大平山古墳群

岡山県岡山市北区 2016年3月訪問、21年3月再訪

横穴石室墳、10基以上
(数字は「古墳奮闘」に従う)

(2021年)
その1-5は藪の中、その6は見落とし

その7
緩斜面に僅かな高まり、下草が生えてないからこの程度でもすぐわかります


_1とほぼ反対側から


正面側から、手前の天井石はずれ落ちているようです


天井石は最後部のが残る、スパッと切ったような切断面


奥壁はよくある鏡石+平石、右側のははめ込んだのか、割れたのか


その8
微かな高まり、石材があるので古墳と分かる


斜め前から


右前から


何もこんなとこに生えなくても、な樹木


奥壁は先端が尖ったややずれた将棋の駒型


その9
山道を下から上がってくると最初に目にするのがこれ、何号にするかでちょっと迷ったが9のようでした


斜め前から


正面から、基部は先端まで残っていそう


右斜め前から、後方の尾根筋に下から登ってくる山道がある


変形鏡石、最後部の天井石は抜かれる


後方離れた場所から


大きさに比べてかなり薄い天井石


その10
正面から、細長い石室


石室後部、最後部の天井だけ残るよくあるパターン


横から、天井石殆ど壊失


奥壁2段積み


その11
前部はかなり破壊、後方藪の中に1-5号がある


ここも良好なのは最後部のみ


1枚だけ残る天井石、割りと分厚い


下が埋まっているが半円形の鏡石


その12
完全に藪の中


石室なのはなんとか分かる


左が最後部の天井石、右は転落した天井石


その13
ハッキリした高まりにハッキリした天井石


斜め後方から、左側が奥壁


正面から、割と長い石室


ここも石室後部が残る、手前の天井石は加工度が低い


石室内部、一部天井石が落下


その14
上方から見た墳丘


横から、手前のも石室石材か


斜め前から


石室内部、半ば埋まっている


加工度の高い天井石


その15
一番下、斜面がきつくなっている


後方のが奥壁のように見えますがこれは上側からなのであれは転落した天井石


横から


_3と反対側から


奥壁は平石を重ねている


_1と反対側、メモしておかないと正体がわからなくなりそう


(2016年)
西側からの遠望、農地だったので山頂が裸


その1(2号)
横穴式石室、全長6.7、玄室長2,幅1.8,高1.6m
位置:34°41′16″N 133°50′51″E (日本測地系)
    34.69100195 133.84484727(世界測地系)
開口部、かなり掃除しました


長い羨道、多分群中最大の石室、保存状態も一番良い


羨道途中から、右に袖が隠れている


長い羨道に比べて小型の玄室、ほぼ正方形プラン


奥から外、左片袖式


袖部


羨道奥から、左に歪んできているようだ


その2
石室露出、周りは茅原状態


石室は意外と残っている、奥壁は1枚石のようだ


その3
石室正面、多分農地整理の際出た小石で埋められている


ここも石室は意外と良好


奥壁は平石3枚積み


その4
天井石露出、内部埋没


奥壁辺りでしょうか、三角持ち送りかな


その6(10号)
ここからは南側斜面、林の中


石室正面、前部は基部だけ残る


多少埋まるも後部は意外とよく残る


奥壁、鏡石+平石か


奥から外、入れるよという証拠写真程度


その7(4号)
斜面に低い墳丘が残る、この林は下草が殆ど生えていないので探しやすい


前部はかなり破壊、後部が残る


奥壁はかなり平面に整えられている


その8(7号)
僅かな高まり


石室内に大きな木が生える、わざわざそんなとこに生えるな


天井が残っているのは最後部だけ


小型だが5角形の鏡石らしい奥壁


その9(8号)
僅かな高まりに天井石露出


入り口辺りの薄い天井石


後部は石室らしさが残る


石室内部


その10(9号)
斜面に残る墳丘、これだけ残れば上等


石室正面、左右の石辺りが玄門かな


石室横から


奥壁は平石積み、しかし何故奥壁ばかり残る?


