片山古墳群

岡山県赤磐市(旧赤坂町)2014年1月訪問

2基

全景:谷の奥、左斜面に1号、右斜面に2号、撮影地でさえ既に谷の奥なんですけどね


1号
横穴式石室、玄室長3.5,幅1.8,高1.3m(現状)
位置:34°50′32″N 134°01′47″E

斜面麓辺りに立地、墳丘殆ど流失、段差になっていて前部崩壊


露出した天井石


内部は多少埋まるも良好


奥壁は平石を積み重ねる


奥から外、無袖かな、最前部天井が一段下がる


2号
横穴式石室、1.5,1.7,1m(現状)
位置:34°50′29″N 134°01′46″E

山道から藪の奥に見えている


石室はかなり破壊され状態はよくない


奥壁辺りが何とか残っている


1号とよく似た奥壁の積み方、切り石状でこちらの方が新しいかな


左奥壁、右側壁


見学記
赤磐市惣分、福市八幡宮北東200m辺り谷奥の更に支谷の両側に分布する2基からなる古墳群です。見通しも悪くなんでこんな所にと言った場所、しかも1号は一応谷北側の南向き斜面だけど2号は反対側の北向き斜面で住宅物件ではないけれどかなり立地が悪そう。1号周辺に幾らでも立地出来そうなのにね。1号は斜面麓辺り元は果樹園だったそうで段差部分にあり墳丘殆ど流失石室前部は崩壊しています。内部は土砂が流入入り口にも木が生えていますが何とか入れます。側壁奥壁とも小型の石材を積む。2号は1号のほぼ南側で側を山道が通ってますが藪の中でちょっと分かりにくい。石室はかなり崩壊し奥壁辺りが何とか残っています。奥壁の積み方は1号とよく似ていますが切り石状でこちらの方が新しいかな。谷の中を舗装路が通っていて行けるとこまで行くと行き止まりなので駐車可。

塚畑古墳

岡山県赤磐市(旧吉井町)2014年1月訪問

横穴式石室、4.7,1.5,1.5m(現状)
位置:34°52′40″N 134°01′37″E

民家敷地の間から見えています、これは訪問後なので普通は開口部は分からず


よくある段差部分に開口、石室確認の為少し開けたけどその前は全く見えてなかった


横から、墳丘は全く分からず


石室内部はやや埋まるも割と良好、多少掃除した後


奥壁も側壁と変わらない小型石材、最奥の天井が1段下がる、天井石落下寸前


奥から外、右片袖かな、最前部の天井石も1段下がっている


見学記
赤磐市仁堀東、丘陵麓近くの緩斜面に構築された古墳です。階段状の水田の段差部分に開口していますが墳丘の高まりもないし入り口も藪で隠され一見分からない状態です。でも内部を覗くと細長い石室がよく残っています。側壁奥壁も中小型の石材、右片袖でしょうか天井部も一段下がり玄室と区別しているようです。手前の民家に白い蔵のようなのがあるのが目印。段差部分に開口しているのはよくありますがここまで偽装されているのも珍しい。

高田古墳群

岡山県赤磐市(旧吉井町)2014年1月訪問

3基

1号
横穴式石室
位置:34°53′23″N 134°04′34″E

完全露出した小型石室、背後の民家敷地内に2号がある


石室正面、羨道壊失


石室内部、これでよく崩壊しなかったなと思うレベル


石室背後、枯れ葉が積もっているが封土は全くなし


2号
横穴式石室

民家敷地内、前の道路から見えている


石垣の中でなく少し前にあるようだ


石室正面、左右の袖石が幅広い


石室内部、状態はよくない


3号は基底部のみ、勘違いで見つけられず

見学記
赤磐市稲蒔、3基からなる古墳群です。集落の一番上(南側)の民家敷地内にあるのが2号で石垣部分に開口しているのが道路からも見えていますが内部は埋没しています。その東側ため池との間にあるのが2号で小型の石室が完全露出しています。後ろ半分くらいしか残っていない模様。完全露出でも大型の石材だと自らの重みで安定して立っていられるだろうがこれ程の小型で崩れずによく残っているもんだ。更に上の方に鬼子母神堂がありその手前に3号石室基部が残っているそうだ。ため池東側にもお堂がありそれを鬼子母神堂と勘違いして見つけられなかった。

