法華寺北山古墳(仮称)

岡山県岡山市中区 2017年1月訪問

横穴式石室、全長7.6m、玄室長4.2,幅1.6,高1.7m
位置:34°40′37″N 134°00′20″E
墳丘背後から、尾根筋先端に位置する、前は急傾斜地


西向き下方に石室開口


狭い開口部、天井石一部露出


開口部から内部、細長い石室


玄室、多少土砂流入


奥壁は鏡石+平石2枚


奥から外、右片袖だがそれ程はっきりしない、手前の天井石が一段下がる


羨道奥から、入り口の天井石も一段下がる


おまけ
すぐ上にある低い墳丘、古墳?


(見学記)
中区下、岡山城東高東側の丘陵上にある古墳です。丘陵頂部から西に伸びる尾根状地形の先端辺にやや平坦な面がありそこに構築、前は急斜面となっています。山側をカットして墳丘を造り西側に石室開口しています。入り口はやや狭いですが枯れ葉が積もっているので入るのは問題なし、多少埋まっていますが羨道も玄室もよく残っています。右片袖式ですが羨道の天井が下がっている位置とずれているような。側壁は右は傾いていますが左はほぼ垂直、全体が歪んできているのかもしれない。奥壁は鏡石+平石+αとよくあるパターンです。すぐ上に同じくらいの大きさで背の低い墳丘状の高まりがありますがなんでしょう、古墳だとすれば地形的に見て後からの構築でしょうし当然横穴石室だろうけど低くなっているのに石材は全く見られません。ここはとにかく行く道が全く無い(実は前年にも挑戦したが見つけられなかった)、南側麓に土塀がありそこを入っていくとすぐ通れなくなるので後は急斜面を登り尾根に辿り着いたら西側に下っていくと古墳に出会えます。行く時は高みを目指して登るからいいのですが帰りは目標がないので迷いがち、ここもどの辺りから登り始めたのか分からなくなって焦りました。西方にある操山には大群集墳がありますがこちらの山系には殆ど古墳がなさそうです、その中でこれが孤軍奮闘してますね。

操山古墳群(東ゾーン)

岡山県岡山市中区1988年4月訪問、1993年2006年再訪

操山全体にわたって分布する横穴石室を主体とする群集墳
西側麓近くには数基の中規模前方後円墳も分布
(便宜上東、中央西ゾーンと二股支群に分類)

笠井山支群
その1


赤い色が残る


その2
以外と立派な石室


天井が傾いている


その3
ひっくり返った天井石


玄室


その4
玄室


奥から外


その5
石室正面


かなり埋まった玄室


経ぐろ古墳
円墳、R30
位置:34°39′49″N 133°59′04″E
操山の東端に位置する円墳(88年)

操山古墳群(中央ゾーン)

岡山県岡山市中区1988年4月訪問、1993年2006年再訪

操山全体にわたって分布する横穴石室を主体とする群集墳
西側麓近くには数基の中規模前方後円墳も分布
(便宜上、中央、西ゾーンと二股支群に分類)
柿ノ木古墳沢田大塚古墳円山不動古墳石鉄山古墳(固有名でジャンプ、掲載順)

操山33号柿の木古墳
横穴式石室
位置:34°39′39″N 133°58′17″E
斜面をカットして造った墳丘(88年)


玄室


奥から外、かなり狭い


操山40号沢田大塚古墳
円墳、R16
横穴式石室、全長11.4m、玄室長4.8,幅2.8,高3.2m
位置:34°39′50″N 133°58′15″E
石室開口部横から


石室正面


羨道からして巨大


群中最大級の玄室、背が高い


巨石三段積みの奥壁


奥から外、片袖式


操山51号
円墳、R25
横穴式石室、全長13.4m、玄室長6.15,幅2.3,高2.5m
位置:34°39′46″N 133°58′28″E
石室正面


羨道


玄室


奥から外、片袖かな


操山52号
円墳、R15
横穴式石室、全長10m、玄室長4.2,幅2,高1.8m
石室正面、入り口は埋まっている、51号すぐ側に立地


奥壁側が開口


奥から外、片袖式


玄門から見た羨道、比較的よく残っている


玄室


円山不動古墳
横穴式石室、全長8m、玄室長4,幅2,高2m(凡そ)
位置:34°39′35″N 133°58′23″E
お堂の下に石室開口


羨道


玄室


奥から外、片袖式


操山54号石鉄山古墳
円墳、R13
横穴式石室、全長9.2m、玄室長4.3,幅1.8m
位置:34°39′41″N 133°58′25″E
石室正面(93年)この頃は墳丘は藪に覆われていた


