室の四ツ塚3号は内部にやや土砂が流入していますが石室自体は良好、無袖式で持ち送りもあまりなく奥壁は下部が埋まっているが多分巨石1枚石と他の3基とは随分構造が違っています。下側にあるのが四ツ塚4号羨道は埋まり気味ですが奥壁側の天井隙間から何とか入れるけどかなり土砂で埋まっています。ここは左片袖で奥壁は平石を積み重ねるなどやはり1,2号とはかなり異なっています。3,4号が前方後円墳だとすると前方部が尻尾を持ち上げたようにかなり上になるな。1,2と3,4号の間に天井席らしき平石が露出していました。少し跳ね上がっていて下の石組みを見ても石室かな。私は南側麓にある京見会館から京見山経由で行ったので写真撮影も含めて往復2時間以上かかりましたが有名なハイキングコースのようでいろんなコースがあり鞍部に直接行けば1時間位で済みそうです。帰りは京見山を通らず脇道を行こうかと思いましたが下手に行って迷ったりすると嫌なので結局同じコースで帰りました。ちなみに案内のある鞍部から京見山まで標高差90m,古墳群手前のピークまで60m程の差があります。

下野群集墳

兵庫県姫路市 2012年3月訪問

横穴石室を主体とした32基

1-5号、6-10号12-14号17-21号22-24号25-28号29-33号←(クリックでジャンプ)