八塚古墳群

岡山県赤磐市(旧赤坂町)2011年2月訪問

双室墳に見えるが単なる移築


左1号、右3号、敷地に余裕があるから分ければいいのに


1号
横穴式石室、玄室長4.6,幅1.2,高1.8m
位置:34°47′55″N 133°58′43″E

手前のは落下した天井石でしょうか


石室正面


背の高い玄室


〃(縦位置)奥壁は分かりづらいが2段積み


奥から外、左側石が突き出ているがそこまで復元するとは思えず移築後突き出てきたのかな


3号
横穴式石室、玄室長2.9,幅1.1,高1.4m

石室正面、左右で残存状態が違う


割石乱石積みの玄室、一見して1号より古い


〃(縦位置)手前2枚の天井石は花崗岩のようで後から補充したのかな


奥から外


(見学記)

赤磐市山口、県道53号を更に西に行き岡山市に入る少し手前辺りで右に入る細い道があります(入り口が一応とうせんぼされている)。2,300m程行ったまだ工事中な感じの場所に1,3号の石室が移築されています。一見双室墳な趣、左側の大きいのが1号、奥壁は2段積み天井石も巨石でなかなかの物、右側3号、こちらは規模も石材もやや小形、奥壁も側壁と同じような乱石積みです。野山で見つけたのなら規模も大きく状態も良好で嬉しいだろうけど移築だとちと味気ない。それにしても説明板も何もないけどここはどうするんでしょうね、公園でも造るのかな。入り口辺りに駐車可。

弥上古墳

岡山県赤磐市(旧熊山町)2001年4月訪問、2008年再訪

前方後円墳、TL30、後期後半
横穴式石室、現存長9m
位置:34°46′19″N 134°03′42″E

石室開口部


背の高い玄室、左に大きく歪んでいる


〃(縦位置)


巨石2枚を縦に並べ上に平石、隙間のない巧みな積み方


奥から外、袖石を立てた片袖式


(見学記)

JR万富駅から県道254号を北上し、熊山町に入ってすぐ道路が大きくカーブしている辺りにあります。全長30mの前方後円墳ですが後円部がかなり削られていて前方後円墳とは分かりにくい。西側平野に向かうように石室が開口、右片袖式で現存長9m程、割とよく残っていますが全体に北側に傾くように歪んでいて、特に左奥の側壁は孕んできていて奥壁の一部に重なってきています。中から木棺や陶棺が確認されています。

鳥取上高塚古墳

岡山県赤磐市(旧赤坂町)1988年1月訪問、2003年再訪

前方後円墳、TL73,R30,FW39,RH8、6C後半
横穴式石室、玄室長7.8,幅2.7,高2.7m
位置:34°46′38″N 134°00′26″E

墳丘遠望、溜め池堤防の一部と化している


石室入り口、羨道先端(手前)は堤防の下に埋まっている


玄室、県内でも有数の規模


奥から外


前方部側にある陪墳、以前は箱式石棺が露出していたが埋め戻された


(見学記)

溜池の北側,堤防脇にある全長67mの前方後円墳ですが前方部は低く全体の墳形もはっきりしません。後円部の堤防側に石室が開口していて羨道は低くかがんで入らなければいけませんが、玄室は以外と大きく長7,7m、幅2.7m、高2.6mの大きさです。羨道の一部はは堤防の下に埋まっているようです。なお「日本の古代遺跡(岡山)」では鳥取高塚古墳となっています。町史跡。
北側の畑の中に陪墳があって墳頂に箱式石棺が露出していましたが,現在は埋め戻されています。畑にいた人の話では以前発掘中に祟りのようなことがあって埋め戻したそうです。他の古墳でも似たような話を幾つか聞いたことがありますが私自身は多くの石室には行ったにも関わらずこのような経験はありませんね。不信心のせいか,それとも単なる鈍感なのか。最もこんな経験があったら石室など怖くて入れませんけどね。