藪が刈られて墳丘が見えていた(06年)


石室正面


羨道、かなり埋まる


玄室


奥から外、片袖式


操山55号
横穴式石室、玄室長5,幅2,高2m(凡そ)
位置:34°39′39″N 133°58′28″E
急斜面に立地した墳丘、奥壁側が開口


奥から外、片袖式、羨道は完全に埋まっている


玄室


操山57号
横穴式石室
位置:34°39′32″N 133°58′27″E
小型の石室


玄室奥が残っている


操山58号
横穴式石室、全長10m、玄室長5,幅2.5m(凡そ)
位置:34°39′34″N 133°58′25″E
石室正面、羨道はかなり埋まっている


玄室


奥から外、操山では数少ない両袖式


(見学記)
二股支群から尾根道に戻って更に東に行き金蔵山古墳(竪穴石室が見学できる)のある山南側を通って(ここにも石室っぽい石組みが露出)行くと道が南北に分かれています。北側の道を行くと谷筋が開けてY字路になっている辺りで左手に綺麗な墳丘が残っています。これが柿の木古墳(操山33号)、珍しく北向きに石室が開口していますが入り口が埋まってかなり狭いので今回はパス、道の反対側にも開口した石室があります。Y字路右側の道を更に300m程下っていくと沢田大塚古墳があります(直前に案内表示有り)。操山最大級の石室で玄室も背が高く巨大、中に石仏があるせいか石室内もきれいになっています。大塚から東側の緩やかな道を上っていくと竹林を通り抜けて道が180度カーブしている辺り左側の林の中に51,52号が隣接して立地しています。51号は全長13m程の石室が開口、操山でも最長クラスで羨道まで良好に残っています。中は多少埋まっていますが玄室も完存、沢田大塚に匹敵する大きさですが背が多少低く内部も殆ど真っ暗なせいかあまり大きさを感じません。石室だけでなく墳丘もそうですが背の高い方がより巨大に感じますね。すぐ西側にあるのが52号、羨道入り口側は埋まっていますが奥壁の石が一部抜かれて開口しています。ここ以外は羨道玄室とも割と良好に残っているようです。この付近には他にも幾つか古墳があるようですが石室が開口しているのはなさそう。本の道に戻って更に東に行くと右手にお堂が見えてきてその下に石室が開口しています。円山不動古墳でお堂のせいで墳丘はかなり改変されていますが石室は良好に残っています。ここから円山山頂を目指して登ると頂上平坦面南側に石鉄山古墳(いしぐろやま)があります。前回来たときもここは見ているのだが当時は藪に覆われてあまり記憶がない。今回は藪が刈られて墳丘がきれいになっており名前を書いた表示板もありました。石室も羨道玄室まで良好に残っていますが羨道がかなり埋まっていて匍匐前進して入る必要があります。玄室も同様の状態でした。南東側の急な道を下っていくと途中に奥壁の一部が抜かれた石室が開口(K105)、玄室長5m程度です。更に下っていき円山不動の方に戻る途中で右手に小さな石室が露出(K106)、何故だか案内表示があった(古墳と書かれているだけですが)。更に行くと道からやや離れた左手に丸い墳丘が見えています(K107)。反対側に回ると石室が開口、全長10mクラスでよく残っていますが羨道がかなり埋まっていてここも匍匐して入る必要があります。玄室はそれ程埋まって無くかなり大きく操山では珍しい両袖式でした。ここは今回新発見かと思っていたら前回訪問時も見つけていてHPにもしっかりアップしていた。すっかり忘れている。

操山古墳群(二股支群)