全景:丘陵麓南北400mにわたって分布、画面右端辺りが北端、南端は左画面外側、中央建物辺りから林に入れる


1号
横穴式石室、全長6.7m、玄室長3.4,幅2m
位置:34°48′54″N134°38′02″E

最南端、石室露出


これが正面か、天井石傾く


中程から入り口側


2号
横穴式石室、全長6.8m、玄室長4,幅2.1m

墳丘


石室正面


横から、大きく崩壊


横が奥壁、右正面が板石状の側壁


後方から、奥壁も板石状


3号
墳丘、頂部に僅かに石材露出するのみ


4号
墳丘上部に天井石露出


加工されたような天井石、石室埋没


5号
石室正面


後方開口も内部殆ど埋没


6号
低い墳丘に天井石露出


巨大な天井石、内部殆ど埋没


後方から


横から、左が奥壁側


8号
あるかないかの墳丘


9号
低い墳丘が残る


10号
横穴式石室、全長8.1m、玄室長3.3,幅2,高2.5m

墳丘、これでも残っているほう


石室正面


横から見るとかなり不安定な状況


石室内部は良好


側壁も殆ど持ち送りなし、右奥の側壁が手前より不連続な感じ


三段積みの奥壁、細かな石を詰めて調整


巨大な天井石


奥から外、片袖式、袖石上部が尖っていて上が不安定


12号
横穴式石室、全長7.5m、玄室長3.4,幅2.1,高2.2m以上

良好に残る墳丘


石室正面は隙間程度


奥壁側が開口


奥から外、片袖かな


羨道残るも殆ど埋没


土砂流入で奥壁は殆ど見えず


13号
僅かに高まりが残るがよく分からず


14号
低い墳丘、ほぼ裸なので分かりやすい


17号
横穴式石室、全長8.7m、玄室幅1.8,高2m

群中最も良好な墳丘


石室正面、かなり埋まる


開口部から覗いた石室、床面に礫が敷かれる


石室は良好


巨石の鏡石を据えた奥壁、奥壁手前に区画があるようだ


奥から外、無袖かな、右側の側壁は土圧で傾いているようだ


19号
僅かな高まり


20号
墳頂に石材露出程度


21号
横穴式石室、玄室長2,幅1.5m

そこそこ残る墳丘


墳頂に小型石室露出、天井石も動かされているようだ


全部は埋まり後部が見られる


奥壁


22号
横穴式石室、全長9.6m、玄室長3.7,幅2,高2.6m

大きく口を開けた開口部


開口部から見た石室内部


羨道玄室とも良好に残るが水たまりがあって奥に入れず


玄室、右端に見えているのが袖石


左側壁


キノコ型とでも言いたくなるような奥壁


24号
横穴式石室、全長6.4m、玄室長3.4,幅2.2,高2.3m以上

墳丘良好


開口部、手前の石はずり落ちた天井石か


持ち送りのない玄室


奥壁は4段


奥から外、片袖式


25号
横穴式石室、全長9.2m、玄室長3.4,幅1.7,高1.8m
箱式石棺、0.9×0.5

高い墳丘が残る


天井石が露出


奥壁側が開口


内部はかなり歪む


こちらが入り口側、左の分厚い石は箱式石棺蓋石


奥壁側、縦長の奥壁に両側に小型石材を詰める


中央辺りに置かれた箱式石棺、長軸が石室主軸と直行している


26号
割と残る墳丘


頂部が窪み天井石露出


こちらが正面側か、内部埋没


28号
墳丘は割と良好


破壊された石室露出


29号
横穴式石室、全長4.8m、玄室幅1.2,高1.4m
箱式石棺、1.60×0.75×0.60
組合式石棺底石
位置:34°49′09″N134°38′04″E

最北端にやや孤立して立地


開口部、前部はやや壊失しているもよう


石室良好、持ち送りのない側壁、奥に箱式石棺、手前に石棺底石


石室中程から、側壁の石材は小型


上部が尖った鏡石を据えた奥壁、手前に礫が敷かれている


箱式石棺、内部にも礫が敷かれる


石棺奥から、赤い顔料が残る、円紋?


石棺底石


奥から外、無袖かな


30号
低い墳丘が残る


巨大な天井石露出


32号
低い墳丘


破壊された石室が僅かに露出


33号
墳丘は残っているほう


頂部に天井石露出


石室はすっかり埋没


(見学記)
広畑区才、夢前中学校北側丘陵の東側麓辺りに400mに渡って分布する総数32基からなる古墳群です。こちらは現在全く整備されていないので見学には分布図必至です。丘陵麓に水路が流れているので渡る場所がなく北側にある青い水門辺りで入ることが出来ました。入ってすぐ上部に石材が散乱した古墳があったが何号墳だか分からず仕方なく一番北側にある29号を目指しました。ここは石室内部に箱式石棺があるので分かるけど他の古墳と離れすぎていて参考にならず、その後南下して良好な石室が残る24号や奥壁側が開口している25号を見つけてやっと分布図との対応が分かり始めました。以後少しずつ南下しながら見学していったけど藪が濃くて見通しがきかない場所もあり分布図との対応もなかなか大変です。最南端の1号に達する頃は5,6時間過ぎてしまいました。それでも見学しがいのある古墳群です。住宅街南端に袋小路になっている道路があってここが少し広くなっていて駐車可。ここから1号は目の前らしいですが入っていく山道が分からず水路沿いに北に300m程歩いてやっと水門から入ることが出来ました。

山所群集墳

兵庫県姫路市 2012年3月訪問

見学しやすいのは2基

4号
横穴式石室

8号後方50m辺り、後方を道路が通っていて墳丘一部破壊


玄室側壁上部が開口


奥壁は巨石1枚石、後ろに下がれないので広く写せない


側壁石材は小型だが積み方は緻密


入り口側、天井石が落下して塞いでる


8号
横穴式石室、全長7m、玄室幅1.5,高1.5m
位置:34°49′23″N 134°38′59″E

墳丘は割と良好に残る、竹が密生して見づらい


南向きに石室開口


巨大な天井石が少し傾く


巨石を使用した石室良好、中間辺り床面にしきみ石がある


奥に隙間があるせいか、太い竹が生え奥壁が見づらい


奥から外、無袖かな


〃(縦位置)