トンギリ山古墳

岡山県赤磐市(旧熊山町)2008年3月訪問

前方後円墳
横穴式石室
位置:34°46′33″N 134°05′41″E

西側から見た墳丘、背の高い後円部が残っている


東側から、左手に短い前方部、画面ほぼ中央に石室開口


開口部


羨道


玄室、実際は真っ暗


乱雑な積み方の奥壁


奥から外、両袖式


(見学記)

現赤磐市徳富、県道96号沿いにある徳富公会堂の道路向かいやや北側から水路沿いの小道を入り廃屋に突き当たって左の道を20m程行くと大きな墳丘が見えてきます。山裾の斜面に構築された帆立貝式の古墳で後円部の背が高く墳丘は大変良好です。後円部中腹北東向きに石室が開口しているが入り口はかなり狭い。羨道はだいぶ埋まっていますが玄室と共に良好、玄室は両袖式で側壁奥壁とも割石積み、奥壁は随分雑な積み方をしている印象を受けます。墳丘石室とも良好なのに天は二物を与えずと言ったところでしょうか。公会堂南側の公園脇に駐車スペースあり。

多賀神社古墳群

岡山県赤磐市(旧赤坂町)2006年2月訪問

10基以上

2号
_1:箱式石棺


4号
円墳、R11
位置:34°48′49″N 134°00′56″E

墳丘が削られ箱式石棺3基露出


左側の箱式石棺


内部、赤い色が残っている


中央の箱式石棺


内部


(見学記)

同町多賀、ファームがある谷奥に向かって左側の高い尾根に多賀神社がある(右側にも神社分社があるので注意、と間違えた私が言っている(笑))。本殿西側にあるのが4号、大きな墳丘のようだが半分以上削平され3基の箱式石棺が露出している。内2基は内部が覗け赤い顔料が残っているようだ。このすぐ西側にも小さな墳丘がある。本殿も古墳の上に建っているそうだがその背後南側には随分余裕があるのに北側にある拝殿前はあまり余裕がない。古墳上に本殿を建てた為柔軟な配置が出来なかったんだろうか。帰りがけに鳥居前の林際にも箱式石棺があるのに気がついた。林の中にも削られた墳丘の高まりがありそれから考えると原位置のままなのかもしれない。すぐ東側にも隣接してもう1基墳丘がある。これが1,2号だとすると本殿のが3号で次が4号と番号がうまくつながる。

西高月古墳群(両宮山古墳他)

岡山県赤磐市(旧山陽町)1988年1月訪問1994年4月再訪

小山古墳
前方後円墳、TL55,R35,FW16、4C末
舟形石棺
位置:34°43′52″N 134°00′44″E

西側墳丘側面、小型ながら整った姿をとどめてる


南東上方から


東側側面


舟形石棺破片


社殿の後に散らばっている


朱千駄古墳
前方後円墳、TL60、5C
長持形石棺
位置:34°43′50″N 134°00′08″E

山裾にある墳丘


県立博物館に展示されている石棺(奥)、手前のは岡山市八幡大塚古墳(消滅)出土石棺


茶臼山古墳
円墳、R20,H5
位置:34°44′15″N 134°00′13″E

墳丘


奥に見えているのが両宮山古墳


廻り山古墳
前方後円墳、TL65
位置:34°44′08″N 134°00′37″E

森山古墳からの遠望


墳形はかなり変形


森山古墳
前方後円墳、TL85,RH9、5C末
位置:34°44′06″N 134°00′27″E

廻り山古墳からの遠望


前方部はすっかり平らになっている


両宮山古墳
前方後円墳、TL190,RH20
位置:34°44′13″N 134°00′18″E

南側の堤から見た墳丘、周囲に広い周溝が巡る、県内第3位の規模


後円部北東側周溝、北側の周溝は田圃となっている


(見学記)