岡山県岡山市中区1988年4月訪問、1993年2006年再訪

操山全体にわたって分布する横穴石室を主体とする群集墳
西側麓近くには数基の中規模前方後円墳も分布
(便宜上中央西ゾーンと二股支群に分類)

7基からなる

操山24号(二股古墳)
円墳、R10,H3、6C後半~7C初
横穴式石室、玄室長5,幅1.2,高1.7、支室長4.5,幅1.2,高1.3
位置:34°39′31″N 133°58′07″E
石室の一部が露出した墳丘


石室正面、左側に見えているのが支室天井石


石室内部、右が主室、左が支室入り口部


主室


主室奥から外、右側に支室入り口がある


支室天井石、画面下側が主室の天井石


支室奥壁


<支群他の古墳>
操山28号
基底部しか残っていない石室


上記反対側から


操山26号
かなり巨石の天井石


玄室奥が割と良好に残る


石障?(93年当時)


操山22号
露出した天井石


奥壁がかろうじて見えている


(見学記)
更に東に行くと送電線鉄塔の辺りに二股古墳の案内表示があるのでそれに従って南斜面を下っていくと二股古墳があります。ここも下草が刈られるなど多少整備されたようで説明板も立っていました。全国的にもあまり例がないと思われる主室の途中から斜めに支室がある変わった石室です。主室はほぼ完存、支室は途中が崩れていますが奥壁あたりが見えています。周りにも幾つかの古墳があってそのうち1基で割と大きな石室が残っています。

操山古墳群(西ゾーン)

岡山県岡山市中区 1988年4月訪問、1993年2006年再訪

操山全体にわたって分布する横穴石室を主体とする群集墳
西側麓近くには数基の中規模前方後円墳も分布
(便宜上中央、西ゾーンと二股支群に分類)
奥ノ塚古墳萩ノ塚古墳護国神社裏山古墳旗振台古墳沢田裏山古墳八畳岩古墳(固有名でジャンプ)

奥ノ塚古墳
横穴式石室、現存長4,5m
位置:34°39′35″N 133°57′51″E
石室正面、羨道は殆ど壊失


玄室、天井が平面で揃っている


ほぼ一枚石の奥壁、小石も隙間なく緻密に詰めている


奥から外、見えているのが里山センター建物


操山37号
横穴式石室
位置:34°39′40″N 133°58′03″E
玄室後ろが残る


奥壁はかなりの巨石


操山7号
位置:34°39′29″N 133°57′30″E
操山山頂に位置する墳丘


操山8号
横穴式石室
位置:34°39′28″N 133°57′32″E
天井石が露出


天井石、背後から


石室内部、殆ど埋没


操山9号萩の塚古墳
円墳、R10,H2.5、6C後半
横穴式石室、全長8.2m、玄室幅1.9,高1.9m
位置:34°39′29″N 133°57′36″E
羨道は殆ど壊失


石室正面


玄室、たき火で煤けている


操山13号護国神社裏山古墳
位置:34°39′21″N 133°57′43″E
露出した箱式石棺


丘陵頂部に位置している


操山14号旗振台古墳
方墳、L27,H4
位置:34°39′14″N 133°57′41″E
群中では珍しい方墳(88年)


操山15号
位置:34°39′22″N 133°57′47″E
山道に露出した箱式石棺


操山17号沢田裏山古墳
横穴式石室
位置:34°39′22″N 133°57′49″E
山道脇に開口


石室正面


かなり埋まった羨道


玄室も半分以上埋没


奥から外、片袖式


操山19号八畳岩古墳
円墳、R15,H3、6C後半
横穴式石室、全長9m、玄室長5.5,幅1.6,高1.6m
位置:34°39′27″N 133°57′57″E
すっかり露出した石室、なだらかな尾根が急な下りになる辺りに位置する