その11(6号)
前部はかなり破壊


最後部だけが残る


如何にも鏡石らしい奥壁


(以下古墳奮闘には載っていない)

その13
ハッキリした墳丘に天井石露出


群の中で一番良好に残る天井かも


横から


割と隙間がある


石室正面、倒木が邪魔


多少埋まるも石室良好、石材は落下した天井石か


その14
これも割と大きな墳丘が残る


天井石露出、一部石材散乱


手前の天井石は少し動いているかも、右側の石が玄門袖石かな


横長の天井石


内部はかなり埋まる、何とか奥壁が見えている


その15
急斜面に残る墳丘


天井石露出


奥の天井石以外は動かされている


平石を重ねた奥壁


見学記
(2021年)
ここは一度見学しているのでパスしようかと思いましたがせっかく分布図があるので撮り直してみました。とは言え東古墳群を撮影した後、昼食&水分補給で一度下まで降りたので2度目の登山となりました、下の溜池から20分程度ですけどね。石室が割と良好に残る1-5号はもうすっかり薮の中で見学困難です。南側にある7-15号は石室はそこそこ残っていますが入れるようなのは殆どありません。疎林がはえる斜面に低い墳丘や石室が見えているのが見どころといえば見どころ、眺めるだけなら割と好みの場所ですが。

(2016年)
岡山市北区立田、大平山山頂南西の緩斜面に分布する十数基からなる古墳群です。山頂一帯はかってはキャベツ畑でしたが現在は廃園となって茅畑になったかと思うくらい変貌、HP古墳奮闘で見られる様子とは全く様変わりしています。カヤは多分オガルカヤ、これは冬場でも茶色く立ち枯れしたままなので見通しが悪く古墳を探しにくい、その中で2号墳はナワシログミが生えてて比較的分かりやすい。石室も完存していて古墳群の中では一番状態が良い。羨道長が4.7mなのにたいして玄室長は2mと短く変わっています。この東側にも3基程ありますがせいぜい内部が覗ける程度です。元農地が見学困難なのに比べて南側の山林内は見学容易です。ここで9基程見つけましたが石室良好なのは少なく内部に入れるのは1基だけ、でも他のも一応奥壁までは見えています。下草の生えていない見通しの良い疎林の中に多少墳丘の残る古墳が点々、一番好きな状況だな。石室がもっと良好だったら最高でしたけどね。初めは全10基の古墳群だったようですがだんだん増えているような。南にある大池(山陽道が通っている)辺りから登っていく道路がある、かっては山頂近くまで入っていけたようですが現在は不法投棄防止の為中池辺りで通行止め後は歩いて行く事になります。通行止め辺りに駐車スペースあり。

大平山東古墳群

岡山県岡山市北区 2021年3月訪問

横穴石室墳、10基程度
 (数字は「古墳奮闘」に従う)

大平山縦走路、ここを左に行く、古墳群の案内表示はない、画面背後を行くと大平山


その2
 位置:34°41′12″N 133°50′57″E(日本測地系)
    34.68989096 133.84651392(世界測地系)
低い墳丘、ここはどれも同様、画面左中から下中にかけて山道がある


