大平山古墳群
岡山県岡山市北区 2016年3月訪問、21年3月再訪
横穴石室墳、10基以上
(数字は「古墳奮闘」に従う)
(2021年)
その1-5は藪の中、その6は見落とし
その7
緩斜面に僅かな高まり、下草が生えてないからこの程度でもすぐわかります

_1とほぼ反対側から

正面側から、手前の天井石はずれ落ちているようです

天井石は最後部のが残る、スパッと切ったような切断面

奥壁はよくある鏡石+平石、右側のははめ込んだのか、割れたのか

その8
微かな高まり、石材があるので古墳と分かる

斜め前から

右前から

何もこんなとこに生えなくても、な樹木

奥壁は先端が尖ったややずれた将棋の駒型

その9
山道を下から上がってくると最初に目にするのがこれ、何号にするかでちょっと迷ったが9のようでした

斜め前から

正面から、基部は先端まで残っていそう

右斜め前から、後方の尾根筋に下から登ってくる山道がある

変形鏡石、最後部の天井石は抜かれる

後方離れた場所から

大きさに比べてかなり薄い天井石

その10
正面から、細長い石室

石室後部、最後部の天井だけ残るよくあるパターン

横から、天井石殆ど壊失

奥壁2段積み

その11
前部はかなり破壊、後方藪の中に1-5号がある

ここも良好なのは最後部のみ

1枚だけ残る天井石、割りと分厚い

下が埋まっているが半円形の鏡石

その12
完全に藪の中

石室なのはなんとか分かる

左が最後部の天井石、右は転落した天井石

その13
ハッキリした高まりにハッキリした天井石

斜め後方から、左側が奥壁

正面から、割と長い石室

ここも石室後部が残る、手前の天井石は加工度が低い

石室内部、一部天井石が落下

その14
上方から見た墳丘

横から、手前のも石室石材か

斜め前から

石室内部、半ば埋まっている

加工度の高い天井石

その15
一番下、斜面がきつくなっている

後方のが奥壁のように見えますがこれは上側からなのであれは転落した天井石

横から

_3と反対側から

奥壁は平石を重ねている

_1と反対側、メモしておかないと正体がわからなくなりそう

(2016年)
西側からの遠望、農地だったので山頂が裸

その1(2号)
横穴式石室、全長6.7、玄室長2,幅1.8,高1.6m
位置:34°41′16″N 133°50′51″E (日本測地系)
34.69100195 133.84484727(世界測地系)
開口部、かなり掃除しました

長い羨道、多分群中最大の石室、保存状態も一番良い

羨道途中から、右に袖が隠れている

長い羨道に比べて小型の玄室、ほぼ正方形プラン

奥から外、左片袖式

袖部

羨道奥から、左に歪んできているようだ

その2
石室露出、周りは茅原状態

石室は意外と残っている、奥壁は1枚石のようだ

その3
石室正面、多分農地整理の際出た小石で埋められている

ここも石室は意外と良好

奥壁は平石3枚積み

その4
天井石露出、内部埋没

奥壁辺りでしょうか、三角持ち送りかな

その6(10号)
ここからは南側斜面、林の中

石室正面、前部は基部だけ残る

多少埋まるも後部は意外とよく残る

奥壁、鏡石+平石か

奥から外、入れるよという証拠写真程度

その7(4号)
斜面に低い墳丘が残る、この林は下草が殆ど生えていないので探しやすい

前部はかなり破壊、後部が残る

奥壁はかなり平面に整えられている

その8(7号)
僅かな高まり

石室内に大きな木が生える、わざわざそんなとこに生えるな

天井が残っているのは最後部だけ

小型だが5角形の鏡石らしい奥壁

その9(8号)
僅かな高まりに天井石露出

入り口辺りの薄い天井石

後部は石室らしさが残る

石室内部

その10(9号)
斜面に残る墳丘、これだけ残れば上等

石室正面、左右の石辺りが玄門かな

石室横から

奥壁は平石積み、しかし何故奥壁ばかり残る?