石室正面、羨道は天井を失い埋没


石室斜め後ろから


奥壁後ろから


玄室


奥から外、片袖式


(見学記)
操山にはまだ沢田大塚に匹敵する大型石室があるとの情報を得て再訪してみました(13年ぶりだ)。今回は北側に里山センターが出来ていて車で行くのが楽になりました(北側国道に案内表示が出ているけど知らない人には行きにくいかも)。まず里山センターでパンフレットを貰います(これに主な山道と幾つかの古墳が載っています)。序でにセンター背後にある奥ノ塚古墳を見学、羨道は失われていますが玄室完存、2枚の天井石は平面に整えられ高さも揃えられています。奥壁はほぼ一枚石、不足部分も小石を緻密に詰めていて全体に高度な石室造りが感じられます。石室の前からは東側の果樹園の中に露出した石室が見えていました(K101、後から見学すると玄室奥の方が残っている状態でした)。せっかく久しぶりに来たのだから目的の大型石室には直行せずまず操山山頂まで登って尾根筋を東に歩いていきました。途中の萩の塚古墳は以前のまま、相変わらず中が煤けています。操山山頂手前で天井石が露出した石室発見(K102)、内部は殆ど埋まっていますがかなり大型の石室でした。その後は護国神社裏山古墳や尾根筋山道にある箱式石棺(こういうのが何の説明板もなく露出しているのがすごい)を経て沢田裏山古墳を見学、13年前は何の説明板もなかったですが今回は表示板が立っていました。前回はどうも石室の中に入ってないようなので今回は突入、ただ羨道玄室もかなり埋まっているので汚れ覚悟で入る必要があります。更に東に行くと緩い尾根筋が急な下り道になる辺りに八畳岩古墳があり石室がすっかり露出しています。ここにも簡単な説明板が立っていました。やはりここは目立つようで立ち止まって見学する人もいるようです。石室の上からは南の平野が一望できて絶好の昼食場所になっている(笑)。

操山の前方後円墳

岡山県岡山市中区 1988年、1994年訪問

網浜茶臼山古墳
前方後円墳、TL83
位置:34°38′32″N 133°56′40″E

分かりにくいが墓地の奥にある、左が後円部、墳丘も墓地になっている


金蔵山古墳
前方後円墳、TL165,R110,FW72,RH18,FH16
竪穴式石室、全長7.2m
位置:34°39′38″N 133°58′15″E

竪穴石室開口部、山頂に立地、墳丘は良好に残る


墳頂にある2基の竪穴石室の内の南側石室


小口積みの竪穴石室


操山109号
前方後円墳、TL70
位置:34°38′24″N 133°56′39″E

東側からの遠望、削平が著しい


墓地に僅かに残る後円部


湊茶臼山古墳
前方後円墳、TL130
位置:34°38′39″N 133°57′25″E

前方部から後円部、大きな墳丘が残るが撮りづらい


(見学記)
金蔵山古墳
操山丘陵中央の山頂に位置する全長165mの前方後円墳です。空中写真を見ると前方後円墳と言うことが判るので墳丘の残りは良好ですが現地に行ってもまず前方後円墳ということは判りませんね。ここも後円部頂は平坦になっていて中心から少し離れた所ろに偏平な石を小口積みにした竪穴石室が開口していて,ここからは4個の合子に入った鉄製品が多数出土しています。この石室は副室でもう二つの主室は埋められていて見ることは出来ません。しかし竪穴石室は滅多に見ることが出来ないので来た甲斐があったというものです。

湊茶臼山古墳
湊地区の丘の頂部を利用して作られた全長150mの前方後円墳です。周りを住宅地に囲まれて全体を見渡すことは出来ませんが墳丘の上に上がると大きさが実感できます。ここも尾上車山古墳と同様後円部,前方部とも平坦になっています。国史跡。

網浜茶臼山古墳
丘陵東部,山陽学園短大北側の墓地の一角に位置する全長83mの前方後円墳です。墳丘全体も墓地となっていますが前方後円墳と判る程度には残っています。かっては一人の人間のためだけの墓が今は多数の人の墓となっていて,見事な再利用というべきでしょうか。

109号
前記の墓地の南はずれに小型の円墳のような墳丘が残っていてこれが推定全長75mの前方後円墳109号の成れの果てです。後円部の中心部が残っている程度で前方部は削平されています。小さな谷を隔てた東側から見ると僅かに前方部の高まりが残っているかなーといった感じです。