石室正面、石室基部と最奥天井石残存


横から、天井石も動かされている


石室背後から、1は見つからず


その3
低い墳丘に天井石露出


石室正面、前部かなり破壊


奥の天井石も少しずれているか


石室は半ば埋まるも奥壁まで見えている


ほぼ1枚石の奥壁


天井石背後から、3枚残存


その4
低い墳丘に天井石露出


露出しているのはほぼ天井石だけ


正面から、かなり加工された天井石


かなり大きな天井石、背後にも1枚


ここも半ば埋まるが奥壁まで見えている


奥壁はブロック状の割石積み


_2と反対側から、左奥にも墳丘その5か


その5
あるかないかの墳丘


あまり加工されていない大きな天井石


横から、中間の天井石が抜かれている


中間の天井石


隙間から覗くと袖石がある、奥側が開口だったようだ、2枚目の巨石が最奥の天井石のようだ


ストロボ撮影


こちらが本来の入口側


石室内部、_5と反対側から


_3と反対側、右が入り口のように見える


その6
大きな天井石が露出


正面側から、手前の天井石が前に転落


中間の天井石は壊失


奥の天井石も抜かれてトンネル状、前部も考えるとかなり長い石室


ストロボ撮影すると奥の天井が抜けているのが分からない


奥壁は2段積みか


奥から外


奥の天井石が抜けている状態


中間部


その7
殆ど高まりはない


小型天井石露出


後方にも1枚、内部埋没


その8
天井石を失った石室露出


左が側壁か、右はハッキリしない


その9
ハッキリした天井石露出


3枚残存か、右側も天井石か


後方から


内部は埋没


(見学記)
北区西辛川、大平山山頂南東、尾根の東側緩斜面に分布する9基からなる古墳群です。大平山周辺に山歩きルートがあるようでここも大平山から下っていくと道が分かれる辺りに案内表示があり左側に行くと古墳群があります。墳丘は流失して石室が露出しているのが多く石室の状態もあまりよくなく大平山古墳群と似たりよったりです。入ろうと思えば入れるけど入るほどでもなく中途半端。

隠里古墳群(仮称)

岡山県岡山市北区 2021年3月訪問

横穴石室3基

その1
 位置:34°41′07″N 133°50′34″E(日本測地系)
    34.6885024 133.84012534(世界測地系)
緩斜面に立地、墳丘は殆ど無い


下方から


前は急斜面で石材が落下している


分厚い板状の天井石


天井石がずれて開口


奥壁は1枚石、側壁は平石が多い


その2
その1すぐ東側、有るかないかの高まり


下方から、前部はかなり破壊


斜め前から


微妙に残る墳丘


開口部正面、ここも分厚い天井石


石室後部はよく残る


〃ストロボ撮影


奥壁は三段積み


奥から外、無袖でしょうか


〃ストロボ無し


その3
更に東側、天井石露出


正面、天井石が大きくずれている


この天井石は板状じゃなく円弧状


石室内部、天井石底面に割った時の段差


奥壁はほぼ1枚石


奥から外、2番目の天井石は今にも割れそう


中間の天井石は平石で変わった形状、これでは前側に大きな隙間ができそうだが


石室天井後部から


(見学記)
勝負ヶ谷古墳群から大平山山頂を目指して登って行く途中、山道が左右に分かれる辺りに右手斜面に3基の古墳が並んでいます。山道から見えているのですぐ分かります。どれも小型の石室なので詳細は省くけど上に大平山、下に勝負ヶ谷と中規模古墳群に挟まれた古墳群、どんな集団がこんなとこに古墳群を造ったのか気になります。

勝負ヶ谷古墳群

岡山県岡山市北区 2021年3月訪問

勝負ヶ谷古墳群
 横穴石室古墳群、大型石室もあるらしい
(番号はHP「古墳奮闘」に従う)
その1
 位置:34°41′01″N 133°50′18″E(日本測地系)
    34.686836 133.83568117(世界測地系)
南から行くと最初に出会うのがこれ、一見大きな墳丘のように見えます


尾根先端が削られ石室部分が突出しています


石室正面、前部はかなり破壊


奥壁はほぼ1枚石、縦長


奥行きはあまりないので左側壁


右側壁


その4
墳丘はよく残っている


極狭開口部


内部は殆ど埋まる


天井にも隙間があるが内部は撮れない


その5
 位置:34°41′03″N 133°50′22″E(日本測地系)
    34.68739148 133.83679221(世界測地系)
その4に隣接して墳丘がある


石室前部はかなり破壊


天井石が見事に割られている、多分後世のでしょうね


石室後部が残る、奥壁は1枚石、左上はひび割れのせいか


奥から外、天井も平面に整えられる


登山道からも見えています


その6
 位置:34°41′04″N 133°50′30″E(日本測地系)
    34.68766919 133.83901432(世界測地系)
自然石が露出、この辺り4基の石室が並ぶ、こういうのは近づくとたいてい本物の自然石だけど