その11(6号)
前部はかなり破壊

最後部だけが残る

如何にも鏡石らしい奥壁

(以下古墳奮闘には載っていない)
その13
ハッキリした墳丘に天井石露出

群の中で一番良好に残る天井かも

横から

割と隙間がある

石室正面、倒木が邪魔

多少埋まるも石室良好、石材は落下した天井石か

その14
これも割と大きな墳丘が残る

天井石露出、一部石材散乱

手前の天井石は少し動いているかも、右側の石が玄門袖石かな

横長の天井石

内部はかなり埋まる、何とか奥壁が見えている

その15
急斜面に残る墳丘

天井石露出

奥の天井石以外は動かされている

平石を重ねた奥壁

見学記
(2021年)
ここは一度見学しているのでパスしようかと思いましたがせっかく分布図があるので撮り直してみました。とは言え東古墳群を撮影した後、昼食&水分補給で一度下まで降りたので2度目の登山となりました、下の溜池から20分程度ですけどね。石室が割と良好に残る1-5号はもうすっかり薮の中で見学困難です。南側にある7-15号は石室はそこそこ残っていますが入れるようなのは殆どありません。疎林がはえる斜面に低い墳丘や石室が見えているのが見どころといえば見どころ、眺めるだけなら割と好みの場所ですが。
(2016年)
岡山市北区立田、大平山山頂南西の緩斜面に分布する十数基からなる古墳群です。山頂一帯はかってはキャベツ畑でしたが現在は廃園となって茅畑になったかと思うくらい変貌、HP古墳奮闘で見られる様子とは全く様変わりしています。カヤは多分オガルカヤ、これは冬場でも茶色く立ち枯れしたままなので見通しが悪く古墳を探しにくい、その中で2号墳はナワシログミが生えてて比較的分かりやすい。石室も完存していて古墳群の中では一番状態が良い。羨道長が4.7mなのにたいして玄室長は2mと短く変わっています。この東側にも3基程ありますがせいぜい内部が覗ける程度です。元農地が見学困難なのに比べて南側の山林内は見学容易です。ここで9基程見つけましたが石室良好なのは少なく内部に入れるのは1基だけ、でも他のも一応奥壁までは見えています。下草の生えていない見通しの良い疎林の中に多少墳丘の残る古墳が点々、一番好きな状況だな。石室がもっと良好だったら最高でしたけどね。初めは全10基の古墳群だったようですがだんだん増えているような。南にある大池(山陽道が通っている)辺りから登っていく道路がある、かっては山頂近くまで入っていけたようですが現在は不法投棄防止の為中池辺りで通行止め後は歩いて行く事になります。通行止め辺りに駐車スペースあり。
横穴石室墳、10基以上
(数字は「古墳奮闘」に従う)
(2021年)
その1-5は藪の中、その6は見落とし
その7
緩斜面に僅かな高まり、下草が生えてないからこの程度でもすぐわかります

_1とほぼ反対側から

正面側から、手前の天井石はずれ落ちているようです

天井石は最後部のが残る、スパッと切ったような切断面

奥壁はよくある鏡石+平石、右側のははめ込んだのか、割れたのか

その8
微かな高まり、石材があるので古墳と分かる

斜め前から

右前から

何もこんなとこに生えなくても、な樹木

奥壁は先端が尖ったややずれた将棋の駒型

その9
山道を下から上がってくると最初に目にするのがこれ、何号にするかでちょっと迷ったが9のようでした

斜め前から

正面から、基部は先端まで残っていそう

右斜め前から、後方の尾根筋に下から登ってくる山道がある

変形鏡石、最後部の天井石は抜かれる

後方離れた場所から

大きさに比べてかなり薄い天井石

その10
正面から、細長い石室

石室後部、最後部の天井だけ残るよくあるパターン

横から、天井石殆ど壊失

奥壁2段積み

その11
前部はかなり破壊、後方藪の中に1-5号がある

ここも良好なのは最後部のみ

1枚だけ残る天井石、割りと分厚い

下が埋まっているが半円形の鏡石

その12
完全に藪の中

石室なのはなんとか分かる

左が最後部の天井石、右は転落した天井石

その13
ハッキリした高まりにハッキリした天井石

斜め後方から、左側が奥壁

正面から、割と長い石室

ここも石室後部が残る、手前の天井石は加工度が低い

石室内部、一部天井石が落下

その14
上方から見た墳丘

横から、手前のも石室石材か

斜め前から

石室内部、半ば埋まっている

加工度の高い天井石

その15
一番下、斜面がきつくなっている

後方のが奥壁のように見えますがこれは上側からなのであれは転落した天井石

横から

_3と反対側から

奥壁は平石を重ねている

_1と反対側、メモしておかないと正体がわからなくなりそう

(2016年)
西側からの遠望、農地だったので山頂が裸

その1(2号)
横穴式石室、全長6.7、玄室長2,幅1.8,高1.6m
位置:34°41′16″N 133°50′51″E (日本測地系)
34.69100195 133.84484727(世界測地系)
開口部、かなり掃除しました