(見学記)
広畑区蒲田、名前は群集墳ですが見学しやすいのは4,8号の2基のみです。住宅街の北側山裾から谷筋奥に入っていく広い舗装道路が途切れて細い舗装道路に右折する辺りの下側に4号があります。道路で墳丘が一部破壊されているようですが上から覗いてもまず古墳とは分かりません。石室前部は埋まっていて奥壁辺りがなんとか見られます。その下2,30m辺りにあるのが8号でこちらは墳丘石室とも良好で石室残存長6m程度、奥壁は巨石1枚石で無袖式だが床面にしきみ石があるようです。天井一番奥に隙間があって竹が生えているのが残念。先の細い舗装道路から竹林に入っていけるので8号を先に見学した方がよさそうです。広い舗装道路は交通量皆無の状態なので駐車可。

付城古墳群

兵庫県姫路市 2012年3月訪問

2基

1号
横穴式石室
位置:34°48′54″N 134°38′49″E

雑木林の中に石室露出、手前に落ちているのは天井石でしょうか


石室正面、この辺りはまだまだなんですが


ホームレスが住んでいたため仕切がある、左右の平石辺りが玄門でしょうかちょっと変わった構造


石室後部は破壊されている


内部はゴミ溜め状態


ゴミを避けて上向きに撮影、巨大な天井石、底部は平面に仕上げている


2号
横穴式石室

石室正面、入り口はかなり埋まる


内部も大分埋まりゴミ散乱、奥壁は巨石1枚石


左側壁も巨石


右側壁


露出した巨大な天井石、周辺は1号以上にゴミが散乱しています


(見学記)
苫編、JR英賀保駅北方500m程の雑木林の中にある2基からなる古墳群です。側の住宅地に行くだけでも行きづらそうだったので敬遠していましたが今回やっと行ってきました。住宅街から家庭菜園の中を通って雑木林の中にはいるとすぐ1号墳があります。石室がすっかり露出、内部もかなり埋没していて奥の天井石も動かされているようです。ここから獣道を通って西に行くと2号があります。大きな墳丘が残っていて巨石が露出僅かに開口していますが内部はかなり埋まっているが1号より大きそうだ。両方ともとにかくゴミの山、特に1号なんかは墳丘自体がゴミの山となっていてせっかくの巨石墳が台無しです。地元の方の話によると長い間ホームレスが住み着いていてこうなったとか。立ち退いて貰ったそうですがゴミの山はそのままになっているようです。土地の所有者にしてもわざわざ掃除しても価値が上がるわけでもなく教育委員会あたりが何とかしてくれないかな。

阿保百穴群集墳

兵庫県姫路市 2012年3月訪問

豊川稲荷神社から南側の谷筋に横穴式石室多数分布

1号
鳥居を潜ると左手にある、天井石露出、内部埋没


2号
位置:34°48′26″N 134°42′55″E

南側祖道神社境内にある


石室が神社として利用されていたようだ


天井石露出、状態はよくない


巨石の天井石


玄室内部、奥壁と左側壁


右側壁は更に状態悪い、奥に見える建物脇に3号がある


3号

建物脇にある一応開口部


多少埋まるが状態はそれ程悪くなさそう


A号
天井石1枚露出のみ、主な石室には地元有志の表示板が立つ


B号
ABC・・・の付く石室にしてはいい方


右側の石が奥壁、かなり薄い


上記反対側、天井石が傾く


C号
天井石1枚露出のみ、内部殆ど埋没


H号
表示板があるだけ、分け分からず


I号
これも同様


11号
草刈りされて表示板が見えている


墳頂部に狭い開口部


石室は良好に残る、持ち送りもない


基部に大型石材を据え上に何段か積み重ねる


奥から外、こうやってみると状況悪い


12号
小さな谷の向こうに大きな墳丘が見える、右が北側


天井の開口部、ここから入ると出るのは難しい


北向きに開口


入り口から撮影、隙間があるから玄室が明るい


玄室、鏡石らしい巨石1枚石の奥壁


玄室奥から外、羨道天井が下がる、まぐさ石はなさそうだ


羨道奥から、石がゴロゴロ


13号
表示板があるから分かる程度


天井石露出、内部埋没


14号
分水嶺に立地、天井石露出


手前段差あたりが玄門辺り、この隙間から入るのは無理


正面開口部からの撮影、ここから入れないこともないが


ハの字型断面の玄室、左上の隙間から中に入れる


奥壁側壁とも小型石材を積み重ねる


奥から外、片袖式


〃(縦位置)