これは本物の天井石でした、自然石をそのまま使っている


石室内部、奥壁は台形鏡石+平石2


奥から外、入れると言った程度


下から見ると低い墳丘がある


その7
右奥に墳丘のようなのがあるが石室は手前


上部を失った石室露出


石室後部、この古墳群では珍しい平石を重ねた奥壁


左前から


横から、落ちているのは天井石か


後方から


その8
開口部正面


幅の割に背が高い石室


〃縦位置


こけし型の奥壁


奥から外


〃ストロボ


その9
7と8の間に9がある、天井石殆ど壊失


斜め前から


幅は広そう


最後部だけ残る天井石、随分平石に加工


その他
その6側、斜面に巨石


下から


天井石だと思うけど


(見学記)
北区立田、常昌院周辺に分布する古墳群です。ここは見た限りそれ程大した石室もなさそうだし道も狭いので敬遠してみました。でも東側で隠里古墳群(仮称)や大平山東古墳群が新たに見つかったので来てみました。お寺の手前で大きな石室が見えています、これが1号で立って入れる程の石室、奥壁は巨石1枚石ですが前部が完全に破壊されています。この手前にも2,3号があるがパス。1号の手前から大平山に登っていく道があります。その途中溜池手前の左側林の中にあるのが4,5号、同じような規模の墳丘が並んでいて石室があります。奥のが4号で殆ど埋没隙間開口です。手前が5号で石室が大きく開口しています。更に山道を登っていき溜池後方の谷あい、山道右手に4基の小型石室があります。その内東端の8号が少し毛色が変わっていて幅の割に背が高い玄室です。この付近に古墳モドキが幾つかあります。この古墳群は総数25基からなる古墳群で中には玄室長が6mを超すのも数基あるようですがどれも行方不明になっています。常昌院墓地に駐車場有り。常昌院手前で道を間違えて太閤岩の方に行ってしまった、すぐバックで元の道に戻ったけどその際車が大きく傾いて倒れるんじゃないかと冷や汗かいてしまった(大汗)。

鼓山3号

岡山県岡山市北区 2018年1月訪問

横穴式石室
位置:34°40′36″N 133°50′30″E (日本測地系)
    34.67989245 133.83901483(世界測地系)

平坦な丘陵頂部に位置する、白い看板は豊臣秀長本陣跡の説明板


天井石が露出


平坦面端、平野が望める位置に構築


本陣を構えるさいよく壊されなかったものだ


内部に多少空間は残るが殆埋没


見学記
杉尾6号から元の登山道に戻って山頂を目指します、20分くらいと書かれていたがせいぜい10分程度です。ただ巨大水道タンク脇を通りますがそれから上は登山道は殆ど消えている。山頂は広い平坦面になっていて高松城水攻めの時の羽柴秀長本陣があったそうです。一部高くなっている場所があってこれが鼓山3号墳のようです。天井石が4枚露出していますが内部は殆ど埋没しています。山頂だから前期の竪穴石室かと思ったが横穴石室でした。それなら杉尾古墳群に入れてもいいんじゃないかなとも思う。山頂は殆ど木はないが周りが林なので見晴らしはよくない。帰り道は山道に枯れ葉が積もっていて何度も脚を滑らしそうになった、上りより下りの方がおっかないよ。

杉尾古墳群

岡山県岡山市北区 2018年1月訪問

1号
位置:34°40′26″N 133°50′33″E (日本測地系)
    34.67711505 133.8398483(世界測地系)
丘陵麓に神社拝殿、ここが一応登山口