龍ノ口山古墳群

岡山県岡山市中区 1994年4月訪問

1号
円墳、R16,H7.5
横穴式石室、玄室長4.5,幅2m
位置:34°42′20″N 133°58′06″E

北側麓に立地、側に2号墳がある、斜面をカットして墳丘を造った様子がよくわかる


石室正面、羨道は埋没


玄室


わずかな両袖式か


龍ノ口八幡神社古墳
位置:34°42′25″N 133°58′28″E

石室入り口、神社社殿前の参道下に埋まる、石室前は急な崖


石室内部、屈んでやっと入れるくらいの大きさ、中に賽銭が投げ入れられている


(見学記)
操山の平野を挟んだ北方,龍の口山にも後期の横穴式石室を主体とした群集墳が分布しています。こちらも幾つかの支群に分かれていますが操山と違ってそれぞれ狭い範囲に集中しているのが特徴です。なお同じ山系に三角縁神獣鏡で有名な湯迫車塚古墳がありますが未だ巡り会えず。
まず東南側の東ヶ丘団地から登っていくと二つの溜池を過ぎたすぐ上側の林の中に5基の横穴石室墳からなる支群があります。はっきりとした石室が二つ見えています。さらに登っていくと山腹の池(非常に分かりにくい)の側にも支群があるはずですがはっきりとした墳丘は判りませんでした。さらに龍の口山を目指していくと山頂南側斜面に2~30基からなる支群があります。ここからは南側の平野が一望できて絶好の場所ですね。古墳は殆ど墳丘が流れ去り僅かな高まりや石室の残骸があってかろうじて古墳と判る程度で,石室構造が残っているのはごく僅かでそれも入るのが困難なほど小型のものです。その中で斜面の一番下に墳丘石室とも完全に残っているのがあります。 これが盟主墳でしょうか,丁寧に作れば長持ちするという現代にも通じる教訓でした。山頂から北に下って行くと龍の口八幡神社がありこの建物そばの急斜面にまるで横穴古墳のような穴が開いています。それでも石室は石で組まれていますから墳丘が埋まったものなのでしょうね(上が参道になっている)。無袖式の石室で中に賽銭の小銭が散らばっていました。さらに西に降りていくと麓に公園がありその一角に1号墳があります。 径16mの円墳で斜面を削って作った様子もよく残っています。羨道は埋まっていますが玄室が開口していて長4.5m片袖式の玄室です。すぐそばに2号墳がありますがこれは僅かに高まりがある程度です。
ここまで下ったところでレンズキャップをなくしたことに気づき探しながら又再登山、山頂付近で見つけましたが疲れたーー。
(追記)ため池奥の古墳群は四御神谷口古墳群、山頂のは竜ノ口山頂古墳群と判明

竜ノ口山頂古墳群

岡山県岡山市中区 1994年4月訪問

山頂南側斜面に分布する横穴石室の群集墳

全景:山頂南側斜面に密集して分布、殆どで封土は流れ去り石室も崩壊している、遠方に見えているのが操山丘陵


位置:34°42′06″N 133°58′32″E
比較的よく残っている小型石室


例外的に墳丘、石室とも良好、斜面最下方


石室、水が溜まり中には入れない


(見学記)
見学記は龍ノ口山古墳群にて

四御神谷口古墳群

岡山県岡山市中区 1994年4月訪問

南側麓近くに4基並んでいるうちの1基、天井石露出、一部抜かれている


玄室、他と比べて壁面がかなり整えられている


上記すぐ側の玄室


(見学記)
見学記は龍ノ口山古墳群にて

唐人塚古墳

岡山県岡山市中区 1988年1月訪問、1994年再訪

円墳
横穴式石室
家形石棺
位置:34°41′40″N 133°57′48″E

石室入り口


大型の石材を使った見事な玄室


家形石棺の身のみ残存、播磨の竜山石製、蓋の無い石棺は何ともアクセントがない


両袖式石室


(見学記)
龍の口山の西南の麓に唐人塚古墳があり,両袖式石室が開口していて中に家形石棺があります。蓋が無く身の部分だけですが播磨の竜山石製です。岡山平野の後期古墳としては最大級の石室ですぐ近くに白鳳期の賞田廃寺があり,この一族に関係した古墳だと考えられています。
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