羨道奥から、結構よく残っている


(見学記)
四郷町東阿保、豊川稲荷神社から南側の広い谷筋に分布する古墳群でこちらも地元保存会の方によって整備され見学しやすくなっています。稲荷神社の鳥居を潜って左側にあるのが1号ですが巨石天井石が1枚あるのみ、南側にある祖道神社境内に2,3号、2号はすっかり露出した石室で羨道側は崩壊していますが玄室はなんとか空間が残っています。天井石が1枚石の巨石でおの重みのせいでしょうか奥壁が仰向けに傾いています。社殿奥にあるのが3号で脇にある穴からカメラを突っ込んで撮影すると石室がなんとか残っています。わざわざこの為に開けたんでしょうかね。この後は細い道沿いに見学することになりますが石室の中に入れるのは11,12,14号程度でしょうか。17,18号も良好のようだけど見つからなかった。12号はこの群の中では一番良好に墳丘が残っています。手前に深さ2,3mの沢があるけど幸い水が流れていなかったので超えていくことが出来ました。他の石室の例から開口部は南側だろうと思ってそちらに廻ったら何も無し、墳頂に上がると天井石が露出して隙間から内部が見えました。入ったら出るのは無理そうなのでカメラを突っ込んで撮影していたら羨道開口部が見える、慌ててそちらに廻ったらポッカリ開口していました。入り口は狭いですが入るのはそれ程困難でなく羨道玄室とも良好、天井に隙間があるので内部も明るく見学容易で奥壁は砲弾型の巨石1枚石です。両袖型かな。あらためて墳丘を見てみると確かに北に緩やかに下がる緩斜面だけどこれだけ何故北向きなんだ。谷奥が鞍部になっていてそこを左(東)に登りすぐ山道が二又に分かれているので右を登っていくと石室天井石が露出しています。墳丘は殆ど分かりませんが羨道まで天井石がよく残っています。僅かな隙間がありますが入るのは無理だろうなと思っていたら奥壁辺りに隙間があってそこから中に入れました。右片袖式の細長い石室が羨道までよく残っています。神社に広い駐車場有り、でもそこに入っていく道は大変狭い。