長い羨道、多分群中最大の石室、保存状態も一番良い

羨道途中から、右に袖が隠れている

長い羨道に比べて小型の玄室、ほぼ正方形プラン

奥から外、左片袖式

袖部

羨道奥から、左に歪んできているようだ

その2
石室露出、周りは茅原状態

石室は意外と残っている、奥壁は1枚石のようだ

その3
石室正面、多分農地整理の際出た小石で埋められている

ここも石室は意外と良好

奥壁は平石3枚積み

その4
天井石露出、内部埋没

奥壁辺りでしょうか、三角持ち送りかな

その6(10号)
ここからは南側斜面、林の中

石室正面、前部は基部だけ残る

多少埋まるも後部は意外とよく残る

奥壁、鏡石+平石か

奥から外、入れるよという証拠写真程度

その7(4号)
斜面に低い墳丘が残る、この林は下草が殆ど生えていないので探しやすい

前部はかなり破壊、後部が残る

奥壁はかなり平面に整えられている

その8(7号)
僅かな高まり

石室内に大きな木が生える、わざわざそんなとこに生えるな

天井が残っているのは最後部だけ

小型だが5角形の鏡石らしい奥壁

その9(8号)
僅かな高まりに天井石露出

入り口辺りの薄い天井石

後部は石室らしさが残る

石室内部

その10(9号)
斜面に残る墳丘、これだけ残れば上等

石室正面、左右の石辺りが玄門かな

石室横から

奥壁は平石積み、しかし何故奥壁ばかり残る?

その11(6号)
前部はかなり破壊

最後部だけが残る

如何にも鏡石らしい奥壁

(以下古墳奮闘には載っていない)
その13
ハッキリした墳丘に天井石露出

群の中で一番良好に残る天井かも

横から

割と隙間がある

石室正面、倒木が邪魔

多少埋まるも石室良好、石材は落下した天井石か

その14
これも割と大きな墳丘が残る

天井石露出、一部石材散乱

手前の天井石は少し動いているかも、右側の石が玄門袖石かな

横長の天井石

内部はかなり埋まる、何とか奥壁が見えている

その15
急斜面に残る墳丘

天井石露出

奥の天井石以外は動かされている

平石を重ねた奥壁

見学記
(2021年)
ここは一度見学しているのでパスしようかと思いましたがせっかく分布図があるので撮り直してみました。とは言え東古墳群を撮影した後、昼食&水分補給で一度下まで降りたので2度目の登山となりました、下の溜池から20分程度ですけどね。石室が割と良好に残る1-5号はもうすっかり薮の中で見学困難です。南側にある7-15号は石室はそこそこ残っていますが入れるようなのは殆どありません。疎林がはえる斜面に低い墳丘や石室が見えているのが見どころといえば見どころ、眺めるだけなら割と好みの場所ですが。
(2016年)
岡山市北区立田、大平山山頂南西の緩斜面に分布する十数基からなる古墳群です。山頂一帯はかってはキャベツ畑でしたが現在は廃園となって茅畑になったかと思うくらい変貌、HP古墳奮闘で見られる様子とは全く様変わりしています。カヤは多分オガルカヤ、これは冬場でも茶色く立ち枯れしたままなので見通しが悪く古墳を探しにくい、その中で2号墳はナワシログミが生えてて比較的分かりやすい。石室も完存していて古墳群の中では一番状態が良い。羨道長が4.7mなのにたいして玄室長は2mと短く変わっています。この東側にも3基程ありますがせいぜい内部が覗ける程度です。元農地が見学困難なのに比べて南側の山林内は見学容易です。ここで9基程見つけましたが石室良好なのは少なく内部に入れるのは1基だけ、でも他のも一応奥壁までは見えています。下草の生えていない見通しの良い疎林の中に多少墳丘の残る古墳が点々、一番好きな状況だな。石室がもっと良好だったら最高でしたけどね。初めは全10基の古墳群だったようですがだんだん増えているような。南にある大池(山陽道が通っている)辺りから登っていく道路がある、かっては山頂近くまで入っていけたようですが現在は不法投棄防止の為中池辺りで通行止め後は歩いて行く事になります。通行止め辺りに駐車スペースあり。