岡山市内から県道27号を北上すると山陽町の盆地状の地形の西側山際に5基の前方後円墳からなる4C末~5Cの古墳群です。現在盆地の真ん中に高速道が走っていて景観を著しく損ねているのが残念。

両宮山古墳
山陽町穂崎,県道27号のすぐ北側にある全長190m,後円部径104m,高21.7m県内第3位の大型前方後円墳です。墳丘の保存状況もよく両側に造出も残っていますが全体が森になっていて墳丘上に行けるのは前方部にある神社までです。ここに説明板が立っていますがこちらは両宮山古墳群となっています。この説明板の位置も別の位置にした方が多くの人に見て貰えると思いますが(こういう例はよくありますね)。廻りに広い周溝があって現在南側に堤防があり北側を除いて水が貯まっていますが古墳が緩斜面に位置していますから本来は水は貯まっていなかったんじゃないでしょうか。北側に陪墳の茶臼山古墳があり径20mの円墳ですが前方後円墳集成ではこれも前方後円墳となっています。両者とも国史跡。

森山古墳
両宮山古墳の県道を挟んだすぐ南東側水田の中に位置する全長85mの帆立貝式古墳です。廻りが開けていて墳丘も畑ですから廻りをぐるっと回って観察できます。墳丘の保存状況も比較的よく周溝の跡も地割りとして残っています。前方部は低く平らで大きめの造出と行った感じですね。

廻山古墳
森山古墳の東側,水田の中に位置している全長45mの前方後円墳ですが墳丘の改変が著しくとても前方後円墳とは見えません。県史跡。

朱千駄古墳
盆地の南側山麓,阿部に位置する全長65mの前方後円墳ですが,現在南側に溜池があり、その堤防のようになっています。名前の由来は明治時代の盗掘で大量の朱が出土したことによります(すぐ想像はつきますね。又後円部から出土した竜山石製の組合式長持ち形石棺が県立博物館に保存されています。県史跡。

小山古墳
朱千駄古墳の東方,盆地南側の火打山麓に位置する全長53mの前方後円墳です。後円部に神社があり前方部が参道になっている以外墳丘の保存状況はよくシンプルな形が良く見えます。神社の建物背後に阿蘇石製の舟形石棺の破片があります。破片ですが特徴のある蓋の丸みや両端の縄掛け突起が見えています。すぐ近くにある同規模の朱千駄,小山古墳の石棺の違いが興味深いですね。なお火打山を越えた南側麓(瀬戸町)に玉井丸山古墳があります。墳丘上に郷土資料館などの建物があって変形が著しいですが全長137mの前方後円墳です。「日本の古代遺跡(岡山)」には載っていますが「前方後円墳集成」には載っていません。

西奥古墳

岡山県赤磐市(旧赤坂町)2011年2月訪問

横穴式石室、玄室長9.2,幅2.1,高1.9m
位置:34°47′49″N 133°59′25″E

谷奥の道路脇に開口


石室正面


長い石室が良好に残る


他の天井石が底面が整えられているのにこの石だけ加工が違う


奥壁は巨石1枚石、ストロボ無しで撮れるほど明るい


奥から外


〃(縦位置)2番目の天井石、加工も積み方も少し違う感じ


(見学記)

赤磐市油津里、県道53号を西進し油津里地区集落センターのある交差点を北に曲がり200m程行って左折(ここを通り過ぎるとすぐに左側に墓地がありここに車を止められる)。150m程行くと鳥居のあるY字路を左に行って200m程ぽっかり石室が開口しています。長い玄室が良好に残っていて無袖式かな、奥壁は巨石1枚石です。谷奥の目立たない場所にこんな大きな石室がポツンとあるのは何故と言った感じです。石室前まで車で入っていけるて駐車スペースもあります(谷入り口から歩いたけど)。
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