火山群集墳

兵庫県姫路市 2012年3月訪問

13基

遠望:見野長塚辺りからの長め、丘陵麓辺り一帯に分布


9号
石材が2個転がっているだけ


A号
地元有志が表示板を立てている


10号
横穴式石室
位置:34°48′07″N 134°44′14″E

斜面やや上方にあり僅かな高まりが残る


開口部、石室前部は破壊


石室後部は良好、持ち送り無し


奥壁は巨石1枚石


奥壁前、箱式石棺でしょうか


側壁脇に箱式石棺があるもよう


奥から外、天井石が随分出っ張ってる


C号
墳丘周りの石でしょうか



11号
横穴式石室

石室殆ど露出


南側、こちらが入り口側


奥壁側が破壊されトンネル状


後方斜め上から


墳丘の高まりは残る


細長い石室


奥から外、多少埋まる


〃ストロボ無し


12号
横穴式石室

こちらも石室露出


入り口天井石が割れて塞ぐ、天井石が平石に加工されている


前部天井石が抜かれて開口


玄室後部、奥も天井石が抜かれる


奥から外


天井石が折れた様子、やはり人為的に割られたんでしょうね


古墳?
群の南端辺りにあった


一見外護列石にも見えるが古墳らしくは感じなかった


(見学記)
四郷町本郷、大歳神社のある丘陵麓一帯に分布する古墳群で竹林の中にありますが地元保存会のおかげで見学しやすくなっています。なお近隣に同名の神社があるので注意が必要(あやうく間違えそうになったよ)。神社から南側の竹林の中に入っていくとビニールテープで通路が示され古墳の脇には手作りの表示板もあります。ただ封土も流失して石室が露出しているのが殆どです。群集墳という割にはそれ程多くはなく今の所見学しやすいのは10,11,12号くらいでしょうか。竹林南側出口辺りで一見良好な墳丘のようなのがあったけど古墳ではなさそうだけど自然地形でもないしなんだろう。このまま南に出ると近くの水田の中に見野長塚古墳があります。前方後円墳ですが殆ど僅かな高まりがあるだけです。神社に駐車場無し。

見野長塚古墳

兵庫県姫路市 2005年3月訪問、2012年再訪

前方後円墳、TL34、6C前半
位置:34°47′54″N 134°44′05″E

(05年)
水田の中に僅かな高まりが残るのみ、これでも石室が2基あったそうだ


(12年)
看板と説明板が設置されていた


墳丘図(説明板より)これを見ると現墳丘両端に石室下部が残存しているようです


(見学記)

四郷町見野の水田の中にある前方後円墳です。と言っても僅かな細長い高まりがあるだけ。すぐ西側の集落内には案内表示があるのに古墳の側には何もない。前回も探しに来てこのすぐ側まで来た覚えはあるのだが見つけることが出来なかった。たとえ目にしていても古墳として認識しなかったかも知れない。

坂元山古墳群

兵庫県姫路市 2012年3月訪問

10基(竪穴6,横穴4)、見学可能は3,4号のみ

入り口:県道脇に大きな看板がある


3号
横穴式石室
位置:34°48′41″N 134°43′09″E

下草が伐採されて見学しやすくなっている


天井石2枚露出、石室前部は破壊埋没


玄室後部残存


玄室内部、奥壁より側壁の方が大型石材


奥から外、殆ど埋没


4号
横穴式石室

3号すぐ上にある


天井石2枚露出、内部埋没


(見学記)

四郷町東阿保、埋文センターから県道を南下しY字路を右に曲がって登っていき300m程で表示板が出ています。ここから雑木林の中に入っていくと3号墳があります。墳丘は殆ど流失し天井石が露出、内部も大分埋まっていますが平石を重ねた奥壁が見えています。3月だというのに内部はキノコ畑だった。すぐ上に4号がありますが天井石が2枚露出している程度、他の石は全く見えず石室の様子は分かりません。林や藪が刈り払われているので見学しやすい。他に横穴石室墳2,丘陵尾根上に竪穴石室墳が6基あるようですが見学しやすいのはこの2基だけのようです。県道には駐車できるような場所がありません。

中鈴山古墳

兵庫県姫路市 2012年3月訪問

位置:34°48′31″N 134°43′42″E

大きな看板が出ているので楽勝とおもったのだが


苦労して見つけたけど、エーこれっ!


石室でも横穴古墳でもないような


(見学記)

四郷町中鈴、ウォーキングマップに載っていたので行ってみました。独立丘陵の中腹にあるようで天満宮参道を登っていくと右手に小さな公園がありその奥に大きな案内表示があります。これなら楽勝かと思いきやその後が難航、やっと見つけたけどなんじゃこれと言った状態でした。マップに記載された文章をそのまま引用すると
”中鈴山の尾根上に古墳時代後期の円墳があります。箱式石棺が確認されており、播磨地方で唯一の横欠の可能性があります”
横欠は横穴のミスだと思うけどそれにしても円墳で横穴?、意味不明な文章でした。実物を見ても横穴じゃないような気がする。
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋
ブログ館

へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。

ブログ内検索
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
最新記事
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

各県市町村別
最新コメント
リンク
QRコード
QR