背後に小さな祠のような社殿、その脇に天井石露出


天井石が直線的に並ぶ


背後から


横から、あまり石室らしく見えない


2号
藪に包まれた墳丘


反対側に開口、天井石が傾き内部埋没


3号
神社から東に伸びる道を歩くと下方に天井石露出


開口部側、内部埋没


これは奥壁じゃなく最奥の天井石


4号
道を更に行くと石室の上を通っている


露出した天井石、枯れ葉が邪魔


石室前部崩壊


ここも内部埋没


6号
横穴式石室
位置:34°40′32″N 133°50′30″E (日本測地系)
    34.67878149 133.8390149(世界測地系)
1-4号と違いこちらは丘陵中腹に立地


谷筋に向かう斜面に天井石露出


石室中程で開口


石室は良好に残る、側壁はほぼ垂直で3段積みと揃っている


奥壁は四角い1枚石


奥から外、入り口の天井が下がっているかな


奥から左側


反対側、個々の石材はそれ程面が整っていない


墳丘はそこそこ残る、石室の位置と多少ずれていますが


7号
横穴式石室
6号南東に小型石室露出


後部しか残っていない


石室内部、長さ1m程残存、奥壁上部の積み方が随分雑


左側は1枚石


側壁は更に外側まで突き出ている、天井石と側壁は立派だけど奥壁との差が大きい


墳丘は殆ど残らず


見学記
北区吉備津、鼓山中腹や山裾に分布する古墳群です。JR吉備津駅西北西500m、山の麓に山神社があり小さな祠の脇に天井石が露出しているのが1号、あまり大きくなく並んでいなければ天井石とも思えません、内部は埋没。ここから東、山裾に沿って山道があります。右手下林の中に点々と墓地がありそれがなくなる辺り、見通しのいい場所の下方に露出した石室が見えています。これが3号、内部は埋没していますが天井石が板状でレベルが揃っていて埋没していなければさぞかし見事でしょうね。奥壁は1枚石の巨石のようで上部が天井石より高くなっているのがちょっと変わっている。このすぐ西側にあるのが2号、ここも石室露出していますがすっかり藪に覆われています。板状の天井石が見えているがかなりの巨石のようだ。山道を更に進むと4号がある。巨石天井石が露出しているが内部埋没。山神社に戻って鼓山登山道を登っていく、途中小さな橋があり旧登山道の表示があるのでそこから林に入る。旧道とは言え道は無いに等しいが疎林なので谷筋を左手に見ながら登っていけば6号に至ります。斜面をカットした大きな墳丘が残っている、手前の天井石が落下して開口、奥の天井石も巨石、石室後部5m程度が残っていて奥壁は巨石1枚石です。すぐ南側に7号がありますがこちらは打って変わって随分小型、墳丘も殆ど流失しています。露出している天井石に比べて内部空間は随分小さい、少なくとも倍くらいの幅にしても余裕なんですけどね。左側壁は1枚石、右基部も同様だけど奥壁だけは小型角状石材を積んでいる、なんだかチグハグな石室です。鉄道踏切を超えた右側辺りに駐車スペースあり。

上条古墳群

岡山県岡山市北区 2018年1月訪問

3基

1号
横穴式石室、玄室長2.7,幅1.1,高1.2m(現状)
位置:34°44′43″N 133°54′13″E (日本測地系)
    34.74849909 133.90095064(世界測地系)
丘陵麓近くに立地、手前の石は外護列石か後世のか


墳丘は石室を覆う程度に残る


石室前部は壊失


開口部正面、あまり下がれない


石室後部はよく残る、側壁は垂直、面も整っている


奥壁は2段積み、何か燃やしたのか黒っぽくなっている


奥から左方向、一つだけやや大きな石材


右側、面の整え方がやや悪い


奥から外


2号
横穴式石室
1号北東、緩斜面に石材露出


手前の石材は天井石か、でも動かされているだろうな


墳丘はなく背後をカットした様子も見られない


石室正面


石室内部、奥行き1m程度、でも奥壁は鏡石+平石と本格的


見学記
北区菅野、幸福寺北北東300m辺り、丘陵麓辺りにある3基からなる古墳群です。民家裏に墓地がありそこから1号が見えています。石室前部が破壊されていますが後部3m程度が残っている、整った石室です。ここから北東120mの所に2号、山の中では距離感が分かりませんが通りやすい場所を通れば見逃すことはないでしょう。急斜面から緩斜面に変わる辺りに立地ですが墳丘は殆どなく小さな石室が開口、残存長1m程度、ここも石槨風ですが奥壁は小さいながらも鏡石らしい石を据えています。もう1基は分からず。

横山古墳群

岡山県岡山市北区 2018年1月訪問

(番号は全て仮称)

1号
竹が生えた場所に僅かな高まり


石材一部露出、天井石か、内部埋没


2号
以前は石室が露出していたがすっかり藪になり僅かに石材が見える程度


3号
横穴式石室、玄室長2.2,幅1.5,高1.2m
畑段差部分に石室露出、ガラス温室はなくなっている、後方竹林の中に4号がある


側壁の積み方の様子がよく分かる


正面から、側壁上部の平石が突き出ているのがわかる


内部はそれ程埋まっておらず奥壁ほぼ1枚石


4号
横穴式石室、玄室長4,幅2.2,高2.2m
位置:34°43′53″N 133°54′26″E(日本測地系)
    34.73461173 133.90456211(世界測地系)
竹林の中に墳丘が残っているように見える、これは奥壁側から


反対東側が開口、羨道前部壊失、墳丘の上は古木が生える


石室正面、天井石は平石


羨道から玄室、天井石は1枚かな


玄室はまずまず良好


奥壁上部の石が抜かれ天井も傾いている


奥から外、左片袖式


側壁は基本的に平石を積み重ねる、前の写真ではわかりにくいが入り口の天井が一段下がる


反対側は基部だけ巨石で他はやや小型の石材


石室後部露出状況、側壁材が突き出ているのがわかる、やはり封土からかかる力を分散させる為でしょうか


奥壁背後から、古木がなかったら石室完全露出していたかも


6号
横穴式石室、石室長2.8,幅0.6,高0.6m
石室開口部、墳丘は僅かに残る程度


石室正面


石室内部、人一人がやっと横たわる程度の広さ、それでも奥壁は1枚石


7号
横穴式石室、玄室長5.5,幅1.5,高1.8m
位置:34°43′58″N 133°54′27″E (日本測地系)
    34.73600049 133.9048398(世界測地系)
山道脇に石室開口、手前は落下した天井石か、以前はこの石が開口部を塞いでいたようだ


開口部、前部が壊失しているようだ


割と背の高い玄室、側壁はやや持ち送り


〃縦位置


奥壁は四角い鏡石を据え上に平石を重ねる


奥から外、前部を失っているが無袖っぽい


墳丘は割と残る


見学記
北区吉宗、山裾辺りにある古墳群ですがすぐ西側を岡山北バイパスが通っているので却って近寄りづらくなっています。南側に吉宗公園という小公園があり狭い道を北に行くと左に送電塔、その辺りから林の中に入ると7号(番号は全て仮称)、山道脇にあるのでそちらから入る所があるかもしれない。古墳奮闘では石室前に天井石が塞いでいますがこの時は下までずり落ちていました。石室そのものは良好。ここから林の中を南下して行く、露岩がゴロゴロしているし石垣状に積み上げたのが幾つもある。南東側民家近くにあるのが6号、上から見ると小さな高まりなので違うだろうと思ったが下から見ると小さな石室が開口しています。人一人入れるのがやっとの石室、石槨とでも言いたくなりますが一応奥は小さな奥壁となっています。更に林を南下、途中に5号があるはずだが奥壁だけのようで見つけるのはまず無理。更に南下すると林に竹が混じり始め廃温室があります。その西側にあるのが4号、東向きに開口した羨道の短い石室、上に高木が何本か生えていて少し異様な雰囲気です。それにしても殆ど封土がないのによくこんなに高くなれたな。玄室は巨石を使った左片袖式、奥壁上部の石材が抜かれていますが全般に良好、でも背後から見るとかなり危うい状況です。ここから藪を抜けると廃温室があるはず、なんだけど何もない、どうやら解体されたようで跡が残っているだけ、更にその下の温室もきれいサッパリなくなっています。この周りに3基の石室がありますが南側のが3号で巨石石室後部が残っていますが内部は藪状態、西側の2号は藪の中、北側の1号も板状の天井石が分かる程度です。本来ならこの温室が目印になるんですがなくなっているので一番北側の7号から探した方が楽かな。公園脇の道がやや幅広くなっていて駐車可。

耳切池奥古墳群

岡山県岡山市北区 2017年1月訪問

3基

1号
横穴式石室、玄室長7.8、幅1.3、高1.7m(現状)
位置:34°42′17″N 133°52′00″E (日本測地系)
    34.70794568 133.86401079(世界測地系)
道路脇に天井石露出


手前が奥壁側、奥壁自体は埋まっています


隙間から撮影、内部の状態はよさそう


斜め前から、開口部は藪で撮れず


整った玄室が残る、側壁はほぼ垂直、奥壁はほぼ1枚石巨石、近くの北塚と違い若干隙間


奥から外、右袖じゃなく石がせり出しているのかも


奥から右側


奥から左側、上部に平石を挟んで高さ調節


2号
横穴式石室
南東林の中にある、これだけ見られれば上等


石室正面、天井石が巨石の割には支える石材が小さい


内部は大分埋まっていますが入れます


玄室後部、四角い鏡石+平石


奥から外、まぐさ石が一段下がる


3号
横穴式石室
1号東側に隣接、これで石室正面


殆ど埋まった開口部


天井隙間から撮影、奥壁下部がなんとか見えている


(見学記)
万成塚北西300m辺りにある古墳群です。道路沿いに行くと右側脇道すぐに露出した天井石が見えています、墳丘は殆ど流失、天井石3枚残存、羨道はよく分かりませんが玄室はよく残っています。巨石で構成され奥壁はほぼ1枚石です。ここの下方東側に林があり中に入るとすぐに2,3号が隣接して並んでいます。どちらも丸い墳丘が割と残り手前のが2号、細長い石室で土砂がかなり流入しているが何とか入室可、無袖式のようで羨道天井石が一段下がっています、奥壁は四角い鏡石+平石。隣の3号は石室入り口は見えていますが内部埋没、点状に隙間がありそこからカメラを突っ込んで撮影してみましたが奥壁が何とか見えました。2号と似たような構造のようです。

打越北ノ塚古墳

岡山県岡山市北区 2017年1月訪問

横穴式石室、玄室長4.5、幅1.6-1.4、高1.8m
位置:34°42′18″N 133°52′10″E (日本測地系)
    34.70822352 133.86678818(世界測地系)
南西からの遠望、分かっていれば穴(矢印)が見えます


11倍望遠で撮るとこれくらい


近寄って撮影、段差部分に開口とよくあるパターン、石室前部崩壊、石垣の石も混じっているかも


こんな状況にもかかわらず玄室非常に良好、側壁は真っ直ぐ立ち上がり天井レベルも揃う


側壁は3段、天井も巨石


奥壁は巨石1枚石、巨石1枚というのはよくあるがこれは正真正銘1枚


奥から外、前部崩壊で袖は分からず


(見学記)
万成塚北側300m、果樹園石垣に開口している古墳です。名前に塚とありますが墳丘は全くありません。接近路から遠目に開口している様子が見られるのでそれを目当てに行きます。よくある石垣開口ですがこの石垣の石材もすこぶる巨石、石室前面は崩壊しているようですが古墳石材なのか石垣石材なのかよく分かりません。石室後部はよく残っていて巨石が使われ奥壁は1枚の四角い巨石です。巨石1枚の奥壁はままありますが正真正銘1枚というのは滅多にありません。側壁もほぼ垂直に立ってます。
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